高円宮典子さまご結婚

典子さま婚約内定:母久子さま「幸せな家庭を」
毎日新聞 2014年05月27日 11時19分(最終更新 05月27日 11時28分)
宮内庁は27日、高円宮家の次女典子(のりこ)さま(25)と出雲大社(島根県出雲市)祢宜(ねぎ)、
祭務部長の千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(40)=同市=の婚約内定を発表した。
典子さまの母久子さまは「二人で温かく幸せな家庭を築いてくれることを祈っています。
親元で過ごした年月よりはるかに長い時を千家家の一員として生きていくことになります。
常に感謝の気持ちと奉仕の心を忘れず、日々の務めを果たしてほしいと思います。出雲は歴史と伝統のある地ですので、
よく勉強をして、早く新しい生活になじんでくれればと願っています」との感想を寄せた。
また、千家国麿さんの両親の千家尊祐(たかまさ)・礼子(あやこ)夫妻は
「大変畏れ多いことではありますが、誠にめでたきことと感謝しています」とのコメントを出した。
風岡典之宮内庁長官は「典子女王殿下は成年皇族となってから多くの公的な活動に取り組み、
高円宮妃殿下のご活動を支えるなど女王としての務めを十分に果たしてこられました。
千家国麿氏は立派な方であり、婚約が内定したことは、皇室のみならず、国民の一員としても
大変おめでたい事柄として、喜びに堪えません。心からお祝い申し上げます」とのコメントを出した。
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140527k0000e040203000c.html


典子女王殿下、ご婚約内定 お相手は出雲大社禰宜の千家国麿氏 高円宮妃久子殿下の次女
2014.5.27 11:41 [皇室]
宮内庁は27日午前、高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下のご婚約が内定したと発表した。
典子さまは25歳になられる。お相手は、出雲大社禰宜(ねぎ)・祭務部長を務める
千家(せんげ)国麿(くにまろ)さん(40)=島根県出雲市=で、千家家は代々出雲大社の宮司を務めている。
今秋に出雲大社で挙式をされる予定。皇室典範12条にのっとり、ご結婚により典子さまは皇籍を離れられる。
久子さまと典子さまが同日午前、天皇、皇后両陛下にご婚約内定を報告され、宮内庁が記者会見して発表した。
皇族女子が結婚で皇籍を離れるのは、天皇、皇后両陛下の長女、黒田清子さん(平成17年11月)以来、
9年ぶりとなる。
久子さまは、「二人で温かく幸せな家庭を築いてくれることを祈っております」とのご感想を発表された。
宮内庁によると、典子さまは平成19年4月、久子さまとともに出雲大社を参拝した際、
千家さんと初めて出会い、その後交際を深められてきた。
典子さまは昭和63年7月22日、平成14年に薨去(こうきょ)された高円宮憲仁親王殿下と
久子さまの次女としてご誕生。
23年3月に学習院大文学部心理学科を卒業された。
千家さんは、出雲大社宮司の千家尊祐(たかまさ)さんと礼子(あやこ)さんの長男で、
昭和48年9月2日に誕生。平成8年3月に国学院大文学部神道学科を卒業し、17年3月から出雲大社に奉職。
一般の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」で正式に婚約が決まる。
典子さまは千家さんとともに27日午後、皇居内の宮内庁庁舎で記者会見に臨まれる。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140527/imp14052711410002-n1.htm


典子さま「ゆっくりと進めさせていただきました」 千家さん「プロポーズは特には…」
2014.5.27 17:00
《高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下とお相手の出雲大社禰宜(ねぎ)・祭務部長、千家国麿さんは
27日午後3時ごろから、宮内庁庁舎3階会議室で、ご婚約内定記者会見を行われた》

 --お二人にお伺いします。ご婚約が内定した現在の率直なお気持ちをお聞かせください。
本日、天皇、皇后両陛下には、どのように報告し、両陛下からはどのようなお言葉がありましたでしょうか

典子さま
「陛下よりお許しいただきまして、このように婚約内定の発表をさせていただけることを、
とてもうれしく思っております。
ただこちらの希望で、国麿さんには、大変長い間、お待たせしてしまったので、
その点は、少し申し訳なかったかしらと、思っております。
両陛下には、今日の午前中にごあいさつを申し上げまして、両陛下からとても温かいお言葉を賜りましたけれども、
両陛下のお気持ちを、私の口から公表するということは、失礼にあたると、そう思いますので、
これは、私の胸の内に、大切にしまっておかせていただきます」

千家さん
「同じく天皇陛下のお許しをいただきまして、また、大国主の大神様のお導きのもと、
このような素晴らしい方とご縁をいただきましたことを大変うれしく思っております。
また、さぞかし、殿下の方もお喜びになっていらっしゃるのではないかと思っております」

--お二人にお伺いします。お知り合いになってから婚約されるまでの経緯をできる限り詳しくお願い致します。
いつごろからお互いを結婚相手として意識されるようになったのでしょうか。
また、プロポーズの言葉もあわせてお願い致します

典子さま
「私が国麿さんと初めてお会いしたのは、平成19年の4月でございます。
それ以前から、私の両親と、国麿さんのご両親とは、
大変懇意にさせていただいていたという風に聞いておりますけれども、
私も成人を迎えましてからは、いろいろな会に出席をするという機会が増えまして、
千家さまご夫妻と、国麿さんともお会いする回数が増えてまいりました。
そういった家族同士のお付き合いをさせていただく中で、自然と結婚というお話が出てまいりましたけれども、
私はまだ大学に在学中でございましたし、卒業後も、数年はやはり成年皇族として、
お務めを優先させていただきたいと申し上げて、その間は、非常にゆっくりとお話を進めさせていただきました。
昨年、出雲のお社の方のご遷宮が滞りなく終わりまして、今年は少し落ち着きましたので、
そろそろ正式に発表してもよいのではないかという結論に至りました。
先ほども、申し上げた通り、とても自然な流れで出てきたお話ですので、
いつごろから意識したということも特にはございません。あとプロポーズの言葉は、ございませんでした」

千家さん
「多少重複するところもありますけれども、宮家のみなさまとお付き合いをさせていただくようになりましたのが、
私が出雲に帰りましてから、妃殿下が出雲へ何度かお成りになりました。
そのときに、何度かご一緒においでになられまして、そのころからご一緒する機会が出てまいりました。
私の家族でご案内しましたり、地元以外でも、いろいろご一緒する機会がありましたけれども、
そのような中で自然とそういうお話になりまして、今に至りますので、今おっしゃった通りですけれども、
はっきりプロポーズという形では、お話を実はしておりませんでしたけれども、
こういう形におさまりまして、非常に安心し、また、うれしく思っております」

 --プロポーズのような言葉は、なさったことはあるのでしょうか

千家さん「プロポーズのような…。あの特には」
典子さま「(それの方)も、ありませんでしたね」
千家さん「はい」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140527/imp14052717000008-n1.htm


典子さま「おおらかで大変誠実な方」 千家さん「温かさ、優しさが印象に」
2014.5.27 18:24
《高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下とお相手の出雲大社禰宜(ねぎ)・祭務部長、千家国麿さんのご会見が続く》

 --最初に会われたときと今のお互いの印象をお聞かせください。
お互いのどういうところにひかれましたでしょうか。
また、結婚後にどういう家庭を築いていきたいか、理想の家族像もお答えください

典子さま
「最初にお会いしたときも、今もですけれども、おおらかで大変誠実な方であるという印象でございます。
理想の家族像につきましては、私は元気な、かつ、明るく楽しい家族であってほしいという風に願っています。
私の母もさることながら、国麿さんのご両親にも、できる限り長く、
お元気でいらしていただきたいという風に思っております」

千家さん
「先ほどお話ししました通り、何度か出雲の方においでになられまして、
その際、妃殿下と典子さまがお話をなさってますときに、
典子さまが鋭い感じで妃殿下にご意見をおっしゃったときに、
妃殿下が今度は、少しタジタジとされる機会がありました。
それは決して、厳しく怖いという感じではなく、やはりお母さまでいらっしゃる妃殿下との信頼関係、
絆、そういうものが感じられまして、
非常に失礼ではありますけれども、大変おかしく拝見させていただきましたし、
また大変ほほえましくもあったということを覚えております。
また、同じく妃殿下が旅先で根付けの撮影をなさいまして、何かの景色でしたり、
周りの様子と根付けを一緒に撮影をされますけども、その際に、すぐ横で例えば、ものをお支えになったり、
あとはすぐ横でご助言をされたり、非常にお二人の深い絆というものが感じられることができました。
そのような温かさ、優しさ、そういうものが非常に当初から印象に残っております。
こちらのエピソードは、お会いして初期のエピソードでございますけれども、
今も引き続き同じようなイメージを持っております。
また、理想の家族像につきましては、私も笑顔の絶えないそういうような家庭ができたらいいと考えております」

 --典子さまにお尋ね致します。ご家族や亡くなられたお父さまにはどのように今回の婚約をお伝えされますか。
また、妃殿下からは婚約にあたりどのようなお言葉をかけられましたでしょうか

典子さま
「父を含めまして、家族には結婚の話というのが出てから、随時報告をさせていただいておりますので、
今回改めて何かということはいたしませんでした。母からも今回特別に何かということはございません」

 --千家さんにお尋ねいたします。出雲大社に皇族をお迎えすることについてのお気持ちをお聞かせください

千家さん
「大変おそれ多く、光栄に思っております。私どもの家の初代が皇祖、天照大神の次男と伝えられております。
その2千年を越えるときを経て、今こうして今日という日を迎えたということに深いご縁を感じております」

 --典子さまにお尋ねいたします。女性宮家の問題について、結論が出ていない中で
皇室を離れることについてのお気持ちをお聞かせください。
また、出雲で新たな生活をすることについてのお気持ちも、あわせてお願いします

典子さま
「私は女性宮家の話題について何かを申し上げるという立場にはおりませんので、
そこは切り離して答えさせていただきます。
幼いころから結婚をするという場合には、皇籍を離れると教わってまいりましたので、
そのことに関して今改めて何かを感じるということはございません。
生まれ育った宮家を離れるということに対しての少しばかりの寂しさですとか、
出雲での生活に対する多少の不安といったものはありますけれども、
それは多くの女性がお嫁にいくというときに感じるものと大差ないのではないかという風に思っております」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140527/imp14052718240009-n1.htm


【典子女王殿下ご婚約へ】
「納采の儀」で正式にご婚約
2014.5.28 08:42
宮内庁によると、今後まず行われるのは、一般の結納にあたり、ご婚約が正式に決まる「納采(こうさい)の儀」。
千家国麿さん側の使者が、東京・元赤坂の赤坂御用地内にある高円宮邸に赴き、
結婚を約束することを述べ、結納の品々を渡すものだ。
次いで「告期(こっき)の儀」で、千家さん側の使者が宮邸で結婚式の期日を伝達し、
式の日取りが正式決定する。
この後、儀式ではないが皇室経済会議が開かれる。
皇室を離れられる女性皇族に贈る一時金について決めるためだ。
典子さまは皇居内の「賢所皇霊殿(かしこどころこうれいでん)神殿に謁するの儀」で、
皇室を離れることについて先祖にご報告。
天皇、皇后両陛下にお別れのあいさつのため、宮殿で「朝見(ちょうけん)の儀」に臨まれる。
そして結婚式当日。典子さまを迎える千家さん側の使者が宮邸を訪れる「入第(じゅだい)の儀」の後、
お二人は出雲大社で式に臨まれる。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140528/imp14052808420004-n1.htm


皇室ウイークリー(333)
典子さま、笑顔のご婚約内定 初の記者会見も凛としたお振る舞い 両陛下へもご報告、大変お喜びに 
2014.5.31 07:00
高円宮妃久子さまの次女で25歳になられる典子さまと、代々出雲大社の宮司を務めている千家(せんげ)家の長男、
国麿(くにまろ)さん(40)とのご婚約内定が5月27日に発表され、全国にお祝いムードが広がった。
典子さまは久子さまとともに同日午前10時ごろ、天皇、皇后両陛下のお住まいの皇居・御所をご訪問。
応接室で両陛下にご婚約内定を報告された。宮内庁によると、両陛下はとても喜ばれたという。
その後、高円宮邸もある東京・元赤坂の赤坂御用地内で、皇太子ご一家のお住まいの東宮御所や各宮邸にも報告された。
宮内庁東宮職によると、東宮御所では加地正人・東宮侍従長を通じ、皇太子ご夫妻からのご祝意が伝えられた。
ちなみに、平成16年に両陛下の長女、黒田清子さん(45)の婚約が内定した際は陛下がこれを認める
「裁可」をされたが、今回はこの手続きはなかった。宮内庁によると、ご自身の子や孫でないためという。
典子さまは陛下にとってはおじの三笠宮さまの孫で、いとこの高円宮さまの子供にあたられる。
午後3時から典子さまが千家さんとともに宮内庁庁舎内で臨まれた記者会見では、
笑顔の中にも凛としたお振る舞いがきらりと光った。典子さまが記者会見に臨まれるのは実は初めてだったが、
報道陣の笑いも誘いつつ、よどみのないお話ぶりだった。会見を終え退出する際には、
千家さんに“お先に”というように左手をそっと差し出し、「夫」の後に続くお気遣いをさりげなく見せられた。
ちなみに、会見場となった宮内庁3階の第一会議室(約80平方メートル)は、
普段は部長級会議などに使われる部屋で、黒田さん夫妻の婚約内定会見も行われたところだ。
久子さまは30日、ご婚約内定発表後初めての公務で、
東京・東池袋のサンシャインシティで「蘭友会らん展」を鑑賞された。
20年以上臨まれている公務だが、典子さまが持ち物などに付ける「お印」は「蘭」で、縁を感じさせた。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140531/imp14053107000001-n1.htm


典子さま、納采の儀=千家さんと婚約調う
高円宮家の次女典子さま(25)と出雲大社(島根県出雲市)禰宜(ねぎ)の千家国麿さん(40)の
結納に当たる「納采の儀」が4日午前、東京・元赤坂の高円宮邸で行われた。
納采の儀は、2005年の黒田清子さん(45)以来9年ぶり。これにより婚約が正式に調った。
秋に出雲大社で挙式の予定。
午前10時ごろ、千家さんの使者として、出雲大社権宮司で千家さんの叔父に当たる和比古さんが宮邸に到着。
典子さまと母の久子さまが応接室で対応され、和比古さんが納采の品であるタイと日本酒、
ドレス用の絹の目録を渡した。(2014/07/04-10:29)
時事通信 7月4日(金)10時25分配信
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2014070400227


典子さまと千家さんの「納采の儀」 正式にご婚約
2014.7.4 11:51
高円宮妃久子さまの次女、典子さまと、出雲大社(島根県出雲市)禰宜(ねぎ)・祭務部長の
千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(40)の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」が4日、
赤坂御用地(東京・元赤坂)の高円宮邸で執り行われ、ご婚約が正式に調った。
高円宮邸には午前10時前に、千家さんの使者として、
叔父で出雲大社権宮司の千家和比古(よしひこ)さん(64)がモーニング姿で到着。
久子さまと典子さまが待たれる応接室に入った。
平成14年に薨去(こうきょ)された高円宮さまの肖像画が飾られた室内には、
鮮鯛料(せんたいりょう)の入った袋、清酒3本を納めた木箱、白絹の洋服地が入った木箱といった品々が置かれ、
和比古さんは「千家国麿は、結婚を約するために、典子女王殿下に納采を行いたく存じます」と口上を述べ、
お納めいただくよう目録を伝達。
典子さまは自ら目録を受け取り、「謹んでお受けいたします」と応じられた。
宮内庁によると、清酒は出雲大社の御神酒で、洋服地は披露宴のドレス用という。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140704/imp14070411510003-n1.htm


皇室:納采の儀終え千家さん 両陛下に報告のあいさつ
毎日新聞 2014年07月04日 20時35分(最終更新 07月04日 20時43分)
高円宮家の次女典子(のりこ)さま(25)との婚約が正式に整った出雲大社(島根県出雲市)祢宜の
千家国麿さん(40)は4日夕、出雲大社宮司の父尊祐さん(71)、母礼子さん(64)とともに
皇居・御所を訪れ、天皇、皇后両陛下に報告のあいさつをした。
一般の結納にあたる納采(のうさい)の儀を終えた千家さんは、両親とともに車で皇居に入る際、
報道陣から「おめでとうございます」と声を掛けられると、緊張した表情で軽く会釈した。
午後2時ごろからは高円宮邸に千家さんらを迎え、両家によるお祝いの食事会が約2時間にわたり開かれた。
典子さまの妹の絢子(あやこ)さま(23)が参加した他、姉の承子(つぐこ)さま(28)も顔を見せたという。
【古関俊樹】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140705k0000m040061000c.html


典子さまが先祖にご結婚報告 皇室にお別れの儀式
2014.10.2 11:49
出雲大社の権宮司、千家国麿さんとのご結婚を5日に控える高円宮妃久子さまの次女、典子さまは
2日午前、皇居・宮中三殿に拝礼し、皇室の先祖にご結婚の報告とお別れのあいさつをする
「賢所皇霊殿神殿(かしどころこうれいでんしんでん)に謁するの儀」に臨まれた。
典子さまは午前10時ごろ、髪を束ねて長く後ろに垂らす「おすべらかし」に結い、
祖母の三笠宮妃百合子さまから借り受けた貞明皇后ゆかりの
「小袿(こうちぎ)」や「長袴」など平安朝の装束を身にまとい、
皇祖神の天照大神を祭る賢所の回廊を静々と進まれた。
賢所の中で座って拝礼した後、歴代天皇や皇族の御霊を祭る皇霊殿、
国中の神々を祭る神殿でも同様に拝礼し、ご結婚により皇室を離れることを伝えられた。
久子さまや妹の絢子さまをはじめ皇族方も前庭で見守られた。
同日午後には宮殿で「朝見の儀」が行われ、典子さまが天皇、皇后両陛下に感謝の言葉を述べられる。
http://www.sankei.com/life/news/141002/lif1410020019-n1.html


皇室:高円宮・典子さま、皇族として別れ告げる儀式に
毎日新聞 2014年10月02日 11時26分
高円宮家の次女典子さま(26)は2日午前、皇居内の宮中三殿に拝礼し、
出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、千家国麿(せんげくにまろ)さん(41)との結婚を報告し、
皇族として別れを告げる「賢所(かしこどころ)皇霊殿神殿に謁(えっ)するの儀」に臨んだ。
髪を束ねて後ろに長く垂らした「おすべらかし」の髪形に、
古代から続く伝統の小袿(こうちぎ)と袴(はかま)姿の典子さまは、神妙な表情で正面を見据え、
天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭った三殿中央にある賢所の高床の廊下をゆっくり進み、
御簾(みす)の内に入った。
典子さまが身にまとった小袿は、祖母の三笠宮妃百合子さま(91)が結婚の際に、
義母となる貞明皇后から贈られたもので、袴はその際に贈られた生地から今回仕立てられた。
4代の思いが込められた衣装となった。
この後、皇室の祖先を祭る皇霊殿、八百万神(やおよろずのかみ)を祭る神殿を順に拝礼した。
この日の儀式は、母久子さま、妹絢子(あやこ)さまら皇族方や風岡典之宮内庁長官らが見守った。
結婚式は5日、出雲大社で行われる。【真鍋光之】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20141002k0000e040228000c.html


典子さま、両陛下に感謝の言葉 皇居で「朝見の儀」
     ◇
2日午後に皇居・宮殿であった「朝見の儀」で、
高円宮家の典子さまが天皇、皇后両陛下にお礼の言葉を伝え、両陛下がお祝いの言葉を述べた。
内容は次の通り。
【典子さま】今日まで、長い間、深いご慈愛をもってお導きくださいましたことを謹んで御礼申し上げます。
【天皇陛下】このたびはおめでとう。今後とも二人で愛を育み、
よい家庭を築いていくよう願っています。二人の末永い幸せを祈ります。
【皇后さま】このたびはおめでとう。どうかお二人が互いにうやまいあって、むつまじい家庭を築き、
ともによき社会人として過ごしていかれますように。お二人の健康と幾久しい幸せを祈ります。
     ◇
「朝見の儀」では、天皇、皇后両陛下と典子さまの前に朱塗りの膳が置かれ、皇室伝統のお祝い料理が並んだ。
高盛(たかもり)と呼ばれる皿には、塩ウニと魚のすり身を使った「雲丹篠蒲鉾(うにしのかまぼこ)」と、
サケを干した「塩引干鮭(しおびきほしさけ)」が約10センチの高さに盛られた。
平盛(ひらもり)(約6センチ)の皿には、塩ゆでの才巻エビと、付け焼きにしたウズラ。
両陛下と典子さまが別れの杯を交わした「九年酒(くねんしゅ)」は黒豆、
日本酒、みりんを煮詰めて濾過(ろか)したものだった。
http://www.asahi.com/articles/ASGB24GTQGB2UTIL025.html


典子さま、宮邸にお別れし出雲ご到着 5日に出雲大社で結婚式
2014.10.4 12:42更新
高円宮妃久子さまの次女、典子さまは4日、出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、
千(せん)家(げ)国(くに)麿(まろ)さんとの5日の結婚式に臨むため、
長年過ごした東京・元赤坂の高円宮邸に別れを告げられた。同日午前、空路で出雲市に入られた。
典子さまは午前9時ごろ、祖父母の三笠宮ご夫妻、久子さま、姉の承子さま、
妹の絢子さまとともに宮邸の玄関に姿を見せられた。名残を惜しむように何度も宮邸の方を振り返り、
ご家族と最後のあいさつを交わされた。
天皇陛下が国賓接遇など重要行事で使う御料車「センチュリーロイヤル」を貸し出され、
典子さまは、笑顔で乗り込んで宮邸を後にされた。久子さまも後に続き、三笠宮ご夫妻、
承子さま、絢子さまは手を振って送り出された。
午前11時20分ごろ到着した出雲空港では、千家さんと父で出雲大社宮司の
尊(たか)祐(まさ)さんの夫妻らの出迎えを貴賓室で受けられた。
その後、千家さんも同乗のバスで市内の宿に向かわれた。
5日は千家さんの使者が典子さまを迎えに上がる「入(じゅ)第(だい)の儀」の後、出雲大社で結婚式を挙げられる。
http://www.sankei.com/life/news/141004/lif1410040028-n1.html


山陰中央新報
典子さま 出雲入り 5日出雲大社拝殿で結婚式
高円宮家の次女典子さま(26)は4日、
出雲大社(島根県出雲市大社町杵築東)の権宮司千家国麿さん(41)との結婚式のため、
母久子さまと羽田発の民間機で出雲市に到着された。
結婚式は5日午前、出雲大社拝殿で執り行われる。
典子さまは4日朝、住み慣れた東京・元赤坂の宮邸を出発。
玄関には姉承子さま、妹絢子さまとともに、同じ赤坂御用地に住む祖父母の三笠宮ご夫妻も姿を見せた。
車は天皇陛下が、国会開会式や国賓の接遇など重要行事の際に使うリムジン「センチュリーロイヤル」を貸し出した。
出雲空港(同市斐川町沖洲)に到着された典子さまは、淡いピンクのスーツ姿。
久子さまと談笑しながらコンコースを歩き、居合わせた利用客にも「おはようございます」と笑顔で声を掛けた。
出雲市の長岡秀人市長によると、空港内での控室で千家さんと、
千家さんの父で出雲大社宮司の尊祐(たかまさ)さん夫妻が典子さまらを出迎えた。
同席した長岡市長が「市民一同心から歓迎申し上げます」と述べると、
典子さまは「これからもよろしくお願いします」と答えたという。
この日夕、典子さまは久子さまと下見のため、出雲大社を訪問。
2人は境内を並んで歩き、やや遅れて千家さんも続いた。
居合わせた参拝者から歓声が上がると、典子さまらは笑顔で応えた。
典子さまらは出雲市大社町内の旅館に宿泊。後から出雲市入りした承子さま、絢子さまも合流し、
一家水入らずの夜を過ごした。
5日は千家さんの使者が典子さまを迎えに行く「入第(じゅだい)の儀」を経て、出雲大社へ向かう。
結婚式には高円宮家、千家家の親族約20人が参列する。
出雲大社では4日、会場となる拝殿の掃除や参入規制用の竹柵を設置するなど、結婚式の最終準備が進められた。
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=548423006


千家国麿さんとのご結婚式、滞りなく終了
2014.10.5 12:16更新
高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下と出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、
千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)の結婚式が5日午前11時すぎから出雲大社で執り行われ、
同55分ごろに滞りなく終了した。
式終了後、お二人が新婚生活を送る出雲市の市役所に代理の宮内庁職員らが婚姻届を提出し、
26歳の典子さまは皇室を離れて千家典子さんとなられる。
午前7時半、ご宿泊先の出雲市内の旅館を高円宮邸の代わりとし、
千家家の使者が典子さまを迎えに上がる「入第の儀」が行われた。
典子さまはブルーグリーンのスーツ姿で、久子さま、姉の承子さま、
妹の絢子さまに見送られ、車で大社に向かわれた。
典子さまは休憩所となった大社社務所に入り、髪を束ねて長く後ろに垂らす「おすべらかし」に結い、
祖母の三笠宮妃百合子さまから借りた貞明皇后ゆかりの
「袿(うちぎ)」「袴(はかま)」など平安朝の礼装に着替えられた。
午前11時ごろ、典子さまは、正装の衣冠姿となった千家さんの隣に並んで社務所を出て、
斎主を務める千家さんの叔父、千家隆比古(ながひこ)さん(66)の先導で参道をゆっくりと拝殿まで進まれた。
参道には大社の氏子らが列を作って祝福した。
お二人は拝殿内で、夫婦のあるべき姿を説いた「神誡(かみのみおしえ)」を斎主から授かり、
大社が祭る大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の結婚式の伝承に従い、
中央に据えられた「天之御柱(あめのみはしら)」を交差するようにめぐられた。
その後、神職が千家さんから誓詞を受け取って神前に供え、
お二人は玉串をささげて拝礼し、三三九度で杯を交わされた。
式には久子さま、承子さま、絢子さま、千家さんの父、尊祐(たかまさ)さん、
母、礼子(あやこ)さんら両家の親族約20人が参列された。
http://www.sankei.com/life/news/141005/lif1410050026-n1.html


典子さま「ほっとしております」 千家さん「大変心晴れやか」 式直後にお答えに
2014.10.5 12:52更新
高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下と出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、
千家国麿(せんげ・くにまろ)さんは5日、出雲大社での結婚式を終えた直後、報道陣の質問に答えられた。
一問一答は次の通り。

 --ご結婚おめでとうございます
典子さま「ありがとうございます」
千家さん「ありがとうございます」

 --結婚式を終えられた現在のお気持ちをそれぞれお聞かせください。
千家さん「きょう、台風が近づきまして心配をしておりましたけれども、
無事に済みまして大変心が晴れやかでございます。
また、参進の時、沿道の方から、たくさんの方からお声をいただきまして大変うれしいと思いました。
無事に済みましてほっとしております」
典子さま「お儀式が滞りなく済みまして、わたくしもほっとしております」

 --ご家族に対するお二人のお気持ちをお聞かせください
千家さん「これまで、この歳まで大変お世話になりまして、
これからは2人力を合わせて、素晴らしき家庭をつくっていきたいと思っております」
典子さま「わたくしは今までと変わりなく、大変に愛情を注いでいただいておりますし、
またわたくしも愛情を注いでおります」

 --お二人は出雲での新生活をどのように過ごしていくお考えでしょうか
千家さん「まちの皆様とともに、この大神さまのもと末永く幸せに暮らしていきたいと思っております」
典子さま「わたくしも同じように思っております」
http://www.sankei.com/life/news/141005/lif1410050030-n1.html


高円宮妃久子さまのご感想
2014.10.5 12:30更新
典子と過ごした年月を感慨深く振り返りながら、結婚の準備を進めてまいりました。
本日、滞りなく結婚の儀が終わり、安堵いたしました。
多くの方々に祝福していただいたことを感謝申し上げ、温かな幸せと喜びに満ち溢れた時が
彼らを待ち受けていることを祈っております。
婚約内定の時に申し上げたように、典子には、親元で過ごした年月よりはるかに長い時を
千家家の一員として生きていくことになります。
宮司様ご夫妻を親としてお慕い申し上げ、その仰せに従いながら、
国造家の一員として夫を支え、日々の務めを果たしてもらうよう願っております。
また、千家家の皆様方には典子を温かく、しかし厳しくお導きくださるようお願い申し上げます。
今まで学んだことや身につけてきたことが良い土壌となり、
明るく笑顔のたえない家庭を築くことが出来れば何よりと存じます。
最後に、本日の式に至るまで、お世話になりました大勢の方々に、
この場を借りて、心より感謝の意を表したいと思います。
http://www.sankei.com/life/news/141005/lif1410050027-n1.html


千家国麿さんの父・尊祐さん、母・礼子さんの感想
2014.10.5 12:32更新
本日、国麿と典子の結婚式を出雲大社の御神前において、
めでたくお仕え致しましたことは大きな喜びで、ご縁に感謝の気持ちで一杯でございます。
今後、大國主大神さまの和譲のみ教えを心として、二人が健康で幸せな人生を歩むよう祈っております。
境内を始め沿道より多くの方々にご祝意を賜り、篤く御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
http://www.sankei.com/life/news/141005/lif1410050028-n1.html


典子さま、千家さんと挙式 「ほっとしています」
高円宮家の次女典子さま(26)と出雲大社(島根県出雲市)の権宮司千家国麿さん(41)の結婚式が
5日午前、出雲大社の拝殿で、大社の伝統に従って執り行われた。
式を終えた千家さんは「大変心が晴れやかです。無事に済み、ほっとしています」と話し、
典子さまも「私もほっとしています」と笑顔を見せた。
午後に代理の宮内庁職員らが市役所の大社支所に婚姻届を提出し、典子さまは皇族の身分を離れられることになる。
国から典子さまに支出される一時金は1億675万円。
皇族の結婚は天皇、皇后両陛下の長女黒田清子さんの2005年11月以来。
皇室は男子6人、女子14人の構成となる。
2014/10/05 12:47 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201410/CN2014100501001344.html


高円宮家典子さまと千家国麿さんが出雲大社で結婚式
2014年10月5日12時24分
高円宮家の次女典子さま(26)と、出雲大社権宮司の
千家国麿(せんげくにまろ)さん(41)の結婚式が5日、島根県出雲市の出雲大社で行われた。
女性皇族の結婚は、2005年の天皇、皇后両陛下の長女黒田清子さん以来。
結婚式後、地元市役所に婚姻届が提出され、「千家典子さん」になる。
午前11時、千家さんと典子さまはゆっくりと結婚式場の拝殿に向かった。
集まった人たちから「おめでとうございます」などと歓声があがり、典子さまは笑顔で会釈していた。
典子さまは、祖母の三笠宮妃百合子さまが大正天皇の妻・貞明皇后から贈られた赤色の小袿(こうちぎ)に、
紫色の長袴(ながばかま)といった平安朝のスタイル。千家さんは衣冠姿で結婚式に臨んだ。
結婚式は神式で行われ、斎主は千家さんの叔父にあたる出雲大社の千家隆比古(ながひこ)権宮司が務めた。
典子さまの母久子さまや姉承子さまらが参列。
全員が修祓(しゅばつ)(お祓(はら)い)を受け、斎主が祝詞(のりと)を奏上した。
その後、千家さんと典子さまが中央の柱を交差するようにして神殿前に進み、玉串をささげて拝礼した。
結婚式にあたり、久子さまは宮内庁を通じて「多くの方々に祝福していただいたことを感謝申し上げ、
温かな幸せと喜びに満ち溢(あふ)れた時が彼らを待ち受けていることを祈っております」、
千家さんの両親の尊祐(たかまさ)さん、礼子さん夫妻は「今後、大國主大神さまの和譲のみ教えを心として、
二人が健康で幸せな人生を歩むよう祈っております」との感想を発表した。
これに先立ち、同日朝、宮邸の代わりとなったホテルで、
使者が典子さまを迎えに行く「入第(じゅだい)の儀」が行われた。
宮内庁によると、千家さんの使者を担う出雲大社の千家和比古(よしひこ)権宮司が
「ただいま典子女王殿下をお迎えに参りました」と伝え、
典子さまは「ありがとうございます」と答えたという。
その後、久子さまらに見送られ、車で出雲大社に向かう際には笑顔を見せていた。
http://www.asahi.com/articles/ASGB36RT8GB3UTIL07K.html


【典子さまご結婚】
遺品のカメラをご愛用 典子女王殿下、高円宮ご夫妻の深い愛情胸に旅立ち
2014.10.5 17:36
出雲大社(島根県出雲市)権宮司の千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)と5日に結婚し、
26年間過ごした皇室を離れられた典子女王殿下。
高円宮ご夫妻の深い愛情に包まれて成長し、平成14年に高円宮さまが薨去(こうきょ)された後は
久子さまを文字通り公私ともに支え続けられた。
典子さまのお名前は高円宮さまが命名。「典」の字には手紙や書物、文学などの意味があり、
知的情操が豊かな女性であるようにと願われたという。
身の回りのものに付けられるお印の「蘭(らん)」は、ご夫妻ともにお好きな花だった。
「この写真、お気に入りなの」。普段、ご一家のことを積極的には語らない典子さまがご結婚内定後、
友人に1枚の写真を見せて父との思い出を語られた。
典子さまが幼少時、高円宮さまの肩に乗って頭に手を回してしがみつかれ、
高円宮さまは本を読まれるというほほえましい場面だ。
写真が好きだった高円宮さまの影響からか、雲や山並みなど何気ない風景を撮影されるようになった典子さま。
「世界らん展」組織委員会理事を務め、ご一家と交流がある赤井三夫さん(74)は
「高円宮さまの遺品のカメラを愛用されていた」と打ち明ける。
ここ数年は、ご公務で多忙の久子さまの秘書役を務め、
原稿チェックや写真展の作品選びなどを手伝われてきた。
久子さまは、典子さまのご意見を受けて出品する写真を差し替えたこともあり、
頼りにされている様子がうかがえるという。
最近、冗談交じりに「典子がいなくなったらどうしようと思うの」と知人に話されることもあるという久子さま。
5日の結婚式を見届け、宮内庁を通じて発表したご感想で、
「今まで学んだことや身につけてきたことが良い土壌となり、
明るく笑顔のたえない家庭を築くことが出来れば何よりと存じます」とはなむけの言葉を贈られた。
http://www.sankei.com/life/news/141005/lif1410050032-n1.html


宮内庁、典子さんの皇籍離脱を登録
2014.10.6 16:57更新
宮内庁は6日、天皇と皇族の戸籍簿に当たる「皇統譜」に、出雲大社(島根県)の権宮司、
千家国麿さん(41)と5日に結婚した典子さん(26)が皇族の身分から離脱したことを登録した。
宮内庁書陵部の庁舎で、典子さんが皇籍を離脱した理由を「千家国麿ト婚姻シタルニ因ル」
と記した皇統譜の正本と副本に、風岡典之長官らが筆で署名した。
皇室典範は女性皇族が皇族以外と結婚した場合、皇籍を離れると規定。皇統譜令で皇統譜への登録も定めている。
千家さんと典子さんの婚姻届は5日午後、島根県の出雲市役所大社支所に提出され、
典子さんは法律上、既に民間人となっている。
皇統譜は、天皇と皇后について記載した「大統譜」とそれ以外の皇族の「皇族譜」の総称。
典子さんは皇族譜に記されている。
http://www.sankei.com/life/news/141006/lif1410060043-n1.html


典子さま:新婚旅行当面なし 今後は島根県警が警護
毎日新聞 2014年10月05日 21時04分(最終更新 10月06日 08時55分)
高円宮(たかまどのみや)家の次女典子(のりこ)さま(26)と
出雲大社(島根県出雲市)の権宮司(ごんぐうじ)、
千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)の結婚式が5日、出雲大社で行われた。
女性皇族の結婚は2005年の紀宮さま(黒田清子さん)以来9年ぶり。
典子さまは皇室を離れ、千家典子さんとして同市で新生活をスタートする。
5日に出雲市役所に婚姻届を提出し、皇籍を離れた。今後は一市民として新生活を送る。
新居は、出雲大社のそばにある出雲国造館で、千家さんと千家さんの両親と暮らすことになる。
関係者は「地元でのあいさつ回りなど、しばらくは忙しい日々が続くのでは」と語る。
年末年始の行事の準備に追われるため、新婚旅行の予定は当面ないという。
数年前に車の運転免許を取得しており、買い物などで自らハンドルを握ることもありそう。
結婚指輪は作っていないという。
警護態勢も変わる。皇族だったこれまでは外出の際に皇宮警察の護衛官が近くにいたが、
民間人となった後は島根県警が警護を行う。
県警関係者は「前例がないので、どれほどの警護が必要なのか判断が難しい」と話しており、
しばらくは皇宮警察がサポートする方針だ。【長宗拓弥、古関俊樹】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20141006k0000m040069000c.html


出雲大社・千家さん夫妻、松江で披露宴
2014.10.6 20:32更新
5日に結婚した出雲大社(島根県出雲市)権宮司、千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)と
高円宮妃久子さまの次女、典子さん(26)の披露宴が6日、
松江市内の「ホテル一畑」で開かれ、招待客ら約280人が2人の門出を祝福した。
披露宴には久子さま、典子さんの姉の承子さま、妹の絢子さまが顔をそろえられ、
千家さん夫妻の友人や大社関係者も招かれた。島根県の溝口善兵衛知事らが祝辞を述べ、
出雲神楽「大国舞」などが披露された。
千家さん夫妻は冒頭の和装姿から、結納にあたる「納采の儀」で贈り合った布地で仕立てた
黒のタキシードと白のロングドレスにお色直し。
出席者らによると、千家さんは「困難を2人で乗り越えていける立派な家庭を築きたい」とあいさつし、
典子さんが隣で笑顔で見つめていたという。
引き出物は、砂糖菓子などを入れる皇室ゆかりの磁器製小物入れ「ボンボニエール」で、
出雲大社の祭祀(さいし)を担う出雲(いずも)国造(こくそう)家の家紋と、
典子さんのお印だった「蘭」がデザインされた。
宮内庁は6日、天皇ご一家と皇族の戸籍簿に当たる「皇統譜」に、
典子さんが皇族の身分を離れたことを登録した。
8日には東京都内のホテルで晩餐会が行われる。
http://www.sankei.com/life/news/141006/lif1410060053-n1.html


典子さん、千家さん披露宴 親族、友人ら300人招待
2014.10.6 17:37更新
5日に結婚した高円宮妃久子殿下の次女、典子(のりこ)さん(26)と
出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)の披露宴が6日、
親族や友人、地元関係者ら約300人を招待し、松江市の「ホテル一畑」で開かれた。
宮内庁などによると、典子さんは黄色の和服で会場入りし、途中でドレスにお色直しした。
島根県の溝口善兵衛知事らが祝辞を述べ、出雲大社の祝い歌や神楽「大国舞」が披露された。
結びでは、千家さんと父の出雲大社宮司、尊祐さんがあいさつした。
両家は「私的な行事」を理由に、披露宴の取材を報道陣に認めず、出席者にも会場内の撮影を自粛するよう要請した。
8日には東京都千代田区の「ホテルニューオータニ」で、皇太子ご夫妻や三権の長らを招いた夕食会を催し、
安倍晋三首相が祝辞を述べ、皇太子さまが乾杯のあいさつをする予定。
http://www.sankei.com/west/news/141006/wst1410060063-n1.html


典子さん「皇族ノ身分ヲ離ル」 宮内庁が皇統譜に署名
2014年10月6日20時45分
宮内庁は6日、皇室の戸籍簿にあたる皇統譜に、出雲大社の神職千家国麿さんと結婚した高円宮家の次女、
千家典子さんが、結婚により皇族の身分を離れたことを記した。
同日午後、皇居内にある宮内庁書陵部で、
「皇族ノ身分ヲ離ル」「千家国麿ト婚姻シタルニ因ル」と記された典子さんの欄に、
風岡典之長官と牧野尊行・書陵部長が署名をした。
一方、松江市内のホテルでは同日午後、千家さんと典子さんの結婚披露宴が開かれた。
高円宮妃久子さまら親族や友人のほか、島根県知事や神社関係者ら約300人が招かれ、
典子さんは和服とロングドレス姿で出席した。
招待客にはフランス料理が振る舞われ、典子さんのおしるしだったランの花の絵柄があしらわれた菓子容器
「ボンボニエール」が贈られたという。
http://www.asahi.com/articles/ASGB634Z8GB6UTIL01N.html


千家国麿さん、典子さん夫妻 都内で晩餐会 
2014.10.8 21:20更新
5日に挙式した出雲大社(島根県出雲市)権宮司、千家(せんげ)国麿(くにまろ)さん(41)と
高円宮妃久子さまの次女、典子さん(26)の結婚を祝う晩餐(ばんさん)会が8日、
東京都千代田区のホテルニューオータニで開かれた。皇太子ご夫妻をはじめ皇族方がご参列。
安倍晋三首相ら三権の長らも合わせ、約60人が2人の門出を祝った。
久子さまや祖父母の三笠宮ご夫妻も見守られるなか、首相が祝辞で「二人で力を合わせ笑いの絶えない明るい、
温かい家庭を築いていかれることをお祈り申し上げます」と祝福。
皇太子さまは乾杯のあいさつで、幼い頃の典子さんとバイオリンを演奏した思い出に触れて、
「お二人にはこれからも力を合わせて素晴らしいハーモニーを奏でていっていただきたいと思います」と杯をあげられた。
会場は典子さんの「お印」だったランで飾られ、
千家さんはタキシード、典子さんは、千家さんから贈られた絹地で仕立てた白のロングドレス姿だった。
宮内庁によると、フランス料理が振る舞われた。
http://www.sankei.com/life/news/141008/lif1410080063-n1.html


典子さん結婚祝う晩さん会=皇太子ご夫妻、安倍首相ら出席-東京
出雲大社(島根県出雲市)権宮司の千家国麿さん(41)と典子さん(26)の結婚を祝う晩さん会が8日夕、
東京都内のホテルで開かれ、皇太子ご夫妻らが出席された。
安倍晋三首相はじめ三権の長ら計61人が出席。典子さんの母高円宮妃久子さま、姉承子さま、妹絢子さまのほか、
祖父母の三笠宮ご夫妻も車椅子で参加し、2人の門出を祝福した。
晩さん会は午後6時すぎに始まった。千家さんはタキシード、典子さんは白いロングドレス姿。
会場には典子さんの皇族時代のお印であるランの花が飾られた。
最初に安倍首相が「お二人にははるかなる出雲大社の祈りを受け継ぎ、笑いの絶えない
明るい温かい家庭を築いていただきたい」と祝辞を述べた。
皇太子さまは「力を合わせて素晴らしいハーモニーを奏でていっていただきたい」と乾杯のあいさつをした。
(2014/10/08-20:18)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201410/2014100800841&g=soc


千家国麿さん・典子さん 結婚披露晩さん会
< 2014年10月8日 21:34 >
今月5日に島根・出雲大社で結婚式を挙げた千家国麿さんと典子さんのお祝いの晩さん会が、
都内のホテルで行われた。
結婚披露の晩さん会には、皇太子ご夫妻をはじめ皇族方や安倍首相夫妻ら61人が招かれ、
8日午後6時20分頃から東京・千代田区にあるホテルニューオータニで始まった。
千家国麿さん・典子さん夫妻は、皇太子さま、雅子さまとともに会場に入場し、
6日の披露宴と同じ白い絹のドレス姿の典子さんは、雅子さまを笑顔で席に案内した。
冒頭、安倍首相が祝辞を述べたあと、皇太子さまの発声で乾杯が行われた。
皇太子さま「お二人にはこれから力を合わせてすばらしいハーモニーを奏でていただきたいと思います。
千家国麿さん、典子さんの末永いお幸せをお祈りして杯を挙げたく存じます。ご結婚おめでとうございます」
8日の晩さん会には、風邪で入院し、先週退院したばかりの祖父・三笠宮さま(98)や
祖母・百合子さま(91)ご夫妻で出席された。
http://www.news24.jp/articles/2014/10/08/07260895.html


晩さん会開いた千家さん夫妻 両陛下に挨拶
< 2014年10月9日 13:18 >
8日夜に結婚披露の晩さん会を開いた千家国麿さん、典子さん夫妻が9日午前、天皇・皇后両陛下に挨拶を行った。
千家さん夫妻は9日午前、皇居の御所を訪れて両陛下と会い、結婚の報告を行った。
一般人となって初めて皇居・乾門をくぐった典子さんは報道陣に対し、車内から深く頭を下げていた。
千家さん夫妻は8日の晩さん会が終わった後、2時間近く、
千家家、高円宮家の家族だけで談笑し、都内のホテルに宿泊した。
今後は出雲大社に隣接する千家国造館で生活する。
http://www.news24.jp/articles/2014/10/09/07260931.html


典子様ご結婚関連
典子様ご結婚関連雑誌記事

立て膝でリラックス・SPをふりきる承子さま

週刊新潮 2014年9月4日号
「承子さま」28歳の夏 お相手の自宅に寄る日もある「高円宮承子女王」の恋と結婚

立て膝でリラックス
7月上旬、承子女王はユニセフの業務でベトナムに出張された。
そして、実はその直前にも件の男性と2人きりで会われていたのだ。
巻頭グラビアに掲載した写真と合わせ、当日の様子を再現してみる。
週末の21時過ぎ、東京・神保町で合流したお二人は、豚料理が売りの居酒屋へ。
生ビールを飲み干し、話題は間近に控えた出張へと及ぶ。
ベトナムは夜が寒いらしくて―― そう懸念される女王は、待ち合わせ前に立ち寄られた量販店で、
出張用の衣類を購入したと告げられた。そこで男性が、デニムって、労働者の服じゃないのと、
おもむろに意見を差し挟む。テーブル席でリラックスされ、
立て膝姿で聞いていた女王のパンツは、あいにくデニム地であった。
「おもに女性が積極的に話しかけ、男性はもっぱら聞き役で、時折気のない返事をしていました。
でも、むしろ長い付き合いで、お互い以心伝心、というような雰囲気でしたね」(居合わせた客)
実際に、先の宮内庁関係者はこう明かすのだ。
「承子女王は、その男性の住むマンションに遊びに行かれることもある。
すでに、そうした“間柄”になっているのです」
さては、宮家に立て続き慶事の到来か――。

「結婚と交際は別です」
残暑厳しい週末の昼下がり、赤坂御用地からお出ましになる女王をお見かけした。
陽射しを避けるべく鍔の広い帽子を被り、飼い犬を連れて青山1丁目の交差点を渡られている。
そこで畏れながらお声掛けを試みたところ、
「(男性と)仲良くはしていますよ。私、すごく友達が多いので、
いつ知り合ったかは覚えていませんが、かなり以前ですね」
と仰る。男性のマンションに立ち寄られた件については、
「どうだったかなあ……行きましたっけ?」一瞬、間を置きつつも、率直な“結婚観”を披瀝して下さったのだ。
「私の家には、(男性は)大勢のお友達と一緒に来たことがあります。
母とも会っていますが、当面、私は仕事に打ち込もうと決めているので……。
父の務めていた名誉職などを母が全て継いでおり、私もしなければならないことが沢山あるのは自覚しています。
ですから結婚は、少なくともあと3、4年は絶対にありません」
そもそも11年、民主党政権下で始まった「女性宮家」創設に向けた議論は、
<未婚の女性皇族が次々と結婚適齢期を迎え、皇室活動の安定性が保てなくなる>
との危機感が根底にあった。が、承子女王は、
「今の時代、女性にそれ(適齢期)を言ったら怒られますよ。
妹の婚約は本当に嬉しいですが、母からは私の結婚について何も言われていません。
母も私の年齢ではまだ独身でしたので。昔から私、結婚とお付き合いするのは、完全に別だと思ってきました」
これまで積み重ねられてきたイメージに違わぬ、堂々の“奔放宣言”である。
さらには、次のように付言なさるのであった。
「でも、全てにおいて、誰と何がどうなるかなんて、分からないじゃないですか……ふふふ」
 一方、お相手の男性に尋ねると、こちらも示し合わせたかのように、
「(女王とは)共通の友人が多いので、その繋がりで知り合いました。
仲は良いですが、私の家に来られた日は、他に仲間も何人かいて、
彼らは用事があって先に出て行ったのです。2人で過ごしていたのではありません」
と言うものの、先の関係者によれば、
「マンションに立ち寄られた際、承子女王はこの男性と2人きりで、
麻布十番の焼肉レストランで食事をなさっていたのです」
やはり、火のないところに煙は立たないようなのだ。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、
「高円宮家はもともと開放的、活動的なお家柄。久子妃殿下はもとより、亡くなられた殿下も
ご交友の広い方でしたから、承子女王もまた然りでしょう。
ご成婚に際しても妃殿下は、本人の意思を尊重するお考えだと思います」と指摘しながら、
「ひと頃に比べ、承子女王は皇族として、また一人の人間として大いに成長なさったと拝察されます。
この秋には妹宮が嫁がれるわけですから、長女として、
ご公務が目白押しのお母様を支えるお役目は一層増します。
そのご自覚も、十分におありのことでしょう」
とはいえ、そこは“型破り女王”だけあって、いつ何時サプライズが起きぬとも限らない。
果たして、恋の行方やいかに……。


女性セブン2014年9月18日号
皇族のSP カラオケ時に隣部屋で待機したり振り切られる例も
2014.09.10 07:00

高円宮家の長女・承子(つぐこ)さま(28才)が、
ガバンク系のシンクタンクに勤務する20代後半の男性と都内でデートする様子を『週刊新潮』(9月4日号)が報じた。
承子さまと男性は、神保町や新橋で待ち合わせをされ、居酒屋で過ごされたとのことだが、
このときSPは店外で待機していたという。
当のご本人はSPを待たせていることなど気にも留められずデートを楽しまれていたが、
やはり皇族のデートにはSPが同行するのだ。
秋篠宮家関係者もこう話す。
「佳子さまは男女複数のお友達とカラオケによく行かれるんですが、
佳子さまたちの部屋の隣の部屋をSPたちが取って、待機しているそうです」
SPと良い関係を築くことも、女性皇族が恋を育てる最良の方法のようだが、承子さまだけはちょっと違うようで…。
「早稲田大学在学中、承子さまはSPに何も告げず、突然電車に乗り込まれ
成田空港まで行ったことがあったそうです。このときは友人の迎えに行ったというのが理由でしたが、
SPは大混乱となってしまったみたいで…。
就職された現在も承子さまは一時的にSPをふり切られ、
デートや会食に出かけられることも少なくないみたいですよ」(宮内庁関係者)
女性皇族の恋ではないが、皇太子さま(54才)が雅子さま(50才)にプロポーズされた1992年10月の鴨場デートは、
まさに“極秘プロジェクト”だった。
絶対にマスコミにデートをキャッチされてはなるまいと、
東宮御所から車で千葉県の新浜鴨場に向かわれた皇太子さまに付き添ったのは、
運転手と当時の東宮侍従長だけ。
通常、皇太子さまの外出時には前後を皇宮警察が護衛、そして警視庁や地元警察が周囲の警戒にあたるのだが、
この日だけはSPに一切の連絡をしなかったという異例のデートだった。
万が一、事故にでも巻き込まれれば一大事だ。
しかし、そこまでしなければ実現しなかったのが皇太子さまと雅子さまのご結婚だった。
http://www.news-postseven.com/archives/20140910_274835.html

嵐のコンサートに出かける奔放な承子さま

嵐のコンサートに出かける奔放な承子さま

週刊現代2008年9月20日号
変わりゆく皇室の象徴なのか “不機嫌なプリンセス”高円宮承子さま【22歳】の奔放キャンパスライフ
赤裸々ブログ騒動もなんのその。
『嵐』や『NEWS』のコンサートにお出かけ、自転車で街をふらふら、
『ドン・キホーテ』でお買い物、男友達との花火大会も楽しまれ――

茶髪での葬儀と笑顔のない帰国。
無造作なストレートヘアー、胸の下で結ばれたスパンコールが光る上着、大きく開いた胸元にはペンダント。
そんな皇族らしからぬファッションで高円宮承子(たかまどのみやつぐこ)様が成田空港におりたったのは、
7月1日のこと。
承子様は、2004年に学習院からイギリスの名門エジンバラ大学に留学し、
犯罪心理学を専攻、翌年には留学期間を3年間延長し卒業を目指すはずだった、
しかし学業以外の活動がアダとなったのか、今回の帰国は卒業ではなくて、留学期間満了によるもの。

出迎えたマスコミに、ご機嫌ナナメ? 
ちょっとアンニュイなどと報じられてしまったのは、そのためだったのかも知れない。

官庁内では、承子さまの留学を皇族としての深いご教養を修得し、国際的視野を広めるためと説明してましたが、
実際のところは、自由な空気を求めての留学だったのでしょう。
その自由な空気にふれたとたん、何かがぷっつんしてしまったようだ。
会員制のコミュニティーサイトMixiや友人と運営していたとされるホームページで、
ニックネーム「つぐ」、イギリス留学中の20歳のヒップホップダンサーとしてブログで写真を公開し、
私生活を赤裸々に綴りはじめたのである。
・初めて生でストリップショーっていうものを見たけどエグかったなぁ
・やーばーい、浮気した(笑)。って彼氏が日本語しゃべれないことをいいことにモロ公表してるけど爆。
こんなん彼氏が日本人だったらサイトバレ怖くて書けない。
・帰ってきたら朝4時とか。こっちで彼氏と一緒じゃないクラブは久し振りだったから
(別れたから)なんか楽しかったけどね。
・あーあ。やちゃった、久々の成り行きってやつ(笑)いいんだけどね、めっちゃ楽しい夜だったけどねm
けど布団が他人のにおいなのがいやだぁ~自業自得ですが・・・
・やば・・・ちょー後悔。病気うつされてたらどうしょう・・・。まじで神様に祈るしかない
・私も親さえ良いなら胸にヤモリの刺繍いれたいんだけどなぁ~間違いなく縁きられますからね(笑)
ハメを外したキャンパスぶりが手にとるように伝わってくる。
もちろんこのことを書かれていたHPなどは2007年に閉鎖。

学習院大学は留学中の2005年に中退し、エジンバラ大学も卒業することが出来なかったため、
現在のままでは承子様の最終学歴は高卒、それもあってか承子さまは今年の秋から日本で大学生活に戻るのだという。
入学は早稲田大学の国際教養学部だと言われている。
定員の1/3は、帰国子女で、海外からの留学受け入れ枠が年間200人というから、
なるほど承子さまには居心地がよさそうだ。

「承子さまのジャニーズ好きは有名でした。とくに『嵐』のマツジュン(松本潤)や『NEWS』のファンで、
きちんとチケットを買って、コンサートにも出かけたそうです。
その影響か、妹の絢子さまも『嵐』の相葉(雅紀)クンが好きだと言っていました。
ただ、絢子さまは、いまはもう“ジャニオタ”を卒業して『EXILE』のファンだそうです。
承子さまと絢子さまは、性格も無邪気で元気な、似たようなタイプなんです。
真ん中の典子さまは、二人とは正反対の大人っぽい落ち着いた性格で、とてもしっかり者です」(承子さまの同級生)

承子さまの奔放さは母親の血によるものだろう、久子さまは芸者姿で雑誌に掲載された。
久子さまは同窓会などの集まりで「~なのよぉ」など、とても気さくな言葉遣いで話しかけてくれるので
こちらも敬語を使うことをつい忘れて「~そうなの?」と答えてしまう(学習院の承子さまの同窓生の親)

「高円宮さまのお嬢様方は、みなさんウチの娘と変わらない、一般的な感覚をお持ちのごく普通の女の子ですよ。
雅子さまのご成婚当初は、皇室に“新しい風を吹き込む”なんて言われていましたが、結局現在のような状況でしょう?
本当に皇室に新鮮な空気を送り込めるのは、明治天皇のお血筋を引く承子さまはじめ、
高円宮家のお嬢様方なのではないかという気がしています」(学習院同窓生の別の母親)
たしかに、このところ出口の見えない話題ばかりの皇室だけに、
“普通”の感覚で育った承子さまの存在は、皇室に“新しい風”を吹き込む可能性も秘めているのではないか。
前出の松崎氏も言う。
「皇族は成人式を迎えると、公務に出る義務が生まれます。春秋の園遊会などの宮中行事や宮中祭事、
国賓の歓迎晩餐会や国民体育大会などに、これからは承子さまも積極的にご参加されるでしょう。
皇太子ご夫妻がなかなか公務に出られないいま、承子さまが補助する形で公務をこなしていくことになると思います」
変わりゆく皇室の象徴・承子さまから目が離せない。


週刊文春2007年2月8日号
ヒップホップダンサーを名乗る高円宮承子さま
皇室激震スクープ 20歳女性皇族「赤裸々ホームページ日記」
「胸にヤモリの刺青入れたいのだけど」
「男の人2人にナンパされた」
「好きな人が…」

承子さまのホームページ日記とは、
mixiとダンスチームの紹介サイトで書いていた。
顔写真も含めてプロフィールは本人のものを惜しげもなく具体的に公開
日記はかなりきめ細かく、チャラチャラした留学生そのものの日常生活をつづっておられた。
四角関係が…ストリップショーが…、できた妹が…、キモイ先公が…
文春がmixiでメッセージを送ったら即返信が来た。
文春が宮内庁に問い合わせて、すぐにどちらも削除された。


週刊朝日2008年10月3日号
高円宮承子女王“お騒がせ”承子さまは早大入学も「奔放な生活」
承子さまの私的外出の警護を巡って警察と宮内庁で火花が散っている。
護衛側が「もう承子さまの警護はできない」と悲鳴
承子さまは警護に非協力的、警護が必死に承子さまの後を追いかけている、
護衛が煩わしいと、まいてしまうそぶりさえ見せる(宮内庁関係者、高円宮家知人の証言)
護衛側「ご本人が必要ないとお考えなら護衛は不要では」
宮内庁「そういうわけにも…」と口ごもるばかり
もう少しご自分の立場への自覚と周囲への思いやりがあってもいいのでは(別の高円宮家に近い関係者)


テーミス2008年8月号
エディンバラ大は卒業できず
高円宮家の長女・承子さま(22歳)が7月1日、留学先の英国から帰国した。
軽快な黒のパンツとシャツにカジュアルなグリーンのボレロ風カーディガンを羽織った出で立ち。
大きな鞄と楽器ケースを抱え、報道陣の前を通り過ぎたが、コメントは一言もなかった。
承子さまは学習院女子大学へ入学した直後の'04年4月に英国へ渡り、語学研修を経て、
同年10月からエディンバラ大学で留学プログラムを受講。
当初は短期留学の予定だったが、'05年3月には学習院を正式に退学。
「学業をいっそう深めるためエディンバラ大卒業を目指す」といっていた。
皇室記者が解説する。
「エディンバラ大学では人文学科で犯罪心理学などを学んでいた。
しかし、単位不足で卒業はできなかった今後は成年皇族としてご公務に携わる一方で、
“帰国子女枠”などを使って都内の私立大学に編入し、学業を続けられるらしい。
だが、承子さまといえば、あのブログ騒動が思い起こされ、
他の皇族たちからは『大丈夫か』との心配の声が上がっている」
'02年11月に父・高円宮憲仁さまが亡くなられたが、承子さまはその葬儀に“茶髪”で
参列したことでも話題を集めた。昨年11月に行われた五回忌にも帰国していない。
さまざまな分野の人たちと親交を深め、人気があった父君だったが、何かしらの反発の思いもあったのかもしれない。
それにしても昨年2月、会員制ウェブサイト『ミクシィ』をはじめ、
パソコンや携帯のホームページに綴っていた承子さまの日記は、あまりに赤裸々で関係者を驚かせたものだ。
《やーばーい、浮気した笑。って彼氏が日本語しゃべれないことをいいことに
モロ公表してるけど爆。こんなん彼氏日本人だったらサイトバレ怖くて書けねぇ》('05年1月23日)
《昨日スクールディスコ(制服で行かなきゃならないクラブ)に行って帰って来たら
朝4時とか。こっちで彼氏と一緒じゃないクラブは久々だったから(別れたからね。)
なんか楽しかったけどね》('05年9月28日)
ブログでは“つぐ”というハンドルネームで、自由奔放な留学生生活ぶりを綴っていた。
宮内庁は当初「承知していません」といいながら、その後ミクシィからは“つぐ”の自己紹介文や顔写真が削除された。
5月には、米経済誌『フォーブス』の「最もホットな若き王族たち」というウェブ版の特集記事で、
承子さまが15位にランキングされたほどだ。
しかし、これが一般の大学生の日記なら若さゆえの奔放さとして笑って済まされるかもしれないが、
日本を代表する皇族であるだけに波紋を呼ぶ。
それは皇室および皇族に対して使われるお金が国民の税金によるものだからだ。
戦前の皇室財産は土地、建物はもちろん、全国の山林や牧場、また公債や有価証券なども含め、
莫大なものがあった。戦後は連合国軍総司令部(GHQ)の意向のもとに、ほとんどが国へ移管された。
日本国憲法には「すべて皇室財産は、国に属する。
すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」(第88条)とある。
一般にはあまり知られていないが、これを受けて定められた法律が、皇室経済法であり、
金額の詳細については皇室経済施行法で定められている。


週刊文春2009年1月22日
“奔放プリンセス”承子さまは以前文春がスクープした『赤裸々ホームページ日記』に
お酒好きをうかがわせるエピがある
「確かにお酒は相当お好きです。友達と国内旅行に行くのに、二箱びっしりお酒を詰め込んで、
飛行機で運んでいくこともあったそうですから(笑)」(宮内庁関係者)


女性自身2012年5月8日号
エディンバラ大中退の承子さま 早稲田大でも「落第予定」
女性自身 4月24日(火)0時42分配信
『女性宮家創設』論議にあたり、未婚の女性皇族8人がいま、クローズアップされている。
歴代天皇の子供と孫を”内親王”、それより遠い関係の方を”女王”と呼ぶ。
宮家当主の範囲を内親王までにするのか、それとも女王までにするのかは、現在も検討中だ。
”女王”の称号を持つ女性皇族は5人。いずれも大正天皇のひ孫にあたる。
三笠宮寛仁親王の長女・彬子さま(30)と二女・瑶子さま(28)。
そして、高円宮妃久子さまが民間への降嫁を見越して教育をされているという、
承子さま(26)、典子さま(23)、絢子さま(21)だ。
「久子さまも、薨去された高円宮憲仁さまも、『電車に乗ったり、買い物をしたり、
何でも一般の人と同じようにできなければ、お嫁に行ってから困るでしょう』と常々おっしゃっていました」
(高円宮家の知人)
長女・承子さまは約4年間、イギリスのエディンバラ大学に留学されたが卒業は叶わずご帰国。
その後、’08年9月に早稲田大学国際教養学部に入学され、現在は4年生だ。
英国留学中はミクシィへキャンパスライフや自らの恋愛を赤裸々につづり、
”奔放なプリンセス”のイメージが強いが、ワセダでの日々も波乱に満ちているようだ。
「国際教養学部は卒業するまでに1年間の海外留学が必要になります。しかし大学が特例を認め、
海外留学をしなくても卒業資格が与えられることになっていました」(宮内庁関係者)
しかし、それでも承子さまの9月ご卒業はこのままでは難しいという。早稲田大学関係者はこう嘆息する。
「残念ながら、承子さまは取得されていない単位が多く、今秋の卒業はほぼ不可能です。
秋以降も大学に通われると伺っています……」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120424-00000304-jisin-peo



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

承子女王殿下ご成年(平成18年3月8日)をお迎えになるに当たっての宮内記者会の質問に対する文書ご回答で

質問:秋篠宮妃紀子さまのご懐妊の吉報と,昨年の紀宮さまのご結婚の吉報を
どのように受け止められましたか。周辺の反応も合わせて,お聞かせ下さい。
http://classic-web.archive.org/web/20060616135123/http://www.kunaicho.go.jp/kouzoku/tugukojoou-bunsyokaitou-h18.html

この質問に答えることなく、現在の宮内庁HPからは質問自体が削除されている。
http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/08/press08-h18.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

高円宮妃久子様 娘の携帯料金高いとプリペイド式持たせた
NEWSポストセブン
2013年09月23日16時00分
<2020年の東京招致に成功したのは、ケンブリッジ大学の教育を受けた高円宮妃久子殿下のおかげである>
東京五輪開催決定を受けて、9月7日付の英紙・デイリーメールはこう大々的に報じた。
このように、世界中から絶賛の声があがっている高円宮妃久子さま(60才)。
久子さまは1953年、三井物産海外業務部長などを務めた鳥取滋治郎氏の一人娘として誕生された。
1984年12月に高円宮さまとご結婚。そして長女・承子さま(27才)、次女・典子さま(25才)、
三女・絢子さま(23才)と3人のお子さまにも恵まれ、久子さまは宮家の妻として高円宮さまを支えられた。
日本サッカー協会などスポーツ団体の仕事が多い久子さまは、南アフリカでのサッカーW杯(2010年)の際に
現地に行かれて激励されるなど、海外訪問の機会が、両陛下や皇太子さまに比べ、格段に多いという。
「皇族という立場で行かれますから、レセプションなどでスピーチされる機会も多いんです。
それにハグひとつとっても、何度も経験されていますから、ごく自然な感じでおやりになりますね」(皇室記者)
今回のIOC総会でのスピーチは、こういった経験の賜物なのかもしれない。
公務に勤しまれ、多忙な日々を送られる久子さまだが、母親として、3人のお子さまがたの子育てにも力を注がれた。
「宮さまが亡くなられる前のことですが、久子さまは自らハンドルを握られ、お子さまがたのお稽古ごとの
送迎もされていましたよ。また絢子さまが幼稚園を卒園された際、謝恩会で保護者が『三匹の子ぶた』の
寸劇をしたんですが、このとき久子さまは自ら“オオカミの親分”の役を買って出られて…。
かぶりものまでお召しになって、“オラ! オラ!”なんて真剣に演じてくださいました。
そんな久子さまに、出席した保護者はみんな感激していましたよ」(高円宮家の知人)
小学校の運動会では、こんなシーンもあった。
「お子さまのチームが黄色だったときは、黄色のスーツをお召しになられていました。
かなり目立っていましたけど(笑い)。しかも、お弁当も卵焼きに、たくあんと黄色一色だったんです。
そのお弁当を他の家族と同じようにビニールシートを敷かれて召し上がられていましたよ」(学習院関係者)
また、一般の母親と変わらないお悩みを持たれることもあったという。
「お子さまがたの携帯電話の料金が高いと悩まれていることもありました。高額にならないようにと、
プリペイド式の携帯電話を持たせたこともあったそうです」(皇室関係者)
2007年、当時、英国・エディンバラ大学に留学中だった承子さまが、ご自身の『ミクシィ』で
<男の人2人にナンパされた><胸にヤモリの刺青入れたい>などと
留学中の奔放ともいえる私生活を告白したことが報じられ、大きな波紋を呼んだことがあった。
「久子さまは周囲に“事実と違う”と話され、最後まで承子さまを信じてらっしゃいました。
ただ皇族としての自覚を持ってもらうために、品位や振る舞いについて、
承子さまが納得されるまで、じっくりと話をされたそうです」(宮内庁関係者)
その承子さまも、今年4月から日本ユニセフ協会で勤務されながら、
成人皇族として当主である久子さまを支えていらっしゃる。
※女性セブン2013年10月3日号
http://news.livedoor.com/article/detail/8091855/

立て膝でリラックス・SPをふりきる承子さま

高円宮久子さまIOC総会出席 

夏季五輪招致IOC歓迎会 名称を変え、高円宮妃久子さまご出席
産経新聞 3月17日(日)7時55分配信
■皇室のご活動論点に
首相官邸が国際オリンピック委員会(IOC)評価委員会のメンバーを招いた歓迎夕食会の開催直前に
夕食会の名称を変更し、高円宮妃久子さまに出席いただいたことが16日、分かった。
皇族方のご協力は2020年夏季五輪の東京招致に向け評価委に好印象を与えるが、
「皇室は『国際競争』に関わることに慎重であるべきだ」とした宮内庁の見解がハードルとなり、
ぎりぎりの調整でご出席にこぎつけた。
評価委メンバーには皇太子さまも接見されたが、宮内庁は「国際親善が目的」(幹部)と説明した。
だが各国では王室が五輪招致で積極的に活動しており、皇室のご活動のあり方の論点のひとつとなりそうだ。
安倍晋三首相は今月6日、「公式歓迎・東京五輪開催50年記念夕食会」を主催。
2020年夏季五輪候補地の東京を視察するため来日した評価委のリーディー委員長らを招き、
スポーツ振興に関心が高い久子さまは語学力を生かし、招待客との交流に努められた。
ただ、久子さまのご出席は曲折を経た。政府高官によると官邸サイドは当初、夕食会の名称を
「IOC評価委員会歓迎夕食会」とする予定だったが宮内庁は「五輪招致は外国の都市と競うもの。
(皇室は)慎重であるべきだという前例、考え方が根底にある」(山本信一郎次長)との立場をとった。
官邸サイドは久子さまのご出席には他国との競争というイメージを抱かせない名称に変更する必要があると判断し
「東京五輪開催50年記念」を前面に掲げる名称にした。
http://yahoo.co.jp/hl?a=20130317-00000065-san-soci

2013年9月2日20時55分
高円宮妃久子さま、IOC総会出席へ
2020年夏季五輪の開催地を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会に
高円宮妃久子さまが出席することになった。宮内庁が2日、発表した。
東京招致を訴えるプレゼンテーションの冒頭で、東日本大震災復興支援への感謝の言葉を約3分間述べるという。
同庁の風岡典之長官は「招致活動の一環と見られかねない懸念もあり、苦渋の決断だった」と話している。
他国と競う五輪招致には政治的な側面もあり、宮内庁はこれまで、久子さまの訪問は
同国のサッカー事情の視察が主目的と説明。IOC委員と懇談し、レセプションには出るが、
「総会には出席しない。招致活動とは一線を画している」と強調していた。
風岡長官によると、8月26日に下村博文文科相が宮内庁を訪れ、
「ぜひIOC委員がそろう場でのあいさつを」と久子さまの総会出席を要請。
杉田和博官房副長官からも首相官邸の意向として同様の要請があったという。
宮内庁側は、久子さまが招致には触れず、招致委メンバーのユニホームを着ないことなどを条件に応じたという。
長野県などで静養中だった天皇、皇后両陛下には、帰京後の31日に事後報告したという。
風岡長官は「両陛下もご案じではないかと拝察する」と話している。
http://www.asahi.com/national/update/0902/TKY201309020385.html


高円宮妃久子さまお言葉要旨
2013.9.8 02:40
まず、日本国民を代表して御礼申し上げたいことがございます。
2011年、大きな地震、そして津波を体験しました。
国際オリンピック委員会(IOC)と関係者の皆様は、深い同情の念を表していただきました。
私どもはそれに対する感謝の気持ちは一生忘れません。
私は個人として、IOCの皆様に心から感謝したいと思います。
IOCの特別な支援「ツバサ・プロジェクト」は、若い選手たちに、笑顔と希望をもたらしてくれました。
日本語の「ツバサ」は、英語で「ウイング」という意味です。
この翼を得て、未来へ、そして夢へ飛び立とうとしています。
私たちのような皇族がこのように話をすることは初めてかもしれません。
しかし、日本の皇族は常にスポーツを支援してきました。私の亡くなった夫はスポーツマンでした。
私は9つのスポーツ組織の名誉総裁を務めています。そのため、非常に多忙です。
「チームジャパン」がこれからプレゼンテーションを始めます。説得力のあるものとして
聞いていただけると思います。今回、このような機会を与えてくれたことを、感謝いたします。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130908/imp13090802410001-n1.htm


久子さま出席「前例にならず」
9月9日 17時37分
宮内庁の山本次長は、高円宮妃の久子さまが2020年夏のオリンピックなどの開催都市を決める
IOC=国際オリンピック委員会の総会に出席してスピーチをされたことについて、
「招致活動に直接携わるものではなかった」と述べる一方で、
震災支援へのお礼としての出席で前例とはならないという考えを示しました。
高円宮妃の久子さまは、今月7日、IOCの総会に出席して、
オリンピックなどの東京への招致を呼びかける日本のプレゼンテーションの時間の冒頭でスピーチに立たれました。
これについて宮内庁の山本次長は、9日の定例の記者会見で、
「震災支援へのお礼を述べたスピーチの内容や、プレゼンターとは一線を画したふるまいから、
招致活動に直接携わるものではなかった」と述べました。
そのうえで、「外国やIOCの方々にも日本の皇室の抑制的ななさりようについて
ご理解いただけたと思っている」と話しました。
一方で、宮内庁の風岡長官が「招致活動と見られるのではないかとの懸念もあるなかでの苦渋の決断だった」
と述べた久子さまのIOC総会への出席について、
「IOCによる震災支援プロジェクトへのお礼ということで出席をお願いしたもので、
個別的なケースだと考えている」と述べて、皇族の活動の前例とはならないという考えを示しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130909/k10014401621000.html


皇室ウイークリー(296)
両陛下も東京五輪決定の瞬間をテレビでご覧に 久子さまのスピーチににじむ高円宮さまへの尊敬のお気持ち
2013.9.14 07:00
アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で8日早朝(日本時間)、
2020年夏季五輪の東京開催が決まり、日本中が歓喜一色に染まった。
天皇、皇后両陛下もお喜びになられ、皇室は五輪歓迎ムードとなった。
「両陛下が大変、お喜びになられたと側近から聞いている」。東京開催決定から一夜明けた9日、
宮内庁の山本信一郎次長は定例会見でこう明かした。当日、両陛下は午前5時ごろからテレビをつけて、
IOC総会での開催地決定の瞬間をリアルタイムでご覧になったという。
両陛下は、東京招致に多くの関係者が努力を重ねてきたこともご存じだった。
13日、第68回国民体育大会の水泳競技観戦のため東京都江東区の東京辰巳国際水泳場を訪れた際、
招致活動の先頭に立った東京都の猪瀬直樹知事の出迎えを受けると、
陛下は「おめでとうございます」「よくがんばられましたね」とねぎらいの言葉をかけられた。
五輪とともにパラリンピックが東京で開催されることにも、両陛下は感慨を深められているという。
1964年の東京五輪の後には「第2回パラリンピック」と位置づけられている競技大会が東京で行われたが、
宮内庁によると、その実現の陰には、両陛下の障害者スポーツ振興への強いお気持ちがあったという。
今でこそ五輪とパラリンピックはセットで行われるのが当然のようになっているが、
1960年代初めにはまだ定着していなかった。当時、皇太子妃でいらした皇后さまは、
日本でもできないかと関係者から相談を受け、それを皇太子でいらした陛下に話された。
スポーツや福祉関係者にも話され、お二人のお気持ちを知った関係者らが尽力したこともあり、
開催が実現したという。
東京五輪招致実現には、皇太子ご夫妻もお喜びになっている。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は13日の定例会見で
「よい大会になることを願われていると思う」と話した。
ところで、東京五輪が決まる直前のIOC総会では、東京のプレゼンテーションの冒頭、
高円宮妃久子さまがフランス語と英語でスピーチされ、IOC関係者らから高い評価を受けた。
招致活動には直接触れず、IOCが行った東日本大震災の被災地支援へのお礼を述べ、
オリンピック精神をたたえられるスピーチだった。その内容からは、スポーツ振興に尽力しながら、
平成14年に47歳で薨去(こうきょ)された高円宮さまへの尊敬のお気持ちも強く感じられた。
「日本の皇族は常に積極的にスポーツを支援してきました。
例えば、宮さまは熱心なスポーツマンでいらっしゃいました。
そして、私は、宮さまが務めていらした9つのスポーツ団体の名誉総裁を引き継ぎました」
スピーチの中で、久子さまはこんな風に述べられた。総会後、帰国した久子さまは10日、
東京都文京区で行われた日本サッカー殿堂掲額式典に臨席された。
その後のレセプションで、日本サッカー協会の川淵三郎最高顧問(76)から
「東京五輪に大きな役割を果たされた」と紹介されると、穏やかな表情で会釈されていた。
皇太子ご夫妻は12日、国際法の学会では高い権威のある万国国際法学会の代表者らと会い、
日本で開かれた総会について話を聞かれた。
皇太子妃雅子さまの父、小和田恒(ひさし)・国際司法裁判所判事(80)も代表者の一人だった。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130914/imp13091407010001-n1.htm


五輪招致に皇室関与なら「彬子さま」より「雅子妃」では
9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれるIOC総会で、2020年夏季五輪の開催都市が正式決定する。
東京とマドリードの一騎打ちと見られているが、「投票に臨むIOC委員98名のうち、東京は欧州票を固め、
米国、東南アジア、中東の票などで、過半数の50票は楽に獲得できる」(五輪招致委員会関係者)と、
日本有利の票読みは、先週号でお伝えした。が、委員の投票行動には予測不能の面がある。
そこで、力強い“援軍”が送り込まれることになった。
三笠宮家の彬子さまと高円宮妃久子さまが、IOC総会の直前、ブエノスアイレスを訪れ、
委員たちと懇談なさるのである。「ご訪問の目的は、“震災の復興支援へのお礼で、招致活動とは関係ない”
と宮内庁は説明しています。憲法上、皇室は政治に関与しないというのが、宮内庁の考えで、
お二人は、安倍首相が最後のスピーチをする総会には出席されません」と、皇室記者。
「しかし、誰がどう見ても、招致への後押しであることは明らか。
猪瀬都知事だって、“日本を代表する皇室が現地で存在感を示してくれることは、非常に重要”と、
皇室の関与を望んでいる。それならば」と、引き取るのは、さる外交評論家だ。
「いっそのこと、雅子妃に行っていただくほうが良いのではないか。
海外に自由に出かけられない環境が適応障害の大きな要因というなら、五輪招致活動の先頭に立つことは、
その快癒にも有益かもしれない。皇太子妃じきじきのお出ましは、
IOC委員に与えるインパクトだって大きい。7月の委員向けプレゼンテーションで、
スペインはフェリペ皇太子が熱弁をふるい、マドリードの評価が高まりました。
総会で雅子妃が颯爽とスピーチすれば委員たちを魅了し、わが国民だって見直すに違いありません」
安倍首相より適役だろう。
週刊新潮 2013年9月5日号 掲載
http://www.gruri.jp/article/2013/09021800/


皇族:IOC行事に出席へ 「震災支援お礼」、慎重論も
毎日新聞 2013年08月09日 15時00分(最終更新 08月09日 17時50分)
三笠宮家の彬子(あきこ)さまと高円宮妃久子さまが、9月にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れ、
2020年夏季五輪開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会の
レセプションなどに出席する方向で調整が進んでいることが分かった。
皇族が、他国との競争の面がある五輪の招致活動に関わることには慎重論もあり、
宮内庁側は、東日本大震災支援へのお礼や現地視察が主目的としている。
政府関係者によると、彬子さまは9月4日出発、14日帰国の日程で、
アルゼンチン訪問後にチリを公式訪問する。
チリ政府がモアイ像を宮城県に贈ったことへのお礼を伝えるのが目的で、
アルゼンチンではIOC委員らと面会、五輪選手が被災者を支援したことに謝意を伝える方針。
久子さまは日本サッカー協会名誉総裁を務めており、9月3~9日にアルゼンチンを訪れ、
現地サッカー事情を視察する。その際、IOC総会前のレセプションに出席する。
政府関係者は「訪問目的はお二人とも違うが、東京招致への強力なサポートになると期待している」と語る。
関係者によると、政府内には「五輪招致に皇族の活動が必要」との意見が強く、彬子さまの訪問は
「まずアルゼンチンありき」で6月ごろから準備が進められたという。
スペインの国王夫妻と皇太子夫妻がブエノスアイレスで招致活動をするとの情報を得た官邸周辺が
「さらに皇族を」との要望を宮内庁に伝え、7月末に久子さまのアルゼンチン訪問が急きょ持ち上がったという。
皇室と五輪招致活動を巡っては、石原慎太郎都知事(当時)が前回招致活動時に
皇太子ご夫妻のIOC総会出席を希望するなどしたが、宮内庁側は慎重姿勢を守ってきた。
今春IOC評価委員会メンバーの来日時、皇太子さまが初めて面会した際にも「国際親善の一環」と説明していた。
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20130809k0000e040224000c.html

奔放な久子さま

週刊現代 2007年2月24日号
発掘スクープ 高円宮久子さまイギリス留学独身時代の仰天「芸者ガール写真」
承子さま「赤裸々ホームページ日記」の奔放さは母親ゆずり

真紅の振り袖の着物を着て、艶かしいおしろいを顔一面に塗り、
整えた日本髪にはかんざしを挿して、こちらをキリッと見据えている――。
前ページ写真の写ったその女性こそ、28歳当時のイギリス留学中の高円宮妃殿下久子さま(53歳)のお姿なのだ。
写真のキャプションには、次のように書かれている。

<ここにいる小柄な三人のメイド(編集部注・右端の女性は割愛した)は、
正確に言えば現在在学中ではないが、いずれも大変な学位を修めた女性たちだ。
左は、ヒサ・トットリ(同・久子さまの旧姓は鳥取)。
中国文化と考古学を学び、現在はロンドンで法律家になる勉強をしている。
(中略)
彼女たちが着ているフォーマルなシルクの着物は非常に高価で、何千ポンドもし、着るのに1時間もかかる>

高円宮家といえば、『週刊文春』(2月8日号)が報じた
「20歳女性皇族『赤裸々ホームページ日記』」という記事が、波紋を広げている。
'02年に47歳で急逝された高円宮殿下と久子妃殿下の長女・承子さま(20歳=英エジンバラ大留学中)が、
ミクシィ(会員制ブログ)で自らを「20歳をヒップホップダンサー」と称し、

<バイトの面接に行ったけどバックレた><大ッ嫌いな先公に物申す!!>
<初めて生でストリップショー見た>
<王様ゲームやったけどエロ系一切なしでつまんなかった>
<胸にヤモリの刺青入れたい>

などなど、赤裸々な告白をしているという内容だ。
「宮内庁職員は、すぐにロンドンにいる本人に連絡してブログを中止させる一方で、
『久子さまのしつけがなっていないからこんなことになったのだ』とカンカンです」(宮内庁担当記者)
振り返れば、久子さまもまた、前ページのように雑誌モデルをやるなど、
かなり奔放なロンドン留学生活を送っておられたようなのだ。
「久子さまは、数多くいた日本人留学生の中でも飛びきりチャーミングで、
イギリスの良家の子弟たちと幅広く付き合っていました。
それが縁で、当時、彼らが愛読していた高級ゴシップ雑誌『タトラー』('81年10月号)に
“芸者モデル”として登場したようなのです」
「タトラー」とは「告げ口屋」の意。日本で言えば、'04年に休刊した『噂の真相』をおしゃれにしたような月刊誌だ。
創刊はなんと1709年(!)。草創期には『ガリバー旅行記』で有名な作家のジョナサン・スウィフトも
この雑誌のライターをしていたという由緒あるゴシップ雑誌なのだ。

ダイアナ妃を意識
「おりしも、久子さまが“芸者ガール”に扮した3ヵ月前に、ダイアナ妃がチャールズ皇太子と結婚。
ダイアナ妃は、開かれた新時代の英王室を象徴するスタートして、
当時イギリス中の話題をさらっていました。
そのため、遠く日本から留学に来られていた久子さまも、
いつか自分もダイアナ妃のようにロイヤルファミリーの一員となり、
皇室を通じて国際貢献したいという夢を抱かれていたのではないでしょうか。
久子さまは当時は民間人ですが、この写真の鋭い眼差しを見ていると、
将来自分は皇室に嫁ぐのだという強い意志を感じるのです」
開かれた王室を目指したダイアナ妃は、離婚の末に36歳で帰らぬ人となった。
また、日本で開かれた皇室を目指した皇太子妃雅子さまも、ご病気からなかなか回復できないでおられる。
われわれ一般人と同じ感覚をお持ちの久子さまと承子さまには、
ぜひ開かれた皇室の先導役を果たしてもらいたいものだ。


女性セブン2007年3月15日号
広がる懸念 高円宮妃久子さま(53)と日本サッカー協会川淵三郎会長(70)前例なき「2人ゴルフ」「モンローダンス」
長女・承子さま(20)ブログ騒動には反論を――
皇室を揺るがした承子さまのブログ騒動に、母君である久子さまは
周囲の人々に「事実と違うの」と訴えているのだという。
しかし、宮内庁内部からは、そんな久子さまご自身について心配の声があがっている――
現在イギリスの名門、エディンバラ大学に留学中の長女・承子さまが、
ご自身のブログで留学中の奔放ともいえる私生活を告白したことが報じられ、話題となっているからだ。

≪胸にヤモリの刺青入れたい≫
≪男の人2人にナンパされた≫

など、その赤裸々な表現をめぐって、波紋が広がったのである。
「承子さまは、いまや20才の成年皇族です。 内容もさることながら、
そのお立場であるかたがブログで私生活を明かすというのは、前代未聞のこと。
お母さまの久子さまは、大変に心を痛められていることでしょう」(宮内庁関係者)
だが、ある皇室関係者は、久子さまの心情をこう話す。
「今回の騒動には当初は驚かれたようですが、久子さまはお嬢さまがたの育て方には確固たる自負がおありで、
親しい知人のかたに、“私は娘たちを物ごとの判断がつかないように育てた覚えはありません。
誰かが意図的に企てたとしか思えないのです”と話されています」
周囲の心配も高まっているが、実はいま、承子さまのことだけではなく、
久子さまご自身に関しても、ある懸念が皇室内部でささやかれている。
ご公務でお忙しい日々を送られる久子さまが、このところ時間をさかれては
熱心になさっているのがゴルフなのだという。
久子さまがたびたびお出かけになるのは、都内にあるゴルフ練習場。
一方では皇族がゴルフをなさることに首を傾げる人たちもいる。
かつて昭和天皇はお若い頃ゴルフを楽しまれていたが、
皇族方が近年、ゴルフ場でプレーをなさったという話は伝わってこない。
「皇族がゴルフをしてはいけないという決まりはありません。
ただし、日本の皇族がゴルフをされない理由のひとつには、日本には、
ゴルフはお金に余裕がある人が楽しむスポーツだというイメージがあるからでしょう。
いまの天皇陛下は、皇族は国民と苦楽を共にして歩むという姿勢をお持ちですから、
ぜいたくなイメージのあるゴルフを国民の税金を使ってなさることに抵抗がおありなのかもしれません。
その両陛下の思いが他の皇族方にも、暗黙のうちに反映しているように思います」
(皇室ジャーナリスト・神田秀一氏)
加えて、皇族がゴルフをする上で大きな問題となるのが警備である。
実際、前出の久子さまが行かれるゴルフ練習場やゴルフ場でも物々しい警備が目撃されている。
例えば、練習場では打席を3、4か所貸し切りにされて、そこに警備がつく。
またゴルフ場でもこんな光景が見られる。
「久子さまがプレーなさるときは、スーツ姿の男性が林の中などに散らばり
警備をしているところを見たことがあります」(ゴルフ場の常連客)
さらに久子さまがプレーされるときは、警備の都合で前後2組は間を空けるのだという。
そんな久子さまが、最近よくご一緒されているのが、日本サッカー協会会長の川淵三郎会長(70才)だ。
「おふたりでよくいらしてますね。通常ゴルフは4人1組でプレーするんですが、
久子さまと川淵会長はおふたりだけでプレーされることもあるんです。そのときは、
プレーしない警備の男性がふたり、ゴルフウエアを着て一緒に回っていますね」(ゴルフ場関係者) 
 
参加者が驚いた“マリリン・モンロー”
急逝された高円宮さまが特に愛されたのがサッカーですから、
その遺志を継いで、全面的に協力なさる姿勢はわかるのですが、
少々力を入れすぎなのでは・・・・という声があがるほど、
川淵会長とのご交流が際立っているように思えてなりません」(前出・宮内庁関係者)
昨年12月、Jリーグの表彰式にも久子さまのお姿はあった。
そして、そのときの久子さまの装いに、多くの人が驚かされた。
「表彰式というセレモニーですから、華やかな衣装でお出ましになるのでしょうが、
それにしても、胸元が大きく開いたグリーンのロングドレスを着用されたのには、
いつもの久子さまの装いと雰囲気が違うので、
出席者の間で、どよめきがおこりましたよ」(サッカー関係者)
これらは公的な行事にかかわるご公務だが、私的にこんな行事にも出席されている。
昨年の12月1日、川淵会長の70才の誕生日を祝して、
埼玉県内のゴルフ場Kで開かれたバースデーゴルフコンペだ。
久子さまと川淵会長は、当然のごとく同じ組でトップスタートで回られた。
「コンペ終了後のパーティにも久子さまは出席なさいましたが、驚きを越え唖然となりました。
なんと金髪のカツラに、大きく胸の開いた白いドレスで、マリリン・モンローに扮して、
スポットライトを浴びながら久子さまがモンローのまねをしてダンスを踊るようにステージに上がられたんです。
三枝成彰さんのピアノ伴奏で、“ハッピー・バースデー・トゥー・ユー”を歌われ、
最後は川淵会長に投げキッス。会長は手をたたいて大喜びでした。
このハプニングには、参加者から妃殿下のあまりのサービスに
戸惑いの声も上がりました」(招待されたテレビ局関係者)
さらに2日後、東京・六本木のレストランを借りきって、川淵会長の「お誕生会」が開かれた。
この会を主催したのは、久子さまだったという。
こうしたことから、久子さまが、なぜそれほどまでに、
日本サッカー協会だけを大事にされるのか・・・・という疑問が
皇室関係者の間で少なからず波紋を広げている。
というのも、前述した他の数々の名誉総裁としては、年に1~2回のお出ましで、
その上層部とのプライベートなおつきあいは、ほとんどないからだ。
今回本誌が取材をしたところ、例えば、日本ホッケー協会は、昨年は日本リーグ最終日の閉会式スピーチのみ。
全日本軟式野球連盟は、2度の全国大会開会式のスピーチ、
さらに日本スカッシュ協会などは特別なご活動はなかった・・・・。
ゴルフをはじめとする久子さまとの関係について、日本サッカー協会に話を聞くと、
「コメントは差し控えたいが、プライベートでご一緒させていただくこともあります」との返答だった。
「川淵会長との交流の深さを別にしても、久子さまが特定のひとつの組織に、
あまりに熱心に力をいれられるのは、やはり誤解を招くことになるのではないでしょうか。
皇室というところは、すべてを平等に慮る姿勢が、その基本にあるのですから。
それに、皇太子ご夫妻のことで両陛下がご心痛の折にいかがなものかと・・・・」(皇室関係者)