皇位継承他 皇室典範改正議論等

女性天皇>
女性天皇議論2004-2006
不敬小泉2006
官邸が狙う 「女系天皇」 を陛下が憂慮2006
寛仁親王殿下 女性天皇に異議2005-2006
男系堅守2006
雅子さま「愛子を天皇に・・・」2007
日本の個性2008
皇統を揺るがす羽毛田宮内庁長官の危険な“願望”2009
皇室存続の仕組み作れ2009
「愛子さまと呼ばないで」-彼女が天皇になる日2014
「愛子さまを皇太子に」田中卓 2014

西尾幹二「女帝論の見えざる敵」2005
そして、ついには弟を放逐して実子が確実に跡継ぎとなるようにしようと考える2005
寛仁殿下×櫻井よしこ 対談2006
このままでは「天皇制」が壊される2006
なぜ女性・女系天皇ではいけないのか2006
皇室典範改正議論の大原則2006 
政府文書から見えた皇室典範改正の「裏」2006
小泉首相の無関心が招いた『女帝論議』の誤り2006
「皇位継承」に突きつけられた課題2006
「皇室典範有識者会議」とフェミニズムの共振波動が日本を揺るがす2006
八幡和郎氏2006

皇位継承に制度的安定を2009
皇室守るは時の為政者2009
l女系天皇容認の前に臣として踏まえるべきこと2011
「皇位世襲」の憲法解釈と「女系天皇」への疑問2011
皇室の御安泰を真剣に考へる秋
皇位継承をめぐる危機とは何か2011
皇位継承と万世一系に謎はない2011
女帝容認論の過誤2011
報道ステーションSUNDAY(櫻井よしこ氏)2011
「万世一系の危機」にいまから備えよ2012
皇室の尊厳、日本の誇りを大事にしよう2013
男系を堅持し皇統の危機克服を2014
提論 明日へ(古川貞二郎)2014
男系継承の重み踏まえ検討したい2016

女性宮家
女性宮家創設?12011年11月~12月
女性宮家創設?22012年1月~5月
女性宮家創設?32012年5月~10月
女性宮家議論関連雑誌記事
参議院予算委員会 有村治子議員(自民)女性宮家について2012
女性宮家」立ち消えに=意見公募で反対多数2012
「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」に係る意見募集の結果について外部サイトPDF
安倍首相、女性宮家に慎重2013-2017
皇室問題の抜本的解決は男系子孫による新宮家創設を
天皇譲位と眞子さま婚約に託ける「女性宮家」創設の陰謀2017
倉山満氏2017

女性皇族 降嫁の後も皇室活動?
高円宮典子様のご結婚の話が決まった頃
皇籍離脱後も活動可能に=女性皇族の在り方検討-政府2014年

国連の介入
国連 皇室典範
国連を利用して皇室典範改悪を目論む勢力はまだ蠢いています

神社本庁・日本会議他
日本会議国会議員懇談会
神社本庁は男系男子による皇位継承を堅持すべしとの立場
皇室の伝統「守る会」
尊厳と国益を護る会
「皇位継承」はどうなる? 国会議員へのアンケート

再燃 女性宮家・女性天皇
再燃 女性宮家、女性天皇の検討2019
皇位継承、歴史の重み 女性宮家創設論には問題2019
「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか2019
秋篠宮家バッシングは陰謀か?「愛子天皇」待望論者のカンちがい2019
皇位継承、男系断絶の危機乗り越えてきた過去2019
悠仁さま、「静謐な環境」難しく2019
皇位の維持は男系の検討が先だ2019
危うい自民幹部の「女系」容認論 先人たちの知恵に学べ 2019

愛子天皇は是か非か

【”愛子天皇”は是か非か】
12月1日、愛子さまは18歳の誕生日を迎えられた。
成年皇族になられるまであと2年と迫ったいま、皇位継承をめぐる議論が本格化しようとしている。
最大の焦点は「女性天皇」「女系天皇」を認めるか否かだ。
最近の各メディアの世論調査では、「愛子天皇」を可能とする「女性」天皇について、
賛成意見が大勢を占めている。
一方、伝統を重視する保守派はこれまで通りの「男系男子」による皇位継承を主張し、
母方から天皇の血筋を引く前例のない「女系」天皇容認論に警戒感を強めている。
あくまで”応急処置”的だが、皇族数の減少を食い止める策として、
女性皇族が結婚後も皇族にとどまる「女性宮家」も検討課題に上がっている。
この皇位継承の問題をどのように捉えていけばよいのか。政府や与野党幹部からの発言も続く中、
「週刊文春デジタル」では、各界の識者に連続インタビューを行った。


「悠仁さまを”差し置く”ことで起こる順位逆転の危険性」
令和皇室、最大の”宿題”をどう考えるか
櫻井 よしこ
https://bunshun.jp/articles/-/15727

私の立場は、女系天皇と女性宮家の創設には反対、何らかの形での旧宮家の皇籍復帰は賛成、というものです。
10月22日に宮中で行なわれた、即位礼正殿の儀にお招きいただきました。
わが国の歴史の深さを感じさせる素晴らしい式典でした。天皇陛下もご立派なお姿でした。
2千人の招待客のうち、4百人ほどが外国の王族や元首でしたが、みなさん感じ入った様子でご覧になっていました。
皇室の伝統が長く保たれてきたことは、国民として本当に幸せですし、日本が誇るべき宝物だと実感しました。
ご即位に関する儀式の一部を拝見しただけですが、それでも深い感銘を受けました。
皇室や天皇陛下は、なぜ尊敬や憧憬の対象となっているのでしょうか。
見た目がよいからでもなく、スポーツなどの一芸に秀でているからでもなく、
ノーベル賞を取るような才能をおもちだからでもありません。
個人の個性や能力を超えた次元で、お血筋を継いでいらっしゃるためでしょう。
国民の幸せと、国家の安寧のために、さらに世界の平和のために祈り、
言葉だけでなく行動でもお示しになってきたのが、歴代の天皇です。
そのような価値観を、政治的権力とは無縁のお立場でずっと引き継いでこられた。
そうした歴代天皇が同じお血筋で連綿とつながっています。
第16代の仁徳天皇は、民のかまどから炊煙が上がらないのに気づいて、3年間の無税と労役免除をお命じになった。
お住まいの屋根が壊れても、修理をなさらなかった。
さらに3年待って、民のかまどから煙が立ち上るのを見て、
「民の豊かさは朕の豊かさ、民の貧しさは朕の貧しさ」とおっしゃったといいます。
国民と国家の安寧のために祈る純粋無垢な存在として、
126代も男系男子で続いてきた万世一系の天皇の歴史を、無条件で私たちはありがたいと感じ、
一度も断絶することなく受け継がれてきたお血筋だからこそ、皆が納得するのではないでしょうか。

なぜ女系天皇ではいけないのか
女性天皇は過去に10代8方の前例があります。
前例もありますから受け入れてもよいかしらと私は考えていましたが、よくよく状況を知ってみて考え直しました。
たとえば推古天皇はなぜ、女性でありながら天皇となられたのか。
男系男子がいなかったからではなく、逆に多すぎてどなたを天皇にすべきか
――当時は現在のような明確な決まりがありませんでしたから――
争いが起きそうになって誰も反対できなかった皇后が即位したのです。
男系男子が多くいらした当時と現在は正反対です。
男系男子が少ない現在、女性天皇を認めれば、あるいはそのままその方が天皇であり続け、
お子さまも天皇になられるということになりかねません。
すると、そこで女系天皇になり、天皇家が入れ替わることになります。
現在の状況下では、女性天皇は女系天皇につながる可能性がありますから、
これはやはり、慎重に避けるべきだと考えます。
もう少し具体的に考えてみましょうか。女性天皇を認めるとした場合、どうなるでしょうか。
たとえば愛子さまが即位され、「愛子天皇」に男のお子様がお生まれになるとします。
すると「直系の男子を差し置いて、次は悠仁さまでいいのか」という議論が起こるでしょう。
本来は、悠仁さまを差し置いて「愛子天皇」が誕生したのに、そちらの“差し置いて”は忘れられてしまい、
愛子さまのお子様を“差し置いて”になってしまう。順番が逆転してしまう危険性があります。
平安時代の藤原氏は、娘を盛んに皇后にし、生まれた天皇の外祖父として権勢を振るいました。
次に、平家にあらずんば人にあらずの時代が来て、平清盛も娘を皇后にして、外祖父となりました。
しかし驕る平家は、まもなく源氏に敗れて滅亡します。
あの時代に女系天皇が認められていたら、皇室は藤原氏の血筋に変わり、
次は平氏の血筋へと変わっていたかもしれません。
時代が下って、織田の血筋の天皇や豊臣の血筋の天皇も誕生していたかもしれません。
そうならなかったのは、男系の天皇にこだわったからです。
つまり女系を認めてしまえば、その時々の権力に振り回されることにもなります。
皇室に入る男性は皇室のお血筋を引いていなければならず、
民間から入れるのは女性だけと限ったのは、古代の人々の知恵だったと思います。
そのように私は考えていますから、女系天皇には強く反対します。
付言すれば、女系天皇を認めることは、秋篠宮殿下と悠仁親王殿下を廃嫡することになります。
次の天皇とその次の天皇になる方々を廃嫡せよという主張は、本当に恐ろしいことです。
女系天皇論者は、そこまできちんと認識しているのでしょうか、疑問です。

旧宮家の方は時間をかけて馴染む
女性宮家の創設にも、私は反対です。なぜなら、女性宮家から女系天皇につながる可能性が大いにあるからです。
先程も少し別の形で触れましたが、愛子さまが結婚なさっても降嫁せず、女性宮家をお作りになり、
やがてお子様が生まれます。玉のような賢い男の子だったとします。
するとやはり「次は、あの方でいいのではないか」という議論が起こるでしょう。
お顔を見たら可愛いとか、利発そうだとか国民の心も動かされると思います。
とはいえ、現在の皇位継承有資格者は、秋篠宮さまと悠仁さま、常陸宮さまの3人だけですから、
この先大丈夫なのかという心配はもっともです。
皇族の方々の数をふやし、悠仁さまをはじめ、現在の皇室を支えていく体勢作りが必要です。
日本には、GHQによって無理やり臣籍降下させられた11宮家の人たちがいらっしゃいます。
中には絶えてしまったお家もありますが、きちんとした生活を維持して、
男系男子をたくさんお産みになっていらっしゃるお家もあります。
日本が戦争に負けたという政治的な理由だけで、皇族であることをおやめなさいといわれた人たちですが、
お血筋はきちんとつながっています。皇族にお戻りいただくことに、何の問題もないはずです。
「戦後70年も俗世にまみれた人たちが、今さら皇籍に?」という反対意見も聞きます。
まず誤解があるのは、臣籍降下させられて今は民間にいらっしゃる元皇族の方々が皇籍に復帰するとしても、
この世代の方々は決して天皇にはならないことです。
なぜなら、悠仁さまが即位されて崩御なさるまで、少なく見ても今から70~80年はあるでしょう。
2世代半から3世代に匹敵する時間です。
悠仁さまのご成婚があり、男子がお生まれになれば、その方がお継ぎになるわけですから、
百年先までも現在の皇統が続く可能性が高いのです。
皇族に復帰なさった旧宮家の方たちがお役に立つときが来るとしたら、
悠仁さまに男のお子様が生まれない場合でしょう。
それはずっと先のことで、この方々はその間に皇族として国民である私たちに馴染んでいかれるはずです。
統計学的に見て、天皇家以外に4宮家があれば、男系男子でつないでいくことが可能だそうです。
4宮家に皇籍復帰していただければ、男系男子を保つことが可能になります。
お子様がいらっしゃらない宮家や断絶しそうな宮家の家族養子となって継ぐこともひとつの方法です。
あるいは生まれたばかりの赤ちゃんを宮家にお預けして皇族として育てるとか、いろいろな方法があるはずです。
絶対に男子を産まなければいけないというプレッシャーの中、
悠仁さまに嫁ぎたいと思う女性が現れるのかという危惧に対しても、
4宮家が後ろに控えていれば、安心は増すことでしょう。

堂々と王道をいけばいい
現在の天皇家をさかのぼると、第119代の光格天皇が即位するとき、皇統断絶の危機がありました。
急逝した後桃園天皇に、幼い内親王しかいらっしゃらなかったからです。
傍系の血筋を引いている方を探し、幾世代もさかのぼって探しましたので、手間取りました。
空位を避けるために崩御を伏せ、ようやく見つけたこの方を後桃園天皇の養子にして践祚させるという
段取りを経た後、初めて天皇崩御を公表したのです。
神武天皇以来、2千数百年の歴史を男系男子でつなぐためには、さまざまな危機がありました。
それでも、民族の知恵で私たちは乗り越えてきたわけです。
その結果が、国民皆が受け入れている、今の私たちの皇室です。
現在の皇室は、光格天皇のときよりずっと恵まれていると思います。悠仁さまがいらっしゃるからです。
このままご健康に成人なさって、結婚なされるのをあたたかくお見守りするのが、私たちの責任です。
皇統の問題に関しては打算も利害もなく、誰もが善意で意見を言います。
そのとき深く考えたいものです。そして気づきたいものです。女系を主張すれば廃嫡を意味するということに。
女性天皇を認めれば、女系も認めざるを得なくなるということに。
それは、今の日本国の天皇の在り方とは本質的に異なる天皇が誕生することを意味し、
これから何百年も皇室を存続させることは非常に難しくなると思います。
間違った方向へいかないためには、中途半端はやめて、すなおに男系男子の天皇に限るほうがいいのです。
日本の伝統を守るには、堂々と王道をいけばいいと思います。
皇籍復帰するかもしれない旧宮家の方々には、改めてお覚悟を持っていただく必要があります。
私たち国民も日本の長く深い伝統を踏まえて、日本国の在り方の基本を大切にする覚悟を持ち、
努力したいものですね。
大切なことは、ずっと昔からの伝統に基づいて、
また憲法にも皇室典範にも明記されている男系男子の方針を堅持するという最も大切なことを守り通すことです。
https://bunshun.jp/articles/-/15727




「小室圭さんの問題が、皇室の現状を映し出した」
河西秀哉
https://bunshun.jp/articles/-/15522

率直に言えば女性天皇も、女系天皇も認めるべきだと考えています。
さらに長子優先、つまり男子が後で生まれてきても先に生まれた子を優先すべきだと思います。
少子化の流れの中で、女性が何人も子供を産むことが難しい時代に、
男子だけで家系を紡いでいくのは非現実的だからです。
女性が天皇になれない制度となっているのは、家父長制が社会に色濃く残り、
天皇が軍隊の長であった明治時代の名残ではないでしょうか。
戦後までなんとなく続いてきてしまった制度が破綻したのが現在の状況なのです。
現代の社会にあった、より「民主的」な形にすべきかと思います。
平成の30年という時間の中で、天皇の役割も変質してきました。
昭和天皇まで「権威」というべき存在だったのが、
平成の天皇からは国民に寄り添い、触れ合うことが期待されるようになった。
先日の即位のパレードでも、観衆が躊躇することなく写真を撮ろうと両陛下にスマホを向けていましたが、
いまや皇室と国民は、そんな「近しい」関係になったのです。
さらに、天皇に「道徳性」が特に求められるようになった。
平成の天皇と皇后は、ご高齢にもかかわらず被災地を訪問されるなど、
一生懸命に活動しているお姿に高い支持があった。
国民の象徴としての内実を変化させて、いまの皇室があるのです。
おそらく、こうした活動がなければ、いまの空前とも言えるような、
人々からの尊敬や共感を集める皇室はなかったと思います。
現代の天皇をそう考えていくと、天皇という存在は「近しく」「道徳性」のあるということが重要なのであって、
天皇が必ずしも男性である、男性から血を継いでいなくてはならないという必要はないのではないか、と思います。
女性天皇、女系天皇を認めた方が良いと考えるもう一つの理由が、スムーズな皇位の移行が期待できることです。
いまの皇位継承順位のままでいくと、次の世代で秋篠宮家に天皇の立場が移ることになります。
これまでの天皇は、天皇陛下が息子である皇太子を育てる側面があった。
皇太子自身もその過程を通して、自分が天皇という立場に付く自覚を持った。
「愛子天皇」となれば、ある種の“帝王学”を直接親から受け継ぐことができる。
天皇から伝わる空気感を直接知った上でないとできない。
男女関係なく、長子優先で相続させることで、将来的にもスムーズな皇位の移行が期待できるはずです。
道徳性を期待されている現代の皇室では、「男系派」の一部が言うような、
旧宮家の男子を皇族に復帰させる案は非現実的ではないでしょうか。
また、「男系派」の中には、愛子さまや眞子さま、佳子さまと
旧皇族の男子を結婚させれば良いと本気で言っている人もいますが、
これも時代に合わないと思います。要は“政略結婚”。少なくとも、天皇2代にわたって恋愛結婚だったのに、
次世代になって旧宮家の方と政略結婚することになったら、時代に逆行するようで国民が引いてしまうと思います。
そもそも男系派の人たちは、伝統、伝統と言いますが、歴史を辿れば女性天皇は普通にいる。
また、「歴史上の女性天皇は『中継ぎ』だった」という説も、現在の歴史研究では否定され、
その時期の皇族の中で政治的に優れた年長の女性が天皇に即位しているとされています。つまり人物本位です。
「女系」の天皇については、例えば天智天皇やその弟の天武天皇は、
お父さんも天皇、お母さんも天皇の「双系」天皇ともいえる存在。
考え方によっては、「女系」天皇もいたといえなくもないのではないでしょうか。
いまや「近しい」存在となった開かれた皇室には当然、負の側面もある。近しいからこそ見えてしまう部分です。
いまの皇室がヨーロッパ型になって、国民との距離が近くなった結果、
イギリスでダイアナ妃の問題が起こったように、日本では、眞子さまと小室圭さんのご成婚問題が生じました。
この問題も、平成以降の皇室が道徳性を重視してきた一つの結果であるようにも思います。
私などはお二人を見ていると、今時の若者らしさもあって「ご結婚されればいいのに」と思ってしまいますが、
一方で皇族に道徳性を求める国民からすると、小室さんが“汚れて”見えてしまうのです。
小室さんの問題はもう一つ、皇室の現状を映し出したと思います。
それは、皇族そのものが少なくなっているという事実です。
眞子さまには皇族として同世代の話し相手も限られますし、
父である秋篠宮さまとの関係を調整する立場の方もいない。
もし皇族がもっと多かったら、いろんなアドバイスをする皇族が出てきたはずです。
昭和天皇の時代なら三笠宮さまをはじめとした皇族方がいた。
高円宮さまがご存命だったら、現代でもそのような役回りを引き受けられたはずです。
それがいまは皇族が先細ってしまい、“親戚のおじさん”のような役回りで、
皇族の間でのトラブルを調整出来る人が全くいないのです。
今後さらに皇族が減少することを考えると、女性宮家を作って、
女性皇族に皇室に残ってもらうことには大きな意味があると思います。
上記の様に、相談相手として、調整する立場としての存在意義を持つ皇族が増えることにもつながります。
これから皇位継承についての議論が本格化すると、男系にこだわる人々も一定数おり、
現実的に愛子さま、悠仁さまという存在が見えることもあって、
女性、女系天皇の容認派が国民に多いとはいえ、
無理に「愛子天皇」を強行すれば国論を二分することになりかねない。
天皇制自体を揺るがしかねない事態にならないとも限りません。
そういう意味では、現状の妥協点として、
具体的に「愛子さまか、悠仁さまか」と想定しないところから議論を始めるしかないかもしれません。
このまま議論を強行すれば、お二人のうちのどちらを次世代の天皇に選ぶのかという
“人気投票”にすらなりかねません。
現時点では、女性天皇、女系天皇の是非の判断までは踏み込まず、
まずは女性宮家をつくって、愛子さまをはじめとした女性皇族の方々に残ってもらう。
将来、悠仁さまにお子さまが生まれないような場合は、愛子さまを含めた女性宮家の皇族の力を借りる。
お互い傷つけない妥協点としては、このあたりが落としどころになるかもしれません。
本来は愛子さまが生まれた頃に議論が出来たら、もっと本質的な議論ができたはずです。
次世代にスムーズに移行できる「愛子天皇」という議論もしやすかったはずです。
先延ばししているうちに、ずいぶん解きほぐすのが難しくなってしまいました。


「女性天皇が僧を寵愛して大問題になった『道鏡事件』という宮中のトラウマ」
本郷 和人
https://bunshun.jp/articles/-/15733
天皇家は「男系男子」の血筋を意識して守ってきたのではなく、結果としてこうなったにすぎないと考えます。
長い歴史の流れで言えば、天皇家という家を繁栄させることが大切で、高貴な血をつなぐという考えは二の次でした。
そう考える理由のひとつは、古代貴族社会の婚姻が「招婿婚」だったことです。
女性が嫁に来るのではなく、女性の家へ男性が婿として通うのです。
子どもが生まれれば、女性の家で育てられます。
摂関政治の藤原氏が娘を皇室に嫁がせ、生まれた子が天皇になると外戚として権力を振るった背景には、
この婚姻の形があります。つまり、女系でつながっていたのです。
日本では江戸時代にようやく、男子禁制の大奥が作られます。
その前の時代の朝廷は、男性も女性も、天皇の奥向きに平気で入ることができました。
ガチガチに固めていた中国の後宮に較べると、実にゆるい制度です。
こうしたことから、歴代の天皇の中には、実は天皇の実子でない人が紛れ込んでいる可能性もある、と考えられます。
実際、朝廷の周辺に「御落胤だ」と噂される人がたくさんいました。
『平家物語』にも、平清盛が白河上皇の御落胤だという話が出てきます。
家だけでなく血も大切だと考えられるようになったのは、江戸時代に幕府が朱子学を重んじてからです。
中国から伝わってきた儒教は、ご先祖様を大切にするからです。
歴史的に見て、天皇には男性が望ましいと考えられてきたのは確かです。理由は、軍事の指揮官になるためです。
今でこそ天皇は雅やかな存在ですが、現在の皇室が国を治めるに至ったのは、戦いに勝ったからです。
古代には、政治よりも軍事指揮官としての役割が大事だったので、成人男性であることが望ましかったのです。
女性天皇は、継承候補の男性皇族が成人になるまで中継ぎとして時間を稼ぐというのが、本来のあり方でした。
その意味で言うと、史上8人いる女性天皇の中で、
聖武天皇の娘である孝謙天皇(重祚して称徳天皇)だけが、中継ぎではありません。
この孝謙天皇は僧の道鏡を寵愛し、太政大臣禅師、次いで法王にまで引き上げて問題になります。
宇佐八幡からは「道鏡を天皇にすれば、天下は泰平になる」という神託まで出て、道教が天皇になろうとした。
結局、天皇に仕えていた女官、和気広虫の弟、和気清麻呂が勅使として宇佐八幡へ派遣され、
「私の前に現れた神は、『わが国は開闢このかた、君臣のこと定まれり。
臣をもて君とする、いまだこれあらず』と、神託を否定した」と報告して、道鏡の即位を防ぎました。
これが貴族の総意だったでしょう。
僕の見方ですけれども、この「道鏡事件」は宮中のトラウマになったのではないでしょうか。
女性天皇を立てると、同じようなことが起きる。だからこのあと江戸時代まで、女性天皇は現れません。
天皇制が成熟して戦争の指揮を執らなくなると、成人男性である必要性が薄れます。
摂関政治になれば、むしろ子どもの天皇のほうが都合がいいので、中継ぎに女性天皇を置く必要もありません。
女性天皇8人のうち、推古天皇や持統天皇など6人が奈良時代までに集中しているのは、そういう理由もあると思います。
明治になると、天皇は軍の大元帥を兼ねましたから、男でなければ駄目だと決められました。
国家神道というものができたのも、明治です。
それ以前は即位に際して仏教の儀式もあったのに、明治になってやめたのです。
天皇は天照大神の子孫だというほうが迫力があるし、
大陸から伝来した仏さまに守られてもありがたみがないからでしょう。
天皇が神々の子孫であるという万世一系の物語は、明治になってから強調されるようになったのです。
このことからも、「男系を守ってきた」という説がフィクションだとわかります。
染色体とかDNAというのは、言うまでもなく現代になって出てきた話です。
宮中祭祀のために男性天皇が望ましかったという説も誤りです。
かつてたくさんいた子どもの天皇では、祭祀は務まりません。むしろ、シャーマンは女性のほうがいい。
卑弥呼や伊勢の斎宮や沖縄の聞得大君(きこえおおぎみ)など、神の言葉を伝えるのは主に女性の役目です。
女性天皇が少なかった理由には、「高貴な女性の神聖性」もあるでしょう。
「皇室の女性が一般の男性と交わるのは、神聖性が侵害されるからけしからん」という心理です。
江戸時代には、13歳以上まで成長した皇女が50人いましたが、結婚したのは14人だけ。
その大半が、皇族である従兄弟との結婚でした。ほかの皇女の多くは、尼になっています。
議論されている旧宮家の復活に関しては、平安時代の宇多天皇の例があります。
光孝天皇の第7皇子だった宇多天皇は、臣籍降下して源定省(みなもとのさだみ)となりましたが、
皇太子に指名されたため皇族に復帰し、即位しています。過去を調べれば、さまざまな先例があるものです。
「歴史」や「伝統」を重んじると主張する人たちの話も、明治維新から現代のことである例も多い。
明治以来150年といいますが、日本には、はるかに長い歴史があるのです。
その長い歴史を虚心坦懐に振り返っていえば、僕はむしろ、歴史にこだわる必要はないと考えます。
過去にがんじがらめにならず、これからの天皇家を作ればいいのではないでしょうか。


「皇族の女性はモノ的に扱われてはいないか」
三浦瑠麗
https://bunshun.jp/articles/-/15797

伝統、といいますが、いまの皇室は伝統よりも大衆的人気を中心として捉えられています。
戦後に始まった皇室の改革には、国民との距離を近づける大きな効果がありました。
けれども、大衆化が始まったこと自体は、皇室を政治化した明治以来のこと。
その当然の流れで、今があるわけです。
そんな中、女性皇族は注目され、黙って淑やかにしていることを期待されるなど、
振る舞いをとやかく言われるようになりました。週刊誌などは、皇室の嫁姑問題を口さがなく報じます。
つまり、伝統を重んじているようでいて、
実は大衆社会の方がその当時の「世間的道徳観」を皇室に押し付けているわけです。
ただ、各国の王室を見渡すと、王位継承については、長子相続が一般的になりつつあります。
戦後の日本では、男女差別は残っているとしても、男性同士の間では平等性が高まった。
身分制を守ることよりも、「男系男子」の皇位継承という原理原則が優先されてきたのではないでしょうか。
先進民主主義国の中で日本のように女性を前面に出さないという選択をし続けてきた国は、いまや珍しいと思います。
皇室は、茶道や歌舞伎の名跡と同じように、天皇という身分であり役職を、特定の家系の中だけで引き継ぐ制度です。
これは身分制度ですから、もともと差別や区別があるのは仕方がないと思いますし、
男系がよくないとまでは言いません。
しかし側室制度を廃止して、皇后のみにするという西洋式の婚姻関係にコミットした時点で、
男系男子の伝統を長期的に維持できる見込みは失われていたと思います。
将来的にいわゆる「男系男子」が悠仁さまお一人になってしまうことを考えれば、配偶者には重責がのしかかります。
苦労された雅子さまという前例がありながら、
男子の出産という大きな重圧を受け入れられる覚悟のある女性が、本当に現れるのでしょうか。
今後、日本の歴史のどこかでおそらく「女性天皇」という存在は出てくるだろうと思います。
女性天皇が即位すれば、いまのような天皇の後ろに控える皇后としての女性像とは異なる像が誕生します。
それは興味深いだろうと思います。
男性の元首は本人が関わっていなくても、過去の戦争などにおける加害者性を付与されやすい存在です。
もしも愛子さまが天皇となったとしたら、歴史問題の反発が向かうことは考えにくい。
そう考えると、皇室がそうした歴史問題のくびきから自由になる時代もそう遠くないのではないかとも思えます。
今後は、日本においても他国の王室と似たような皇室像になっていくと思うし、そのほうが健全だと思います。
最近、「悠仁さまでなく、愛子さまを天皇に」という意見を目にするようになりました。
こうした、廃嫡を伴いかねない制度変更には不穏さがともないます。現実の生々しい利害が絡むからです。
なぜ、ここへきて急にそうした意見が目立って表明されるようになったのか。
もちろん男女同権意識の高まりも指摘できますが、それだけでなく、
“本家が分家に乗っ取られる”ことを厭う大衆感情があるのではないか、と感じています。
一般庶民の道徳観念の投影として、代々受け継いだ田畑が分家のものになるのは嫌だ、というレベルの話です。
今回のご即位で、雅子さまのイメージがとてもよくなった中で、
両陛下が大切に育てられた愛子さまが皇位継承の候補から除外されるのはかわいそうだ、という判官贔屓的な感情も、
「愛子天皇待望論」の背景にあることでしょう。
ここ数年、秋篠宮家の紀子さまが週刊誌などに悪く書かれる理由も、同じ構図に見えます。
実態はどうだかわからないのに、雅子さまと競い合っている間柄にされ、
お家騒動的に王朝ドラマ化されて、大衆的な娯楽と化しています。
このような見られ方をするのは、皇室が開かれた存在になった結果です。
ただ、大衆の人気を博すということは、その人気が他と代替可能になることも意味します。
「熱狂する対象はポップスターでもよかったんだけど、たまたま皇室が話題になっているから」となれば、
国の精神的支柱うんぬんではなく、キラキラしたドレスを着ている人たちのゴシップにすぎなくなります。
その点も、私たちは注意深くならなくてはいけないのかも知れません。
現実的な対策として、おそらく最初に妥協されるのは女性宮家の創設でしょう。
現に適齢期の女性がいらっしゃるわけですから、
この人たちが結婚しても皇族であり続けることを取りあえず担保しておくことができます。
ただし、それだけでは皇位継承の問題は何の解決にもならない。男系男子での皇位継承をするとなれば、
旧皇族の血筋の男系男子の一般人を皇籍に入れるか、
そうした男系男子の血を引く一般人男性と内親王が結婚しなければいけないのです。
結婚相手を選ぶ自由は、皇族の女性にも最低限あるべきです。
とすれば、女性宮家を作ることは解決への一歩ではあるけれども、独立した解決策にはなりえないのです。
男系の女性天皇のみ容認して、愛子さまが天皇になるとしても、状況はさして変わりません。
やはり、愛子さまに「皇室の血を引く男系男子を婿に取れ」と迫るような状況が生まれかねないのは同じです。
天皇の役職という重荷を背負わせた上で、次世代への責任まで背負わせるというのは、非常な負担です。
男系男子主義者が声高に意見を言うほど、彼らに対する支持はなくなっていくでしょう。
なぜなら、皇族の女性やお妃候補の女性、さらには旧宮家の男性まで、このようにモノ的に扱うことになるからです。
ただ一方で、私からすると、「これからは男女同権の時代だから、眞子さまにはこうあってほしい」といった意見も、
「愛子さまには、男系男子と結婚していただかなければ」という意見も同列です。
どんな権利があって他人の人生に関与しようとしているのか、慎重に考えなくてはいけません。
世論調査では、女性天皇に賛成する声が多数ですが、女性天皇と女系天皇の区別がついていない人もたくさんいます。
それは、保守派のロジックに対して大衆的な支持が寄せられていないことの証左です。
「だからこの世論調査は間違っている」ではなく、
これだけメディアが啓蒙キャンペーンをやっても浸透しないということは、
「みんな、女性と女系どっちでもいいと思っているんじゃないか」という話なのです。
私には、女性天皇や女系天皇に反対する理由が思いつきません。
ただし考えておかなければいけないのは、皇位は特殊な家系の跡目相続の問題であると同時に、
憲法第1条に「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されている通り、
天皇の存在が民意に裏打ちされているという点です。
憲法は、変えようと思えば変えられます。皇室制度を維持したければ、民意の許容できる範囲内で、
時代に合った皇位継承を取り入れていくことが合理的でしょう。
一方で、日本は生身の人間を天皇や皇族としていただいていることも忘れてはなりません。
彼らが負う重責や心理的な圧迫感は、想像するだにすさまじいものだと思います。
伝統文化を維持し、明日への期待を抱けるような社会の雰囲気を作る努力を、皇室に任せきりではいけません。
自らのプライベートや、家庭や家族を犠牲にしすぎてはいけないということ。このバランスが大切だと思います。


「男系男子のY染色体を持ち出すなら生殖医療もOKなのですか?」
中野 信子
https://bunshun.jp/articles/-/16406

皇位を継承するにあたって、男系の男子として該当の方がいらっしゃらない場合、
皇籍を離脱された方に再び戻っていただくなどの方途を提案される方もおいでです。
たしかに、当面の課題を回避するに当たっては有効な方法であろうかと思います。
ただ、かつて存在した側室を持つ仕組みを取り入れることが、
現代の先進国における社会通念とはやや相容れない性質を持つことから事実上難しいとなると、
いずれ同じ問題に直面する可能性は完全には排除できないでしょう。
またその都度、同じ議論を繰り返すとなると、
国際的に見てやや奇異な印象を持たれてしまうのではないかという危惧を持ちます。
極論をいえば、皇統を維持するために、最新科学のバイオテクノロジーを使った生殖医療を
積極的に導入するという考え方もあり得なくはないのです。
「男系男子に限る」という秩序を忠実に守らなければならないという原則を重視するのであれば、
畏れ多いことながら、天皇家の男系の遺伝子を用いて代理母に出産してもらう、
という選択肢すら可能性としてはあり得るということになる。
しかし現実的には、側室を持つという一夫多妻の制度の導入にも、バイオテクノロジーを頼るという考え方にも、
かなり抵抗のある方が多いのではないでしょうか。
そんな話をするだけで「けしからん」とお怒りの方も、相当数いらっしゃるに違いありません。
脳科学の観点から、男性と女性の違いについて訊かれることもあります。
男と女で身体が違う程度の差は、脳においても違うといえます。
しかし、性差よりも個体差のほうがより大きいという考えのほうが研究者の間ではより一般的です。
「男性と女性のどちらが天皇になるか」より、「どんな方が天皇になられるか」のほうが、
脳科学的に見ればより重大な問題ではないかと捉えられます。
また、しばしば男系を守るべき根拠としてY染色体のお話を持ち出されることがあるのですが、
やや奇妙に聞こえます。
天皇家の長い歴史に比べれば、それが発見されてからの歴史はおよそ100年程度です。
Y染色体以外にも人間には形質を伝えるための遺伝的なキャリアは存在するのですが、
Y染色体に限らなければならない根拠が不明瞭です。
これならまだ、伝統的に男系男子に限るので現在はそれを変えるべきときではない、
としたほうがまだ説得力があるでしょう。
また、わざわざバイオサイエンスの話を持ち出す人なら積極的な生殖医療の利用についても言及しそうなものですが、
そうでもないというのも理解に苦しみます。
現在の状況を分析すれば、「女系はありか、なしか」という論争にはあまり意味がないのではないでしょうか。
現行の仕組みでは「男系男子」の維持は
いずれ構造的問題として不可能になるであろう懸念を取り除くことができないからです。
それでも「女系は受け入れるべきでない」ということなら、代わりのシステムを何か考える必要に迫られるでしょう。
ただ、そもそもジェンダーを男と女の2種類とする分け方が、世界的には古くなりつつある時代でもあります。
女系天皇というワーディング(言葉遣い)自体が、
世界に向けて「日本は女性の権利が制限された国です」というアピールになりかねないことに、
もう少し自覚的にならなくてはいけないかもしれません。
つまり、ただでさえ「日本で暮らす女性はかわいそうだ」と国際社会から見なされている現状があり、
その上で「天皇になれるのは男系男子のみ」という原則があるのを、どう説明していくのか。
なかなか困難なことではないのかなというのが率直な感想です。
男系男子の原則を守っていくとなると、
将来にわたって、皇室に嫁ぐことになられる女性への「皇統を維持しなければならない」という
国民の大きな期待からの重圧は計り知れないものになるだろうことは容易に想像ができます。
民間から皇室に入られる方は自らに向けられる視線から何から、
それまでの生活とは一変するわけですから、心のご負担も相当のものになるでしょう。
そんなプレッシャーに負けなさそうなイメージのある方ということで思いつくのは、
眞子さまのお相手として報じられてきた小室圭さんかもしれません。
ただ、一般的な国民目線からは、むしろプレッシャーを重すぎるほどに感じ、
真摯な姿勢で受け止めるくらいの方のほうが受け容れやすいだろうとは思いますが。
特に小室さんを擁護する気はありませんが、
もしもこの方の家柄がとても素晴らしいなど条件面での事情が異なっていたなら、
報道する方の姿勢はどう変わったのだろう、みなさんもどうお考えになったのだろう、という素朴な疑問は持ちました。
個人の意思とロイヤルファミリーとしての責務のどちらを優先するかという問題は、どの国にも生起し得る課題です。
イギリス王室では、アン王女の離婚、再婚問題、チャールズ皇太子の不倫とダイアナ妃との離婚、
そしてダイアナ妃が王室を離れてからの死など、報じられた当時は連日連夜世界中でニュースが流れ、
王室へのバッシングが起こりました。
それでも、イギリス国民の王室に対する敬愛の気持ちは消えてはいないように思います。
本当に大切なことは、日本国の象徴としての天皇がいつまでも国民に敬愛され、
天皇家が続いていくには、何を優先すべきかということを
もう一度しっかり一人一人が考えていくことなのではないかと思うのです。
この議論を進めていくには、より寛容な姿勢と柔軟な発想が求められるかもしれません。

危うい自民幹部の「女系」容認論 先人たちの知恵に学べ

危うい自民幹部の「女系」容認論 先人たちの知恵に学べ
2019.11.30 10:00

皇位継承の在り方をめぐり、自民党幹部の発言が波紋を広げている。
甘利明税制調査会長が24日のテレビ番組で、いわゆる「女系天皇」を容認するような発言をしたのに続き、
二階俊博幹事長も26日、「男女平等を念頭に」などと述べた。
だが、こうした発言の多くは皇室に対する誤解か、無理解によるものだ。
もしも「女系」を認めればどうなるか-。
歴史的にみてそれは、天皇制度の崩壊に直結しかねない危険をはらんでいる。(社会部編集委員 川瀬弘至)


誤解だらけの「女系」議論
「男女平等、民主主義の社会なので、それを念頭に入れて問題を考えていけば、
おのずから結論は出るだろうと思っている」
皇位継承をめぐる議論について、二階氏が語った言葉だ。
産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が11月に実施した合同世論調査によれば、
「女系天皇」について「全く理解していない」「あまり理解していない」と回答したのは計55・0%で、
「よく理解している」は9・7%にとどまった。
二階氏の場合、前者の「理解していない」に含まれるか、
せいぜい「ある程度理解している」(33・2%)だろう。
皇室の問題と「男女平等」を絡めた時点で、すでに理解不足だ。
「女系は不可」という言葉に引きずられ、女性に対して差別的と考えているのなら、むしろ逆である。
あくまでも可能性の話だが、日本人であれば女性は誰でも皇族になりうる。
「陛下」の最高敬称で呼ばれる地位につくこともあり、現に戦後、2人の民間人女性が「陛下」となられた。
しかし男性の場合、たった一つの家系を除いては、誰も皇族になれない-というのが、日本の皇室制度なのだ。

そもそも男系、女系と分けて考えるから、差別的だと勘違いされる。
せめて父系、母系と呼ぶべきだが、それも誤解を招くだろう。
正しくは「一系」だ。皇位継承で本質的に問われているのは、
「万世一系」を維持するか、放棄するか、ということなのである。
万世一系を理解するには、宮内庁のホームページに掲載されている「天皇系図」をみれば分かりやすい。
神武天皇から今上天皇(天皇陛下)まで126代にわたる天皇の系図が、わずかA4版2ページ余りで示されている。
他国の王家の系図なら、枝分かれが多くて10代も遡(さかのぼ)ればごちゃごちゃになってしまうが、
天皇家の場合、父系をたどれば神武天皇へつながる1本の線で示されるので、これほどすっきりしているのだ。

系図が複雑でないのは、皇位の正統性が揺るぎないことへの現れでもある。
事実、日本の長い歴史の中でも、皇統が南朝と北朝に分かれた一時期
(1336~1392年までの56年間)をのぞけば、
皇位の正統性が問題となることはほとんどなかった。

つまり万世一系とは、世界に比類のない、連綿と続く皇位の正統性の証(あかし)なのだ。
その一系が、どうして母系ではなく父系なのかは諸説あるが、
少なくとも女性より男性が優れているといった、差別的な理由ではない。
それは日本の最高神、天照大神が女神であることからも明らかである。

こうしてみると、自民党の甘利氏がテレビで「男系を中心に(皇位継承の)順位を付け、
最終的選択としては女系も容認すべきだ」と述べたことが、いかに問題であるかが分かるだろう。
父系なら父系で、母系なら母系で継承し続けなければ、一系は断絶してしまうのだ。


徳川将軍家の願望と挫折
ここで歴史をひもといてみよう。平安時代に有力貴族の藤原氏が娘を次々と天皇に嫁がせ、
生まれた皇子を天皇にすることで政治力を高める外戚政治(摂関政治)が行われていたことはよく知られている。
江戸幕府を築いた徳川家康も、天皇の外戚になろうとした一人だ。
その意思は二代将軍秀忠に引き継がれ、
1620年、秀忠の娘の和子が後水尾天皇の妻(女御、のちに中宮)となった。
和子中宮は2男5女をもうけたものの、2人の皇子は夭逝(ようせい)し、一系をつなぐ世継ぎには恵まれなかった。
その間、幕府のやり方に不信を極めた後水尾天皇は突然譲位し、1629年、皇女の興子(おきこ)内親王が即位する。
実に859年ぶりの女帝、明正天皇である。

ここに、天皇の外戚になろうとした家康や秀忠の願いは実現する。
だが、徳川家は喜ばなかった。明正天皇の子供は母系なので天皇になれず、天皇家に徳川家の血を残せないからだ。
もしも、幕府の強大な権力により徳川家の有力者を明正天皇と結ばせ、その子を天皇にしたらどうなったか。
父系をたどれば神武天皇につながる1本の線が切れ、家康直系の“徳川天皇”と認識されるだろう。

むろん、そんな事態にはならなかった。
昔の為政者たちはみんな、皇位継承のあり方について「よく理解して」いたからだ。
明正天皇は生涯独身で、後水尾上皇の側室が産んだ紹仁親王(後光明天皇)に譲位する。
歴代天皇には10代8人の女帝がいるが、父系の皇族が配偶者でない限り生涯独身を貫き、一系は守られている。


揺るぎない正統性の継承を
一系であることがなぜ大切なのか、最後にそれを考えてみたい。

令和元年は皇紀2679年だ。その間、居住面積が狭小な島国で暮らしてきたわれわれ日本人は、
先祖をたどれば必ず、どこかで天皇家の血と混ざり合っている-と考えるのが自然だろう。
いわば天皇家は、本家中の本家であって、われわれは分家か、分家の分家か、分家の分家の分家みたいな関係だ。
それを日本人は無意識のうちに受け入れてきた。大多数の国民は自分のルーツである本家を大切にしようと思うし、
本家が決めたことには従おうという気持ちにもなる。

ここが肝心だ。天皇家が一系であり、揺るぎなく正統であるがゆえに、この関係が成り立つからだ。
過去に日本人は、国が崩壊するほどの危機を、天皇を中心に結束して乗り越えてきた。
端的な例が、先の大戦における終戦の聖断だろう。徹底抗戦をとなえる陸軍も、
8月15日の玉音放送により一夜にして銃を置いた。そうでなければ、いまの日本はなかった。

平和な時代には、天皇制度の意義はあまり感じられないものだ。
いま、われわれがなすべきことは、将来あるかもしれない危機に備えて、
先人たちが守ってきた天皇制度を、正しく子孫に引き継いでいくことだろう。
例えば旧宮家の皇籍復帰について、国民に馴染みが薄くて受け入れられないとする意見があるが、
現在ではなく100年後、200年後の国民がどう受け入れるかを考えるべきだ。

冒頭の二階氏の言葉を借りれば、
「日本は万世一系の天皇をいただく国柄なので、
それを念頭に入れて問題を考えていけば、おのずから結論は出る」のである。

https://www.sankei.com/life/news/191130/lif1911300004-n1.html

皇位の維持は男系の検討が先だ

正論
皇位の維持は男系の検討が先だ 国士舘大学特任教授、日本大学名誉教授・百地章
2019.3.15

≪政府の画期的な方針が示された≫

2月27日の衆議院予算委員会第1分科会で、
菅義偉官房長官は鬼木誠衆議院議員の質問に対して次のように答えた。
「安定的な皇位の継承を維持することは、国家の基本にかかわる極めて重要な問題であると認識しています。
男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえながら、
慎重かつ丁寧に検討を行っていく、その必要があると思います」

これは画期的な答弁だ。退位特例法の付帯決議は、
冒頭に「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」をあげているが、
その際、「男系継承の重みなどを踏まえながら」検討していくとの政府の基本方針が示されたからだ。
憲法制定以来、政府は「皇位の世襲」について「男系」ないし「男系重視」の答弁を繰り返してきた。
このことは先に本欄で指摘した通りである(「皇位の安定的継承は男系が前提」2月4日)。

ところが、内閣法制局が平成29年10月付で作成した『憲法関係答弁例集』には、
不思議なことに、「男系重視」の一連の答弁は、一つも紹介されていない。
それどころか、法制局は「憲法第2条の趣旨」として、「この〔憲法第2条の〕『世襲』とは、
皇位が代々皇統に属する者によって継承されるということであると考えられる」とだけ述べ、
「皇統」に属するならば男系でも女系でも構わないかのように説明している。

その上で、「皇位の継承に係る事項」については「皇室典範」つまり「法律」で定めることになっているという。
つまり、皇室典範第1条に定める「男系男子」の原則も、法律だから国会で自由に変更できるといいたいようだ。

≪法制局は「女系」へ誤導するのか≫

これは非常に問題ではないか。確かに、言葉だけ見れば「世襲」には男系と女系が含まれるとも言え、
そのような政府答弁もある(安倍晋三官房長官、平成18年1月27日、衆議院予算委員会。
山本庸幸法制局長官、平成24年2月13日、衆議院予算委員会)。
ただ、それに続けて安倍官房長官は「政府としては、男系継承が古来例外なく維持されてきたことを認識し、
その重みを受けとめつつ、皇位継承制度のあり方を検討すべきである」と述べているし(同前)、
山本長官の発言の直後に野田佳彦首相も「その〔男系の〕伝統を重く受けとめるということを
明確に申し上げさせていただく」(同前)と答弁している。

しかし、この答弁例集だけみた国会議員は「世襲」の原則さえ守れば、「女系天皇」の採用も自由であり、
憲法上全く問題ないと誤解するであろう。だが、安易な女系天皇の容認は憲法違反の疑いさえあることは
前掲の拙稿で述べた通りである。内閣法制局は、意図的に国会議員を誤導(ミスリード)するつもりだろうか。

実は平成17年、小泉純一郎内閣の下で設置された「皇室典範に関する有識者会議」
(座長・吉川弘之元東大総長、座長代理・園部逸夫元最高裁判事)の第1回会議に提出された「資料」にも、
同じような仕掛けが施されていた。そこには「男系重視」の政府答弁は一つもあげられておらず、
「皇位継承資格者を女系にも認めるためには、憲法改正を要しない」との説明と
「憲法第2条は男系の男子と限定していない」(金森徳次郎国務大臣)といった政府答弁が引用されていただけであった。

有識者会議のメンバー10人は、座長を初めさまざまな学問領域の錚々(そうそう)たる方々ばかりであったが、
法律の専門家は2人だけで、皇室制度に通じているとおぼしき方も探すのは困難であった。
したがってほとんどのメンバーは、政府側の説明と「資料集」だけで、
「女系天皇」の容認に何の疑問も挟まなかったのではないか。
こうして、「女系容認派」の園部座長代理の主導の下に、
「女系天皇」と「女性宮家」を容認する報告書が作成されてしまった。

≪旧宮家から適格者を迎えよ≫

この報告書は、悠仁親王のご生誕により事実上棚上げとなった。
しかし、報告書は十分な検討もしないまま、男系を維持するための「旧皇族の皇籍復帰等」は
「問題点があり、採用することは極めて困難である」と簡単に結論付けており、非常に疑問である。

それを証明するかのように、その後、座長代理だった園部氏自身が、
岩井克己・朝日新聞記者との対談の中で次のように語っている
(「どうする皇室の将来」『週刊朝日』2014年8月22日号)。

岩井氏が「有識者会議の議論では、なぜ旧皇族復帰がダメなのか説明不足だと感じました」というと、
園部氏は「そもそも、どの政府も旧皇族方がいま、どうなっているのか、
十分な把握ができていないのでは」と答えている。
そして「〔旧皇族の中に〕適格者がいらっしゃれば養子を考えてもよいのですが」とも発言している。
これは、大いに注目すべきだ。

政府は「男系重視」の立場から、旧宮家の男系男子の中でふさわしい方を皇族に迎えるべく、
速やかに法制度の検討に着手すべきではなかろうか。(ももち あきら)
https://special.sankei.com/f/seiron/article/20190315/0001.html

八幡和郎氏

2006.10.02
皇太子ご一家海外静養問題
週刊朝日に、雅子妃が再び海外へ静養に出かけたいとおっしゃっているという噂ありという記事があり、
それについて私のコメントが載っていた。
私はオランダでのご静養も暴挙だったと思う。そもそも、皇室はあまり贅沢をしない方がよいと思うのだ。
海外の王室は封建領主であり、私有財産をたくさん持っている。だから、それを何に使おうが
ある意味で自由なのだ。だから、「王侯貴族の生活」というような贅沢三昧をしてきたし、
いまも、「自分の金だから何が悪い」という態度である。
だが、皇室は封建領主でなく、日本国そのものなのだ。である以上は、国民とともにあるという
姿勢が不可欠であることは、仁徳天皇の竈の煙以来の伝統である。だから、大富豪のような
生活は似つかわしくないのだ。というより、それは権威と尊敬を危うくするのだ。
ひるがえって、メンタルな病気のための治療として、転地療法はありうる。
だが、海外へ多人数を引き連れてというのは、やりすぎだ。できれば国内で、と言う気がするが、
海外でも、たとえば、小和田家がハワイかスイスあたりのリゾートで過ごされるところに合流されて、
ゆっくりされるというくらいでいいのではないか。
巨額の国費を使うことも、もし、オランダ王室に滞在されて日蘭友好になるならいいが、
「日本も気の毒に」とか「日本の皇室はひどいところだ」といった報道をされて国の評判を
落とすのだから、億単位の国民の税金の使い道として適切だろうか。
こういうことは、本来、小和田氏が、身を挺して遠慮し、阻止すべきことではないか。
だが、それを期待することは出来まい。なぜなら、雅子妃問題の根源は、外交官の論理と、
皇室の論理の齟齬にあるからだ。皇室の方々は、「好き嫌いは持ち込まず個人的な判断は
極力避け、贅沢はせず、謙虚で、公私混同は最も嫌われる」のだ。
ところが、外交官の論理は逆だ。
「少々独善的で好き嫌いに基づいても自分の判断で動き、王侯貴族のように贅沢な生活をし、
威張り、公私混同は当然」なのだ。というと一方的な外交官批判に聞こえるが、単純にそうではない。
外交官にとっては、それなりの合理性があるのだ。
「昔は本国から離れ、公電といった細いパイプで繋がっていただけだから、
本国の指示を待たずに自分で動くことが必要だった。外交の世界は、ヨーロッパの上流社会の
延長であり続ける。だから、その流儀を身につけ、それに従って行動することは有益なこともある。
外国人相手には少々日本人の基準からは威張っていると見えるくらいでちょうどよい。
外交は家族ぐるみでするのであり親戚などの協力を求めなければならないことも多いので、
少々の公私混同は許される範囲だ。」
以上のような外交官の論理がいまでも通用するかどうかは人によって意見は違うだろうが、
まったく、荒唐無稽でけしからんとだけ片づけにくいところは皆無ではない。
だが、この論理を皇室に持ち込まれては困るのだ。それは、皇室が永くつづいてき国民から
崇敬されるために会得してきた知恵とまったく180度違うものだからなのだ。ところが、
小和田家も含めて外務省やそこからの出向者、OBなどは、そこが分かっていないのでないか。
だから、なんとも贅を尽くした桁外れの「療養」をしようという発想になるのだ。
ところで、雅子妃のお祖父様にあたる江頭豊氏が亡くなった。
江頭氏は1964年にチッソ社長に迎えられているので、
水俣病の発生についての責任はおおむね回避されるとされるが、
1964年以降にされたチッソの対応も、誠意と迅速を著しく欠いたもので、厳しい非難の
対象になるべきものだと誰もが考えている。そのことは、雅子妃のお祖父様であるからといって
大目にみられるべきものでないことはいうまでもない。
オランダでは、皇太子妃の父親がアルゼンチン軍事政権の農業大臣だったことが結婚の障害になった。
技術者であって直接に虐殺などに関与したのでないにもかかわらず、閣僚としての責任を問われたのだ。
結局は、皇太子妃が父親と政治信条を同じにしないと声明し、結婚式にも出席させないことで妥協が図られた。
今回は、皇太子ご夫妻でにぎにぎしく行われた葬儀に出席されたのだが、私はこのHPでも
「オランダでのご静養で世界の王室事情を学ばれるところがあるとすれば、江頭氏の問題について、
いずれ雅子妃は語らねばならない日が来るだろうから皇太子妃の父親について、
オランダでとられた措置など勉強することは意味があるだろう」と書いたが、
海外療養の成果にはならなかったらしい。
たとえば、少なくとも皇太子殿下は弔問に訪れるに留められるといった
少し引き気味の対応であるべきだったのでないかと感じる。
弔事であるので、あまり厳しいことを書きたくないが、東宮の侍従たちの目配りが、
やや偏っているのでないかと危惧するのである。

八幡和郎のニュース解説
http://www.yawata48.com/jiji/

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八幡和郎「時事解説」
第16回
「皇室典範に関する有識者会議」への疑問と社会的大混乱の予感
女帝容認については、保守派の論者からの反対論が上がっているほか、
三笠宮寛仁殿下も反対論を内々ながら書かれるなど、混乱は広がっている。
このあまりもの拙速ぶりには、強い懸念を持っている。
「半世紀あとの皇位継承をいま決める必要はない」
愛子さまをいまの段階で皇位継承者として確定するのは、愚の骨頂である。
「正統性」を確保するためには最大限に工夫が要るし、
本人の資質やその時の家庭状況なども考慮する必要がある。
未来の歴史家は霞ヶ関による皇位簒奪と断ずるだろう。
さらに、今回、行われようとしている皇室典範改正のやり方は、将来において、藤原氏、平清盛、
徳川家などでもしなかったほど悪辣な皇位簒奪として語られる可能性が強いと覚悟するべきだ。
皇太子夫妻の出会いについては、なお、十分に明らかにされているとはいえないが、
外務省関係者が仕掛け、また、長い間の空白ののちにある外務省元幹部Y氏が
自宅にお二人をお呼びして再会させたとされている。
また、今回の有識者会議の座長は経済産業省傘下の独立行政法人の長であるが、
実質的な検討の中心となっているのは、元厚生事務次官、元内閣官房副長官のF氏である。
F氏は妃殿下の父君とほぼ同じ時期に事務次官会議のメンバーであり、
妃殿下の母君と同じ佐賀県出身である。また、委員の一人である女性は
外務省で妃殿下の父君のしばらくあとの事務次官の従姉妹であるなど、
利害関係者といってもよいような人たちである。
また、妃殿下の父君は、元国連大使であり安全保障理事会常任理事国入り工作を主導されてきた、
生々しい人だ。
そういう危惧もあるというような意味で読んで欲しいのだが、
今回のことを将来の歴史家はこんな風に語るかも知れないのだ。
「20世紀の後半、霞ヶ関という場所にあった省庁の高級官僚たちは、
政治家をロボットとしてしか扱わず、もっぱら彼らが国を動かしていた。
彼らの野望はついに は、自分たちの仲間から天皇を出したいという計画に達した。
彼らは、そのうちの有力者の一人であるO氏の娘で自身も官僚の一人である女性を組織的に皇太子に引き合わせ、
彼をして結婚を熱望させることに成功した。Oは、国連大使となり皇太子の義父としての声望も背景に、
日本国内ですら慎重論も強かった国連安 全保障理事会常任理事国入りの工作を繰り広げ、
さらには、国連事務総長の候補と語られたこともあった
だが、国連における試みは成功しなかったうえに、待望の親王誕生もなく、
長い年月の後に内親王の誕生をみただけであった。
そこで、霞ヶ関の官僚たちは、なんとしても、この内親王に皇位を継がせるために、
長い歴史を否定し、まったく新しい皇位継承のルールを創造しようとした。
その中心にあったのは、薩長土肥のひとつ肥前の出身であるFで、
肥前人の血を受け継ぐ女帝の誕生を確実なものとするために、
各界に強い異論があるにもかかわらず、強引に皇室典範を改正してまで行おうとした。
しかも、皇族の一人が勇を鼓して反対論をとなえたが、
それに対し、彼らは皇族が皇位継承ルールの変更について意見をいうことは憲法違反であると、
多くの法律家の意見でないにもかかわらず独自の怪しげな見解を持ち出し脅迫した。
日本の歴史に於いて、藤原氏、平清盛、徳川秀忠など、自分の血を引く天皇の誕生を望み工作した権力者はいたが、
皇位継承のルールまで変えてでもそれを実現しようとするほどの野心家はかつてなく、
霞ヶ関の高官たちの専横ぶりは平家にあらずんばといわれたかつての独裁者たちもはるかにしのぐものであった」

第19回
女帝問題について朝日新聞に掲載されたコメントの補足
有識者会議の議論のなかでは、「愛子様はじめにありき」ということだったことが、
関係者からも明らかにされている。
大事な制度の変更が、ある個人に着目されて行われることは、非常に強く避けられるべきことであり、
そうしたことが行われた場合には、その人がある地位についても正統性をひどく傷つけるものなの だ。
そうした意味からも、愛子様はじめにありきの議論は絶対に避けるべきなのだ。
まして、第16回の時事解説でも書いた通り、今回の会議は、古川貞二郎氏や緒方貞子氏ら
皇太子妃殿下の実家に近い立場の人が中心になっている。
そもそも、皇族の結婚については、政治家などの縁者は極力避けるべきだといわれてきた。
たしかに、妃殿下の父君である小和田恒・元国連大使は選挙に出られているという意味での政治家ではないが、
外務省の最高幹部として官界の実務の責任者であるとともに、
日本外交の中心にあって強い影響力を国政にもってきた方であり、
政官界にも広く交友関係をもっておられる。
小和田氏は日本人離れした感覚の素晴らしい外交官であり、日欧協力の拡大とか、
日韓関係の改善について素晴らしい行動を示してこられた。
だが、皇太子妃の父親という立場としては現実世界での活動やネットワークは
「外戚」として批判を受けかねないという意味で憂慮のたねである。
皇后陛下の実家の正田氏は、ご成婚後、ともかく、目立たないように生きられた。
小和田氏の素晴らしい能力が十分に発揮できないのは日本外交にとっては損失であっただろうが、
それでも、皇室の権威を守るためには、正田家と同じ配慮が必要だったと思う。
まして、私は、小和田氏と直接にかかわりのある人々が継承問題の方向付けをすることは、好ましくないと思うし、
また、そういう人々の世代の内に、まず、愛子様ありきの結論を出すなど絶対に避けるべきであると考える。
「何が何でも愛子様派」の人の中には、「愛子様への国民の敬愛の情は深い」などという人もいるが、
やっと四歳になった幼い少女について何の材料もなくそんなことをいうのは、おかしい。
そういうのは、20歳も過ぎられ、ごく自然な公務などを通じて国民と接していかれるなかで評価されるべきなのだろう。
ともかく、贔屓の引き倒しは、結局のところ、皇室制度の危機に直結しかねないし、
それは、日本の国を厳しい試練に立たせかねないのだ。

第27回
皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
紀子さまご懐妊と皇位継承
うわさ話でなく、履歴だけでも分かること
秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。
保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や情報発信も盛んであり、
これが状況を混迷させている面もある。
いずれにしても皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、
一方で無責任だという批判がある。
だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で
能力の高い人物であるということが前提になっていることで共通している。
だが、このホームページでも書いたように「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りして
うまくいくことははじめから難しかったのであって、
その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、
この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。
だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく雅子妃論を書いておきたい。
といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って面白おかしく書くつもりはない。
それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。
むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で
流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。
それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。
ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、
就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのがあまり得意でないようだ。

キャリアウーマンとしての虚像
雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、
「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、
キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。
だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、
世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。
次に、外交官試験はほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。
ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合に
それを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する
公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。
もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことは
よく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが
実力だけによるものであったかは立証しようもない。
採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として
腫れ物にさわるような扱いをされていたという面もあり、
少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事をこなして大活躍した」といったものではない。
また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは
誰しもがうらやむ最大限に優遇された居心地のよい人事である。
社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しいポストばかりで働いているのと同じで、
いささか特殊な環境である。
雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関の
スノッブなエリート官僚の娘としてありふれたものである。
また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘がキャリアウーマンとして
ばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの
特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。
外務省では雅子妃に先立って別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、
いずれにしても 雅子妃は父親が事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。
こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、
よくいえば 暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、
逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、
雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。
民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。
それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。
また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは利用しようといった、
ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいというやや甘えた性格と見るのが普通だろう。
こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、
よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、
逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、
雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。
全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも強い性格でもなく、
経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、
父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。
こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する
自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。
そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという前提の議論が多すぎる。
たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方をされたがゆえに
独特で貴重なキャラクターが醸成されている。
だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。
それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、
反対になんでもないお仕事ぶりや家族との接触でしかないものをたねに、
特別に立派な人格者だと感心してみたり、トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだろう、
というのもまったく間違った議論なのである。
それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。
このことについては、先週も少し書いたところだ。
また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、
少し舌足らずでもあるので、補足しておく。
「アエラ」には、
1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある
と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、現実的に あるかどうかは別問題である。
私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。
もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。
そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、
自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。
だが、この案を実現するには制度改正が必要である。
「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、道を閉ざすべきでないが最後の手段である。
となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、
その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。
ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、
医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。
愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。
まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、
そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあれば
いま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。
ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。
ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形での
レジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても
皇室のあり方として適切かは難しいところだろう。
それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの議論としての問題である。
また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、
やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。

弟47回
スキャンダルの総合商社・オランダ王室から学ぶものは?
皇太子ご夫妻がオランダ王室の招きに応じてバカンスに出かけられるという。
妃殿下の病気の治療を兼ねてということらしいが、
それにしてもスキャンダルの総合商社のような世界最低の王室に御滞在とは、
ユニークな選択の真意は何かと複雑な気持ちになる。
メンタルな病い、収賄、占い師、マフィア、浮気と庶子などなんでもありの
オランダ王室から両殿下が学べるものは多そうだ。
妃殿下もお祖父様がチッソの社長だったことが一時問題になったが、
いつかこの問題について語らなければならない日が来るだろうから、
そういう参考になるかも知れない。
あるいは、これから皇族がとんでもない相手と結婚したいとおっしゃることだってあるかもしれないから、
良い参考になるのかもしれない。
だが、本当のところはそんなひどいところと知らずに決めたのでないか。
ハーグに住まわれている小和田家としばらく時間を過ごしたいというのが本音なら、
すなおに国民にそういう説明をし、公務かどうか不明瞭な形で莫大な公費を使う様なことをしない方がいいのでないか。
王室滞在という形を取ることによって、日本 の皇室のスキャンダルを
世界に好きこのんでさらすこともないだろうにとも思う。
少なくとも気の毒なプリンセスのイメージなど振りまくことになれば、関係者 は厳しく責任を問われるべきだろう。
さらに、女王の国であるオランダのマスコミを使って、
「女帝・女系反対はおかしい」というキャンペーンを煽ろうなどと言う意図などないと思うが、
そういう風に疑われないように、駐蘭大使館や小和田氏は細心の注意を払うべきだろう。

第56回
秋篠宮妃ご出産と皇室典範改正・雅子妃の今後など
秋篠宮妃が男子を出産された。この慶事をまずはお喜び申し上げたい。
皇室典範改正問題が議論される中で、このご誕生があったことは、
「天命」のようなものを 感じさせるというのは悪のりかも知れないが、
なんとかしなければといういろんな方の思いの結果であるのは確かであろう。
少なくとも、この「運命の子」が誕生とともに持った正統にして
正当な皇位継承権を誰かのために奪い取ろうという策謀が行われないことを望む。
また、そういう議論が起きないように関係者は積極的な発言をすべきだ。
とくに小和田恒氏にそれを強く望む。沈黙は騒乱へのゴーサインと揶揄されては不本意であろう。
ただし、お子様が男子であるか女子であるかは、皇室典範の改正にとって本質的な状況を変えるものではない。
このたった一人の幼児に皇室制度の興廃のすべてをかけるわけにもいかないのだ。
また、普通に考えれば現在の皇太子殿下からその次への継承が行われるのは半世紀ものちのことであり、
最終的な筋書きを急いで 決めねばならないものでもない。
いま必要なことは継承候補者がわずか数人しかいないといった状況を解消し、
生物学的な運不運で皇統断絶などないようにすることだ。
不幸な事態をいろいろ想定することを不敬なように感じる人も多いが、
「控え」が多くないとテロで皇室制度をゆるがすことが可能になり、
皇族のセキュリティ上も問題が多いのは当然だ。
皇位継承者の範囲を広げる方法はいろいろ変化球もあるが、
基本的には旧宮家男子の復帰か、女帝・女系の容認しかない。
しかも、どちらについても反対する人はいるのだから、
とりあえずはどちらの選択も可能なように条件整備をしたうえで、
最終的な結論は将来の世代に任すことが現実的だ。

雅子妃の御不調の原因はお世継ぎ問題ではない。このコラムでもたびたび書いているように、
「典型的な帰国子女が伝統的な行事や仕事上のお付き合いが
いろいろある旧家などに嫁いだことによる無理」である。
皇室や宮内庁が意地悪なのでも、本人がわがままなのでない。そもそも難しい組み合わせだったのである。
家元、お寺、老舗、企業オーナーなどと結婚されても同じような困難に直面されたであろう。
しいていえば、未来の天皇の母としての重圧から解放されることになったわけだが、
皇太子妃としての、あるいは、未来の皇后としての圧迫がなくなるわけでない。
解決方法はいろいろあるが、私は妃殿下とか皇后陛下という制度にそもそも無理があると思っている。
首相夫人は公職でないので、ファーストレディーとしての仕事を無理のない範囲で、
それぞれの能力と事情に応じてできる。
皇族夫人も、皇太子夫人とか天皇夫人でよいのであって、本人が公職である妃殿下などにならなくてよいのだ。
逆に、生まれながらのプリンセスには、御本人が承諾すれば結婚しても公務を続けて欲しい。
妃殿下制度というのは皇族が皇族とか五摂家の女性としか結婚しなかった時代の制度だ。

弟98回
現代にふさわしい皇室のあり方
日本の皇室は封建領主でない。私有財産もさほどあるわけでない。
また、伝統的にも、あまり贅沢な生活をすることは皇室にふさわしくないと考えられてきた。
その意味で、皇室の人々が東京の富裕層の取り巻きに囲まれて、贅沢な生活をするようなことはよろしくない。
ヨーロッパやアラブのプリンスたちやが、華やかな 社交界で、甘い生活をしている現状を見るにつけても、
それと同じようなことをすることが、開かれた皇室であるのなら賛成できるはずがない。
日本の皇族は、ヨーロッパに留学などしても、贅沢な暮らしができるようなお金もないだろうし、
大使館などの監視もあるだろうから、
ヨーロッパの王室の若い人と遊びほうけるということはないと思うが、それでいいのだ。
あるいは、皇族が病気治療のためといえども、億単位の税金を使って海外へ行かれるといったことも、
あまり日本の皇室にはふさわしくないと思うのだ。
かつて香淳皇后が宮内庁病院での治療にこだわって病気を悪化させたのではないか、
という指摘がされたことがある。
たしかに、本当に専門的な治療を受けられているのはいいことだ。
だが、治療のためにいいのなら何でも有りであって良いのではない。
一般的に医療といえども最善を尽くすためにコスト的にも、
家族も含めた生活上の制約という点からも際限なくなんでもできるわけでない。
ものには、限度がある。また、皇室の方々がたとえ治療に役立つとしても、
世界有数の大富豪でも考えられないようなコストをかけた医療を受けられることは、
皇室の伝統からは少しはずれることのように思う。
雅子妃のモンゴル訪問同行を実現すべきだったという人もいるが、
海外を公式に訪問するのは体調が万全になってからであるべきだ。
いまどきのことだから、海外に転地療養をされることがいけないといっているのではない。
だが、それは、実家の人たちとひっそりと保養地で過ごされるとかいうことが限界であるべきだ。
莫大な費用と公務員たる相当の人数を引き連れ、外国政府にも多大な迷惑をかけての
「治療」というのはモラル上も許されるべきであるまい。
日本の皇室が長く尊敬されてきたのは、自らの身を顧みず国民のためのみを念じて、
頭の下がるようなモラルの高さをしめしてきたからにほかならない。
昨今、両陛下がご高齢でありご病気もお持ちであるにもかかわらず、
海外訪問などでたいへんな日程をこなしておられることには頭の下がる思いがあるし、
こうした行動を通じて、昭和天皇という大きな存在を失った皇室が信頼を失うことなく
国民の尊敬を受けることに成功したのは奇跡的なことというべきなのかもしれないのだ。
そういう意味も含めて、日常生活におかれても、病気の治療などについても、
皇室の良き伝統に沿ったモラルの高さと清廉さを維持して頂くことは、
皇室というものの永続を願うなら何より大事なことだと思うのだ。

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妃殿下の研究 八幡和郎 幻冬舎 2012年9月

私は、雅子さまと同時期に霞ヶ関(通産省。いまの経済産業省)にいましたから、
生々しく具体的なおはなしをいろいろと聞いております。
ですが、そんな風説に頼らなくても、雅子さまの経歴や
ご家族の状況という公開情報を客観的に見ればそれだけで、
世の中で流布している雅子さま像は、現実とだいぶずれがあることがわかるのです。」

(有識者会議の)メンバーの選定もひどく疑問。
もっとも奇妙だったのは、いわば利害関係の当事者である小和田氏に近い人物が多かったことです。
実質的な中心人物・古川貞二郎氏は、小和田氏と事務次官会議のメンバーだった時期が重なり合っています。

しかし、これだけ多くの外務省関係者が、
出会いからご婚約まで手取り足取りで関与していることから考えると
外務省関係者グループのお膳立てと協力な後押しで実現した結婚と見るのが普通でしょう。
また、小和田家がみずから売り込んだのではなくとも、
婚約時に小和田恒氏は外務事務次官だったのですから、
組織をあげての売り込みが成功したという言い方をする人がいても見当はずれではありません。
雅子さまご自身も、最初の出会いのとき以降、お誘いを
かなり積極的に受け入れられた稀有の存在だったということもあります。
(中略)
しかし、雅子さまサイドが皇太子殿下の熱心さに負けて不安を残しつつ
お話をお受けしたというような見方にはなにか意図的歪曲が感じられるのです。 
そして、現在の厳しい状況からすれば、
外務省関係者が雅子さまを皇太子妃に最適だと思ったことは、やはりお眼鏡違いでした。
日本にとっても、皇室にとっても、雅子さまご自身にとっても不幸な選択だったと言わざるを得ません。

雅子さまが、東京ディズニーランドの一部を貸切状態にして池田礼子さん一家と遊んだこともあります。
ご自身だけでなく、結果的にせよ、実家の人間に、一般客の楽しみを制限してまで、
遊ぶ特権を受けさせるようなことは、正田家なら絶対にありえなかったことです。
そういうことを、雅子さまの病気治療のために好ましいということで、
なんでもありにしてはいけないと思います。
                                   
幸い、悠仁さまは、置かれた立場にまことにふさわしい立ち居振る舞いができる少年として育っておられますが、
将来の天皇にふさわしい充実したバックアップ体制を用意してさし上げるべきでしょう。
雅子さまの「治療」という名目のセレブ生活や愛子さまの不登校問題に対処するために
多くの公務員を動員したり予算を使ったりするよりも、よほど大事なことだと思います。
東宮に人員が多く配置されているのは、
公務が多忙なことを前提にしているはずですので、実情に合わなくなっているのです。

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「雅子妃に銀メダル」発言に違和感