我が「悠」への想い

【吉備野庵】
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2006年 09月 13日
【6246】 我が「悠」への想い
★ 去る6日の親王ご誕生に続き、昨日12日午後はご命名。
この1週間、マスコミは“ロイヤルベビー”慶祝と、その”あやかり”エピソードの報道に突っ走っています。
6日に目立ったのはほぼ同時刻に生まれた男児掘り起こし。
そして昨日は、「悠仁」同名者のご登場。我が家も沸きました。一番下の孫の名が「悠」なのです。

★ 芸能人や英雄にあやかる。先月も甲子園の優勝投手のあやかりハンカチブームが去った後の第二波。
どちらかと言うと、こうした報道には斜に構えて批判的な私ではありますが、
今度のご命名あやかり騒ぎは我が家を包み込みました。
たまたまテレビで速報を見た娘が「悠だって!」と素っ頓狂な叫び声をあげ、
早速、ケイタイを掛けまくり、盛り上げていました。

★ 「悠」 テレビは、この漢字一文字を大きく掲げ、学者、評論家が登場して
微に入り細をうがった解説がなされていました。私も、16歳、高校2年生になった我が孫が生まれた時、
その父母と共に額を寄せて命名協議をしたことを思い出しました。
「遊にしたい」と言う長男に「ダメだ。名字を繋ぐと、”銭持って遊ぶ”感じになる。”悠”にしろ」

★ 結局、長男が私のアドバイスを取り入れて「悠」を選びました。
「なっ、良かっただろう。親の言うことには従うものだ」 
50になった男にそんな軽口を叩くと、
「オヤジもそろそろ、老いては子に従う境遇だろう」と言い返して来てアイコ。
まあ、楽しくひとときを過ごしました。

★ しかし、“ロイヤルベビー”ご命名にあやかり、改めて「悠」の字義を確かめました。
「”名は体を表す”と言うだろう。我らの願いを1字に込めろ」 
16年前にも父母・祖父母4人が字典を前に額を寄せ合って、
この子の行く末にありったけの思いを乗せたものでした。
因みに長男の子どもは3人いますが、全員、1字の名にしています。

★ 字義について言えば、やはり白川静先生に教えを請うのが一番です。
「悠」の字の上の部分は人の背中に水をかけて滌(あら)う形でみそぎをするという意味。
先生のご著書「常用字解」(平凡社)にはこう説明されています。
「みそぎによって身心が清められ、心がゆったりと落ち着くことを悠といい、
『ゆるやか、のどやか』の意味となる」

★ 念のため先生渾身の名著『字統』で確かめると、
「みそぎを終えて心の伸びやかとなった状態を悠という」といい
「心が安らかであればその想念も悠(はる)かである」。16年前の情景が甦ってきました。
「ゆったりと、のどかに、そしてのびのびと・・・元気でそだて、悠よ」 赤子に呼びかけた最初の言葉でした。

★ 折角の機会です。私は、この「悠」の字に特別の思いがあります。
この語を選ぶ過程で、この漢字は、戦後の”拙速な”国語改革の中で、
一旦、抹殺された文字であることを知りました。国民の強い復活の願いが実って、
戦後初めて「人名用漢字」に復活したいくつかの”抹殺漢字”のひとつが「悠」でした。
蘇ったのはちょうど30年前の1976年のことでした。

★ もし、この復活がなければ、今日の親王のお名前「悠仁」は絶対にあり得なかったのです。
かつて国家が抹殺した言霊の籠もる貴重な漢字を民衆が取り戻し、今、皇室がそれを拾い上げられた・・・
その重要な意味を、今、私は思い起こしています。そして孫に教えたいと思います。

★ 「悠よ、君の名前は復活の象徴。無謀な国家の文化破壊の後、民衆が忘れずにその命を匿い、
復活させた言霊。この一字はその抵抗のシンボルだ。
そして、皇室が今、民族待望の親王のお名前に、この復活文字を選ばれた。
悠よ、この一文字はもう消えることはない。今、復活して、自らを体現した」

★ 占領軍の指導の元で行われた拙速な民主主義は、日本の伝統文化を大きく毀損しました。
アメリカに迎合した実用主義的文教政策は国家主導による組織的な伝統文化の大破壊を起こしました。
その結果は、貴重な古典との断絶を引き起こしたのです。
我々、昭和ヒトケタ族から下の年齢層は、その被害者と言わねばなりません。
この思いはかつて、このブログでも書いたことがあります。ご参照頂ければ幸甚に存じます。

佳子さま来年に備えて一般参賀を見学

皇居で新年の一般参賀 19歳の佳子さまも「見学」に
2014年1月2日20時46分
新年を祝う一般参賀が2日、皇居であり、平成に入り2番目に多い計約8万1540人が訪れた。
昨年12月に80歳になった天皇陛下は「本年が国民一人一人にとり、
安らかな、穏やかなものであることを心より願います」とあいさつ。
皇后さまや皇太子ご夫妻ら皇族方と計5回、宮殿のベランダに立って手を振った。
秋篠宮ご夫妻の次女佳子さま(19)は一般の人たちとともに宮殿東庭の参賀会場に姿を見せた。
関係者によると、今年12月に成人を迎え、来年の新年一般参賀でベランダに立つため、
見学を希望したという。この日は桜田門から歩いて入場し、参賀者と同様に荷物検査を受け、行列に並んだ。
初回は、天皇陛下の叔父で皇族最高齢の三笠宮さま(98)、妻の百合子さま(90)も元気な姿を見せた。
香淳皇后の弟で、天台宗の門跡寺院・青蓮院の前門主、東伏見慈洽(ひがしふしみじごう)氏が
1日に亡くなったことを受け、天皇陛下の弟・常陸宮さまは喪に服して欠席した。
天皇陛下は2008年10月に京都府を訪問した際、青蓮院で体調が優れなかった東伏見氏を見舞った。
宮内庁によると、天皇陛下は皇族が死去した時のみ喪に服すとされ、
この日の行事予定に変更はなかった。(中田絢子、島康彦)
http://www.asahi.com/articles/ASG1241VGG12UTIL002.html


お忍び佳子さま、一般参賀の列に マスク姿で気づかれず
2014年1月7日18時42分
新年恒例の一般参賀があった1月2日。8万1540人が皇居を訪れました。
宮内庁によると、平成に入って2番目に多い人出だったそうです。
その人波の中に、秋篠宮家の次女・佳子さま(19)の姿がありました。
午前9時すぎ。佳子さまは同年代の女性とともに、警視庁に近い桜田門から皇居に歩いて向かいました。
グレーっぽいダウンジャケットに細身のデニム姿。チェックのマフラーがよくお似合いでした。
でも、マスクを着けているため、周囲はだれも佳子さまとは気づきません。よく見ると、
佳子さまから一定の距離を置いて、私服姿の警備関係者が同行していました。
皇居の正門近くまで来ると、参賀に来た人たちの長い行列ができていました。入場者は荷物検査や
ボディーチェックを受ける必要があり、念入りに一人一人検査されるため、なかなか前に進みません。
その列に、佳子さまも一般の人たちと同様に並びました。
関係者によると、佳子さまは特別扱いされることなく、所定の検査をすべて受けたそうです。
この日、天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻ら皇族方は計5回、宮殿のベランダに立ち、参賀者を出迎えました。
佳子さまは早い時間から並んだものの、初回には間に合わず、午前11時からの2回目に参加。
両親の秋篠宮ご夫妻、姉の眞子さま(22)が手をふる様子を宮殿東庭から見学しました。
なぜ佳子さまはお忍びで一般参賀に訪れたのでしょうか。佳子さまは今年12月で20歳になります。
来年1月2日の一般参賀には成年皇族としてベランダに立つことになるわけです。
それに先だち、一般の参賀者側から様子を見ることで、
「一般参賀という皇室行事の重要性を感じ取ろうとしたのでしょう」と関係者が話していました。
眞子さまも19歳の時、同様に参賀会場に足を運んだそうです。
ご両親の教育方針かもしれませんが、研究熱心な姿勢に共感を覚えました。
http://www.asahi.com/articles/ASG1655M6G16UTIL00W.html


佳子さま 一般参賀を見学した時にボディーチェックを受けた
2014.01.17 16:00:14 by NEWSポストセブン
8万人を超える人が訪れた新年恒例の一般参賀。
その人波の中に、皇居・長和殿のベランダから笑顔で手を振られる天皇皇后両陛下、皇太子ご夫妻、
秋篠宮ご夫妻、眞子さまら皇族方を、じっと見つめられるひとりの女性皇族がいた。
秋篠宮家の次女・佳子さまだ。1月2日、佳子さまは午前9時過ぎ、
お忍びでお友達と思われる同年代の女性とともに、
桜田門から歩いて一般参賀が行われる長和殿へと向かわれた。
「グレーのダウンジャケットにデニム姿の佳子さまは、チェックのマフラーがよくお似合いでした。
ただマスクをされていたため、周囲の人々が佳子さまだと気づくことはなかったと思います。
入場者は荷物検査やボディーチェックを受けるんですが、佳子さまも特別扱いされることなく、
一般人に交じってお受けになっていました」(宮内庁関係者)
現在、19才の佳子さまは、今年12月には成人となられる。
来年のお正月には、姉の真子さまと同様にベランダに並ばれ、手を振られることになる。
どんな思いで、両陛下をはじめとする皇族方を見つめられていたのだろうか。
今回、佳子さまが一般参賀を見学された背景には、ご両親である秋篠宮ご夫妻が大切にされてきた
“皇族としての思い”が反映されているという。
「秋篠宮ご夫妻は、かねてから“国民に近い感覚”をお持ちであって、子育てにおいても
“国民感覚”を大事にされてきました。ですから、今年、成人になられる佳子さまに
“国民目線で皇族を見る”ということを体験させようと考えられたようです」(前出・宮内庁関係者)
実は姉の眞子さまも19才のときに、佳子さま同様に一般参賀を見学されている。
※女性セブン2014年1月30日号
http://snn.getnews.jp/archives/235414


ふとした瞬間(とき)に思うこと

週刊新潮2009年4月16日号

天皇家の初孫である秋篠宮眞子内親王がこの4月、学習院女子高等科3年に進まれた。
3月18日に発行された学習院女子中等科・高等科の文集のタイトルは 『 はなすみれ 』 。
「年に1回、1年間を振り返っての文集で、生徒の読書感想文や作文が掲載されています。

ふとした瞬間(とき)に思うこと
<私は今高校二年生だ。そのうち高校を卒業し、大学に入学する。
そんなこの頃、よく感じるのは、自分が変わってしまったということだ>

<小さい頃はよく外で遊んだ。今でも外で運動する機会はあるが、
昔のように純粋に楽しむことはなかなかできない。
家が自然に囲まれていることもあって、昔はもっぱら自然の中が私の遊び場だった>

<空想するのも大好きだった。今考えると微笑ましい話だが、趣味の読書も手伝って、
自分はホウキで空が飛べるのだと信じていた。いつか動物と話すことができると思っていた>

<対して今は余計な思考がじゃまをする。手が汚れるだの、つかれるだの。
その上、現実が見えてしまっているから空想の余地もなくなってきている。
現実社会を生きていくのだから仕方がない、当然のことだ。
自分が変わったと感じる分、成長しているということでもある> 

<それでもふとした拍子に昔に帰ってみたいと思ってしまうのだ> 

<この間、那須へ、夏休み中唯一の旅行に出かけた。
東京の人ごみから離れて緑いっぱいの自然の中で過ごせるのがうれしい。
そう、永遠に変わらない気持ちだって存在するのだ>

150万再生の眞子さま動画とは?

ネットで「皇族萌え」 150万再生の眞子さま動画とは?
(更新 2014/9/ 3 07:00)

国民の象徴たる天皇陛下、皇后陛下を始め、雅子さまや愛子さまには熱心な追っかけファンが少なくない。
だが、その多くが中高年の女性であるのに対して、秋篠宮家の次女、佳子さま(19)の親衛隊は
30、40代の男性も多いようだ。ファン層の違いは明白だ。
「佳子萌(も)え」という言葉もネットで流通するようになった。
そもそも皇族萌え現象のきっかけをつくったのは、今春に国際基督教大学(ICU)を卒業し、
公務に励む秋篠宮家の長女、眞子さま(22)だ。ネット界には眞子さま萌えのファンも少なくない。
9月17日には英国屈指の伝統校、レスター大学大学院への留学に出発する予定であることから、
寂しがるファンもいるだろう。
20歳を過ぎたころから、ふっくらとしてきた眞子さま。
眞子さま萌えのファンは、そこにお姉さま的な包容力を感じるようだ。
眞子さま、佳子さまのファンが、これまでの皇室ファンと異なるのは、
ネットの世界で特殊な世界観を形成している点だ。そこにあるのは皇室とサブカルチャーの融合といえる。
眞子さま、佳子さまのキーワードでネットを検索すれば、美少女風のイラストが多く見つかる。
作者の坂上海(さかがみうみ)さんは20代男性。本業もイラストレーター。
長年、佳子さまの動静に注目してきたウオッチャーのひとりだ。
佳子さま人気がじわりと高まってきたのは2007年ごろ。この年、佳子さまは東京都スケート連盟が主催する
フィギュアスケート大会の「ノービスB女子」部門で優勝。春には、学習院女子中等科に入学した。
学習院の女子の制服はセーラー服。初等科では赤色だったスカーフが
女子中等科では青に、女子高等科では黒へと変わる。
しっとりと落ち着いた雰囲気のセーラー服姿に萌えてしまった男性は多いという。坂上さんが言う。
「僕がセーラー服姿の佳子さまの映像を見たのは、あの方が高校生のころです。
醸し出される雰囲気がセーラー服とよく似合っていて、ひと目惚(ぼ)れでした」
このセーラー服萌えのウオッチャーたちを覚醒させたのは、姉の眞子さまだ。
眞子さま萌えのファンとしてイラストを描いてきた40代男性のCG.AKAMEさんが背景を解説する。
「04年、学習院初等科の卒業式ではメガネ姿の眞子さまの映像がテレビで流れました。
メガネっ娘の眞子さまのコラージュ画像がネットで流行りました」
眞子さまのイラストを描いた30代男性の#104さんが続ける。
「学習院女子中等科の入学式を写したセーラー服姿の画像がネットで広がり人気が爆発しました。とはいえ、
宮内庁の目が怖い。『Ma子様』という隠語で人目を忍びながら、ネットで魅力を語り合うファンもいた」
眞子さまのイラストや画像を集めたファンサイトも立ち上がった。16歳の誕生日を控えた07年の秋には
ニコニコ動画にイラストを集めた作品が投稿された。軽快なリズムの曲に合わせてセーラー服や
体操服姿の眞子さまのイラストが次々と登場する。
「眞子さま」が「ひれ伏しなさい」と叫び、男性らが「ひーめ☆ひーめ☆」と声援を送る内容だ。
再生回数はなんと157万回に達し、34万件のコメントが寄せられた。
やはり萌えのイラストをネットにアップした30代男性のkenkenさんは、動画のような現象についてこう解説する。
「絶対的な存在に憧れ、服従したいという願望をひそかに抱く人は少なくありません。
僕は皇室イコール権力とは思っていません。ファンの方もそうでしょう。
だが、『権力者』的な設定がなされているのは、特殊な環境下で暮らす皇室の方々は
そうしたキャラ付けがしやすいだけでしょう」
眞子さま、佳子さまとアニメや漫画をはじめとするサブカルチャーの世界が結びついたのは同時期だ。
イラストは「皇紀」という言葉や「日の丸」などがあしらわれることも多いが、
ファッションアイコンとしてとらえるファンが多い。まもなく軍事モノと美少女をコラボさせた、
ミリタリー萌えへとつながった。いずれも右傾化といった言葉とは一線を画すという。
同ジャンルを確立させたのは07年から4年ほど執筆された小説『女皇の帝国』『女皇の聖戦』シリーズだった。
光文天皇の長女、那子(なこ)内親王が海軍元帥として活躍するという架空の設定だ。
最近も、花とゆめコミックス『パレス・メイヂ』2巻が刊行。明治から大正の架空の日本を舞台に
軍服を着た女帝彰子と少年侍従の宮廷生活を描いて人気を博している。
いずれもヒロインはロングストレートの髪に切れ長の目を持つ美少女。
眞子さまや佳子さまを重ね合わせる書き込みもチラホラみられる。
萌えるファンの嗅覚は鋭い。女皇シリーズ作者の吉田親司氏は、制作過程について、こう打ち明けた。
「小説の企画を持ち込んだのは出版プロデューサーでした。私が執筆した段階で設定は大幅に変えましたが、
当初はブームを追い風に眞子さまをモデルにしたようです」
※週刊朝日 2014年9月12日号より抜粋
http://dot.asahi.com/wa/2014090200097.html

皇嗣両殿下岩手御訪問2019

秋篠宮ご夫妻、岩手ご訪問 東日本大震災慰霊碑にご献花
2019.9.24 19:18
秋篠宮ご夫妻は24日、ラグビーW杯日本大会の試合観戦などのため、東北新幹線で岩手県に入られた。
同日は、東日本大震災の犠牲者約1千人の名前が刻まれた慰霊碑がある
「釜石祈りのパーク」(釜石市鵜住居町)をご訪問。
ご夫妻は献花した後、地区を襲った津波と同じ海抜11メートルの高さに作られたモニュメントなどをご覧になった。
続いて訪れた防災学習施設では、子供の避難行動などの展示を見学し、
秋篠宮さまは震災当時、中学生だった施設の女性職員(24)に
「避難の体験をつないでいただければと思います」と述べられた。
ご夫妻は25日、釜石鵜住居復興スタジアムでフィジー対ウルグアイ戦を観戦した後、帰京される。
https://www.sankei.com/life/news/190924/lif1909240039-n1.html


秋篠宮ご夫妻、岩手・釜石で慰霊
25日にラグビーW杯観戦
2019/9/24 19:13 (JST)

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秋篠宮ご夫妻は24日、東日本大震災で大きな被害に遭った岩手県釜石市を訪れ、
同市鵜住居町に建てられた追悼施設「釜石祈りのパーク」の慰霊碑に献花された。
秋篠宮さまはラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会の名誉総裁を務めており、
25日には同市で試合を観戦する。
震災で千人を超える犠牲者が出た釜石市。
ご夫妻は、多くの犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑の前で深く一礼し、ユリやキクなどの白い花束を献花。
秋篠宮さまは関係者に「(この場所と)海との距離はどのくらいですか」などと尋ねていた。
続いて、釜石の防災学習を紹介する「いのちをつなぐ未来館」を訪問した。
https://this.kiji.is/549168494784054369


秋篠宮ご夫妻 ラグビーW杯で釜石に 被災地慰霊碑に献花
2019年9月24日 18時28分
秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県釜石市を訪れ、慰霊碑に花を手向けられました。
ラグビーワールドカップ日本大会の名誉総裁を務めている秋篠宮さまは、
25日釜石市で行われる試合を観戦するため、秋篠宮妃の紀子さまと24日から岩手県を訪ねられています。
午後には、ことし3月に完成した追悼施設、「釜石祈りのパーク」に足を運び、
震災の犠牲者の名前が刻まれている慰霊碑に花を手向けられました。
釜石市では、震災で1064人の住民が犠牲となっていて、秋篠宮さまは
「海からの距離はどれくらいですか」などと当時の状況を繰り返し質問されていました。
このあと震災の被害や防災学習の取り組みについて紹介する施設も訪れ、熱心に説明に耳を傾けられていました。
秋篠宮さまは、これまでに紀子さまなどと20回余り被災地を訪れ、
地元の人たちに励ましのことばをかけるなど心を寄せられ続けていて、
今回は、皇位継承順位1位の「皇嗣」となってから初めての訪問となりました。
秋篠宮ご夫妻は25日、津波で浸水した地域に新設された釜石市のスタジアムで試合を観戦されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190924/k10012097011000.html


岩手)秋篠宮ご夫妻、釜石で献花 集まった人と写真撮影
緒方雄大 2019年9月25日03時00分
秋篠宮ご夫妻は24日、ラグビー・ワールドカップ(W杯)の試合を観戦するため、岩手県を訪れた。
県によると、県内訪問は今回で9度目。東日本大震災の県内の被災地を気にかけてきたご夫妻は、
この日、津波で大きな被害を受けた釜石市鵜住居町に足を運んだ。
 「釜石祈りのパーク」では、約1千人の犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑に献花し、深々と頭を下げた。
津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」では、津波の被災状況や震災前後の航空写真などの展示を見学した。
同館のガイドで震災時に津波から避難した経験がある菊池のどかさん(24)が案内を務めた。
秋篠宮さまから「(体験や被災のことを)話すということは、次世代の子を助けることにつながるから、
これからも続けて欲しい」と伝えられたという菊池さん。
「普段の生活の中で震災の風化を感じる。そういう中で、被災地に興味を持って下さることがありがたい」と語った。
ご夫妻は鵜住居町から出発する際、集まった人からの握手や写真撮影に応じていた。
25日は大船渡市の商業施設「キャッセン大船渡」などを訪れてから、
釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムでW杯のフィジー対ウルグアイ戦を観戦する。
秋篠宮さまはW杯の名誉総裁で、20日の開会式で開会宣言をしている。(緒方雄大)
https://digital.asahi.com/articles/ASM9R7331M9RUJUB008.html


秋篠宮ご夫妻が岩手で観戦=ラグビーW杯
2019年09月25日17時53分
岩手県を訪問中の秋篠宮ご夫妻は25日、釜石市の「釜石鵜住居復興スタジアム」で行われた
ラグビーワールドカップのフィジー対ウルグアイ戦を観戦し、熱戦に拍手を送られた。
これに先立ち、大船渡市の復興商店街も訪れ、
秋篠宮さまは和菓子店で「(東日本大震災で被災した)工場などを再建している時、
材料はどこから仕入れたのですか」などと質問。
紀子さまも2008年の海フェスタで同市を訪問した際に購入した同店のもなか「甘ほたて」を前に
「こんなお菓子でしたね」と懐かしんでいた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092501039&g=soc


IBC岩手放送
ラグビーW杯 秋篠宮ご夫妻も観戦/岩手・釜石市 大船渡市
2019年09月25日 18:54 更新
岩手を訪問中の秋篠宮ご夫妻は25日午後、
釜石でラグビーワールドカップのフィジー対ウルグアイ戦を観戦されました。
観戦に先立ち、大船渡では商業施設などを訪れ、復興の状況を視察されました。
午後2時前に釜石鵜住居復興スタジアムに到着した秋篠宮ご夫妻は、
ワールドラグビーのアグスティン・ピチョット副会長と時折会話を交えながら開会式をご覧になりました。
そして、東日本大震災の犠牲者へ哀悼の意をささげる黙祷のあと、
復興の歩みを世界に伝える釜石での歴史的な試合を観戦されました。
秋篠宮ご夫妻が県内で開かれるスポーツ競技を御覧になるのは2016年の岩手国体以来3年ぶりのことです。
また、観戦に先立ち午前中は大船渡市を訪れました。
ご夫妻は防災と観光の交流施設のほか、震災後にオープンした大型商業施設「キャッセン大船渡」に足を運ばれ、
津波被害を受けた商店街の関係者などから被災状況や復興への歩みについて説明を受けられました。
https://news.ibc.co.jp/item_37352.html


秋篠宮ご夫妻 ラグビーW杯観戦  
09月25日 19時53分
岩手県を訪れている秋篠宮ご夫妻は、東日本大震災の被災地、釜石市のスタジアムで、
ラグビーワールドカップ日本大会の試合を観戦されました。
ラグビーワールドカップ日本大会の名誉総裁を務める秋篠宮さまは、秋篠宮妃の紀子さまとともに25日午後、
釜石市の「釜石鵜住居復興スタジアム」を訪れ、フィジー対ウルグアイの試合を観戦されました。
このスタジアムは、津波で浸水した地域に建てられたもので、
試合が始まる前に震災の犠牲者に黙とうがささげられました。
試合では、選手たちの力強いプレーが繰り広げられ、両チームがトライを奪い合う展開になると、
秋篠宮ご夫妻は盛んに拍手を送られていました。
これに先立って、秋篠宮ご夫妻は、2年前に作られた大船渡市の商店街を視察されました。
震災後も仮設商店街などで営業してきた菓子店や生花店など30店舗が入っていて、
秋篠宮さまは菓子店の従業員と懇談し、
「仮設商店街のときの店舗はどのくらいの広さでしたか」などと質問されていました。
秋篠宮ご夫妻は、25日夜に東京に戻られます。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/morioka/20190925/6040005341.html


秋篠宮ご夫妻 釜石訪れる 時折身を乗り出しながら試合観戦
2019年9月26日 05:30
岩手県を訪問中の秋篠宮ご夫妻は25日午後、「釜石鵜住居復興スタジアム」を訪れ、
フィジー対ウルグアイ戦を観戦された。秋篠宮さまは日本大会の名誉総裁を務めている。
メインスタンドに着席したご夫妻は試合前起立して東日本大震災の犠牲者へ黙とう。
秋篠宮さまは時折身を乗り出しながら試合の行方を見守り、
トライなどで得点が入ると拍手を送る場面もあった。
https://www.sponichi.co.jp/society/news/2019/09/26/kiji/20190925s00042000589000c.html