皇嗣両殿下沖縄県御訪問

秋篠宮ご夫妻、来月沖縄ご訪問 首里城の状況をご覧に 
2019.11.22 18:23
宮内庁は22日、秋篠宮ご夫妻が「全国育樹祭」の式典臨席などのため、
12月14、15日の日程で沖縄県を訪問されると発表した。
15日には、那覇市で、先月末の火災で主要な建物が全焼した首里城の状況をご覧になる。
側近によると、ご夫妻は以前に首里城公園を訪問したことがあり、
首里城や貴重な収蔵品が焼失したことを大変残念に思われているという。
今回の沖縄訪問に際し、県側から申し出があり、
15日午後、首里城を望む県立芸術大学の敷地から火災による焼失の状況をご覧になる。
全国育樹祭が同県で開催されるのは初めて。秋篠宮ご夫妻は14日午後に民間機で沖縄県に入り、
糸満市の国立沖縄戦没者墓苑や沖縄平和祈念堂などをご訪問。15日午前、宜野湾市で行なわれる式典に臨席される。
育樹祭は代替わりに伴う公務の分担で、天皇、皇后両陛下からご夫妻が引き継がれた行事の一つ。
https://www.sankei.com/life/news/191122/lif1911220031-n1.html

秋篠宮ご夫妻、沖縄ご訪問 15日に育樹祭、首里城ご覧
2019.12.14 18:14
秋篠宮ご夫妻は14日、「第43回全国育樹祭」の式典臨席などのため民間機で沖縄県に入り、
糸満市の国立沖縄戦没者墓苑などを訪問された。
式典は15日午前に宜野湾市で行われ、
同日午後には10月末の火災で主要な建物が全焼した那覇市の首里城をご覧になる。
ご夫妻は那覇空港から糸満市の国立沖縄戦没者墓苑に向かい、
献花台に花を手向けて先の大戦での戦没者を慰霊された。
献花後、県遺族連合会や県平和祈念財団の役員らの列に歩み寄り、秋篠宮さまは、語り部活動をする遺族らに
「伝えていただくことはすごく大事なことですね」などと声をかけられた。
ご夫妻はその後、同市の沖縄県平和創造の森公園を訪れ、上皇ご夫妻が在位中の平成5年、
「全国植樹祭」で同地に植えられたリュウキュウマツとフクギの成長を確認し、枝打ちや施肥などの手入れをされた。
育樹祭は代替わりに伴う公務の分担で、天皇、皇后両陛下から秋篠宮ご夫妻が引き継がれた行事の1つ。
同県での開催は初めて。
https://www.sankei.com/life/news/191214/lif1912140035-n1.html

沖縄県平和創造の森公園で、肥料を与えられる秋篠宮ご夫妻=14日午後、沖縄県糸満市
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秋篠宮ご夫妻、戦没者墓苑に供花 沖縄
2019年12月14日17時56分
沖縄県を訪問中の秋篠宮ご夫妻は14日午後、糸満市の平和祈念公園を訪れ、国立沖縄戦没者墓苑で供花された。
ご夫妻は、遺族らが見守る中、沖縄戦で犠牲になった
約18万人の遺骨が納められた納骨堂前で白菊の花束を供え、深々と頭を下げた。
県遺族連合会の前会長を務めた照屋苗子さん(83)によると、
秋篠宮さまは戦争体験を小中高生に語ってほしいと話し、
「自分も子供たちには戦争の話をしています」と明かしたという。
同会の宮城篤正会長(78)は「これからも継続して沖縄戦へ思いを寄せていただければありがたい」と述べた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121400393&g=soc

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秋篠宮ご夫妻 夏に懇談の「豆記者」と再会
2019年12月14日 21時02分
沖縄県を訪れている秋篠宮ご夫妻は14日、
ことしの夏休みに記者の仕事を体験する「豆記者」として東京を訪れた沖縄の子どもたちと再会し、
懇談されました。
「全国育樹祭」の式典などに出席するため、沖縄県を訪れている秋篠宮ご夫妻は、
14日午後5時半すぎ、「全国育樹祭」のレセプションが開かれた糸満市のホテルに足を運ばれました。
ロビーでは、ことしの夏休みに記者の仕事を体験する「豆記者」として、
東京を訪れた沖縄の小中学生10人が出迎えました。
「豆記者」は沖縄の本土復帰前の昭和37年に、沖縄と本土の小中学生の交流を目的として始まり、
ことし7月には秋篠宮ご夫妻が長男の悠仁さまとともに、
赤坂御用地で40分にわたって「豆記者」と懇談されています。
ご夫妻は「豆記者」との再会を喜んでいる様子で、秋篠宮さまは「文章を書くのは慣れましたか」などと
笑顔でことばをかけられ、紀子さまも「クラブ活動はどうですか」などと尋ねられていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191214/k10012215441000.html

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秋篠宮ご夫妻 全国育樹祭に出席 沖縄
2019年12月15日 11時33分
緑を守り育てる大切さを呼びかける「全国育樹祭」の式典が秋篠宮ご夫妻も出席されて沖縄県で開かれました。
43回目となる「全国育樹祭」の式典は15日、沖縄県宜野湾市で開かれ、
14日から沖縄県を訪ねられている秋篠宮ご夫妻をはじめ、全国の林業関係者などおよそ4000人が出席しました。
「全国育樹祭」への出席は皇位継承順位1位の「皇嗣」となった秋篠宮さまが
紀子さまとともに天皇皇后両陛下から受け継がれました。
式典の中で秋篠宮さまは「かけがえのない豊かな森林を後世へと引き継いでいくことは、
人類はもとより地球上に暮らすあまたの生き物たちにとって大変重要なことと考えます」とおことばを述べられました。
続いて、長年にわたって緑化活動に取り組んできた個人や団体などが表彰されました。
このあと全国各地で緑を育てる活動に取り組む子どもたちに
沖縄県の子どもたちが育てたリュウキュウマツやフクギなどの苗木が贈られると、
秋篠宮ご夫妻は笑顔で拍手を送られていました。
ご夫妻は15日午後、主要な建物が全焼した那覇市の首里城を視察したあと、15日夜、帰京されます。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191215/k10012215781000.html

秋篠宮ご夫妻、育樹祭に 首里城焼失「誠に残念」―沖縄
2019年12月15日16時04分
秋篠宮ご夫妻は15日午前、沖縄県宜野湾市で開催された第43回全国育樹祭の式典に出席された。
全国育樹祭は、天皇陛下の即位に伴いご夫妻が引き継いだ地方行事の一つ。
式典で秋篠宮さまは、10月の首里城火災について「沖縄の人々の心のよりどころともいうべき首里城が焼失し、
琉球王国時代の貴重な文化財が失われたことを誠に残念に思います」と述べた。
その上で、「かけがえのない豊かな森林を後世へと引き継いでいくことは、
人類はもとより、地球上に暮らすあまたの生き物たちにとって大変重要なことと考えます」とあいさつした。
午後は、首里城近くの県立芸術大から焼け跡の状況を視察した。
黒焦げの柱などがあらわになった建物を見た秋篠宮さまは「これが北殿ですか」と玉城デニー知事に確認。
火災前後の上空からの写真を見ながら、出火当時の状況や被災した文化財の点数などについて知事から説明を受けた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121500160&g=soc

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秋篠宮ご夫妻 首里城焼け跡を視察 火災の状況など尋ねられる
2019年12月15日 18時24分
秋篠宮ご夫妻は15日午後、沖縄県那覇市で、主要な建物が全焼した首里城を視察されました。
午前中、沖縄県宜野湾市で「全国育樹祭」の式典に臨んだ秋篠宮ご夫妻は午後2時半すぎ、
首里城の近くにある那覇市の沖縄県立芸術大学に到着されました。
首里城はことし10月、大規模な火災で「正殿」や「北殿」など主要な建物が全焼していて、
ご夫妻は大学の敷地内の駐車場から、およそ10分間、焼け跡を視察されました。
沖縄県の玉城知事が火災の前とあとに上空から撮影された写真のパネルを使って
建物の位置関係などを説明すると、ご夫妻は熱心に耳を傾けられ、
秋篠宮さまは「当日は少し風が強かったですか」などと火災の状況などを尋ねられていました。
宮内庁によりますと、以前にも首里城を訪ねたことのあるご夫妻は
沖縄の人々にとっての心のよりどころともいうべき首里城の火災に心を痛めているということで、
知事が「正殿」はほとんどが焼けてここから見ることはできなくなってしまったなどと伝えると、
残念そうな表情でうなずかれていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191215/k10012216061000.html

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秋篠宮ご夫妻、首里城ご覧に 育樹祭式典ご臨席
2019.12.15 19:37
沖縄県を訪問していた秋篠宮ご夫妻は15日、
宜野湾市で開かれた「第43回全国育樹祭」の式典に臨席し、帰京された。
式典の後には、10月末の火災で主要な建物が全焼した那覇市の首里城近くに立ち寄り、
玉城デニー知事から説明を受けられた。
ご夫妻は同日午後、火災で焼けた首里城の北殿などを望む沖縄県立芸術大学の敷地の一角に立ち、
火災前後の首里城の写真パネルを見ながら説明を聞かれた。
秋篠宮さまは「当日は少し風が強かったんですか」などとご質問。
玉城知事によると、この日の昼食の際にも、文化財の焼失状況などについて尋ねられたという。
これに先立ち、育樹祭の式典で、秋篠宮さまは「かけがえのない豊かな森林を後世へと引き継いでいくことは、
人類はもとより、地球上に暮らす数(あま)多(た)の生き物たちにとって大変重要なこと」と述べられた。
ご夫妻はこの日、県内で伝統染物の「琉球びんがた」の工房や、沖縄空手の演武なども見学された。
https://www.sankei.com/life/news/191215/lif1912150035-n1.html

沖縄県の玉城デニー知事(右)から首里城の説明を受けられる秋篠宮ご夫妻。
右上は北殿=15日午後、那覇市の沖縄県立芸術大
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皇嗣両殿下半年間の歩み 皇室支えられ、次世代へ継承も

秋篠宮ご夫妻半年間の歩み 皇室支えられ、次世代へ継承も
2019.10.21 18:15
秋篠宮ご夫妻は5月以降、約半年で東日本大震災の被災地を含む12府県を訪問するなど、
公務で忙しい毎日を送られてきた。公務は以前からのものだけではなく、
代替わりに伴って新たに天皇、皇后両陛下から引き継がれたものなども加わり、増えている。
皇族が減る中、皇嗣(こうし)同妃の立場での国際親善や、次世代への継承にも取り組み、
令和の皇室を支えられている。
両陛下が皇太子同妃時代に務められてきた7つの地方公務のうち、
ご夫妻は、全国高校総体や全国育樹祭、献血運動推進全国大会など、
秋篠宮妃紀子さま単独の臨席も含め5つを引き継がれた。
7月には、以前から担ってきた全国高校総合文化祭と高校総体の開会式臨席が
それぞれ佐賀、鹿児島で同じ日に重なり、新幹線で移動して午前と午後で2つの式典を掛け持たれるなど、
多忙さを象徴するような場面もあった。
ただ、ご夫妻はこうした日々にあっても、「一つ一つの訪問を大切に」
(6月のポーランド・フィンランド訪問前会見での秋篠宮さまご発言)という姿勢を貫かれている。
皇嗣同妃として初めての海外公式訪問となった両国では、1日に10件以上の行事や面会に臨みながら、
公園で親子連れに話しかけるなど、現地の住民との対話の時間も持たれた。
また、代替わりで皇位継承順位2位となられた長男の悠仁さまを、ご夫妻が公務に伴われる機会も目立っている。
7月末、沖縄県などから訪れた「豆記者」の小中学生との懇談の場には、
ご夫妻とともに、参加者に積極的に話しかけられる悠仁さまの姿があった。
8月にお三方で訪問されたブータンは私的旅行の位置づけだったが、王族との面会や現地の学校訪問など、
公的な色合いの強い日程も盛り込まれた。
悠仁さまの同国訪問は「海外経験を積まれることで、
国内の見方も変わっていくであろうというご夫妻のお考え」(宮内庁幹部)といい、
次世代への継承という意味でもご夫妻の果たされている役割は大きい。
https://www.sankei.com/life/news/191021/lif1910210032-n1.html


令和の皇室で存在感高まる秋篠宮家 台風19号対応に注目集まるワケ
2019.10.22 07:00AERA
令和流の皇室のあり方が注目される中、天皇、皇后両陛下を支える秋篠宮家の存在感が高まっている。
台風19号への対応で令和の皇室のパワーバランスを占うことができるという。
AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。
*  *  *
令和の時代になり、天皇陛下(59)と皇后雅子さま(55)のお二人を以前にも増して支えてきたのが、
秋篠宮さま(53)と皇嗣妃紀子さま(53)だ。
7月27日、佐賀市で始まった全国高校総合文化祭(総文)。
開会式に出席した秋篠宮さまは、佐賀清和高校の3年生で
生徒実行委員会委員長を務めた佐藤雄貴さん(18)に、こう語りかけた。
「2年間かけて作り上げてこられたんですね」
「お疲れさまでした」というねぎらいの言葉に続いて、大会の規模について尋ねた。
そばにいた紀子さまは、笑みを浮かべながら相づちを打っていた。
「お二人ともとても和やかな表情でした。とても緊張しましたが、
めったにできない経験ができたのでうれしかったです」
佐藤さんにとって忘れられない場面となったが、
前出の近重さんは、夫妻の過密スケジュールが気にかかっていたという。
「秋篠宮殿下と紀子さまは本当に、今の皇族方で一番お忙しい日々を過ごされていると思います。
佐賀の総文は、それを象徴した出来事でした」
宮内庁が公表している資料を見ると、夫妻は前日の26日に
全国高校総合体育大会(インターハイ)の開催地である鹿児島市入り。
27日はインターハイの総合開会式に出席した後、佐賀市へ移動。
先述の総文の開会式に出席した。28日も2人そろって、総文の舞台となった佐賀市や小城市をまわった後、
その日のうちにインターハイの会場がある鹿児島県薩摩川内市に戻り、
バスケットボールの試合を観戦。同県霧島市でもフェンシングの競技を見守った。
インターハイは、天皇、皇后両陛下が皇太子夫妻時代に七大行啓として担った公務の一つだった。
秋篠宮夫妻に引き継がれたが、そこに、もともとの公務である総文が重なり、
「ご多忙ぶりが如実に表れました」(近重さん)。
本来2人で訪れるべきところ、単独で担っている公務もあるという。
こうした負担を減らすためにも、眞子さま(27)と佳子さま(24)に
もっと公務を振り分ける必要がある、と近重さんは指摘する。
これまでの秋篠宮さまは、天皇との距離を感じさせる局面もあった。
04年5月、皇太子時代の天皇陛下が「雅子のキャリアやそのことに基づいた
人格を否定するような動きがあったことも事実」と発言すると、
その年の11月に「会見という場所において発言する前に、陛下と内容について話をすべき」と批判。
昨年11月は大嘗祭(だいじょうさい)の公費負担について、
「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と問題提起もした。
今年4月には、「兄が80歳のとき、私は70代半ば。それからはできないです」と
高齢で即位することの難しさを指摘したとの報道もあった。
近重さんは、「いわゆる天皇と皇太子というお立場では発言しにくい所を
カバーされていた側面もあったと思います」と見る。
前出の原さんは、著書『平成の終焉─退位と天皇・皇后』で、
代替わりが皇室の序列の問題に影響するかもしれない、という見方を紹介している。
平成では天皇・皇后、皇太子・皇太子妃、秋篠宮・秋篠宮妃という明確な序列があった。
ところが、令和の時代は、天皇、皇后と同じく「陛下」の称号で呼ばれる上皇、上皇后がいて、
皇位継承権では1位の秋篠宮さまと2位の悠仁さま(13)がいる秋篠宮家の存在感が高まるからという理由だ。
原さんは半年を振り返り、こう感じているという。
「序列が崩れないように細心の注意を払っているように見えます。
上皇や上皇后は外出を控えていますし、天皇や皇后の外出と秋篠宮家の外出は
平成のときの天皇夫妻と皇太子夫妻の外出を踏まえ、役割分担をはっきりさせています」
台風19号への対応によって、令和の皇室のパワーバランスを占うことができるかもしれないとも指摘する。
「平成のときのように天皇と皇后が被災地に行くのか、あるいは皇后の体調を考慮し、
天皇と皇后ではなく皇嗣夫妻が代わりに行くのか、それとも誰も行かないのかに注目しています。
誰も行かなければ平成との違いは明らかになりますし、
皇嗣夫妻が行けば、平成の天皇と皇后のスタイルを継承するのは皇嗣夫妻という印象が強まるでしょう」
これまで6人でもり立ててきた皇室の主な担い手は4人となり、悠仁さまが成人するまで7年ある。
次世代の皇室のあり方や、増えすぎた公務の見直しなど、取り組むべき課題が山積するなか、
「令和流」をどのように打ち出していくのか。(編集部・皇室取材班)
※AERA 2019年10月28日号より抜粋
https://dot.asahi.com/aera/2019102100082.html?page=1

秋篠宮皇嗣殿下お誕生日 令和元年

秋篠宮皇嗣殿下お誕生日に際し(令和元年)
秋篠宮皇嗣殿下の記者会見
会見年月日:令和元年11月20日
会見場所:赤坂東邸
https://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/32

問1 皇嗣となられた今のお気持ちと,天皇皇后両陛下のこの7か月間の歩みをどのようにご覧になっているか,
お聞かせください。ご一家で担われる公的な活動も増えましたが,活動のあり方や,
新しい時代の皇室像についても,併せてお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
皇嗣になった今の気持ちということですけれども,このことは6月でしたか,
ポーランド,フィンランドに行く前にも同じような質問があったと思います。
基本的には,これはその時もお話をしたと思いますけれども,
私自身は個体としてはずっと連続しているわけですね。だから,例えば何か成人したときとか,
何か,例えば時代が変わった何だ,結婚したとかそういうもので何か変わるというものではないです。
ただ,これもこの前お話ししましたように,やはり人間も少しずつ進歩していくということは大事なことだと思います。
そのような気持ちで一つ一つ進めていければ良いなと思っております。次は両陛下の。

記者
両陛下の7か月間。

秋篠宮皇嗣殿下
7か月間,5月以降ですね,今の天皇皇后両陛下,特に天皇陛下は今までは,
例えば公務については代行の時にはされていましたけれど,
それが日常に,国事行為のことですけれども,なってきたわけですね。
それがあり,そしてそのほか例えば宮殿の中での様々な各種の拝謁であったりとか,
さらにこれは両陛下になりますけれども,上皇上皇后両陛下がされていた行幸啓,
その時のその式典への出席があったり,それからもちろん外国から来られる賓客の接遇もありますね。
そのようなこと,それに更に今までされていたお仕事,それも続けているものもあるわけですね。
それらのことからも非常に多忙な日々を過ごされています。
皇后陛下も日赤関係の行事であったり,それから天皇陛下と一緒の地方への行事出席等で,
以前に比べると相当忙しくなられていると思いますね。さらに即位の礼関係の行事が,
ここの秋に続けて行われました。今の私の気持ちとしては,
まだ即位関係の行事が全て終了しているわけではないですけれども,
つつがなく全てのものが終わることを願っているところです。次は,皇室の。

記者
御一家で担われる公的な活動も増えられましたが,
その活動の在り方や新しい時代の皇室像についてもお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
そうですね,これは活動の在り方,なかなか一言で言うことは難しいと思います。
というのは,私の活動,それから妻の活動があります。それから娘たちのものがあり,
共通しているものもあれば,個人に帰属しているものもあります。
そういうことからどういう在り方が良いかというのはなかなかそれをまとめてお話しすることは,
私には難しいのですけれども,何と言いましょうか,やっぱり依頼された仕事,
それから自分が例えば何かその,名誉職とかに就いている仕事,
いずれにしてもそれらに丁寧に取り組んでいくということが大切かなと思います。新しい。

記者
皇室像。

秋篠宮皇嗣殿下
新しい皇室像ですね。これは,その基本になるのは,
これはよく上皇陛下も言われていたことですけれども,
国民と苦楽を共にし国民の幸せを願いつつ務めを果たしていく,
これはやはり基本にあることだと私は考えております。
それを基本として,また時代によって要請も変わってきます。
ですからその時代時代に即した在り方というのは,常に考えていかなければいけないと思っています。
それとともにやはり皇室の中に古くから伝わっているものもあります。
それの中でもやはり大事なものというのはいろいろありますので,
そういうものは引き続き残していくということが必要ではないかなと思っております。

問2 即位の礼と大嘗祭に,皇嗣として臨まれた感想をお聞かせください。
大嘗祭は,公費を充てる平成の方針が踏襲されました。殿下は昨年の記者会見で,
天皇家の私費である「内廷会計で行うべきだ」と述べられましたが,現在もその認識にお変わりはないですか。
来春に立皇嗣の礼を控える中,代替わり行事の望ましい在り方について,考えをお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
そうですね。即位の礼,これは秋のことをおっしゃっていますか。
即位の礼,一連の即位の礼において私も出席いたしました。
そして,大嘗祭もそうですけれども,この両方の行事が無事に終わったことを安ど堵しています。
正殿の儀の時には誠に多くの方が海外からもお越しくださり,
その方々とお話しする機会もその日の夜ですね,得ることができ,
私としても大変うれしいひとときでありました。
また,これも即位の礼の一つですけれども御列の儀,その時私は何台後ろかな,
供奉していたわけですけれども,非常に多くの人たちが沿道でお祝いをしてくれている様子を見て,
大変有り難いことだと思いました。今回出席して,前回と一つ違うことがあって,
これは正殿の儀になるんですけれども,前回は私の隣に今の陛下がおられて,
私はそこで行われる所作を,分からなければ隣を見ていればいいと,そういう感じがあったんですね。
これは大嘗祭もそうなんですけれど。今回はそれができない。ということは,
恐らくほかの参列者は私に合わせるだろうと。ということから,やはりその辺りは少し緊張しましたね。
やはり間違いないようにしなければいけないなというのがありました。
その辺りは前回と今回で違ったことの一つかなと思います。

記者
大嘗祭の支出についてなんですけど。

秋篠宮皇嗣殿下
それについては今も昨年お話しした時と気持ちは変わりません。それからもう一つは代替わりの。

記者
来春に立皇嗣の礼を控える中で,代替わりの行事の望ましい在り方についてお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
代替わりの行事の望ましい在り方。大嘗祭については昨年お話をしましたけれども,
その他の多くのもの,立皇嗣の礼も含めてですね,これは国事行為に当たりますので,
ここで私の意見を言うのは控えたく思います。

問3 眞子さまと小室圭さんとのご結婚に関する行事が延期され,来年の2月で2年となります。
昨年の記者会見の際,「多くの人が納得し喜んでくれる状況にならなければ,
納采の儀を行うことができない」と話されましたが,
お二人の結婚に対する殿下の現在の考えや,見通しをお聞かせください。
最近,眞子さまとは,どのような話し合いをなさっていますか。
小室家とは何らかの連絡をとられていますか。併せてお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
結婚の見通し,これについては私が昨年お話ししたことと変わっておりません。
ただ,今質問にもありましたけれども,この次の2月で2年たつわけですね。
やはりその,昨年の2月に今の気持ちというのを発表しているわけですので,
何らかのことは発表する必要があると私は思っております。
それから長女との話し合いですね。それについては,結婚のことについては話をする機会はありません。
最近ですと,この即位礼の一連の行事についての事柄については話をいたしました。
また,小室家とは連絡は私は取っておりません。以上です。

問4 悠仁さまは,今年4月に中学校に入学され,8月には,両殿下とともに,ブータンを旅行されました。
悠仁さまの近況や成長ぶり,今後の教育方針などをお聞かせください。
佳子さまは,初めて外国を公式訪問されました。今後の公的な活動に期待されることや,
就職や結婚のご予定,最近のご様子についてお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
長男についてですけれども,この4月に小学校を卒業して中学校に入りました。
不思議なもので,着ているものの違いもあるんでしょうかね,
何となく,少しばかり大人びた雰囲気になったなという感じがします。
実際,この夏にブータンに一緒に行きました時にも,
本人なりにいろいろなものを吸収しようという感じを示していて,
そのことを私は大変うれしく思いながら見ておりました。
ここのところの近況ですけれども,本人はかなり以前からトンボに興味を持っています。
ここの赤坂の御用地内,いろんなところのトンボをずっと観察してるんですけれども,
赤坂御用地内も3年前からですかね,一定の間隔で,どういうトンボがいるのかという調査をしています。
それでやっぱり,そうやってモニタリングしていると,今から何年前でしょうか,
皇居と共に赤坂御用地の生物調査というのが行われたわけですけれども,
その時に記載されていなかった種類が何種類もいるということが,それで分かったんですね。
今はそれらのトンボが,今度は,単に飛来してそこにいるのか,
それともそこの場所で繁殖しているのかということを,続けて調査をしているようです。
私は息子にも時々話しますけれども,そういった調査というのは,
その時,何かすごい発見があるとかいうことではないかもしれませんけれども,
後々,この中の一つのエコシステムがどういうふうに変わっていったかということをですね,
知る上で大切なものになると思っています。あとは何でしたか,教育方針。

記者
すみません,殿下,先ほどの国立科学博物館の調査では分からなかった種類のトンボが,
悠仁親王殿下の調査によって分かったという。

秋篠宮皇嗣殿下
そういうことですね。

記者
承りました。あとですね,悠仁さまの今後の教育方針。

秋篠宮皇嗣殿下
以前にもお話しした,去年か一昨年くらいですかね,お話ししたことがあると思いますけれども,
やはり,私自身の経験からいってもそうなんですけれども,
日本の国内,いろいろな場所を訪ねてほしいと思っています。
これは,日本も地域地域でやっぱりそれぞれの興味深い文化があります。
それから,その文化の背景になる自然環境もあります。そういうものを知っておくということは,
将来的にも非常に有意義なことだと思いますし,海外に行ったときに,
これは私の経験でもそうなんですけれども,向こうの人と話をしているときに,
日本のことをやっぱり知りたがる人がいるんですね。そのときにちょっと面白い,
興味深そうなことを話すことができます。
そういう点でも,いろいろな所に行って,実際に見て,
話を聞くということをしてほしいなと思っています。それから次は。

記者
佳子さまが初めて外国を公式訪問されました。
今後の公的な活動に期待されることや,就職や結婚の御予定,そして最近の御様子についてお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
オーストリアとハンガリーに今年,下の娘が行きましたけれども,
それが彼女にとっては初めての公式の訪問になり,本人にとって良い経験になったと私は思います。
行く前には随分時間をかけて,その地域の専門の人から話を聞き,
また本を読んで下調べを随分やっていたという印象があります。
また,これは実はその海外の訪問のときに限らずですね,国内で何か行事に出席するとか,
あとは海外から来られるお客様に会う前とか,そういう時の事前の調べ物というのは,
元々が真面目な性格なのかもしれないですね,よくやっているなという印象を,私は持っています。
引き続き,そういう一つ一つを大事にするという気持ちを持っていってほしいなと思います。
就職と結婚についてですけれども,今時点で,就職について私からお話しすることはありませんが,
何か一つですね,一つではなくてもいいんですけれども,
彼女のライフワークとして持てるものというものがあると良いのではないかなと思っています。
また,結婚については,私はまだ聞いておりません。以上です。

問5 今年は代替わりと,それに伴う儀式が続いたほか,上皇后美智子さまの手術もありました。
国民生活においては,各地で災害が発生した一方,
殿下が名誉総裁を務められたラグビーワールドカップ日本大会での日本代表の活躍や
日本人のノーベル賞受賞など,明るい話題もありました。
殿下にとって,この1年で印象深かった出来事をお聞かせください。

秋篠宮皇嗣殿下
国の内外で様々なことが起こっており,いろいろ気に掛かっていることが多々あるわけですけれども,
幾つかその中から印象に残っていることをお話ししますと,やはり今質問にもありましたような,
自然災害,これ毎年そういう災害が起こらないといいと思ってはいるんですが,
今年もこの9月以降,台風15号そしてその後に19号が来て,それからさらに21号の影響による大雨,
豪雨というのがあり,河川の氾濫,それから暴風による停電ですね,停電も非常に長い期間続きました。
いまだに避難している人も2千人以上いますね。やはりこういった災害にどのように対応するかというのは,
今までも,そしてこれからも課題であると思っております。
今回,あれだけ多くの河川が決壊して浸水したということ,
なかなか想像を最初はできなかったんですけれども,やはり中小河川の浸水想定区域の図ですね,
そういうのをやはりできるだけ早く,そういうものができて,
今まだできていないところが結構あるわけですよね。
少しでも安全に避難できるようなことを考える必要があるのではないかなと思いました。

それから,これも残念なことだったのは首里城が,正殿と北殿と南殿ですか,
焼失してしまったという,そしてさらにそこにあった貴重な資料,
これもかなりの数が焼失してしまったわけですね。
復元された首里城,沖縄の人々にとって心のよりどころになっていた場所であります。
私自身も比較的最近,あそこの場所を訪れて,
新たに公開された御内原おうちばらのエリアの方をずっと歩いて,それでそこからこう,
あそこの上からずっと展望したりしたものですから,
余計にあのニュースを見た時は驚き,非常に残念な気持ちになりました。
そのほかいろいろありますけれども,例えばCSFの拡大というのが今見られます。
これも養豚農家にとっては大変なダメージだと思います。
しかも,やはり猪いのししの感染も見られますので,
その意味からもこれの対策というのは非常に大事なことだと思いますし,
それとともに周辺の国ではあるASFですね,それについての防疫というのも気に掛かっているところです。

さらにもう一つ,これも余り明るい話ではありませんけれども,IPBESが出したもので,
今地球上の100万種の動植物が絶滅の危機に瀕ひんしているというものがありました。
これは,人間も地球上の生態系の一員ですけれども,人間の活動によって人間の社会を支えている環境が,
土地利用が主だと思うんですけれども,失われつつあるということは,
これはかなり大きな問題だと思っております。
今後,どのような対策を取っていくかというのは,私が何か言うことではありませんけれども,
そのことが今年の大きいことの一つだったのではないかと思います。

明るい話題としては,今ありましたような吉野彰さんのノーベル化学賞受賞ですね。
リチウムイオン二次電池ですか,これにはもう様々なところで,
私たちお世話になっているわけですね。私も携帯電話やパソコンも使ってますけれども。
吉野さんとお話ししたのは,実はこの前,文化勲章のお茶会の時が初めてなんですが,
私,毎年出席している読売新聞の学生科学賞がありまして,それの協賛が旭化成なんですね。
そのことから,旭化成の代表の方が話をするときは必ず吉野さんの名前が出てくる,
そういうことから私自身も非常に親しみを,お名前だけだったんですけれどもあった方です。
今回のノーベル化学賞の受賞は本当に良かったと思います。

もう一つ,ラグビーのワールドカップですね。日本も8強入りして,これ初めてのことですね。
日本の代表の活躍というのは本当にすばらしかったと思います。
私自身はラグビーの知識が全くないところから見始めたものですから,
一番最初に見た時には,何が起こっているのかは全然実は分からなかったんですね。
ただ何回か見て,またテレビでも見て少しずつ知識が積み重ねて増えていって,
最後は大分とまではいかないですけれども,少し理解しながら楽しみながら見ることができました。
また,日本にこれだけ多くのラグビー好きな人がいるということも今回初めて知りましたけれども,
良い大会だったと思います。そしてまた,その間,それとも関係して,釜石のラグビー場にも行き,
津波で被害を受けた場所にあのような形でスタジアムが建てられて,
そこに多くの人が集まったということも,非常に感動的なことでありました。
いろいろありますけれども,幾つかを紹介させていただきました。

関連質問 殿下は,4月に立皇嗣の礼に臨まれると皇嗣として次の天皇ということを
国内外に示されることになります。あと20年たちますと,今の天皇陛下は80歳近くになられて,
殿下は70歳半ばということになられるわけなんですけれども,
仮にその頃,皇位継承というお話になった場合,大変御高齢での即位ということで,
大嘗祭ですとか即位の礼という大きな儀式に臨まれることになります。
一方で,現在の皇室典範には即位を辞退するという規定はないわけなんですけれども,
大変恐縮なんですけれども将来の皇位継承の在り方について
今の時点で何か殿下のお考えがあれば,お聞かせ願えませんでしょうか。

秋篠宮皇嗣殿下
皇位継承の在り方は,そのシステムの問題になりますので,私から何か言うことはできません。
ただ,今おっしゃったように,今非常に高齢社会になってますよね。
それとともに確かに平均寿命は80幾つまで,健康寿命は70,10年くらいの差がある。
いろんなその辺のばらつきなどもあります。それはもう本当に一人間がどの段階で何ができるかというのは,
これはもう個体差になりますので,随分人によって違うのではないかなと私は思います。

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【秋篠宮さま54歳】随所に皇嗣のご自覚 誕生日会見 皇位継承者の減少も背景に 
2019.11.30 08:11
54歳を前に記者会見に臨んだ秋篠宮さまは、一世一度の重要祭祀(さいし)
「大嘗祭(だいじょうさい)」の費用について意見した昨年から一転、
一連の代替わり関連行事の在り方について慎重な言い回しに終始された。
また、皇位継承者の減少も踏まえ、他の参列者の手本となるよう意識したことも明らかにされるなど、
随所に皇嗣(こうし)としての自覚も垣間見えた。
「私の意見を言うのは控えたく思います」。
一連の代替わり行事の「望ましい在り方」に対する質問で、秋篠宮さまはそう述べるにとどめられた。
皇位継承の在り方に関しても「システムの問題になりますので、私から何か言うことはできません」と回答された。
秋篠宮さまは昨年の誕生日会見で、大嘗祭は国費ではなく、天皇ご一家の私的活動費でまかなうべきとの見解を示し
「聞く耳を持たなかった」と宮内庁長官を強い言葉で非難された。
かつては天皇の定年制の必要性を指摘するなど、皇室制度に関するご発言が議論となったこともある。
秋篠宮さまは大嘗祭費用に関し、今回も「気持ちは変わりません」と述べられたが、
宮内庁幹部は「皇嗣となり波紋を呼ぶ発言を控えられた印象がある」と話す。
一方、会見では平成の代替わり儀式と今回とで「一つ違うこと」があったとご表現。
「即位礼正殿(せいでん)の儀」や大嘗祭での所作について、平成時は皇太子時代の天皇陛下がおり
「隣を見ていればいい」状況だったが、今回は「それができない」と述べられた。
正殿の儀に参列された男性の成人皇族は平成の6方に対し、今回は秋篠宮さま、常陸宮さまの2方のみ。
平成時に男性皇族が並んだ宮殿「松の間」左側は女性皇族とのバランスを考慮し、
秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、次女の佳子さまの4方で並ばれた。
大嘗祭は高齢の常陸宮さまが出席を見送られ、
男性皇族では秋篠宮さまお一方が大嘗宮の「小忌幄舎(おみあくしゃ)」で見守られた。
「ほかの参列者は私に合わせる」「間違いないように」。
これらの儀式では緊張されたという背景には、約30年で皇位継承者が減少した現実もあった。
https://www.sankei.com/life/news/191130/lif1911300016-n1.html

【秋篠宮さま54歳】悠仁さま「大人びた雰囲気」 佳子さま「ライフワークを」 ご成長に期待寄せられ
2019.11.30 09:17
30日に54歳の誕生日を迎えたのに先立ち、記者会見に臨まれた秋篠宮さま。
会見では、陛下のご即位に伴い皇位継承順位2位となった長男の悠仁さま、次女の佳子さまの近況を明かし、
今後のご成長に期待を寄せられた。この1年の出来事についても振り返り、台風など自然災害の被災者に心を寄せられた。
悠仁さまは4月にお茶の水女子大付属中学校にご進学。
「少しばかり大人びた雰囲気になった」と成長ぶりを表現された。
悠仁さまにとって初の海外ご訪問となった8月のブータン旅行では
「いろいろなものを吸収しようという感じを示していて、
そのことを私は大変うれしく思いながら見ておりました」と語られた。
悠仁さまが3年前から赤坂御用地内でトンボの生態調査をし、
御用地内で未確認だった複数種を見つけられたエピソードもご紹介。
秋篠宮さまは生物学に造詣が深く、悠仁さまの調査が御用地内の自然環境の変化を知る上で
「大切なものになる」と評価された。
佳子さまは9月に初の外国公式訪問をご経験。
秋篠宮さまは「本人にとって良い経験になった」と感想を述べられた。
また、日々の務めに対し、事前の下調べを欠かさないなど「元々が真面目な性格」と明かし
「一つ一つを大事にするという気持ちを持っていってほしい」と願われた。
その上で「ライフワークとして持てるもの」があると良いとご助言。
結婚に関しては「まだ聞いておりません」と答えられた。
https://www.sankei.com/life/news/191130/lif1911300017-n1.html

秋篠宮さま、誕生日で両陛下にごあいさつ
2019.11.30 21:20
30日に54歳の誕生日を迎えた秋篠宮さまは同日、
天皇、皇后両陛下にあいさつするため、赤坂御所(東京・元赤坂)を訪問された。
これに先立ち、上皇ご夫妻がお住まいの皇居・吹上仙洞御所もご訪問。
秋篠宮さまは午前10時50分ごろ、半蔵門から車で皇居に入る際、
沿道から「おめでとうございます」と声を掛けられると、笑顔で会釈をされた。
https://www.sankei.com/life/news/191130/lif1911300035-n1.html

秋篠宮さま 誕生日にご一家でお祝いの夕食
2019年11月30日 21:36
30日夕方、上皇ご夫妻が赤坂御用地の秋篠宮邸を訪問された。
秋篠宮さまの誕生日にあたり、天皇皇后両陛下やご一家でお祝いの夕食を共にされたという。
誕生日を前にした記者会見で、秋篠宮さまは皇嗣の立場となった今の気持ちについて
「少しずつ進歩していくことは大事で、そのような気持ちで
ひとつひとつ進めていければ良いなと思っております」と述べられた。
また、長女の眞子さまと小室圭さんとの婚約延期が発表されてから
来年の2月で2年となることについて、次のように述べられた。
秋篠宮さま「昨年の2月に今の気持ちというのを発表しているわけですので、
何らかのことは発表する必要があるというふうに、私は思っております」
眞子さまとは結婚については話しておらず、小室家とは連絡をとっていないことも明かされた。
http://www.news24.jp/articles/2019/11/30/07553631.html



藤井隆 飛行機で紀子さま眞子さまと座席並ぶ…「目だけ合わせていただいた」

藤井隆 飛行機で紀子さま眞子さまと座席並ぶ…「目だけ合わせていただいた」
2017.8.4

歌手で俳優の藤井隆が4日、カンテレの「快傑 えみちゃんねる」に出演し、
大阪・伊丹空港から飛行機に乗った際、秋篠宮紀子さま眞子さまと座席が並んだことを明かした。
藤井は「伊丹空港でなんとなく緊張感があった」と時期は明示しなかったが、ある日のことを話した。
女優のYOUとともに移動していた。搭乗時刻が10分から15分ほど遅れ、機内に入ったという。
藤井は「窓側が僕。横に体格のいい男性がいて、その横の席に眞子さまがいらっしゃった」と振り返った。
出演者から一様に驚きの声が上がった。
藤井は続けて「その横には紀子さまがいらっしゃった。その奧にはSPの方がいた。奧の窓側にはYOUさんがいて。
僕、SP、眞子さま、紀子さま、SP、YOU。僕とYOUさんではさんでたんです」と横一列に並んだことを述べた。
MCの上沼恵美子が「お話は?」と会話をしたのか尋ねると、藤井は「いやいや!」と会話はなかったとし、
「目だけ合わせていただいた。僕だけではなく、そこにいる皆さんに『こんにちは』」と声をかけていたことを述べた。
「お2人ともおきれいでした。SPさんも威圧感がなくソフトな感じだった」と振り返った。
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/08/04/0010434731.shtml

東宮家・秋篠宮家の格差

中央公論2006年11月号
皇室典範改正は避けられない
井上茂男(読売新聞編集委員)
▼兄弟間の差は歴然
宮内庁の組織は「宮内庁法」や「宮内庁組織令」などによって決められている。
それらに基づく秋篠宮ご一家と皇太子ご一家のお世話の体制が大きく違う。
秋篠宮家などの宮家のお世話については、
宮内庁組織令に基づいて長官官房に「宮務主管」が総括特命担当として置かれ、
宮務課が皇族に関する事務をつかさどると定められている。そして各宮家に「宮家付」が配置されている。
一方、皇太子ご一家のお世話を担う「東宮職」は宮内庁法で「皇太子に関する事務をつかさどる」とされている。
宮内庁秘書課によると、その定員は秋篠宮付が九、東宮職五一。
秋篠宮付の職員は環境省から出向している宮務官のほか、
侍女長、侍女長補、事務担当の主査三人、運転担当二人、料理担当となっている。
このほか身の回りのお世話をする私的職員が二~三人いる。
一方、東宮職は前ロシア大使の野村一成・東宮大夫をトップに、東宮侍従長、東宮侍従五人、
東宮女官長、東宮女官三人、東宮侍医長、東宮侍医三人がおり、庶務や行啓、会計、
監理などの事務職員が一三人、看護師四人、身の回りのお世話をする女嬬などがいる。
秋篠宮付の定員には運転の担当と料理の担当が含まれるが、東宮職は運転や料理・配膳担当は別。
皇太子ご一家の運転を担当するのは車馬課配車第二係の六人、料理を作るのは大膳課厨房第五係の五人、
配膳を担当するのは大膳課主膳第二係の五人で、東宮職以外にも計一六人がお世話に携わっている。
これらの職員を含めると、皇太子ご一家のお世話係は計六七人になる。
東宮職には東宮侍医長も含めて四人の医師がいて、二四時間体制で詰めている。
しかし、秋篠宮家など宮家に常駐する医師はいない。
宮内庁は二〇〇一年十月から、秋篠宮さまの地方での公務に宮内庁病院の医師一人を同行させているが、
それは秋篠宮さまに軽い不整脈があるためだ。紀子さまの出産や、眞子さまや佳子さまの病気などは、
ご夫妻の意向もあって、かかり付けの医師に任せているという。
悠仁さまが生まれて、宮内庁は秋篠宮家に看護師三人を公費で配置した。
宮家のお子さま担当の看護師は私的に雇われており、宮内庁が公費負担としたのは初めてだった。
うち一人が宮内庁職員として採用されたが、今年度中は欠員枠を使ったため、定員にはカウントされないという。
一方、愛子さまの場合は、誕生後に看護師四人が公費で置かれ、その後、小児科の侍医一人、
愛子さま担当の侍従一人、看護師二人、お世話係の出仕一人の計五人が増員された。


週刊文春2007年9月13日号
▼東宮家との格差は変わらず
さらに、以前から指摘されていた東宮と宮家の格差の問題も、
悠仁さま誕生から一年経った現在も具体的な解決策は示されていない。
東宮家には約五十人の職員がいるのに対し、五人家族の秋篠宮家付の職員は、
悠仁さまが生まれ、看護師や運転手が増員された今でも十二人。
保育士の採用も現在のところ検討されていない。
宮邸では、お子様方が使われる二階建てのプレハブの建物を増築する工事をしているが、東宮御所とは大きな差がある。
京都産業大学教授の所功氏も嘆く。
「秋篠宮が遠慮されるのは制度の制約上当然のことです。
宮家としてスタッフなどが手薄で今も不安定な状態が続いています。
昭和天皇は幼少の頃、後の鈴木貫太郎夫人となった足立たかが長らくご養育係を務め、全幅の信頼をえて、
彼女の影響で生物学にも興味をもたれたといわれるほど、様々なものを学ばれた。
彼女のように責任を持てる方が長期的視野で皇族教育、
その後の帝王教育を担っていける制度と環境が必要なのではないでしょうか。
皇室典範改正論議も一向に進まない現状では、将来皇位につかれる悠仁親王の教育にも支障をきたしかねません」


週刊ポスト2008年8月29日号
皇太子家と秋篠宮家「平成皇室」に格差論争勃発
超党派議員の会「皇室の伝統を守る国会議員の会」が悠仁様が天皇に即位することを前提に調査した結果、
格差問題が明らかに東宮御所10億円改修で秋篠宮家との格差がいっそう広がる。
「悠仁親王のためには十分な警護やご教育が必要で、
資金面でも考慮されてしかるべきだが東宮家とは驚くほどの差がある。天皇家の伝統をしっかり守るべく
皇室にかかわる法律をしかるべき形に改正したい」会長島村宜伸代議士(自民党)
「秋篠宮家の皇族費は生活の補助で、皇位継承者確保のため
宮家に経済的配慮をするという視点は欠けている」国学院大学大原康男教授
鉄道移動の場合、東宮家はグリーン車貸切、秋篠宮家はグリーン車に一般客と一緒に乗車。
車移動も赤信号の有無、先導等の数が異なる。
島村氏「悠仁親王は将来天皇に即位する可能性が高い。
経済面、警備、ご教育についてバックアップ体制の充実を早急に考えるべき」
神田秀一氏「皇位継承権問題を先送りせず、根本的な議論をし、制度整備が必要」


週刊新潮2012年5月24日号
▼職員はてんてこまい
東宮家は言うに及ばず、秋篠宮家もお二人の皇位継承資格者を抱える筆頭宮家。
とりわけ、未来のお世継ぎ候補である悠仁さまを育てられる紀子妃にのし掛かる重圧は、察するに余りある。
が、そうしたご負担とは相反して、両家には処遇において大きな差があるのが現実なのだ。
「予算の面でいえば、内廷皇族である東宮家は両陛下と共用で年間3億2400万円の内廷費が
御手元金として支給されますが、一方の秋篠宮家は5人家族で6100万円の皇族費が支払われるのみ。
原則としてここから捻出しなくてはならないのです」とは、皇室ジャーナリストの山下晋司氏である。
「職員数も、東宮職は51人を擁し、さらに管理部の車馬課や大膳課など別途十数人が担当に
ついているのに比して、秋篠宮家はわずか16人。眞子さまが成年となってご公務に就かれるなど、
ご一家は年々ご多忙になるばかりなのに、3分の1以下の陣容です。
実際は、さらに長官官房宮務課との掛け持ち職員を3人配置するなどして、カバーしています」
09年から秋篠宮家には経産省のキャリア女性官僚が兼務で赴任しており、また悠仁さまのご誕生を受けて
専属の御用掛が2人に増え、さらに私費で数人の侍女も雇い入れている。それでもなお、人手不足は慢性のようで、
90年の秋篠宮家創設以来、取材を続けている皇室ジャーナリストの高清水有子氏が言う。
「秋篠宮家では、『ご日程』として発表されているご活動以外にも、お子様の学校行事や両殿下それぞれに
取り組まれているご研究などでスケジュールが詰まっており、大体そうした日程は、紀子さまがご確認の上
職員に指示をだされています。紀子さまはご出席行事の一つ一つを大切にされるので、
事前に目を通される資料も膨大な量にのぼります。例えば、ある財団の式典に出られた際も、
その財団の方ですらご存じないような昔のパンフレットを取り寄せ、細かく目を通して臨まれていました。
職員の方はご指示を受け、希少な資料まで急いで取り寄せるのですから、やはり忙しくなるのでしょう」
それゆえ、身のこなされ方も、「ご公務の時など、紀子さまはゆったりと優雅に歩いておられますが、
宮邸の中ではフットワークよくてきぱきと動かれています。職員の方も出払っていたりするので、
秋篠宮家にお電話すると、時に紀子さまが出られることがあります。また私が宮邸をお訪ねし、
事務所にお声かけしたところ、殿下自らが戸口まで出てこられたこともありました」
それでも、やはり、「未来の天皇家」に向けた体制作りは徐々に進んでいるようである。
さる職員が言う。「全ての宮家に対して平等であるのが宮内庁の建前ですが、
意識的に筆頭宮家を厚遇しているといっても過言ではありません」
先述したように金銭的支出は年額が定められており、やはり人員の手当てでまかなうほかない。
「両殿下が地方にお出かけの際などは、多くの場合、宮内庁病院の医師が随行しています。
また、本来は陛下のご相談相手である宮内庁参与が、
年に2回ほどご夫妻のご意見やご注文を拝聴する『ご懇談』の機会もあります」(同)
この席で参与らは陛下のご意向を伝え、代わりに両殿下のお考えを伺って皇居に持ち帰るなど、
メッセンジャー的役割を果たすこともあるという。
そして、こうも言う。「このご懇談がなされること自体、
秋篠宮家が他の宮家とは大いに異なることを示していますが、
実はこの場に、参与や宮内庁御用掛とともに羽毛田信吾・宮内庁長官も同席しているのです。
直近では1月6日に宮邸で行われています」


SAPIO2013年6月号
皇太子家の敷地は秋篠宮邸の3.8倍で居宅の部屋数は2倍
NEWS ポストセブン 6月7日(金)7時6分配信
「おサイフ」の中味も違えば、護衛の数、皇居を出入りする門まで、
皇太子家(東宮家)と秋篠宮家には大きな「格差」がある。
居宅の大きさも段違いだ。産経新聞記者・大島真生氏が解説する。
皇太子家と秋篠宮家はそのようにして明確に区別されており、その違いがもっとも顕著なのが「おサイフ」だ。
皇室関係の予算には、皇室自身の活動にあてられる「皇室費」があり、
そのうち公的な活動に使われる予算が「宮廷費」。
天皇、皇后両陛下と皇太子ご一家が私的に使うものが「内廷費」、その他の皇族の私的なおサイフが「皇族費」だ。 
平成24(2012)年度の予算でみると、皇室費は約61億9500万円。その内訳は、宮廷費が約55億8000万円で、
内廷費が3億2400万円、皇族費が2億9100万円となっている。
内廷費の対象は5人。一方皇族費の対象は、秋篠宮さまや悠仁さまを含めた宮家の皇族方で総勢17人。
単純計算では、愛子さまは約6500万円で、悠仁さまは約1700万円となる。もちろん実際はそんなに単純ではない。
宮家当主は定額3050万円とされ、親王妃はその半額、成年の子は3割、未成年の子は1割とされている。
秋篠宮家の皇族費は総額で約6100万円となる。 
居宅はどうか。皇太子家の敷地は5460平方メートル。うち私有の居宅部分は870平方メートル。部屋数は17とされる。
一方、秋篠宮邸の敷地は1417平方メートル。私有の居宅部分は472平方メートル。部屋数は8。
明らかに秋篠宮家のほうが小さく、ご家族が5人であることを考えると、より差は大きい。
※SAPIO2013年6月号
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130607-00000001-pseven-soci


文藝春秋2016年10月号
皇室のお金―本家と宮家の格差
皇室関連の予算(皇室費)は、宮廷費、内廷費、皇族費り三種類に分けられる。
宮廷費は皇室の公的な活動に必要な経費。内廷費は、天皇家と東宮ご一家の日常生活や祭祀にかかる費用。
皇族費す各宮家に支出されるお金だ。
宮廷費は公金、内廷費・皇族費がお手元金(プライベートマネー)とされる。
「内廷費は、天皇本家にかかわる大事なお金。私的なものとはいえ、実際の管理は宮内庁がしています。
宮内庁には、宮廷費の責任者として皇室経済主管という部長級のポストがありますが、
この職員が内廷費を管理する内廷会計主管も兼ねている。
内廷費の予算配分については、長官はじめ関係部局長で構成される内廷会計審議会で、
侍従職や東宮職などがそれぞれ予算要求をし、決定されます。
私が宮内庁に勤めていたころは、宮廷費の書類は赤の罫線、内廷費は青の罫線と、
明確に分けて管理していました。
余った内廷費は『基金』に組み込まれ、いわば、貯金されています」(山下氏)
厳しく管理される内廷費に比べ、皇族費は、各宮家に任される部分が大きいという。
天皇家と宮家に差があるのは、戦後の宮家に対する考え方が根強く残っているためだ。
「戦後、皇室制度を整備していく過程では、宮家皇族には選挙権があることを前提に議論が進むなど、
本家とは異なり宮家皇族は普通の人に近い扱いが当然視されていた。皇族費も、宮家の生活費の
75パーセントを補填するという名目で支給が始まったもので、
残り25パーセントは、勤めたり研究職についたりして、自分たちで稼ぐようにという趣旨だったのです。
高松宮家し葉山の別荘を人に貸して収入を得るなど、かなりの資産家でしたが、三笠宮家では安い月給を理由に
運転手が辞めてしまうなど、困窮した時期もありました」(成蹊大学准教授・森暢平氏)
平成28年度の内廷費は、3億2400万円(両陛下と東宮ご一家の計5人)。
これに対し、秋篠宮家に支出される皇族費は6710万円(計5人)。
内廷費には、宮中祭祀の費用一億円以上が含まれているため単純な比較はできないが、それでもその差は明らかだ。
降嫁された時の持参金も違う。天皇家の長女・黒田清子さんには一時金約一億五千万円が支払われ、
新婚時に購入されたマンションも清子さん所有分は現金で支払われた。
二年前に高円宮家から嫁がれた千家典子さんの場合、持参金は約一億円だ。
「公金での負担が認められる範囲も、天皇家に比べて宮家は狭い。天皇家の光熱費や水道代は宮廷費扱いですが、
宮家では公務で使う部屋の面積の割合を算出し、残りは私的使用分として皇族費で支払っています」(前出・記者)
学費の扱いもちがう。悠仁さまが通うお茶の水女子大学附属小学校の学費は現在、皇族費から支払われているが、
「秋篠宮家が東宮家になれば、学費は宮廷費で負担することができるようになる」(同前)。
このような待遇の差があるなかで、天皇はこれまで皇太子ご一家と秋篠宮家を
できるかぎり平等に処遇してこられたという。
「お子さまが生れると、天皇が守り刀を授ける『賜剣の儀』という儀式があります。
これは、かつては東宮家の子供にだけ行われていたものですが、
天皇陛下は秋篠宮家のお子さまたちにも等しく守り刀を授けられました」(ベテラン記者)
こうした天皇のご意向が反映されているのが、秋篠宮家の職員の増員だという。
秋篠宮家が創設された平成2年、職員の定員は7人だったが、現在の秋篠宮付の職員の定員は18名。
他課と兼職している1名と合わせて19名と、倍以上に増えた。
さらに今年度、宮家に関する事務を担当する宮務課の中に、宮務参事官ポストが新設された。
「近年、宮家にかかる業務全体が増加しており、かつ高度な判断を要する案件が増えている。
秋篠宮家を始めとする宮家皇族方の事務に参画し、お世話の充実・強化を図るため、
宮務参事官を新設しましたけ(宮内庁報道室)
将来の天皇・悠仁さまを擁する秋篠宮家の待遇改善はすでに進んでいるのだ。