天皇御一家 目次

天皇御一家(平成の皇太子御一家)

徳仁(なるひと)親王
上皇第1皇男子
1960/2/23-
妻:雅子(まさこ)
小和田恆氏第1女子
1963/12/9-
長女:敬宮(としのみや)愛子(あいこ)内親王
2001/12/1-


即位の礼
即位関連
新天皇が見せた「重大な変化」とは 上皇の前例踏襲せず 国との関係性に影響?
天皇陛下の相談役交代

◆会見・おことば・文書回答等
婚約会見 平成5年
御成婚20年 平成25年
御成婚25年 平成30年

人格否定発言 平成16年
詩を読む皇太子 平成17年
公務は足慣らし 平成18年

お具合がお悪くなられてからも,お目にかかってもいつもの通りお優しく接してくださいました。 平成6年
脳内モルヒネ 平成8年
せっけん この馬この馬 平成9年
クワガタクワガタ 平成10年
やりたいですというようなことでもないわけですけれども 平成11年
生まれてきてありがとう 平成14年
10年10年 平成14年
海外へ行きたかった発言 平成14年
いとこ発言 平成18年
半世紀も生きてきた…不思議な感慨 平成25年

◆おことばや会見関連のあれこれ
同行に関する質問に、雅子さまが不快な思いをしていた 平成20年
会見終了後戻ってきて付け加えた皇太子さま 平成21年
お誕生日会見は答弁漏ればかり 平成23年
「波紋を呼んだ」という質問の表現は削除 平成24年
皇太子誕生日2013 平成25年
皇太子54歳誕生会見 前代未聞の「ご発言改ざん騒動」 平成26年
皇太子さま「会見の度に深まる懸念」の深層 平成26年
皇太子さまに55歳のご覚悟をお聞きしたい! 平成27年
皇太子さま誕生日のお言葉HPで異例の削除 平成28年
雅子妃49歳ご感想を宮内庁が修正 平成24年

◆事件
阪神・淡路大震災時の中東訪問 平成7年
ご懐妊の兆候 ベルギー 平成11年
夏ばてのようなご体調 平成12年
公園デビュー事件 平成15年
人格否定発言 平成16年
浩宮の乱 ※人格否定発言のこと
皇太子妃やめます! 平成16年
スペシャルオリンピックスドタキャン 平成17年
雅子さま 誕生日の乱 2005 平成17年
天皇陛下に口答えした雅子妃 平成7年(記事は平成18年)
2時間47分中座 平成17年
終戦の日にテニスと花火 平成17年
終戦の日に子供会 平成19年
犬でお手振り 平成21年
かまぼこ工場見学事件 平成22年
山中湖校外学習同行事件 平成23年
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」 平成23年
平たく申せばプチ家出 平成23年

◆ご病気関連
医師団
静養開始 軽井沢へ
病名決定
「皇室不適応」までの13年間
雅子さまの異常性
健康診断を受けない理由が変わった
投薬の有無については秘密
服用されている薬の”現状”
午前零時に散歩する雅子様
昼夜逆転
メモでやりとり
盆栽見学で大笑い
らくだに乗った雅子さま
フラッシュバック
私は病気ではありません
暗闇で胎児返り
静養5年動静伝わらず 公務欠席めぐり憶測も
雅子さま、療養10年目 伝わらぬ「適応障害」の病状
雅子さまの病気は水戸黄門の印籠
鳩山首相が小和田恒さんにかけていた電話「雅子さまインドでメンタル治療を」
雅子様の御病状まとめ
ひざかけ
「疲れた」発表のタイミングの波紋
急遽参加その後ドタキャン
場所が変わったからドタキャン
双極性障害Ⅱ型の可能性
週に二回の公務は難しい
くつろげる寒さと緊張する寒さは違う
重度の馬アレルギー

◆小和田雅子さん幼少~ご成婚までのあれこれ
幼少~ご成婚前の雅子さま
小和田雅子さん素顔の29年
車通勤
たばこエピソード
雅子さまが受けられた小和田家の教育方針・他
アルザス記
殿下と妃殿下のレストラン
外務省職員から皇太子妃へ
燃えないゴミの日
ハスの葉クイズは小和田雅子作ではない
スクープを巡って
身元調査~当たり前の身元調査を部落解放同盟が猛抗議~
小和田雅子逆転決定噂の真相1993年3月号
消えたお妃候補たち
納采の儀
雅子さまのお支度
幻の肖像画
ヤラセフィーバー
雅子様皇室入り経緯

◆海外重視の雅子様
海外へ行きたかった発言
英国皇太子を迎え、張り切る雅子さま
雅子さまスペイン訪問の執念皇太子スペイン訪問2008
スペイン断念第二弾
雅子さまドイツ訪問の執念
英国訪問への意欲
オランダ静養 2006年
皇太子ご夫妻オランダご訪問 2013年
オランダ国王ご夫妻を迎え、張り切る雅子さま
デンマーク皇太子夫妻を歓待 雅子妃「食卓のアイデア」
雅子さまと故・ダイアナ元妃が交わした20年前「約束」
皇太子ご夫妻トンガ
トランプ大統領来日 雅子さま完全復帰風味

◆お楽しみ活動は精力的
情けない「自己チュー」皇太子一家
「公務」は2回でも「お出かけ」は50回超でプライベート充実
静養のための公務
公務VS静養
雅子さまと天皇家30人の証言
出迎え不要
皇太子ご一家ディズニーリゾートへ
大膳の食事はまずい
東宮家 お好きな食べ物
ばらばらの食卓
野球観戦
イルミネーション見学
ベストカー2007年8月26日号
深夜の饗宴を許した東宮職の「見識」
愛子さまもドタキャン(雅子さまのご都合)
2008年夏休み
皇太子ご一家夏休み2010 屋台夏祭り他
お楽しみ活動は精力的
雅子さまの「金銭感覚」
雅子さまハロウィンへ
皇太子ご一家松屋
皇太子ご一家、静養の様子 9年ぶり取材2012

皇太子ご一家スキー2013年 罵声
皇太子ご一家スキー2014年3月 両陛下は剣璽ご動座
皇太子一家恒例の奥志賀スキー旅行 宮内庁内部で波紋広がる2015年
スキー2017年 雪崩のニュースのさなか笑顔でお手振り

◆いろいろ
切手にクレーム
皇太子御夫妻伊勢大和路で賞された美酒佳肴
ご婚約~ご成婚直後
居眠り
皇太子と雅子妃「苦悩の結婚16ヵ月」
雅子妃「妊娠」どころかゴーゴーダンス熱狂
皇太子ご夫妻 不仲説
パソコン・フルート・ほらこれ・朝鮮人参
得意料理はカレーライス、愛読書は大江健三郎
コンテス
平成皇室の光と影 「公あってこその私」 二年間は子どもをつくりません
雅子様 ショッキングピンクのドレス
最初から公務はさぼり気味静養は充実
お見送り式典欠席
皇宮警察音楽隊の演奏会には行かない
皇太子ご夫妻「公務より愛子さま」の衝撃
皇室をネットが切り裂く
東宮は必要ない

雅子さま 園遊会
雅子さま 歌会始

皇太子ご夫妻をおもてなし 平成15年日立市
雅子さまとインドネシア
雅子さまブータン無視 皇太子さまカメラ片手にお手ふり
不機嫌を露わにする雅子さま 愛知万博視察
「これは中国の犬ですか」 正倉院展
長野公務2007・2008 ~おやつ発言とドタキャン~
山梨 突然同行希望、ドタキャン、異例のメッセージ
ご無理をなさって来る必要はない
雅子さまとなるほど展 ドタキャンとねじこみ
冊子2種類作成
獅子舞鑑賞制裁のため?愛子様は留守番
皇太子さま岩手訪問 雅子さま同行とりやめ
「天敵」が死んだから公務出席?と言われる雅子妃

障害者スポーツ大会を欠席し、愛子さまとスケート
愛子さまの運動会当日に公務 雅子さまはどちらにご出席?
皇太子さま、岡山・大分へ/雅子さまは愛子さまの遠泳見学

阪神大震災15年
宮城訪問2011
皇太子ご夫妻、石巻の神楽を鑑賞
皇太子ご夫妻 いわき トマト
皇太子ご夫妻二年ぶりの被災地訪問
皇太子ご夫妻OECD
皇太子ご夫妻岩手2016

皇太子ご夫妻名古屋
皇太子ご夫妻鹿児島
皇太子ご夫妻秋田2017
両陛下秋田ご訪問2019

譲位報道後、張り切っているご様子の雅子妃
雅子さま「かわいそう。お友達はいるの?」と英語で
皇太子ご夫妻 子供の日公務
皇太子ご夫妻 敬老の日公務でもお菓子配る
子供の日公務雅子さま発熱で取りやめ2017

動物エピソード
酒エピソード
映画試写会 猫逃げる
お菓子作り

素通り
皇后陛下のお誕生日に水を差す雅子妃
まともなお見舞いができない

皇太子ご一家武蔵野陵・伊勢神宮ご参拝
皇太子ご一家神武天皇陵参拝
皇太子ご一家高校総体観戦
山の日公務エピソード

美智子さまと雅子さま「異例の7分間」に何があったのか
新天皇に覆いかぶさる雅子妃の”心の闇”
養蚕 引継ぎ
“これからは秋篠宮妃をよろしく――” 「美智子皇后」の「雅子妃」諦念
皇太子ご夫妻への期待と不安

東宮家と学習院
付き添い登校
雅子さま 双眼鏡で監視
雅子さま 愛子さまのご学友から将来の同級生女官をご希望か
雅子妃とママ友
付き添い中抜けランチ早食い
雅子さま 忠告直電と心配メール

不吉を呼ぶ
さまざまな海外報道

宮内庁で蠢く“雅子さま外し”の「離婚計画」
宮内庁長官発言 第2子 第3子
それ(離婚)しか手がない
雅子妃は離婚して民間人に戻るべき
皇太子さまと雅子さまのご結婚に侍従長が放った沈痛な一言~この結婚は失敗だった~
公務の分担を提案するものの東宮側は拒否
進言すると機嫌を損ねる
進言すればクビが飛び、機嫌を損ねれば遠ざけられる
新東宮大夫に野村氏の真相(2006)
「雅子妃」にネグレクトされた「東宮大夫」12カ月
東宮職員出入り
雅子さま周辺から滞在中に生じる経費についての要望が
もうしょうがないね
宮内庁は敵!
かくすればかくなるものと
小町東宮大夫が満身創痍の勇退
雅子妃の女官長4年ぶりに決まる

「雅子妃問題」究極の論点
橋本大二郎氏
佐々淳行氏
西尾幹二氏 ブログ・雑誌等
八幡和郎氏
皇室の危機は終わらない
元気に笑った雅子さま
天皇家をめぐる伝統と変化
天皇皇后両陛下エメラルド婚 夕食会プロデュースは雅子さま
皇太子夫妻23回目の結婚記念日
東宮家と秋篠宮家 公務のあり方を静養先で話し合いと関係者
皇室関係者 秋篠宮家と皇太子一家の見られ方の差を懸念する
皇太子が皇位継承権を譲ることがなぜ不可能か

◆徳仁親王
浩宮さま
ご発言いろいろ
公と私について 44歳誕生日会見
宮内庁・大分県記者会見 水サミット関連
寛仁親王殿下から皇太子への手紙
皇太子さまブラジル2008 創価の広告塔に利用された皇太子
皇太子さまブラジル2018 韓国首相に「できることはする」と発言
中国人民解放軍のオペラ
皇太子さまポリープ
雅子様が残したカレーを食べる皇太子さま
皇太子さまに通行人が「速いですねえ」

“外出公務”フェルメールご鑑賞で宮内庁に波紋2012
「日本のバイオリン王」の逸品 高松宮贈り皇太子さま愛用
奇跡の一本松ビオラ

皇太子さま 熊野古道
皇太子さま 秋田

皇太子さま「愛と苦悩」
皇太子さまの「重責」「ご学友」に見せた後ろ姿
皇太子さまの「素顔」とは
皇太子さま「ベレー帽を被ったら?」同窓会で見せたユーモア

皇太子さま「水と災害に関する特別会合」2013
皇太子国連関連公務で米国へ2015
幻に終わった皇太子「訪韓」

皇太子さまガーナ及びケニアご訪問2010
皇太子さま東南アジアご訪問2012
皇太子さまスペインご訪問2013
皇太子さまスイスご訪問2014
皇太子さまマレーシアご訪問2017
皇太子さまデンマークご訪問2017
皇太子さまフランスご訪問2018

徳仁親王への進言
天皇家の宿題2006
デヴィ夫人「皇太子位移譲」唱える2007
皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます
皇太子への御忠言第2弾!
これが最後の皇太子さまへの御忠言2008
もう一度だけ皇太子さまへの御忠言2008

秋篠宮が天皇になる日2009
別居治療 離婚 廃太子2009
皇太子殿下、ご退位なさいませ2013
やめられるなら、とっくにやめている!2013
皇太子は変わってしまった/秋篠はわかっている2013
秋篠宮摂政論2013
いま再び 皇太子さまに諫言申し上げます2016

◆愛子内親王
皇太子ご夫妻にお子様誕生
愛子さまの命名について
愛子さまの象
生まれてきてありがとう
事実無根で不本意→愛子さまのビデオ公開
影武者?
愛子さま着袴の儀
愛子さまのご成長
亀の名前を間違えた職員をたしなめる
ライオンの真似をする愛子さま
愛子さまと自転車
愛子さま スケート
愛子さまと電車
「聴いてたかい?」小さな音楽会
愛子さま ボーイフレンド?
グッチのバッグ
愛子さま ご学友とスキー
愛子内親王 運動会
不登校
愛子さま反抗期?2010夏静養
愛子内親王12歳
愛子さま 初等科ご卒業 中等科ご入学
作文等
愛子内親王中等科学校生活2014年4月-2015年4月雑誌記事
愛子内親王中等科学校生活その22015年6月-2017年4月雑誌記事
独りぼっちの特別授業?
SP変更
百人一首
東大妄想
那須ご静養中止で学ばれた「皇族としての自覚」
愛子内親王中等科卒業・高等科入学
サマースクールへ
愛子様蚕飼育

羽生結弦ファンになった愛子さま「写真ほしい」と友人に相談

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皇族ではないが雅子さま関連として

◆小和田家・江頭家
チッソと江頭豊
江頭豊の夢
雅子さま、祖母の葬儀に皇太子さまと参列
小和田恒氏
缶切りを至急もってこい
小和田恒氏 講演等の活動
「雅子妃の母」大騒動で「教授」就任できず
アポなし訪問
御所に届く贈り物をおみやげに持ち帰る
小和田家の皆さま
小和田家に振り回される宮内庁の無策
小和田おせち事件
小和田恒ご夫妻「記念講演旅行」の勘違い
児戯に等しい小和田家の振る舞い
皇太子「小和田会」でのお立場
雅子さま「小和田夫妻金婚式」でとびきりの笑顔 天皇家のご静養には同行せず
小和田優美子さん「日本も皇室も変らなければ」
オール学習院父娘共演の裏で
「雅子妃」妹の翻訳本 他
杉良太郎 ベトナム 小和田礼子さん
(渋谷・小和田)節子さん関連

◆支援者たち
友納尚子
鎌田勇
小川東洲
ベン・ヒルズ
雅子さまを擁護する人たち
雅子さまの代弁者?
新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」

皇室追っかけ女性 写真集を出版し小和田家から礼状が届いた
「雅子さま」追っかけおばさんが生活保護だった

天皇陛下の相談役交代



天皇陛下の相談役、一新へ 宮内庁参与に風岡氏ら 
2020.6.17 05:00
天皇陛下の相談役を務める「宮内庁参与」について、渡辺允(まこと)元侍従長(84)ら現在の4人が退き、
風岡典之元同庁長官(73)ら3人が新たに就任することが17日、関係者への取材で分かった。
近く正式に発表する。陛下が昨年5月に即位されたことに伴い、陛下と年齢が近い参与の必要性が指摘されていた。
現在の参与は渡辺氏のほか、国松孝次(たかじ)元警察庁長官(82)、
羽毛田(はけた)信吾元宮内庁長官(78)、竹崎博允(ひろのぶ)元最高裁長官(75)の4人。
平成期は皇居・御所(当時)で月1回程度開かれる「参与会議」の場で、
上皇ご夫妻、宮内庁長官らと皇室の課題について意見交換。
上皇さまのご意向で陛下、秋篠宮さまとも年2回程度会い、相談に乗ってきた。
平成22年7月の参与会議では、上皇さまが初めて譲位の意向を公に示されたとされる。
現行の参与は陛下の即位後も継続して務めていたが、84歳の渡辺氏を筆頭に86歳の上皇さまと年齢が近く、
60歳の陛下には同年代か、世代の近い参与を選任すべきとの意見があり、宮内庁が人選を進めていた。
現行の4人はいずれも交替し、一新される見通し。
参与に関しては、近代では譲位の例がないことなどを踏まえ
「上皇さまが気心の知れた相手に相談されるための仕組みが必要」との指摘もあったが、
現在の参与が必要に応じ、上皇さまと面会する方向という。
風岡氏は国土交通省事務次官を経て17年4月から宮内庁次長、
24年6月から4年4カ月にわたって宮内庁長官を務め、
パラオ、フィリピンと2度にわたる上皇ご夫妻の海外戦没者ご慰霊を取り仕切った。
上皇さまが譲位の意向をにじませられた28年8月のビデオメッセージの公表に際しても中心的役割を担った。

「参与会議」位置付けに変化も
関係者によると、平成後期の「参与会議」の中心的な話題は、上皇さまの譲位に関することだったとされる。
平成22年7月の参与会議で上皇さまが初めて譲位の意向を示されて以降も、
参与会議では度々、譲位が話題に上がった。
当初、参与全員が翻意を促したが、上皇さまは譲られず、
次第に譲位の在り方について議論が交わされるようになったという。
今後、秋篠宮さまが皇嗣(こうし)となられたことを示す「立皇嗣の礼」の後、
政府は安定的な皇位継承策の議論を本格化させるなど、皇室をめぐる諸課題は残るが
「天皇陛下が即位した今、当面は差し迫った課題は見当たらない」(宮内庁関係者)とされる。
参与会議は上皇さまの譲位前は月に1度程度開かれていたが、
新たな参与の元での参与会議は頻度が減る見通しといい、その位置づけが変わることも予想される。


宮内庁参与 皇室の重要事項に関し、天皇に助言する。
昭和天皇時代の昭和39年、吉田茂元首相、小泉信三元慶応義塾塾長ら4人が初めて起用され、
その後も政官財界や宮内庁長官経験者、学者などに委嘱された。
任期や定年、定員はなく報酬も支給されない。
宮内庁が人選した上で、最終的には天皇が私的に就任を依頼する。
https://www.sankei.com/life/news/200617/lif2006170004-n1.html


宮内庁参与への五百旗頭氏起用に菅氏「陛下のお許しを得てお願い」
2020.6.19 18:26
菅義偉官房長官は19日の記者会見で、天皇陛下の相談役である宮内庁参与に
兵庫県立大の五百旗頭(いおきべ)真理事長らを起用した理由について
「宮内庁の参与とは皇室の重要事項の相談役であり、経験、人格、識見ともにふさわしい者として、
天皇陛下のお許しを得て宮内庁がお願いしている」と述べた。
五百旗頭氏をめぐっては、北朝鮮による日本人拉致事件に関し、平成12~13年頃に
「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね」などと発言していたと
福井県立大の島田洋一教授が証言している。
菅氏は「個人の発言の一つ一つについて、コメントすることは差し控えたい」と述べるにとどめた。
https://www.sankei.com/world/news/200619/wor2006190028-n1.html


産経抄2020年6月20日
公選法違反(買収)容疑で前法相夫妻が東京地検特捜部に逮捕されたことで、
またぞろ安倍晋三首相の任命責任を問う声が出ているが、抄子はこの宮内庁による人選の方が解せない。
兵庫県立大の五百旗頭(いおきべ)真理事長が、天皇陛下の相談役である宮内庁参与に就いた件である。
▼「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね」。
これは平成12~13年頃、福井県立大の島田洋一教授が五百旗頭氏の口から直接聞いたセリフである。
知人の結婚披露宴という私的な場での話とはいえ、いかがなものか。
▼天皇陛下は皇太子時代から、拉致問題に関して繰り返し
「少しでもよい方向に進むことを願う」と述べ、気にかけてこられた。
上皇后さまも皇后当時の30年10月、記者団の質問に
「平成の時代の終焉(しゅうえん)と共(とも)に急に
私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません」と文書回答されている。
▼天皇陛下は今年4月の靖国神社例大祭に勅使を派遣され、各宮家も玉串料を献進されている。
一方、五百旗頭氏は18年9月の小泉(純一郎)内閣メールマガジンで、小泉首相の靖国参拝を批判した。
「どれほどアジア外交を麻痺(まひ)させ、(中略)建設的な対外関係を悪化させたことか」。
▼秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまのご誕生前の同年2月の小紙「正論」欄で、
女性天皇実現の可能性に言及したこともある。
「性別にこだわって廃絶の危険を冒すのではなく、男女いずれであれ、
おだやかな敬愛を集め国民とともにある天皇制を望みたい」。
▼福田康夫元首相のブレーンで防衛大学校長も務めた五百旗頭氏は、
外交・安全保障の碩学(せきがく)であるのは事実だろう。
だとしても、宮内庁が天皇陛下の相談役に選んだ意図が分からない。
https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20200620/0001.html




愛子様蚕飼育




突然出てきた愛子様の蚕飼育話


雅子さま、伝統の御給桑に臨む 美智子さまから引き継ぎ
杉浦達朗
2020年6月3日 10時28分

歴代皇后が継承してきた皇室の伝統行事「養蚕(ようさん)」。
令和への代替わりに伴い、皇后雅子さまが上皇后美智子さまの後を継ぎ、今年から取り組んでいる。
5月29日には蚕に桑の葉を与える「御給桑(ごきゅうそう)」に臨んだ。

29日夕。木々に囲まれた皇居のほぼ中心部にある「紅葉山御養蚕所」に、雅子さまの姿があった。
木造2階建てで1914(大正3)年築の養蚕用施設。
雅子さまは住まいのある東京・元赤坂からここに通い、養蚕作業を行っている。

皇室と養蚕の関わりは古い。日本書紀には、5世紀に雄略天皇が皇后に養蚕を勧めたとの記述がある。
明治時代には生糸が輸出品目の主力となるなど養蚕業が重要産業とされ、
明治天皇の妻・昭憲皇太后が奨励のために養蚕を始めた。
その後、大正時代の貞明皇后、昭和時代の香淳皇后、美智子さまと約150年にわたって継承されてきた。

今でも、養蚕作業は100年以上前に確立した工程に倣って行われており、
空調設備や人工飼料などは使っていない。
養蚕の専門家である主任を中心に、農業高校卒業生らの助手が毎年、
蚕の孵化(ふか)から繭を収穫するまで約2カ月間住み込みで作業をしてきた。

だが、今年はコロナ禍の影響で主任がひとりで作業している。
例年は純国産種の小石丸以外にも日中交雑種など計4種類の蚕を育てているが、今年は小石丸のみ。
収穫した生糸はこれまで宮中祭祀(さいし)で使う絹布や贈答用に使われてきた。
美智子さまの時には奈良時代の絹織物を再現するために利用されたこともあった。

雅子さまは代替わり前の2018年5月、皇太子時代の天皇陛下や愛子さまと御養蚕所を初めて訪れ、
美智子さまからじかに引き継ぎを受けた。
雅子さまは小学生の時に生物クラブに所属し、
爬虫(はちゅう)類などの世話をするなど生物好きとして知られる。
宮内庁幹部によると、愛子さまが学習院初等科に在学中、
蚕を飼育課題として持ち帰って以来ご一家で育てていた。

今月2日には、天皇陛下も御養蚕所を訪問。
陛下は「かわいいね」と雅子さまに声を掛けながら一緒に蚕の世話をしたという。
宮内庁幹部は「日本の伝統を大切にしようとされるお気持ちは強く、
養蚕に真摯(しんし)に取り組まれている」と話す。(杉浦達朗)
https://www.asahi.com/articles/ASN63334YN5VUTIL043.html


愛子さまも「養蚕」 宮内庁が写真公開
2020年06月12日17時55分
宮内庁は12日、天皇、皇后両陛下の長女愛子さま(18)が
お住まいの赤坂御所で飼われている蚕の写真を公表した。
同庁によると、愛子さまは学習院初等科時代に授業で蚕を育てて以来、毎年飼育を続けているという。
写真は4枚で、蚕が桑の葉を食べている様子などが写っている。
皇居では明治以降、歴代皇后が養蚕に取り組んでおり、皇后さまも今年から実際の作業に携わっている。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020061200974&g=soc


愛子さまが飼育する蚕の写真公開 自ら撮影、宮内庁
2020年06月13日 07時20分

宮内庁は十二日、天皇家の長女愛子さまが自宅の赤坂御所(東京都港区)で飼育する蚕の写真を公開した。
愛子さまは四月に大学生となられたが、小学生のころから蚕を飼育しており、写真は自身で撮影した。
愛子さまは学習院初等科三年生のときに学校からもらった蚕を飼育して以来、
毎年その子孫となる蚕を育てている。
現在、成熟してさなぎになろうとしている第五齢(れい)と、
卵からふ化して最初の脱皮を終えた第二齢の二グループに分けて飼育している。
皇居では、明治天皇の后(きさき)の昭憲皇太后が養蚕業奨励のため
一八七一年に「御養蚕(ごようさん)」を始めて以来、歴代皇后が受け継ぎ、
令和の代替わりに伴って上皇后美智子さまから皇后さまに引き継がれた。
宮内庁侍従職によると、皇后さまは小学生時代に生物部に所属するなど生き物への関心が深く、
母として愛子さまの蚕の飼育を見守ってきた。
「皇后陛下も今年は御養蚕を始めており、
愛子さまをサポートするお気持ちを強めていると推察される」という。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/35182?rct=national


愛子さま飼育の蚕写真公開 自ら撮影 小学校時代から継続
毎日新聞 2020年6月12日 22時06分(最終更新 6月12日 22時09分)

愛子さまが撮影した、自ら飼育を続けている蚕の写真=宮内庁提供
aikokaiko.jpg

宮内庁は12日、天皇、皇后両陛下の長女愛子さまが、
住まいの赤坂御所で小学校時代から飼育を続けられている蚕の写真を公開した。
桑の葉に白い蚕が群がっている様子や、卵からかえった小さい蚕を、愛子さまが撮影した。
宮内庁侍従職によると、愛子さまは学習院初等科時代から蚕を飼育。
授業の一環で育てた数匹に始まり、交配で生まれた子孫を含む蚕を継続して飼っている。
赤坂御所に生えている桑の葉などを与えて成長を見守っているという。
養蚕は明治時代から歴代皇后が受け継いでおり、皇后さまも今年から作業を始めた。
https://mainichi.jp/articles/20200612/k00/00m/040/223000c



江頭豊の夢



雅子さま祖父が語っていた「愛子さまが天皇になる夢を見た」
記事投稿日:2020/03/16 06:00 最終更新日:2020/03/16 06:00
《女性・女系天皇、議論せず》
2月16日付の『読売新聞』には、こんな見出しが躍った。
驚くべきことに安倍政権が、女性・女系天皇について議論しない方針を固めたというのだ。
公の場で議論を行うための有識者懇談会すら設けない方向だという。
「昨年10月に実施された共同通信の世論調査で、女性天皇容認への賛成は8割を超えています。
歴史上も女性天皇は存在しました。このまま“男系男子”に固執すれば、
もっとも重要な伝統である世襲による皇位継承が危うくなるのは明らかです。
皇室の存続を真剣に考えるならば、女性・女系天皇についての検討は避けて通れないはずです」(皇室担当記者)
天皇陛下も’18年2月の誕生日会見で《その時代時代で新しい風が吹くように、
皇室の在り方もその時代時代によって変わってきていると思います》とおっしゃり、
伝統を重んじつつも、時代に応じて皇室のあり方は変わるとのお考えを示されている。
04年12月に薨去された宣仁親王妃喜久子さまも、『婦人公論』(’02年1月22日号)で、次のように綴られていた。
《女性の皇族が第127 代の天皇さまとして御即位遊ばす場合のあり得ること、
それを考えておくのは、長い日本の歴史に鑑みて決して不自然なことではないと存じます》
愛子さまがお生まれになった当時、皇室からも「愛子天皇」を期待する声があったのだ。
さらに、雅子さまの祖父・江頭豊さんにも、愛子さまにまつわる”秘話”があるのだという。
江頭豊・寿々子夫妻を知る人物が語る。
「江頭夫妻は、愛子さまのご誕生をたいへん喜んでいました。
あるとき豊さんが『愛子さまが天皇になる夢を見たんだよ』と、
とてもうれしそうに話していたことがありました。雅子さまも、お祖父さまの夢のことはご存じだと思います。
豊さんは、愛子さまの聡明さがもっと世間に伝わってほしいという気持ちも抱いていたようです」
豊さんが亡くなったのは’06年9月。
愛子さまがお生まれになったのは’01年12月であるから“夢”はその間に見たことになる。
「ちょうど15年ほど前は、女性天皇容認へという機運が高まっていた時期でもありました。
’05年、小泉内閣のときに『皇室典範に関する有識者会議』が招集されて、
愛子さまが皇位継承者となられるように、皇室典範が改正されようとしていました。
豊さんは、もしかしたら自分の夢が正夢になると思われたのではないでしょうか」
小泉内閣が’05年11月24日に国会に提出した有識者会議の報告書では
《我が国の将来を考えると、皇位の安定的な継承を維持するためには、
女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠》と、明確に結論づけられていたのだ。
しかし、この翌年に紀子さまが第3子をご懐妊。
皇室にとって実に40年ぶりの男子となる悠仁さまがお生まれになったのは、’06年9月6日のことだった。
江頭豊さんは、それからほどなくして、同じ月の24日に亡くなったのである。愛子さまは4歳でいらした。
悠仁さまご誕生まで雅子さまは、愛子さまを“将来の天皇”としてお育てになるつもりだったのだろうか。
「小泉政権は皇室典範の改正案提出直前までこぎつけていました。
当時の雅子さまも政府や国会の動きを注視されていたでしょう。
愛子さまが将来天皇になることも、ある程度想定していらしたと思います」(前出・宮内庁関係者)
初等科の一時期は雅子さまが登下校に付き添われるなど、登校できない時期もあった愛子さま。
しかし、たくましく成長された現在は、皇族としての自覚も芽生えているという。
「’17年に東宮御所にデンマークやスウェーデンの王族が招かれたときには、
愛子さまもご懇談に同席されたのです。愛子さまは通訳を介さず、英語で会話されました。
愛子さまの語学力は、天皇陛下がご自身以上の実力だと話されているほどです。
東京五輪では皇族方が各国要人を接遇することになります。
愛子さまがお迎えにあたることも十分に考えられます」(皇室担当記者)
4月、愛子さまは天皇陛下と同じ学習院大学文学部へ進学される。
元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんは、
今後の皇位継承の議論において重要となるのは“両陛下のご意向”だと語る。
「平成の天皇退位の特例法は、上皇陛下のお気持ち表明が発端となり、
そのご意向を尊重した国民の声によって成立しました。
皇位の継承についても、国民は当事者である天皇陛下や皇族方のご意向を知りたいと思うでしょう。
それがわからないままですと、どういう結果であろうとも、わだかまりが残るだろうと思っています」
雅子さまは最愛の祖父の“夢”を胸に秘められたまま、
女性天皇問題が本格的に審議される日を待ち続けていらっしゃるのだろうか――。
「女性自身」2020年3月24・31日合併号 掲載
https://jisin.jp/domestic/1841443/



「愛子天皇はチッソ元社長の夢」衝撃の女性誌報道
2020年03月23日 06:01
八幡 和郎
『女性自身』2020年3月24・31日合併号のトップ記事は、
『独占証言:雅子さま 15年秘める祖父の夢 愛子を天皇に』というものであった。
記事は安倍内閣が女性天皇問題を封殺していると批判し、
「愛子さまを天皇に」は、雅子さま最愛のご家族の願いでもあったはずだ」とリードがついている。
記事によると、雅子さまの祖父で、
水俣病で知られるチッソ元社長の江頭豊・寿々子夫妻を知る人物が語るところによれば、
「あるとき豊さんが『愛子さまが天皇になる夢を見たんだよ』と、
とてもうれしそうに話していたことがありました」
「雅子さまも、お祖父さまの夢のことはご存じだと思います。
豊さんは、愛子さまの聡明さがもっと世間に伝わってほしいという気持ちも抱いていたようです」というのだ。

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天皇皇后両陛下も参列した江頭豊氏の告別式(当時のANNニュースより)

もしそういうことなら、江頭氏が亡くなったのは2006年9月24日だから、
悠仁さまがお生まれになって愛子様が皇位を継承される可能性が小さくなったのは、
直前の2006年9月6日のことだったので、落胆されて亡くなったのかもしれない。
江頭氏は、元日本興銀行専務で、1964年に新日本窒素肥料(チッソ)取締役社長となり、1971年に会長に就任。
1973年に会長を退任し相談役に就任していた。
水俣病が有機水銀が原因であることは1959年に熊本大学水俣病研究班が発表したが、
チッソが公式見解として、メチル水銀化合物 と断定し排水も止めたのは、1968年である。
たしかに、チッソが有害な排水を流したのは、主として江頭氏の社長就任以前であり、
だからこそ、宮内庁参与をつとめていた団藤重光元東京大学法学部教授は、
刑事訴追される立場にないことを理由にご成婚に問題なしとしたのだが、
被害者救済の遅れや不十分さの責任は第一次的に江頭氏にあることは疑う余地がない。
そうしたこともあって、江頭氏が死去したときに、当時の皇太子殿下夫妻が弔問に訪れたり、
陛下から供花があったことは、オランダで王妃の父親がアルゼンチンの独裁政権の閣僚であったことを理由に
結婚式や戴冠式への参列を拒否されたことなどと比較して疑問の声もあった。
小室家との問題でも当てはまると思うが、誰の子どもだから、子孫だからダメとはいわないが、
社会的に問題のある人物との距離は慎重にはかるべきだと思う。
いずれにせよ、「愛子さまを天皇とすることが、チッソ社長の夢を正夢にすることだから邪魔するな」
という言説をトップ記事にするとは、能天気にもほどがあるというものではなかろうか。
ついでに、記事では、盛岡タイムスの元記者で江頭夫人の壽々子さんの父親である
山屋他人元海軍大将の伝記を書いた藤井茂氏の話として
「雅子さまは以前、尊敬する人として祖父母を挙げていたこともあったそうです」と
言わずもがなな話までついている。
ジャーナリストとして、疑問が心をよぎることはなかったのだろうか。
まさか褒め殺しで皇室を貶めようというわけではあるまいが。
http://agora-web.jp/archives/2044988.html


小和田家系図でチッソ社長の肩書きを隠した週刊誌
2020年03月28日 16:00
八幡 和郎
「『愛子天皇はチッソ元社長の夢』衝撃の女性誌報道」という記事を
3月23日に掲載して大きな反響をいただいた。
『女性自身』2020年3月24・31日合併号のトップ記事で、
「『愛子さまを天皇に』は、雅子さま最愛のご家族の願いでもあったはずだ」とリードして、
雅子皇后陛下の外祖父で、かつて雅子様がもっとも尊敬する人と仰っていたこともあるという江頭豊氏が、
愛子天皇を待望されていたのだから、その願いをかなえてあげるべきなのに、
安倍内閣がじゃましてけしからんという記事だった。
そこで、私は自分の曾孫を天皇にして欲しいという民間人の願いを
政治がかなえなければならないというのは不見識であり、
しかも、その民間人は水俣病のチッソの社長であり、
被害者救済の遅れや不十分さの責任をもっとも問われている人であって、いかがなものかと書いた。
そのアゴラ記事の中では書かなかったのだが、実は『女性自身』は4ページにも及ぶ長文の記事の中で、
記事の主人公である江頭豊氏がチッソ社長であったことには、まったく触れていないのである。
また、記事に掲載されている小和田家の系図のなかでは、江頭氏の父が海軍中将だったこと、
その夫人の父の山屋他人氏が海軍大将だったこと、
小和田恆氏が国連大使・国際司法裁判所に勤めていたことは記されているが、江頭豊氏は職業なし扱いだ。
まことに奇妙な忖度記事である。誰がどういう意図でこんなばからしい記事を載せようとしたのか不明だが、
途中で江頭豊氏がチッソ社長であったことを
隠した方がいいという意見が出て消したのでないかと推察される。
それなら、記事そのものをやめればいいものを出したので奇妙な記事になってしまった。
マスコミの歴史でも汚点というべきだ。
私は先の記事でも書いたように、誰の子だったとか孫だったからといって
ただちに皇族や天皇としてダメだとは思わない
(小室氏の場合は圭さん自身が怪しげな借金問題にかかわっているのだから別である)。
ただ、問題のある人物がいた場合に、ある種の距離はとるべきだし、
場合によっては、なにか婉曲にでも心を痛めていることについて触れたほうがいいこともあると思う。
オランダの王妃は父親と政治的な見解をともにしないと宣言し、結婚式にも戴冠式にも呼ばなかった。
江頭氏については、公害を出したときの社長でないから構わないという人もいるが、
チッソが批判されているのは、公害を出したことだけでなく、
真相隠し、被害者に対する救済の遅れ、被害者に対するおぞましい排除行動などもあるわけで、
その時期の社長・会長であった江頭氏の責任は大きいのである。
また、小和田恆氏の自宅は、江頭家の敷地内に建てられたものであり、
普通の夫人の実家というよりは、まさに家族であり、なかば婿養子に近い立場である。
美智子上皇后が水俣病に格別の関心を持たれ、被害者への配慮をされ、
勇気づけられていたことはよく知られていた通りである。
雅子皇后も愛子様も、雅子様の場合には、体調が万全になられたあとだろうが、
この重苦しい問題にどこかできちんと向かい合われるであろうと思うのである。
そうしたことをスルーして、「尊敬する祖父母の言葉を大切にされて」とは被害者はもちろん、
皇后陛下や愛子様を困惑させるもの以外の何でもないのではないかと思う。
http://agora-web.jp/archives/2045096.html


チッソと江頭豊




新天皇が見せた「重大な変化」とは 上皇の前例踏襲せず 国との関係性に影響?

新天皇が見せた「重大な変化」とは
上皇の前例踏襲せず 国との関係性に影響?

2019/12/29 07:00 (JST)
令和の時代の天皇陛下は、一体どんな「新しい天皇像」を描かれるのか。
国民がその「変化」を注視する中、皇后さまと共に2019年9月に見せた「新たな行動」がある。
「国と天皇との関係性」を変えるかもしれないこの「重大な変化」は、
4カ月近くたった今でも、なぜかあまり知られていない。(共同通信=大木賢一)

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▽振り仰ぐ
9月8日、秋田市の県立武道館で催された「全国豊かな海づくり大会」の式典。
例年同様、舞台上に両陛下が正面を向いて座り、その背後の高い位置に、
日の丸、県旗、大会旗が掲げられるレイアウトだった。

「国歌斉唱。ご起立願います」とのアナウンスが流れ、会場の参加者が一斉に立ち上がった。異変はこの時起きた。
立ち上がった両陛下が示し合わせたように2人でくるりと後ろを向いて背中を見せたのだ。
陛下が皇后さまに目配せをしたようにも見えた。
「あれ? 去年までと違う」。その場の記者たちはすぐに気付いた。
「上皇さまは正面向いてましたよね」「こうやって少しずつ令和流が出てくるんですかね」。
宮内庁職員も巻き込んで、そんな雑談が交わされた。

後日宮内庁幹部に取材すると「陛下の行動のご真意は分からない。国民を大切に思い、共に歩むという点では、
上皇ご夫妻と変わらないだろう」との立場。四大行幸啓とされる新陛下の地方訪問のうち、
残る「全国植樹祭」「国民体育大会」「国民文化祭」は全て終了したが、
いずれも日の丸が両陛下の前方にあったため、振り返るという動作はなかった。
次にこの現象が起きるのは来年の「海づくり大会」まで待たなくてはならないのかもしれない。

▽受け止める
両陛下らの訪問先の都道府県が作成する「行幸啓誌」という写真集のようなものが宮内庁図書室に並んでいる。
片っ端から開いて調べたところ、やはり上皇ご夫妻はこの式典ではいつも正面を向いていた。
その姿は「日の丸を背負って君が代を受け止めている」ように見える。

国歌である君が代の「君」とは、大日本帝国憲法下では天皇そのものを指し、
歌詞は全体として天皇の御代をたたえるものとされた。
戦後は国民主権の立場から、君が代に反対する声も強まったが、
歌詞は古今和歌集に由来し、「君」は恋人などの大切な人を指すとの解釈もある。

だが、1999年の国旗国歌法制定の際、政府は「『君』は日本国および日本国民統合の象徴である天皇」
「歌詞は(天皇を象徴とする)わが国の末永い繁栄と平和を祈念したもの」との見解を示している。
上皇夫妻が正面を向いていたのは、政府見解に従い、
「君」である自分への歌を「受け止める」姿勢だったのかもしれない。


▽国民と同じ立場で
この前例を覆した両陛下の行動をどう見るか。「君が代に背を向ける」格好になったことを重視し、
「国と天皇との関係性を規定しかねない画期的変化」と語るのは、
名古屋大大学院の河西秀哉准教授(日本近現代史)だ。
「君が代は国民を戦争に動員するものとして歌われた歴史がある。
歴史を研究する現天皇は、そうした負の側面を十分に理解しているのではないか。
天皇になっても自分が君が代を受けるのではなく、国民と同じ視線と立場で共に国に敬意を表したと解釈できる」

両陛下や宮内庁次長、侍従長、女官長を含めた全員が同じ方向を見る姿は、
あたかもサッカーやラグビーの「日本代表」たちが、胸に手を当てて君が代を聴くのと同じ光景のようだった。

皇太子夫妻時代の両陛下についても調べてみると、今回と同じように後ろを振り返っている写真があった。
だが、「君」ではない皇太子が参加者と同じように日の丸に目を向けるのは当たり前とも言える。

▽公共性への敬意
国民の広範な議論のきっかけとなりうる重要なテーマなのに、なぜかメディアはこの出来事をほとんど報道していない。
唯一、共同通信が10月10日に「特集」のような形で報じただけで、世間に広く知られているとは言いがたい。

識者らの見方はさまざまだ。神道学者の高森明勅氏は
「天皇は決して国民と同等ではないし、そうであってはいけない」との立場だが、
今回の件は「国旗は国の最上位の公共性を表示するもの。
陛下は公共性の究極の体現者として、それに敬意を表された」と評価する。

「涙が出るような素晴らしい話だ」と感激するのは、安倍政権のブレーンともされる八木秀次麗澤大学教授(憲法学)。
「連続性のある共同体としての日本国そのものを見上げるということであり、
今現在はたまたま自分が国を預かっているという認識の表れだ。
民の上にある立場でありながら、同時に『国民の父母』として国民に仕えようという意思も感じられる」と見る。

▽過剰な帰属意識
 一方、「国との向き合い方」という観点から懸念を示す識者もいる。
放送大の原武史教授(政治思想史)は「どこまで意図的な行動か分からない」とした上で
「天皇が率先して国旗国歌への向き合い方を見せることで、
結果的に日の丸は必ず仰ぎ見るものだとの規範を示してしまうことにならないか」と語る。
「国民の国への過剰な帰属意識を誘う危険もある」

安倍政権を支える日本最大の右派組織とされ、
地方行幸啓で沿道の人々に日の丸の小旗を配る活動もしている日本会議はどう見ているのか。
取材を申し込んだが、1カ月後、「統一見解をまとめる予定はない」とのメールが届いただけだった。

教育現場での日の丸と君が代の強制に反対する訴訟に加わっている大阪弁護士会の池田直樹弁護士は
「日の丸を仰ぐと言っても、右派の求める戦前回帰的天皇像ではなく、
自分はニュートラルで無色な天皇であるとのイメージ戦略を持っているように見える。
そこが右派には気に入らない部分もあるのではないか」と話す。

ただ、「天皇は公人中の公人」とした上で、「本人の意向だけで日の丸を見上げたのだとしても、
自分の行動が社会に影響を与えてしまうことを考えれば、
右派を利することにもなりかねないそうした行動は自重すべきだ」と危機感も示している。

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