新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」

2019.11.10
皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」
「お堀の内側」で目にしたもの
大木 賢一共同通信社編集委員

天皇夫妻は日ごとにその安定性を増しているように思えます。
皇后となってからの雅子さんが公務をほとんど完璧にこなしていることに驚きの声がありますが、
私には予想どおりのことでした。
「本当は雅子さんはもう、なんだってできますよ」。
5年ほど前、夫妻に近い筋からそう聞いていました。
前天皇夫妻に過剰な遠慮をする必要がなくなれば、雅子さんは必ず復活する。
それは現役の担当記者をしていた十数年前から信じていたことでした。

「生前退位」が明らかにしたこと
私は2008年までの約2年間、宮内庁の常駐記者でした。
70代半ばだった前天皇の公務軽減策が提案されていましたが、前天皇は簡単には首を縦に振りませんでした。
生真面目な性格を考えれば、思うとおりの活動ができなくなった時に「位を譲る」ことは、
容易に予測できたようにも思えますが、当時は考えもしませんでした。
昭和天皇の闘病の記憶があり、天皇とは最後まで天皇であるのが当然だと思っていたのです。
初めて「退位の意向」が報じられた時は、驚き以上の激しい感情がありました。
「政治的発言に当たらないのか」という憲法上の疑義とともに、
メディアを利用して自ら世論の醸成を図っているとしか思えなかったからです。その気持ちは今も変わりません。
当時の宮内庁幹部は記者に囲まれ「報道のような事実はない」
「陛下のそのようなお気持ちは聞いたことがない」と完全否定する立場を取っていました。
この言葉はいまだに修正されたわけではありませんが、結局前天皇は退位してしまいました。
2016年8月8日のビデオメッセージには「退位」「譲位」の言葉は一つもありませんが、
国民のほとんどが「お気持ちはよく分かりました」という反応を示しました。
事前にさんざん報道されていなければ起きえない現象です。
こうした筋書きを考えたのが誰だったのかと考えると、私は何とも言えぬ反感をぬぐえなくなるのです。

「他人の口」を使う
正直に言いますと、私は現役記者当時から、前天皇夫妻を好意的に見ることができませんでした。
「他人の口を介した報道で世の共感を得る」のは、何度となく繰り返されたやり方だと思っています。
たとえば2008年に当時の宮内庁長官が定例記者会見で
(皇太子一家の御所への訪問は)増えておらず、両陛下も心配されていると思う」と、
皇太子に「苦言」を呈したことを、突如明らかにしたことがありました。
皇太子誕生日の記者会見の数日前です。本人の回答を求めているのは明らかでした。
質問項目はすでに決まっていたため、「苦言」については志願して私が追加質問することになりました。
皇太子は「家族のプライベートな事柄なので立ち入って話すのは差し控えたい」と話しました。
当然だと思います。私は、自分では言えないだろうから代わりに言ってやろうと思い、
質問の中にある言葉を忍ばせていました。
「皇族に仕える立場の長官が自分の一存であの発言をしたとは私には到底思えません」。
この言葉は今も宮内庁のホームページに載っています。記者の質問も一言一句保存されるのです。
長官は当時の天皇夫妻の意を受けてあの発言をしたのだろう。多くの記者もそう思っていたはずです。
皇太子が言うように家庭内のことは家庭内で言えば済むのに、なぜわざわざ幹部の口や記者会見を通すのか。
が皇室というものなのかもしれませんが、
はこんな役目ばかりさせられる歴代の長官や幹部を心底気の毒に思っています。
この会見の直後、前天皇夫妻の側近とされる人を訪ねたところ、
私の質問が気に入らなかったらしく、激しく叱責されました。

記者会で目にしたもの
当時、皇太子夫妻は雅子さんの適応障害のため2人そろっての活動が極めて少なく、
一方で高級レストランに通っているといったバッシング報道がされていました。
記者会でも「平和を希求し、戦没者慰霊や被災者への寄り添いを続ける素晴らしい天皇、皇后両陛下」との比較で
反感を抱くのか、平場ではほとんどの記者が雅子さんを「雅子」と呼び捨てにしていました。
皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。
私は不愉快でした。皇室という閉ざされた世界で生きている人に対してあまりに失礼だと思ったからです。
姓さえ奪われて名前だけになった女性に、なぜ一言「さん」を付けることができないのか。
そんな記者が「弱者に寄り添う」などという記事を書いても私は信用できません。
新天皇が即位した今、このような記者はいなくなったそうです。
みんな「両陛下万歳」「雅子さん大好き」だそうです。
しかし、もし仮に彼らが「一番上の人だから当たり前」のような気持ちでいるのなら、
手のひら返しもいいところであり、中身のない称賛報道がまた繰り返されるだけではないでしょうか。
前天皇夫妻はあまりにも称賛されすぎたと思います。

記者と皇族の「距離感」
「退位の意向」でマスコミが大騒ぎになった当日、私が所属する共同通信編集局の幹部がこんなことを言いました。
「天皇の次の定例会見はいつなんだ!」。天皇本人の真意がそこで明らかになると考えたのでしょうが、
閣僚ではないのですから、天皇に定例会見などというものはありません。
会見は、毎年の誕生日前と、海外公式訪問の前だけです。
マスコミ幹部ですらこんなものですから、少なからぬ国民は、
皇室記者というのはプロ野球の「番記者」のようなもので、
皇族と顔を合わせれば雑談でもすると思っているのかもしれません。
全然違います。そのような「対等」に近い関係ではないのです。
数㍍ほどの距離にいるわけですが、天皇や皇后が報道陣に会釈でもしようものなら、
記者は反射的に頭を下げます。無言です。顔を上げることもできません。
そんな関係性の中で、決められたとおりの位置から記事を書いているのが宮内庁記者です。
こうした「記者との距離感」を知った上で報道を見てもらわないと、
本当のことは読者や視聴者の方々には分からないのではないか。
記者の立ち位置と目線からどんな世界が見えるのか、
興味のある方は拙著『皇室番 黒革の手帖』を手に取っていただきたいと思います。

「自己プロデュース」
前天皇夫妻の行ってきた慰霊の旅や被災地訪問はいずれも立派なことで、
「象徴天皇」の在り方としても適したものだったと感じます。
ですが私は、前天皇が多用してきた「象徴の務め」なる言葉に反感を持ちます。
象徴天皇の「義務」は、憲法に定められた国事行為のみなのに、
それ以外のことも含めて「務め」と言ってしまえば、
の天皇たちは、それぞれの思いで自由にふるまえなくなってしまうのではないかと心配です。
前天皇夫妻、特に美智子さんは、プロデュース能力にたけた人だと思います。
若い読者には「優しいおばあちゃん」のイメージしかないかもしれませんが、
ころは、大きなサングラスを頭の上にかけるなど、
女優然とした振る舞いで世間の憧れを浴びるファッションリーダー的存在でした。
そこには強い「自意識」を感じます。
美智子さん自身が「天才女優」と言ってもいいと思います。
自分がどう見られているか絶えず意識し、自分たちを報じるものにはほとんど自ら目を通していると聞きます。
「自分が一番目立っていないと気が済まない人」と評する人も何人もいます。
天才女優ですから「慈悲深い聖母」になることもできました。
平成の天皇皇后像」は、こうした美智子さんの演出能力で形作られたと考える識者は少なくありません。
阪神大震災でのスイセンの花、東日本大震災でのハマギクの花。
被災地との交流のストーリーも、へそ曲がりな私の目には
「用意された通りに書かされた」と屈辱を感じることがありました。

新時代の天皇像
新しい天皇夫妻には自己演出にあくせくするような姿勢はなさそうです。
いかにも自然体の夫婦のように思え、私は新時代の「新しい天皇像」に期待しています。
即位後いくつかの地方訪問に同行し、気付いたことがあります。
施設訪問でも何かのレセプションでも、前天皇夫妻は「それぞれが一人一人に相対する」姿勢だったのに対し、
新天皇夫妻は「2人一緒に、気がつくとみんなに囲まれて笑っている」のです。
欧州的なフレンドリーな王室に近づいている。
そう言うと反発する勢力もあるでしょうが、私はそれでいいのではないかと思います。
平成の天皇夫妻がああした姿を見せたのは「生き残り戦略」だったと思います。
国民の関心を失うことは皇室にとって一番の脅威のはずです。
必死に考えた結果が「寄り添う」ことであり、その姿を見せることが時代の要請だったのかもしれません。
新しい天皇夫妻はもっとナチュラルな道を歩むでしょう。
欧州の記者が王族の子どもたちに気軽に手を振るように、記者との距離も縮めてくれたらいいなと思います。
新しく築かれる皇室の中で、みんなが真の自分らしく、幸せな人生を生きてほしいと願っています。
この文章では、意図的に敬語を排し、普段の新聞の基準とは異なる表記をしてきました。
過剰な敬語を使いながら批判を含む言説を展開するのはほとんど不可能です。
天皇の在り方や皇位継承に関する議論は続くのですから、無用なタブーは極力排し、考え続けなければならないと思います。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68337

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上皇ご夫妻批判?共同通信記者の記事に驚き
2019年11月12日 16:01
八幡 和郎

「現代ビジネス」に『皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」
~「お堀の内側」で目にしたもの』という記事を、大木賢一・共同通信社編集委員が書いている。
これは、両陛下へのヨイショ記事であるとともに、
これまでに例を見ない上皇陛下と上皇后ご夫妻への批判記事ともいえ驚いた。
メディアはつねにそのときの両陛下への批判めいたことは両論併記であっても滅多に書かないし、
書いたとしても非常に婉曲である。
そのために、退位をめぐる議論が典型だが、疑問を呈するような意見はほとんど一般の目に触れることはなく、
他の可能性についても議論されないし、両陛下と違う考え方やスタイルをもつ皇族などは批判されがちだ。

昭和天皇のときには、「皇太子が天皇になって大丈夫か」といわれた。
平成の御代になったら大絶賛の嵐で「皇太子夫妻の身勝手」が批判された。
そして、令和になったら、またまた掌返しで「秋篠宮バッシング」だ。
それなら、ご退位後の上皇ご夫妻に対してはどうなるのだろうと思っていたら
(海外でも前国王は厳しい批判の対象になりやすいのが普通だ)、今回のかなりショッキングな記事が出た。
こういう観点からの議論がこれまで出てこなかったのが、よくないのだが、
一方で、単に今上ご夫妻をよいしょするために上皇ご夫妻について論じたととれなくもないし、
言葉の選び方がもうひとつ無用な反感を買いそうな気もする。

そもそも、そのときどきの両陛下への極度の諂い、
とくに、示されるスタイルが唯一正しいやり方だと言わんばかりの報道はよろしくないと思う。
それぞれの両陛下のお考えも、能力的な個人差もあるのだから、それぞれのやり方を追求されればいい。
つねに、前の陛下のスタイルを踏襲しろというのはおかしい。
もちろん、それぞれの陛下や皇族のスタイルや意見は、当然に内外からの批評の対象になるし、
それを宮内庁も両陛下もお聞きになって、前向きに取り込んでいけばいいのではないか。
そういう意味で、平成の陛下が退位についての「お言葉」で語られた「象徴天皇像」についても、
世間では普遍的な価値を持つものという受け取りが主流だったが、私は「陛下の個人的な目標」と受け取るべきだといった。
なぜなら、それは昭和天皇のそれとは違ったものだったのだから、
仮に平成の陛下のスタイルが普遍的なものだとすれば昭和天皇のスタイルは批判すべきものになる。
また、雅子さまの体調からして同じスタイルをとることは無理であろうから、
新陛下が困った立場になりかねないと思ったからである。
私は他のことについてもそうだが、常に極端なよいしょにも、身も蓋もない批判にも荷担したくない。
とくに、皇室については、宮中に諫言をいとわない忠臣などいなくなったいま、
和気清麻呂は週刊誌やネットにしかいないのであって、メディアが苦言をすることをしないことは、
皇室のためにもよくないと前から言っている。

そういう観点から、大木氏が平成の陛下ご夫妻のなさり方に疑問をもっていたら、
ご在位中にすべきだったと思うし、現在の両陛下のスタイルには無批判に過ぎるのもいかがかと思う。
また、昨今の秋篠宮皇嗣家に対する一方的に過ぎるバッシングにも批判をすべきだと思う。
しかし、その一方で、これまでの、平成の両陛下のなさりようがなにもかも正しい、
他に選択などがないような議論に一石を投じるという意味では、大木氏の論考を高く評価したいとも思う。
その内容については、リンクをはっているので、そちらを見て頂きたいが、
たとえば上皇后陛下については、以下のようなことが書いている。

大木氏の記事より:

「前天皇が多用してきた『象徴の務め』なる言葉に反感を持ちます。
象徴天皇の「義務」は、憲法に定められた国事行為のみなのに、
それ以外のことも含めて『務め』と言ってしまえば、後の天皇たちは、それぞれの思いで自由にふるまえなくなってしまう」

「前天皇夫妻、特に美智子さんは、プロデュース能力にたけた人だと思います」

「若いころは、大きなサングラスを頭の上にかけるなど、
女優然とした振る舞いで世間の憧れを浴びるファッションリーダー的存在でした」

「美智子さん自身が『天才女優』と言ってもいいと思います」

「自分がどう見られているか絶えず意識し、自分たちを報じるものにはほとんど自ら目を通していると聞きます。
『自分が一番目立っていないと気が済まない人』と評する人も何人もいます」

「『平成の天皇皇后像』は、こうした美智子さんの演出能力で形作られたと考える識者は少なくありません」

「阪神大震災でのスイセンの花、東日本大震災でのハマギクの花。
被災地との交流のストーリーも、へそ曲がりな私の目には『用意された通りに書かされた』と屈辱を感じることがありました」

私自身は、こういう少し険のある感情的な表現は、あまり好まないが、
ただ、ひとつ思うのは、平成の両陛下には完璧主義の良い面とともに、
異論や批判をされることを嫌われるところがあったような気はする。

昭和天皇は臣下に対して厳しく問い詰められることが多かったが、それは反論の機会を与える面もあった。
ところが、平成の両陛下は丁寧でへりくだっておられる印象すらあるが、同意を求めるような表現をよく使われた。
これが、異論を唱える気持ちを萎えさせたのでないかという気はするのだ。
それに対して、今上の両陛下は、自分たちの気持ちをストレートにいわれる。
それが、いまのところは、フレッシュな印象を与えているのだが、そう長くは続かないだろう。
たとえば、皇后陛下の体調への配慮から、公務の量と質は明らかに落ちているし、それに伴う様々な問題もある。
それに対して、ひとこと、遺憾、残念、申し訳ないなどのお言葉がないのには違和感があるし、
マスコミもあたかも完全回復などと実情とは違う報道・論評するのは、ヨーロッパなどのマスコミ報道とは大違いである。
BBCなど女王陛下であろうがほかの皇族に対しても、批判が出ているようなことがあるときには、
言葉はやさしいが、ちくりと付け加えているし、それが正常だ。
また、そのことが、他の皇族などに対する一方的なバッシングを避ける防波堤にもなっているのである。

http://agora-web.jp/archives/2042626.html

即位関連

即位の礼
献上品上限撤廃

陛下、「勅使発遣の儀」 伊勢神宮に大嘗祭挙行ご報告へ
2019.11.8 13:04
伊勢神宮に大嘗祭(だいじょうさい)を行うことを報告するため、
天皇陛下が使いを派遣される「勅使発遣(ちょくしはっけん)の儀」が8日、皇居・宮殿「竹の間」で行われた。
陛下は「御引直衣(おひきのうし)」という白い装束姿で儀式に臨み、伊勢神宮にささげる供物をご覧に。
その後、黒い装束姿の勅使に、宮内庁の山本信一郎長官が、
大嘗祭の挙行を記した「御祭文(ごさいもん)」を手渡した。
陛下は「よく申して奉(たてまつ)れ」と述べられたという。
大嘗祭は皇位継承に伴う一世一度の重要祭祀(さいし)で、
中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」が14、15日に皇居・東御苑で執り行われる。
https://www.sankei.com/life/news/191108/lif1911080025-n1.html

皇居前で天皇陛下の即位祝う「国民祭典」…両陛下の前で「嵐」が奉祝曲
2019/11/09 19:46
天皇陛下の即位を祝う民間主催の国民祭典が9日、皇居前広場を中心に行われた。
超党派の国会議員連盟(会長=伊吹文明・元衆院議長)などの主催で、
皇居前広場での祝賀式典には安倍首相や各界の著名人、一般公募で選ばれた人ら約3万人が参加。
皇居・二重橋に立たれた天皇、皇后両陛下の前で、人気アイドルグループ「嵐」が、
この日のために新作された奉祝曲を歌い上げた。
陛下はお言葉で、即位から約半年、様々な機会に国民と接する中で
「皆さんの幸せを願う思いを私たち2人で新たにしてきました」と振り返られた。
さらに「今日は寒い中にもかかわらず、大勢の皆さんが集まり、
即位をお祝いいただくことに、深く感謝いたします」と述べられた。
両陛下は広場を埋め尽くした人たちの祝意にちょうちんを振って応えられた。
国民祭典は、上皇さまの即位10年(1999年)、20年(2009年)の時も開かれ、
「X JAPAN」のYOSHIKIさんや「EXILEエグザイル」が奉祝曲を披露した。
https://www.yomiuri.co.jp/kaigen/news/20191109-OYT1T50216/

嵐が熱唱、一同繰り返し万歳で幕 「国民祭典」に3万人
2019年11月9日21時42分
皇居前広場で9日夕に開かれた、天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」の祝賀式典。
芸能やスポーツ、経済界の著名人を含む約3万人が集まり、天皇、皇后両陛下は笑顔で祝福にこたえた。
関係者によると、長女愛子さまもお忍びで訪れ、皇居の正門付近から一部始終を見守った。
両陛下は午後6時過ぎから30分ほど出席した。安倍晋三首相が祝辞を述べた後、
この日のためにつくられた組曲が披露された。
3部構成で、オーケストラの演奏、ピアニストの辻井伸行さんのピアノ演奏に続き、嵐の5人が登場。
ダークスーツに黒いちょうネクタイ姿で、深々と一礼した後、
第3楽章の「Journey to Harmony」を歌った。
はNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」などで知られる菅野よう子さん。
作詞は、NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」などを手がけた脚本家の岡田恵和(よしかず)さん。
歌詞には、天皇陛下が水問題の研究をライフワークとしていることから「僕らの幸せも大河にすればいい」など、
に関連するフレーズが盛り込まれた。嵐のメンバーはいつものダンスを「封印」し、その場に立ったままで熱唱した。
両陛下は笑顔で聴き入り、演奏後に拍手を送った。皇后雅子さまは涙ぐむなど感激した様子だった。
その後、ソプラノ歌手が国歌独唱し、続いて、国歌斉唱が呼びかけられ、集まった人らで「君が代」を歌った。
都内の主婦(70代)は、「両陛下がとっても幸せそうで、
これから日本と世界のために活躍してくれるだろうと思った」と話した。
国民祭典は上皇さまの即位10年、20年を祝してそれぞれ行われた。
いずれも超党派の国会議員連盟や、経団連などでつくる「奉祝委員会」が中心となって開催した。
この日の行事の最後は、両陛下に向かって一同が繰り返し万歳をする形で締めくくられた。
都内の大学に通う女性(20)は「初めて万歳をした。普段『日本』とか意識していないけど
今日は私も日本人なんだーと思いました」。嵐のファンだという別の大学生の女性(19)は
「戦争の時代にタイムスリップしたみたいでびっくりした。なかなかできない経験でした」と話していた。
(長谷文、中田絢子)
https://www.asahi.com/articles/ASMC66QBQMC6UTIL066.html

パレードのオープンカー、年内に一般公開へ…「菊の紋章」は取り外す
2019/11/10 09:13
天皇陛下の即位に伴うパレード「祝賀御列おんれつの儀」で使用するオープンカーは、
年内に東京・元赤坂の迎賓館で、年明けに京都市の京都迎賓館で、それぞれ一般公開される。
菊の紋章が入った皇室用のナンバープレートは、一般公開前に取り外される見通しだ。
オープンカーはトヨタ自動車のセンチュリーを改造したもので、全長5・34メートル、
全幅1・93メートル。平成の代替わりで使われた車より全長、全幅とも7センチ大きい。
天皇、皇后両陛下を乗せて皇居から赤坂御所まで約4・6キロを30分かけて走行する。
政府はパレード終了後、車の名義を宮内庁から内閣府に変更する。
皇室行事以外にも活用するためだ。
皇室ナンバーのまま一般公開することも検討したが、皇族が乗らなくなる車に菊の紋章を付けることに対し、
宮内庁が難色を示したという。このため、一般の乗用車が付けている白地のナンバーに付け替える方針だ。
https://www.yomiuri.co.jp/kaigen/news/20191110-OYT1T50070/

両陛下を11万9千人が祝福 祝賀御列の儀 
2019.11.10 19:14
【祝賀御列の儀・祝賀パレード】 天皇陛下の即位を祝うパレード「祝賀御列の儀」で、
皇居・宮殿から赤坂御所までオープンカーでパレードされる天皇、皇后両陛下
 =10日午後、東京都千代田区(大西史朗撮影)
191110.jpg

天皇、皇后両陛下は10日午後、天皇陛下の即位に伴い、
皇居・宮殿から赤坂御所をパレードする国事行為「祝賀御列(おんれつ)の儀」に臨まれた。
約4・6キロのコース沿道には約11万9千人が集まり両陛下を祝福。
両陛下は約30分のパレード中、絶えず手を振って応えられた。
両陛下のパレードは、平成5年6月のご結婚以来。
午後3時前、陛下はえんび服姿に勲章、皇后さまは白のロングドレスにティアラと勲章を身に着け、
皇居・宮殿前で、新調されたトヨタ・センチュリーのオープンカーにご乗車。
新たに作曲された奉祝行進曲「令和」が宮内庁楽部により演奏される中、出発された。
パレードの車列は秋篠宮ご夫妻のお車のほか、安倍晋三首相、
山本信一郎宮内庁長官らの車など約50台、約400メートルに及んだ。
警視庁や国会議事堂正門前などを平均時速約10キロで進み、
両陛下は左右の沿道で祝福する人々に笑顔で手を振るなどして応えられた。
両陛下の車は午後3時半過ぎ、皇宮警察本部音楽隊の演奏に迎えられ、お住まいの赤坂御所に到着された。
パレードは「即位の礼」の中心儀式「即位礼正殿(せいでん)の儀」などと合わせて
10月22日に行われる予定だったが、台風被害を考慮して延期されていた。
5月の陛下のご即位から続いた国事行為「即位の礼」の一連の儀式は「祝賀御列の儀」で終了。
両陛下は14、15日、皇室行事として、皇位継承に伴う重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」に臨まれる。
https://www.sankei.com/life/news/191110/lif1911100040-n1.html

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菅官房長官、ご即位パレードの成功に「大変うれしい」
2019.11.11 14:19
菅義偉官房長官は11日午前の記者会見で、天皇陛下のご即位に伴うパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」が
10日に大きなトラブルもなく終了したことに関連し、
国民に謝意を示した上で今後の皇室行事にも万全を尽くす考えを示した。
「即位礼正殿の儀や昨日の祝賀御列の儀などが、国民や世界の温かい祝福のもとに
滞りなく挙行できたことは大変うれしい」と語った。
4月には秋篠宮さまが皇位継承順位1位の皇嗣となられたことを国内外に示す儀式「立皇嗣の礼」が予定されており、
「引き続き準備に万全を期していきたい」と述べた。
また、菅氏は安定的な皇位継承の在り方をめぐる議論について、
「一連の重要な皇室行事などが控えており、政府としてはこうした行事がつつがなく行われることに、
まずは全力を尽くしたい」と述べ、慎重に議論を進める考えを重ねて示した。
https://www.sankei.com/life/news/191111/lif1911110010-n1.html

両陛下、多くの祝福に「感謝」 祝賀御列の儀
2019.11.11 14:29
宮内庁の西村泰彦次長は11日の定例会見で、10日に行われた国事行為のパレード
「祝賀御列(おんれつ)の儀」について、天皇、皇后両陛下が
「大変多くの方にああいう形で祝っていただいて、感謝しておられるとうかがっている」と明らかにした。
10日の祝賀御列の儀では、オープンカーに乗車された両陛下が
皇居・宮殿から赤坂御所までの約4・6キロを約30分かけてパレード。
沿道には平成時を上回る約11万9千人が集まって両陛下を祝福した。
両陛下はパレード中、絶えず手を振って応えられた。
https://www.sankei.com/life/news/191111/lif1911110011-n1.html

大嘗祭にむけ、各地から特産品が納品
2019.11.12 16:47
14、15日に行われる皇位継承に伴う重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」で
神々に供える全国の特産品「庭積(にわづみ)の机代物(つくえしろもの)」の納品行事が12日、
宮内庁庁舎で行われた。東日本の悠紀(ゆき)地方、西日本の主基(すき)地方から
特産品を持参した団体関係者らが集まり、宮内庁幹部が卓上に並べられたリンゴやシイタケなどを見て回った。
また、天皇陛下は同日、皇居・宮殿「竹の間」で「大嘗祭前二日御禊(ごけい)」に臨み、身を清められた。
皇居・正門付近では皇族方や参列者らを対象とした「大嘗祭前二日大祓(おおはらい)」が行われ、
皇族を代表し、常陸宮さまが臨まれた。
https://www.sankei.com/life/news/191112/lif1911120025-n1.html

キリスト教団体、歴史研究者ら 大嘗祭にそれぞれ抗議
2019年11月12日20時22分
天皇即位に伴う「大嘗祭(だいじょうさい)」の中核儀式「大嘗宮の儀」が
14~15日にあるのを前に、プロテスタントやカトリックなど各宗派のキリスト教団体関係者が12日、
国会内で記者会見して抗議を表明した。
即位儀式は憲法の政教分離規定に違反するとして「即位儀式・大嘗祭を国事行為・公的行為として行わない」よう
求める首相あての署名約6200筆を内閣官房に提出したという。
大嘗祭について「即位した天皇が神格化するとされ、宗教的な行為を多分に含む」と指摘。
政府が即位儀式に関与せず、公金も支出しないよう求めた。
一方、歴史学研究会や日本史研究会など歴史研究者や教育者らの4団体は7日付で
「即位の礼・大嘗祭に反対し、天皇の政治利用を批判する」と題する声明を発表した。
一連の即位儀式について「憲法の国民主権原理や政教分離原則に違反し、
戦前の天皇主権体制への回帰、天皇制美化などの問題点がある」と指摘した。
9日に皇居前広場で開かれた「国民祭典」など各地の「奉祝行事」についても
「国民を天皇賛美に動員し、憲法の規定による天皇の役割を超えた政治利用」と批判した。
(編集委員・北野隆一)
https://www.asahi.com/articles/ASMCD4DZMMCDUTIL01L.html

伊吹元議長「画竜点睛を欠いた」 国民祭典の「万歳」連呼に苦言
2019.11.14 15:41
自民党の伊吹文明元衆院議長は14日の二階派(志帥会)の会合で、
天皇陛下のご即位を祝う9日の「国民祭典」の終盤、
「天皇陛下万歳」の掛け声が繰り返されたことついて「画竜点睛(てんせい)を欠いた」と苦言を呈した。
「陛下も御門内にお入りになるのを、万歳があまりにも続くのでやや躊躇されたのではないか」とも語った。
皇居前広場で開かれた国民祭典には約3万人が参加し、
人気アイドルグループ「嵐」らが奉祝曲を披露した。
最後に奉祝国会議員連盟会長の伊吹氏が「万歳三唱」をした後、
別の男性の声で「万歳」のアナウンスが会場に何度も流れて話題となった。
https://www.sankei.com/life/news/191114/lif1911140027-n1.html

2019.11.14
伊勢神宮で「大嘗祭当日祭」 天皇陛下の妹・黒田清子神宮祭主がご奉仕
宮中で皇位継承に伴う祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」が執り行われる当日の11月14日、
「大嘗祭当日祭」が伊勢神宮125社で執り行われている。
今では国民の祝日「勤労感謝の日」となっている11月23日、
天皇陛下は、新穀を神々に供え自らもそれを食し、神々に感謝し、五穀豊穣(ほうじょう)、
国家の安寧、世界の平和を祈る「新嘗祭(にいなめさい)」を毎年執り行っている。
即位後初めて行う一代一度の「新嘗祭」が「大嘗祭」だ。
この日の伊勢地方は早朝から雨が降っていたが日の出時刻にはやみ、日中は青空と太陽が時折顔を出す天気。
4時から「外宮(げくう)豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」で、
11時から「内宮(ないくう)皇大神宮(こうたいじんぐう)」でそれぞれ、
神饌(しんせん)を奉納する「大御饌(おおみけ)」が、その後束帯に太刀を携えた勅使が宮中より発遣され、
それぞれで7時からと14時から「奉幣の儀」が執り行われ、
外宮・内宮でそれぞれの祭典を神宮祭主で天皇陛下の妹の黒田清子さんが奉仕した。
天皇皇后両陛下は11月22日・23日、即位の礼と大嘗祭が執り行われたことを
皇祖神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)に報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれるため、
天皇皇后として初めて伊勢神宮を参拝する。
その際には、天皇陛下しか着用できないという装束「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」を、
皇后陛下は十二単(ひとえ)を着用され、天皇陛下は馬車で、皇后陛下は御料車で参拝される。
https://iseshima.keizai.biz/headline/3342/

大嘗宮の茅葺きは断念 復活へ次代に課題
2019.11.14 19:47
大嘗祭(だいじょうさい)の舞台となった大嘗宮(だいじょうきゅう)の建設をめぐっては、
宮内庁が経費削減の工夫を重ねながら、伝統的な様式が維持された。
だが、屋根については職人不足を背景に、従来の茅葺(かやぶ)きから板葺(いたぶ)きへと変更された。
茅葺き文化を振興する団体は「次回は必ず茅葺きが復活できるよう技術者育成に力を入れたい」と訴える。
宮内庁は今回の大嘗宮建設にあたり、平成時と比べて人件費の高騰を想定。
建物の一部をプレハブに変更するなど経費削減に努める一方、
天皇陛下が祭祀(さいし)や潔斎をされる「悠紀(ゆき)殿」「主基(すき)殿」
「廻立(かいりゅう)殿」の主要三殿は平成と同規模を維持し、
梁(はり)や柱の建材に皮付き丸太を使うなどの伝統的な建築様式を継承した。
ただ、屋根は古来続く茅葺きから、板葺きへと変更せざるを得なかった。
専門技術を持つ職人不足と良質な茅の確保の難しさ、工期の短さなどが課題になったという。
大嘗宮の工事は今回7月末に始まり、建物の建設は10月末に完了。
宮内庁幹部は「2度の台風で工事が中断し、スケジュールはぎりぎりだった。
平成では主要三殿の茅葺きに約1カ月を要しており、短期間で茅を葺くのは現実的に難しかった」と打ち明ける。
宮内庁に茅葺きを維持するよう要望した「日本茅葺き文化協会」代表理事の安藤邦広・筑波大名誉教授は
「稲作農耕儀礼の形が建築に表れているところに茅葺きの意味がある。
茅葺き文化に対する国民の理解を深め、茅葺きの需要を高めていきたい」としている。
https://www.sankei.com/life/news/191114/lif1911140036-n1.html

皇居・東御苑の「大嘗宮」=14日午後(共同通信社ヘリから)
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「大嘗宮の儀」始まる
2019.11.14 18:49
皇位継承に伴う一世一度の重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心的儀式
「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」が14日夜、皇居・東御苑で始まった。
大嘗宮の儀は平成2年以来、29年ぶりで、新憲法下では2回目。
皇室行事として、天皇陛下が新穀を神々に供えて自らも食し、
国と国民の安寧や五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)を祈られる。
14日は午後6時35分過ぎ、東御苑内に建設された「大嘗宮」の「悠紀殿(ゆきでん)」で
「悠紀殿供饌(きょうせん)の儀」が厳かに開始。
陛下は最も神聖な白の「御祭服(ごさいふく)」姿で悠紀殿の中に入られた。
陛下は栃木県高根沢町で収穫された米と粟(あわ)、新穀で造った白酒(しろき)・黒酒(くろき)などを供え、
五穀豊穣に感謝し、国と国民の安寧を祈念する趣旨の御告文(おつげぶみ)を読んだ後、
自らも新穀と神酒を召し上がる。
悠紀殿供饌の儀に続き、15日午前0時半から午前3時過ぎまでは悠紀殿に隣接した「主基殿(すきでん)」で
「主基殿供饌の儀」が行われる。陛下は、京都府南丹市の新穀などを供え、同じ所作を繰り返される。
皇后さまは大嘗宮の「帳殿(ちょうでん)」で拝礼される。
皇嗣(こうし)秋篠宮さまをはじめとする皇族方も参列された。
このほか、安倍晋三首相ら三権の長や国会議員、都道府県知事ら約700人が招待された。
共産党の議員は「憲法の国民主権、政教分離の原則と両立しない」との理由で、平成の大嘗宮の儀に続き欠席した。
11月16、18日には皇居・宮殿で饗宴(きょうえん)「大(だい)饗(きょう)の儀」が催され、
天皇、皇后両陛下が臨席される。
https://www.sankei.com/life/news/191114/lif1911140032-n1.html

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天皇陛下の即位に伴う皇室行事「大嘗祭」の舞台となる大嘗宮に参入する楽師ら
=皇居・東御苑で2019年11月14日午後6時1分、佐々木順一撮影
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皇位継承儀式「大嘗祭」に、装束姿で臨まれる秋篠宮家の長女眞子さま、次女佳子さま
=皇居・東御苑で2019年11月14日午後6時35分(代表撮影)
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皇位継承儀式「大嘗祭」に、装束姿で臨まれる秋篠宮さま
=皇居・東御苑で2019年11月14日午後6時22分(代表撮影)
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皇位継承儀式「大嘗祭」に、装束姿で臨まれる秋篠宮妃紀子さま
=皇居・東御苑で2019年11月14日午後6時35分(代表撮影)
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天皇と国民つなぐ祭祀、大嘗宮の儀 「災害はらう」古代から継承  
2019.11.14 22:23
14日夜に始まった大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」は
皇位継承に際し、最も重要とされる儀式で、7世紀後半以降、中断を挟みながらも歴代天皇により継承されてきた。
専門家は「天皇と国民をつなぐ祭り」「現代に通じる自然災害をはらう祈り」といった意義があると分析する。
天皇陛下は即位した5月1日に「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」で皇位継承の正統性を示し、
10月22日の「即位礼正殿(せいでん)の儀」で即位を国内外に宣明された。
しかし、皇室研究者で神道学者の高森明勅(あきのり)氏は、
大嘗祭を除くこれらの皇位継承儀式に欠けるのが「民との接点」と指摘し、大嘗祭に際して納められる米に着目する。
高森氏によると、時の天皇が臨む例年の「新嘗祭(にいなめさい)」では前近代の場合、
都を取り巻く畿内(大和、山城、河内、和泉、摂津)の官田(かんでん)(天皇の田)の米が使われるのが原則だった。
これに対し、平安時代に編集された法令集「延喜式(えんぎしき)」では、
大嘗祭の米を「民の耕作する田」と規定。畿外の一般民衆の田が、
亀の甲羅を使った占い「亀卜(きぼく)」によって選ばれた。
「天皇と民が、稲作を媒介としてつながるのが大嘗祭。すべての民の奉仕を象徴するという位置づけで、
日本人が日本人としての同一性を御代ごとに確かめる祭儀ともいえる」(高森氏)
米の供納に関し、天皇と国民の従属的な関係を表すという指摘もあるが、
高森氏は「大嘗祭の成立以来、天皇は国家の公的統治の体現者であり、専制君主だったことはない。
階級闘争史観の先入観を持ってみない限り、強権支配の表れとみるのは見当違い」との見方を示す。
国学院大名誉教授の岡田荘司氏は、大嘗祭の意義を「古代の衣食住への回帰」にあるととらえる。
岡田氏は「清浄」を保つために新設される大嘗宮について、かつての天皇の居住空間を再現したものとみる。
神々に供する米などは柏の葉で作られた簡素な器に盛られ、
陛下が身につけられる「御祭服(ごさいふく)」も粗い絹が用いられる。
「現代と比べ厳しい状況にあった衣食住の環境下で、陛下が自然が鎮まるよう祈られる。
近年は国内でも災害が続くが、日本国中に住む人々の祈りを、
天皇の立場で共有するところに現代的な意味がある」。岡田氏はこう分析する。
宮内庁は陛下が五穀豊穣(ほうじょう)を祈られる「御告文(おつげぶみ)」の内容を明らかにしていない。
ただ、これまでの研究で判明している過去の大嘗祭の御告文では、
自然災害を被らないよう祈る言葉は共通しているという。
国学院大学研究開発推進機構長の武田秀章氏は、平安時代に東北地方を襲った貞観地震(869年)の際、
当時の清和天皇が救済のための詔(みことのり)を出した例などを挙げ、
「被災者への気持ちは東日本大震災などにおける皇室のなさりようと同じ」と指摘。
今回の大嘗祭での御告文の内容も継承されていると推測し
「自然の恵みを祈り、災いを未然にはらう歴代天皇の祈りが凝縮されているのではないか」と話した。
(伊藤弘一郎、篠原那美)
https://www.sankei.com/life/news/191114/lif1911140058-n1.html

政府、結論ありきの大嘗祭 憲法論争避け前例踏襲
2019年11月14日16時33分
「一世一度の極めて重要な皇位継承儀式」(宮内庁)とされる大嘗祭。
天皇が新穀を神々に供えて祈る宗教色が強い儀式で、過去には政教分離の観点から訴訟も起こされてきた。
政府は今回、憲法論争再燃を避けるため平成時の儀式踏襲を早々に決定。
秋篠宮さまからも皇族として異例の疑義が呈されたが、「前例踏襲」で押し切った。
結論ありきの姿勢に、専門家から批判も出ている。
◇簡素化も費用増
大嘗祭は天皇の即位後一度だけ行われ、その都度「大嘗宮」を建設して終了後に取り壊すのが習わしとなっている。
政府は平成時と同様に、宗教色の濃さから「即位礼正殿の儀」など即位に絡む一連の国事行為とは切り離し、
皇室行事と位置付ける一方、費用は国費から支出した。
宮内庁は、経費削減などのため大嘗宮の規模を2割縮小した上で主要建物の屋根材をかやぶきから板ぶきに変更し、
一部にプレハブも採用した。
しかし、建材費や工事の人件費が高騰したこともあり、祝宴「大饗の儀」も含めた予算は
結局約24億4300万円と、前回より2億円増えた。
◇「私費で行うべきだ」
「大嘗祭はある意味宗教色が強い」「(天皇家の私費の)内廷会計で行うべきだ」。
秋篠宮さまが長年の持論として昨年11月の誕生日会見で明かした意見は、関係者に波紋を広げた。
大嘗祭に国費の「宮廷費」を支出することは、既に政府の決定事項となっていたためだ。
秋篠宮さまは「身の丈に合った儀式」とするのが本来の大嘗祭の姿だとも主張。
以前からこうした考えを宮内庁長官らに伝えてきたが、
「話を聞く耳を持たなかったことは非常に残念だった」と苦言も述べた。
昨年1月に発足した政府の式典準備委員会は、早くも翌2月に「大嘗祭の位置付けや費用は前例を踏襲する」と確認。
挙行まで1年半以上の時間があったものの、公開された議事概要に十分な議論が行われた形跡はなく、
秋篠宮さま発言後も再検討はされなかった。
◇「時間の余裕あった」
憲法と天皇制の関係に詳しい九州大の横田耕一名誉教授(憲法学)は
「政府は平成の代替わりの際、大嘗祭が宗教色の強い儀式だと認める一方で、
皇室の伝統であることを理由に公費を支出すると決めた。
しかし、宗教儀式なのであれば政教分離の原則に従い、内廷費から費用を出すべきだ」と語る。
秋篠宮さまの発言については「正当な内容だ。伝統的な大嘗祭はもっと素朴な儀式で、
現在のように多額の金を掛けるものではなかった」と指摘。
「政府は今回、前例を踏襲すると早々に決め、即位関連の儀式が抱える憲法上の疑問点に答えなかった。
退位による代替わりで時間の余裕があったのだから、儀式の在り方を憲法に照らして精査すべきだった」と批判した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019111400914&g=cyr

皇居で大饗の儀 安倍首相ら289人出席
2019年11月16日13時27分
天皇陛下と大嘗祭参列者の祝宴「直会(なおらい)」に当たる
「大饗(だいきょう)の儀」の1回目が16日、皇居・宮殿「豊明殿」で行われた。
皇后さま、秋篠宮ご夫妻ら皇族方のほか、安倍晋三首相ら三権の長、閣僚ら289人が出席した。
陛下は正午すぎ、剣、璽と共に豊明殿に入り、「大嘗宮の儀を終え、皆さんをお招きし、
大饗を催すことを誠にうれしく思います。この機会に国民の幸せと国の一層の発展を祈ります」と述べられた。
続いて首相が「大嘗宮の儀を厳粛のうちに終えられ、誠におめでとうございます」とあいさつ。
天皇、皇后両陛下と参列者は、悠紀(ゆき)地方の栃木県、主基(すき)地方の京都府の米で
大嘗祭用に作られた白酒(しろき)、黒酒(くろき)で杯を挙げ、和膳を共にした。
両陛下の左右には、日本画家の田渕俊夫さん(78)が描いた栃木県の風景、
土屋礼一さん(73)が描いた京都府の風景を描いたびょうぶが立てられた。
大正、昭和、平成の際も使われた今尾景年の筆による墨絵「錦軟障(にしきのぜじょう)」も両陛下の後ろに飾られた。
豊明殿内に設けられた舞台では、日本で最古の歌舞とされる「久米舞(くめまい)」や、
栃木県、京都府の地名を詠み込んだ「風俗舞(ふぞくまい)」も披露された。
大饗の儀は18日にも行われる。平成の際は2日間で3回行われたが、招待者を絞り2回に減らした。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019111600164&g=soc

皇居・宮殿で「大饗の儀」
2019.11.16 14:02
天皇陛下が大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」(14、15日)への
参列者を招いてもてなす饗宴(きょうえん)「大饗(だいきょう)の儀」が16日、
皇居・宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で行われた。
安倍晋三首相や三権の長ら約290人が参加。皇后さまと秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も臨席された。
陛下は正午ごろ、三種の神器のうち剣と璽(勾玉)をささげ持った侍従らと共に会場に入り
「大嘗宮の儀を終え、皆さんをお招きし、大饗を催すことを誠にうれしく思います」とあいさつをされた。
豊明殿では天皇、皇后両陛下のお席の後ろの壁に、大正・昭和・平成の大饗の儀でも飾られた
「錦軟障(にしきのぜじょう)」と呼ばれる長さ約9・3メートルの墨絵を配置。
左右の壁には、大嘗宮の儀に米を納めた悠紀(ゆき)地方(栃木県)の那須連山や男体山、
主基(すき)地方(京都府)の嵐山や天橋立などの四季の風景と、
関連する和歌が描かれた屏風(びょうぶ)が立てられた。饗宴中は両地方の風俗舞も演じられた。
参列者の献立は鱧とウドのみそ汁、鯛のお造りと尾頭付きなど。
朱塗りの「御台盤(おだいばん)」と呼ばれる両陛下の御膳には、参列者の献立に加えて蒸しアワビなどが並んだ。
大饗の儀は18日も行われる。
https://www.sankei.com/life/news/191116/lif1911160024-n1.html

大饗の儀であいさつされる天皇陛下=16日午後、宮殿・豊明殿(代表撮影)
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大饗の儀2日目 山中教授ら出席  
2019.11.18 13:55
天皇陛下が大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」
(14、15日)への参列者を招いてもてなされる饗宴(きょうえん)「大饗(だいきょう)の儀」の
第2日が18日、皇居・宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で行われた。
各界代表ら約280人が参加。皇后さまと秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も臨席された。
この日は京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授や、
日本オリンピック委員会(JOC)会長の山下泰裕氏らが出席。
陛下は正午ごろ会場に入り「この機会に、国民の幸せと国の一層の発展を祈ります」と述べられた。
第1日は16日に催され、三権の長ら約290人が出席。大嘗祭に関わる主な行事はこれですべて終了した。
https://www.sankei.com/life/news/191118/lif1911180015-n1.html

大嘗祭の「庭積の机代物」 一部を福祉施設へ
2019.11.18 17:01
宮内庁は18日、皇位継承に伴う重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の
中心的儀式「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」で、47都道府県から寄せられた
「庭積(にわづみ)の机代物(つくえしろもの)」など供物の一部を、
埼玉県内の国立障害者リハビリテーションセンターへ提供することを明らかにした。
提供されるのは、精米や大豆、かつお節など安全に食べられる29品目。
平成の大嘗祭では、すべての供物が埋納されたが、
今回は天皇陛下が祭祀で自ら供えられた「神饌(しんせん)」以外は、有効に活用することが検討されていた。
宮内庁は厚生労働省と相談し、提供先を決めたという。
https://www.sankei.com/life/news/191118/lif1911180021-n1.html

天皇陛下「親謁の儀」で伊勢神宮外宮ご参拝
2019.11.22 12:15
三重県を訪問中の天皇、皇后両陛下は22日午前、伊勢神宮の外宮(げくう)(伊勢市)を訪れ、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。
両陛下は宿泊先の内宮行在所(あんざいしょ)を出発後、
衣食住の神である豊受大神(とようけのおおみかみ)を祭る外宮にご移動。
先に天皇陛下が祭儀の正装「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」姿で馬車に乗車し、
「三種の神器」のうち剣と璽(じ)(勾玉(まがたま))とともに、正殿に通じる門に到着された。
馬車は重要な皇室行事で使われる宮内庁の「儀装馬車2号」で、
上皇さまが平成時の「親謁の儀」で乗られたものを修復した。
陛下は鳳凰(ほうおう)の飾りの付いたかさのような「菅蓋(かんがい)」が差し掛けられる中、
歩いて正殿に昇り、玉串をささげて拝礼された。
陛下のご拝礼後、十二単(じゅうにひとえ)姿の皇后さまが御料車で正殿へ向かい、同様の所作でご拝礼。
両陛下は23日、内宮(ないくう)で拝礼後、帰京される。
https://www.sankei.com/life/news/191122/lif1911220025-n1.html

両陛下、伊勢神宮の外宮に拝礼 即位の礼や大嘗祭を報告
2019年11月22日13時38分
天皇、皇后両陛下は22日、三重県伊勢市の伊勢神宮の外宮を訪れ、
即位の礼や大嘗祭(だいじょうさい)を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」を執り行った。
参拝に向かう参道では、皇后さまは今月10日のパレード
「祝賀御列(おんれつ)の儀」で使ったオープンカーを使う予定だったが、雨のため、通常の車を使った。
天皇陛下は幌付きの馬車で移動した。
天皇陛下は、即位を国内外に宣言した「即位礼正殿(せいでん)の儀」で身にまとった
「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」と呼ばれる束帯姿。馬車で板垣南御門前まで移動した。
馬車から降りた後は、「三種の神器」の剣とまが玉を持った侍従に先導され、正殿(しょうでん)へ向かった。
陛下の頭上には、14、15日の「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」で使われた、
鳳凰(ほうおう)の飾りが付いた菅の葉で編まれたかさが侍従によって差し掛けられた。
皇后雅子さまは十二単(ひとえ)で儀式に臨んだ。馬のアレルギーがあるため、
オープンカーを使う予定だったが、雨天のため使用しなかった。
両陛下は21~23日の日程で三重県を訪問。23日には伊勢神宮の内宮に参拝する。(長谷文)
https://www.asahi.com/articles/ASMCM3JZVMCMUTIL00B.html

両陛下「親謁の儀」で伊勢神宮内宮ご参拝
2019.11.23 11:23
三重県を訪問中の天皇、皇后両陛下は23日午前、
皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る伊勢神宮の内宮(伊勢市)を訪れ、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。
祭儀の正装「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」姿の天皇陛下は宿泊する内宮行在所(あんざいしょ)から、
儀装馬車に乗車されて内宮・正殿に通じる門へ。正殿に昇り、玉串をささげ拝礼された。
続いて十二単(じゅうにひとえ)姿の皇后さまが10日に行われた国事行為のパレード
「祝賀御列(おんれつ)の儀」でも使用されたオープンカーで正殿に通じる門へ進み、同様の所作で拝礼された。
両陛下は23日午後、帰京される。
一連の儀式を終えたことを報告される「親謁の儀」は今後▽27日に神武天皇陵(奈良県橿原市)、
孝明天皇陵(京都市)▽28日に明治天皇陵(京都市)
▽12月3日に昭和天皇陵、大正天皇陵(ともに東京都八王子市)-で行われる。
https://www.sankei.com/life/news/191123/lif1911230016-n1.html

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一転晴天に「神々しい」 三重県知事、両陛下訪問を振り返る
2019-11-24
「親謁の儀」を終えて帰京された天皇、皇后両陛下を見送った鈴木英敬三重県知事は23日、
近鉄宇治山田駅前で報道陣に「即位の儀式後で初となる地方訪問で三重にお越しいただいて光栄に思う」と述べた。
鈴木知事は「無事に執り行われたことに、まずは安堵(あんど)している。
両陛下の笑顔とすがすがしさを強く感じた。沿道の皆さんも笑顔がいっぱいだったのが印象的で
新時代への歓迎を感じた」と述べた。
鈴木知事は、熊野古道が世界遺産登録から15周年を迎えたことを天皇陛下に紹介。
天皇陛下は平成25年に熊野古道を歩いたことを振り返って
「語り部の方に大変お世話になりました」と話されたという。
また、県が「食」での連携を目指すスペインのサンセバスチャン市も話題に上がったという。
皇后さまは「サンセバスチャン市で、たくさんおいしいものを食べました」と振り返られていたという。
鈴木知事は、両陛下が外宮を参拝した22日に降った雨を「恵みの雨」と表現し、
23日が晴天だったことも含めて「神々しいとは、こういうことを言うのかと感じさせていただいた」と話していた。
https://www.isenp.co.jp/2019/11/24/38884/

両陛下、神武天皇陵をご参拝 「親謁の儀」で 
2019.11.27 11:30
奈良県を訪問中の天皇、皇后両陛下は27日、同県橿原(かしはら)市の神武天皇陵を訪れ、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。
両陛下は午前10時ごろ、宿泊先の橿原市内のホテルをご出発。
ホテル周辺や、神武天皇陵へと向かう沿道には多くの人が集まり、
両陛下の乗られた「御料車(ごりょうしゃ)」は度々スピードを落として走行した。
神武天皇陵では、モーニング姿の陛下がゆっくりと陵墓の前に進み、玉串をささげて拝礼された。
皇后さまも同様の所作でご拝礼。
両陛下は午後には臨時専用列車で京都府に移動し、孝明天皇陵(京都市東山区)を参拝される。
28日には明治天皇陵(同市伏見区)を参拝後、京都御所に関係者を招いて茶会を催し、同日午後に帰京される。
https://www.sankei.com/life/news/191127/lif1911270020-n1.html

両陛下、明治天皇陵ご参拝 午後には茶会も
2019.11.28 11:24
京都府を訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、京都市伏見区の明治天皇陵を訪れ、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、
一世一度の重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。
両陛下は、午前9時半ごろに滞在先の京都大宮御所を出発し、
紅色の天皇旗を掲げた「御料車(ごりょうしゃ)」で明治天皇陵へ移動された。
モーニング姿の天皇陛下は陵墓の前の祭壇にゆっくりと歩み寄り、拝礼された。
グレーの参拝服姿の皇后さまも同様の所作で続かれた。
両陛下は午後には京都御所で、京都、大阪、兵庫など
各府県の知事や各界代表ら約600人を招いて茶会を催し、その後帰京される。
両陛下は26日から2泊3日の日程で奈良・京都に滞在されている。
27日には神武天皇陵(奈良県橿原(かしはら)市)と孝明天皇陵(京都市東山区)を参拝されていた。
https://www.sankei.com/life/news/191128/lif1911280012-n1.html

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天皇、皇后両陛下が約600人招き茶会 京都御所
2019年11月28日 14:34
京都市に滞在中の天皇、皇后両陛下は28日午後、
上京区の京都御所で、西日本の各界代表者約600人を招いた茶会を催し、歓談された。
両陛下は27日、即位の礼や皇位継承の重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」の終了を報告するため、
初代天皇とされる奈良県橿原市の神武天皇の陵、東山区にある明治天皇の父、孝明天皇の陵を相次いで参拝。
28日午前は明治天皇陵を訪れた。茶会で一連の日程を終え、同日帰京する。
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/88280

両陛下が昭和、大正天皇陵をご参拝
2019.12.3 11:48
天皇、皇后両陛下は3日、武蔵陵(むさしりょう)墓地(東京都八王子市)にある
昭和天皇の武蔵野(むさしのの)陵(みささぎ)と大正天皇の多摩(たまの)陵(みささぎ)を訪れ、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」を終えたことを報告する「親謁(しんえつ)の儀」に臨まれた。
武蔵野陵でモーニング姿の天皇陛下は、石段を上って陵前に進むと、玉串をささげて深々とご拝礼。
ロングドレスの参拝服姿の皇后さまも同様の所作で続かれた。
大正天皇の多摩陵でも、お一方ずつ参進し、玉串をささげて拝礼された。
両陛下は4日、皇居・宮中三殿で、同様の親謁の儀と、
賢所(かしこどころ)での「御神楽(みかぐら)の儀」に臨み、
即位関連の儀式や行事をすべて終えられる。
https://www.sankei.com/life/news/191203/lif1912030025-n1.html

皇居で「賢所御神楽の儀」 一連の即位関連儀式、終了へ
2019.12.4 19:34
天皇、皇后両陛下は4日、皇居・宮中三殿の賢所(かしこどころ)で、
皇位継承に伴う一連の国事行為「即位の礼」と、一世一度の重要祭祀「大嘗祭(だいじょうさい)」を終え、
皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)に感謝を込めて神楽を演奏する「賢所御神楽の儀」に臨まれた。
5月から続いていた即位関連儀式の締めくくりとして行われ、秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も参列された。
儀式では神楽の演奏の前に、午後4時半ごろ、
「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」と呼ばれる装束に身を包んだ天皇陛下が賢所にお出ましに。
三種の神器のうち剣と璽(勾玉=まがたま)をささげ持つ侍従らと共にゆっくりと回廊を進み、拝礼された。
続いて、古式ゆかしい装束をまとった皇后さまもご拝礼。参列の皇族方も賢所の前で拝礼された。
これに先立ち、両陛下は同日午前、即位の礼と大嘗祭を終えたことを奉告する「親謁の儀」で宮中三殿に拝礼された。
5月1日、陛下が三種の神器の一部を引き継がれる「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」から始まった
一連の即位関連儀式はこれですべて終了する。
https://www.sankei.com/life/news/191204/lif1912040034-n1.html

コンテス

皇后雅子さまが愛用する「コンテス」ってどんなブランド? 26年前のご成婚時にタイムスリップ!
2019年10月22日
五十君 花実

10月22日には、天皇陛下が国内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が行われます。
こんな時、ファッション業界紙として気になるのはやはり皇族の皆さまのファッションのこと。
英国王室などは、キャサリン妃やメーガン妃がパーティーや外遊で
どこのブランドのドレスを着用したかがタブロイド紙で取り上げられ、
それが経済効果にもつながっていますが、日本ではそういったことはあまり話題になりません。
皇室御用達ブランドであっても、ブランド側はそれを発信することを控えるケースが多く、
皇族の皆さまも、上質で控えめな、一見しただけでは
どこのブランドとは分からない商品を選ばれる傾向が強いからです。

そんな中にあって、「WWDジャパン」が7月に全国約50の百貨店を対象に
2019年春夏の商況アンケートを実施したところ、
松坂屋名古屋店の特選売り場からこんな興味深い声が届きました。
「改元にあたり、新皇后雅子妃にゆかりのある『コンテス(COMTESSE)』のハンドバッグ“プリンセス”の
期間限定催事を行ったところ、ブレイクした」というのです。

一体「コンテス」ってどんなブランド?
雅子さまゆかりのバッグってどんなデザイン?気になったので、「コンテス」に問い合わせてみました。

「コンテス」の広報担当者によると、1993年6月15日、
当時皇太子であった天皇陛下と雅子さまのご成婚の際に、
「宮中饗宴の儀」に向かう雅子さまが同ブランドのワンハンドルのハンドバッグを持っていらしたそう。
それを記念し、同ブランドはそのバッグを“プリンセス”と名付けたといいます。
松坂屋名古屋店で売れていたバッグはまさにこれのことですね。

この“プリンセス”バッグ、サイズの違いなどで価格は微妙に異なりますが、約40万円ほど。
ロゴなどが一切入っていない、控えめなエレガンスはまさに皇室のイメージです。
注目はその素材で、馬の尾の毛を使った織り地“ホースヘア”が同ブランドのアイコンだといいます。
「約200年前の織機を使い、当時と同じ手法で“ホースヘア”を織っているため、
生地は1日に1メートルほどしか織ることができない。
尾の毛をカットできるのは馬の生涯で5~8回のみのため、希少性も非常に高い」のだそう。
また、尾の毛は生きている馬から採取できるものなので、アニマルフレンドリーでもあります。
“ホースヘア”素材で70~100個のパーツを作り、それを工房で職人が1つ1つ、
手作業で組み立ててハンドバッグにしているそうですよ。

「コンテス」は1929年にドイツ・フランクフルト近郊で設立。
近年はスイス発の、こちらもロゴなどが主張しない上質エレガンスを代表するブランド
「アクリス(AKRIS)」と同じグループになっています。
これもブランド側が大きくうたっているわけでは決してないですが「アクリス」もまた、
皇族の皆さまのご愛用ブランドとして知る人ぞ知る存在です。

2019年は「コンテス」にとって設立90周年の節目の年。
また、令和改元とも重なったことから、祝賀ムードを込めた記念商品として、
パールやクリスタルビジューを“ホースヘア”に刺しゅうした“プリンセス”バッグ(57万4000円)も
今春から販売しているそうです。
https://www.wwdjapan.com/articles/965251

幻の肖像画

週刊朝日2009年10月30日号

ご婚約時、週刊朝日が誌上に載せるために美智子さまの肖像画を小磯良平画伯に依頼。
画伯は50分時間をもらってデッサン。結局油彩画と素描の2枚ができた。
油彩画はその後正田家から美智子さまに渡ったらしいが詳細は不明。
素描は朝日新聞社内に眠っていたが
今年皇居で行った両陛下の特別展に、宮内庁の依頼で貸し出され、美智子さまは懐かしいとおっしゃった。

実は、皇太子妃の幻の肖像画はもう1作品ある。
93年4月12日、皇太子さまと小和田雅子さんの納采の儀(婚約)が行われた。
朝日新聞社会部は、美智子さまのときと同様に、油彩の肖像画を描く極秘プロジェクトを組んだ。
依頼されたのは多くのファンを魅了する洋画家の中山忠彦さん(74)だ。

2人は知人を装い小和田家を訪ねた。
「モデルになっていただいたのは1時間半程度でしょうか。
雅子さまと雑談したり、小和田家の愛犬が私の足にじゃれつくなどしながら、デッサンが2枚仕上がりました。
途中で雅子さまが服を着替える場面もありました」

朝日の記事が小和田家の不興を買ったということで企画が流れてしまった。
2枚の絵はある企業へ譲られた(売却?)が、
昨年の障害者のスポーツ大会に出た皇太子の宿泊先に、
企業の好意で2枚の絵が飾られ、皇太子はお喜びになったという。

雅子皇后の英語はメラニア夫人より上手で当たり前

雅子皇后の英語はメラニア夫人より上手で当たり前
2019年06月03日 06:00
八幡 和郎
「雅子皇后がトランプ夫妻と通訳なしで話して盛り上がった凄い」と、
ゴマをすっているマスメディアは本当にどうかしている。
高く持ち上げて、あとで、逆さ落としにして皇室批判の材料にするのが偽リベラルのいつもの手口だ。
外交官の娘で帰国子女、海外留学、本人も外交官なのだから英語がネイティブ水準なのは当たり前だ。
小学校、高校、大学がアメリカで、大学院もイギリスに留学されているのである。
英語力については、雅子様の英語を褒めるならスロベニア生まれのメラニア夫人の英語力こそ褒めるべきだ。
26才で初めて渡米、国籍とったのは34歳。雅子様より上手なはずない。
「メラニアさん英語お上手ですね」と雅子皇后こそ褒めてあげる立場だし、
「メラニア夫人はアメリカで育ち学んだネイティブ同然である
雅子皇后に劣らぬ英語力と社交性を発揮した」と称賛するべきなのである。

語学力に優れているのは、ほかの妃殿下も同様である。
高円宮妃殿下はプロの英語の通訳だったし、フランス語も素晴らしい。
スピーチ能力は英語・フランス語・日本語ともに雅子様より明らかに上だ。
イギリスのカレッジ出身である三笠宮信子妃の英語も
ネイティブ水準の品のいいクイーンズ・イングリッシュだ。
紀子様はアメリカ育ちでウィーンにも二年間おられた帰国子女である。
海外で高等教育を受けられていないので、その分、ハンディはあるが
英語・ドイツ語はそれなりの水準のようだ。

別に雅子皇后がほかの女性皇族より語学力や社交能力において明らかに優れているわけでない。
外交官としての実務経験とかいっても、役所に入って数年だけであるし、
海外に赴任して外交官として仕事した経験はないから
外交官として陛下にとって最高のアドバイザーなどであるはずない。
あまり見当外れなよいしょは、皇后陛下にとって重荷となるだけであろうと思う。
皇后陛下にとっては、「まだ病気療養中で普通の仕事量は期待しないので、
無理しないで慎重に、お得意分野中心でいいですよ」という
控えめな暖かさが長い目で見て好ましいと思う。

両陛下は、この週末、植樹祭のために愛知県を訪れられた。
これも、皇后陛下の体調を考慮して、平成の両陛下のときは二泊三日だったのが、
一泊二日に短縮され、帰路は中部国際空港から羽田に戻られた。
疲れの出る帰路に市民と接触の機会を最小限にしたいという配慮だという。
そのあたりについては、改めて論じたいが、私はそれでいいと思う。
ただ、平成の両陛下とは違うスタイルで行きたいということは、
両陛下からか宮内庁からか国民にきちんと説明した方がいいと思う。

どっちにしても、美智子皇后と同じスタイルでの公務を
国民が期待し押しつけないようにすることが大事なのである。
それは体調がゆえにということもあろうが、それと同時に、これまでも繰り返し書いてきたが、
平成の両陛下が目指された象徴天皇像は普遍的なものでなく、
多分に平成の両陛下の美学によるものだった。
それと違うからといって、昭和天皇のスタイルが否定されるべきものではなかったし、
令和の両陛下がそのまま引き継ぐべきものでもないはずだ。
http://agora-web.jp/archives/2039428.html