皇嗣妃殿下53歳

秋篠宮皇嗣妃殿下お誕生日に際し(令和元年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
令和元年9月11日(水)

問1 お代替わりと共に,皇嗣妃という新たなお立場になられました。
以前にも増して多忙な日々となり,皇嗣妃として初めての外国訪問や地方単独公務にも臨まれましたが,
これまでの活動の感想や今後の抱負について,皇嗣となられた秋篠宮さまのご様子とともにお聞かせください。

秋篠宮皇嗣妃殿下
お代替わりから4ヶ月余りすぎ,改めて平成の時代をふりかえる中で,
長い間お導きくださいました上皇上皇后両陛下の思し召しに,深く感謝申し上げております。
また,国の内外で様々な公的な活動に携わり,日々の生活を送る上で,
地域の人々の健やかなくらしのための取り組みや,子どもと本とをつなぐ仕事,学校やキャンプでの活動など,
多様な機会にお会いした方々から,活力をいただいています。
多くの方々に支えられ,励まされてきたことを,大変幸せでありがたいことと感じております。

本年の5月以降,新たに出席したものとして,宮様とご一緒の「全国『みどりの愛護』のつどい」,
「全国高等学校総合体育大会」や幾つかの宮邸内の行事,私一人で出席した「献血運動推進全国大会」がありました。
また,6月下旬より7月上旬にかけては,ポーランドとフィンランドを公式に訪問しました。
私にとりまして学ぶことが多く,新たな人々と出会う貴重な機会にもなり,感謝しながら務めました。
宮様は,お立場が変わられてからも,一つ一つのお仕事を,大事に務められています。
今まで以上にお務めが増えているので,これからも宮様の健康にも気を配って参りたいと思います。
私も,新たな立場に伴う責任を感じつつ,宮様とご一緒に天皇皇后両陛下をお支えできますよう,
私自身の健康にも気をつけながら,力を尽くして参りたいと考えております。

問2 3人のお子さま方の近況についてお聞かせください。
今年4月にはお茶の水女子大学附属中学校への侵入事件がありましたが,
皇位継承順位2位となられた悠仁さまの学校や家庭での様子,今後の進路について,
初めての外国旅行となったブータンでのエピソードと共にご紹介ください。

秋篠宮皇嗣妃殿下
3人の子どもたちは,それぞれに活動の幅を広げているように感じます。
長女の眞子は,今年から「全国都市緑化祭」の行事への出席を私たちから引き継ぎ,
5月には長野県を訪問しました。信州の美しい自然や養蚕,美術なども印象的だったようです。
7月にはペルーとボリビアを公式訪問しました。南米の歴史や文化にふれ,日系社会のお話をうかがうなど,
意義深い経験だったと思います。そして,昨年までと同様に,今年も日本工芸会の仕事に関わり,
日本テニス協会などの行事にも,出席していくと聞いています。
次女の佳子は,今年,大学を卒業し,6月には,
私が長く携わってきた「産経児童出版文化賞贈賞式」に出席しました。
また,「全日本高等学校馬術競技大会」への出席など,これまでの公的な仕事も引き続き,おこなっています。
そして来週からは,オーストリアとハンガリーを訪問します。
次女にとっては初めての外国への公式訪問であり,本を読み,専門家の話を聞くなどして,
熱心に準備を進めているように感じます。与えられた務めをしっかりと果たせるよう,願っております。
長男の悠仁は,今年の3月に小学校を卒業し,4月から中学校に入学しました。
中学校でのいろいろな活動や課題に積極的に取り組んでいる一方で,家では,稲や野菜を栽培し,
トンボについて調べています。たとえば,野菜を育てるときは,肥料を与えたり,雑草を取ったり,
受粉させたりして,収穫量を増やすなど,さらなる工夫をしています。
ブータンでは,国王王妃両陛下,4代国王陛下・王妃陛下方をはじめ,王族の方々より,
大層あたたかくお迎えいただきました。訪れた先々で,長男は人々との出会いを大事にしている様子が感じられ,
首都ティンプーやパロの博物館や寺院,弓技場,学校などでのお話を興味深く聞き,
英語での説明も懸命に理解しようとしていました。そして,標高3500メートルにあるジェラでの牧畜の様子や,
標高1300メートルにある古都のプナカにおける農業にもふれ,ブータンの自然や文化を全身で感じたように思います。
今後の進路につきましては,こうした様々な経験を重ね,
関心を広げるなかで,考えていくことになるのではないでしょうか。

問3 眞子さまと小室圭さんの結婚の延期について,母親として眞子さまのお気持ちをどのように感じられ,
今後どのように進んでいってほしいとお考えか,現在の状況とともにお聞かせ下さい。
結婚について何かアドバイスをされたり,話し合ったりされていることはありますか。
佳子さまの結婚や将来についてはいかがですか。

秋篠宮皇嗣妃殿下
延期のことも含め,現在,長女は,さまざまな思いを抱えていると思います。
このような状況で,長女の気持ちを推測するなどして現状や今後についてお伝えすることは,控えたいと思います。
また,次女の将来については,本人が深く考え,歩んでいくことを期待しております。
そして,長女も次女も,それぞれがよき人生を歩み,
これまで2人の成長を支えてくださった方々にも喜んでいただけるよう,
将来を築いていってほしいと願っております。

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http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/33


紀子さま、53歳に 皇嗣妃の「責任」お感じに
2019.9.11 00:03
秋篠宮妃紀子さまは11日、53歳の誕生日を迎えられた。
宮内記者会の質問に宮内庁皇嗣(こうし)職を通じて文書で回答を寄せ、
代替わりに伴い皇嗣妃となったことに「責任」を感じ、
天皇、皇后両陛下を支えるため「力を尽くして参りたい」とつづられた。
ご結婚が延期となっている長女の眞子さまについては「さまざまな思いを抱えていると思う」とする一方、
現状に関する回答は控えられた。
秋篠宮さまが皇嗣となられたことに伴い、今回の誕生日から紀子さまの文書ご回答が公表されることになった。
紀子さまはこの中で、皇嗣妃としての地方や海外での公務について
「学ぶことが多く、新たな人々と出会う貴重な機会」になったとご回想。
「今まで以上にお務めが増えている」と代替わり後の秋篠宮さまを気遣った上で、
自らも「新たな立場に伴う責任」を感じると記された。
3人のお子さまについては「活動の幅を広げている」とご指摘。
今年、お茶の水女子大付属中学校に進学された長男の悠仁さまの進路について、
8月のブータン旅行などを例に挙げ「様々な経験を重ね、関心を広げるなかで、考えていくこと」とされた。
結婚を延期されている眞子さまに関する質問には
「気持ちを推測するなどして現状や今後についてお伝えすることは、控えたい」と記すにとどめられた。
次女の佳子さまについても触れ「それぞれがよき人生を歩み、
これまで2人の成長を支えてくださった方々にも喜んでいただけるよう、
将来を築いていってほしい」との願いを示された。
https://www.sankei.com/life/news/190911/lif1909110005-n1.html


紀子さま、53歳の誕生日…皇嗣妃として「責任感じる」
2019/09/11 00:00
秋篠宮妃紀子さまは11日、53歳の誕生日を迎え、宮内記者会の質問に文書で回答された。
5月の代替わりで、皇太子妃待遇の皇嗣こうし妃となったことについて
「責任を感じつつ、宮様とご一緒に天皇皇后両陛下をお支えできますよう力を尽くして参りたい」と答えられた。
紀子さまは5月以降、公的な活動で地方を10回訪問したほか、
6~7月には秋篠宮さまとポーランドとフィンランドを公式訪問された。
こうした活動を通して「お会いした方々から、活力をいただいています」とつづられた。
4月にお茶の水女子大付属中に進学し、8月にブータンを旅行した長男悠仁さま(13)については
「英語での説明も懸命に理解しようとし、ブータンの自然や文化を全身で感じたように思います」とされた。
長女眞子さま(27)と小室圭さんの結婚延期については
「長女はさまざまな思いを抱えていると思います。長女の気持ちを推測するなどして現状や今後について
お伝えすることは、控えたいと思います」と答えられた。
紀子さまはこれまで11月の秋篠宮さまの誕生日に合わせて一緒に記者会見に臨んできたが、
皇嗣妃となったことで今回初めて誕生日に単独で文書回答された。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190910-OYT1T50291/


秋篠宮妃紀子さま、53歳に「新たな立場に責任感じる」
毎日新聞2019年9月11日 00時00分(最終更新 9月11日 00時00分)
秋篠宮妃紀子さまは11日、53歳の誕生日を迎えられ、宮内記者会の質問に文書で回答した。
代替わりに伴い皇嗣妃となった心境を「新たな立場に伴う責任を感じつつ、
(秋篠宮さまと)ご一緒に天皇、皇后両陛下をお支えできますよう、
私自身の健康にも気をつけながら、力を尽くして参りたい」とつづった。
文書で紀子さまは、両陛下から引き継いだ地方行事など5月以降の公務を
「学ぶことが多く、新たな人々と出会う貴重な機会にもなり、感謝しながら務めました」と振り返った。
皇室の活動を担える皇族が減る中で皇位継承順位1位の皇嗣となった秋篠宮さまの負担が増えた現状にも触れ、
「これからも健康にも気を配って参りたい」と記した。
長女眞子さま(27)の婚約延期については
「長女の気持ちを推測するなどして現状や今後についてお伝えすることは、控えたい」と述べるにとどめ、
次女佳子さま(24)を含む2人に対し
「成長を支えてくださった方々にも喜んでいただけるよう、将来を築いていってほしい」と望んだ。
皇后雅子さまは皇太子妃時代、誕生日にあわせて文書で感想を公表するなどしていた。
紀子さまは秋篠宮さまの誕生日に伴う記者会見に同席してきたが、
皇嗣妃となったことを受けて自らの誕生日に文書を公表した。【和田武士】
https://mainichi.jp/articles/20190910/k00/00m/040/153000c


紀子さま誕生日に文書 眞子さまへの思いと皇嗣妃の責任
中田絢子、長谷文 2019年9月11日00時00分
秋篠宮妃紀子さまは11日、53歳の誕生日を迎え、これに先立ち宮内記者会の質問に文書で回答を寄せた。
長女眞子さまと小室圭さんの結婚が延期になっていることについて
「延期のことも含め、現在、長女はさまざまな思いを抱えていると思います」と思いやり、
「現状や今後についてお伝えすることは、控えたいと思います」と述べるにとどまった。
次女佳子さまの結婚や将来については「本人が深く考え、歩んでいくことを期待しております」と述べ、
眞子さま、佳子さまともに「よき人生を歩み、これまで2人の成長を支えてくださった方々にも
喜んでいただけるよう、将来を築いていってほしい」と母親としての思いをつづった。
皇位継承第2位となった長男悠仁さまの進路については「様々な経験を重ね、関心を広げるなかで、
考えていくことになるのではないでしょうか」とした。
5月の代替わりで、秋篠宮さまは皇嗣となり、紀子さまは皇嗣妃となった。
紀子さまは「新たな立場に伴う責任」を感じつつ、
「私自身の健康にも気をつけながら、力を尽くして参りたい」と記した。
紀子さまはこれまで自身の誕生日ではなく、秋篠宮さまの誕生日会見に同席した際に
家族の近況や所感を語ってきた。今回、皇嗣妃というより重い立場となったことから、
宮内記者会が紀子さま自身の誕生日にも単独で所感や近況を公表するよう要請し、宮内庁が応じた。
(中田絢子、長谷文)
https://www.asahi.com/articles/ASM994GNHM99UTIL02Z.html


秋篠宮妃 紀子さま 53歳の誕生日
2019年9月11日 5時19分
秋篠宮妃の紀子さまは11日、53歳の誕生日を迎えられました。
紀子さまは、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となられ、
ご自身も「皇嗣妃」となって初めての誕生日を迎えられました。
誕生日にあたって紀子さまは、初めて記者の質問に文書で回答を寄せられました。
この中で、紀子さまは皇嗣妃としてのこれまでの活動について
「国の内外で様々な公的な活動に携わり、日々の生活を送る上で、多様な機会にお会いした方々から、
活力をいただいています。学ぶことが多く、新たな人々と出会う貴重な機会にもなり、
感謝しながら務めました」と述べられました。
そして、今まで以上に務めが増える中、秋篠宮さまとご自身の健康にも気を配っていきたいと記し、
「新たな立場に伴う責任を感じつつ、宮様とご一緒に天皇皇后両陛下をお支えできますよう、
力を尽くして参りたいと考えております」と述べられました。
皇位継承順位2位となられた長男の悠仁さまの近況については、先月のブータンへの旅行を振り返り、
「訪れた先々で、長男は人々との出会いを大事にしている様子が感じられ、
ブータンの自然や文化を全身で感じたように思います」とつづられました。
一方、長女の眞子さまと小室圭さんの結婚の延期をめぐる質問には、
「延期のことも含め、現在、長女は、さまざまな思いを抱えていると思います。
このような状況で、長女の気持ちを推測するなどして現状や今後についてお伝えすることは、
控えたいと思います」と答えられました。
また、次女の佳子さまの将来については「本人が深く考え、歩んでいくことを期待しております」と述べ、
「長女も次女も、それぞれがよき人生を歩み、
これまで2人の成長を支えてくださった方々にも喜んでいただけるよう、
将来を築いていってほしいと願っております」と記されました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190911/k10012074921000.html


紀子さま 上皇ご夫妻に誕生日の挨拶
2019年9月11日 14:35
11日、53歳の誕生日を迎えた秋篠宮妃紀子さまは、上皇ご夫妻のもとを訪れ誕生日の挨拶をされた。
11日、紀子さまは秋篠宮さまとともに、
上皇さまと10日に退院したばかりの上皇后さまのお住まいを訪れ、誕生日の挨拶をされた。
紀子さまは、誕生日にあたって記者の質問に文書で回答し、
「改めて平成の時代をふりかえる中で、長い間お導きくださいました。
上皇上皇后両陛下の思し召しに、深く感謝申し上げております」と述べられた。
延期になっている長女・眞子さまの結婚については、「現在、長女は、さまざまな思いを抱えていると思います。
このような状況で、長女の気持ちを推測するなどして、
現状や今後についてお伝えすることは、控えたいと思います」と述べるにとどめられた。
http://www.news24.jp/articles/2019/09/11/07498086.html


紀子さま53歳祝う夕食会
退院した美智子さまも参加
2019/9/11 20:38 (JST)
c一般社団法人共同通信社
秋篠宮妃紀子さまの53歳の誕生日を祝うため、天皇、皇后両陛下や上皇ご夫妻は11日、
東京・赤坂御用地にある赤坂東邸を訪れ、夕食を共にされた。
乳がんの摘出手術を終え、10日に退院したばかりの上皇后美智子さまも元気な姿を見せた。
赤坂御用地では午後6時半ごろ、上皇ご夫妻が車で入り、報道陣に会釈した。
午前中は紀子さまが上皇ご夫妻にあいさつするため皇居・吹上仙洞御所を訪問した。
美智子さまは8日に、東大病院(東京都文京区)で手術を受け、10日午後に退院。
手術は同病院の田辺真彦乳腺・内分泌外科長らが執刀した。
https://this.kiji.is/544482496833586273?c=39546741839462401


上皇ご夫妻、赤坂東邸を訪問…紀子さま誕生日夕食会
2019/09/11 23:26
上皇ご夫妻は11日、秋篠宮妃紀子さまの53歳の誕生日を祝う夕食会に参加するため、
赤坂御用地(東京都港区)の赤坂東邸を訪問された。
宮内庁によると、乳がんの摘出手術を受けた上皇后さまは10日に退院したばかりだが、
順調に回復されており、侍医が夕食会の参加は問題ないと判断したという。
午後6時半頃、上皇ご夫妻を乗せた車は赤坂御用地の巽門を通過。
集まった報道陣に、上皇后さまは軽く会釈された。
夕食会には、天皇、皇后両陛下も参加し、だんらんされたという。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190911-OYT1T50355/


上皇后さま 退院後初の外出 秋篠宮邸で夕食
2019年9月12日 木曜 午前0:47
上皇ご夫妻は11日夜、秋篠宮邸を訪れ、ご家族で夕食をともにされた。
上皇后さまが外出されるのは、退院後初めて。
午後6時半ごろ、上皇さまと、退院後初めて外出した上皇后さまは、赤坂御用地に到着し、
会釈をして秋篠宮邸へ向かわれた。
宮邸では、11日に53歳の誕生日を迎えた紀子さまを祝う夕食会が開かれ、
両陛下や愛子さま、秋篠宮ご一家、長女の黒田清子さん夫妻などが集まり、
ご家族そろって夕食を囲まれたという。
https://www.fnn.jp/posts/00423890CX/201909120047_CX_CX

佳子内親王殿下オーストリア、ハンガリー御訪問

佳子さま欧州2カ国へ出発 初の海外公式訪問
2019.9.15 12:00
秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは15日、
日本との友好、外交関係開設150周年を迎えたオーストリアとハンガリーを公式訪問するため、
羽田発の民間機で出発された。
佳子さまの海外公式ご訪問は初めて。25日に帰国される。
15日夜(現地時間)にドイツ経由でオーストリアの首都、ウィーンに到着し、
16日にファンデアベレン大統領を表敬される。
17日は友好150周年記念レセプションに臨席し、あいさつをされる。
19日には空路でハンガリーの首都、ブダペストへご移動。
20日にアーデル大統領を表敬し、大統領夫妻主催の昼食会に臨まれる。
21日は外交関係開設150周年を記念した夕食会であいさつをされる予定。
両国滞在中は、日本人学校などを訪れ、在留邦人とのご懇談の機会も設けられた。
https://www.sankei.com/life/news/190915/lif1909150022-n1.html


古都ウィーンで佳子さま初の海外ご公務スタート
[2019/09/16 17:44]
佳子さまが訪問先のオーストリアに到着されました。
秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまは15日夜にオーストリアの首都ウィーンに入り、
翌朝から公式訪問の日程に臨まれています。
ウィーンは数世紀にわたってハプスブルク帝国の都として栄えた街で、
佳子さまは中心部にある王宮を訪問されました。
王宮の一角にある博物館の入り口で出迎えた館長らに対し、
「楽しみにして参りました」と笑顔で話されました。
館内ではハプスブルク家の家系図や皇帝や皇后の部屋などを視察されました。
担当者のウィーンの歴史を交えた解説に熱心に耳を傾けられていました。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000164522.html


佳子さま、初の海外訪問開始
オーストリア大統領表敬
2019/9/16 21:34 (JST)
【ウィーン共同】欧州歴訪中の秋篠宮家の次女佳子さまは16日、
オーストリアの首都ウィーンでファンデアベレン大統領を表敬訪問された。
日本との友好関係150周年を迎えたオーストリアから招待を受けた。佳子さまの海外公式訪問は初めて。
佳子さまは同日、アウガルテン宮殿を訪問し、「天使の歌声」と呼ばれるウィーン少年合唱団の合唱を鑑賞。
佳子さまは25日までの日程で、オーストリアとハンガリーを歴訪する予定。
ハンガリーからは外交関係開設150周年を記念し招待を受けた。
17日にオーストリアとの友好150周年記念レセプションに出席し、あいさつする。

オーストリアの首都ウィーンで博物館を訪問された秋篠宮家の次女佳子さま=16日(共同)
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佳子さまオーストリア訪問 大統領を表敬
毎日新聞2019年9月16日 22時49分(最終更新 9月16日 23時09分)
秋篠宮家の次女佳子さま(24)は16日、日本との外交関係樹立150周年を迎えたオーストリアの首都ウィーンで
ファンデアベレン大統領に面会された。佳子さまの海外公式訪問は初めて。
佳子さまはファンデアベレン氏と約40分間懇談。
「両国の友好関係がますます深まることを願っています」という天皇、皇后両陛下のおことばを伝えたほか、
佳子さまが今後訪れるウィーン少年合唱団のコンサートなどについて意見を交わした。
ファンデアベレン氏は両国が経済、文化など多様な交流を深めることに期待を示した。
佳子さまは19日までウィーンに滞在。
20日からは同じく日本との外交関係樹立150周年を迎える隣国のハンガリーを訪問し、25日に帰国する予定。
【ウィーン三木幸治】
https://mainichi.jp/articles/20190916/k00/00m/040/218000c

オーストリアのファンデアベレン大統領(右)と面会される佳子さま
=ウィーンの大統領府で2019年9月16日午後2時、三木幸治撮影
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佳子さま、初海外訪問開始 オーストリア大統領表敬
2019.9.17 07:35

合唱を鑑賞後、ウィーン少年合唱団と懇談される秋篠宮家の次女佳子さま=16日、ウィーン(共同)
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欧州歴訪中の秋篠宮家の次女、佳子さまは16日、
オーストリアの首都ウィーンでファンデアベレン大統領を表敬訪問された。
日本との友好関係150周年を迎えたオーストリアから招待を受けた。佳子さまの海外公式訪問は初めて。
「天使の歌声」と呼ばれ、世界的に有名なウィーン少年合唱団が
日本で数多くの公演を行っていることに大統領が言及すると、
佳子さまは日本でのコンサートを鑑賞したことがあると話し、
両国の交流が盛んなことを「大変うれしく思っています」と応じた。
佳子さまは同日、アウガルテン宮殿を訪問し、同合唱団の歌声に聞き入った。
佳子さまは25日までの日程で、オーストリアとハンガリーを歴訪する予定。
ハンガリーからは外交関係開設150周年を記念し招待を受けた。
17日にオーストリアとの友好150周年記念レセプションに出席し、あいさつするほか、
19日にはハンガリーの首都ブダペストへ移動。
20日にアーデル大統領を表敬訪問し、大統領夫妻主催の昼食会に臨む予定となっている。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190917/lif1909170006-n1.html

オーストリアのファンデアベレン大統領を表敬し、
記念撮影に応じられる秋篠宮家の次女佳子さま=16日、ウィーン(共同)
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佳子さま オーストリア大統領を表敬訪問
2019年9月17日 6時23分
初めての外国公式訪問に臨んでいる秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは、
最初の訪問国オーストリアに到着し、大統領を表敬訪問されました。
日本との友好関係150周年となるオーストリアを訪問中の佳子さまは、現地時間の16日午後、
菊や梅の花の柄があしらわれた淡いクリーム色の振り袖姿で首都ウィーンの大統領府を訪れ、
ファン・デア・ベレン大統領の出迎えを受けられました。
懇談で、大統領が世界的オーケストラのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団や
「天使の歌声」といわれるウィーン少年合唱団が日本で数多く公演していることに触れると、
佳子さまは「そのような交流があることを大変うれしく思っています」と述べられました。
そして、両国の友好関係がますます深まっていくことを願っていますという
天皇皇后両陛下からのメッセージを伝え、和やかに懇談されたということです。
このあと佳子さまは、ウィーン少年合唱団の練習場などがある宮殿を訪ね、合唱を鑑賞されました。
佳子さまは、子どもたちの伸びやかな歌声に耳を傾け、曲が終わるたびに拍手を送られていました。
そして合唱が終わると、子どもたちに「どのくらい練習なさるのですか」とか
「合唱をどのくらい続けていますか」などと尋ねて、交流を深められていました。
佳子さまは、現地時間の17日に、日本大使公邸で開かれる友好関係150周年の
記念レセプションでおことばを述べられます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190917/k10012085101000.html

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佳子さま、日本人学校視察=オーストリア公式訪問
2019年09月17日20時51分
ウィーン日本人国際学校を視察し、記念撮影される秋篠宮家の次女佳子さま=17日午前、ウィーン
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【ウィーン時事】オーストリアを公式訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは17日、
「ウィーン日本人国際学校」を視察された。
同校は小中学生が対象で、児童・生徒計27人が在籍。久保博彦校長が案内し、
中学1年のクラスでは5人の生徒による縫いぐるみを使った英会話の授業を見学した。
最後は児童・生徒全員がベートーベンの「喜びの歌」を合唱。佳子さまは子どもたち一人一人に声を掛けていた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019091701238&g=ryl&p=20190917at96S&rel=pv


佳子さま オーストリアで記念レセプションに出席
2019年9月18日 5時45分皇室
オーストリアを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは、
日本との友好関係150周年を記念するレセプションに出席されました。
オーストリアを公式訪問している佳子さまは、現地時間の17日午後、
日本大使の公邸で開かれた記念のレセプションに出席されました。
花柄があしらわれた水色の着物姿の佳子さまは、関係者に拍手で迎えられ、
両国の国歌独唱のあと、あいさつに立たれました。
佳子さまは、日本とオーストリアの国交が樹立して以来、交流は多岐にわたり、
日本の皇室とも縁があるとしたうえで、「多くの方々により築かれてきた両国の関係が、
これからも大切に、末永く引き継がれていきますことを心より願っております」と述べられました。
レセプションに先立って、佳子さまは、ウィーンの乗馬学校を訪問し特別演技を鑑賞されました。
この乗馬学校は16世紀に創設され古典馬術を伝承しているということで、
シャンデリアのもとで馬が音楽に合わせてステップを刻んだり、後ろ足で立ち上がってバランスをとったりすると、
佳子さまは笑顔で拍手を送られていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190918/k10012086881000.html


佳子さま「友好関係、末永く」=記念レセプションで-オーストリア
2019年09月18日09時18分
【ウィーン時事】オーストリアを公式訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは17日、
首都ウィーンの日本大使公邸で、日本との国交樹立150周年を記念するレセプションに出席された。
佳子さまは日本語で「多くの方々により築かれてきた両国の友好関係がこれからも大切に、
末永く引き継がれていきますことを心より願っております」とあいさつした。
佳子さまが外国を公式訪問するのは、今回のオーストリアが初めて。
同国のバーダー連邦参院議長もあいさつし、「大変光栄なこと」と述べた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019091800326&g=soc

オーストリアとの国交関係樹立150周年記念レセプションの会場に入室される
秋篠宮家の次女佳子さま=17日午後、ウィーン(代表撮影)
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佳子さま 初の海外公式訪問 とびきりの笑顔で国際親善に臨まれる
2019年9月18日 水曜 午後7:50
現地の子どもたちと交流
初めて外国を公式訪問されている、秋篠宮家の次女・佳子さま。
華やかな和服姿を披露するなど、連日オーストリアで公務に臨まれている。

カメラマン;
スマイル、スマイル
佳子さま;
スマイルだそうです

カメラマンのリクエストで、とびきりの笑顔を見せられる佳子さま。
滞在2日目の9月17日。
佳子さまは、ウィーンにある日本人の小中学生が通う学校を訪問された。
エメラルドグリーンのスーツ姿の佳子さまは、腰を落とし、子どもたちと同じ目線で話をされた。

佳子さま;
学校では何をして遊ぶんですか?
子どもたち;
一輪車とか
佳子さま;
私も一輪車してた!
子どもたち;
一輪車、上手になった
佳子さま;
上手になったんだ、一輪車!でも結構難しいよね

音楽の都ウィーン。
16日には、天使の歌声と称されるウィーン少年合唱団の合唱を鑑賞し、
ここでも明るい笑顔を浮かべて、子どもたちと交流された。

合唱団の少年;
プリンセス(佳子さま)とお会いするのは、とても興奮したし、光栄なことでした

秋篠宮家とご縁の深いオーストリア
姉の眞子さまも、かつてホームステイをされるなど、オーストリアとご縁がある秋篠宮家。
佳子さまは17日、ウィーンの王宮内にある乗馬学校を訪問された。
16世紀から続くこの馬術学校で、佳子さまは白馬がワルツに合わせてステップを刻んだり、
後ろ足で立ち上がる華麗な古典馬術を堪能された。

その後、夕方には日本とオーストリアの友好150周年記念レセプションにご出席。
日本の桜やキキョウなどの花が描かれた、水色の振り袖で臨まれた佳子さま。
この晴れ着は、2019年2月の宮中茶会などさまざまな場面でお召しになっている。

16日には、淡いクリーム色に菊や梅の花があしらわれた着物姿で、
オーストリアのファン・デア・ベレン大統領の表敬訪問に臨まれた佳子さま。
レセプションで、佳子さまは両国の国歌独唱のあと挨拶に立たれた。

佳子さま;
オーストリア政府のお招きによって、オーストリアを公式訪問出来ましたことは、私にとり大きな喜びでございます。
日本とオーストリアの絆を大事に考えて下さっている方々とお話しできたことは、本当に嬉しいことでございました。
そして挨拶の締めくくりは…

佳子さま;
ありがとうございました。
ダンケ・シェーン(ありがとう)

ドイツ語でお礼の言葉を述べられた。
19日は、次の訪問国ハンガリーに向かわれる。
(Live News it! 9月18日放送より)
https://www.fnn.jp/posts/00048234HDK


佳子さま、オーストリアで国交150周年記念行事に出席
ウィーン=吉武祐 2019年9月18日19時56分
オーストリアを公式訪問中の秋篠宮家の佳子さまは17、18の両日、
ウィーンで日本とオーストリアの国交樹立150周年を記念する行事に出席した。
17日の記念レセプションで、オーストリアの国会議員らを前に、
両国の交流促進に敬意を表し、友好継続を願うおことばを述べた。
佳子さまは「長年にわたり、音楽を志す多くの日本人が、オーストリアで学んできた」などと芸術交流に言及。
今回、ウィーン少年合唱団やウィーン大学、日本人学校などを訪ねており、
「日本とオーストリアの絆を大事に考える方々とお話しできたのは、本当にうれしいことだった」と述べた。
18日には、世界遺産のシェーンブルン宮殿を訪れ、ガイドの案内で宮殿内を回った。
敷地内の庭園群の一角にある日本庭園の改修お披露目式に出席した。
この庭園は100年以上前に造られたが、手入れがされない時期が長期間続いた。
1997年に専門家の調査で日本庭園であることがわかり、大規模修復で復活した。
今回は国交樹立150周年を機に、竹垣などが改修された。
費用は国土交通省の「海外日本庭園再生プロジェクト」の予算に加え、
日本と縁がある地元の富豪からの寄付でまかなわれた。
佳子さまは今回が初めての公式海外訪問。19日までオーストリアに滞在した後、
もう一つの訪問国ハンガリーに向かう。(ウィーン=吉武祐)
https://www.asahi.com/articles/ASM9L4CYJM9LUHBI01K.html

シェーンブルン宮殿の日本庭園を訪れた佳子さま=2019年9月18日、ウィーン、吉武祐撮影
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バレエ鑑賞の佳子さま 観客と写真も
2019年9月19日 木曜 午後2:42
オーストリアを公式訪問中の秋篠宮家の次女・佳子さまは、ウィーン国立歌劇場でバレエを鑑賞された。
18日、佳子さまは、世界3大歌劇場の1つとして知られる、ウィーン国立歌劇場に到着された。
イギリス留学中に舞台芸術について学んだ佳子さまは、
観客からの求めを受けて写真撮影に応じたあと、バレエを鑑賞された。
日本からの留学生は、「(佳子さまに会った感想は?)きれいでした! めっちゃきれいでした!」、
「本当に感激です!」などと話した。
佳子さまは、これに先立ってビーアライン首相との昼食会に臨み、
「いろんな方が友好関係の促進に寄与されていることを知ることができて、非常に良かったです」と伝えたほか、
ウィーンを代表する「美術史美術館」で、ブリューゲルの「バベルの塔」など、名作を見て回られた。
https://www.fnn.jp/posts/00424283CX/201909191442_CX_CX

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佳子さま 2つ目の訪問国 ハンガリーに到着
2019年9月20日 18時59分
初めて外国を公式訪問している秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは、2つ目の訪問国、ハンガリーに入られました。
佳子さまは、日本との外交関係樹立150周年を迎えるハンガリーに入り、
到着から一夜明けた現地時間の20日午前、首都ブダペストを一望できる丘を訪ねられました。
ブダペストは美しい景観から「ドナウの真珠」と呼ばれ、ドナウ川の周辺は世界遺産に登録されています。
佳子さまは説明に耳を傾けながら、ブダペストの町並みを眺められていました。
佳子さまは今月24日までハンガリーに滞在し、大統領を表敬訪問するほか、
伝統的な陶磁器の工房を視察したり、日本語を学ぶ現地の学生や日本人留学生と懇談したりして、交
流を深められる予定です。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190920/k10012092311000.html


佳子さま、ブダペストは「非常にきれいでした」
2019/09/20 20:55
【ブダペスト=畠山朋子】秋篠宮家の次女佳子さまは20日午後(日本時間20日夜)、
公式訪問先のハンガリーの首都ブダペストで、アーデル大統領を表敬訪問された。
アーデル氏が「ブダペストの景色はご覧になりましたか」とたずねると、
佳子さまは「非常にきれいでした」と笑顔で答えられた。
佳子さまは19日夕(日本時間20日未明)、ウィーンからブダペストに到着された。
20日午前(日本時間20日午後)には、佐藤地・駐ハンガリー大使の案内で
市内を一望できるゲッレールトの丘を訪問された。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190920-OYT1T50286/


ハンガリーのアーデル大統領(右)とアニタ夫人(左)の歓迎を受ける佳子さま
(20日、ブダペストのハンガリー大統領府で)
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佳子さま、首都で在留邦人と懇談
訪問中のハンガリー
2019/9/21 09:43 (JST)
ブダペスト共同】ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは20日(日本時間21日未明)、
首都ブダペストのホテルで、同国で日本語教育や文化、スポーツなどの分野で活動する日本人14人と懇談された。
佳子さまは、ハンガリーで日本語を教える講師に「学校には何人くらいおられるのですか」などと尋ねていた。
終了後、過去に日本の叙勲を受章したハンガリー人2人とも交流した。
これに先立ち、「世界一美しい」と言われる同国の国会議事堂を見学。議長を表敬訪問し、
日本とハンガリー友好議員連盟のメンバーと懇談した。
https://this.kiji.is/547941357418071137?c=39550187727945729


佳子さま、ハンガリー国立牧場視察=5頭立て馬車に
2019年09月21日22時28分
【ブダペスト時事】ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは21日、
同国西部のバーボルナにある国立牧場を視察された。
同牧場は1789年の設立で、貴族の馬車用の馬や軍用馬などを多数育成してきた歴史がある。
明治時代に日本にも馬を輸出した記録があり、
昭和天皇の愛馬だった「白雪」も、そのうちの1頭と言われている。
佳子さまは、牧場に併設された博物館を見学した後、5頭立ての馬車に乗って場内を移動した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092100563&g=soc


佳子さま ハンガリーで外交関係樹立150周年の夕食会に出席
2019年9月22日 7時43分
ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは、
日本との外交関係樹立150周年を記念する夕食会に出席されました。
佳子さまは、21日、ハンガリーの首都ブダペストで開かれた夕食会の会場に、
ピンク色の振り袖姿で姿を見せられました。
会場には、文化や芸術、経済などの分野で、
日本とハンガリーの友好関係の発展に貢献のあった人たちも招かれ、
佳子さまは、一人ひとりとことばを交わされました。
このあと、隣の部屋で夕食会に臨み、佳子さまは、
「これまで多くの方々によって築かれてきた両国の友好関係がこれからも大切に、
末永く引き継がれていきますことを心から願っております」とあいさつされました。
これに先立って、佳子さまは、ハンガリー西部の町にある国立の牧場を訪ねられました。
18世紀後半につくられたこの牧場は、貴族の馬車用の馬や軍用馬などを育ててきた歴史があり、
佳子さまは、牧場の設立の経緯などについて説明を受けられました。
このあと、農業大臣の案内で5頭立ての馬車に乗り、
牧場の中庭を回って緑豊かな植栽などを楽しまれていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190922/k10012093961000.html

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佳子さま「友好末永く」 ハンガリーで夕食会にご臨席
2019.9.22 09:20
ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは21日(日本時間22日未明)、
ブダペスト市内にあるレストランで、日本とハンガリーの外交関係開設150周年を記念した夕食会に出席し
「両国の友好関係が、これからも大切に、末永く引き継がれていきますことを
心から願っております」とあいさつされた。
夕食会には、文化や経済などの分野で両国の懸け橋となり、
過去に日本から叙勲などを受章したハンガリー人ら約20人が参加。
佳子さまは、今回訪問した国会議事堂やパンノンハルマ大修道院について
「歴史の一端に触れるとともに、ハンガリーの多様な魅力を味わうことができた」と感想を述べられた。
乾杯を終えた佳子さまは、参加者と和やかに懇談されていた。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190922/lif1909220035-n1.html


ハンガリー訪問の佳子さま、修道院など視察
9/23(月) 5:23 日テレNEWS24
ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮家の二女・佳子さまは22日、
修道院などを視察し、地元の人との写真撮影に応じるなど交流を深められた。
佳子さまは22日、ハンガリー西部にある修道院を訪れ、
パイプオルガンの演奏が流れる中、聖堂内を見てまわられた。
この修道院は「ハンガリーの海」とも呼ばれる美しい湖のほとりにあり、憩いの場としてもにぎわう場所。
佳子さまは、地元の人と写真撮影に応じるなど交流を深められた。
通訳「彼女は90歳だそうです」
佳子さま「お元気でいらっしゃいますね」
佳子さまが「お天気もよくてきれいですね」と声をかけられると、
女性が佳子さまに対し「殿下もとても美しいです」と答える場面もあった。
この日は、ヨーロッパの王室にも好まれる陶磁器工房も視察し、
職人の技に驚いた様子の佳子さまは、
「できるようになるにはどれくらいかかるのですか?」などと熱心に質問されていた。
http://www.news24.jp/articles/2019/09/23/07504115.html

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佳子さま、笑顔でハイタッチ
ハンガリーの日本人学校で交流
2019/9/23 19:25 (JST)
【ブダペスト共同】ハンガリーを公式訪問中の秋篠宮家の次女佳子さまは23日(日本時間同)、
首都ブダペスト市内にある日本人学校を訪れ、子どもたちと交流された。
授業風景の視察後、別れ際には、集まった全員と笑顔でハイタッチをする場面もあった。
同校は、小学1年から中学3年までの日本人児童生徒約70人が通う。
佳子さまは、小学3年の児童がハンガリー語の単語を学ぶ様子を見学。
その後、花束を手渡され、子どもたちの合唱にも耳を傾けた。
終了後には一人一人に「どんな授業が好きですか」「学校は楽しいですか」などと声を掛けた。
https://this.kiji.is/548810837505639521?c=535843299845702753&s=t

ブダペストの日本人学校を訪れ、児童らとハイタッチされる秋篠宮家の次女佳子さま=23日(共同)
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佳子さま 初の外国公式訪問の日程終える あす帰国
9月24日 5時32分
秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは23日、
訪問先のハンガリーで日本語を学ぶ学生と交流するなどして、
初めてとなる外国公式訪問の日程を終えられました。
佳子さまは23日、ハンガリーの首都ブダペストにある国立大学を訪問されました。
この大学の日本学科には250人近い学生が在籍していて、佳子さまは、
日本とハンガリーの大学生活の違いについて日本語で発表する授業の様子を視察されました。
続いて学生たちとの懇談に移り、佳子さまが「よさこい踊り」を
世界に広げる活動をしているという女子学生に「日本にいらっしゃったことは」と尋ねると、
その学生は「高知に行ってよさこい祭りで踊りました」と答え、
佳子さまは「すごいですね。これからもよさこいの活動頑張ってください」と笑顔で応じられていました。
このあと佳子さまはハンガリーの作曲家 リストが設立した音楽大学「リスト音楽院」に足を運ばれました。
ここではおよそ40人の日本人留学生も学んでいて、佳子さまは留学生らによる
ピアノやバイオリンの演奏を鑑賞されました。
そして演奏を終えた留学生らに「毎日どれくらい練習されていますか」とか
「ご活躍を祈っています」などとことばをかけられていました。
佳子さまはこの日でオーストリアとハンガリーでの初めての外国公式訪問の日程を終え、
日本時間の25日帰国されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190924/k10012095771000.html


佳子さまが帰国
2019年09月25日15時19分
秋篠宮家の次女佳子さまは25日午後、オーストリア、ハンガリー両国への公式訪問を終え、
羽田着の民間機で帰国された。
両国では、大統領を表敬訪問したほか、外交関係樹立150周年を記念する夕食会などに出席した。
外国を公式訪問するのは今回が初めてだった。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092500851&g=soc


「温かい歓迎」に感謝=欧州訪問終え、佳子さま
2019年10月04日20時36分
秋篠宮家の次女佳子さまは4日、先月のオーストリア、ハンガリー訪問について、
「(外交関係樹立150周年という)記念の年に訪問できましたことを大変うれしく思います」
などとする感想を宮内庁を通じて文書で発表された。
「温かい歓迎とさまざまなご配慮」にも感謝の気持ちを表した。
佳子さまは、ウィーンの少年合唱団や国立バレエ団で日本人が活躍していることや、
ハンガリーの磁器会社のカップが30年以上にわたり大相撲の優勝力士に贈呈されていることにも言及。
日本との「交流促進に力を尽くしてこられた方々に、深く敬意を表したく思います」と結んだ。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019100401168&g=soc

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佳子内親王殿下 オーストリア及びハンガリーご訪問を終えられてのご印象
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/show/44#177

佳子内親王殿下
令和元年9月12日(木)
オーストリア及びハンガリーご訪問にあたりご参拝(賢所)
オーストリア及びハンガリーご訪問にあたり天皇皇后両陛下へご挨拶(赤坂御所)

令和元年9月15日(日) ~ 令和元年9月25日(水)
オーストリア及びハンガリーご訪問
令和元年9月15日(日)
東京(東京国際空港)御発 フランクフルト(フランクフルト・マイン空港)御着(ドイツお乗り換え)
フランクフルト(フランクフルト・マイン空港)御発 ウィーン(ウィーン・シュヴェヒャート空港)御着
令和元年9月19日(木)
ウィーン(ウィーン・シュヴェヒャート空港)御着 ブダペスト(ブダペスト・リスト・フェレンツ空港)御着
令和元年9月24日(火)
ブダペスト(ブダペスト・リスト・フェレンツ空港)御発 
フランクフルト(フランクフルト・マイン空港)御着(ドイツお乗り換え)
フランクフルト(フランクフルト・マイン空港)御発
令和元年9月25日(水)
東京(東京国際空港)御着

令和元年9月26日(木)
オーストリア及びハンガリーご訪問からご帰国にあたりご参拝(賢所)
オーストリア及びハンガリーご訪問からご帰国にあたりご参拝(武蔵野陵及び武蔵野東陵(八王子市))
オーストリア及びハンガリーご訪問からご帰国にあたり天皇皇后両陛下へご挨拶(赤坂御所)
http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/3?quarter=201903



文仁親王殿下お誕生日に際し(平成28年)

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成28年)
文仁親王同妃両殿下の記者会見
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/6
会見年月日:平成28年11月22日
会見場所:秋篠宮邸


問1 殿下にお伺いします。天皇陛下は8月,「象徴としての務め」についてのおことばを表明され,
高齢となった天皇のあり方についてのお考えを示されました。
表明に至るまでに,殿下はこうした天皇陛下のお考えをいつどのような形でお聞きになり,
実際に表明されたおことばをどう受けとめられましたか。
今後,天皇皇后両陛下にどのようにお過ごしになっていただきたいかというお考えもあわせてお聞かせください。

殿下
今年の8月8日,天皇陛下のお気持ちの表明がありまして,
当日は家族全員でその時間テレビで流れた映像を見ました。
このお気持ちについて,いつ,どのような形でということですが,
これは私自身,いつだったかという,はっきりしたこの時という記憶はありません。
ただ,かなり以前のことだったと思います。
また,どのような形というのも,何かあるときそういう機会をもって話を伺うということではなく,
折々にそういう考えがあるということを伺っておりました。
それで今年,陛下がそういうお気持ちを話されたわけですけれども,
即位されてから,陛下は象徴というのはどのようにあるべきかということをずっと考えてこられてきたわけです。
その一方で,ご自身が考えている象徴としてのお務めが,
高齢になってそれが果たせなくなる時が来るだろうということも考えておられました。
そのようなことから今回のお話になったわけですが,
そのお気持ちをできるだけ多くの国民にも知ってもらいたいという考えを持っておられましたが,
その一方でやはりこれは憲法にも関係することですし,非常に慎重な対応をしないといけないわけです。
そういうことからお立場の責任もありますので,宮内庁長官を始めごく限られた人たちで,
随分そのことについて相談をされ,
そして内閣の了解も得てお気持ちを表されるということに至ったと私は理解しております。
私自身としては,長い間考えてこられたことをきちんとした形で示すことができた,
これは大変良かったことだと思いますし,
話されるにしても様々な制限がある中で,最大限にご自身の考えを伝えられたのではないかと考えております。

(記者に質問を確認されて)もう一つありましたか。

記者
今後両陛下にどのようにお過ごしになっていただきたいか。

殿下
今,それこそ有識者の議論が続いておりますので,
そのこととは全く切り離して,ということでお話ししたいわけですが,
私はやはり以前もそれに少し関連したことを話したかもしれませんが,人間ある一定以上の年齢になった,
つまり高齢になった場合には,若くて実際にフルに活動ができていたときにはできないことも多々あるわけですので,
できるだけある年齢以上になったら,今までやってみたいと思っていたこと,
そういうことをできるだけする時間が取れたらいいなと思っております。
例えば,若い頃からずっと続けてこられたハゼの研究であったり,音楽であったり,
その他,これは私が「こういうこと」と決めてしまうものではありませんが,
そういうものをできるだけ時間を取って過ごしていただけたらいいな,と思っております。
そして,やはり何と言っても,お身体からだを大切にして過ごしていただきたいなと思います。


問2 殿下にお伺いします。今後の皇室や公務のあり方について,
政府は有識者会議を発足させ,議論を進めています。
天皇陛下に代わって皇太子さまが即位された場合,
皇位継承順位は殿下が第1位に,長男の悠仁さまは第2位になられる一方,
皇太子が空位となります。皇族方の減少や高齢化が進むなか,
殿下は皇室の現状や将来のあり方,ご自身の活動についてどのようにお考えでしょうか。

殿下
皇室の構成は天皇及び皇族になるわけですが,現状からすれば高齢化,
そしてまた今は女性の皇族が非常に多く,結婚すれば皇族ではなくなります。
そういうことから,今の活動をそのまま今後も,なかなか表現としては難しいのですが,
その量を同じようにできるかというと,私はそれは難しいと思います。
ということはやはり,その何年後とかいうことは全く除外して,将来的にその時にいる,
それからまた活動ができる皇族ができる範囲で公的な仕事を行っていくということになるのではないかと思います。
そして私自身も今まで,例えば高齢になった方や,
薨去された方がしておられたお仕事を引き継いだものもあることはありますけれども,
数としては決して多くはありません。ですから,これから先私の活動がどういうふうになっていくかということは,
今の段階ではまだ自分の中でも分かりません。
一方,将来の皇室の在り方というのは,これ自体はやはり制度にも関わることになります。
そのようなことですので,今私から将来の在り方ということについてお話をすることは控えたいと思います。


問3 両殿下にお伺いします。悠仁さまが10歳の節目を迎えられました。
10年間を振り返り,成長ぶりや現在の関心事,中学校以降の進学先など今後の教育方針についてお聞かせください。
また,皇位継承者として悠仁さまのお立場が注目されていますが,これから学び経験してほしいことや,
皇統に連なる悠仁さまの教育について天皇陛下から示されたお考えがあれば,あわせてお聞かせください。

殿下
私が先に話しましょう。長男が今年の9月で10歳になりまして,その成長ぶりがどうかということですけれども,
毎日のように接していると,成長というのが連続的ですので,なかなか私自身は分からないところがありますが,
最近は以前に比べて,一緒に話しているときの話題というかテーマが増えたなという印象があります。
例えば1年前,もうちょっと前くらいですかね,長男の好きな虫の話であるとか,そういうことが多かったわけです。
それが少しずつ今度は,そういうものが生息する環境について,
どういう環境がふさわしいかとか,そういう話が出るようになってきました。
一方長男は,彼が知らない時代,少し前の時代の人々の暮らしとか道具とか,そういうものにも関心があるようで,
よくそのことについて私に聞きに来ることがあります。例えば身近な話題で言うと,
長男が知っているのはほとんど,例えば写真機などはデジタルの時代です。
スチールもそうですし,ムービーもそうですけれども,
ただそうすると今度はフィルムの頃のことに関心が出てきているようで,
それで私も若い頃そういうのを好きだったもので,実物も持っていますので,
そういうものを見せながら,例えば今であればかなり長時間映像を撮ることができるけれども,
昔だったら家庭で使うものが本当に3分くらいしか撮れなくて,それをつなぎ合わせて編集してという,
そういう作業をして一本のストーリーにしたんだというようなことを,
実際にやるわけではないですけれども,昔のものを見せながら話をするなど,
そういうことが随分増えてきたように思います。

(妃殿下にお向きになって)そのほか何かありますか。

妃殿下
(殿下にお答えして)いつ頃だったでしょうか。
何か宮様が大学生の時に聴いていらっしゃった音楽のテープを見つけて・・・。

殿下
カセットじゃなくて。

妃殿下
(うなずきながら)カセットテープですね。

殿下
カセットテープ。CDとかではなくてカセットテープ。

妃殿下
はい。

殿下
それでまた音の違いなどを認識したりして,まずそれを楽しんでいるのですが,
そういうようなことが,私からすると大分話が広がってきたなというふうな,
ほかにもまだありますけれども,印象としてあります。

(記者に質問を確認されて)それから,今幾つかあったので。その都度言っていただくと。

記者
皇位継承者として悠仁さまのお立場が注目されている中で,
これから学び経験してほしいこと,それから陛下から示されたお考えについてお聞かせ願います。

殿下
学び経験してほしいこと,若干自分自身のこととも重なるのですが,
私は割と若い頃,比較的日本の各地いろいろな所に行って,
そこの土地土地の文化に触れるという機会がありました。そのことは今,意外と私自身のふだんの生活というか,
ふだん人と接したり,外国に行ったり,海外からお客様が来てお話ししたりするときに,
意外と役に立っているんですね。
それでいろいろな場所を見ることによって,それぞれの地域の文化の非常に近い点,
それから異なっている点など,これを理解できるようになって,
もちろんちゃんと理解しているかというと怪しいのですけれども,ある程度は分かることができて,
それは私自身にとって非常に良かったなと思っております。
そのようなことから,できれば長男にも,もちろん海外も大事ですが,
日本の国内のいろいろなその文化に触れる機会を持ってもらえたらいいなと思いますし,
またそれも含めて,幅広い事柄に関心を寄せてくれたらと思っております。

記者
悠仁さまの教育について陛下から示されたお考えがあれば。

殿下
それほど多くはありませんけれども,これは私と家内で共通しておりますけれども,
(陛下から)言われたこととして,きちんとした社会生活を送れるような子になってほしいと,
それがまず第一だということを言われたことがあります。

(妃殿下にお向きになって)あなたの番だね。

妃殿下
はい。長男の悠仁は,早くも10歳になりました。誕生してから段々に成長して,
今は自分で考えて行動するようになり,少年になったと感じております。
小さい時から昆虫に関心を持っていた長男は,様々な生き物が暮らせる環境を作りたいと考えるようになって,
お米作りをよく知っている方から教えていただき,小さな田んぼを作り始めました。
こうして長男は,例えば,この春には,
「今度の休みの日に田植をするから,9時半頃に来てね。」と誘ってくれました。
当日,9時半頃そこに行きますと,長男は準備して待っていてくれました。
以前は,私が長男に「そろそろ幼稚園に行く時間ですよ。」と言っていましたのが,
今は自分が決めた目標を達成するために計画を立てて,
そして私たち家族に協力してくれるようにお願いして,そのような姿を感慨深く思っております。
また,「田んぼに,ヤゴがいたよ。」とうれしそうに教えてくれたり,
「もうじき稲の収穫時期だから,その時にまた手伝ってね。」と声をかけたりしてくれました。
学校では,生徒がお互いの話に耳を傾けながら自分の意見を述べていくという時間があります。
家でも,娘たちが話しているときにそばで「うん。うん。そう思う。」と相づちを打ったり,
また「それはこう思うよ。」と自分の考えを述べたりするようになりました。
先ほど宮様が話されましたように,昔の暮らし,そして,
特に昔の子どもたちの学校生活や遊びについても関心を持っています。
私たちの小学校時代のことを聞いてくることもあります。
例えば,給食はどのようなものだったとか,いろいろとあります。
それから,今後のことにつきましては,長男の成長を見守り,丁寧に見極めつつ,
よく話し合って柔軟に考えてまいりたいと思います。
これからも,学校の学びや経験を大事にしながら,人との関わり合いの中で,
相手の気持ちを思ったり,自然の中で体験をしたりなどを通して,
様々な可能性が育っていくように願っております。

殿下
(記者に質問を確認されて)何か今言い忘れてないですか。私が質問に何か答えていないことがありましたか。

記者
悠仁さまのご進学について。

殿下
家内が今,今後のことは柔軟に考えてというふうに話しましたが,
私もこれは選択肢がいろいろとあろうと思いますので,
本人の適応性その他も含めてですね,柔軟に考えていきたいと思っております。


問4 両殿下にお伺いします。眞子さまは数多くの公務に取り組まれる傍ら,
特任研究員としての勤務,大学院へのご入学など,研究の面でも新たな一歩を踏み出されました。
佳子さまは,この1年は国際基督教大学での学業とともに,公務にも取り組まれています。
お二人の近況をお聞かせください。将来的に皇族の減少が懸念される中,
親としてお二人の結婚や将来の活動についてどのようにお考えになっているかもお聞かせください。

殿下
近況は多分私よりもこちらの方がよく知っていると思いますので,
(妃殿下の方を向かれながら)あなたからにしてください。

妃殿下
この1年をふり返りますと,長女の眞子は,昨年の12月に初めて外国の公式訪問をし,
エルサルバドルとホンジュラスを訪れて,
今年の9月にはパラグアイを訪れました。それぞれの国で温かく迎えていただいたと,
長女は帰国してから話してくれました。
また,今でもそれぞれの国で出会った方々との思い出を大事にしているようです。
博物館での仕事や大学院での勉学がある中で,外国訪問や国内の行事に出席する前にも,
関係者からお話を伺ったり,挨拶文を丁寧に考えたりして,時間をかけて準備していました。
求められているこうした務めを一つ一つ心を込めて,誠実に果たしているように思います。
次女の佳子は,大学生として様々な分野の学問にふれ,勉学に取り組んでいます。
大学が休みのときは,公的な行事に出席しています。
今年の9月には,全国の高校生が参加する行事に出席するために,次女は鳥取県を訪問しました。
10月に地震があって,次女が訪れた倉吉市などの地域も被害にあい,心配をしている様子でした。
その後,長女が鳥取県の米子市で開催された行事に出席した折に,被災された方々にお会いしてお話を伺い,
長女が東京に戻りましてから自分の妹にその話をしていました。

殿下
近況については,かなり重なってしまうことが多いかなと私は思いますけれども,
長女は博物館での仕事をしつつ,大学院の博士課程に入ったわけですが,
その前の時期,つまりイギリスにいた辺りから,大分自分がやってみたい対象というのが,
まだうんと絞っているわけではないと私は思いますけれども,頭の中に描けるようになってきたように思います。
そんなにふだんよく話すわけではありませんが折に触れて,
私も同じ博物館に所属していることもあるわけですけれども,
そういうことを話す機会があります。
また次女については,家内が話したとおりですけれども,大学の授業,そしてまたかなり課題も多いのでしょうか,
一所懸命に取り組んでいるなという印象があります。
まだ他にもありましたでしょうか。

記者
お二人の結婚や将来の活動についてのお考えもお願いいたします。

殿下
考えてみますと私たちも比較的若くて結婚して,今の長女の年齢の時には,
つまり私が25歳の時に長女が生まれていますし,
それから3年後に次女が生まれています。それで今,もうじき51歳ですが,
比較的自分が若いうちに子供もある程度の年齢になっていることから,
何と表現していいのか分かりませんけれども,ある意味大人としての話を楽しむことができているように思います。
これは悪いことではないなと思います。ただこれは人それぞれ考えも違いますので,
私は結婚については娘たちの意思をできる限り尊重したいなと思っております。
それから将来の活動については,将来というのはもうすぐ先も含めて将来になるわけでしょうが,
これからも活動の幅が広がるかもしれませんけれども,
今は頂いた仕事を一つ一つ真摯に務めていってくれればいいなと考えております。

妃殿下
質問の答えの順序が少し変わりますが,将来のことを含めて,これからの活動ということになりますと,
娘たちが一つ一つの公的な務めを大事に果たしつつ,自分の判断を大事にして,
経験を積み重ねていってほしいと考えています。
そして結婚については,娘たちの気持ちや考えを大事にしたいと思います。


問5 両殿下にお伺いします。この1年を振り返り,殿下の印象に残っている出来事とご感想をお聞かせください。
妃殿下は9月に50歳を迎えられましたが,ご心境や今後の抱負などについてもお聞かせください。

殿下
この1年ということですけれども,今朝ほども福島県で大きな地震があり,
津波の警報・注意報が出ております。
私もこの(記者会見の)ちょっと前もニュースで見ておりました。今日のこともそうですが,
熊本でも4月に大きい地震がありましたし,それから先ほど家内が申しましたように鳥取の地震があり,
そしてまた台風10号による大きい被害がありました。
これはなかなか予測できないこともあるのだろうと思いますけれども,
こういう自然災害のときの防災,それから減災の重要性というのをやはり非常に感じた次第です。
それに関連することになりますけれども,私は熊本県に6月の初めに参りました。
目的は,熊本にある済生会病院を訪れて現地での当時の患者さんの受入れの状態や様子,
それから現に病院の職員も被災しているわけですから,その時の様子などを聞いて施設なども見学したのですが,
その時に印象に残ったことがありました。それは,本震が4月16日に起こってから上水道が使えなくなって,
これは病院にとっては非常に大変なことで,水の確保が大変なことになるわけですけれども,
その時に熊本の済生会病院は地下水をくみ上げて,
つまり井水を利用して,これは通常から使っていたらしいのですね。
その貯水槽も破損はしたのですけれども,全部が破損したわけではなくて,
残って大丈夫だったところもあり,それがかなり有効に働いて,
特に透析の患者さんとか何回も対応ができたという話を聞きました。
確かに大きい地震とかがあった場合に断水ということは必ず出てきますし,
そういうときに改めてそういう地下水,井水を利用することの大事さというのは
もう一度やはりそういうことができる場所であれば考えてみる必要があるのだなということを強く感じました。
熊本に私は短時間しかおりませんでしたけれども,
町の中で一たび地震があると大変な被害が起きるということを今回も実感しまして,
建物の耐震など,そういうことを常日頃から考えておくことが大事なのだなということが印象に残りました。
それからもう一つ,これは東北の震災復興と関係がありますけれども,
宮城県で「東北子どもまちづくりサミット」というのがありまして,
これはセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが行っている活動です。
東日本大震災が起こった年からそれが始まっていると聞きましたが,
もちろん当時小学生高学年だった人も今は高校生くらいになっていますが,
それを毎年のように,もう7回目でしたか,行っていますが,自分たちの住んでいる地域,町づくりに積極的に,
そういう児童・生徒,その年代の人たちが参加し,その人たちの視点でもって,
それを提言していくということを行っておりますが,
その発表を聞きながら,私たち大人が思っている以上に,考えている以上に,そういう若い世代,
子どもたちがきちんとした意見を持ってそういうものに積極的に参加し,
取り組んでいるということに大変感銘を受けました。
そのほかいろいろなことがありますが,今年も非常にうれしい話としては,
ノーベル生理学・医学賞に大隅教授が決まったということが挙げられますし,
それによって基礎研究の大事さということが多くの人に伝わったのではないかと考えます。
また,昨年私たちも行きましたリオデジャネイロでオリンピックとパラリンピックが開催されて,
日本人が多くメダルを取り,また入賞したということ,これも大変喜ばしいことだと思います。
一方これは大変残念なことですけれども,今年の10月13日に
タイ国のプーミポンアドゥンラヤデート国王陛下が崩御になりました。
私は1992年にお目に掛かって以来,幾度となくお訪ねし,またお招きいただいてお会いする機会がありましたが,
私がタイで行ってきた活動などを非常に温かく見守って,
時にはサポートしてくださっており,私は大変その点で有り難く思っております。
近年はお身体からだの具合が悪くてタイに行きましてもお会いする機会がここ何年かはなかったわけですが,
またご挨拶できればと思っておりましたけれども,崩御ということになり大変残念に思っております。
そして,その後10月27日に三笠宮殿下が薨こう去になりました。
妃殿下のお悲しみいかばかりかと察するところでありますけれども,
三笠宮殿下にはうちの子どもたちの帯親になっていただいたり,その他いろいろなところでご縁があり,
100歳という高齢であられましたが,残念なことであり,また皇室にとっても大きなことだったと考えております。


記者
妃殿下は9月に50歳を迎えられましたが,ご心境や今後の抱負などについてもお聞かせください。

妃殿下
今年の9月の誕生日に,一つの大きな節目を迎えることができました。
両陛下を始め,今までに温かく見守ってくださり,支えてくださった方々に感謝の気持ちを抱いております。
この50年の日々を思い返しますと,幼少からの懐かしい思い出とともに,
多くのお話を伺い,経験を積み重ねる中で世界が広がってきたと思っております。
また,いろいろな課題がまだありますが,宮様に教えていただきながら始めた公的な務めや子育て,
趣味などでの出会いやつながりのおかげで,心の温かさや心の豊かさにふれることが度々ありました。
そして,様々な方から,命を育み守ることの大切さが伝わってきました。
この年齢になり,互いに気持ちが通じ合うことを感じながら生きていることをありがたく思うことが多くなりました。
今後につきましても,様々な公的な行事や活動に心を尽くして務め,
関心を持っている分野においても更に学びを深め,
視野を広げてまいりたいと考えております。
また,家族と過ごす時間を大事にしながら健康面にも気をつけていきたいと思っております。



関連質問 殿下にお伺いいたします。天皇陛下の象徴についてのお務めに関するお言葉なのですが,
非常に簡略化して申し上げますけれども,
象徴天皇というのは国民のために活動を続ける,それこそが象徴のお姿であると,
そのように私は受け止めておりますけれども,
一方でそれは天皇の本来の姿ではないと,
天皇というのは存在するだけでいいんだという意見の方もいらっしゃいます。
これに関して殿下のお考えはいかがでございましょうか。

殿下
いろいろな意見があると私は思います。現在の天皇陛下が活動していく,活動はいろいろなことがあります。
例えば大きい災害があったときにそこにお見舞いに行かれることもそうでしょうし,
その他もろもろのことがあります。
私はやはり,いろいろな意見はありますけれども,今現在陛下が,先ほどお話ししましたように,
象徴というのはどういうふうにあるべきかということをずっと模索し,
考えてこられたその結果であるだろうと考えています。
なかなかそれ以上のことは言うことは難しいですけれども,
やはり天皇になられてからのその日々の中でずっと考えてこられて,
今のような考えになられたと私は思いますし,私もそのお考えは,なかなかいい言葉で言えないですけども,
私もそのお考えに非常に同じような気持ちを持っております。

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文仁親王殿下お誕生日に際し(平成23年)

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成23年)
文仁親王同妃両殿下の記者会見

会見年月日:平成23年11月22日
会見場所:秋篠宮邸
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h23.html

問1 両殿下にお伺いします。今年は,未曾有の被害をもたらした東日本大震災が発生し,
さらに台風被害が相次ぐなど,自然災害で多くの国民が犠牲になりました。
東日本大震災では,両殿下も各県の被災地にお見舞いに行かれ,
眞子さまも夏休みに被災地でボランティアをされたと聞いています。
被災地のお見舞いで印象深かったことや,今後どのように被災者に心を寄せていかれるのかについてお話しください。
大震災の発生当時,ご家族がどのようにお過ごしだったか,
こうした大きな災害があった際の皇室の役割についても,お考えをお聞かせください。

殿下
3月11日に東日本大震災が発生し,多くの人々が亡くなり,
また行方不明になり,そして今でも大変多くの人たちが困難な生活をしております。
震災が起きてしばらくしてから,私たちも最初は被災地ではなく,
被災者で東京を始め他の県に避難している人たちのところへお見舞いに参りました。
その後,被災地の方へと行ったわけですけれども,今回の被害が非常に広域にわたっているということから,
まず,被災地の中でもどこに私たちが行くべきかということを考えました。
そして,こちら二人(両殿下)が何らか縁のある場所,縁のあるというのは,
その地域に縁えにしあるということもありますし,また,二人とも幾つかの団体に関連しておりますので,
その関連する団体に関する,そういうところを中心に行こうということになりました。
そして,東北地方を回ったわけですけれども,印象に残っていることと言えば,私はやはり,
それまでテレビなどの報道を通して流れてくるニュースはもちろん見ていたわけですが,
実際にその場所に行って目の当たりにすると,
私たちが行きましたのは震災からしばらく経たってからのことではありますけれども,
いまだに倒壊した家屋がたくさんあり,
その当日の被害の大きさというものを改めて実感しました。そのことが最初に強く印象に残ったことです。
また,そういう大変な状況の中にあって,私たちが接した人々というのは,
本当に限られた僅かな人たちですけれども,
その人たちが非常に前向きな姿勢で一日一日を過ごしているという印象を持ちました。
さらに多くのボランティアの人が活動している場面にも接しましたし,
自衛隊員の人たちが作業をしている場面を見かけることもありました。
非常に多くの人たちが,震災に対して誠意を持って接している,
手伝いをしているということが印象に残っております。
そして,もう一つ,私の印象として強いものは,私は1990,多分99年でしょうか,
今回大きな被害のあった岩手県の大槌町に大学(総合研究大学院大学)のプロジェクトの研究会で行きました。
そして,それから3年後,2002年に今度は,確か,
「自然と共生するまちづくりシンポジウム」だったと思いますけれども,
シンポジウムのパネリストとして行っております。その折には,家族も途中から合流しておりますが,
今回,大槌町と山田町に行きましたときに,そのシンポジウムのときに会ったとか,
シンポジウムに自分も参加していた,
そういう人たちが非常に多かったことに私自身も驚きました。これだけ多くの人たちと,その場所において,
同じ空間で,同じ時間を過ごしていたということを改めて認識しましたし,
その人たちにも再び会えたことをうれしく思いました。
その次は,被災者の方々にどのように心を寄せていくか,ですか。
やはり,今回の震災(の復興に向けた取組)は非常にこれから時間もかかり,長期的なものだと思います。
したがいまして,長期的な視野で今後の復興を見守っていきたいと思いますし,携わっていきたいと思います。
そして,末長く被災された方々に心を寄せていきたいと考えております。
また,ちょっと質問と順番が変わるかとは思いますが,
こういう大きい災害が起こったときの皇室の役割についてですけども,
私は皇室の役割,それから,私でも家内でもいいのですが,皇族個人の役割,
その二つは少し分けて考えた方がいいように思います。
皇族である個人の役割というのは個人によって違ってくると思いますし,
それぞれのやり方があると思いますけれども,
皇室の役割ということになりますと,先ほど申しましたように,
被災した地域の復旧・復興を長期的な視野で見守っていくことであり,
被災者に対しても末長く心を寄せていく,そういうことではないかと思います。
3月11日のその日,地震が起きた時は,私たちはちょうど来客中でありました。
最初,それほど大きくない揺れでしたですね。
ただ,ずうっと揺れが続いて非常に途中から大きくなってきたものですので,
私たち二人と話をしていたお客さんと一緒に一時いつとき,外へ避難いたしました。
(妃殿下を振り向かれて)私だけか。

妃殿下
(殿下をご覧になって)私は子どもの様子を・・・

殿下
(妃殿下をご覧になって)ああ,そうだ。私とお客さんは外に出まして,
家内は子どもたちが家の方におりましたので,そちらの方の様子を見に行きました。
そして,しばらくしてから部屋に戻ったわけですけれども,
その後は基本的にニュースを見ながらそのときの状況を知ろうとしておりました。
私からは以上です。

妃殿下
今年は国の内外で,規模の大きい自然災害が起こり,心の痛むことの多い年であったように思います。
ご質問が幾つかございますが,(少しお考えになって)私の場合は,地震が起きた当日のことをふり返りながら,
少し順番は変わるかもしれませんが,当時のことをふり返りながらお話をさせていただいてもよろしいでしょうか。
(記者の同意を得て)3月の11日,震災当日,先ほど宮様がお話しされましたが,
私たちは宮邸におりまして揺れを感じました。
状況を把握するために,ニュースを見たりしながら過ごしておりましたけれども,
報道から非常に規模の大きい地震,津波,
そしてその後に原発事故と複合した災害によって,多くの尊い命が失われ,
また,行方不明になられた方々,大切なものを多く失った方々がいらっしゃって,
たくさんの方々が,本当に私たちでは計り知れない深い悲しみと
強い不安を持ちながら過ごしていることを知りまして,胸が塞がる思いがいたしました。
こうした災害時において,宮様もお話をされましたが,被災された方たちのこと,
困難な状況にある方たちのことに対して思い続けていく,
心を寄せていくことは(皇室の役割として)非常に大切でございます。
震災後,宮様と一緒に私は,被災状況をなるべく理解できるようにと思い,関係者からお話を伺いました。
また,それとあわせて避難所や被災地の学校,施設を訪れました。
少し宮様が話されましたことと重なりますけれども,
訪れた場所は,私たちが以前から関わっている団体が活動している地域を中心に参りましたが,
訪れた先では,大変困難な状況の中であってもお互いに助け合い,
支え合いながら生きている人々の姿を目の当たりにして,
私たちが大きな力を頂きましたり,勇気づけられることも度々ございました。
また,この震災では国の内外から本当に多くの心温まるお見舞いや励まし,そして支援が行われてきました。
自分に何ができるかしらと思われた方も多くいらしたと思います。
大きな団体や組織,それから学校から個人のレベルまで様々な形で,
被災地,そして被災者に対して献身的な支えをしている人々の姿が多くございました。
私が携わっております結核予防会も,震災直後から委員会を立ち上げまして,被災地の人々の健康を案じ,
医療機関と共に連携しながら被災地での医療,そして健康支援を夏まで行いました。
宮様と訪れた場所でも,結核予防会の活動を見せていただき,お話を伺わせていただいたところもございます。
また,母子愛育会という私が昨年の10月から携わっている団体も,子どもたちのための支援活動を行っております。
大震災から8か月が経たちまして,時が過ぎても,被災地で暮らす人々,住み慣れた土地を離れて暮らす人々,
そして,大変な生活を余儀なくされている人々に心を寄せながら,思い続けながら,
人々の心身の健康や子どもたちの成長を長期にわたって見守る活動などを,
これからも関わっていくことができればと思っております。

殿下
(妃殿下のご回答をお聞きになった後,妃殿下をご覧になって)印象に残ったことは。

記者
お願いします。是非。

妃殿下
(少しお考えになって)印象に残ったことは,先ほどお話ししましたことと重なりますが,
被災された方々とお目にかかり,お話を伺わせていただく中でも,
ご自分たちが非常に厳しい,大変な状況で過ごしていらっしゃるにもかかわらず,
私たちが伺ったことに対してお礼の言葉や優しい言葉をくださったり,
(少しお考えになって)いろいろな方と出会い,
そして,いろいろな方の思いを伺わせていただきながら,多くのことを感じ,
また,その時を大切に思いましたことです。
被災地では,子どもたちが私たちに,夏ですから団扇うちわとか,ビーズで作った腕輪など,
(殿下を振り向かれて)それから風鈴もございましたか。
それは宮城県の小学生が作った・・・

殿下
(妃殿下をご覧になって)そうですね。

妃殿下
子どもたちの手作りの作品や大切に育てられたお花を頂きましたり,手作りの「まけないぞう」でしたかしら,
被災されたご婦人方がタオルで作られたかわいい象を贈物として頂きましたけれども,
そういう物も手元に置きながら,宮様そして子どもたちと共に,
今年起きた大震災について思い続けたいと思っております。
また,私は先週も東北地方を訪れておりましたけれども,そのような中で,
地域地域の皆さまそれぞれのつながりがあり,
また,強い絆きずなを持って過ごしていらっしゃることを改めて感じました。
それぞれの方が今,時間の経過とともに生活も様々でいらっしゃっていて,
その中でこれから寒さも厳しくなって,健康の面でも案じることがいろいろとございます。
(しばらくお考えになって)何か話がまとまりませんけれども。(殿下を振り返られて)

殿下
(妃殿下をご覧になって)じゃあ,ちょっとまとめるね。
やはり,私が思いますに,いろいろな機会に,ここ何箇月かの間に被災地を訪れています。
私たち二人もそれから娘たちも行っておりますが,
これからだんだん復興に向かっていくその過程で物理的に何かをするのは難しいこともありますけれども,
何らかの形で携わりながら見守っていきたいなと思います。

妃殿下
(殿下をご覧になって)ありがとうございます。

問2 両殿下にお子さま方について伺います。
(1)今年は,眞子さまが成年皇族として新たな一歩を踏み出されました。
眞子さまが成年を迎えられた感想はいかがでしょうか。20年間の思い出とともにお聞かせください。

殿下
私たちが結婚したのが1990年で,眞子が1991年に生まれました。
私たちが今まで21年間,娘が生まれてからだと20年間ですが,
この時間というのは割とすーっと過ぎて,余り時の経過を感じないように思うわけですけれども,
生まれた子どもが20歳になる,その成長を考えると,
やはりそれ相応の時間が経たったのだなという感じがいたします。
20年間の思い出と言いますと,私はそんなに娘と遊んだりとかはしなかったのですけれども,
やはり,二人でどこかに行ったということが印象に残っております。子どもの頃に水族館に連れて行ったこととか,
神宮の次期式年遷宮がありますけれども,その関連行事の御木曳おきひきに二人で行ったこと,
それから,海外も2回ほど二人で行きました。海外にはマダガスカルとラオスに行ったわけですが,
やはり一緒にいる時間が長い分,例えば長いドライブをしている間とかに,いろいろ話をしたりしました。
そういうことが,私の記憶にはよく残っております。比較的いろいろなものに興味を持つ子なものですから,
どちらかというと父親の興味に付き合ってくれていると,合わせてくれているというところもありますけれども,
そのようにして二人で行ったいろいろなところのことが,良い記憶として残っております。

妃殿下
小さかったと思っておりました長女の眞子も,
いつの間にか成長して20歳を迎えましたこと,感慨深く思っております。
小さいときのことをふり返りますと,眞子は本を読むこと,
それから絵を描くことや外で元気に遊ぶことが大好きでした。
どのような思い出があるかとふり返りますと,たくさんございまして,
宮様のように具体的にどれにしようかと悩んでしまいますが,
普段の生活の中で,とても元気に楽しいことをたくさんしてくれた娘のように思います。
一緒に外で遊んだり,本を読んだり,お菓子を作ったりなど,
一つ一つ小さなことですけれども,私にとりまして,とても大事な思い出になっています。
この20年の流れは,ふと今日感じましたことの中に,長男の悠仁と本を読んでおりましたのですが,
その本が実は眞子が小さいときに読んでいた本でございました。眞子と一緒に読んでいた本で,
表紙も大分読み込まれたようなものでしたけれども,それを手に取って悠仁に読んでおりました時に,
小さい頃から本が大好きだった娘の思い出が蘇よみがえってきました。眞子と一緒に読んでいた本,
又は,眞子が読んでいた本を次女の佳子が読み,今は悠仁が読んでおりまして,
何かそのように一つの本が大事に読み継がれていくのをうれしく,また,時が経たっていることを感じました。
先ほど,小さかったと思っておりました娘がと言いましたが,随分大きくなったという印象もございます。
どういうところでそのように感じるかと申しますと,
例えば,日々の生活で私がいろいろな務めや用事で慌ただしくしておりまして,
いつの間にか肩に力が入り過ぎたりしたようなときは,
緊張をほぐすためにでしょうか,面白い話をしてくれます。
また,これは私が小さいときからそうなのですが,時折,話すテンポが,子どもたち,
(殿下を振り向かれて)宮様からも遅れてしまうことがございまして(一同笑い),
そういうときには,さりげなくフォローする言葉をかけてくれまして,私も大変助かります。
娘が20歳を迎えましたが,その成長の過程では,両陛下が初めての孫としても,いつも優しく見守ってくださり,
また,私が子どもを育てる上でも,多くのことを教えていただきました。
今日まで娘を温かく見守ってくださった方々に感謝しますとともに,また,これからの日々,
娘そして(殿下を振り向かれて)家族と共に充実した日々を過ごせるようにと願っております。

(2)成年皇族として,どのような姿勢でご公務に臨まれるようにお話をされているでしょうか。

殿下
私は,何か公的な行事を依頼された場合には,せっかく頂いた機会ですので,
それを一つ一つを大切に一生懸命務めるようにと申しております。

妃殿下
成年として,公的な活動に携わっていくようになりますが,この前,ブータンの国王王妃両陛下をお迎えする,
(殿下を振り向かれて。殿下うなずかれる)歓迎申し上げる宮中晩餐会に出席させていただきました。
成年を迎える前のことを少し思いますと,宮様と私は,娘たちと共に,例えば全国高等学校総合文化祭や,
少年の主張全国大会など,娘たちと同年代の人たちが参加する行事に出席して,
またその行事についての説明を一緒に受けて理解を深めるよう心がけておりました。
これから一緒に出席する行事がどのくらいあるか分かりませんが,一つ一つ携わらせていただくお務め,
行事など,その経験を大事に積み重ねながら,
また,様々なことを学びながら良い務めを果たしていけるように願っております。
また,公的なお務めをさせていただく中で,娘は今,他の学生と共に勉学に励み,
また,クラブ活動に参加して,若くて爽やかな学生生活を送っていますが,宮様のときもそうでいらしたと思いますし,
また,他の皇族の方も,学生生活に重きを置きつつ,公的な活動に携わられていらしたと伺っておりますので,
娘もいろいろと考えながらお務めしていくことになると思います。

(3)また,眞子さまのご結婚についてのお考えをお聞かせください。

殿下
(微笑まれながら)彼女が,この前会見で,
父親が自分の年齢のときには既に結婚のことを考えていたようだけれども,
自分はまだそういう考えはないと確か言ったと思います。確かにそれはそのとおりですし,
私たちも割と早く結婚しましたけれども,これはあくまでも本人次第ですので,
考えというのは今のところ私には,特にありません。

妃殿下
宮様と同じように,結婚についても,本人の気持ちを大切にしたいと思っております。

(4)佳子さまは来年,高校3年生に進級されます。進路についてどんな話し合いをしていらっしゃいますか。

殿下
私も時々次女と進路については話すことはあります。ここで具体的なことはお話しできませんけれども,
娘なりに恐らく真剣に今後の進路のことについて考えていると思います。

妃殿下
次女の佳子は今高校2年生でございます。中学に比べますと高校の授業は選択科目が増えまして,
自分の関心や興味を深める機会が多くなっているように思います。これからの進路については,
長女の眞子のときと同じように娘の考えや希望を聞きながら,
少しずつ具体的に詰めていく過程を見守ってまいりたいと思います。

(5)悠仁さまは5歳になりましたが,日々どのような教育方針で接していらっしゃいますか。

殿下
去年おととしくらいでしたか,教育方針ということについて質問を頂きましたが,
私は基本的にそのときと同じ考えで,
これから幼稚園,今,年中組ですけれども,年長組それから小学校,中学校,高等学校と進んでいく中で
きちんと社会生活を送れるようになってもらいたいなと思っております。
また,そういう中で,ある時期になれば自分の立場もきちんと認識しなければいけませんけれども,
それとともに自分が関心を持っていることを伸ばしていってくれたら良いと思います。
ただ,やはり若いうちというか子どものうちというのは,できるだけ広くいろいろなものに触れておいた方が,
裾野が広がると言いますか,よろしいと思いますので,
そういう方向に,サジェスチョンのようなことができれば良いかなと思います。

妃殿下
教育方針についてですが,確か一昨年,それ以前にもお話ししましたように
基本的な生活習慣や身につけるべきことは年齢に合わせてございますので,
大切に学べるように心がけたいと思いますし,先ほど宮様もお話しされましたけれども
幅広い経験を重ねていくことも大事だと私も思いますので,
生活の中でそのような機会を考えたり,環境を作っていくことができたらと思います。
毎日,元気に幼稚園に通っており,集団生活の中でお友達と一緒に遊ぶことで喜びがあり,楽しみがあり,
また,様々な経験をすると思いますし,幼稚園から戻ってきてから,
あるいはお休みの日に,悠仁が関心を持っていることやしてみたいことができるような
機会を作っていくことができたらと思います。

(6)悠仁さまのご成長ぶりや,眞子さま,佳子さま,
また年齢の近い愛子さまとのふれあいについてエピソードをお聞かせください。

殿下
そうですね。成長ぶりですけれども,同じ屋根の下に住んでいますから毎日のように顔を合わせていると,
連続的に変化していくものというのはなかなか見えないですね,私からは。
ただ,確かに去年の誕生日と今年の誕生日では体も大きくなっていますし,
それから,例えば,木にすたすたと登っていくのを見たりしますと,
去年だったら余りできなかったのかなと思ったりすることもあります。
また,一緒に本を見ながらあれこれと虫や恐竜のことなどなど,話す会話の量も増えて。
そんなところが成長の様子なのかなと感じます。また,これも非常に不思議なことですが,
先日,いわゆる着袴の儀というのが行われましたけれども,
何となく,袴を着けると大きくなったように見えてくるのですね。
(妃殿下を振り向かれて)私だけかね。

妃殿下
(殿下をご覧になって)私もそのように。(と,うなずかれる。)

殿下
そんなところが成長のその様子と言いましょうか。後は何でしたか。

記者
眞子さま,佳子さま,そして,一番悠仁さまに年齢が近い愛子さまとのふれあいのエピソードについて。

殿下
そうですね。その辺りはどうでしょうね。上の二人の娘とよく何か鬼ごっこをしたり,
鬼ごっこって言うのかな。(妃殿下を振り向かれて)

妃殿下
(殿下をご覧になって)走り回ったり。

殿下
走り回って遊んでいることはあるけれども。(妃殿下をご覧になって)どうでしょう。
私は余りよく知らないので・・・。

妃殿下
(少し考えられる。)そうでございますね。
今年は,敬宮さまと子どもたちが一緒になる機会というのは限られておりましたが,
一緒に4人で過ごしているときはいつの間にか子どもたちだけで楽しそうに語り合ったり,
また,敬宮さまが宮邸の方にいらした折には,いろいろなおもちゃがございますので,
皆で楽しめそうな物で本当に声を弾ませながらおもちゃを積み上げたり・・・。
後は,4人の中で悠仁が一番小さいものですから,
3人のおねえちゃまの周りをうれしそうに走り回ったりすることもございまして,
そのような,微笑ほほえましい光景を目にすることが度々ございます。
以前から御所に参内させていただきました折も(4人の)子どもたちで
いろいろな楽しい話をしていることもございましたように,
こちらの宮邸でも,20歳から5歳まで,15歳の年齢差はございますが,
余りそういうことも感じないような楽しい空間を作って。(殿下を振り向かれて)

殿下
(妃殿下をご覧になって)そうね。子どもたちが4人でいるととてもにぎやかな。ありますね。

妃殿下
そのようなこともありますからでしょうか,11月の上旬に敬宮さまが入院されましたとき,
子どもたちも心配しておりましたが,
そのお後にご回復されたことを伺い,とても安心しておりました。
質問前半の悠仁の成長ぶりについてお話をさせていただきます。長男の悠仁は,9月に5歳になりました。
幼稚園での生活も1年半が経たちまして,随分慣れてきたように感じられます。
恐らく,年少,そして今,年中として,いろいろと行事に参加したり,
また遊びも広がったりする中で,昨年に比べると積極的に関わる姿が見られるようになったと聞いております。
例えば運動会についてお話しいたしますと,昨年は初めての運動会ということもございまして,
他の年少のお友達と共に,運動会っていうのは何だろうかと,
むしろ戸惑って少し立ち止まって考えるようなこともございましたけれども,
今年は随分いろいろな競技やお遊戯でしょうか,楽しそうに元気に参加している様子が見られまして,
そういうところでも成長を感じました。

殿下
(妃殿下をご覧になって)何度も手を振ってくれたね。

妃殿下
(殿下をご覧になって)大分心に余裕があったのでしょうか,うれしそうに満面の笑みで手を振っていました。
また,宮様が玉入れをしているときも「頑張って。」って他の子どもたちと共に応援をしたりもしていました。

殿下
(妃殿下をご覧になって)それは玉入れをしていたから私は分からないですけど。(一同笑い)

妃殿下
(殿下をご覧になって)勝ちました時はとてもうれしそうにしていました。
その他に,運動に関連してということになりますが,私たちが5月に岩手県の山田町を訪れました。
そこの小学校で体育の授業,体育館で全校生徒が体操を見せてくださいました。
海の子体操でしたでしょうか。
音楽に合わせて,とても活発な動きをいたします。夏休みのことなのですけれども,
その海の子体操のDVDを悠仁と一緒に見る機会がございまして,
それを見ましたら,悠仁が海の子体操をしたくなりました。動きが小学生向きで,難しい動きもございましたが,
悠仁なりに頑張って毎日というか,時間があると一日に一回するようなことをしておりました。
一人ではなく,私は側そばにいることも多いので私と一緒にしたり,また父親とも一緒にしたり,
元気な自分の姉たちとしたいということもあって,家族一緒になってしておりました。
何か自分のしたいことをできるようになりたい,
そういう気持ちを表現するようになってきたことも,大きくなったと思う時でした。
最近関心を持っていることを一つお話しいたしますと,紙工作という言葉でございますでしょうか。
(殿下を振り向かれて)

殿下
(妃殿下をご覧になって)ペーパークラフト。

妃殿下
(うなずかれる。)ペーパークラフトに凝っております。図鑑を開いて,例えば魚とか恐竜とか,
何か良さそうなものを選んでそれを紙に描いて,はさみで切って,そして色を塗っておりますけれども,
恐竜などは非常に大きなものがございまして,そういうものは紙を貼り合わせて作りました。
出来上がった喜びを家族にも伝えたくて,私たちが出かけているときは戻ってから「できたよ。」って報告したり,
大学や高校から戻ってくる眞子,佳子に早く見せたいということで,心待ちにしていることもございました。

問3 眞子さまが成人を迎えられたのを機会に,あらためて殿下に皇統の継承についてお伺いします。
現行の皇室典範の下では,眞子さま,佳子さまもご結婚後,皇籍から離れることになり,
将来的には宮家の数が減って皇統の安定的な継承が難しくなると共に,皇室のご活動の幅が狭まる恐れがあります。
殿下は一昨年の記者会見で「国費負担という点から見ますと,皇族の数が少ないというのは,
私は決して悪いことではないというふうに思います」と述べられました。
皇族の方々の東日本大震災の被災地でのご活動が続いてきた中で,現在のお考えをお聞かせください。
殿下はこの1年間で,皇太子さまと皇室の将来のあり方についてどのようなお話を交わされたでしょうか。

殿下
恐らく皇室が今後どういうふうに存在するのか,その在り方と関係すると思います。
私は以前に皇族の数が少ないことは国費負担という意味において悪くはない,ということを申しましたが,
この考えは今でも変わっておりません。
一方,現在の皇室というものをそのまま維持していくためには,やはり一つの集団というか,
ある一定の数というのは当然必要になってくるわけです。国費負担の面,
一方で,今ご質問にもありました,活動の幅,継承,そういうことを合わせて,
それにふさわしい数というのは多分あると思いますけれども,
それは私には分かりません。
いわゆる皇室の制度については,皇室典範があります。
制度論については,これは国会の論議に委ねることになるわけで,
私が何か言うということではありませんけれども,その過程において,今後の皇室の在り方を考えるときには,
何らか,私若しくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあって良いと思っております。
皇太子殿下との皇室の将来の在り方について(のお話)ですけれども,
今年は少し私が怠けていたところもあるかと思います。
去年ほどそれについての話はしておりませんが,話合いをしたことはあります。
ただ,その内容については,ここでは控えたいと思います。

問4 殿下に伺います。天皇陛下は2月,心臓の冠動脈に硬化や狭窄が見つかり,
11月には気管支炎の症状で入院されました。
皇后陛下は7月以降,頚椎症性神経根症や下腿筋膜炎による痛みや腫れの症状が出ていらっしゃいます。
陛下のご公務のあり方について,殿下は昨年の記者会見でも,
負担軽減は常に考えていかなければいけないというお考えを述べておられます。
しかし,特にこの1年は,震災に伴う行事の変更や被災地へのお見舞い,
節電など,両陛下にとって例年にない形でのご公務が多くなりました。
両陛下のご健康やご公務のあり方について,どのような考えをお持ちでしょうか。

殿下
天皇陛下の公務,それから両陛下の公的なお務めとご健康のことというのは,
非常に関係してくることだと私は思います。
いわゆる公務と言われる国事行為は,数を減らすとかそういうことはできないわけですね,臨時代行とかでない限り。
それ以外の公的なお務めについては,何年か前にそのようなことから,負担軽減が図られております。
例えば,行事の内容を少し短くするとか,行事の間にちょっと休憩,ポーズを入れるとかですね。
それから非常に大きかったのは,お言葉を無くす行事が大分多くなりました。ご承知かと思いますけれども,
陛下は一つ一つの行事におけるお言葉というのを非常に大切にしておられますので,
それに使われている時間,労力というのは大変なものがあります。
そのようなことから,ご自身も言われていますけれども,かなり軽減は図られてきたものと思います。
ただ,本年のことを言えば,東日本大震災が起こり,その後の各地へのお見舞いがあったり,
大震災の被害等に伴う進講があったりなど,
お務めの量が非常に多かった,ある意味特別に多かった年だと言えます。
この1月から11月までの間で見ましても,ここ数年の中では断トツに今年が多いというのは事実です。
やはり両陛下とも喜寿を過ぎておられます。
そのようなことからも,今までにかなりの公的行事の見直しということはなされてはおりますし,
年をとっても,ある程度の忙しさがあることが健康を維持する上では大事なこともありますけれども,
宮内庁には,これからの行事の在り方を今の状態でずっといいのだという認識ではなくて,
常に医師とも連携を取りながら柔軟に対応していくことが私は必要だと思っております。

問5 殿下に伺います。今年もご公務やご研究で忙しい日々を過ごされてきましたが,
この1年間を振り返っての感想をお聞かせください。
両陛下,皇太子ご一家とのご交流も含め,心に残っている出来事はおありでしょうか。
これからの1年間の抱負とともにお話しください。

殿下
この1年,私の公的な活動,それから研究などを通して言いますと,
やはり,一番にあるのは東日本大震災であります。
私たちも各地を訪れて,そこで被災された方たちにも会って,
その当時の様子などを聞いたりもいたしました。
その中で,先ほどともちょっと重複になりますが,肉親を亡くした人もいますし,家が流された,
それから原子力発電所の事故があって避難を余儀なくされている,そのような人たちが,
これは私がお会いした人たちですけれども,その多くがより前向きに日々を過ごしている様子が,
私は非常に,この1年を通してみても印象に残っております。
そして,そのような中,8月の上旬に全国高等学校総合文化祭が福島県で開催されました。
当初は開催をどうしようかということが随分いろいろ議論になったようでありますけれども,
全国から高校生が集まって,これはひとえに実行委員会の熱意に,
それから努力によるものだと私は考えますが,残念ながら幾つかできなかった種目(部門)はあるものの,
かなりのものを行いました。開会式で行われる構成劇も,
今回の震災が起こる前までに用意していたものではなくて,
震災が起こってから,日本,被災地の復興ということを考えた
「ふくしまからのメッセージ」というタイトルだったと思いますが,
そういう構成劇を新たに地元の高校生たちが作ったわけですね。
私は,福島県の高校生がそのように非常に生き生きと今回活動し,
さらに全国から高校生が大変な数,福島県に集まったという様子を見たときに,
非常に大変な状況の中に,何か明るいものを見た感じがいたしました。
一方,ご質問にあった,研究,私の行っている研究についてですけれども,昨年までかなり長い期間,
タイの研究者との共同研究を行っておりまして,それがまあ,(妃殿下を振り向かれて)昨年でいいのですよね。

妃殿下
(殿下をご覧になって)はい。

殿下
昨年の3月に,サイアム・ソサエティというところから本として出版されております。
それで,最初のフェーズは一応一段落ついたという感じはします。
ただ,やり残していることもまだたくさんあります。これは抱負のようなものになるのかもしれませんけれども,
そこでやり残したことというのを,またもう少し続けてみたいなと。
私の研究は,キーワードはドメスティケーション(家畜化)なのですね。
タイの人たちと一緒に仕事をしながら自分自身で感じるのは,
鶏のドメスティケーションを考えるときに,タイのみでなくて,
もっと広くアジアを見る必要があるし,もうちょっと言えば,
他のヨーロッパとかそういうところに,世界的に広がっているものを知る時に,
やはり,そういうところを少し見ていかなければいけないなという気がしました。
私の場合,時間を長く取って,海外の方に調査に行くということはなかなかできませんけれども,
何年かに一度くらいはですね,現地へ足を運んで,自分で実感をしてみたいなと思います。
最近,現地に足を運ぶことが意外と少なくなってくると,
大学で講義をしていても,最初の頃はかなり自分の体験に基づいて話をしていたのが,
だんだん人の受け売りが多くなってきて,
若干それについて,恥ずかしいこともあるものですから,
そんなことも今少しこの1年をふり返って考えているところであります。
それから,両陛下ですね。両陛下との交流という点で言いますと,
毎年例えば葉山であるとか那須であるとか御料牧場であるとかに,
ご一緒する機会があります。葉山はちょっと短めなことが多いのですけれども,
今年も2回ほどは葉山に,(妃殿下に確認されて)2月と6月の2回ですね。

妃殿下
(殿下をご覧になって)そうでしたね。(と,うなずかれる。)

殿下
ご一緒しましたけども,夏の期間にはうまく時間が合わなくて,ご一緒する機会はありませんでした。
ただ,長男が夏の時期に,昆虫採集に興味があるというのか,虫を探すことに興味があったものですから,
この赤坂御苑よりも恐らく種類数でいうと,皇居ははるかに多いと思うのですね。
そういうことから,夏の一番虫の多い時期にはほぼ毎週に近かったですよね。(妃殿下を振り向かれて)

妃殿下
(殿下をご覧になって)はい。

殿下
皇居の方に行って,御所でご挨拶して,それで虫取りに吹上御苑に行くということがありました。
そのようなときに,陛下も息子の虫好きを知っておられますので,
普通だったら草刈りをしてしまうところをそのままに残して,
虫がたくさんいられるような環境を作っておいたりとか。それから,暑い時期,当然短い期間ではありますが,
ほとんど(毎週)家内と息子が二人で虫取りに出かけていくわけなのですけれども,
それでも短時間,息子の悠仁に誘われるようにして,(陛下も)ご一緒に昆虫採集・・・(少しお考えになる。)

妃殿下
(殿下をご覧になって)虫探し?

殿下
(妃殿下を振り向かれて)虫探し?

妃殿下
(殿下をご覧になって)観察も・・・

殿下
観察,そういうことがよくありました。
皇太子同妃両殿下のところとの交流については,残念ながらそれほど多くはありません。
ただ,先ほど家内がお話ししたように,秋口でしたか,みんなで集まったときに,
子どもたちが集まって,非常に和やかというか,にぎやかというか,
一時を過ごしていたということが私には印象に残っております。以上です。

関連質問 先ほど,陛下のご公務についてのやり取りがありましたけれども,
先ほど殿下は陛下のご公務について,宮内庁は医師と連携を取りながらですね,
更に柔軟に考えていくべきだというようなことをおっしゃいました。
宮内庁もですね,これまでいろいろ陛下のご公務の負担軽減に対しては,
かなり苦心をされて,いろいろ工夫をしてきたと思うんですが,
なかなか一挙に減らすというのは難しいという状況もあると思います。
そういう中でですね,天皇陛下の公務に対して,定年制を設けたらどうかというような意見もありまして,
例えばある程度の年齢になればご公務というのを減らして,国事行為に専念していただくという,
そういう制度をもう考えていくべきではないかという意見もありまして,私もなるほどと思ったんですけども,
殿下はこの制度から見直すという,そういうお考え方というのはどうでしょうか。

殿下
私は,今おっしゃった定年制というのは,やはり必要になってくると思います。
というか,ある一定の年齢を過ぎれば,人間はだんだんいろんなことをすることが難しくなっていきますので,
それは一つの考えだと思いますけれども,じゃ,どの年齢でそういうふうにするか。
やはりある年齢以降になると,人によって老いていくスピードは変わるわけですね。
だから,それをある年齢で区切るのか,どうするのか,
そういうところも含めて議論しないといけないのではないかと思います。

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この会見のマスコミの取り上げ方

秋篠宮さま:46歳に 「被災者に心を寄せていく」
秋篠宮ご夫妻は、秋篠宮さまの46歳の誕生日を前にした記者会見で、
東日本大震災の被災地を訪れた際の体験に触れ、皇室の役割として
「復旧・復興を長期的な視野で見守り、被災者に末永く心を寄せていく」などと語った。
ご夫妻は震災後、東北各県を訪問。秋篠宮さまは「大変な状況の中にあって、
私たちが接した人々は、非常に前向きな姿勢で一日一日を過ごしているという印象を持ちました」などと述べた。
紀子さまは、被災地の子供らから受け取ったビーズの腕輪などを手元に置いていると明かし、
被災地を度々訪れる中で「人々の強い絆」を感じたと振り返った。
10月に成人皇族となった長女眞子さま(20)には、
秋篠宮さまが公務について「一つ一つを大切に一生懸命務めるように」と話しているという。
眞子さまの結婚や、次女佳子さま(16)の進路については、
ご夫妻とも本人の希望を尊重したいとの考えを示した。
「着袴(ちゃっこ)の儀」を今月行った長男悠仁さま(5)について秋篠宮さまは
「木にすたすたと登っていくのを見たり、虫や恐竜のことなど話す会話の量も増え、
成長の様子なのかなと感じます」と話した。【川崎桂吾】
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040149000c.html


天皇公務「定年制」:秋篠宮さま「肉親の情」の発露
秋篠宮さまが、天皇陛下の公務について、「定年制も必要」との考えを記者会見で語った。
憲法には、天皇の公務に関し、首相の任命や法律の公布などの「国事行為」が規定されているだけだ。
だが、植樹祭や国体への出席、海外の賓客の接遇など公務にあたる「公的行為」は数多い。
初めて現憲法下の象徴天皇として即位した天皇陛下は、皇后さまと共に、
国民の中に入っていくことで「国民と共にある皇室」を示してきた。
公務が年齢と共に減るどころか増える傾向すらあり、宮内庁の09年発表によると、
昭和天皇の74歳の時と比べ、東京都内や地方への「お出まし」は約2.3倍になっていたという。
「公的行為」に当たる災害被災地慰問にも即位後の両陛下は心を尽くしてきた。
東日本大震災後は、7週連続で被災者らの見舞いをハードな日程でこなした。
今月の入院に際し、宮内庁は「疲労が相当蓄積し、お身体(からだ)の抵抗力が低下している」と説明した。
秋篠宮さまの「定年制」言及は、まさに陛下が入院中の発言であり、
法改正などが伴う制度創設を念頭に置いたものではなく、
公務を思い切って削減すべき時期に来ているという「肉親の切なる情」の発露と見るべきだろう。
宮内庁は負担軽減を図ってきたが、一層の見直しが「喫緊の宿題」になっていると言える。【大久保和夫】
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040150000c.html


秋篠宮さまの発言に官房長官「コメント控える」
藤村官房長官は30日午前の記者会見で、秋篠宮さまが一定数の皇族確保や、
天皇陛下の定年制の必要性に言及されたことについて、
「制度論は国会の議論に委ねることを前提として、考えをお述べになったと理解している。
個々の発言の内容に政府としてコメントするのは差し控えたい」と述べた。
(2011年11月30日13時07分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111130-OYT1T00624.htm


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週刊文春2011月12月8日号
皇太子両殿下との交流はそれほど多くありません」
秋篠宮衝撃発言 皇太子雅子さま「孤絶」の全深層
天皇に定年という制度は必要
皇太子ご夫妻はどう受け止められたか
秋篠宮殿下の誕生日に先駆けて、11月22日、(誕生日)会見は実に1時間半に及んだ。
「(途中までは)悠仁さまとのほのぼのとしたエピソードなどを披露されていたのです。
そのあと突然、きっぱりと断言された」(宮内庁担当記者)
<皇太子両殿下のところとの交流については、残念ながら、それほど多くはありません>
秋篠宮の淀みない口調に、約25名の宮内庁担当記者たちは息を飲んだという。
「やはり、という気持ちと、そこまではっきり仰るのかという驚きの両方がありました。
皇太子ご一家となぜ疎遠なのかは何も語られないままでした」(同記者)
記者が三問目の質問を読み上げた。
「眞子さまが成人を迎えられたのを機会にあらためて殿下に皇統の継承についてお聞きします」の問いに、
<皇室の制度論については国会の論議に委ねることになる。
その過程において、今後の皇室の在り方というものを考える時には、
私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってもよいというふうに思っております>と
慎重に言葉を選びながら述べられた。
この言葉は、いみじくも現在の秋篠宮の皇室におけるお立場を象徴するものだった。
「発言の主旨は09年の誕生日会見と同じ。が、“主語”が変わった。
09年のときは『(皇室の在り方については)その当事者となる皇太子ほかの意見を聞く』というように、
当時は『皇太子ほか』が主語でした。今回は『私、もしくは皇太子殿下』と述べられている。
つまり、皇太子より前に『私』という言葉を持ってきたのです」(皇室ジャーナリスト)
さらに09年の際は、「自分のことを言うのはちょっとはばかられたものですから、
それで『(皇太子)ほか』というふうに言いました」と遠慮がちに語られていた。
「今回の『私』発言が、無意識によるものだとしても、
それだけ今、秋篠宮の皇室における存在感が増しているということを
ご自身がお感じになっているということの現れではないかと思うのです」(同ジャーナリスト)
会見の終わりには、さらに驚かせる踏み込んだ発言をされていた。
<私は『定年』という制度はやっぱり、必要になってくると思います。>
<ある年齢で区切るのか、どうするのかというところを含めて議論しなければいけないのではないか>
この発言の背景について、「穏やかにおっしゃっていますが、
現状への強い危機感を、秋篠宮がお持ちだということでしょう。
これまでの秋篠宮ではなさらなかっただろうご発言です」(同ジャーナリスト)
増していく秋篠宮の存在感。それは宮内記者たちも意見を同じくするところだという。
「(11月15日『ご名代』としての秋の叙勲と褒章授章者の御接見で)秋篠宮殿下は陛下に代わって
“おことば”を読み上げられたのですが、その声が小さくて聞き取り辛かったですね。
一度に500人が出席していたので、後ろのほうの人たちには聞こえなかったでしょう。
それ以外は難なくこなされていました」(受章者の一人)
その2日前、皇太子はご名代の立場で山梨県をご訪問。お召し列車内でカメラを片手にお手振りされたこと、
その後の長野県行啓でのポケットに手をいれたままでの視察が明るみに出た。
「退院されたばかりの陛下が、まだ万全とは言えないご体調で、
その5日後に早くも公務復帰(「東日本大震災消防殉職者等全国慰霊祭」)されました。
いかに陛下が震災被害を心配されているか、ということです。
その陛下の思いを一番おわかりになっているのは、秋篠宮さまではないかと思うのです。
震災後、秋篠宮ご夫妻は、東宮職と比しても非常に小規模な宮家職員たちに支えられながら、
お見舞いを続けてこられた。
被災地の人々の負担にならないよう、宮家の車で移動され、
宮城県には日帰りで二度に分けて訪問されています」(両陛下に近い千代田関係者)
女性宮家の創設検討という、平成皇室の根本的課題である皇位継承問題が再び注目された。
今回の会見でも秋篠宮はこう述べている。
<以前に皇族の数が少ないことは、国費負担という意味において悪くはないということを申しましたが、
この考えは今でも変わっておりません>
「秋篠宮は今後、具体的に女性宮家創設の議論が進んだ際に必ず出てくるであろう、さらなる国費負担増に伴う
国民感情の反発について、先手を打っておっしゃったのだろうと思います」(皇室研究家)
一方の東宮側には、まだ当事者意識が感じられないという。
「(女性宮家問題について)東宮職は関係ないよ」(中堅東宮職職員)
皇太子ご一家は、11月26日、27日と「初等科祭」を訪れられた。
「2日目はわずか30分差で皇太子殿下、雅子さまが別々に訪れた。ご鑑賞も別々でいらして。
剣道部の練習をご覧になった皇太子殿下は、相変わらず小型のデジタルカメラでバシャバシャ
写真を撮っていらっしゃいましたよ。お一人でリラックスされているご様子でした」(初等科父兄)
これを聞いた前出の千代田関係者は嘆息しつつ、こう洩らした。
「皇太子ご一家はますます国民ではなくご家庭に、内向きに目が向いているのではないでしょうか」
天皇のお見舞いについても、雅子さまは10日に“ドタキャン”されてから結局一度もお見舞いされることはなかった。
18日、ご名代の報告も皇太子お一人だった。
「東宮大夫は10日は発熱、18日は『咳が残っているため医師の判断により』と発表。
しかし皇太子殿下がご報告にいった同日に雅子さまは愛子さまのお付き添いをされている。
なぜ“医師の判断”で同じようにお付き添いも遠慮されないかは説明されない」(同千代田関係者)
一方、秋篠宮は報告も含め、3度も東大病院を訪れている。
「皇太子殿下がご名代のご公務のあと、数日間報告にいらっしゃらなかった。
秋篠宮殿下はご名代の報告も当日にいらっしゃっています。私はあらためて思い起こすのです。
皇后陛下が、あちら(東宮家)とは途絶状態なので、とおっしゃったあの言葉を。
そして、今回の秋篠宮殿下のご発言…。正直なところ、我々もあちらのことはまるで分からないのです。
何も伝わってこないのだから。いま皇太子ご一家はいわば“孤絶”状況です。お誕生日のお言葉は、
現状に危機感をお持ちの秋篠宮殿下から、皇太子殿下へのメッセージだと思います」(別の千代田関係者)


花田紀凱の週刊誌ウォッチング
記者も息をのんだ…秋篠宮さま、衝撃的なご発言
まさに『週刊文春』(12月8日号)のタイトルどおり、衝撃的なご発言だった。
「秋篠宮衝撃発言 皇太子雅子さま『孤絶』の全深層」
11月22日、1時間半に及んだ異例の会見終盤。
秋篠宮さまが、きっぱりとこう断言され、約25人の担当記者たちは息をのんだという。
〈「皇太子両殿下のところとの交流については、残念ながら、それほど多くありません」〉
また、皇統の継承について問われ、
〈「皇室の制度論については国会の論議に委ねることになる。(中略)
その過程で、私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってよい」〉。
2009年の会見の時は〈皇太子ほかの意見を聞くという過程〉と述べられていたのに
今回は〈私、もしくは皇太子殿下〉と述べられたのは、
〈「今、秋篠宮の皇室における存在感が増しているということを
ご自身がお感じになっているということの現れ」(皇室ジャーナリスト)〉。
会見の終わりには「天皇陛下の定年制」について問われ、
〈「私は『定年』という制度はやっぱり、必要になってくると思います」〉。
一方の皇太子ご夫妻は、ますます、
〈「国民ではなくご家庭に、内向きに目が向いているのではないでしょうか」(千代田関係者)〉。
要するに皇室の現状に強い危機感を持たれる秋篠宮さまが皇太子ご夫妻へ向けてメッセージを発したのだという。
皇太子ご夫妻はこのメッセージをどう受け止められるのだろうか。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/books/breview/537154/


皇太子ご一家と秋篠宮ご一家 溝生んだ原因は皇位継承問題
2012.01.01 16:00
11月30日、秋篠宮さまは誕生日会見で
「今年は少し私が怠けていたところもあるかと思います」とユーモアを交えながら、
「皇太子同妃両殿下のところとの交流については、残念ながらそれほど多くはありません」
と皇太子ご一家とこの1年間、あまり交流がなかったことを明かされている。
実際、10月の眞子さまの成人を祝う夕食会に皇太子ご一家は参加されず、
11月の悠仁さまの『着袴の儀』の際に行われた夕食会にも、皇太子ご一家は参加されなかった。
『着袴の儀』のときは、愛子さまが入院されていて、雅子さまはそれに付き添っていたために欠席となったのだが、
もともとこの日は、皇太子ご一家は葉山御用邸でのご静養を計画されており、
最初から食事会に参加する予定ではなかったということになる。
両家の溝を生んだ最大の原因は、皇位継承問題といわれる。
「皇位継承順位第3位の悠仁さまが、継承権を持たない愛子さまと、
金銭的な面にしてもお世話をする人員にしても、あまりに待遇が違うことに、
秋篠宮家としても複雑な思いがあるのだと思います」と宮内庁関係者は語る。
しかし、両陛下の体調が万全でない現在、もっと大事なことがあると秋篠宮さまは気づかれているという。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、こう語る。
「秋篠宮さまは、いま皇室が抱えている大変な状況を誰よりも真剣に考えていらっしゃると思います。
秋篠宮さまは、皇太子ご夫妻に将来の天皇として、そして皇后として
リーダーシップを取っていってほしいと願われているんだと思います。
だからこそ、会見であのようなことを話されたのは、兄君である皇太子さまに向けて、
もっと両家で会う機会を増やして、話し合い、協力しあって、
両陛下を助けていかなければならない時期に来ているんだというメッセージを送ったのではないでしょうか」
※女性セブン2012年1月5・12日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120101_77612.html

皇族の数が少ないというのは,私は決して悪いことではないというふうに思います

文仁親王殿下お誕生日に際し(平成21年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h21.html

問3 殿下にお伺いします。皇室は今後,皇族方の数が少なくなり,
このままでは皇位の安定的継承が難しくなる可能性があるのが現状です。
昨年末に天皇陛下が体調を崩された要因について,羽毛田信吾宮内庁長官は「私的な所見」と断りながらも
「皇統の問題を始めとする皇室にかかわる諸々の問題」と述べ,
陛下が皇室の将来を心配されていることを明らかにしました。
殿下はこの長官の発言,そして皇統の問題に対してどのようにお考えでしょうか。

殿下
羽毛田宮内庁長官の発言は,昨年末に陛下が体調を崩された折,
医師のほうからストレス性によるものだという話があり,それを受けての発言であります。
恐らく,陛下のお気持ちを忖そん度して,長官の私見という形で話したことだというふうに思料いたします。
したがいまして,これについては私はあくまでも長官の私見なのだというふうに理解をしております。
また,皇統の問題ですけれども,これはなかなか簡単に話すということは難しいわけですけれども,
皇位継承の制度自体のこと,それからその周辺にあるというか,
将来的な皇室の在り方みたいなものまでも含まれるのではないかと思います。
皇位継承の制度というもの自体に関しましては,これは陛下も述べられているように,
国会の論議にゆだねるべきものであるというふうに私も考えます。
しかし,その過程において今後の皇室の在り方ということも当然議論されることになるわけですけれども,
その将来的な在り方ということについては,
将来その当事者になる皇太子ほかの意見を聞くという過程も私は必要なのではないかと思っております。
皇室の在り方に関連して,今ご質問にあった皇族の数が今後減少していくことにより,
これも何ていう言葉を使って言ったらいいか私にはよく分かりませんけれども,
皇室の活動もしくは役割とか,そういうものが先細りするのではないかという意見を聞くこともあります。
しかし,その一方で,皇族の役割を明確に規定したものはありません。
これは言い換えると,よく公務という言い方がされますけれども,
皇室の中で国事行為は別にして,皇族の場合には公的な活動というものはあるわけです。
しかし,いわゆる規定のある公務というものはないと考えていいのだと思います。
したがいまして,そういう規定がはっきりしないということから,
なかなかその辺りのことを言うことは難しいように感じます。
これはまた,全く別の視点になりますけれども,皇族の数が今後減るということについてですけれども,
これは確かに今まで皇族が行ってきたいろいろな仕事,それから役割が,
だんだんそれを担う人が少なくなるということはありますけれども,
国費負担という点から見ますと,皇族の数が少ないというのは,
私は決して悪いことではないというふうに思います。



宮内庁長官「秋篠宮さまの考え伺う」
宮内庁の羽毛田信吾長官は10日の記者会見で、秋篠宮さまが将来の皇室像について、、
皇太子さまや自身の意見を聞く必要があるとの考えを示されたことに関し
「どのようなお考えがあるかについて、折に触れてお伺いしなければならない」と述べた。
秋篠宮さまは11月30日の誕生日に先立つ記者会見で、皇位継承の制度自体は国会の議論に委ねるべきとしつつ、
「皇室の在り方について周りから意見を求められることもあるのではないか」と話していた。
また、秋篠宮さまが記者会見で「国費負担という点から見ると、皇室の数が少ないということは
決して悪いことではないと思う」と指摘したことについて、羽毛田長官は
「皇族の数は多ければいいわけでも、少なければいいというわけでもないということを
念頭に置いてのご発言ではないか」との見解を示した。
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20091210-574475.html