あらぎ島 灯籠でお祝い

本棚田百選の一つ 和歌山県有田川町清水 
あらぎ島の四季
http://www.eonet.ne.jp/~kunio/aragi.html
2007年9月6日撮影 悠仁(ひさひと)様 誕生一歳を祝って(紀子妃殿下祖祖父ご出身地)
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悠仁さま誕生日祝し灯籠
棚田百選のあらぎ島
「日本の棚田百選」に選ばれている有田川町清水の「あらぎ島」で6日
地元住民らが約1700個の灯籠(とうろう)を並べ、秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまの誕生日を祝った。
収穫間近の稲穂がロウソクの光に揺れ、見物客らがため息をもらした。
秋篠宮妃紀子さまの曽祖父が同町出身で、地元商工会員らで作る「紀清の集い」が昨年、1歳のお祝いに始めた。
午後6時45分ごろ、住民らがロウソクに火をともすと、棚田のあぜ道が、島のように浮かび上がった。
(2008年9月7日 読売新聞)

悠仁さま3歳 棚田も輝き 有田川・あらぎ島
灯籠の明かりで浮かび上がった棚田「あらぎ島」(6日午後8時17分、有田川町で)
有田川町清水の棚田「あらぎ島」で6日、住民らが約1700個の灯籠(とうろう)を並べ、
ろうそくの明かりで秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまの3歳を祝った。
紀子さまの曽祖父が同町出身で、地元有志が悠仁さまの1歳の誕生日から始めた。
午後7時5分頃、住民ら約100人があぜ道で灯籠に火をともすと、
大小54枚の棚田が島のように浮かび上がった。
ボランティアで参加した県立有田中央高校清水分校3年、山本真里佳さん(17)は
「イベントをずっと続けて、いつか悠仁さまにも見に来ていただきたいですね」と話していた。
(2009年9月7日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/zoom/20090906-OYT9I00825.htm

2010/09/06
有田川町清水の「あらぎ島」で毎年行なわれているイベント
『キャンドルライトイルミネ-ションinあらぎ島』のVol.4 地元の若手有志「紀清の集い」の主催で、
日本の棚田百選に選定されたあらぎ島を約1700本もの手作り竹灯籠にロウソクを灯して浮かび上がらせる。
有田川町清水は秋篠宮紀子様曽祖父の出身地であることから、
秋篠宮ご夫妻のご長男・悠仁親王殿下のお誕生日(9/6)を祝して毎年開催されている。
http://www.panoramio.com/photo/40636627

(2011年は紀伊半島豪雨災害で中止)

あらぎ島で棚田ぐるりとお祝いの灯火 2012.9.7 08:28
「日本の棚田百選」のひとつ、和歌山県有田川町の棚田「あらぎ島」で6日、
棚田をライトアップするイベントが開催され、訪れた人たちを楽しませた。 同町は秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地。
紀子さまの長男、悠仁さまの誕生日を祝おうと、毎年この日に開催している。
午後7時過ぎ、約1800本の竹灯籠のろうそくに火がともされると、やわらなか光で照らされた幻想的な光景が浮かび上がった。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120907/wlf12090708330001-n1.htm

キャンドルライトイルミネーションinあらぎ島2013/和歌山県有田川町
https://www.youtube.com/watch?v=0M5NOVqGMhQ

棚田ライトアップ、悠仁さまの誕生日祝う 和歌山・有田川
2014.9.6 21:57
日本の棚田百選の一つ、和歌山県有田川町の棚田「あらぎ島」で6日、大粒の雨が降るなか、
棚田をライトアップするイベントが開かれた。
同町は秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地。
紀子さまの長男、悠仁(ひさひと)さまの誕生日を祝おうと、地元の有志らが毎年この日に行っている。
約1700本の竹灯籠にゆっくりと火がともされ、棚田は幻想的な光景に。
訪れた人たちは、悠仁さまの8歳の誕生日を静かに祝福した。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140906/trd14090621570011-n1.htm

いつの日かお迎えをして 悠仁さまの9歳の誕生日を祝う 
国の重要文化的景観に一昨年選定され、
農林水産省の「日本の棚田百選」にも選ばれている有田川町清水の「あらぎ島」で6日夜、
棚田のあぜ道に竹筒の中にキャンドルを入れた竹灯籠約1700本に火を灯し、
扇形に広がる大小54枚の棚田をライトアップさせる
「キャンドルライトイルミネーションVOL・9」イベントが開かれ、
棚田とともに一帯は幻想的な世界に包まれた。
このイベントは同町が秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地であることから、
この日9歳の誕生日を迎えられた秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまを祝おうと
9年前から地元の青年有志「紀清の集い」(織本靖弘代表)が開催している。
あらぎ島の対岸、三田展望所で行われた式典で織本代表は
「悠仁さまの9歳のお誕生日、有田川町制施行10周年、わかやま国体の成功の3つの思いを込めてお祝いしたい。
幻想的なあらぎ島を心ゆくまでご覧ください」とあいさつ。
中山正隆町長は「過疎化が進む清水の地域でイベントを通して活性化に取り組んでいる。
有田川町10周年のイベントがこれからも清水で行われるのでぜひ皆さんもご参加いただきたい」と述べ、
来賓の仁坂吉伸知事は「皆さんの心が天に通じたのか雨も小康状態になった。
県としてもこのイベントに他所からもたくさん人が来るよう道路整備などで皆さんの気持ちに応えたい。
皆さんの活動を日本中に知られるようにしたい」と激励した。
当日は、どしゃぶりの天気だったが、午後6時30分過ぎの点火式には雨が上がり、
昨年地元で誕生した親子の3組が展望台のキャンドル竹灯籠に中山町長から渡された松明をリレーで火を灯した。
リレーの最終組となった辻本健人くん(父・和志、母・由紀)の松明はキャンドルに火を灯したあと、
仁坂知事が受け取り、あらぎ島へ渡るロープに吊るされたキャンドルに火が灯され、
仁坂知事が松明の火でストッパーのひもを焼き切り約300メートル下のあらぎ島へ火が届けられた。
あらぎ島では60人のボランティアが棚田の中心部から竹灯籠のローソクに火を灯していくと
54枚の棚田が浮かび上がり、最後に「祝・悠仁さま9才」の文字を描き出した。
来場者は祝福するとともに時の過ぎるのを忘れて幻想的なあらぎ島に酔いしれた。
http://21kisyu.com/topic/pickup-20150918-1.html


悠仁さまの10歳の誕生日を祝う あらぎ島(有田川町清水)キャンドルライトイルミネーション 
いつの日かお迎えして [有田川町]
[2016年9月16日掲載]
国の重要文化的景観に3年前選定され、農林水産省の「日本の棚田百選」にも選ばれている
和歌山県有田郡有田川町清水の「あらぎ島」で6日夜、
大小54枚の棚田のあぜ道に竹筒の中にキャンドルを入れた竹灯籠約1700本に火を灯し、
扇形に広がる棚田をライトアップさせる「キャンドルライトイルミネーションinあらぎ島VOL・10」
イベントが開かれ、棚田とともに一帯は幻想的な世界に包まれた。
このイベントは同町が秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地であることから、
この日で10歳になられた秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまの誕生日を祝おうと
10年前から地元の青年有志「紀清の集い」(織本靖弘代表)が開催している。
あらぎ島の対岸に整備された三田展望所で行われた開会式では織本代表は「とうとう10回目の開催を迎え、
悠仁さま10歳の誕生日を皆さまとともにお祝いできることを心から感謝したい。
悠仁さまはお茶の水女子大付属小学校4年生となり、活発な毎日を過ごされているご様子。
これからも楽しい学校生活を送ってほしい」と述べた上で、10年間を振り返り
「私たちの活動の11年は、歴史あるあらぎ島の景観の中ではほんの一瞬のできごとかも知れないが、
この景観の一部を閉じこめ悠仁さまの成長を見守っていきたい」とあいさつ。中
山正隆町長は「今回も大勢の方においでいただき心から歓迎を申し上げたい。
よくぞ10年も続けてくれたなと感謝の気持ちでいっぱい。我々も皆さんと一緒に後世へ守り続けたい。
今日はゆっくりと幻想的な景観をお楽しみいただきたい」と述べ、
来賓の仁坂吉伸知事は「毎年来ていますが、1700本もの手づくり竹灯籠で繰り広げるページメントには
皆さんの苦労が心から伝わってくる。悠仁親王の由緒にも因んですばらしいものになっている。
県も水の国和歌山のキャンペーンを発信していくのでお客さんが清水にも来ていただくように考えたい」と祝辞。
点火式では6日に誕生日を迎えた地元の福本盛貴さん(農業)福本晴花さん(奈良女子大)永田芽花さん
(八幡小3年)の3人が展望台のキャンドル竹灯籠に中山町長から渡された松明をリレーで火を灯したあと、
仁坂知事が受け取り、あらぎ島へ渡るロープに吊るされたキャンドルに火が灯され、
仁坂知事が松明の火でストッパーのひもを焼き切り約230㍍のロープであらぎ島へ火が届けられた。
あらぎ島では約60人のボランティアが棚田の中心部から竹灯籠のローソクに火を灯していくと5
4枚の棚田が浮かび上がり、10本の仕掛け花火が大音響とともに夜空に咲いた。
そして最後に「祝・悠仁さま10才」の文字を描き出した。
来場者もハッピーバースデートゥーユーを歌って祝福するとともに約1時間30分の幻想的なあらぎ島に酔いしれた。
(写真/「祝・悠仁さま10才」も浮かび上がった)
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http://21kisyu.com/topic/pickup-20160916-1.html

竹灯籠で浮かぶ棚田…悠仁さまと眞子さま祝い
2017年09月06日 21時01分
「日本の棚田百選」に選ばれている和歌山県有田川町の通称「あらぎ島」で6日夜、
あぜ道に並べられた約2000基の竹灯籠に火がともされ、扇状に広がる大小54枚の棚田が幻想的に浮かび上がった。
同町は秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地。秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁ひさひとさまの誕生日に合わせ、
2007年から地元住民が続けている。
竹灯籠で描かれた「祝☆悠仁さま11才」の文字に加え、
今年はご夫妻の長女・眞子まこさまと小室圭さんの婚約内定を祝い、「眞」「圭」の文字も。
主催した住民団体代表の織本靖弘さん(44)は「我々にとっても二重の喜び」と話していた。
2017年09月06日 21時01分
http://www.yomiuri.co.jp/national/20170906-OYT1T50112.html
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(2018年は台風21号の影響で中止)

秋篠宮妃には喜びと共に心配や苦労の多い日々であったと思います

天皇陛下お誕生日に際し(平成18年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h18e.html

問1
秋篠宮ご夫妻に,皇室にとって41年ぶりの親王となる悠仁様が誕生されました。
紀子様のご懐妊を聞かれたときの陛下のお気持ちは,どのようなものだったでしょうか。
また出産までの10か月間,紀子様をどのような思いで見守られたでしょうか。
悠仁様と初めて対面されましたときのお気持ちや参内された際のご様子,
男のお孫様としての教育のあり方についても,あわせてお聞かせください。

<天皇陛下> 
懐妊の兆候があることは聞いていましたが,安心な状況というばかりの話ではなかったので,
検査の結果順調に懐妊しているということを宮殿で侍従長から聞いた時には本当にうれしく感じました。
その後,秋篠宮妃には,つわりや大出血の可能性のある前置胎盤の症状が生じましたが,
それを乗り越え,無事悠仁を出産することができました。
秋篠宮妃には喜びと共に心配や苦労の多い日々であったと思います。
予定日より早い帝王切開での出産でしたが,初めて会った時には立派な新生児だと感じました。
出産に携わった関係者の尽力に深く感謝しています。
また,大勢の人々が悠仁の誕生を祝ってくれたことも心に残ることでした。
悠仁の生まれたとき滞在していた北海道を始め,その後訪れた各地の道々で,
多くの人々が笑顔でお祝いの言葉を述べてくれました。 
最近の悠仁の様子として目に浮かぶのは,私の近くでじっとこちらを見つめているときの顔です。
教育の在り方についての質問ですが,今は秋篠宮,同妃,眞子,佳子の2人の姉に
愛情深く育てられていくことが大切だと思います。
15歳になった眞子は,今年1年非常に頼もしく成長したように感じています。
きっと眞子,佳子が悠仁の良き姉として,両親を助けていくことと思います。

問2
二つ目の質問をさせていただきます。皇太子ご一家はこの夏,雅子様のご療養を兼ねて
オランダを訪問されました。陛下は海外でのご静養についてどのようにお考えでしょうか。
また,その後の雅子様のご回復の様子や,幼稚園生活を始められた愛子様のご成長など,
皇太子ご一家へ寄せられる思いも,あわせてお聞かせください。

<天皇陛下>
この度のオランダでの静養については,
医師団がそれを評価しており,皇太子夫妻も喜んでいたので,良かったと思っています。
皇太子一家を丁重におもてなしいただいたベアトリックス女王陛下並びに
ウィレム・アレクサンダー皇太子,同妃両殿下に対し,深く感謝しています。
最近の愛子の様子については,皇太子妃の誕生日の夕食後,愛子が皇后と秋篠宮妃と
相撲の双六(すごろく)で遊びましたが,とても楽しそうで生き生きとしていたことが印象に残っています。
ただ残念なことは,愛子は幼稚園生活を始めたばかりで,風邪を引くことも多く,
私どもと会う機会が少ないことです。
いずれは会う機会も増えて,うち解けて話をするようになることを楽しみにしています。
皇太子妃の健康の速やかな回復を念じていますが,
身近に接している皇太子の話から良い方向に向かっていると聞き,喜んでいます。
健康を第一に考えて生活していくことを願っています。

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

天皇陛下誕生日
「明るく幸せな年に」=皇居で天皇誕生日の一般参賀 即位以来最高
天皇陛下の73歳の誕生日を祝う一般参賀が23日午前、皇居・宮殿東庭で行われ、
午前9時半の開門から同11時半ごろの閉門までに、
昨年より2420人多い16440人(皇宮警察調べ)が皇居を訪れた。
午後の記帳を含む参賀人数は2万152人と即位以来、最高となった。
陛下は午前中3回、皇后さまや皇太子さま、秋篠宮ご夫妻とともに長和殿のベランダに立たれ、
皇太子妃雅子さまも2回出席された。 陛下は、誕生日のお祝いに謝意を示した上で、
「きたる年が皆さんにとり、明るく幸せな年になることを期待しています」などとあいさつし、
日の丸の小旗を振る人々に手を振って応えられた。

天皇誕生日、一般参賀に2万2655人
12月23日19時18分配信 読売新聞
天皇誕生日の23日、皇居・宮殿で恒例の一般参賀が行われ、
75歳を迎えた天皇陛下は
「先ごろ健康に不調をきたし、みなさんに心配をかけましたが、
次第に快復(かいふく)していくものと思っています」とあいさつされた。
陛下は皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻とともに
午前中に3回、宮殿・長和殿ベランダに立ち、
「厳しい経済情勢の中で厳しい年の瀬を迎えている人々も多いのではないかと案じています。
来る年が少しでもよい年となるよう願っています」と話し、祝賀に笑顔で応えられた。
午後の記帳を含めた参賀者は、平成に入り最高の2万2655人だった。
今年の祝賀行事は、陛下の体調に配慮し、関係者との茶会などが取りやめになったほか、
駐日外国大使夫妻との「茶会の儀」は乾杯だけで退席された。
皇太子妃雅子さまは、6年ぶりに「宴会の儀」にも出席された。
最終更新:12月23日19時31分


週刊新潮2007年1月4・11日新年特大号
天皇陛下のお誕生日会見
「秋篠宮家に関する話には相好を崩し、その仲睦まじさをお話しされる陛下。
対して会う機会の少ない愛子さまとはどうしても打ち解けることができないのでしょう。
両陛下とお会いするときに緊張する雅子さまの様子を敏感に察しているのかも」(記者)
好転しない雅子妃のご病状
「オランダ静養に関するくだりでは、ある種突き放した感じさえ受けた」(別の記者)

祝福

2006年9月6日
秋篠宮家に親王殿下ご誕生

朝日新聞
ここ数年、「天皇陛下の苦悩ぶりは端で見ておられなかった」(側近)という。
不透明な「皇統」の将来への憂慮は年々深まるが、皇太子家では雅子さまの回復への見通しがたたない。
自らの前立腺ガンとの闘病は続く。小泉内閣が皇室典範改正に踏み出そうとしたが、激しい反対を引き起こした上、
三笠宮寛仁さまなど皇室内部からも異論が表面化して、押し切れば国論分裂も避けられない局面だった。
おめでたは、こうした雰囲気を和らげ、冷静さを取り戻すきっかけを与えた。
天皇陛下が政府の典範改正の動きに異を唱えた形跡はない。
しかし一方で、以前から皇室が十分な努力をつくさないで
国民に制度の変更を求めることに心苦しい思いを抱いておられるのではないか」
との推測も宮内庁内には少なくなかった。
雅子さまの不調の原因が「日本の皇室の旧弊ぶり」などと
内外のメディアで取りざたされたことは、両陛下にとっては
これまで歩んできた道のりを否定されるような思いだったのではないだろうか。
「紀子さま懐妊は雅子さまにプレッシャー」なととされることに紀子さまは苦しんでいたと聞く。
新たな命の誕生は、こうしたわだかまりや暗雲を吹き払うような明るい話題となった。
編集委員・岩井克己氏

八幡和郎時事解説 平成18年9月6日
第56回秋篠宮妃ご出産と皇室典範改正・雅子妃の今後など
http://www.yawata48.com/jiji/jiji05601.htm
(一部)
秋篠宮妃が男子を出産された。この慶事をまずはお喜び申し上げたい。
皇室典範改正問題が議論される中で、このご誕生があったことは、
「天命」のようなものを感じさせるというのは悪のりかも知れないが、
なんとかしなければといういろんな方の思いの結果であるのは確かであろう。
少なくとも、この「運命の子」が誕生とともに持った正統にして正当な皇位継承権を
誰かのために奪い取ろうという策謀が行われないことを望む。
また、そういう議論が起きないように関係者は積極的な発言をすべきだ。とくに小和田恒氏にそれを強く望む。
沈黙は騒乱へのゴーサインと揶揄されては不本意であろう。


週刊文春2006年9月14日号
■雅子さま紀子さま二人のプリンセスのこれから
「静養の計画が発表された当初、東宮大夫は『小和田さんと今回のご訪問は全く関係ない』と言っていたのに、
出発直前から『会わないのは不自然』というトーンに変わっていった。
莫大な経費をかけて海外の両親に会いにいったと批判されないよう事前に発表しなかったのだろう。
ハーグで皇太子夫妻は小和田夫妻宅に愛子さまを預けて、国際司法裁判所や美術館などを見学した。
皇太子の一人娘を外国の民間人の私邸に預けたことには違和感を覚えた」(宮内庁担当記者)
「オランダ静養の実現は両殿下や東宮職には大きな自信になったようだ。
しかし向こうの王室にはプライベートなネットワークがあり、
各国王室の噂話がその情報網を通じてやりとりされており
オランダでの皇太子一家のご動静は東宮職の報告以外からかなり漏れてきている。
彼らにとって雅子さまは“注目の人”であり、
結局は日本の皇室がある種のスキャンダラスな視線に晒された側面は否めない。
危惧していたものの残念である」(千代田関係者)
帰国の写真撮影を許可しないなど、宮内記者たちと東宮職の間にミゾが出来つつある。
「皇太子が山形公務をしている間、久しぶりに朝はゆっくり、愛子さまより遅く起きてきたりした。
オランダから帰国後の体調変化はなし。
当面は皇太子殿下がお一人で公務をこなす」(東宮関係者)
■ご静養前に「9月公務拒否」の雅子さま
四月下旬に愛知県で開催された“みどりの愛護”の式典への出席が予定されていたが体調を考慮してキャンセル。
「9月3日からの山形市での全国農業青年交換大会にはオランダ静養後なので公務に出席可能なのではと期待するも、
オランダ出発直前にキャンセル。体調が原因とは思えない。公務拒否したも同然」(宮内庁関係者)
「オランダ帰国後の写真撮影をお疲れになっているから、という理由で拒否。
仕方がないので東宮御所の正門で待ったが西門からこっそり戻っていた。
異例の海外静養で国民に心配をかけているのだから、当然記者の前に姿を見せるべきではないのか」(宮内庁記者)
■雅子さま「ご病状」は回復に向かう?
「最近では“治療だから”“適応障害だから”のマジックフレーズがあり、
自分の希望をそうした理由で押し通そうとしているように見える。公務復帰はまだまだ先になるだろう。
一方で自分のやりたいことは積極的にやっているのだから、正常心に戻っているはず」(宮内庁幹部)
■秋篠宮ご一家、家庭の絆を大事に1990年6月の結婚以来、
秋篠宮ご夫妻は公務を通じて天皇、皇后両陛下を支える一方、家族の絆(きずな)を大事にしてこられた。
昨年結婚した妹の黒田清子さん(37)に出会いの場をつくったのもご夫妻。
小さな子どもの世話を楽しみにしていたという長女、眞子さま(14)と
二女、佳子さま(11)にとって待望の弟の誕生となり、ご一家の新たな歩みが始まる。
「皇族の最も大切な役割は、公務を通じて国民の期待に応え、陛下をお助けすること」(2003年11月の記者会見)。
秋篠宮さまの考え方には高齢の両陛下を気遣われる気持ちがにじむ。
陛下は同年1月、前立腺がんで手術。
秋篠宮さまは「心細いことがあると思い、できるだけそばにいて話をする機会をつくるようにした」という。
「秋篠宮夫妻は沖縄に非常に思いが強く、それは両陛下の沖縄への思いを受け継いでいらっしゃる。
両殿下は、沖縄の人の心を察して絶対にそこを踏み外さない。
沖縄の人ですら忘れかけている祭祀などについても理解されようとしている。
公務はもちろんお忍びの訪問でも真っ先に訪れてくださる。」(沖縄在住の高田勝さん)
「2001年、紀子さまは『沖縄との出会い』と題して講演をしているが、
この中でも両陛下の沖縄への取り組みにふれ、両陛下はお喜びだった。
2001年の皇后さまの誕生日パーティで、天皇陛下が『秋篠宮妃も、沖縄で講演したんですよ』と笑顔で話されていました。
陛下が身内についてお話になることはとても珍しい。
お気持ちが伝わったことがよほど嬉しかったのでしょう。
美智子さまと紀子さまが似てきたのは、
紀子さまが『美智子さまと同じ道を歩く心の同伴者となりたい』という覚悟の結果、似たのです。
美智子さまの想いを教科書として歩まれたことが嫁姑円満の秘訣なのでしょう」(皇室関係者)

週刊現代2006年9月23日号
ご懐妊中も積極的に公務をこなされた紀子さまと雅子さまとでは皇族の受けは比較になりません。
「雅子妃は動物園だの国連大学通いだの、自分がやりたいことしかし無い」という声も上がっています。
それもあって、旧皇族の中には皇太子さまに苦言を呈する方が少なくないのです。
「まず国民のことを考えるべきなのに、雅子が雅子がと自分達のことばかり口にして身勝手すぎる」と(渡辺みどり)
美智子皇后と雅子妃の関係も穏やかではない。
「3月29日に皇后主催の演奏会が行われましたが、雅子妃は誘われていない。
雅子妃が積極的にコミュニケーションを取ろうとしないため、どんどん疎遠になっている。陛下ともうまくいっていません。
「愛想が無い」と、両陛下が嘆かれていると聞きます。
昨年の紀宮さまの結婚披露宴では、雅子妃は陛下の横に坐りながら、一度も口をきいていません。
雅子妃が話しかけても陛下のほうが横を向いていたのです。」(宮内庁クラブベテランデスク)
「秋篠宮家には10人ほどのスタッフしかいませんが、美智子皇后が直々に抜擢し、
両陛下の信頼の厚い女性が居ます。お二人のお子様の躾にもこの女性が大きく関わっており、
両陛下は安心して秋篠宮家の行く末を見守っておられるようです。一方、東宮には50人ものスタッフがいます。(中略)
東宮のスタッフには雅子妃の縁で外務省関係者が多く、
『(御所や秋篠宮家とは)世界が違う』と囁かれています」(福祉活動を通して皇室と縁のある女性)

サンケイスポーツ2006年9月
「それぞれの個性や関心事を伸ばしていってくれたらいいと思います」。
昨年の会見で、こう“子育て論”を披露された秋篠宮さま。
紀子さまもかつて、眞子さま、佳子さまに関して
「庭で飼っている鶏の世話をしたり、菜園の水まきを通して
自然に生命の大切さを学んでいるように思います」と述べられていた。
関係者によると、広大な緑に包まれた赤坂御用地にある宮邸のお庭では、研究対象のニワトリが小屋で飼われている。
この中には大型犬ほどもある「天草大王」という希少種のニワトリも。
池には大ナマズがいるほか、ワニガメや南米原産の珍しい巨大ネズミの仲間「マーラ」も放し飼いにされている。
以前は同じ巨大ネズミのカピバラなどもいたという。
さらにご一家が丹精込められている菜園がある。昨年は夏を涼しく過ごせるように、
佳子さまとアサガオを植えて窓を覆う「緑のカーテン」を作られた。
自然教育には理想的な環境の宮邸で、眞子さま、佳子さまも日ごろから動植物に親しまれている。
秋篠宮さまは山階鳥類研究所や日本動物園水族館協会の総裁を務められている。
昭和63年からの英オックスフォード大学大学院留学の際は動物学をご専攻。研究者としての評価も高まっている。
平成8年にはニワトリの起源に関する研究で、国立総合研究大学院大学から理学博士号が贈られた。
皇族の純粋な学問的業績に博士号が贈られるのは初めて。
15年の「生き物文化誌学会」設立にも参画され、
「生物」ではなく「生き物」になったのは秋篠宮さまのご意向だったという。
同学会の研究対象はカッパや天狗(てんぐ)、鬼などにも広がっているという。
16年から始まった、ニワトリの家禽(かきん)化を多面的に研究する日タイ共同研究も、秋篠宮さまが提案された。
幼少時には「二男坊」「やんちゃ」のイメージが強かった秋篠宮さまは、
そのおおらかな長所を生かして子育てに研究活動に実績を重ねられ、
自然を大切にする天皇家の“伝統”をしっかりと受け継がれている。
新宮さまの“帝王教育”も、秋篠宮さまのご薫陶があれば、心配なさそうだ。

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【悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い】
期日/平成18年9月30日(土曜)午後2~4時 (開場午後1時)
会場/東京・日比谷公会堂 ホール 入場料は無料・カンパ歓迎
主催/皇室の伝統を守る国民の会 皇室の伝統を守る国会議員の会設立準備委員会

プログラム (敬称略)
一、開 会  一、国歌斉唱
一、主催者代表挨拶
   皇室の伝統を守る国民の会会長  三好 達・元最高裁判所長官
   皇室の伝統を守る国会議員の会設立準備委員会代表 
    島村 宜伸・自由民主党・衆議院議員

一、特別来賓ご挨拶
   内閣総理大臣 安倍 晋三
   代理 内閣官房副長官 下村 博文

一、来賓(国会議員)のご紹介

一、来賓ご挨拶
   自由民主党幹事長・衆議院議員 中川 秀直
   民主党・参議院議員 大石 正光
   日本青年会議所会頭 池田 佳隆

一、特別ご提言
   上智大学名誉教授 渡部 昇一
   ジャーナリスト  櫻井 よしこ

一、声明発表

一、聖寿万歳
   日本国際青年文化協会会長 中條 高徳

一、閉会の挨拶

   皇室の伝統を守る国民の会副会長 加瀬 英明・外交評論家

一、閉 会

悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い

「声 明」 
九月六日の佳き日、秋篠宮家に第三子として、悠仁親王殿下がご誕生になった。
ご懐妊が伝えられて以来、私たち国民は、
紀子妃殿下のつつがなきご出産をお祈り申し上げてきたが、ご誕生当日、天皇陛下から
「只今は、秋篠宮妃の無事の出産に対し、皆さんにお祝いしていただいたことを
深く感謝しております。どうもありがとう」と国民への感謝のお言葉をいただいた。
ここにあらためて、秋篠宮同妃両殿下はもちろんのこと、
天皇皇后両陛下に心よりのお祝いとお慶びとを申し上げ、
あわせて悠仁親王殿下の健やかなご成長をお祈り申し上げる次第である。
わが皇室は、百二十五代、二千年以上にわたり男系によって皇位を継承し、
その淵源が神話にさかのぼる世界に比類なきご存在であることを、
国民は等しく誇りとしている。
しかるに、皇太子殿下の次のご世代の皇位継承者が久しくご誕生にならず、
国民は男子のご出生を心待ちにしてきた。
今般の悠仁親王殿下のご誕生は、皇室にとって、
実に四十一年ぶりとなる男子皇族のご出生であり、
皇太子殿下、秋篠宮殿下に続く、皇位継承順位第三位であられる。
王殿下ご誕生の報に接し、全国各地で奉祝行事が取り組まれ、
いま国民は喜びに沸き立っている。
先の通常国会では、皇位継承の原則に重大な変更をもたらす皇室典範改正が
政治課題として急速に浮上し、心ある国民は、深い憂念を禁じえなかったが、
今回の親王ご誕生によって、
慎重な議論を行える環境を得ることが出来るようになったのは、
まことにありがたいことである。
私たちは、この機会を生かし、わが国の伝統・文化の中心である皇室のご存在を
今後とも磐石ならしめるため、万世一系の重みを踏まえ、
皇室制度にかかわる諸課題について一層真摯に取り組み、活動を展開していく所存である。

右、声明する。
平成十八年九月三十日


櫻井氏
「現代において、アメリカとの関係は大事だと思います。
ただ、昭和20年代において、A級戦犯の死刑執行を12月23日、つまり今上のお誕生日にぶちあてるなど、
GHQには敗戦国日本への悪意のようなものがあったと思います。
そのGHQによって作られた。皇室を滅ぼそうとする形の皇室典範を、
渡部(昇一)先生のお話にもありましたように、正しいもとの形に戻すことが、
我々がこの美しい日本という国を大切にしていくということ」
「皇室の権威というものは、毎日毎日の生活に必要なものというわけではありません。
ただ、有事の際、江戸から明治にかけてや、昭和20年の敗戦の際、
すべての日本国民の心の拠り所となってきました。
天皇という機能がなければ、いやまだ戦う!という意見を、終戦へと統一はできなかったでしょう」
「悠仁親王さまのご誕生で、わたくしたちは考える時間をいただけました。よくよく考え、そして迅速に行動する時間です。
私たちは、皇室の大切さを、家庭で話し合いで、お友達と語り合いで職場で、
折に触れ話題として、お互いに、守るべき道のことを考えてゆきましょう」

国歌斉唱:2回斉唱

三好逹氏:紀子妃のご懐妊は「まさに天佑」
皇室とは明治憲法に明文化される以前から存在していたものであり、
もちろん昨今の「男女共同参画」などという概念とは次元の違うところで論じられるべき

下村博文氏:小泉総理の時代に組織された有識者会議の出した結論は
我が内閣は関与しない

櫻井よしこ氏:A級戦犯が処刑されたのは12月23日。今上陛下のお誕生日です。
GHQは、当時それほどまでに日本を憎んでいたということを、心にとどめておきましょう。
そのGHQの支配下に会った当時に発布された憲法を、そのままにしておいていいのでしょうか?
8月15日の陛下のご聖断が無ければ、日本は米国とロシアに分割されていたかもしれない。
閉会挨拶/加瀬英明

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「皇室の伝統を守る国会議員の会」17日発足
伝統的な皇位継承を尊重し、不備の多い皇室経済法改正を目指す超党派の議員連盟
「皇室の伝統を守る国会議員の会」(仮称)が来月17日に発足することが27日、分かった。
会長には、天皇陛下の同窓生である自民党の島村宜伸・元農水相が内定。
民主党の渡部恒三・前国対委員長、無所属の平沼赳夫・元経済産業相ら30人以上が設立呼びかけ人になっている。
同会は、これまで例外なく受け継がれてきた父方に天皇を持つ「男系」による皇位継承を将来にわたって
安定的に続けるための皇室典範改正案策定や特別立法の検討を行う方向で調整している。
具体的には、連合国軍総司令部(GHQ)の意向で昭和22年に皇籍離脱した旧皇族やその子孫の一部について、
皇籍復帰・皇籍取得などの方策を検討。このほか、
(1)基本的人権や私的経済行為を制限されている皇族は、
一般国民と同様に住民税や相続税を支払うなどの義務を課せられている
(2)皇位継承儀礼や皇室祭祀などに根拠法がなく、予算措置も不十分-などの諸問題に関しても議論を進める。
また、今月30日に東京・日比谷公会堂で開かれる「悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い」についても、
同会準備委員会が共催者として参加する。
皇室典範改正のあり方に関しては、安倍晋三首相も今月15日、
フジテレビの番組で「ずっと男系できたこの伝統をすぐ変えるかどうか、慎重になるのは当然ではないか」と強調。
男系維持の方法として、旧宮家の皇籍復帰や旧皇族による現在の宮家継承などを挙げている。
 (09/28 02:23)


ジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長から天皇陛下へのメッセージ (日本語仮訳)
「陛下、秋篠宮・同妃両殿下にご親王が誕生し、陛下および皇室に慶事が訪れたとの報に接し、
まことに慶賀に堪えません。欧州委員会は、皇室の方々および日本国民の皆さまとこの慶びを分かち合っております。
欧州委員会を代表して、陛下ならびに両殿下に心からのお祝いを申し上げるとともに、
ご親王がお健やかに成長されることをお祈り申し上げます。
陛下の忠実な友人である、ジョゼ・マヌエル・バローゾより」


沖縄タイムス
県内からも「おめでとう」/紀子さま男子出産 
授かったのは、男の子だった。
秋篠宮妃紀子さま(39)が六日朝、帝王切開で出産した。「すこぶる健やか」と医師団。
部分前置胎盤への不安を隠し、おなかの命を守り抜いた紀子さまは
赤ちゃんのぬくもりを確かめ、ねぎらう夫に「帰ってまいりました」と元気に話した。
「自然な形で受け止めたい」と性別を聞かず、心待ちにした三人目。
誕生で皇位継承論議は当面止まるのか。
旅先の天皇、皇后両陛下には、沿道から祝福の声がわき起こった。
紀子さまは学生時代に琉球舞踊を習い、沖縄学のゼミでも学ぶなど沖縄文化に関心が高い。
県内でゆかりのある人から祝福の声を聞いた。

沖縄好きで素直
沖縄学研究所所長の外間守善さん 
紀子さまが無事にご長男を出産なさったと伺い、喜んでいる。
本当におめでとうございます。
紀子さまは学習院大学時代、私の沖縄学研究ゼミに所属し、とても素直でまじめな学生でした。
「沖縄が好きなので、どうしても勉強したい」と熱心に頼んでいたことが印象に残っています。
学生のころにゼミで一度、結婚してから何度か一緒に沖縄を訪ねた。
眞子さまや佳子さまも連れていました。
歴史や文化に興味を示され、特に琉球の音楽に興味を持ってようでした。

穏やかで物静か
琉球舞踊家の志田房子さん 
親王さまがお生まれになり、こんなにめでたいことはありません。
心からお喜び申し上げます。
紀子さまは学生時代から琉球舞踊を習いに通われ、
妃殿下になってからもご公務が忙しくなるまでけいこを続けておられた。
踊りにも品格がある方。穏やかで物静かなお人柄が表れています。
ご結婚が決まった際、「私の貫花(ぬちばな)を差し上げる方が決まりました」と報告され、感動したのを覚えています。
新しい家族を迎えられ、五人で仲良く過ごしていただきたい。
いつの日にかまた、ご家族で沖縄にいらっしゃっていただきたいと思います。

癒やされる笑顔
琉球舞踊家の佐藤太圭子さん 
無事ご出産されたことをニュースで知り、大変うれしく思っています。
紀子さまが学習院大学の学生だったころ、ゼミの皆さんたちと琉舞鑑賞にみえました。
私が二才踊りの高平良万歳を踊ると、真っ先に駆け寄って握手を求めてきた学生が紀子さまでした。
三年ほど前に来県された時にも、カチャーシーの手ほどきをしてほしいとの依頼があり、お目にかかったが、
自然体の笑顔を拝見して、心が癒やされました。

健やかな成長を
稲嶺恵一知事 
親王殿下がご誕生されましたことは誠に慶賀にたえません。
妃殿下の健康回復と親王殿下の健やかなご成長を心から祈念申し上げます。
天皇、皇后両陛下には、皇孫殿下のご誕生心からお喜び申し上げます。
秋篠宮文仁親王同妃両殿下には、折々の行事の際に本県に足を運ばれており、
県民と親しく触れ合う機会を持っていただいております。
県民を代表して心からお喜びお祝い申し上げます。
那覇市内に記帳台
紀子さまの出産を受け、国旗国歌推進県民会議(恵忠久会長)は六日、
那覇市内のパレットくもじ前広場に記帳台を設けた。


杜の都、祝賀一色 悠仁親王殿下のご誕生、宮城県民大会
秋篠宮家の長男、悠仁(ひさひと)さまのご誕生を祝う宮城県民大会が25日、仙台市青葉区内で開催された。
記念式典や奉祝アトラクションなどが催され、皇室の慶事を盛大に祝った。
ホテル仙台プラザで開かれた記念式典では、丸森仲吾同大会会長が
「皇室の存続にはわが国の伝統や文化をはぐくむ重要な意味がある」とあいさつ。
記念講演では、評論家の金美齢氏が悠仁さまのご誕生を「神風」になぞらえて皇室伝統の大切さを説き、
参列した約300人の聴衆が熱心に聞き入っていた。
さらに同区の錦町公園では奉祝アトラクションを実施。
祝い太鼓やYOSAKOIソーランなどが催され、屋台の出店もあって大勢の市民でにぎわった。
また御輿(みこし)を先頭にした慶祝パレードが街を練り歩き、祝賀ムードを盛り上げた。
(11/26 09:33)

親王殿下御誕生2

2006年7月18日
紀子さま「前置胎盤」早産の恐れも
宮内庁の金沢一郎皇室医務主管は18日、記者会見し、懐妊中の秋篠宮妃紀子さまに、
胎盤の位置が低くずれ、出血の恐れがある「前置胎盤」の症状があると発表した。
会見には、主治医の愛育病院(東京都港区)の中林正雄院長も同席した。
前置胎盤は、早産の恐れなどがあり、帝王切開の処置を取ることも多い。

2006年8月16日
紀子さま 東京・港区の愛育病院に入院
秋篠宮妃紀子さまが16日夕方、東京都内の病院に入院された。
紀子さまは16日午後5時12分、車で東京・港区の愛育病院に到着された。
秋篠宮さまも一緒に付き添われて入院された。
今回の入院は、今後の「早期出血の予防」と「出産に備えるため」と宮内庁は説明している。
この病院には、「母体・胎児集中治療室」と「新生児集中治療室」が完備され、
妊娠・出産に24時間対応できるようになっている。
紀子さまは、4階の個室で来月6日に予定されている出産まで安静にされる。


秋篠宮妃紀子さま:6日午前、東京・愛育病院で出産
秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前、東京都港区の愛育病院で帝王切開手術を受け、出産される。
皇族で帝王切開を受けるのは初めて。
誕生したお子さまは秋篠宮ご夫妻の第3子で、天皇、皇后両陛下にとっては4人目の孫に当たる。
皇族の誕生は、皇太子ご夫妻の長女愛子さま(4)以来約5年ぶりとなる。
手術は午前8時半ごろに始まり約1時間で終わる見通し。主治医で同病院の中林正雄院長が執刀する。
中林院長は、紀子さまが長女眞子さま(14)、二女佳子さま(11)を出産した際も担当医や主治医を務めた。
医療スタッフには、同病院のほか東京大や帝京大の医師も加わっている。
紀子さまは、胎盤の一部が子宮口にかかる「部分前置胎盤」との診断を受け8月16日に入院。
妊娠37週で、早期出血を防ぐため子宮の収縮を抑えるなどの治療を受けている。
食事を十分に取るなど安定した状態で、胎児もよく動き元気という。
天皇、皇后両陛下は5日から9日までの日程で公務のため北海道を訪れており、
出産の報告は札幌市で聞くことになる。
男児であれば65年11月生まれの秋篠宮さま(40)以来の皇位継承資格者の誕生。
女児ならば、皇室で10人連続の女子誕生となる。
性別について秋篠宮ご夫妻は「生まれてくるまでは知りたくない」と医師団に伝えているという。
【桐野耕一】 毎日新聞 2006年9月5日 19時37分

読売新聞朝刊
宮内庁によると紀子様の手術日と時間は、退治が十分に育つ妊娠37週目を待ち、
入院患者に迷惑がかからないことを優先して決められた。
両陛下の北海道訪問はすでに固まっており、両陛下は「自分たちのことは気にしないで」と望まれたという。
両陛下はまた、出発を前に、紀子様の両親、川嶋辰彦さん、和代さん夫妻が
両陛下の不在に遠慮して病院に行かないことがないよう伝えられ、
秋篠宮様にもうながされたが、川嶋夫妻は眞子様、佳子様の時と同様、
両陛下の前に見舞うことを遠慮したという。

紀子さま、男児ご出産
秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前8時27分、
入院先の総合母子保健センター「愛育病院」(東京・南麻布)で帝王切開手術を受け、
男のお子さまを出産された。皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第3位。
男子の誕生は1965年11月の秋篠宮さま以来41年ぶりとなる。
宮内庁によると、お子さまはお健やかで、体重は2558グラムという。
紀子さまは胎盤が子宮口の一部を覆う「部分前置胎盤」で、早期出血が心配されたことから8月16日にご入院。
胎児が十分に発育する妊娠37週目を待って、この日に帝王切開手術を受けられた。
手術は主治医の中林正雄・同病院院長が執刀し、麻酔科や小児科の医師ら12人体制で行われた。
(読売新聞) - 9月6日9時27分更新

紀子さま「命授かったことに感謝」
皇后さまも秘話打ち明け
新しい命を授かったことに感謝したい―。
秋篠宮妃紀子さまは、2月に判明した懐妊について親しい人にこう漏らされたという。
初めて経験する帝王切開、皇室典範改正にからみ男子を期待される重圧。
心に浮かんでは消える不安や苦悩を、いつものほほ笑みに隠し、紀子さまは6日、元気な男の子を出産した。
「帝王切開することになりました」。部分前置胎盤の診断を受けた7月、紀子さまは自ら皇后さまに報告された。
「大変なことなのに、あんまりおおらかに話すものだから、そのことの方が驚いてしまいましたよ」。
皇后さまは後日、笑って友人に明かされた。
正常な状態に比べて、なかなか増えない胎児の体重。時折起きる心拍数の低下。
出血の危険性と闘いながら「神経質になり、いらいらしていることもあった」と関係者は話す。
状況を説明する金沢一郎・皇室医務主管に、皇后さまは「紀宮だって小さかったのよ」と話し、
紀子さまの不安を振り払われた。
長女黒田清子さんが誕生した時は、低出生体重児とされる2250グラムだった。
皇太子さまは2540グラム。一方、3000グラムを超えた二男秋篠宮さまの際は
お産に時間がかかり、医師は帝王切開を検討。
手術台の上で、昭和天皇や天皇陛下の許可を待っている間に、自然に生まれたのだという。
「私も帝王切開を受けたことがあり得たのでは」。
そんな秘話を打ち明けた皇后さまは、自らかごに詰めた花を用意し、入院中の紀子さまをお見舞いした。
紀子さまの第3子出産に至る過程も、すべてが順調だったわけではない。
二女佳子さまは、皇太子ご夫妻が結婚しまだ子供が授からない中での誕生だった。
「兄宮の立場も考えずに」。
身内であるはずの皇族からさえ批判を受け、紀子さまは深く傷ついたという。
「自分は兄と妹の3人で育った。できれば3人目の子供がほしい」と
機会あるごとに周囲に話していた秋篠宮さまの願いも、実現には12年の歳月が必要だった。
「性別は生まれるまで知らせないでほしい」。
皇位継承という皇室の根本にかかわる問題。
それでもご夫妻は「男であれ女であれ、生まれてくる子が元気であればいい」
「どんな障害があっても自分たちの手で育てる」と周囲に話していた。
親としての自然な思いを胸に、紀子さまは病室で産着を縫いながら、誰よりもこの日を待ち望んだ。
(2006年9月6日09時58分 スポーツ報知)

午前8時27分、体重2558g、48.8cm
皇族では実に41年ぶりのご親王が誕生された
前置胎盤、実は重い状態…万全を期した医師チーム
紀子さまが診断を受けられた「部分前置胎盤」は、実際には重い状態だったことから、
医師団は画像診断や血液循環などの専門家を集め、万全の態勢で出産に臨んだ。
紀子さまは今年7月、胎児の出口となる子宮口の一部を胎盤が覆う部分前置胎盤と診断された。
部分前置胎盤でも、陣痛が始まると胎盤が上部にずれて自然分娩(ぶんべん)が可能になることはあるが、
紀子さまの場合、子宮口がほぼ覆われる全前置胎盤に近い状態だった。
このため、主治医で妊婦のリスク評価に詳しい中林正雄・愛育病院院長ら医師団は、「自然分娩は難しい」と判断。
設備や人員の手厚い愛育病院で帝王切開する方針を決め、準備を進めた。
特に注意を払ったのは、出血への対応だ。出産が近づくと、胎盤がはがれ、陣痛の際に大量出血する恐れもある。
陣痛が起きる前に帝王切開することが望ましいが、早産になれば胎児の成長が不十分になるジレンマがある。
医師団は「(胎児が十分に発育する)37週に入った時点が最良」と判断、この日の帝王切開となった。
紀子さまは大事をとって3週間入院、手術時の輸血に備え、3度にわたり計数百cc採血し冷蔵保存した。
画像診断は、上妻志郎・東大産婦人科助教授が担当。
手術の際、胎盤を切り込み大量出血しないよう、事前に超音波診断で胎盤の位置を慎重に確認した。
麻酔は大量出血に備え、循環管理が専門の森田茂穂・帝京大教授が担当した。
幸い大量出血もなく、輸血も必要なかった。
お子さまは、生後すぐ行われた検査では正常で、午後は一時、新生児室から出て紀子さまと元気に過ごされた。
(2006年9月7日3時16分 読売新聞)

喜びの両陛下「お祝いに深く感謝」
公務で北海道を訪問中の天皇、皇后両陛下は6日、
宿泊先の札幌市内のホテルで、紀子さまの男子出産の報告を受けられた。
感想文を発表した後、同市内で開かれた国際顕微鏡学会議記念式典のあいさつで
「お祝いに深く感謝しております」と、予定にないお礼を述べて喜びを表した。
会場や沿道の人々から拍手で祝福を受け、笑顔で応えた。
約80カ国から計約2500人が参加した会議のあいさつで、
天皇陛下は「秋篠宮妃の無事の出産に対し、
皆さんにお祝いしていただいたことを深く感謝しております。どうもありがとう」と晴れやかな表情で語った。
陛下が予定にない言葉を話すのは異例で、
宮内庁職員は「多数の祝意に対する感謝の気持ちの表れだろう」としている。
外資系企業の米国人社長から祝意の言葉を掛けられると、
天皇陛下が「サンキュー・ベリー・マッチ」と英語で答える場面もあった。
両陛下は5日から4泊5日の日程で9日まで北海道に滞在。
出発前の今月1日、紀子さまの帝王切開での出産が6日午前に行われることが発表された。
旅先で吉報を待つことになったが「自分たちのことは気にしないで」と話していたという。
両陛下はこの日の朝食後、午前8時前に紀子さまが手術室に入ったとの連絡を受けた。
その後、同8時33分ごろ、秋篠宮さまから男子出産を伝える電話があったという。
両陛下が国際顕微鏡学会議に向かうため、宿泊先のホテルの玄関に午前10時ごろ現れると、
午前8時ごろから集まり始めた市民数百人が一斉に拍手で祝福した。
両陛下は立ち止まり、ほほ笑みながら何度も会釈して応えた。
移動中の車でも窓を開け身を乗り出すようにして、満面の笑みで沿道に手を振った。
2月に紀子さまの懐妊が分かった直後、
皇后さまは親しい友人に「1人で悩んでいらっしゃる天皇陛下の苦しい胸の内を、
2人が理解して決断してくれたのだと思います」と話したという。
当時は女性、女系天皇を容認する皇室典範改正案が、国会に提出されようとする直前。
保守系議員を中心に反対論に火が付き、国論を二分しかねない様相を呈していた。
「責任感の強い陛下が、皇室の将来に何も感じていないはずはない。最も心労が重なっていた時期」(側近)だった。
状況を打ち破る朗報は「やんちゃな弟」の印象が強かった秋篠宮さまが、
いつしか父、陛下の大きな支えになっていることを強く印象づけた。
[ 2006年09月07日付 紙面記事 ]
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2006/09/07/02.html


宮内庁は天皇、皇后両陛下のご感想を発表した。
秋篠宮より、無事出産の報(しら)せを受け、母子ともに元気であることを知り、安堵(あんど)しました。
様々な心労を重ねた十カ月であったと思いますが、
秋篠宮夫妻が、その全(すべ)てを静かに耐え、この日を迎えたことを喜び、
心からのお祝いの気持ちを伝えたく思います。
二人の内親王も、この困難な時期を、一生懸命両親に協力して過ごしてきましたので、
今は、さぞ安心し、喜んでいることと思います。医療関係者を始め、出産に携わった人々の労をねぎらい、
この度の秋篠宮家の慶事に心を寄せ、安産を祈願された内外の多くの人々に、深く感謝の意を表します。


紀子さまご出産:ご両親川嶋夫妻の談話「心に重なる感慨」
紀子さまの両親である川嶋辰彦、和代夫妻は、
「誠におめでとう存じます。『清流に臨みて詩を賦す』
(陶淵明の韻文『帰去来兮辞(ききょらいのじ)』から引用)
心に重なる感慨を覚えます。お健やかな御成長を謹んでお祈り申し上げます」というコメントを発表した。
漢詩の専門家によると、
「この詩に俗世の濁りなく、自分の身を大自然に任せたような晴れやかな心情を託したのではないか」と言う。


週刊女性刊「秋篠宮眞子様お健やかに 紀子様おめでとう」
紀子様がご出産なさるまで、宮内庁病院に詰めていた川嶋夫妻。
ですが、紀子様 ご出産後も、絶対病室には入ろうとしなかった。
「両陛下がお着きになってから」と、龍彦さんは、眞子様との対面を固辞した。
両陛下が病院お着きになる少し前、夫妻は病院を後にしました。
紀子様のご出産が 無事終わったとの知らせを受け、「安心しました」と言い残し、お帰りになった。


朝日
紀子様、入院前に家族写真をとる。なみなみならぬご決意がうかがえる。


産経新聞 平成18年9月7日号
親王ご誕生    陛下ご心痛 宮さま決意
今年7月。両陛下は紀子さまが前置胎盤と診断されたことをお聞きになった。
このとき、皇后さまは大変動揺されたという。
以前は多くの母子が生命の危険にさらされた胎盤の異常であるとお知りになっていたからだ。
だが紀子さまのご入院後、金沢一郎皇室医務主管から
「胎児は体重がやや軽いが問題ない」との説明を受けると、皇后さまはほっとされ、
2250㌘だった黒田清子さんについて「紀宮(清子さん)だって小さかったのよ」。
そして、清子さんや2540㌘だった皇太子さまと違い、
3000㌘を超えていた秋篠宮さまを出産したときのことを陛下とともに思いだされ、次のようなお話をされたという。
「帝王切開を、私も危うく受ける可能性があったのよ」
両陛下によると、やや大きめだった宮さまは頭部がなかなか出てこずに時間がかかった。
医師団は自然分娩は困難と考え、帝王切開の許可を得に、
分娩台に皇后さまを残したまま、昭和天皇や天皇陛下(当時は皇太子)のもとへ向かった。
1時間以上してから戻り、帝王切開の準備を始めたところ、宮さまがお生まれになったという。
その話をされたのは、陛下のご心痛を理解し、高齢出産を決断された紀子さまへのお心遣いでもあった。

新潮
紀子様の入院はいわばドクターストップだった(宮内庁幹部)
雅子様は療養中、紀宮様が嫁いだ今、女性皇族の公務は紀子様が一身に担ってきた。
それに加えて育児や家事もあり、公務と主婦業で安静どころではなかった。そこで医師団が早期入院を進言した。

週刊朝日2006年9月15日号
秋篠宮家の子育て
「うそ、ごまかしはしない」
「課題には全力で取り組む」
「人にはきちんと挨拶をする」
「他者を思うように心がける」
久保田先生が学習院構内で紀子さま、まだ幼い日の眞子さまとお会いになったときのエピソードから。
「紀子さまはこちらに気付かれて待っておられましたが、
眞子さまは何か足元の虫のようなものに夢中だったにもかかわらず、 
紀子さまがちょっとお声をかけられるとすくっとお立ちになって、
お辞儀をされました。そのご様子のお見事なこと」
秋篠宮家は個性を大切にする両陛下の教育を受け継ぎ、
眞子さま生後1ヶ月から紀子さまは公務に復帰、5ヶ月で泊まり公務にも。
超多忙な中、育児メモをつけられて育児に励まれた。
秋篠宮さまは伝統や文化に関心があり、公務などの折に伊勢神宮に10回訪問。眞子さまもお木曳きを体験された。
川嶋家と正田家には共通点が多い。夫婦仲がよいこと、質素倹約を旨とすること、教育には熱心なこと・・・。
渡辺みどり「子育ては母から娘に伝わっていく。和代さんは料理が上手で、パーティが開けるほど。
美智子さま、和代さんから受け継いだ生活技術が、いまの秋篠宮家の品格、家風につながっている」
山科鳥類研究所の職員によれば、秋篠宮さまが 
「子どもたちが『下の子がほしい』といっていた」と話した。それが第三子を望んだ本当の理由では。(副所長)
愛育病院の警備も厳重。 
紀子さまが検査などのため移動されるときには特にピリピリ。
「転ばないように、お倒れになってもいいように、前後ろ、横も周囲が取り囲み」
出産の手術室にも女性の護衛官が付き添うことに。
「しかし、手術を凝視するわけに行かないので、紀子さまを背にして、直立不動で、衛生服を着て、その下に拳銃」
「開腹前、病院は産婦人科、小児科と麻酔科など少なくとも20人の医師からなる専門の医療チームを組み、
秋篠宮の女官とともに全行程で紀子妃と胎児を守る。
さらに私服警官が最高クラスのフロアを護衛しており、保安は通常でない厳重さである。」

New York Times
「一方、雅子は保守的なメディアによるターゲットとなることが増え、
自己中心的な考え方と常識の欠如を日常的に批判されている。」

ドイツのDPA通信
「日本の将来の天皇が誕生した」

フランスのAFP通信
「40年以上ぶりに皇室に男児が生まれ、長く続いていた皇位継承問題に終止符が打たれた」と東京発で報じた。

英国のロイター通信
「今回の男児の誕生により皇室典範改正の議論は頓挫するだろう」

平成皇室論 橋本明 朝日新聞出版2009年7月
紀子妃の「部分前置胎盤」が判明し、帝王切開手術による出産が決まった。両陛下の心配は募るのである。
「女性・女系天皇」に関し、世論が二分するなか
「皇室として何かまだやるべきことが残っているのではないのか」という視線から
秋篠宮文仁親王に決意を促されたのが祝すべきご懐妊につながっている。
行き詰まった皇位継承の問題に朗報がもたらされる可能性が大であった。
それだけにお二人は紀子妃の無事出産を心から願うご様子だった。
私は皇室の底力に刮目した。国論二分の危機は見事に回避された。
おそらく秋篠宮ご夫妻は兄宮の立場を十分にわきまえ、長年の間新たな子づくりを棚上げしておられたのだろう。
兄思いの弟に深い気遣いと、弟としての分際を守り抜いてきた控え目な人柄を感じさせる慶事であった。
現皇室典範が定めている皇位継承に十分応えられる結果を皇室自らの力で達成した歓喜は
ひとしおと言わなければならない。両陛下は旅先の北海道でこの報に接し、
地元民から提灯を掲げるなどの慶賀を受けた。陛下もまた、その喜びを共にし、歌に詠まれた。

孫誕生
我がうまご生(あ)れしを祝ふ日高路(ひだかぢ)の人々の声うれしくも聞く

小泉首相は有識者会議が打ち出した女系・女性天皇容認、長子相続が柱の改正典範を事実上、引っ込めた。
こうして女系天皇への転進という日本史には存在しなかった方向を食い止め、古来の伝統に帰納した皇室であった。
少なくとも国論を二分する勢いにまで発展した皇位継承をめぐる論議に終止符を打つことができた。


上毛新聞 ≪ 男子誕生 ≫  
■ご懐妊「陛下の心 理解し決断」
「一人で悩んでいらっしゃる天皇陛下の苦しい胸の内を、二人が理解して決断してくれたのだと思います」
二月に秋篠宮妃紀子さまの懐妊が分かった直後、皇后さまは親しい友人にこう話されたという。
当時は女性、女系天皇を容認する皇室典範改正案が、国会に提出されようとする直前。
保守系議員を中心に反対論に火が付き、国論を二分しかねない様相を呈していた。
皇太子妃雅子さまも、皇族という特殊な立場が原因で体調を崩し、先が見えない状況のまま。
「責任感の強い陛下が、皇室の将来に何も感じていないはずがない。
最も心労が重なっていた時期」(側近)だった。
状況を打ち破る朗報は「やんちゃな弟」の印象が強かった秋篠宮さまが、
いつしか父・陛下の大きな支えになっていることを強く印象づけた。
■潤滑油に
毎年11月。秋篠宮さまの誕生日に合わせ記者会見が開かれる。
陛下が前立腺がんの手術を受けた2003年以降、秋篠宮さまは皇族の在り方について語ることが多くなった。
「陛下を助けることが大切」「大事な役割は陛下のサポート」
皇太子さまが雅子さまの「人格否定」があったと話した04年
秋篠宮さまは「せめて陛下と内容について話をした上での話であるべきだった」とあえて苦言を呈した。
「今や秋篠宮さまのご一家は、皇室の潤滑油になっている」(陛下の側近)サポートは、言葉だけではない。
御用邸で静養する両陛下に一家で合流し、機会を見つけては宮邸に招いて食事をともにする。
二人の娘が気軽に御所を訪れて、両陛下と卓球に興ずることも。
「天皇という立場は孤独。日々の気遣いがどれだけ励みになっているか」と宮内庁幹部は語る。
■陰の努力
05年9月、栃木県の千振開拓地。中国の旧満州から引き揚げてきたお年寄り達に
ねぎらいの声を掛ける両陛下の傍らに、中学生になった長女の眞子さまがいた。
「何かを感じとってくれていれば」秋篠宮さまは、陛下が伝えようとする皇室の姿を、娘の目に焼きつけさせた。
両陛下が気に掛けていた末娘に、親友を紹介し結婚をとりもったのも秋篠宮さまだった。
6月、親しい友人と赤坂御用地で開いたソフトボール大会には、黒田慶樹さんと清子さんが顔を見せた。
「陰の努力は外に見せないのが秋篠宮流」と側近。
出産の報を受けた両陛下は6日朝、文書による感想で
「さまざまな心労を重ねた10ヶ月だったと思うが、秋篠宮夫妻はそのすべてを静かに耐えた」とねぎらった。
秋篠宮家に生まれた命は、皇室に新たなページを開いた。


朝日新聞 社説  2006年9月9日
「皇族方の心に思いはせ」 編集委員 岩井克巳
皇太子さまの「人格否定」発言に関して
「天皇陛下に事前に内容について話があってしかるべきではなかったか」と発言した秋篠宮さまだが、
それで兄弟仲が悪化したようには見えない。
「宮さまの本意は、自身は一歩引いても、親子、兄弟などご家族がそれぞれの持ち味を生かしながら
相和する皇室の姿を望んでのことだったようだ」(側近)という。
それだけに「紀子さま懐妊は雅子さまにプレッシャー」などとされることに紀子さまは苦しんでいたと聞く。
新たな命の誕生はこうしたわだかまりや暗雲を吹き払うような明るい話題となった。
皇后さまは、紀子さまが前置胎盤と聞いた時には大変驚き、紀子さまが早めに入院した際には
「本当に安堵しました」と周辺に語っていた。母体と新しい命を気遣う家族の姿だった。

<秋篠宮妃紀子さま>40歳の誕生日、愛育病院で祝う
男児を出産した秋篠宮妃紀子さまの40歳の誕生日となった11日、
入院先の愛育病院(東京都港区)では、病院が用意した手作りのケーキでお子さまの誕生とともに祝った。
また、公務で北海道に出かけていた天皇、皇后両陛下が10日に、
皇太子ご一家は11日にそれぞれ病院を訪れ、紀子さまとお子さまを見舞った。
病院関係者によると、ケーキは栄養士が作り、
昼食後に中林正雄院長をはじめ医師や看護師らも病室に集まって祝った。
紀子さまは「こういうことも一生に一回しかないでしょうから、
大変記念になると思います」と喜んでいたという。
10日に見舞った両陛下は、4人目の孫となるお子さまとこの日が初めての対面。
皇后さまは白いベビー靴と花かごを紀子さまに贈った。約30分の見舞いを終えて
病院玄関に姿を見せた両陛下に、報道陣がお子さまの様子を尋ねると、
天皇陛下は「元気です。ありがとう」と笑顔で答えた。【桐野耕一】
(毎日新聞) - 9月11日20時19分更新

皇太子一家が男の子と対面 紀子さまケーキでお祝いも
皇太子ご夫妻と長女の愛子さまは11日夕、東京都港区の愛育病院を訪問。
入院中の秋篠宮妃紀子さまを見舞い、6日に誕生した男の子と初めて対面された。  
皇太子ご一家は、直前に到着していた秋篠宮さま、二女佳子さまと一緒に過ごし、
約20分で病院を後にした。 この日は紀子さまの40回目の誕生日。
中林正雄院長によると、栄養士たちがケーキをつくり、誕生日とご出産のお祝いをした。
紀子さまもケーキを口にし、「こういうことは一生に1回しかないでしょうから、
大変記念になると思います。ありがとう」と話したという。  
また皇太子ご夫妻は同日午後、東京都江東区の東京都現代美術館で開催中の
「ディズニー・アート展」を見学された。
2006/09/11 11:37 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200609/CN2006091101004243.html


<命名の儀>秋篠宮ご長男、悠仁(ひさひと)さまに
秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまの名前が「悠仁(ひさひと)」に決まり、
一般のお七夜にあたる12日午後、
紀子さまとお子さまが入院する東京都港区の愛育病院で、「命名の儀」が行われた。
皇室の慣例で、皇太子ご夫妻の長女愛子さまの
「敬宮(としのみや)」のように、天皇と皇太子の子どもに付く幼少時の称号はない。
紀子さまとお子さまの経過は順調で、今週末にも退院する見通し。
宮内庁によると、ご夫妻は「ゆったりとした気持ちで、長く久しく人生を歩んでいくこと」を願って付けたという。
7月ごろから考え始め、「ひさひと」という音に合う漢字を探して決めた。
天皇、皇后両陛下にも相談したが、直前まで迷ったという。
また、身の回りの物に名前代わりに付けるお印(しるし)は「高野槇(こうやまき)」に決まった。
常緑針葉高木で、高さ約30~40メートル、幹の直径は1メートルにもなるという。
ご夫妻は「大きく、まっすぐ育ってほしい」との気持ちを表したという。
「命名の儀」は午後3時35分から、病院の個室で行われた。
秋篠宮さまからお子さまの名前が書かれた和紙を宮務官(秋篠宮家の世話をする担当職員)が受け取り、
白木の桐の箱に納めた。 さらに宮務官は、紀子さまからお印を記した和紙を受け取り
秋篠宮さまに見せて同じ箱に入れた。
その後、宮務官がお子さまの枕元に 箱を置いた。名前とお印は秋篠宮さまが筆でしたためた。
悠仁さまの名前は14日にも官報に掲載され、週明けに皇室の戸籍簿である「皇統譜」に登録される。
(毎日新聞) - 9月12日15時52分更新

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我が「悠」への想い



<紀子さま>悠仁さまと一緒にご退院
秋篠宮妃紀子さまは15日午後、長男悠仁(ひさひと)さまと一緒に東京都港区の愛育病院を退院した。
6日に出産した紀子さまの経過は良く、悠仁さまも順調に発育しており、ほぼ予定通り退院の日を迎えた。
秋篠宮さまが付き添い、東京・元赤坂の宮邸に車で戻った。
悠仁さまの姿を見ようと、沿道には、約1800人(警視庁調べ)が繰り出した。
ご一家は、宮邸で家族5人での生活をスタートした。
白のスーツ姿の紀子さまは、純白のおくるみに包んだ悠仁さまをしっかりと抱いて、
午後0時25分ごろ病院の玄関前に姿を見せた。 悠仁さまはすやすやと寝ている様子。
報道陣が「お顔を見せて下さい」と声をかけると、秋篠宮さまが紀子さまに目配せをし、
紀子さまは、悠仁さまをカメラの方に向けた。
また、ご夫妻のどちらに似ているかとの問いには、秋篠宮さまが「まだわかりません」と笑顔で答えた。
宮邸に向かう車の後部座席には、新生児用のチャイルドシートが用意され、
悠仁さまは、秋篠宮さまと紀子さまの間に置かれたシートに寝かされた。
病院関係者の見送りを受けて午後0時半前に出発した車は、
沿道に出た人たちの祝福を受けながらゆっくりと進み、約4キロ離れた宮邸に午後0時40分ごろ到着した。
宮邸では、悠仁さまのために6畳ほどの部屋を改装、安全性を考えて床をカーペット敷きにしたほか、
部屋のそばには冷蔵庫付きのキッチンも設けた。
また、養育のため看護師3人が新たに配置された。
紀子さまは部分前置胎盤の診断を受け、8月16日に入院。今月6日に帝王切開で悠仁さまを出産した。
翌7日には同室で過ごすようになった悠仁さまに初めて授乳した。【桐野耕一】
(毎日新聞) - 9月15日13時34分更新


秋篠宮妃紀子さま、長男悠仁さまの退院に当たり、宮内庁は秋篠宮ご夫妻、主治医らの感想を明らかにした。
【中林正雄愛育病院院長】
紀子さまは、帝王切開のご手術のあとでありますので、
宮邸にお帰りになった後も、ゆったりとお過ごしいただきたいと思っております。
少なくとも半年以上の間は、お仕事をお控えいただき、
その後もご様子をご覧になってからお始めいただくのが望ましいと思っております。
悠仁さまは、新生児らしくよくおやすみになられておりますが、
安定した大変よいリズムで日々お過ごしになられております。
これからも順調にご成長になられることと存じます。
なお、お誕生の日の記者会見の席上で、10年ほど前のこととして、
紀子さまが男のお子さんを望んでおられるようなコメントを申しましたが、
当時の会話の場に同席していた複数の第三者から、
あの発言は紀子さまがおっしゃったのではなかったとの指摘がありました。
私のあいまいな記憶に基づく発言を取り消し、
このことによってご迷惑をおかけいたしました関係する皆さまにおわび申し上げます。
【金沢一郎皇室医務主管】
紀子さまは、帝王切開により悠仁さまを無事ご出産になり、
その後の経過も順調であるところから、本日愛育病院をご退院になりました。
悠仁さまのご成長も極めて順調ですので、予定通り紀子さまとともに宮邸にお帰りになりました。
ご懐妊時から今日まで、中林正雄院長、安達知子産婦人科部長、加部一彦新生児科部長をはじめ、
愛育病院の方々には大変お世話になりました。
心よりお礼申し上げます。また、愛育病院での妃殿下のご入院・ご出産に対して
ご協力くださいました恩賜財団母子愛育会の方々にも心よりお礼申し上げます。
【秋篠宮さま】
本日、母子ともに退院できることをうれしく思います。
今回の出産は、部分前置胎盤であったために帝王切開で、また入院期間もひと月近くにわたりました。
その間、医療関係者のご尽力により、安心して過ごすことができましたことをありがたく思うとともに、
心を寄せてくださった多くの方々に深く感謝申し上げます。
【秋篠宮妃紀子さま】
今年の2月以降、9月の出産に向けて、身体を大切にしながら過ごしてまいりました。
7月には部分前置胎盤との診断を受け、不安な気持ちを抱きましたが、約1カ月にわたる入院生活を含め、
両陛下があたたかくお見守りくださったことは大きな支えとなりました。
また医療関係者による手厚い看護を受けられたことを大変心強く思いました。
さらに、無事の出産を願った人々、友人、家族に支えられながら出産でき、大変ありがたく思っております。
そして、子供の誕生を喜び、祝ってくださった多くの方々に深く感謝するとともに、
本日、一緒に退院の日を迎えることができましたことをうれしく思います。

祝福

書き込みより(他サイト)
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