悠仁さま、「静謐な環境」難しく

世相コラム 2019
◇悠仁さま、「静謐な環境」難しく
皇位継承儀式など皇室の大イベントを報じる紙面の片隅に最近、よく見る解説記事がある。
「女性・女系天皇の可否検討の議論が喫緊の課題」という主張の定番原稿だ。
社説として掲載されることもある。女性・女系天皇に反対する保守派ではないが、何か違わないか。

現在の皇室には皇位継承資格のある男性皇族が3人しかいない。
だから、皇位の安定的継承のため今のうちに議論が必要ということなのだろうが、
これほど安定的継承が保証されている時期は歴史上ないのではないか。
南北朝対立の時代に代表されるように天皇家の歴史は、皇位争いの連続だった。
女性天皇が登場したのも、皇位争いの妥協の産物だったケースがほとんど。
今は、20~30年後に秋篠宮さまが「短い在位は問題だから、長男(悠仁)に継がせる」と、
自身の即位を回避するという事態が起きる不確かさは残るが、それも譲ることであって、争いではない。
悠仁さまは現在、12歳。年齢から考えれば、少なくとも60年間はわが皇室は安定的に続くはずだ。
女性・女系天皇を認めるかどうかは、今後60年かけて結論を出せばいいだけのことだ。
それよりも先に心配すべきことがある。悠仁さまが結婚相手を見つける恋愛環境が整うかどうかの問題だ。
SNS(インターネット交流サイト)の時代、悠仁さまの行動はどこにいようが監視の目にさらされる。
恋愛というプライベートな行為に必要な、秘密性の確保は相当難しい。
上皇さまのときは学習院の学友と小泉信三という大物が関与して、
天皇陛下の時には当時の藤森昭一宮内庁長官が官僚人脈で雅子さまの父親を説得して、結婚への道を切り開いた。
上皇さま、陛下と2代続けて最終局面で、「結婚成就のために静謐(せいひつ)な環境が必要」という理由で、
報道協定が結ばれ、報道各社が自粛する場面があった。
しかし、SNSの普及で一般の人がネット上で目撃内容を発信できる。
報道協定を結んでも何の効果もない時代になった。
学習院時代に「キャンパスの恋」を実らせた両親の血を引くから大丈夫
──そう高をくくれるようなメディア状況ではない。(E)
(時事通信社「地方行政」2019年8月19日号より)
https://www.jiji.com/jc/v4?id=2019ssc0031

皇位継承、男系断絶の危機乗り越えてきた過去

皇位継承、男系断絶の危機乗り越えてきた過去
2019.8.13 21:04
皇統は126代にわたり例外なく男系で維持されてきた。
女性天皇は過去に10代8人存在したが、いずれも男親をたどれば初代の神武天皇に行き着く男系だ。
この皇位継承が危機にひんするたびに、時の為政者は遠縁でも男系の継承者を探し出すなどしてきた。

■断絶危機に備えた先人
皇統断絶の危機は何度か訪れたが、解消に尽力した先人たちがいた。
例えば大伴金村(おおともの・かなむら)と新井白石だ。
5世紀末から6世紀半ばの豪族だった大伴は現在の福井県から応神天皇の5世孫を招き、
第26代継体天皇として即位させた。
江戸時代中期の儒学者だった新井は皇統断絶に備えて閑院宮家の創設を進言した。
この宮家からは現在の皇室の方々と関係が深い第119代光格天皇が即位しており、新井の備えが功を奏した。
男系継承に対しては「女性差別だ」との意見もあるが、
京都産業大の所功名誉教授(日本法制文化史)は「皇室の祖先神と信じ仰がれるのは女神の天照大神であり、
母性・女性の尊重こそ日本の伝統だ」と否定する。

■広まる「誤解」
とはいえ、前例のない女系天皇を容認する声は少なくない。
産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の5月の合同世論調査では
女系天皇への賛成が64・2%に上った。
皇室に詳しい麗澤大の八木秀次教授は「皇位継承の原理原則を知らず、
女王がいる英王室などと同一視しているのだろう」と解説する。
伝統を重視する人たちは、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の意向で皇籍を離脱した
旧11宮家の男系男子孫の復帰などによる解決を求めている。
その中に適任者がいるのか疑問を示す向きもあるが、
『誤解だらけの皇位継承の真実』などの著書がある作家の八幡和郎氏は
「旧宮家以外にも男系を守っている方々が少なくない」と指摘する。
戦前に皇室を離れた皇族や江戸時代に公家の養子となった皇族に由来する「皇別摂家」の子孫を指しており、
八幡氏は「秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまの同世代でも対象者は数十人はいるのではないか」と語る。

■世論分断の懸念
ただ、政界でも男系継承への理解は十分に広がっていない。
立憲民主党は6月にまとめた論点整理で「偶然性に委ねる余地があまりに大きい」として
女系天皇を容認すべきだと訴えた。旧皇族の復帰について「グロテスクだ」と嫌悪感を示す政府高官もいる。
それでも八幡氏は「原則を曲げれば正統性が揺らぎ、『本来の継承者に返せ』という運動が起きる」と話し、
社会の混乱を抑えるためにも男系継承を守るべきだと訴える。八木氏もこう指摘する。
「『国民統合の象徴』をめぐり国家が分断される事態だけは避けなければならない。
男系継承は守るべきだ。1千年後を生きる子孫から
『一時代の価値観にとらわれた愚かな世代が伝統を壊してしまった』と嘆かれないためにも」
少なくとも戦後の為政者らは、皇位継承に関し先人並みの汗を流していないことは確かだ。(内藤慎二)

https://www.sankei.com/life/news/190813/lif1908130012-n1.html

「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか

「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか
2019/05/01
倉山満(憲政史家、皇室史学者)

まず、皇室に関して最も大事な三つの原則を確認しておく。
一つ目の原則は、皇室は先例を貴ぶ世界だということである。
わが国は初代神武天皇の伝説以来、2679年の一度も途切れたことがない歴史を誇る。
風の日も雨の日もあったが、昨日と同じ今日をこれまで続けてきた。
幸いなことにわれわれの日本は、この幸せが明日も続きますように、と言える国なのである。

皇室の祖先である神々を祀っている最も格式の高い神社は、伊勢神宮である。正式名称は神宮。
ユーラシア大陸でイスラム教が勃興した西暦7世紀には既に、
「いつの時代からあったか分からないほど古い時代からあった」とされる。
神宮では毎日、日別朝夕御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)という神事が行われている。
毎日、同じ御食事を神様に捧げる。
昨日と同じ今日が続いてきた証として。そして今日と同じ明日が続きますようにと祈りを込めて。

京都御所の鬼門を守るのは、比叡山延暦寺だ。
その根本中堂には、伝教大師最澄が灯した不滅の法灯が今も光を放っている。
叡山は三度の焼き討ちにあったが、そのたびに他の地に分灯していた火を戻し、
1300年前に伝教大師が灯した光が消えることはない。
毎朝、たった一筋の油を差す。その行為自体に何の意味もない。

しかし、毎朝油を差し続けているから、不滅の法灯が消えることはない。
いかなる権力があろうと、武力や財力があろうと、今から神宮や不滅の法灯を超える歴史を作ることはできない。
不滅の法灯は個人ではなし得ない。歴史を受け継いだからこそ存在しているのだ。

歴史に価値を認めない人間にとっては、何の意味もないだろう。
そもそも不滅の法灯など、物理的には一吹きの息で消え去る。
いくら言葉を尽くしても、「不滅の法灯などという面倒なものはやめてしまって、
電球に取り換えればいいではないか」という人間を説得することなどできまい。
そのような人間には、歴史を理解することができないからだ。先例など、何の意味も持つまい。

そういう人間は日本にもいた。それなのに、なぜ皇室は続いてきたのか。
変えてはならない皇室のかたちを守ろうとした日本人が続けてきたからだ。
もし、日本人が「皇室などやめてしまえ」「これまでの歴史を変えてしまえ」と思うなら、先例など無視すればよい。
ただし、それはこれまで先人たちが守ってきた、皇室を語る態度ではない。

古来、皇室では「新儀は不吉」だとされてきた。
これは、時の天皇の意向であっても変えることができない、皇室の慣習法である。
貫史憲法とも呼ばれる。かの後醍醐天皇は、「朕が新儀は後世の先例たり」と宣言し、公家の支持を失った。
歴史を無視し、時流にだけ阿(おもね)れば良いのなら、歴史はいらない。
ついでに言うと後醍醐天皇の言う通りにすれば、当時の公家の存在価値などないから、あきれられるのも当然だろう。

もちろん、先例であれば何も考えずに従えばよいのではない。先例にも、吉例と悪例がある。
歴史の中から、どの先例に従うのが適切かを探し、「発見」するのである。
法は発明するものではなく発見するものであるとは、西欧人の自然法の発想である。
日本人は西欧人が自然法を発見する千年前から、その知恵を実践していた。

幕末維新で国の存亡が問われたとき、御一新が求められた。古いやり方では西洋の侵略に対抗できない。
元勲たちは必死の改革を行い、生き残った。その改革の最初が王政復古の大号令である。
ここでは「神武創業の精神」が先例とされた。皇室とは、これほどまでに先例を貴ぶ世界なのである。

どうしても新儀を行わねばならないような非常事態はある。
たとえば、大化の改新(645年)、承久の乱(1221年)、大東亜戦争敗戦のような場合である。
大化の改新は、宮中の天皇陛下の御前で殺人事件が起きた。しかも犯人は天皇の実子である皇子である。
殺された蘇我入鹿の専横に中大兄皇子が怒り、事に及んだのだ。そして多くの改革を始めていく。
元号が制定されたのもこのときである。
実の息子が起こした殺人事件に際し母親の皇極天皇は驚愕し、史上初の譲位を行った。

承久の乱は、「主上御謀反」である。鎌倉幕府は、乱を起こした後鳥羽上皇らを島流しにし、
時の九条帝を廃位した。九条帝は、践祚(せんそ、天皇の地位を受け継ぐこと)はしたが、
即位していなかったので「半帝」呼ばわりされた。「九条廃帝」である。
「仲恭天皇」の名が贈られるのは、明治3年。実に600年後である。
なお、乱後に治天の君として院政をしいたのは守貞親王だ。後に後高倉上皇の名が贈られた。
史上初の「天皇になっていない上皇」となった。

敗戦は、国土を外国に占領されるという未曽有の不吉だった。
その際、昭和天皇が自らラジオで国民に語りかけ、結束を訴えた。玉音放送である。

いずれも、血なまぐさい不吉な事件により、新儀が行われている。
もちろん、ここで挙げた例でも、元号、譲位、玉音放送(なぜかビデオメッセージと呼ばれる)は
現代でも行われ先例となっているので、それ自体は悪いことではない。
一方で、廃位や上皇の島流しなどは何度も行われているが、言うのも憚(はばか)るような悪例である。
皇室において、新儀とは無理やり行うものなどではないのである。

二つ目の原則は、皇位の男系継承である。今上天皇まで126代、一度の例外もない。
八方十代の女帝は存在するが、すべて男系女子である。男系継承をやめるとは、皇室を亡ぼすのと同じである。

現在、悠仁親王殿下まで、一本の糸でつながっている。
その今、男系をやめる議論をすること自体が、皇室に対する反逆だ。
いかに、これまでの歴史をつないでいくか、たった一本の小さな糸を守るべきかを考えなければならない。
それをやめる前提の議論など、不滅の法灯をLED電球に変えようとするのと同じである。

蘇我入鹿も、道鏡も、藤原道長も、平清盛も、足利義満も、徳川家康も、
皇室に不敬を働いた権力者は数あれど、誰一人として皇室に入り込むことができなかった。
この中で陛下と呼ばれた者は一人もいないし、息子を天皇にした者はいない。
せいぜい、自分の娘を宮中に送り込み、娘が生んだ孫を天皇にするのが、限界だった。
男系の原則が絶対だからだ。それを今さら男系継承をやめるとは、今までの日本の歴史は何だったのか。
男系継承は、皇室が皇室であり続ける、日本が今までの日本であり続ける原則なのである。

三つ目の原則は、直系継承である。間違ってもらっては困るが、「男系継承の上での直系継承」だ。
二者択一ではない。世の中には、勉強のしすぎで肝心な原則を忘れ、女系論を振り回す論者がいる。
この人たちの言い分は、直系継承である。三分の理はある。
しかし、肝心な原則である男系継承を無視して女系論を振り回すから、世の常識人に鼻をつままれるのだ。

不吉なたとえだが、単なるフリーターが内親王殿下と結婚して男の子が生まれたら天皇になれるのか? 
そんな簡単なことが許されるなら、なぜ藤原氏は摂関政治などという面倒くさいやり方を何百年も続けたのか。

平民の男子は陛下になれない。内親王殿下と結婚しても、平民は平民である。
これがわが皇室の絶対の掟である。わが国は一君万民であり、君臣の別がある。
皇室から見れば、藤原も平も源も、皆、等しく平民である。皇室から見れば、貴族と平民に差はない。
あるのは皇族と貴族・平民の差だけである。

ただ、私は男系絶対派の中で、最も女系論者に理解を示してきたつもりだ。
理由を一言でまとめると、「一部の男系論者の頭が悪すぎるから」となる。
女系論者の中には、「あんな連中と一緒にされたくない」
「あのような連中が言っているのだから、たぶん逆が正しいのだろう」と考えたくなる気持ちはわかる。
その愚かな主張から、代表的な二つを取り上げよう。一つは、「皇室のY染色体遺伝子が尊い」である。

いつから皇室の歴史を遺伝子で語るようになったのだ?
ちなみに、この理屈、高校生物の知識としても間違っているのだが、それは本筋ではないので無視する。
言うまでもないが、遺伝子どころか、アルファベットが生まれる前から、わが皇室には歴史がある。
「Y染色体遺伝子」などで皇室を語るなど、児戯(じぎ)に等しい。
なお当たり前だが、皇極天皇から後桜町天皇の歴代女帝のすべての方は、「Y染色体遺伝子」を有していない。
こうした議論は今や見向きもされなくなったが、高校生物程度の知識で皇室を語る輩(やから)が後を絶たない。

最近よく聞く風説は、「皇太子より血が濃い男系男子が存在する」である。
皇太子殿下は本日、めでたく践祚された。さて、この風説を流す者は、今の陛下の正統を疑う気か?

最初にこの失礼極まりない言説を聞いたとき、「それは今の殿下(今上陛下)が
(上皇)陛下の実子ではないと言いたいのか?」と訝(いぶか)ったが、そうではないらしい。
先般、お亡くなりになられた東久邇信彦氏とその御子孫の方を仰(おっしゃ)りたいらしい。

小泉純一郎内閣で女系論が話題になったとき、占領期に皇籍離脱を迫られた旧皇族の方々のことが話題になった。
特に信彦氏は、両親と4人の祖父母が全員皇族(母方の祖父は昭和天皇)、さらに母方の曽祖父が明治天皇である。

しかし、皇室の歴史では、高校生物の理屈など持ち込まない。今の皇室の直系は今上陛下である。
今上陛下は、上皇陛下と太后陛下の紛れもない嫡子であらせられる。
この論点に争いはない、などと言わされるだけ愚かしい。
皇室の直系を継いだ今上陛下より血が濃い方など、いらっしゃらないのである。

ご本人たちに迷惑な書き方だが、一部の風説に従い東久邇信彦氏の方が今の陛下よりも血が濃いとしよう。
その根拠は、太后陛下が皇族の出身ではないからになるではないか。実に不敬である。

そもそも、男系が絶対ならば、天皇陛下のお母上は誰でも良いではないか。
「皇太子より血が濃い」などと主張する論者は人として失礼なだけでない。
男系絶対を言いながら自説の根拠が女系である。論理も破綻している。
この論者の言う通りにすれば、古代国家のような近親結婚を永遠に繰り返さなければならない。

一部の男系絶対主義者のおかしな主張への反発で女系論に走った論者も、女系論の悪口さえ言っていれば、
いかなるでたらめな男系論でも構わないとする論者も、何が大事か分かっていない。

男系継承は絶対である。しかし、直系継承もまた重要である。
そもそも、わが国の歴史は皇室の歴史であり、皇位継承とは誰の系統が直系になるのかの歴史なのだから。
今上陛下の父親の父親の…と男系でたどっていけば、江戸時代の第119代光格天皇にたどり着く。
当時の第114代中御門天皇の直系が第118代後桃園天皇で途絶えたので、
閑院宮家から即位された。「傍系継承」である。

しかし、後桃園天皇から父親の父親の…と男系でたどっていくと、第113代東山天皇にたどり着く。
東山天皇から見れば、後桃園天皇は玄孫、光格天皇は曾孫である。
東山天皇まで継承されてきた直系は、光格天皇から今上陛下まで継承されてきているのである。

ちなみに私はこの前、「光格天皇六世の孫」の方に会った。由緒正しき、光格天皇の男系子孫の男子である。
血は完全だ。しかし、この方に皇位継承資格はもちろん、皇族復帰資格もない。「五世の孫」の原則があるからだ。

皇族は臣籍降下したら、皇族に戻れないのが原則である。もちろん、例外はある。
定省王が臣籍降下して源定省となったが、皇籍復帰して定省親王となり、践祚した。
第59代、宇多天皇である。元皇族から天皇になった、唯一の例である。

宇多天皇が源定省であったときに生まれたのが源維城(これざね)であり、後の第60代醍醐天皇である。
生まれたときは臣下だったが、本来の皇族の地位を回復し、天皇になった、唯一の例である。
元皇族と区別して、旧皇族と呼ぶ。いずれも当時の藤原氏の横暴により、
皇位継承が危機に陥ったが故の、例外的措置である。決して吉例とは言えない。

ただ、明らかに現在は、醍醐天皇の先例に習うべき危機的状況だろう。
かたくなに「君臣の別」を唱え、「生まれたときから民間人として過ごし、何世代も経っている」という理由で
元皇族男子の皇籍復帰に反対する女系論者がいる。

では、誰ならば皇族にふさわしいと考えているのか。
どこぞの仕事もしていないフリーターならば、よいのか。
身分は民間人に落とされても皇族としての責任感を継承して生きてこられた方たちよりもふさわしい人がいるのか。
女系論者は「実際に、そんな男系男子はいるのか」と主張し続けていたが、
東久邇家の方々よりふさわしい方はおるまい。
むしろ、女系論を主張するならば、東久邇宮家の皇籍復帰こそ命がけで訴えるべきだろう。

東久邇家の方々に限らず、占領期に臣籍降下された11宮家の方々は、
父親の父親の…と男系でたどっていくと、北朝第3代崇光天皇にたどり着く。
「五世の孫」の例外とされた伏見宮家の末裔の方々だ。
男系では、直系からは遠すぎる。しかし、女系では近い。

本来、女系とは男系を補完する原理なのである。分かりやすい一例をあげよう。
古代において、当時の直系は第25代武烈天皇で絶えた。
そこで、第15代応神天皇の五世の孫である男大迹王(をほどのおおきみ)が推戴された。
継体天皇である。神武天皇以来の直系は継体天皇の系統が継承し、今に至っている。
なお、五世の孫からの即位は唯一であり、この先例が、
直系ではない皇族は五世までに臣籍降下する原則の根拠となっている。

ちなみに、継体天皇と武烈天皇は十親等離れている。それこそ血の濃さを持ち出すなら、「ほぼ他人」である。
継体天皇から光格天皇まで、傍系継承は何度かある。
むしろ古代や中世においては、誰の系統が直系を継承するのかで、皇位継承が争われてきた。

その最たる例が、壬申の乱(672年)だ。その壬申の乱は「天智天皇が勝った」と言えば驚かれるだろうか。
第38代天智天皇の崩御後、息子の大友皇子(明治3年に弘文天皇の名が贈られた)と
弟の大海人皇子(天武天皇)が皇位を争った。践祚した大友皇子に対し大海人皇子が兵を挙げ、
自害に追い込み自らが即位する。その後、皇位は天武天皇の系統が継承した。
天皇の崩御後は皇后が持統天皇として即位したが、以後の奈良時代の天皇はすべて天武天皇の男系子孫である。
天武朝とも呼ばれる。奈良時代は女帝が多いが、天武天皇の直系を守ろうとしたからである。

ところが、健康な男子に恵まれず、称徳天皇の代で途絶えた。
この女帝のときに道鏡事件が起きるのだが、「皇位を天智系に渡すくらいなら」との執念すら感じられる。
もちろん、民間人の天皇など認められず、
皇位は天智天皇の孫(施基親王の皇子なので男系男子)の光仁天皇が継承した。
ここに天武朝は途絶え、直系は天智天皇の系統に移った。
これが「壬申の乱は天智天皇が勝った」と評するゆえんである。

ちなみに、女系を持ち出すなら、第43代元明天皇は天智天皇の娘である。
第44代元正天皇は、元明天皇と草壁皇子の娘で、天智天皇の孫娘だ。
よって、女系では天智天皇の子孫である。
しかし、当時は早逝した草壁皇子の系統にいかに直系を継承するかが、天武朝の悲願だった。
草壁皇子は天武天皇の息子である。
女系でよいなら、天智系と天武系の血で血を洗う抗争は何だったのかと、古代史の門外漢の私ですら思う。
皇室が女系で構わないと主張したいなら、古代史を書き換えてからにしていただきたい。

そして、天智朝にしても天武朝にしても、第34代舒明天皇の男系子孫であることには変わりないが、
いずれが直系かをめぐり、100年の抗争を繰り返したのだ。
それほどの抗争を繰り広げながらも、男系継承の原理を守ってきたので、皇室は続いてきたのだ。

このように、どの天皇の系統が直系を継承するかをめぐり争った歴史は何度かある。
第63代冷泉天皇と第64代円融天皇の系統は、交互に天皇を出し合っている。
この「両統迭立」は、円融天皇の孫の第69代後朱雀天皇の系統が直系を継承する形が成立するまで続いている。

自分の子供に継がせたいとする感情は、皇室でも同じなのだ。院政期の抗争もそうだ。
それは保元の乱で爆発したが、院政期は常に抗争が繰り広げられた。
鎌倉時代の両統迭立は南北朝の動乱にまで発展した。
そして、大覚寺統(南朝)の中でも、持明院統(北朝)の中でも、直系をめぐる争いはあった。

北朝第3代崇光天皇は動乱の中で南朝に拉致され、そのまま廃位された。
皇位は弟の後光厳天皇が継ぎ、直系はその系統に移った。
しかし、後光厳天皇の直系が絶えたとき、崇光天皇の曽孫の彦仁(ひこひと)親王が即位された。
後花園天皇である。崇光天皇が皇位を奪われてから、77年ぶりの奪還である。

戦国時代以降は、ここまでの激しい皇位継承争いはない。
むしろ、皇統保守のために、宮家の方々は天皇陛下をお守りしてきた。
江戸時代、幕府の圧力から朝廷を守った後水尾天皇にも、皇
室の権威を回復した光格天皇にも、優れた皇族の側近がいた。
後水尾帝を支えた近衛信尋は臣籍降下した天皇の実弟であるし、
光格天皇は自身が閑院宮家において直系断絶に備えていつでも皇位継承できるよう準備をされていた。
陛下御一人では、皇室は守れない。皇族の方々の御役割とは、かくも大きいのだ。

先帝陛下には先の美智子陛下がいらっしゃった。
今上陛下を支える筆頭は、東宮となられた秋篠宮殿下である。
将来、悠仁親王殿下が皇位を継がれ、日本国は守り継がれていく。

さて、ここまで皇室の歴史を簡単に振り返ったが、「愛子天皇」待望論を唱える者たちは、
今の皇室の直系をなんと心得るか。
いずれ皇統の直系が悠仁殿下の系統に移られたとき、愛子内親王殿下も陛下をお支えする立場にある。

それを、畏(おそれ)れ多くも悠仁親王殿下がおわすのに、どういう了見か。
直系を悠仁親王殿下から取り上げようと言うのか。

もう一度、壬申の乱を起こしたいのか。それとも保元の乱か。はたまた、南北朝の動乱を再現したいのか。
今この状況で、「愛子天皇」待望論を唱える者たちよ。貴様たちは自分の言っていることが分かっているのか。
悠仁親王殿下につながる直系をお守りする。これが、臣民の責務である。
https://ironna.jp/article/12479

皇位継承、歴史の重み 女性宮家創設論には問題

皇位継承、歴史の重み 女性宮家創設論には問題 阿比留瑠比
2019.5.1 22:39

令和の御代(みよ)を迎え、政府は安定的な皇位継承の確保の検討を本格化させる。
このまま皇族が減少していくのを放置できないのは明らかだからだ。
ただ、そのための一案として譲位特例法の付帯決議に盛り込まれた「女性宮家の創設」には、
見逃せない陥穽(かんせい)がある。
現在、与野党を問わず女性宮家創設や、現在は皇室典範で父方の系統に天皇を持つ
男系の男子に限られている皇位継承資格を、
女性や女系の皇族の子孫に拡大することを検討すべきだとの意見が根強くある。
とはいえ、これはあまりに安易に過ぎよう。
仮に女性宮家を創設しても、一時的に皇族減少を防ぐだけで皇位継承資格者が増えるわけではなく、
その場しのぎでしかない。
皇室典範を改正し女性宮家当主やその子孫に皇位継承資格を与えるとすれば、
それは1日に即位された天皇陛下を含め126代にわたり例外なく続いてきた男系継承の伝統の大転換になる。
「一度切れた歴史はつなげない」(寛仁親王殿下)のである。
女性宮家の配偶者をどう探し、その身分をどうするかという問題もある。
戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の意向で皇籍離脱した旧宮家や、
それ以外の皇統に連なる男系男子の皇籍復帰に対する批判論の一つに
「長年民間人として暮らしていた人や、その子孫が皇族となることへの違和感」というものがある。
だが、例えば女性宮家の配偶者は皇族とすると定めたとしたら、
「生粋の民間の男性」が皇籍を持つことになる。
旧皇族の復帰はだめだが、もともとからの民間男性に皇籍を付与するのは問題ないとするのでは
理屈が逆立ちしている。
また、そもそも「女性皇族方は宮家当主となることを望んでおられない」(政府高官)との
複数の証言がある。
現行制度上、結婚すれば皇籍を離れる立場にある秋篠宮家の眞子さまであっても、
婚約内定後に一連の騒動が起きている。
これが宮家当主だったら、もっと注目され、報道も過熱していたことは想像に難くない。
一番の問題は、女性・女系天皇の容認は、取り返しのつかない大きな混乱を招きかねないことである。

平成18年2月、宮内庁が秋篠宮妃紀子さまのご懐妊の兆候を発表した際、
女性・女系天皇を認める皇室典範改正に熱心な当時の小泉純一郎首相と、
慎重派の安倍晋三官房長官との間でこんなやりとりがあった。
安倍長官「誠におめでたいことですが、これで皇室典範改正はよくよく慎重にしなければならなくなりました」
小泉首相「なぜだ」
安倍長官「生まれてくるお子さまが男子でしたら、皇室典範改正は正統な皇位継承者であるこのお子さまから
継承権を奪ってしまうことになります。(皇子同士が皇位継承で争った)壬申(じんしん)の乱になりかねません」
小泉首相「…そうか」

皇室の悠久の歴史の中で守り続けられた男系継承という伝統を、後世の浅知恵で曲げれば、
皇位の安定的継承どころかかえって禍根を残すことになろう。(阿比留瑠比)
https://www.sankei.com/politics/news/190501/plt1905010022-n1.html

「皇位継承」はどうなる? 国会議員へのアンケート

「皇位継承」はどうなる? 国会議員へのアンケート、結果発表
2019.10.24 07:00週刊朝日

安定的な皇位継承の形とは。悠仁さまのお子さまに期待する? 
女性宮家をつくる? 男系、女系はどうなる? 
国民の関心は尽きないが、議論が進んでいる様子はない。
そこで本誌は衆参両院の議員へアンケートを実施。
一家言を持つ5人の政治家らにも、それぞれの考えを語ってもらった。

「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」
現在の皇室典範は、そう定めている。「男系の男子」とは父方が天皇の血筋を引く男性のこと。
現在の皇位継承の資格者は、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまの3人だ。
安定的な皇位継承を維持するためにはどうするべきか。

そこで本誌は、衆参両院の全国会議員708人に、
皇室典範の改正や女系天皇の賛否などについてのアンケートを実施した。
回答があったのは2割強の170人だった。

まずは結果を紹介しておきたい。

「愛子さまが天皇に即位できるように皇室典範の改正をするべきと思いますか」との問いに、
「するべき」と回答したのは28%、「するべきではない」は8%、「無回答・回答拒否」が65%だった。

賛成理由は、「愛子内親王殿下に対する国民からの大きな敬愛を感じているから」(自由民主・水落敏栄)、
「戦後、日本国憲法の下で国民が育んできたジェンダー平等を
さらに発展させるうえで、意義がある」(日本共産・本村伸子)など。

反対理由は、「男系男子による皇統が望ましいため」(自由民主・三ツ林裕巳)、
「憲法第1条『(天皇の地位は)日本国民の総意に基づく』に反する」(国民民主・牧義夫)などだった。

「愛子天皇が実現しない理由は何だと思うか」(複数回答可)の質問には、
「典範改正に向けた議論が進まないため」が22%、「男系男子による皇位継承を維持するため」が18%、
「保守派の政治家・知識人の反対が強いため」が15%と続いた。

女系天皇の賛否も尋ねた。女系天皇とは、母のみが天皇の血筋を引く天皇のことだ。
例えば、天皇陛下の子供の愛子さまが、
一般の男性と結婚し、子供が生まれると女系となる。歴史上、女系天皇はいない。
回答結果は、皇室典範改正の質問とほぼ同じで、
「賛成」が29%、「反対」が13%、「無回答・回答拒否」が58%だった。

賛成理由は、「悠仁さまに男子が生まれなければ皇位継承者がいなくなるから」(国民民主・徳永エリ)、
「(女系天皇を認めなければ)安定した親子継承を望む声が高まり、
特定の皇族女性が男子出産のプレッシャーにさらされ続け、苦しみが連鎖する」
(立憲民主・山尾志桜里)などだった。

反対理由は、「2千年以上の伝統を守るべき」(自由民主・稲田朋美)、
「万世一系の伝統を壊すと、天皇制が全くの別物となる」(自由民主・奥野信亮)など。

安定的な皇位継承の制度をつくるための具体的な案として出ているのは、
主に「旧皇族の皇籍復帰」や「女性宮家の創設」だ。
現在の制度では女性皇族は結婚すると、皇籍を離れることになっている。

それぞれの賛否を尋ねた結果は、「女性宮家の創設には賛成」は26%、
「旧皇族の復帰には賛成」が6%、「どちらにも賛成」が3%、
「どちらにも反対」が4%、「無回答・回答拒否」が62%だった。

女性宮家の反対意見としては、
「2700年近く存続する伝統の変更には、議論がたりない」(国民民主・関健一郎)、
旧皇族の復帰に反対の意見としては「旧皇族の子孫の方々と現皇室の血縁関係は極めて薄く、
30親等以上離れている。
憲法が定める『世襲』と呼ぶには無理がある」(国民民主・津村啓介)などがあった。

皇室典範の改正や、女系天皇、女性宮家に「賛成」の回答がやや多いが、
全体的に無回答・回答拒否が多く、政治家の間でも議論が深まっていない様子がうかがえる。
各党の姿勢を見ると、野党のほうが立場を鮮明にしているが、
立憲は論点整理をしただけで統一見解ではないという立場。自民や公明、維新は立場を表明していない。

天皇制の議論には独特の難しさを伴う。皇室制度を大きく変えるような議論をすると、
天皇制を強く支持する右派から街宣車などで激しい批判を受けたり、
身に危険が及んだりすることもある。
ただ、右派でも「議論を積極的にするべきだ」という意見もある。
民族派団体「一水会」の木村三浩代表は、「先を見こして考えておくことは愛国者の条件。
議論を妨げれば、国民の無関心を呼んでしまう」と語気を強める。

木村氏の立場は、皇室のこれまでの伝統を尊重し、男系維持を限りなく追求する立場だ。
旧皇族の皇籍復帰などを対策として考える。
しかし、万策を講じた上で女性天皇が誕生することは仕方がないとした上で、
皇室典範の改正をしておくべきだという。

「現行の制度では、皇室に嫁ぐ人に絶対に男子を産まないといけないという重い負担がかかる。
皇室典範を『皇位は、皇統に属する男系の男子による継承を第一義とする。
難しい場合は男系の長子とする』などと弾力的な制度にしておくべきだ」

著書に『<女帝>の日本史』がある原武史・放送大教授は
「明治以降の皇室典範の価値観に固執するべきではない」と主張する。
歴史をひもとけば、推古天皇といった女性天皇だけではなく、
皇后や将軍の正室など女性が権力をもってきた。

「女性権力者、いわゆる女帝は古来、連綿として日本に存在していた。
しかし、徐々に男系を重視する考え方が確立していった。
平安時代には血に対するケガレから女性天皇が忌避されるようになり、
明治以降は皇后などの女性の権力を良妻賢母的なものに矮小化(わいしょうか)してしまった。
男系イデオロギーで覆われた価値観を歴史的に相対化して、
この天皇制度をどうするのか根本的に考える必要があります」

国を思う気持ちは様々だ。異なる主張も理解しながら、冷静に議論を深めてもらいたい。

■女系天皇は南北朝の動乱招く/自民党・下村博文

「女系天皇は“南北朝の動乱”を招く恐れがある」
こう指摘するのは自民党の下村博文衆議院議員だ。
南北朝の動乱とは、14世紀に天皇家が京都の北朝と奈良の南朝に分かれ、正統性を主張した争いだ。
50年以上も分裂が続いた。

「女系天皇が生まれれば、必ずどこかから『男系男子こそが正統だ』という人たちが出てきてしまう。
そうなれば、国民が割れてしまう。天皇制の安定、ひいては社会の安定を大きく損なう可能性があります」
女系天皇に反対する立場の人たちが重視するのは、例外なく男系男子の継承を続けてきたというその歴史だ。
神話を含めれば2600年以上、諸説あるが学術的に存在がほぼ確実視されている継体天皇から数えても
1500年以上、男系の継承を続けてきたことになる。6世紀に武烈天皇が崩御した際には跡継ぎがおらず、
5代前の天皇にまで遡り、その男系の血筋を引く人物を天皇に迎えている。
ここまで一つの王朝が続いているのは、世界でも日本だけだ。
下村議員は旧皇族の皇室復帰などあくまでも男系を維持する方策をとるべきだという考え方だ。

「国というのは現在の人たちだけのものではなく、過去に生きてきた人たちや、
将来に生きる人たちのものでもある。
一度も例外なく男系男子が続いてきたということは、それだけで意味があり、
日本固有の伝統や文化を表している。旧態依然に見えるかもしれないが、
男女平等など現代の価値観だけで語るべきものではありません」

■皇室典範改正で愛子天皇は可能/国民民主党・玉木雄一郎

6月に皇室典範の一部を改正する案をまとめた国民民主党。
改正案は男系の女性天皇を認めるもので、
皇位継承順位は愛子さまが1位、秋篠宮さまが2位、悠仁さまが3位となる。
そのための女性宮家の創設も支持する。玉木雄一郎代表はこう語る。

「過去にも男系の女性天皇がいたことも踏まえれば、男系の女性天皇は認めていい。
愛子さまが天皇となって、悠仁さまにつなぐというのはあり得る。
男系男子にこだわれば、かえって国民の支持を失うし、皇統の継続性も危うくする」

眞子さまは今年28歳、佳子さまは25歳で、ご結婚なされば皇籍から離れることになる。
愛子さまも今年18歳で将来的にはご結婚も遠くはないと考えられる。
皇位継承に関して、悠仁さまのみに大きなプレッシャーがかかることになる。
玉木代表は「悠仁さまが生まれて安心してしまい、議論が小休止してしまった」とした上で、こう檄を飛ばす。

「天皇は国の象徴。この問題について熱心に議論している議員は野党側ばかりで、全体的に見れば少ない。
皇室問題を考えない国会議員はその資格はない。国会議員が主導して国民的な議論をしていくべきだ」

一方で、女系天皇の賛否については慎重な姿勢を見せる。

「歴史的にも先例のある男系の女性天皇を認めるべきだ。それに伴って女性宮家も整備する。
女系天皇については、長く続いてきた皇室の歴史の中でも例がなく、慎重に考えるべきだ」

■国際的に女系天皇の誕生ないと厳しい/碧水会・嘉田由紀子

前滋賀県知事の嘉田由紀子・参議院議員は、女性天皇を認めるべきだという主張だ。
女性天皇については歴史的に実在しており、国民の支持もある。
現在の「男性」に限る皇室典範には強い違和感があるという。

「この考え方は明らかに古典的な男尊女卑の考え方に基づいている。
女性だから天皇の役割を担えない、という考え方は今の時代の国民の思いに応えていないと思います」

女系天皇、女性宮家についても基本的には賛成の立場だ。
天皇制を維持するためには、こうした制度を認めないと天皇家が断絶してしまうと危機感を募らせる。
そこで嘉田議員が注目するのは、血がつながらない養子をとってつないできた伝統的な日本の家族制度だ。

「何百年と続いている老舗では必ず養子をとっている。名字を継がせて、家をつないできた。
つまり、血縁主義ではないということです。男系男子の血でつながらずとも、
天皇家として継続性があれば、混乱が起きるとは思えません」

日本では今、女性の社会進出が進み、活躍する人も多くなった。
イギリスやオランダなどの王室では、すでに女王が即位している。

「天皇は日本の象徴。だとするならば、社会の変化に合わせて女性天皇・女系天皇は認めるべきです。
認めないとなれば、女性の社会参画が進まないことにもつながってしまう。
美智子さまがご結婚されるときも民間出身の女性として初めて皇太子妃になられたため、
多くの抵抗があったが、それでも今は受け入れられている。
国際的にも、女系天皇が認められないという女性差別意識は逆に厳しくみられるでしょう」

■憲法上、皇族に基本的人権ない/元自民党政調会長・亀井静香

日本会議国会議員懇談会で副会長を務めた亀井静香・前衆議院議員は
「残念ながら、皇族の方々は一般国民と違い、憲法上、基本的人権はない」と主張する。

天皇としての活動は憲法や皇室典範によって規定されている。
皇位継承は世襲で、亡くなるまで天皇であることが基本だという。
結婚の自由などは様々な制約がある。なぜこうした制約が天皇や皇室にあるのか。

「制約があるのは歴史的な教訓を踏まえて、
明治になって伊藤博文が作った皇室典範で天皇を担いでの権力争いが起こらないように定められたもの。
変えようとすれば、混乱が起きる。できるだけ単純にしておいたほうがいい。
そもそも天皇の存在は憲法で生まれたものではない」

女性天皇については男系であれば認めてもいいという立場だ。
皇室が残してきた男系の血筋で、それが守られる限り、本質は変わらないという。

「歴史的な事実として、男系の皇族が天皇に即位してきた。それで万世一系の天皇制度が保たれた。
これからもそうあるべきだ。女系天皇を認めるとこれまでの皇室とは違ってしまう」

天皇の権威に影を落とすような制度は作るべきではないということだ。

「今の上皇陛下が退位するときも私は反対でした。高い山は富士山だけがあればいい」

■安倍政権は天皇の政治利用をしている/共産党・志位和夫

憲法の条項と精神に基づいて女性・女系天皇に賛成の立場を取るのが、共産党だ。
志位和夫委員長がこう説明する。

「国民の中には男性と女性ばかりか、さまざまな性のあり方があります。
多様な性を持つ人々によって構成される日本国民統合の“象徴”である天皇を、
男性に限定しなければならない根拠はありません。
したがって、戦前の規定のままの皇室典範の第1条を改正して女性天皇を認めることは、
憲法に照らしても合理性を持つと考えます」

すなわち、天皇を男性に限っている現状をただすことによって、国民の中の男女平等、
ジェンダー平等を推進していくうえでも意義がある、と主張する。

共産党は天皇を「君主」と捉えていないが、例えばヨーロッパの立憲君主の国々では、
女性の君主が認められ、性別に関係なく年長の子から継承権を認める制度もある。
「世襲」の問題を抱えながらも、制度改革は進められてきた。志位氏が続ける。

「私は女性・女系天皇の問題にかかわらず、
憲法に照らして改めるべき点はすべて議論していく必要があると思っています。
最もいけないことは“天皇の政治利用”です。
憲法4条には、天皇は『国政に関する権能を有しない』と明記しています。
安倍総理はことあるごとに『令和にふさわしい憲法改正の議論を』などと発言していますが、
元号が変わることと改憲は何の関係もありません。
あれこそ天皇の制度の最悪の政治利用というほかありません」

(本誌・吉崎洋夫、田中将介、亀井洋志)

※週刊朝日 2019年11月1日号

https://dot.asahi.com/wa/2019102300008.html