譲位日前後のニュース

<新天皇即位>秋田の献上品 平成改元時60万円、令和では100万円に  
河北新報社 2019/04/27 06:0
秋田県と県市長会、県町村会は、5月1日に天皇に即位される皇太子さまに
100万円相当の献上品を贈る方針を固めた。
即位を祝う献上品は平成改元時、60万円相当だった。
県が50万円、市長会と町村会は各25万円を負担する。献上品受け入れの閣議決定を待って正式に決める。
献上するのは秋田の伝統工芸の特注品となる見込み。
平成改元時は香炉を献上した。当時は県が30万円、市長会と町村会が各15万円を負担した。
市長会と町村会は今回、予備費から支出する方針。県は未定という。
献上品の額が大きくなることについて県秘書課は「他県の動向や30年の経過を考慮した。
支出額は確定しているものではない」としている。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201904/20190427_41001.html

「分け隔てなく接せられ」 天皇陛下のいとこ、東伏見慈晃門主語る
2019.4.28 07:15
京都市東山区の古刹(こさつ)、青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)で
第49代門主(もんす=住職)を務める東伏見慈晃(じこう)さん(76)は、天皇陛下といとこの関係にある。
平成の時代を通じ、旧皇族として陛下と関わってきた慈晃さんの心には、
常に分け隔てなく人々と接せられる陛下のお姿が刻まれている。
天台宗の祖、最澄(伝教大師)が延暦寺(大津市)に建てた僧侶の住まいを起源とする青蓮院は、
皇室や摂関家の出身者で門主が受け継がれる門跡寺院。
門跡寺院は明治政府の神仏分離令に伴う廃仏毀釈(きしゃく)により、
門主の親王は全て門主を辞めさせられ、僧籍も剥奪された。この結果、皇室と仏教は分離され、
今では多くが形だけの「門跡」になっている。
そうした中、青蓮院は天皇家とのつながりが維持されている数少ない寺院のひとつだ。
慈晃さんの父で先代門主の慈洽(じごう)さんは香淳皇太后の実弟にあたり、陛下と慈晃さんはいとこ同士。
ただ幼少期に関わったことはほとんどなく、その後、旧皇族の会で陛下に近況報告する機会などができたという。
天皇、皇后両陛下は2度にわたり青蓮院を訪問されているが、慈晃さんは、そのときのお姿を、よく覚えている。
最初は平成14年5月27日の行幸啓。陛下や慈晃さんの曽祖父で、
親王としては最後の青蓮院の門主(門跡)を務めた久邇宮朝彦(くにのみや・あさひこ)親王に
お参りする意向を示した陛下は、朝彦親王の位牌(いはい)に静かに手を合わせ、いつまでも拝礼されていた。
「それだけちゃんと曽祖父のことが考えの中におありになるのだなと思い、敬服しました」
2度目は26年の元日に慈洽さんが亡くなる数年前。両陛下がお忍びで慈洽さんのお見舞いに来られた。
「慈洽さま、慈洽さま」。両陛下は慈洽さんの手を取り、声をかけられたという。
慈晃さんは「陛下のお姿が、数々の被災地で被災者を見舞われてきた陛下のお姿と重なった」と話す。
身をかがめ、膝をつき、一人一人の声に耳を傾け、声をかけられる両陛下。
「本当に分け隔てなく接せられるのだなと思いました」。きちんと国民のいる現場へ足を運ばれる陛下だからこそ、
人々の心に響くのだと慈晃さんは感じている。「慰霊の旅をなさるのもそういうことですよね」
https://www.sankei.com/life/news/190428/lif1904280007-n1.html

両陛下の歩み 大戦のご経験、慰霊の源流
2019.4.28 10:00
約200年ぶりの天皇陛下の譲位まで28日であと2日となった。
天皇、皇后両陛下は昭和天皇が果たせなかった沖縄訪問をはじめ、戦争犠牲者への慰霊の旅を続けられたが、
先の大戦の体験がその源流にあるとみる関係者は多い。
天皇陛下は昭和8年12月23日、昭和天皇と香淳皇后の長男として誕生された。
12年3月、3歳で両親の元を離れ、養育のために建設された赤坂離宮内の東宮仮御所へご転居。
15年4月に学習院初等科へ入学された。
その後、戦況の悪化に伴い、陛下は疎開生活を余儀なくされる。
初等科5年だった19年5月、静岡・沼津御用邸に始まり、同7月に栃木・日光の田母沢(たもざわ)御用邸、
20年7月に奥日光・湯元温泉へと居を転じられた。
父である昭和天皇の玉音(ぎょくおん)放送は、起居していた湯元温泉のホテル別館の「奥の間」で聞かれた。
「焼野原の中にトタンの家の建つ東京に戻ってみた状況は、現在の東京からは、とても考えられないものでした」。
20年11月に東京・原宿駅に帰京した際の様子について、平成5年の誕生日会見でこう述懐されている。
学習院中等科に進学された昭和21年、家庭教師として米国からバイニング夫人が来日。
夫人による教育は陛下の少年時代の人間形成に影響を与えたとされる。
高等科に進学後は、馬術部の主将を務めるなど多くのスポーツにも励まれた。
27年に学習院大政経学部にご進学。同年11月、
皇位継承順位1位の皇太子の立場を国内外に示す儀式「立太子の礼」に臨まれた。
翌28年には英国のエリザベス女王の戴冠(たいかん)式に昭和天皇の名代として出席するため、
約半年をかけて欧米14カ国を訪問された。
皇后さまは9年10月20日、日清製粉社長を務めた父、
正田英三郎さんと母の富美子さんの長女として東京都文京区でご誕生。16年に雙葉(ふたば)小学校に入学後、
19年からは陛下と同様に、戦禍を逃れるため神奈川県藤沢市や群馬県館林市、
長野県軽井沢町などに疎開されている。東京に戻られたのは終戦後の22年だった。
同年に聖心女子学院中等科にご入学。以降は高校、大学ともに聖心で学ばれた。
大学では文学部で英文学をご専攻。卒業式では総代として答辞を読まれた。
陛下との出会いのきっかけとなったテニスは高校で始め、大学では関東の大会で優勝された経験もある。
https://www.sankei.com/life/news/190428/lif1904280009-n1.html

譲位ご意向から2年8カ月、祝賀ムードで新時代
2019.4.29 18:54
天皇陛下が譲位の意向をにじませられた平成28年8月のビデオメッセージの公表から2年8カ月余。
昭和天皇の崩御という悲しみの中で始まった「平成」とは異なり、今回は代替わり前に平成の総括をしたり、
国民が天皇、皇后両陛下に直接、感謝を表したりすることができた。
祝賀ムードで時代の幕開けを迎えることは、譲位の利点の1つといえそうだ。
両陛下は譲位関連儀式として、3月に神武天皇陵(奈良県橿原市)、
今月は伊勢神宮(三重県伊勢市)と昭和天皇の武蔵野陵(むさしののみささぎ=東京都八王子市)をご参拝。
沿道では多くの国民が人垣を作って出迎えた。陛下は2月の在位30年記念式典で国民へ謝意を伝えられたが、
宮内庁幹部は「各地への参拝は、陛下のお言葉に対し、国民が感謝を示す場ともなった」と振り返る。
29年6月に譲位を可能とする特例法が成立。政府・宮内庁はそれぞれ式典委員会、大礼委員会を立ち上げるなど
代替わりの準備を進めた。儀式に関わる宮内庁職員の1人は
「水面下での準備を要した昭和とは全く状況が異なる」と明かす。
皇太子さまも万全の態勢で即位の日を迎えられる。25日には儀式の事前準備のため皇居をご訪問。
宮殿で所作などの確認を行われた。「これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになります」。
今年2月の誕生日会見では、即位を控えた心境を問う質問にこう述べられた。
次期天皇による儀式の準備や、即位前の心境ご表明は昭和時代にはなかったものだ。
昭和天皇が病床に伏した昭和最後の日々と平成の幕開けは、行事やテレビのバラエティー番組などが自粛されたが、
今回は各メディアが両陛下のお歩みにとどまらず、あらゆる角度から平成を総括して祝賀ムードを演出する。
https://www.sankei.com/life/news/190429/lif1904290024-n1.html

河北新報2019(平成31)年4月29日
202年ぶり59例目
終身在位制は明治以降
平成の退位は、陛下で59例目となる。
神話時代も含め125代とされる天皇家の歴史の中では、珍しいことではない。
退位の理由はさまざまで、天皇が病気になったり、幼い皇太子の代わりに即位した天皇が役割を終えたり、
意に沿わずに退位を迫られたりしたケースもあった。
退位は譲位といわれ、退位後に院政を敷いた上皇もいた。
初めて退位したのは、飛鳥時代の女性天皇だった皇極天皇とされる。
中大兄皇子らが大化の改新に着手したのを機に、皇位を弟の孝徳天皇に譲った。
平安時代の平城天皇は病気のため退位。白河天皇は、幼少の堀河天皇に皇位を譲り上皇となり、
その後も2代にわたり実権を握り続けた。
度々あった退位が、なぜ近代で終身制に変わったのか。
明治期に旧皇室典範が制定された際、退位導入の声をはねのけたのは、後に初代首相を務めた
伊藤博文らだった。天皇と上皇との二重権力による弊害などを避けるためだった。
戦後、現行の皇室典範を策定した際も、退位の制度化が一時検討された。
連合国軍総司令部(GHQ)は当初、終身在位制に否定的だったが、
「退位した天皇が政治活動をしては困る」という意見を受けたかじを切った。
典範を審議した帝国議会でも賛否両論あったが、政府は、恣意的な退位で皇位継承が
不安定になることなどを理由に見送った。
昭和天皇の退位論も戦後、浮上したが、戦争責任の追及を回避するため認められることはなかった。

両陛下、「公務」から退かれる
2019.4.30 10:31
天皇、皇后両陛下は、代替わりに伴ってほぼすべての公務から退き、新たに即位される皇太子ご夫妻に引き継がれる。
今後は宮中晩餐(ばんさん)会や歌会始の儀のほか、
皇太子さまが天皇となって臨まれる誕生日の一般参賀にも出席されない見通し。
国賓として5月に来日するトランプ米大統領との会見やご面会も行われないという。
宮内庁は両陛下のご活動について、「今後のご生活の中で見えてくるもの」としており、
私的な旅行や、親交のある海外の賓客や文化人との面会、展覧会や音楽会への出席などを想定している。
天皇陛下は仮住まい先となる高輪皇族邸(東京都港区)から皇居・生物学研究所に通い、
長年、取り組んできたハゼなど魚類の研究を継続される。
皇后さまは昨年10月の誕生日に寄せた文書で「手つかずになっていた本を、
これからは一冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています」とつづっており、
趣味の時間にあてられる時間も増えそうだ。
また、両陛下の結婚を記念して創設された「皇太子明仁親王奨学金」の奨学生との面会など、
陛下と縁の深い行事は引き継がれておらず「何らかの形で続けられる可能性もある」(宮内庁幹部)としている。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300014-n1.html

公務分担、代替わりに間に合わず 皇室全体での見直し不可避
2019.4.30 10:36
皇太子さまと秋篠宮さまを中心とした公務の分担が代替わりに間に合わず、難題として重くのしかかっている。
地方訪問を伴う行事は宮内庁が整理し、公表したが、それぞれのお住まいで行われるものは大半が宙に浮いたままだ。
近い将来、女性皇族を含めた皇室全体での公務の見直しが避けられない状況となっている。
「試行錯誤しながらやっていかなければいけない面も多い」。
宮内庁の山本信一郎長官は、4月25日の代替わり前最後の定例会見で、
公務の分担が先送りになっていることへのじくじたる思いを吐露した。
皇太子さまは天皇に即位して迎える10連休明けに、国事行為に関連する春の叙勲行事、
国賓で来日するトランプ米大統領のご接遇と続く。
秋篠宮さまと隔年で担ってきた「こどもの日」にちなむ施設訪問も、今年から毎年受け持たれることが決まっている。
一方、これまでお住まいの東宮御所で行われてきた恒例行事として、
5月には青年海外協力隊の派遣隊員や、研修で日本に滞在中の米政府職員との面会などがあるが、
これらは秋篠宮さまが引き継がれる見込みだ。
皇太子さまを支える側近は「皇太子さまは天皇陛下の公務を継承されることで手いっぱいだろう」と指摘。
さらに、秋篠宮さまに近い関係者も「より一層多忙となり、活動の柔軟性が狭まることを危惧されている」と訴える。
受け入れ準備など訪問先への影響が大きい地方での行事は、
陛下、皇太子さま、秋篠宮さまの三方のご出席分を宮内庁が行事の性格なども踏まえて振り分け、1月末に公表した。
皇太子さまは、陛下が毎年臨まれてきた全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会に、
これまで出席してきた国民文化祭を加えた4行事をご担当。東京都内で隔年か5年ごとに行われる、
皇太子さまゆかりの3行事にも顔を出される。
秋篠宮さまは、皇太子さまの恒例だった7行事のうち4行事を引き受け、
平成からの全国高校総合文化祭など6行事も継続される。都内のものは2つ増え、計15行事となるが、
地方や都内で恒例だった12行事は、都合がつく場合に限り出るという苦渋の決断をされた。
こうした中で、長女の眞子さまが3行事を新たに引き受けられたが、婚約内定の状態が続き、今後の活動状況は不透明。
宮内庁幹部は「大学を卒業された次女の佳子さまの活動にも期待したい」と述べた。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300015-n1.html

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秋篠宮さまが代替わり後に毎年出られる行事

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両陛下と皇太子ご夫妻が担われてきた主な地方公務の分担

政府、皇室の伝統と憲法との整合性考慮
2019.4.30 20:10
憲政史上初の天皇陛下の譲位で、政府が心を砕いてきたのは憲法との整合性だった。
政府は皇室の伝統を守りつつ、譲位に伴う一連の儀式を国事行為として執り行い、
国民主権を重視する姿勢を打ち出した。
「天皇とは2000年以上続く歴史と伝統を体現すると同時に、法制度としての存在でもある。
これを完全に区別することはできない」
政府関係者は1817年の光格天皇以来、202年ぶりの譲位を受けた苦労をこう語る。
政府は30日の「退位礼正殿の儀」(退位の礼)と5月1日の「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」について、
憲法に定めた皇位継承に伴う儀式であるため、国事行為として国費を投じて行うことを決めた。
一方で、憲法20条は「何人も宗教上の儀式や行事に参加することを強制されない」
「国はいかなる宗教的活動もしてはならない」と定める。
信教の自由と政教分離原則を引き合いに、皇位継承に関する儀式に国費を使うことに批判的な声もあることから、
細心の配慮がなされた。
平成の代替わりに伴う儀式では、地方自治体の知事らが参列の合憲性を争われた最高裁判決が3件あり、
いずれも政教分離の原則に反しないとして被告の県が勝訴した。
政府はこの最高裁判決を根拠に、皇位継承に伴う儀式は原則、平成改元時を踏襲することにした。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300050-n1.html

宮内庁も新体制 「新旧天皇派」分かれた平成の教訓生かせるか
2019.5.1 00:30
天皇陛下のご即位に伴い、宮内庁は1日、上皇ご夫妻を支える「上皇職」、
皇嗣(こうし)となられた秋篠宮さまのご一家を支える「皇嗣職」を発足させるなど、新体制をスタートさせた。
平成の代替わり時には公務の在り方などを発端とし、宮内庁内で「新旧の天皇派」に分かれ対立した経緯があり、
新体制では平成初頭の混乱を教訓とすることが求められる。
上皇さまは即位後、国民と同じ目線で触れ合うため、地方訪問の際には
昭和天皇が使用してきた御料車(ごりょうしゃ)より車高の低い車をご要望。
極力現地のものを食べるため、大膳(だいぜん)とよばれる宮内庁の調理担当者の同行もやめられた。
被災地で避難所などを見舞う際に膝をつくスタイルも確立された。
一方、昭和天皇時代の天皇観を尊重する一部の宮内庁職員はこうした変化に不満を募らせ、
平成5年には月刊誌に、宮内庁勤務を名乗る人物が上皇ご夫妻を中傷する内容の記事が掲載されるなど
「バッシング報道」が加熱。上皇后さまがいわゆる失声症を発症される事態となった。
当時の上皇ご夫妻の側近の一人は「昭和のやり方を少しずつ変えていくのに10年かかった」と回想する。
1日からの新体制では新設の「上皇職」は60人台の職員で発足。
天皇、皇后両陛下と長女の敬宮(としのみや)愛子さまを担当する「侍従職」は、
ご高齢の上皇ご夫妻を考慮して手厚く配置されていた侍医などの医療体制が縮小され、微減の70人台規模に。
「皇嗣職」は約50人規模とし、従来の秋篠宮家の職員(約20人)から30人程度増える。
宮内庁全体では約40人程度の増員となるが、ある同庁幹部は平成の代替わり時を念頭に
「職員間の意思疎通の面での連携も重視していきたい」と決意を語る。
一方、別の宮内庁職員は「今回は譲位による代替わりで、十分な引き継ぎの時間があった。
前回のような事態には至らないだろう」と話した。
https://www.sankei.com/life/news/190501/lif1905010009-n1.html

令和初の御来光 富士山で見えず
05月01日 10時08分
富士山の山梨県側には令和最初の御来光を見ようと多くの人が訪れましたが、
あいにくの曇り空で御来光は見えず、落胆の声が聞かれました。
富士山のふもとと5合目を結ぶ「富士スバルライン」の料金所には、5合目で御来光を見ようと、
ゲートが開く午前3時前に10台以上の車が列を作りました。
しかし、なだれ注意報が出ていたため、1合目の手前の駐車場までに通行は制限され、
先頭で並んだ関西から来た男性は「時代のかわり目なので行動しようと思って来ましたが、
厳しそうですね」と話していました。
また自転車で訪れた山梨県内の男性は「令和に入っていちばん最初に自転車で登ろうと思って来ました。
5合目まで行けないのは悔しいです」と残念そうに話していました。
一方、富士吉田市のホテルでは、宿泊客に屋上から富士山と御来光を眺めてもらおうというイベントを企画しました。
ただ、あいにくの曇り空で、日の出の予想時刻の午前4時54分を過ぎても御来光を見ることはできませんでした。
新潟県から訪れた男性は「天気予報を見て厳しいと思っていましたが、少し期待していたので残念です」と話していました。
ホテル「ハイランドリゾート」の石上真佑子主任は「晴れていればきれいな御来光が見えるのですが、
きょうの空は平成が終わる寂しさを感じさせる天気なのかなとも思いました」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190501/0029137.html

昭和天皇や大正天皇を埋葬の武蔵陵墓地で男性死亡 自殺か
2019年5月1日 10時52分
昭和天皇や大正天皇が埋葬されている陵がある東京 八王子市の「武蔵陵墓地」で、
男性が死亡しているのが見つかりました。近くにはボーガンが落ちていて、
警視庁は自殺を図ったとみて、詳しいいきさつを調べています。
1日午前7時ごろ、昭和天皇や大正天皇が埋葬されている陵がある東京 八王子市の「武蔵陵墓地」の敷地内で、
巡回中の宮内庁の職員が男性が倒れているのを見つけたということです。
警視庁によりますと、男性はすでに死亡していて、近くにはボーガンが落ちていたということです。
「武蔵陵墓地」には、昭和天皇が埋葬されている「武蔵野陵」や大正天皇が埋葬されている「多摩陵」があり、
男性が倒れていたのは「多摩陵」の西側にある工事中のエリアだったということです。
警視庁は遺体や現場の状況などから自殺を図ったとみて、身元の確認を進めるとともに詳しいいきさつを調べています。
「武蔵陵墓地」は午前9時から午後4時までは誰でも訪れることができ、
先月23日には退位に関する儀式の1つとして、上皇ご夫妻が「武蔵野陵」を参拝されました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190501/k10011902861000.html

新皇后雅子さま、陛下に寄り添い笑顔 ティアラ受け継ぐ
2019年5月1日11時43分
新皇后となった雅子さまも1日午前、皇居に「初通勤」した。
皇后さまは午前10時50分ごろ、皇居に入る半蔵門に車で到着。
周辺に集まった人たちから「雅子さまー!」と歓声が上がり、皇后さまは車の左右に笑顔を向け手を振って応えていた。
その後、皇居・宮殿で「即位後朝見の儀」に参列。皇后さまは歴代皇后に受け継がれたティアラを初めて着用。
新天皇陛下のそばで笑みを浮かべていた。
https://www.asahi.com/articles/ASM513SSYM51UTIL016.html

新天皇陛下は「家族愛するお父さん」那須どうぶつ王国訪問の思い出
毎日新聞2019年5月2日 11時30分(最終更新 5月2日 15時53分)
栃木・那須どうぶつ王国総支配人 鈴木和也さん(58)語る
新天皇陛下が初めて那須どうぶつ王国(栃木県那須町)を訪問されたのは、2006年7月のことです。
突然来園が決まり、とても驚きました。秋篠宮さまと当園の園長が関わりがあったので、
もしかしたら兄弟で当園のことを話したのかもしれません。
那須町には那須御用邸があることから、ご一家はほぼ毎年、静養の際に当園を訪問しています。
新皇后雅子さま、長女愛子さまも一緒です。3人とも動物が好きで、訪問時には朝から閉園まで楽しまれます。
御用邸に滞在されている期間中は、町内の美術館なども訪れているようです。
新陛下は家族をとても大事にされています。来園時にはいつも、新皇后さまと愛子さまが楽しんでいる様子を、
笑顔でデジタルカメラで撮影しています。愛子さまが幼いころには、
愛子さまが好きなウサギを午後いっぱい一緒に見ていたこともありました。
休日は子ども中心で家族サービスにいそしむ、一般のお父さんと変わらないと思います。
来園時は警備の関係上、侍従の方々と一緒ですが、当園では基本的に一般の来場者と同じ対応をしています。
来場者が並んでいる時は、新陛下にも同様に並んでいただきます。
並んでいる間、お客様から声を掛けられることもありますが、いつも気さくに対応されています。
印象に残っているのは、ご一家がラクダに乗った時のことです。
新皇后さまと愛子さまがラクダに乗っている様子をカメラで撮影した後、新陛下もラクダに乗りました。
その際にラクダの背中の上から、「みなさん、楽しんでいらっしゃいますか」と
大きな声で周りの来場者に呼びかけたのです。とても楽しそうなご様子で、よく覚えています。
天皇への即位について話したことはありませんが、昨夏はお帰りの際、
園長が「来年はお忙しくなるでしょうがまた遊びに来てください」と伝えたら、
「来年もよろしくお願いします」と話されました。
即位されて忙しい日々が続くと思いますが、今まで同様に家族を大切にする「マイホームパパ」でいてほしいです。
仲むつまじいご一家の姿に、私たちも家族のありがたみを感じて力をもらえる気がします。
【聞き手・李舜】
https://mainichi.jp/articles/20190502/k00/00m/040/043000c

【主張】天皇陛下ご即位 新時代のご決意支えたい 伝統踏まえ安定継承の確立を
2019.5.2 05:00
202年ぶりの譲位により、天皇陛下が第126代天皇の位に即(つ)かれた。
ご即位に伴う改元で、令和の御代が始まった。
日本の国柄の最大の特徴は、天皇と国民が共に歩み、長い歴史を紡いできた点にある。
天皇が代を重ねられることは、国民にとって大きな喜びである。ご即位をお祝い申し上げたい。
「即位後朝見の儀」で天皇陛下は「この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします」
「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」と述べられた。

 ≪心から感謝申し上げる≫
立憲君主としての決意のお言葉である。象徴という極めて重い立場で、
大切なお務めを果たしてくださる天皇陛下と、天皇陛下を支えられる皇后陛下に、心からの感謝を申し上げたい。
国民挙げて皇室の弥栄(いやさか)を祈り、日本の国の独立と平和、繁栄に最善を尽くし、
新しい時代を拓(ひら)いていきたいと思う。
天皇陛下は、国事行為をはじめ多くのお務めに取り組まれる。
5月下旬には即位後初の国賓としてトランプ米大統領が来日するなど外国とのご交際もある。
10月の即位の礼、11月の大嘗祭(だいじょうさい)など即位関連行事や、極めて大切な宮中の祭祀(さいし)もある。
政府や宮内庁などは、即位行事はもちろん、祭祀を含むお務めが滞りなく執り行われるよう、
陛下を補佐する万全の態勢をとってもらいたい。
皇太子時代よりもさらに緊張を伴う場面も多いと拝察する。天皇、皇后両陛下のご体調には、特に留意してほしい。
上皇陛下は今年2月、象徴としての天皇像を模索してきた道について、「果てしなく遠く」と実感をもって語られた。
陛下は朝見の儀のお言葉で、「上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、
また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(けんさん)に励むとともに、
常に国民を思い、国民に寄り添う」と述べられた。
天皇陛下もこれから、天皇とはどうあるべきかを考えつつ歩まれることになるに違いない。
上皇陛下は、新たな道を踏み出された天皇陛下にとって最良の助言者となられるはずである。
象徴たる立憲君主は天皇陛下お一方である。ご助言があっても二重権威の問題は生じない。
自然災害はあったが、平和のうちに繁栄した平成を継いだ令和の時代の皇室をめぐっては、大きな課題もある。
まず、皇位の安定的な継承を確かなものとしなければならない。
天皇陛下と、皇嗣(こうし)となられた秋篠宮殿下の次の世代の男性皇族は、秋篠宮殿下のご長男の悠仁さまお一方である。

 ≪悠仁さまの警護万全に≫
古代から現代まで、一度の例外もなく貫かれてきた大原則は男系による継承である。
父方をさかのぼれば天皇を持つ皇族だけが皇位継承の資格がある。
この原則が非皇族による皇位の簒奪(さんだつ)を防ぎ、万世一系の皇統を守ってきた。
女系継承は別の王朝の創始に等しく、正統性や国民の尊崇の念が大きく傷つく。
今も親族として皇室と交流のある旧宮家の皇籍復帰により、皇室の裾野を広げるよう検討してもらいたい。
皇族はそもそも一般国民とは異なる特別な地位にある。男女平等の原則にしても、
伝統に支えられた天皇の本質を損なうことは、憲法上も許されない。
国会の譲位特例法の付帯決議が「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」と「女性宮家の創設等」を
別の事柄と位置づけた点を強調しておきたい。いわゆる女性宮家の創設は、安定継承にはつながらない。
4月26日には驚くべき事件が起こった。中学1年になられた悠仁さまの学校の机に、刃物が置かれていた。
容疑者は逮捕されたが警護の態勢は一体どうなっていたのか。ゆゆしき問題である。
皇位継承順位第2位で、将来第128代の天皇になられる方である。
警察や学校、宮内庁は悠仁さまの勉学に配慮しつつ、警護に万全を期してもらいたい。
悠仁さまには、未来の天皇としてふさわしいお心構えを身につけていただくよう、
学校以外の教育もお授けする必要がある。これは日本の重大事であり、政府と宮内庁は対応を急ぐべきだ。
https://www.sankei.com/life/news/190502/lif1905020003-n1.html

皇族の方々 皇位の安定的継承 課題
2019.5.2 10:00
代替わりに伴い、皇室の18方のうち、皇位継承資格のある男性皇族は
皇嗣(こうし)秋篠宮さま、長男の悠仁さま、常陸宮さまの三方となられた。
天皇陛下の次の世代としては悠仁さま一方となっており、皇位の安定的継承をめぐる議論が喫緊の課題となっている。
秋篠宮さまは、実兄の陛下と6歳違いの53歳になられている。悠仁さまは中学に進学されたばかりの12歳。
上皇さまの実弟であられる常陸宮さまは83歳で、近年は車いすで生活をされている。
上皇さまの譲位を可能とした皇室典範特例法の付帯決議では、
皇位の安定的継承が「先延ばしすることはできない重要な課題」として速やかな議論を要請。
菅義偉(よしひで)官房長官は3月18日の参院予算委員会で、
「女性宮家」創設などの検討について、代替わり後速やかに始める考えを示している。

皇位継承資格のある男性皇族三方を紹介する。
■継承順位1位 皇嗣秋篠宮さま 「皇太子と同等」待遇 上皇ご夫妻の次男
天皇陛下のご即位に伴い、皇位継承順位1位の皇嗣となられた。来年4月に立皇嗣の礼が行われる。
新天皇、皇后両陛下が皇太子同妃時代に担われてきた毎年恒例の地方公務のうち、
「全国高校総体」など4つを皇嗣妃となる紀子さまとともに受け継がれる。
皇嗣の待遇は皇太子と同等で、宮中祭祀(さいし)では殿上で拝礼される。
上皇ご夫妻の次男として昭和40年11月30日に誕生された。53歳。称号は礼宮(あやのみや)。
学習院大法学部政治学科を卒業後、英オックスフォード大大学院動物学科にご留学。
帰国後の平成2年6月29日に学習院大の後輩だった紀子さまと結婚し、秋篠宮家として独立された。
3年に長女の眞子さま、6年に次女の佳子さまがご誕生。
小泉純一郎首相(当時)の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が
女性・女系天皇を容認する報告書を提出した後の18年9月、長男の悠仁さまがお生まれになった。
鶏などの家禽(かきん)類の生態に関する研究を続け、8年に国立総合研究大学院大学の理学博士となられたほか、
タイのマハサラカム大などから名誉博士号を授与されている。
日本動物園水族館協会の総裁や全日本愛瓢(あいひょう)会の名誉総裁など総裁・名誉総裁職は14団体に上っている。
会見での発言がたびたび注目を集め、23年11月の誕生日会見では、
天皇の「定年制」について「必要になってくる」とご指摘。皇族が減少する中での公務の在り方については
「活動ができる皇族ができる範囲で公的な仕事を行っていくということになるのでは」(28年)と述べられている。
30年には代替わりに伴う大嘗(だいじょう)祭について、
天皇ご一家の私的活動費である「内廷会計(費)」で行うべきだとご主張。
「身の丈にあった儀式にすれば」との持論を示された。

■継承順位2位 悠仁さま 41年ぶりの男性皇族 秋篠宮ご夫妻の長男
「自主自律」を重んじるお茶の水女子大付属中学校に4月に内部進学し、
戦後生まれの皇族で初めて学習院以外の中学で学ばれている。小学校に進学以後、沖縄、長崎、広島の戦災地をご訪問。
祖父母である上皇ご夫妻の平和への思いを継承されている。
平成18年9月6日、秋篠宮ご夫妻の長男としてご誕生。12歳。男性皇族としては41年ぶりのご慶事だった。
同世代の子供たちと積極的に触れ合うことが必要とのご夫妻のお考えもあり、
同大付属幼稚園、同大付属小学校と進まれた。
幼児期から昆虫や生き物への関心が高く、宮邸のある赤坂御用地内でトンボやセミ、カブトムシなどをご採集。
標本を作られたこともある。
田んぼ作りから稲作に取り組んでいるほか、ジャガイモ、トマトなどの野菜栽培も続けられている。
沖縄(25年)、長崎(28年)に続き、小学6年だった昨年の夏休みには
広島市の平和記念公園を初めてご訪問。学校の調査課題のため関係者に話を聞きたいと望み、
現地では原爆慰霊碑に黙礼し、原爆資料館を見学された。被爆女性の体験談にも耳を傾けられた。
東京都内では、戦後70年の企画展などをご覧になる機会も。
沖縄戦に関するシンポジウムにはご夫妻に連れられ、継続的に参加されている。
秋篠宮さまは、悠仁さまの成長について、30年11月の誕生日会見で
「物事を見るときに一面的ではなくて広い視野、多角的に見られるようになってほしい」と期待を込められた。

■継承順位3位 常陸宮さま がんを長年ご研究 昭和天皇の次男
長年にわたるがんの研究や論文発表で、世界的に高い評価を受けられている。
現在もがん研究会の名誉総裁を務め、同会のがん研究所に週1~2回通って旧知の研究者と交流を持たれている。
高松宮妃癌研究基金の総裁として、後進の育成にも励まれている。
昭和天皇の次男で上皇さまの実弟として、昭和10年11月28日にご誕生。83歳。
幼少期にポリオ(小児まひ)を患われた。学習院初等科に入学した17年4月から栃木・日光での疎開を経験された。
学習院大理学部を卒業後、東大の研究員として、細胞分裂の生物学の研究を始められた。
その後、がん研究所の客員研究員となり、魚類などの下等脊椎動物と人間の腫瘍(しゅよう)比較の研究を続けられた。
高松宮殿下記念世界文化賞を主催する日本美術協会をはじめ、発明協会、日本鳥類保護連盟などで総裁を務められる。
平成25年3月には後発白内障の手術をお受けに。近年は車いすで過ごされることが多い。
常陸宮妃華子さまとは今年9月で結婚55年を迎えられる。
50年の節目だった26年9月の文書回答では、
「二人揃って金婚式を迎えることが出来て嬉しく思います」とつづられた。
https://www.sankei.com/life/news/190502/lif1905020012-n1.html

皇族の方々
2019.5.3 10:00
□皇嗣秋篠宮妃紀子さま
■手話普及ご尽力 児童書にも造詣
皇嗣(こうし)妃として、皇嗣秋篠宮さまとともに4つの地方公務を新たに引き継ぐほか、
日本赤十字社名誉副総裁として献血運動推進全国大会をお一人で担われる。
総裁を務める恩賜(おんし)財団母子愛育会や結核予防会などの行事にも引き続き臨まれる。

昭和41年9月11日、川嶋辰彦さんの長女としてご誕生。52歳。
平成元年に学習院大文学部心理学科を卒業後、2年6月に秋篠宮さまとご結婚。
結婚25年を迎えた27年6月に公表した文書では
「一緒に年を重ねていくことができれば幸せに思います」とつづられた。
日本学術振興会の名誉特別研究員としてお茶の水女子大で心理学の研究に再び取り組み、
25年に同大で博士(人文科学)の学位をご取得。
現在も同大人間発達教育科学研究所の特別招聘(しょうへい)研究員として、
健康科学に関する研究プロジェクトに参加されている。
結核予防会総裁としては30年10月、結婚後初めて単独での海外訪問となるオランダに赴き、国際会議にご臨席。
学習院時代から学ぶ手話の普及に努め、「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」などに臨席されてきた。
児童書にも深い造詣を持たれている。

□長女・眞子さま
■皇族で初 ICUご進学
国際基督教大(ICU)の同級生だった小室圭(けい)さん(27)=米国の大学に留学中=と
平成29年9月に婚約が内定した後、小室さんの母親と元婚約者の男性との金銭トラブルが明らかになるなどし、
結婚に関する儀式が延期された状態となっている。
秋篠宮ご夫妻の長女として、3年10月23日に誕生された。上皇ご夫妻の初孫でもあられる。27歳。
学習院女子高等科から皇族で初めてICUにご進学。
卒業後は留学先の英レスター大学大学院博物館学研究科で博物館学を学び、文学修士の学位を受けられた。
ICU卒業時の文書回答で、公務について「声をかけて下さる方々に少しでも良かったと思って頂けるよう、
可能な限り力を尽くすことが出来れば」との考えを示された。
現在はICU大学院で研究を続けるほか、東京大総合研究博物館特任研究員として週3回程度ご勤務。
日本工芸会総裁、日本テニス協会名誉総裁も務められる。
代替わりに伴い、秋篠宮ご夫妻が毎年臨まれてきた「全国都市緑化祭」と「みどりの感謝祭」式典、
「国民体育大会」総合閉会式の行事を継承される。

□次女・佳子さま
■英留学 舞台芸術学ばれ
国際基督教大(ICU)を3月に卒業された。進学や就職の予定はなく、本格的に公務に取り組まれている。
卒業時の文書回答では「依頼を頂いた仕事に、一つ一つ丁寧に取り組むというのが基本的な考え方」とつづられた。
6月に秋篠宮妃紀子さまが担われてきた「産経児童出版文化賞」贈賞式に臨むほか、
10月には全国障害者スポーツ大会の競技を観戦される見込み。
秋篠宮ご夫妻の次女として、平成6年12月29日にご誕生。24歳。
26年8月に学習院大を中退し、27年4月にICUに再度入学された。
在学中、29年9月から30年6月まで英リーズ大に留学し、舞台芸術などを学ばれた。
卒業論文のテーマは、「ワーキングメモリとMind Wanderingが読解力に及ぼす影響」で、
人間の読解力について考察されたという。
紀子さまの影響で手話を学び、全国高校生手話パフォーマンス甲子園に英国留学中を除き5回中4回ご臨席。
毎回手話でメッセージを送られている。全日本高校馬術競技大会の開会式に顔を出されるのも定例化している。
結婚については「遅過ぎずできれば良い」(大学卒業時の文書回答)との考えを示されている。

□常陸宮妃・華子さま
旧華族の津軽家出身で、常陸宮さまと昭和39年9月30日に結婚された。78歳。
平成18年に白内障の手術をお受けに。
28年には両側変形性股関節症で人工股関節への置換手術を受け、リハビリを続けられている。
皇室会議議員として、上皇さまの譲位日を決める29年12月の皇室会議に参加された。
日本赤十字社名誉副総裁のほか、日本いけばな芸術協会、日本動物福祉協会、日本馬術連盟、
日本・ラテンアメリカ婦人協会の名誉総裁を務められる。
愛犬家としても知られ、動物が主役の絵本5冊の翻訳を手がけられている。

□三笠宮妃・百合子さま
旧華族の高木家に生まれ、大正天皇の四男だった三笠宮さまと戦時中の昭和16年10月22日に結婚された。
現在、皇族として最高齢の95歳。
男のお子さまは寛仁(ともひと)親王殿下、桂宮(かつらのみや)さま、
高円宮さまの三方をもうけられたが、いずれも先立たれた。
三笠宮さまも平成28年10月に薨去(こうきょ)された。
長女は近衛●子(このえ・やすこ)さん、次女は千容子(せん・まさこ)さん。
11年に徐脈性不整脈と診断され、ペースメーカーをご装着。19年に大腸がんが見つかり、摘出手術を受けられた。
今年4月10日、上皇ご夫妻のご結婚60年の祝賀に出席された。
●=ウかんむりの下に心、その下に用

□寛仁(ともひと)親王妃・信子さま
上皇さまのいとこにあたる寛仁親王殿下と昭和55年11月7日に結婚し、皇籍に入られた。64歳。
麻生太郎副総理兼財務相は実兄。
平成18年1月の新年祝賀の儀を最後に公務を休み、その後ストレス性ぜんそくなどで療養していたが、
25年11月に福島県伊達市で東日本大震災の被災者を慰労するなどし、7年10カ月ぶりに公務に復帰された。
現在は日本赤十字社名誉副総裁、東京慈恵会総裁としての行事にもご臨席。
代替わり後は天皇、皇后両陛下が臨まれてきた「全国農業担い手サミット」を単独で引き継がれる。

□長女・彬子(あきこ)さま
寛仁親王殿下の長女として昭和56年12月20日にご誕生。37歳。
学習院大卒業後、英オックスフォード大マートン・カレッジに留学し、
「日本美術史」の研究で女性皇族として初の博士号を取得された。
現在は主に京都市に滞在し、立命館大や京都市立芸術大、京都産業大などで研究をご継続。
国学院大特別招聘(しょうへい)教授として講義も担われる。
平成24年に自ら立ち上げ、総裁を務める一般社団法人「心游舎(しんゆうしゃ)」では、
日本文化を伝える活動に取り組まれる。三笠宮さま、寛仁さまの後を継ぎ、トルコとも深い交流を持たれる。

□次女・瑶子(ようこ)さま
寛仁親王殿下の次女として、昭和58年10月25日にご誕生。35歳。
学習院女子大の在学中に迎えた20歳の記者会見では
「父が力を入れている障害者福祉のお手伝いが主にできればよいと思っております」と述べられた。
平成24年に寛仁さまが薨去された後は、総裁職を引き継いだ「友愛十字会」や
「国際ユニヴァーサルデザイン協議会」の行事に臨席しているほか、
仙台市で重度障害者の自立を支える「ありのまま舎」の顕彰事業で選考委員長を務められてきた。
学習院初等科で始められた剣道は五段の腕前。

□高円宮妃・久子さま
実業家の鳥取滋治郎(しげじろう)氏の長女で、英ケンブリッジ大をご卒業。
昭和59年12月に高円宮さまと結婚し、長女の承子(つぐこ)さま、
次女の千家(せんげ)典子さん、三女の守谷絢子(あやこ)さんをもうけられた。
高円宮さまが平成14年に薨去された後、日本サッカー協会名誉総裁など多数の総裁・名誉総裁職をご継承。
2020年東京五輪が決まった国際オリンピック委員会総会では、見事なフランス語と英語のスピーチを披露された。
ご趣味はカメラやバードウオッチング。印籠などの留め具「根付(ねつけ)」の収集家としても知られる。65歳。

□長女・承子(つぐこ)さま
高円宮ご夫妻の長女として、昭和61年3月8日にご誕生。33歳。
学習院女子高等科から英エディンバラ大への留学を経て、
皇族として生まれた方では初めて早稲田大に進み、平成25年3月に卒業された。
同年4月から日本ユニセフ協会でご勤務。国内各地で子供の貧困問題に関する講演活動などを行うほか、
同協会への募金で新設された東ティモールの小学校などを視察されている。
30年1月に全日本アーチェリー連盟、同年2月に日本スカッシュ協会の名誉総裁を母の久子さまから引き継がれている。
https://www.sankei.com/life/news/190503/lif1905030011-n1.html

皇室の費用
2019.5.6 08:00
全国各地に足を運び、国際親善のために外国を訪問される皇室の方々。
天皇陛下が象徴の務めを果たされるためにかかる費用は、国会で議決され、国民の税金から支出される。
陛下や、皇后さまをはじめとする皇族方が日常に使われる費用はどう決まり、
公的活動にはどれだけの予算が計上されているのか。代替わりにかかった費用はいくらか。
宮内庁予算を手がかりに内情を探った。

■宮内庁予算240億円、公的活動に111億円
宮内庁の平成31(令和元)年度予算は、240億円が国会で議決された。
天皇、皇后両陛下や皇族方の生活費を含む「皇室費」(117億円)と、
宮内庁職員の人件費などの「宮内庁費」(123億円)に大別される。
皇室費の詳細は皇室経済法などで定められ、両陛下や皇族方は毎年決められた費用内で生活されている。
皇室費の内訳は、両陛下や長女の敬宮(としのみや)愛子さま、上皇ご夫妻の私費「内廷費」(3億2400万円)と、
秋篠宮ご夫妻や他の皇族方の手元金「皇族費」(2億6400万円)、
外国賓客の接遇や儀式など皇室の公的活動に充てる公金「宮廷費」(111億円)がある。
29年6月に成立した退位特例法を受けて政府は30年3月、上皇ご夫妻が日常で使われる経費も内廷費で賄うと決めた。
皇位継承順位1位となった皇嗣(こうし)秋篠宮さまとご家族の私費は、これまで通り皇族費となる。
代替わりに伴い、秋篠宮さまの皇族費はこれまでの3倍と決められ、31年度はご一家のため約1億2千万円が支払われる。
内廷費と皇族費の定額の変更は、首相や衆参両院議長、財務相らがメンバーの皇室経済会議で審議。
会議では、宮家創設や、女性皇族が結婚することで皇籍離脱する際の一時金の額も決める。
30年に高円宮家の三女である守谷絢子(あやこ)さんが結婚した際は、1億675万円、
上皇ご夫妻の長女、黒田清子(さやこ)さんの結婚では1億5250万円が支給された。
宮廷費は年間通じて皇居・宮殿などで行われる儀式や、両陛下やその他の皇族方が、
公務で国内外に訪問される際に使われる。
皇居にある宮殿や宮内庁庁舎、御所など皇室財産は全て、国の所有物となる。

■ご即位行事総額、3割増166億円 陛下「極力簡素に」 政府、品格との両立に苦心
天皇陛下のご即位に伴う行事の費用の総額は、宮内庁だけでなく、内閣府や外務省などにもまたがり、
平成の代替わり時に比べて3割増の166億円となる見込みになった。
天皇陛下や皇族方は「費用は極力簡素に」との意向を示されている。
政府は儀式の品格を保ちながらの経費削減に苦心した。
即位に関する中心行事で、10月22日に皇居・宮殿で行われる「即位礼正殿の儀」では、
前回、宮殿の中庭に設けたステージを今回は見送り、3億3千万円を削減。
使わない宮殿の部屋などを利用し、参列者の席の不足分を補う。
祝宴「饗宴(きょうえん)の儀」は、招待客数や回数を減らし、8千万円を削った。
一方、30年前よりも経済や社会を取り巻く情勢は激変し、即位礼では招待国数が30カ国増、
外国賓客の滞在関係費は41億円増の50億円に上った。人件費や資材価格も高騰し、増額は不可避となった。
宮内庁幹部は「削減が進み過ぎて、みすぼらしい儀式になってはいけない」と強調。
「格式を保ったまま、削減できるところは全てやった。国民に祝福される儀式にしなければならない」と話した。
行事の費用には計上されていないが、今後、上皇ご夫妻が仮住まいされる東京都港区の
高輪皇族邸(旧高松宮邸)の修復費も3億円削減。
天皇ご一家がお住まいになる皇居・御所は、新築せず改修にとどめた。
11月の皇位継承に伴う重要祭祀「大嘗(だいじょう)祭」では、
皇居・東御苑に特設する主会場「大嘗宮」の規模を縮小した。大嘗宮の建設関係費は費用の大半を占めており、
消費税率や物価、人件費が30年前に比べて上昇していることを理由に、4億円増の19億円となった。
大嘗宮の建設費を前回と同規模にした場合、総工費は25億円に上る。
今回は敷地を約1500平方メートル縮小し、一部の建物をプレハブにした。
神道形式で行われる大嘗祭は平成の代替わりと同様に「公的な皇室行事」として位置づけられ、
前回より4億円増の総額27億円が国費から支出される。
秋篠宮さまは昨年11月、国費支出に疑問を呈し、天皇家のお手元金で賄うことが望ましいとの意見を示された。
また、昨年12月には、国費支出は憲法の政教分離原則に反するとし、
市民団体などが支出差し止めと国に損害賠償を求めて東京地裁に提訴。
しかし、地裁は今年2月、支出差し止め請求については「訴えが不適法」として、却下する判決を言い渡している。

■天皇・上皇ご一家「内廷費」 祭祀や見舞金にも
天皇ご一家と上皇ご夫妻の私的なご費用「内廷費」は、皇室経済法施行法で年間3億2400万円と決められている。
多額の私費に見えるが、宮内庁幹部は「かかる経費がかなり多く、手元に残る金額は少ない」と明かす。
内廷費は非課税。宮内庁が管理する公金ではないが、皇室や宮内庁の会計を担う実務トップ「皇室経済主管」が、
内廷費を取り扱う際には「内廷会計主管」と肩書を変えて管理する。
全額を天皇家が自由に使うことはできず、宮内庁長官らが出席する「内廷会計審議会」で使い道が決まる。
総額の3分の1を占めるとされるのは人件費だ。代表的なのは宮中祭祀(さいし)を担う「掌典(しょうてん)職」。
神事に公費を充てると、憲法の政教分離規定に違反する恐れがあるため私的雇用の形を取る。
祭祀の備品も、内廷費から支出する。他にも、皇居内で上皇さまがハゼの研究をされる生物学研究所や、
養蚕を行っている紅葉(もみじ)山御養蚕所の職員の多くも、私費で雇われている。
残りの3分の2は、主に食費や物品などにかかる費用。日常の食費だけでなく、
お住まいに賓客を招かれた際の食事代なども含む。私服や身の回り品の購入費の他、
日本赤十字社など社会事業への奨励金、大規模災害時の都道府県への見舞金、ご静養や私的旅行の経費に充てる。
平成30年に上皇ご夫妻が福島県を訪問した際には、
東日本大震災に伴う原発事故の風評被害が続く状況に思いを致してか、
地元の漁業施設でカレイやホッキ貝などを内廷費から購入された。

■大枠は前例踏襲、タブー視せず討議を
森暢平・成城大教授(日本近現代史)の話「皇室の公私にわたる活動や、宮内庁の運営などにかかる経費は、
毎年国の予算に計上されているが、事実上、国会で議論されていないに等しい。
皇族数は減少しているが、公務の大枠は前例踏襲だ。皇室経費をタブー視せず、
公の場で活発な討議をしていけば、皇室が社会の中でどのような存在であるべきかという議論にもつながる」
https://www.sankei.com/life/news/190506/lif1905060006-n1.html

靖国神社近くの路上で男性自殺か 遺書らしき文書残す
2019.5.11 20:48
11日午前2時40分ごろ、東京都千代田区の靖国神社付近の路上で、
前のめりに座った状態の男性の腹部に包丁が刺さっているのを巡回していた警視庁機動隊員が発見した。
男性は病院に搬送されたが死亡。男性の近くには遺書とみられる文書が残されており、
麹町署は自殺を図ったとみて、詳しい状況を調べている。
同署によると、男性は都内に住む50代の会社員で、保守系団体「靖国会」に所属。
死因は失血死とみられ、遺書とみられる文書は判別が困難だという。
https://www.sankei.com/life/news/190511/lif1905110034-n1.html

退位と即位

伊勢神宮に譲位ご報告

両陛下、武蔵野陵ご参拝 昭和天皇に譲位ご報告
2019.4.23 16:24
天皇、皇后両陛下は23日、武蔵陵(むさしりょう)墓地(東京都八王子市)にある
昭和天皇の武蔵野陵(むさしののみささぎ)を訪れ、天皇陛下の譲位を報告された。
モーニング姿の陛下は石段を上って陵前に進み、玉串をささげて深々とご一礼。
グレーの参拝服姿の皇后さまが同様の所作で続かれた。
両陛下は今後、26日に皇居外での最後の公務となる政府主催の「みどりの式典」にご臨席。
30日に退位礼正殿の儀に臨まれる。
両陛下は参拝後、近くの「高尾みころも霊堂」(同市)に立ち寄られた。
霊堂は労災事故の死亡者約26万人が合祀(ごうし)されており、両陛下は拝殿に供花し、犠牲者を追悼された。
死者数の推移についての説明で、陛下は「これ以上減らすのはなかなか難しいですか」
「どういう努力が必要ですか」と質問を重ねられた。
皇后さまは「工事現場の事故はどうですか」と事故の種類を気にかけられていた。
https://www.sankei.com/life/news/190423/lif1904230023-n1.html


天皇陛下 皇居 宮中三殿 賢所拝礼終える
2019年4月30日 10時15分
午前10時10分、天皇陛下は皇居の宮中三殿の中央にある賢所(かしこどころ)での拝礼を終えられました。
賢所には「天照大神(あまてらす・おおみかみ)」がまつられ、
天皇陛下は、平安時代から儀式での天皇の装束とされる「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」に身を包み、
賢所の中に入って拝礼されました。
日本古来のことばで記した「御告文(おつげぶみ)」を読み上げて「退位の礼」を行うことを伝えられたということです。
このあと、天皇陛下は皇室の祖先をまつる皇霊殿(こうれいでん)、
さらに国内の神々をまつる神殿でも儀式に臨み、同じように拝礼して「御告文」を読み上げられます。
また皇太子さまも装束を着て出席し、天皇陛下が拝礼を終えられたあと同じように拝礼されます。
儀式には秋篠宮ご夫妻などの皇族方も宮内庁の職員などとともに参列し、
天皇陛下と皇太子さまの拝礼が終わったあと、宮中三殿の前で拝礼されます。

静けさにつつまれ 空は明るむ
皇居の「宮中三殿」では儀式が始まる10分余り前から宮内庁長官をはじめ
参列するおよそ50人の職員などが1人ずつ「幄舎(あくしゃ)」という建物に入り、
中央にある賢所に向かってそれぞれ一礼して着席しました。
続いて秋篠宮ご夫妻など参列する9人の皇族方が「幄舎」に入り、同じように賢所に一礼してから着席されました。
このあと儀式が始まるまでの間、「宮中三殿」は静けさにつつまれ、
朝から降り続いていた雨はほぼやんで、空が明るみました。
午前10時2分、天皇陛下が皇室の祭祀(さいし)をつかさどる掌典長(しょうてんちょう)の先導で、
賢所の回廊に姿を見せられると、皇族方を含む参列者は一斉に起立しました。
天皇陛下は厳粛な面持ちでゆっくりと一歩ずつ回廊を進み、賢所の正面で前を向いて一礼してから中に入られました。
天皇陛下が賢所に入られている間、皇族方は宮内庁の職員などと起立したまま、外から見守られていました。
7分後、拝礼を終えた天皇陛下が賢所の外に出て回廊に再び姿を見せられました。
そして、厳粛な面持ちのままゆっくりと進み、午前10時11分、回廊の奥に入られました。

宮内庁長官「感謝の気持ちと寂しさを感じた」
皇居の「宮中三殿」で天皇陛下が「退位の礼」を行うことを、
皇室の祖先や神々に伝えられる儀式に参列した宮内庁の山本信一郎長官は取材に対して、
「気持ちを落ち着かせて見守らせていただきました。感謝の気持ちと寂しさを感じました」と述べました。
そのうえで、午後5時から行われる「退位礼正殿(たいいれい せいでん)の儀」について、
「心を込めて務めさせていただきたい」と話していました。
儀式に参列した宮内庁の西村泰彦次長は取材に対して、
「儀式はいつもどおり、淡々と行われました。静粛な雰囲気でした」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190430/k10011901401000.html


安倍首相の国民代表の辞全文「いかなる時も苦楽共にされ、深い敬愛と感謝の念」
2019.4.30 17:27
安倍晋三首相は30日夕、「退位礼正殿(せいでん)の儀」で「国民代表の辞」を述べ、
天皇陛下に感謝の意を伝えた。全文は次の通り。


謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより、本日をもちましてご退位されます。
平成の30年、「内(うち)平(たい)らかに外(そと)成(な)る」との思いの下、
私たちは天皇陛下と共に歩みを進めてまいりました。
この間、天皇陛下は、国の安寧と国民の幸せを願われ、一つ一つのご公務を、心を込めてお務めになり、
日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たしてこられました。
わが国は、平和と繁栄を享受する一方で、相次ぐ大きな自然災害など、幾多の困難にも直面しました。
そのような時、天皇陛下は、皇后陛下とご一緒に、国民に寄り添い、被災者の身近で励まされ、
国民に明日への勇気と希望を与えてくださいました。
本日ここにご退位の日を迎え、これまでの年月(としつき)を顧み、
いかなる時も国民と苦楽を共にされた天皇陛下の御心(みこころ)に思いを致し、
深い敬愛と感謝の念を今一度新たにする次第であります。
私たちは、これまでの天皇陛下の歩みを胸に刻みながら、平和で、希望に満ちあふれ、
誇りある日本の輝かしい未来を創り上げていくため、さらに最善の努力を尽くしてまいります。
天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません。
ここに、天皇皇后両陛下に心からの感謝を申し上げ、皇室の一層のご繁栄をお祈り申し上げます。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300042-n1.html


退位礼正殿の儀における天皇陛下のおことば
2019.4.30 17:11
今日(こんにち)をもち、天皇としての務めを終えることになりました。
ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。
即位から三十年、これまでの天皇としての務めを、
国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。
象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。
明日(あす)から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、
ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。
https://www.sankei.com/life/news/190430/lif1904300040-n1.html

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

新天皇がご即位 令和幕開け
2019.5.1 00:00
皇太子さまは1日、第126代天皇に即位された。
30年余り続いた「平成」が終わり、「令和」に同日改元された。
平成時代の天皇陛下は4月30日で譲位し、上皇となられた。
天皇の譲位は江戸時代の光格天皇以来202年ぶりで、憲政史上初めて。
天皇陛下は59歳で、戦後生まれの初の天皇となられた。
陛下は5月1日、皇居・宮殿で皇位継承に伴う国事行為「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」と
「即位後朝見(ちょうけん)の儀」に臨まれる。
皇太子妃雅子さまと皇后さまは、それぞれ皇后、上皇后となられた。
秋篠宮さまは皇位継承順位1位の皇嗣(こうし)として、皇太子の役割を担われる。
長男の悠仁さまが継承順位2位となられた。
85歳の上皇さまは、これまで担ってきたほぼすべての公務を陛下に引き継がれた。
上皇さまは4月30日午後5時、皇居・宮殿「松の間」で「退位礼正殿の儀」(退位の礼)に臨まれた。
退位の礼では、歴代天皇に伝わる三種の神器のうち、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の複製品と
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、公務で使われる天皇の印「御璽(ぎょじ)」、
国の印章「国璽(こくじ)」を、側近が「案(あん)」と呼ばれる台の上に安置。
安倍晋三首相は自然災害などで困難に直面した際、常に国民に寄り添われてきた上皇さまに
「明日への勇気と希望を与えてくださいました」と述べた。
上皇さまは国民に「心から感謝します」と改めて謝意を示された。
退位の礼には上皇后さまが陪席されたほか、天皇、皇后両陛下、秋篠宮ご夫妻をはじめ、
女性を含む成年皇族方がご参列。安倍首相と閣僚のほか、衆参両院の正副議長、
都道府県知事の代表と配偶者ら約290人も出席した。
剣と勾玉などは5月1日午前0時をもって陛下に引き継がれた。
陛下は1日午前に宮殿で行われる「剣璽等承継の儀」に臨み、続く「即位後朝見の儀」で、
三権の長らと面会して天皇として最初のお言葉を述べ、即位を告げられる。
今回の譲位は、平成29年6月に成立した、上皇さま一代限りで認める皇室典範特例法に基づいて行われた。
https://www.sankei.com/life/news/190501/lif1905010008-n1.html


即位後朝見の儀における天皇陛下のお言葉全文
2019.5.1 11:34
日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば、上皇陛下には御即位より、三十年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、
いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ、
一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。
上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、
また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(さん)に励むとともに、
常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、
日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、
国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します。
https://www.sankei.com/life/news/190501/lif1905010030-n1.html


「即位後朝見の儀」を終え「松の間」を出る天皇、皇后両陛下 
=1日午前11時19分、皇居・宮殿「松の間」(代表撮影)
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安倍首相、即位後朝見の儀「国民代表の辞」全文 「誇りある日本の輝かしい未来、創り上げる決意」
2019.5.1 11:39
安倍晋三首相は1日、「即位後朝見の儀」で「国民代表の辞」を述べた。全文は次の通り。


謹んで申し上げます。
天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます。
ここに、英邁(えいまい)なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、
日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、
国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜(たまわ)りました。
私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、
平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、
文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
ここに、令和の御代(みよ)の平安と、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。
https://www.sankei.com/life/news/190501/lif1905010031-n1.html


秋篠宮さま、皇位継承1位の「皇嗣」に 皇太子は空位
「令和」新時代 政治 社会
2019/5/1 21:00
政府は1日の臨時閣議で、皇位継承を国民に知らせる内閣告示を決定した。
天皇陛下の即位に伴い、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」に就かれた。
2位は秋篠宮さまの長男、悠仁さま、3位は上皇さまの弟の常陸宮さまとなった。
政府は秋篠宮さまの正式な敬称を「秋篠宮皇嗣殿下」とした。
天皇の直系男子が就く「皇太子」は86年ぶりに空位となった。
直近で皇太子が不在だったのは、昭和天皇の即位後、1933年12月に上皇さまが誕生されるまでの約7年間。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44399800R00C19A5MM8000/


陛下、一般参賀でお言葉 「平和と発展」願われる
2019.5.4 10:25
天皇陛下のご即位を祝う一般参賀が4日、皇居で行われ、
天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方が、宮殿「長和殿」のベランダで参賀者に応えられた。
1日に即位した陛下が公式行事で国民の前に出る初めての機会で、
「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともに、わが国が諸外国と手を携えて世界の平和を求めつつ、
一層の発展を遂げることを心から願っております」とお言葉を述べられた。
 参賀は午前10時から6回行われ、陛下は毎回お言葉を述べられた。
参賀者は計14万1130人に上った。上皇ご夫妻や未成年皇族は参加されなかった。
平成2年11月に実施された上皇さまのご即位に伴う一般参賀は計8回で10万9800人が足を運んだが、
今回はこれを上回った。今年の新年一般参賀の参賀者は15万4800人だった。
参賀には米国、ドイツ、フランス、中国などのメディアの姿もあり、諸外国からも高い注目を集めた。
皇居のある東京都千代田区では最高気温が24・8度と6月上旬並みまで上がり、
熱中症とみられる症状で倒れる参賀者が続出。約120人が救護室で診察を受け、
10~80代の男女28人が救急搬送された。
陛下は午後2時以降の2回のお言葉では、暑さの中の参賀に感謝を示す一言も加えられた。
また、最終回の前には雷が接近しているとの予報があり、
両陛下が参賀者に配慮し、お出ましの時間を早められたという。
https://www.sankei.com/life/news/190504/lif1905040021-n1.html


一般参賀に14万人 戦争の記憶継承、復興、環境…両陛下に期待の声
2019.5.4 19:19
皇居・宮殿で4日に行われた「令和」最初となる一般参賀。晴天に恵まれるなか、
天皇陛下は計14万1130人の参賀者を前に「世界の平和」と日本の「一層の発展」を願われた。
参賀者からは被災地慰問や先の大戦の記憶の継承、環境問題といった各方面での今後のお取り組みについて、
天皇、皇后両陛下に期待を寄せる多くの声が聞かれた。
午前10時、モーニングコート姿の陛下が宮殿「長和殿」のベランダに姿を見せられた。
陛下は向かって左の秋篠宮さま、右側の皇后さまとそれぞれ言葉を交わした後、
ゆっくりした口調でお言葉を読み上げられた。
お言葉の後は陛下、皇后さま、秋篠宮さまの順に笑顔で手を振って応えられた。
「以前から親しみを感じていたが、同い年とは思えない若々しさを感じた」。
陛下と同じ59歳で、千葉県習志野市から妻(58)と初めて参賀に訪れた会社役員の三宅良一さんは、
間もなく会社から離れる自らと比較し、「これから大仕事が始まることは、本当に頭が下がる思い」と気持ちを寄せた。
同じく陛下と同世代の東京都墨田区の会社員、石井功さん(55)は
「上皇さまのお姿を見て成長し、これから一層、国民に寄り添ってくださると思う」と新たな時代を展望した。
平成28年4月の熊本地震で県内の実家が全壊、祖父母宅も被災したというのは、
東京都大田区の会社員、後藤梨々子(りりこ)さん(29)。
「祖父母が避難した体育館を上皇ご夫妻が訪問され、温かいお人柄に大変励まされたと聞いている。
陛下にも被災地などでお力を頂きたい」と願った。青森市から来た会社員、
上野真理さん(40)は病気療養中の皇后さまが笑顔で手を振られる姿に安堵(あんど)し
「ご自身のやり方で皇后として歩まれてほしい」と述べた。
https://www.sankei.com/life/news/190504/lif1905040036-n1.html

両陛下、伊勢神宮に譲位ご報告

両陛下、三重県ご訪問 伊勢神宮に譲位ご報告へ
2019.4.17 18:59
天皇、皇后両陛下は17日、伊勢神宮に天皇陛下の譲位を報告するため、三重県伊勢市を訪問された。
2泊3日の日程で、宮内庁によると、両陛下が地方に足を運ばれるのは、在位中最後の機会。
立ち寄り先では多くの市民らが出迎え、感謝の言葉を口にした。
東京駅では、国内の地方訪問では異例となる安倍晋三首相の見送りを受けた。
両陛下は夕方に伊勢市に着き、宿泊先となる伊勢神宮内の行在所(あんざいしょ)に入られた。
両陛下の長女で神宮祭主の黒田清子さんらとあいさつを交わされたという。
陛下の神宮ご参拝は、皇太子時代を含め14回目。
18日に衣食住の神とされる豊受大神(とようけのおおみかみ)を祭る「外宮(げくう)」を参拝し、
昼食を挟んで皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る「内宮(ないくう)」でも拝礼される。
両陛下が降り立たれた近鉄宇治山田駅前には、午前9時ごろには人だかりができた。
両陛下を初めて見る伊勢市の大学4年、細江美月さん(22)は「みんなが両陛下を思う気持ちの表れ。
私にとって元号が変わるのは初めてで、歴史的瞬間に立ち会った気がする」と感激していた。
平成26(2014)年の式年遷宮後のご訪問時にも待ち受けた奈良県香芝(かしば)市の主婦、
松下貴美子さん(75)は「これで最後かと思うと寂しい。これからは目にする機会も少なくなると思うが、
ゆっくりしてください」と感謝の気持ちを込めた。
冷たい雨の降る中、神宮までの約5キロの沿道にも、途切れることなく出迎えの人たちが並び、
両陛下は車列の速度を落とし、手を振って応えられていた。
皇位とともに受け継がれる「三種の神器」のうち、「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」(剣=けん)と
「八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)」(璽=じ)を天皇が携行する「剣璽ご動座(どうざ)」も
5年ぶりに実施され、黒いケースに入れられた剣璽を携えた侍従が随行した。
残る「八咫鏡(やたのかがみ)」(鏡)は伊勢神宮にまつられている。
https://www.sankei.com/life/news/190417/lif1904170030-n1.html


両陛下、最後の伊勢訪問…地方への旅385回
天皇、皇后両陛下は17日、皇室の祖神とされる天照大神をまつる伊勢神宮に今月末での退位を報告するため、
新幹線と私鉄で三重県伊勢市に入られた。
国民の象徴として、天皇陛下が皇后さまと大切にされてきた地方訪問は、今回で最後となる。
現地では、退位を控えた天皇陛下と皇后さまを一目見ようと、大勢の人が歓迎に集まった。
両陛下は午後1時20分頃、東京駅を出発。
伊勢神宮参拝に伴い、皇位の証し「三種の神器」の剣と曲玉も携行された。
近鉄宇治山田駅には午後5時前に到着。駅前や沿道には、本降りの雨となったにもかかわらず、
計約1万5000人が集まり、歓声を上げた。
宿泊する伊勢神宮の内宮行在所までの沿道には人だかりが切れ目なく続き、
両陛下は、車の速度を落として歓迎に応えられた。
宮内庁によると、両陛下は近鉄名古屋駅から宇治山田駅への特急の車内から
沿線の住民の歓迎に応えられていたという。
同駅で午後1時から待ち構えていた同市の辻ヒサエさん(85)は
「間近で優しいまなざしを拝見でき、感激している。来月から始まる新時代も平和が続いてほしい」と話していた。
行在所前では、両陛下の長女で同神宮祭主を務める黒田清子さんらが出迎えた。
両陛下は18日、退位関連の儀式「神宮に親謁しんえつの儀」に臨まれる。

「三大行事」など47都道府県2巡
天皇、皇后両陛下は平成時代、全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会の「三大地方行事」のほか、
被災地訪問、戦没者慰霊など全国を巡る旅を重ねてこられた。
宮内庁によると、即位から15年で47都道府県全てを訪ね、2017年に2巡された。
都内を除く46道府県の訪問件数は今回で385に上るという。
離島訪問は、結婚後55島に達した。天皇陛下が84歳と高齢になられた昨年8月にも、
北海道・利尻島を皇后さまと訪問。車で1周57キロの島内を巡り、各地で島民らと交流された。
陛下は16年8月のお言葉で、全国に及ぶ旅を大切にしてきたと明かし、
「皇后と共に行って来た旅は国内のどこにおいても、その地域を愛し、
その共同体を地道に支える人々のあることを認識させた」と述べられた。
2019/4/17
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190417-OYT1T50248/


両陛下、最後の伊勢訪問 きょう神宮で退位報告 5年ぶり来県 三重
2019-04-18
天皇、皇后両陛下が17日、三重県の伊勢神宮参拝のため来県された。
両陛下が天皇、皇后として地方を訪問する最後の機会となる。
この日は列車で伊勢市の近鉄宇治山田駅に到着し、内宮の行在所で宿泊した。
大勢の市民が駅前や沿道で歓迎。夜は内宮周辺で提灯行列が催された。
両陛下は18日、内宮と外宮を参拝し、退位を報告する「神宮に親謁の儀」に臨む。
天皇が退位の報告で伊勢神宮を訪れるのは歴史上初めて。
両陛下の来県は式年遷宮後に伊勢神宮を参拝した平成26年以来、5年ぶり。
天皇陛下の来県は皇太子時代を含めて15回目となる。
両陛下は午後1時ごろ、列車で東京駅を出発。名古屋駅で「観光特急しまかぜ」に乗り換え、
午後5時ごろ宇治山田駅に到着した。ホームで鈴木英敬知事や前田剛志県議会議長らの出迎えを受けた。
駅舎を出た両陛下は約1分間にわたり、駅前に集まった大勢の市民らに笑顔で手を振って応えた後、
御料車で内宮に向かった。内宮に向かう沿道でも日の丸を手にした大勢の市民から歓迎を受けた。
歴代の天皇が受け継ぐ「三種の神器」のうち剣と璽を持参し、侍従らによって運ばれた。
両陛下は18日午前に外宮、午後に内宮を参拝した後、賢島(志摩市)のホテルに宿泊。19日に帰京する。
県警は警備態勢を公表していないが、難波健太本部長をトップとする「警衛警備実施本部」が
警察署などと連携して警備に当たる。18日は伊勢神宮の周辺などで段階的に車両の通行が規制される。
http://www.isenp.co.jp/2019/04/18/30885/


両陛下、伊勢神宮に譲位ご報告
2019.4.18 11:35
三重県伊勢市を訪れている天皇、皇后両陛下は18日午前、伊勢神宮の外宮(げくう)で、
天皇陛下の譲位を報告された。
譲位関連の儀式の1つで、陛下と皇后さまが順にご参拝。
午後には皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る内宮(ないくう)でも拝礼される。
 陛下はモーニング、皇后さまはロングドレス姿で宿泊先の内宮行在所(あんざいしょ)を車で出発し、
衣食住の神である豊受大神(とようけのおおみかみ)を祭る外宮に移られた。
陛下はおはらいを受け、玉串をささげてご拝礼。
今回は皇位ととともに受け継がれる「三種の神器」のうち剣と璽(勾玉)を皇居から携行された。
https://www.sankei.com/life/news/190418/lif1904180013-n1.html


両陛下、伊勢神宮で「神宮親謁の儀」 三種の神器と共に
島康彦 2019年4月18日11時26分
三重県伊勢市に滞在中の天皇、皇后両陛下は18日、
伊勢神宮での退位に向けた儀式「神宮親謁(しんえつ)の儀」に臨んだ。
在位中最後の地方訪問で、沿道などで多くの市民が出迎えた。
天皇陛下はこの日午前、豊受大神(とようけのおおみかみ)をまつる外宮に参拝。
モーニング姿で、歴代天皇に受け継がれる「三種の神器」の剣と璽(じ)を捧げ持った侍従らと参道を進んだ。
続いて、白い参拝服姿の皇后さまが外宮に参拝した。
午後には天照大神(あまてらすおおみかみ)をまつる内宮に参拝する。
即位後、両陛下の伊勢神宮訪問は5回目。(島康彦)
https://www.asahi.com/articles/ASM4L2W0BM4LUTIL004.html


両陛下 退位前に伊勢神宮参拝の儀式
2019年4月18日 19時27分
三重県を訪問している天皇皇后両陛下は、今月30日の天皇陛下の退位を前に、
18日、皇室の祖先をまつる伊勢神宮に参拝する儀式に臨まれました。
17日から三重県を訪問している両陛下は、18日午前、
衣食住や産業の守り神がまつられる伊勢神宮の外宮にお一人ずつ参拝されました。
はじめに、モーニング姿の天皇陛下が、外宮の中心の正殿がある正宮の前で、
皇位継承の象徴とされる三種の神器の剣と曲玉とともに車を降りられました。
そして、正宮の中に入り、正殿の前で玉串をささげて拝礼されたということです。
白の参拝服姿の皇后さまも、玉串をささげて拝礼されたということです。
両陛下は、午後には、皇室の祖先の「天照大神」がまつられる伊勢神宮の内宮にそれぞれ参拝されました。
天皇陛下は車に乗って玉砂利が敷き詰められた参道をゆっくりと進み、
途中、伊勢神宮の関係者や地元の子どもたちが整列して迎えると、会釈をするなどして応えられました。
天皇陛下は、「天照大神」がまつられる正殿がある正宮に続く階段の前で車を降り、
剣と曲玉を持った側近の職員とともに階段をのぼられました。
そして正宮の中に入り、正殿の前で、玉串をささげて拝礼されたということです。
このあと、皇后さまも玉串をささげて拝礼されたということです。
18日の伊勢市は晴天に恵まれ、内宮と外宮の間の沿道では
大勢の人たちが小旗を振るなどして両陛下を歓迎しました。
両陛下の車列はスピードを落として歓迎する人たちの前を進み、
天皇陛下と皇后さまは窓をあけて手を振って応えられました。
伊勢神宮の参拝を終えた両陛下は、午後4時半前、内宮を出発し、
宿泊先のホテルがある志摩市の賢島に向かわれました。
近鉄宇治山田駅の前には、何重にも人垣ができ、大勢の人たちが手や小旗を振って見送ると、
両陛下は何度も左右を見渡しながら笑顔で手を振って応えられました。
そして、私鉄の専用列車で近鉄賢島駅に到着し、午後5時半すぎ、宿泊先のホテルに向かわれました。
18日夜は、伊勢神宮の主な祭りをつかさどる「祭主」を務め、
18日の儀式にも立ち会った長女の黒田清子さんや、
伊勢神宮の関係者と夕食をともにし、ねぎらわれるということです。
両陛下にとって、これが天皇皇后として最後の地方訪問になり、
19日、東京に戻られることになっています。即位時の儀式との違い
宮内庁は憲政史上初めてとなる天皇陛下の退位に関する一連の儀式について、
天皇陛下のお気持ちを踏まえて、全体として粛々と静かに執り行うことにしています。
天皇陛下は、即位にあたって平成2年11月に伊勢神宮に参拝する儀式に臨んだ際には、
古くから儀式での天皇の装束とされる「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」を身につけ、
儀式用の馬車に乗って参道を進まれました。
一方、天皇陛下の退位に伴う今回の儀式の式次第は、
即位の時の枠組みを基本に天皇陛下のお気持ちに沿ってまとめられ、
天皇陛下はモーニングを着用し、移動には車を使って参拝に臨まれました。

沿道には多くの人たちが
伊勢神宮内宮近くの沿道には朝早くから両陛下の姿を一目見ようと多くの人が並んでいました。
60年前、ご結婚の報告のため伊勢を訪問された両陛下を見たという67歳の男性は
「当時、小学生でしたがとても穏やかな表情で手を振ってくださったのを覚えています。
天皇として最後なので一目見たいと思って来ました」と話していました。
また、四日市市から来たという69歳の女性は
「平成最後なので30年間の感謝の気持ちを少しでも伝えようと思い、朝4時半に起きて来ました」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190418/k10011887901000.html


両陛下、三重からご帰京
2019.4.19 15:40
伊勢神宮参拝のため、三重県に滞在していた天皇、皇后両陛下は19日午後、帰京された。
天皇陛下の譲位を30日に控え、在位中最後の地方ご訪問となった。
17日に三重県入りした両陛下は18日、譲位関連の儀式として
伊勢神宮の外宮(げくう)と内宮(ないくう)を参拝し、譲位を報告された。
今回の訪問には、皇位とともに受け継ぐ「三種の神器」のうち、剣と璽(じ)(勾玉(まがたま))を携行した。
両陛下は23日に昭和天皇陵を参拝し、30日の退位礼正殿の儀に臨まれる。
https://www.sankei.com/life/news/190419/lif1904190030-n1.html


両陛下 最後の地方訪問終え 東京に
2019年4月19日 17時12分
三重県を訪問していた天皇皇后両陛下は、天皇皇后として最後の地方訪問を終え、19日午後、東京に戻られました。
両陛下は、17日から3日間の日程で三重県を訪問し、
18日、皇室の祖先とされる「天照大神」をまつる伊勢神宮に参拝する儀式に臨まれました。
18日夜は志摩市の賢島にあるホテルに宿泊し、19日午前、出発されました。
近鉄賢島駅までの沿道では、およそ1200人が小旗を振るなどして見送り、
両陛下は車の窓をあけて手を振ってこたえられました。
駅前にもおよそ1100人が集まり、両陛下は笑顔で何度も手を振って駅に入り、臨時の専用列車に乗り込まれました。
今回の訪問では、皇位継承の象徴とされる三種の神器の剣と曲玉(まがたま)が、
5年ぶりに皇居から持ち出され、19日もそれぞれ側近の職員によって、両陛下に続いて列車の中に持ち込まれました。
沿線では、「お疲れさまでした」や「感謝」と書かれた紙などを掲げたり
手を振ったりして見送る人たちの姿が見られ、宮内庁によりますと、
両陛下は、列車の窓のそばに立ってこたえられていたということです。
両陛下は、名古屋駅で新幹線に乗り換えた際にも、大勢の人たちの見送りに笑顔で手を振られました。
両陛下は、午後3時前にJR東京駅に到着し、駅のホームや駅前でも
集まった人たちに手を振ってこたえて皇居に戻り、天皇皇后として最後の地方訪問を終えられました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190419/k10011889241000.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


両陛下の心痛を癒やす清子さん「伊勢神宮」参拝前に動く
2019.04.18
4月9日の朝8時45分。天皇皇后両陛下のご長女・黒田清子さん(49)は、自ら愛車を運転し皇居に到着した。
通い慣れた道なのだろう、軽快に、皇居・乾門を通り抜けた。
再び乾門から出てきたのは、夕方16時15分。
天皇皇后両陛下の、ご結婚60年を祝う式典を翌日に控え、7時間以上の滞在だ。
「ご退位後の仮住まいとなる『高輪皇族邸』へのお引っ越しへ向けて、準備が必要ですが、
美智子さまのお持ち物を一緒に整理できるのは、清子さんくらい。
伊勢訪問についてのお話も、なさったのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)
両陛下は、4月18日に伊勢神宮を参拝なさる。皇祖神の天照大神に、退位することをご報告するためだ。
両陛下をお迎えするのは、伊勢神宮の祭主を務める清子さん。当日は、清子さんの50歳の誕生日でもある。
「両陛下は、4月18日午前に伊勢神宮の外宮を、午後に内宮を参拝され、志摩市の賢島のホテルに宿泊されます。
清子さんとご一泊され、親子水入らずで、お祝いをなさると思われます」(宮内庁関係者)
3月31日には、両陛下が清子さんの自宅を訪問され、夕食をともになさった。
「清子さんは、両陛下が唯一、私的なことを頼める方です。
秋篠宮ご夫妻と、眞子さま・佳子さま姉妹のコミュニケーションが取れていないことを、
美智子さまは心配されている。ご心配を和らげるように動けるのは、清子さんしかいません」
(前出・皇室ジャーナリスト)
秋篠宮家の次女・佳子さま(24)は、ICUご卒業に際し、
《姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい》と文書に記された。
小室圭さん(27)との婚約が延期されている姉・眞子さま(27)への「援護射撃」といえる内容だったが、
これには否定的な報道もある。
孤立してしまった姉妹のよきご相談相手となれる人物こそ、清子さんなのだ。
「佳子さまは、幼いころから清子さんを『ねえね』と呼んで、慕っていました。
また内親王として、本格的なご公務とご就職を経て、民間に嫁がれた清子さんは、
ご結婚問題に揺れる眞子さまのお気持ちに、寄り添える方です」(前出・宮内庁関係者)
はたして、清子さんの助言とは。
「結婚は『国民に祝福される形で』『皇室を離れてからのことも大事』と、
眞子さまにはアドバイスされるでしょう。清子さんは、お兄様と親しく、ご両親もよくご存じのお相手に嫁がれた。
そのイメージを、若き内親王お2人が抱かれるか。
結婚後も『皇室のお嬢様』として存在感を示す、清子さんのようになりたいと思えば、
眞子さまもご自分の結婚について、もう一度落ち着いてお考えになるはずです」(前出・皇室ジャーナリスト)
天皇ご一家を支えてきた清子さんが、表舞台に立とうとしている。
(週刊FLASH 2019年4月30日号)
https://smart-flash.jp/sociopolitics/67518

新元号

「令和」と決定 菅官房長官が発表
2019.4.1 11:42
政府は1日午前、「平成」に代わる新元号を「令和(れいわ)」と決定した。
菅義偉(すが・よしひで)官房長官が記者会見で発表した。
新元号を記した政令は同日中の天皇陛下による署名・公布後、
皇太子さまが新天皇に即位される5月1日午前0時に施行される。
皇位継承前の公表は憲政史上初めてで、改元に伴う国民生活への影響を最小限にすることを重視した。
645年の「大化」から数えて248番目の元号となる。
菅氏の記者会見に続き、安倍晋三首相も正午ごろ記者会見し、談話を発表。
新元号の意義を自ら国民に説明する異例の対応で臨む。
天皇一代で元号一つを定める「一世一元」制が確立した明治以降は、天皇崩御に伴い改元した。
今回は一代限りの譲位を可能とする皇室典範特例法に基づく。
政府は譲位が天皇の政治関与を禁じた憲法に抵触しないよう平成改元時の元号選定手続きを原則踏襲した。
1日は菅氏の会見に先立ち、政府が各界有識者の懇談会で複数の原案を示し意見を求めた。
原案は国文学、漢文学、日本史学、東洋史学の専門家が考案した候補名から絞り込んだ。
衆参両院の正副議長に意見を聴き、全閣僚会議を経て臨時閣議で政令を決定した。
https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010025-n1.html


「令和」の出典は万葉集 日本の歌集から初採用 菅長官
2019.4.1 11:55
菅義偉(すが・よしひで)官房長官は1日午前の記者会見で、
新元号「令和」の出典は万葉集であることを明らかにした。
中国ではなく日本の歌集から採用されたのは確認される限り、初めて。
https://www.sankei.com/politics/news/190401/plt1904010016-n1.html


首相談話全文「希望とともに花咲かせる日本でありたい」
2019.4.1 13:25
安倍晋三首相は1日、新元号「令和(れいわ)」に関する談話を発表した。首相談話の全文は次の通り。

本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。
新しい元号は「令和」であります。
これは、万葉集にある「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして 
気(き)淑(よ)く風(かぜ)和(やわら)ぎ 梅(うめ)は
鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き 蘭(らん)は
珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」との文言から引用したものであります。
そして、この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ、という意味が込められております。
万葉集は、1200年余り前に編纂(へんさん)された日本最古の歌集であるとともに、
天皇や皇族、貴族だけでなく、防人(さきもり)や農民まで、
幅広い階層の人々が詠(よ)んだ歌が収められ、わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。
悠久(ゆうきゅう)の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。
こうした日本の国柄を、しっかりと次の時代へと引き継いでいく。
厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、
一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。
そうした日本でありたい、との願いを込め、「令和」に決定いたしました。
文化を育み、自然の美しさを愛(め)でることができる平和の日々に、
心からの感謝の念を抱きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を、
国民の皆さまとともに切り拓(ひら)いていく。新元号の決定にあたり、その決意を新たにしております。
5月1日に皇太子殿下がご即位され、その日以降、この新しい元号が用いられることとなりますが、
国民各位のご理解とご協力を賜りますようお願いいたします。
政府としても、ほぼ200年ぶりとなる、歴史的な皇位の継承が恙(つつが)なく行われ、
国民こぞって寿(ことほ)ぐことができるよう、その準備に万全を期してまいります。
元号は、皇室の長い伝統と、国家の安泰と国民の幸福への深い願いとともに、
1400年近くにわたるわが国の歴史を紡(つむ)いできました。
日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものともなっています。
この新しい元号も、広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根ざしていくことを心から願っております。
https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010038-n1.html


新元号は「令和」 出典は万葉集 首相「希望とともに花咲かす日本に」
2019.4.1 17:50
政府は1日、「平成」に代わる新元号を「令和(れいわ)」と決定した。
菅義偉(すが・よしひで)官房長官が記者会見し、墨書を掲げて公表した。
安倍晋三首相も記者会見で自ら談話を発表し
「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ意味が込められている」と述べた。
出典はわが国最古の歌集「万葉集」で、日本古典からの引用は初めて。
645年の「大化」以降、248番目の元号となる。
新元号を記した政令は天皇陛下が1日に署名・公布され、
皇太子さまが新天皇に即位される5月1日午前0時に施行される。
政府は、憲政史上初めてとなる天皇陛下の譲位に伴う皇位継承の準備に万全を期す。
「令和」の出典は「万葉集」巻五の「梅花(うめのはな)の歌三十二首并(あわ)せて序(じょ)」。
「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、
梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」から引用された。
首相は「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、
日本人が明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせることができる日本でありたい、
との願いを込めた」と語った。
菅氏は、「令和」について「日本人の生活の中に深く根ざすよう努める」と強調した。
考案者や決定前の原案を明らかにすることは「適当ではない」として公表しなかった。
政府は午前9時半ごろ、京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授ら各界の有識者9人を起用し、
首相官邸で開いた「元号に関する懇談会」に6つの原案を示して意見を求めた。
原案は国文学、漢文学、日本史学、東洋史学の専門家が考案した候補名から絞り込んだ。
その後、衆院議長公邸で衆参両院の正副議長に意見を聴取し、
全閣僚会議を経て、臨時閣議で新元号を定める政令を決定した。
https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010066-n1.html


安倍晋三首相、初の国書由来で日本の誇り世界に示す
2019.4.1 18:26
安倍晋三首相は1日、記者会見で新元号を「令和」と決めた理由を「一人ひとりの日本人が明日への希望とともに、
それぞれの花を大きく咲かせることができる時代を築きたい」と説明した。
日本最古の歌集である万葉集から引用し、新元号が国民に広く親しまれることを意識した。
「広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根ざすものとしたい」
首相は昨年1月、新元号について訪問先のブルガリアでこう述べている。
「大化」(645年)から「平成」まで計247ある元号は、これまで全て中国の古典(漢籍)に由来してきた。
一方、現代の日本社会は国際化が進んで日常生活で西暦が定着していることもあり、元号不要論もくすぶっている。
そうした中で、首相は決定の1年以上前から新元号を日本の古典から引用する意志をにじませていた。
新時代への願いを示す元号に悠久の歴史や四季折々の自然など
「日本の決して色あせることがない価値」を反映させたい思いがあった。
ただし、権威ある学者から集めた候補から一つに絞るのは容易ではなかった。
選定作業が本格化した3月上旬には、首相の手元に「漢字2文字」「俗用されていない」
「明治(M)、大正(T)、昭和(S)、平成(H)の頭文字と重複しない」など条件が記され、
計100案ほどの候補名が考案者ごとに列記されたA3サイズの紙が届いた。
首相はこれを見て、周囲に「選ぶのは難しい」とこぼしたという。
30年続いた平成が幕を閉じようとする現在、日本は人口減少や変化の激しい国際情勢、
デジタル社会などで大きな転換点を迎えている。戦後70年、日本の繁栄を支えた外交や経済、社会保障など、
制度の抜本改革なしに次の時代に待ち受ける厳しい国際社会の荒波を乗り越えることは難しい。
「令和」の典拠に出てくる梅は中国原産で、古く日本に伝わり、
厳しい寒さが残る早春に桜に先駆けて凜(りん)と咲く。
首相は歴史上、初めて国書を由来とする元号を選ぶことで日本人の誇りとともに、
改革を前に進め、平和で豊かな日本を次世代に引き継ぐ覚悟を示した。(小川真由美)
https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010069-n1.html


陛下と皇太子さまへ公表前に伝達 ご公務は普段通りに
2019.4.1 20:57
天皇陛下は1日午前、皇居・御所で宮内庁の山本信一郎長官から、
皇太子さまは東京・元赤坂の東宮御所で西村泰彦次長から、
それぞれ菅義偉(よしひで)官房長官による公表前に新元号の報告を受けられた。
山本氏によると、臨時閣議終了後に官邸から新元号決定の連絡があり、
東宮御所に待機する西村氏に電話した上で御所へ。メモ書きした新元号を陛下に示して報告した。
山本氏は「いつも通りの表情でお聞き届けいただいた」と話した。
西村氏によると、皇太子さまはにこやかに「分かりました」と応じられたという。
両陛下は同日午後、普段通り公務に臨まれた。
午後4時から皇居などで清掃をするボランティア「勤労奉仕団」の約160人と皇居・蓮池参集所で懇談し、
陛下は岡山県から来た男性に「去年は災害もありましたね。今はどうですか」と気遣われたという。
続いて今年1月の歌会始の儀で選者を務めた歌人らを御所に招いてご歓談。
出席者の一人は「新元号の出典となった万葉集も話題にのぼったが、
両陛下が新元号に言及することはなく、選者それぞれの話をくつろいだ表情で聞かれていた」と話した。
https://www.sankei.com/life/news/190401/lif1904010090-n1.html


和暦やめ西暦の原則使用、外務省が検討 読み替え煩雑で
清宮涼 2019年4月1日20時29分
外務省が元号を使った和暦の使用を原則的にやめ、西暦を使う方向で検討していることが1日、わかった。
これまで外交交渉で西暦を使用する一方、省内の文書は西暦と和暦が混在していたため、
読み替えが煩雑で間違う恐れもあった。
外務省幹部は取材に対し、「(省内の文書を含めて)基本は西暦を使うように変えていく」と明言した。
外務省関係者によると、西暦表記を原則とする手続きや時期について現在、検討を進めている。
会計年度や閣議の資料などの表記には例外的に元号を使わざるを得ないとみられるが、
外務省関係者は「わかりやすさを重視していく」と話した。
河野太郎外相は3月29日の記者会見で、「2019年が元年になると、計算をどうするのか。
西暦と元号の間の行ったり来たりというときに間違いがないように、しっかり対応していきたい」と述べていた。
(清宮涼)
https://www.asahi.com/articles/ASM416CQ4M41UTFK027.html


新元号、政府提示6案に英弘・広至など 典拠に古事記も
2019年4月2日01時30分
190402.jpg

新元号「令和(れいわ)」を決めるにあたり、政府は1日、六つの原案を選び、
有識者による「元号に関する懇談会」などに提示した。
政府は原案の数も含めて公表していないが、「令和」のほか、
「英弘(えいこう)」「広至(こうじ)」「万和(ばんな)」「万保(ばんほ)」などがあったことがわかった。
複数の政府関係者が1日夜、朝日新聞の取材に明らかにした。
6案の典拠は国書と漢籍が三つずつで、国書は「令和」の万葉集に加え、日本書紀、古事記だった。
「万和」は、6世紀に中国で成立した全30巻の詩文集「文選(もんぜん)」が典拠。
漢詩研究の第一人者として知られる石川忠久・元二松学舎大学長(86)が
政府に提出した13案の一つだったことも判明した。
https://www.asahi.com/articles/ASM4201XCM41UTFK02T.html


「令」の字形、下の部分「マ」でもOK 文化審「習慣の差」
毎日新聞2019年4月1日 22時04分(最終更新 4月2日 08時16分)
新元号「令和」の「令」は、下の部分が片仮名の「マ」の字形で表記されることがあるが、
同じ文字で、意味や由来が異なるわけではない。
官房長官が元号発表の記者会見で掲げた書は「令」で、常用漢字表も明朝体の一種を用いて「令」と表記している。
一方、小学校の教科書には「マ」の形が使われている。多くがより手書きに近い字形を採用するためだ。
文化審議会国語分科会は、2016年に出した常用漢字表の字体・字形に関する指針で
「それぞれが正しい形」「印刷文字と手書き文字の表し方における習慣の差」などと見解を示している。
【水戸健一】
https://mainichi.jp/articles/20190401/k00/00m/040/274000c


新元号案 残る1つは「久化」 6案すべて判明
4月2日 10時54分
新元号の選定作業で、政府が示した6つの原案すべてが明らかになりました。
新元号に決まった「令和」以外は、
▽「英弘(えいこう)」、
▽「久化(きゅうか)」、
▽「広至(こうし)」、
▽「万和(ばんな)」、
▽「万保(ばんぽう)」の5つの案でした。
新元号の選定にあたって政府は、考案を委嘱した専門家から提出された候補名を、
読みやすく、書きやすいなどの「元号選定手続」に定められた留意点に沿って絞り込み、
1日、「元号に関する懇談会」などに6つの原案として示しました。
関係者によりますと、新元号に決まった「令和」以外の原案は、
▽「英弘」、
▽「久化」、
▽「広至」、
▽「万和」、
▽「万保」の5つの案でした。
「英弘」は日本の古典を、また「広至」は日本と中国の古典の両方を典拠、
いわゆる出典にしているということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190402/k10011870221000.html


公的機関は元号使用継続、「国民は自由」 菅長官
2019.4.3 12:37
菅義偉(すが・よしひで)官房長官は3日の記者会見で、
新元号「令和(れいわ)」への改元に関し「元号の使用は政府として強制するものではない。
国民は元号、西暦を自由に使い分けてもらっていい」と述べた。
各省庁や地方自治体など公的機関については「従来、元号を使用してきた。
この慣行は当然続けられるべきだ」と強調した。
国民が公的機関の窓口に提出する書類で元号を使うかどうかは
「あくまで協力要請であり、西暦で記入したものも受け付けられる」とも語った。
https://www.sankei.com/life/news/190403/lif1904030026-n1.html

他譲位関連ニュース記事2

宮内庁が月刊誌記事に抗議
常陸宮さま発言内容 
2018/1/9 18:04
宮内庁の西村泰彦次長は9日の定例記者会見で、昨年12月の皇室会議を巡り、
雑誌「月刊テーミス」1月号に掲載された常陸宮さまの発言として紹介した記事を「事実無根」と否定、
テーミスに口頭で抗議し、記事の撤回を求めたと明らかにした。
対象は「常陸宮さま『たった一人の反乱』」と題した記事。常陸宮さまの会議での発言として
「陛下は憲法を改正して制度的に辞められるようにしてほしいと思っておられる」などと記述した。
西村次長によると常陸宮ご夫妻も記事の内容を把握している。西村次長は「天皇陛下の退位に関わる話で
宮内庁として看過できない」と抗議と記事撤回を求めた理由を述べた。
https://this.kiji.is/323387265916224609

秋篠宮さまの儀式も開催を 準備委の議事概要公表
天皇退位 政治 社会
2018/1/16 11:26
政府は16日、天皇陛下の退位などの儀式を巡って9日に初会合を開いた準備委員会の議事概要を公表した。
出席者から秋篠宮さまが皇位継承順位1位の皇嗣になることを国内外に示す儀式を執り行うべきだとの意見が出た。
宮内庁の山本信一郎長官の発言とみられる。
準備委は今後、会合を重ね、3月中旬に基本方針をまとめる。
議事概要は準備委の会合後、1週間をメドに公表される。
初会合の議事概要は発言者の名前を伏せ、「出席者の意見表明」として発言内容を記載した。
一連の儀式について「平成の代替わりの式典は現行憲法下で十分に検討しており、
基本的な考え方や内容は踏襲すべきだ」
「憲法の整合性と皇室の伝統の二つの観点を踏まえ検討すべきだ」などの意見があがった。
皇太子さまの「即位の礼」と、天皇が一代に1回限り行う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」は
一定の期間を空けて余裕のある日程を組むべきだとの発言もあった。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25733600W8A110C1CR0000/

退位後の仮住まい、両陛下が視察
毎日新聞2018年1月19日 13時45分(最終更新 1月19日 14時03分)
天皇、皇后両陛下は19日、来年4月末の退位後に、両陛下の仮住まいとなる
東京都港区高輪の旧高松宮邸(高輪皇族邸)を視察された。間取りや改修工事を行う場所の確認などが目的。
陛下は退位後、皇后さまとともに皇居・御所(千代田区千代田)から東宮御所(港区元赤坂)に転居し、
皇太子ご一家と住まいを入れ替わる。御所と東宮御所は陛下の退位後、改修工事に着手するため、
両陛下は工事完了までの間は旧高松宮邸に仮住まいする。
旧高松宮邸は、陛下の叔父にあたる高松宮さまと高松宮妃喜久子さまの住まいだったが、
2004年12月に喜久子さまが亡くなってからは無人で、「高輪皇族邸」として宮内庁が管理している。
同庁によると、両陛下が旧高松宮邸に転居する時期は未定だが、退位前には工事などを終えることにしている。
【高島博之】
https://mainichi.jp/articles/20180119/k00/00e/040/280000c

2018.1.21 05:00
譲位後、両陛下は園遊会に出席されず 宮中晩餐会、歌会始も
天皇、皇后が各界で活躍した人々を慰労、激励する春秋恒例の「園遊会」について、
天皇陛下が来年4月30日に譲位し、天皇、皇后両陛下がそれぞれ上皇、上皇后となって以降は
出席されない見通しであることが20日、宮内庁関係者への取材で分かった。
日本に招待された国賓を皇族とともにもてなす「宮中晩餐(ばんさん)会」への出席も見送られる。
いずれも新天皇と新皇后が主催する行事であることに加え、
上皇と天皇が並び立つ「二重権威」を避ける意味合いがある。
宮内庁はこれまで、譲位後の両陛下の具体的なご活動について明言しておらず、
その方向性が明らかになるのは初めて。
東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれる園遊会には両陛下が毎回、各界で活躍した2千人余りをご招待。
両陛下を先頭に皇族方が招待者に声をかけられる。来年5月1日の皇太子さまの即位後は
新天皇、新皇后となる皇太子ご夫妻が主催者を務められるため、
こうした状況下で、上皇、上皇后が出席されることは
「権威の二重性につながるのではないか」との指摘があった。
宮中晩餐会も出席されない方向で調整が進められる。宮内庁は上皇、上皇后のご活動について、私的な旅行、
海外の賓客や文化人との面会、展覧会や音楽会への出席などを想定。
「国賓側が晩餐会に上皇、上皇后のご出席を求めるようなことは、外交儀礼上ない」(宮内庁幹部)とされ、
親交の深い国賓は宮中晩餐会とは別に懇談などの場が設けられるとみられる。
同様の理由で、歌会始の儀や新天皇の誕生日の一般参賀にも出席しない見込みだが、
天皇、皇后と他の皇族が参賀者に応える「新年一般参賀」については、
園遊会や宮中晩餐会などとは性格が異なるとして、上皇、上皇后のお出ましが検討されている。
http://www.sankei.com/life/news/180121/lif1801210006-n1.html

2018.2.20 12:04
【天皇陛下譲位】平成31年4月30日に退位礼正殿の儀 秋篠宮さまは32年に「立皇嗣の礼」
政府は20日午前、首相官邸で天皇陛下の譲位と皇太子さまの即位に伴う式典準備委員会の第2回会合を開き、
陛下が譲位される事実を広く国民に明らかにし、陛下が最後に国民の代表に会われるための式典として
「退位礼正殿の儀」を平成31年4月30日に行うことを決めた。
憲法7条に基づき、内閣の助言と承認によって行う国事行為とする。
陛下のご在位30周年記念式典を同年2月24日に東京都千代田区の国立劇場で開催することも決定した。
会合では、同年5月1日の皇太子さまの即位に伴って秋篠宮さまが皇嗣となられたことを示す儀式を
「立皇嗣の礼」とすることも決めた。翌32年に国事行為として実施する方針だ。
首相官邸のホームページで公開された「退位礼正殿の儀」の次第概要によると、
首相は皇室典範特例法によって陛下が皇位を退かれることを申し上げ、陛下に感謝を述べる。
また、陛下から国民に対してお言葉を賜ることとする。
儀式の参列者は首相や閣僚などのほか、三権の長や都道府県知事や
県議会議長、市町村長らとその配偶者が対象となる。
政府は今年3月にもう一度、式典準備委の会合を開いた上で基本方針をまとめる。
http://www.sankei.com/life/news/180220/lif1802200021-n1.html

上皇、天皇と同等の位置付け 「退位の礼」政令決定
毎日新聞2018年3月6日 18時58分(最終更新 3月6日 23時26分)
政府は6日、天皇陛下が退位される際に「退位の礼」を行うとする政令を閣議決定した。
天皇、皇后両陛下が退位後に上皇と上皇后に就いた後の関連規定も整理した。
法的には皇室は、「天皇」とそれ以外の「皇族」に区分されてきたが、
明治以降で初めてとなる上皇は、基本的に天皇と同等と位置付けた。
退位の儀式は皇室典範などに法的な定めがなく、
退位特例法施行日の2019年4月30日に合わせて根拠となる政令を施行する。
上皇、上皇后は、天皇家と生計を同じくする「内廷皇族」とし、生活費は内廷費(年3億2400万円)から支出。
代替わり後の内廷皇族の人数は両陛下と新天皇ご一家の5人で変わらないため、退位後も品格を保てる。
国会の議決の必要がない財産授受の限度額は他の皇族より高くし、贈与年1800万円、
譲り受け年600万円までとした。海外からの贈答品など輸入物品の関税を免除するなど天皇と同様にした。
皇宮警察の警備や政府専用機の利用は、天皇や他の皇族と同様とする。
上皇后の扱いは皇太后の例にならう。天皇が病気などになった際、
上皇后は他の成年皇族と同じように国事行為の臨時代行に就ける規定を政令で加えた。
皇室典範に規定がある摂政、皇室会議議員に就けることは特例法で既に定めている。
一方で上皇は象徴の二重性の問題が生じないよう公務から完全に引退するため、
摂政、臨時代行、皇室会議議員に就けないと特例法で定めている。【野口武則】
 ■整理された上皇の位置付け
【天皇と同様】
・敬称は「陛下」
・葬儀は「大喪の礼」、墓所は「陵」
・生活費は天皇家と生計を同じくする内廷費で賄う
【天皇や皇族と同様】
・皇宮警察が警備を担う
・政府専用機を使用できる
【皇族と異なる点】
再即位できない。摂政、臨時代行、皇室会議議員に就けない
(上皇后は摂政、臨時代行、皇室会議議員に就ける)
http://mainichi.jp/articles/20180307/k00/00m/010/054000c

2018.3.15 22:25
両陛下、高輪皇族邸を2度目のご視察 屋内運動場の新設は中止に
天皇、皇后両陛下は15日、来年4月30日の天皇陛下の譲位後に
仮住まいする高輪皇族邸(東京都港区、旧高松宮邸)を視察された。
宮内庁は当初、両陛下の屋内運動場と陛下の研究室を兼ねたプレハブを敷地内に新設する計画だったが、
両陛下が改修費を必要最小限に抑えることを望まれたため、この日の視察を受けて計画中止を決めた。
高輪皇族邸のご視察は1月以来2度目。宮内庁関係者によると、両陛下は午後3時50分ごろから約45分間滞在し、
改修計画の図面を見ながら改めて部屋の用途などを確認された。
出入りの際には、沿道に集まった近隣住民らに車の窓を開けて笑顔で手を振られた。
高輪皇族邸は平成30年度中に改修され、両陛下が東宮御所に引っ越すまでの間、最長で1年半過ごされる。
プレハブの新設取りやめで、改修費は数千万円節減される見込み。
http://www.sankei.com/life/news/180315/lif1803150052-n1.html

2018.3.22 19:12
共産・志位和夫委員長、国事行為による新天皇即位儀式に反対表明
共産党の志位和夫委員長は22日の記者会見で、新天皇即位に伴う「剣璽(けんじ)等承継の儀」などについて、
憲法の国民主権、政教分離の原則を厳格に守る観点から国事行為として実施することに反対の姿勢を示した。
志位氏は天皇陛下の譲位や即位の儀式について、各党の議論を踏まえて決定すべきだとも述べた。
これらの考えを党見解としてまとめ、穀田恵二国対委員長らが22日、
政府、衆参両院議長にそれぞれ申し入れた。
政府は一連の儀式について平成のお代替わりの例を踏襲する方針だが、
志位氏は「前回の儀式は明治の絶対主義的天皇制下での旧皇室典範と
(皇位継承に関する法令を定めた)登極令を踏まえたものだった」と述べた。
即位後に初めて三権の長らと会われる「即位後朝見の儀」や、
国内外に広く即位を宣明される「即位礼正殿の儀」についても「天皇家の私的行為として行うべきだ」と語った。
申し入れでは「提案は天皇制反対の立場ではなく、
憲法の原則にふさわしい行事にすべきという立場からのもの」とも付記した。
菅義偉官房長官は22日の記者会見で
「平成のお代替わりの例を踏襲することを基本として検討する」と重ねて述べた。
http://www.sankei.com/life/news/180322/lif1803220047-n1.html

政府、「女性宮家」腰重く=野党分裂で機運後退
高円宮家の三女絢子さまの婚約内定を受け、政界で、
皇族減少にどう対応するかの議論が再燃する可能性がある。
女性皇族が結婚後に皇室を離れる皇室典範の規定を維持すれば、皇室は公務の担い手不足に直面するためだ。
結婚後も皇籍に残れるようにする「女性宮家」創設に期待する声もあるが、
安倍政権は否定的で、創設に前向きだった野党の分裂もこの議論に影を落としている。
菅義偉官房長官は2日の記者会見で、皇族減少への対応について「いろんな意見があり、
国民のコンセンサスを得るには十分な分析と検討、慎重な手続きが必要だ」と述べるにとどめた。
昨年成立した天皇陛下の退位特例法の付帯決議には、退位後に速やかに女性宮家の創設を検討するよう
政府に求めると明記。政府内には、天皇が退位する来年4月30日以降に
検討組織か有識者会議を設置する案がある。
ただ、政権の腰は重く、政府関係者は「来年夏の参院選までに結論を示す必要はない」と話す。
女性宮家に関しては、保守派が「女性・女系天皇に道を開きかねない」と警戒し、安倍晋三首相も否定的。
このため、政府内で検討する場合でも、女性皇族が結婚後も公務を継続できるようにする案などに
とどまるとみられる。
一方、女性宮家創設に前向きだった民進党が分裂したこともあり、与野党による議論の機運は後退している。
旗振り役だった野田佳彦前首相は無所属となり、発言力が低下している。(2018/07/02-18:53)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018070201039&g=soc

両陛下の仮住まいの改修費削減
意向受け宮内庁が、3億円減に
宮内庁は6日、天皇陛下が退位後、皇后さまと共に仮住まいされる東京都港区の
高輪皇族邸(旧高松宮邸)の改修費が、2018年度当初予算に計上された8億4千万円より約3億円少ない、
5億円台半ばにとどまる見通しになったと発表した。
「費用を極力節約したい」という天皇、皇后両陛下の意向に沿って、同庁が一部工事の見直しをした。
皇族邸の敷地内に予定していた運動や研究のための施設の建設計画を取りやめた。
両陛下は仮住まい中、皇居内の運動施設を訪れたり、
陛下のハゼの研究拠点で皇居内にある生物学研究所に足を運んだりする。
両陛下は皇族邸に最長で約1年半住む予定だ。
https://this.kiji.is/387887272194049121

2018年7月24日13時24分
菅義偉官房長官は24日午前の記者会見で、来春の天皇陛下の退位に伴う皇位継承の準備を進めるため、
来月1日に「皇位継承式典事務局」を設置すると発表した。
次官級の事務局長には、総務省の山崎重孝・自治行政局長をあてる。
計26人を専従として、一連の式典の円滑な実施をめざす。
政府は今秋、首相を長とする「式典委員会」と、官房長官を長とする「式典実施連絡本部」を立ち上げ、
退位と皇太子さまの新天皇即位の儀式の大綱を決定する方針だ。
事務局は両方の組織の下で、関係省庁との連絡調整などを担う。
秋篠宮さまが皇位継承順位第1位の皇嗣(こうし)となったことを
国内外に示す2020年の「立皇嗣の礼」を終えるまで、設置される見通しだ。
https://www.asahi.com/articles/ASL7S32Z7L7SULFA006.html

皇位継承へ準備加速、「式典事務局」が発足
2018年08月01日
来年4月30日の天皇陛下の退位と5月1日の皇太子さまの即位に伴う儀式の準備を行う
政府の「皇位継承式典事務局」が1日付で発足した。
事務局は内閣府と内閣官房の共同組織として設置され、事務局長、次長各1人、
参事官4人ら計26人態勢で始動した。次官級の事務局長には山崎重孝・前総務省自治行政局長が就任した。
菅官房長官は1日午前の記者会見で「事務局設置を機に皇位継承に伴う式典の諸準備を加速させ、
式典がつつがなく行われるよう準備していきたい」と述べた。
政府は今秋、儀式の詳細を検討する「式典委員会(仮称)」(委員長・首相)と、
省庁間の連絡調整にあたる「式典実施連絡本部(仮称)」(本部長・官房長官)を設ける方針だ。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180801-OYT1T50049.html

平成30年8月1日
皇位継承式典事務局看板掛け及び職員への訓示
平成30年8月1日、安倍総理は、皇位継承式典事務局の看板掛け及び職員への訓示を行いました。
総理は、訓示で次のように述べました。
「いよいよこの準備室、スタートするわけでございますが、一連のこの式典につきましては、
来年の今上陛下の御在位30年の記念式典がございます。
これがスタートとなり、そしてその後、退位の礼、即位の礼、
そして、再来年の文仁親王殿下の立皇嗣(りっこうし)の礼があるわけでございます。
こうした一連の式典につきましては、正に時代の節目を彩る国家的な式典となるわけでありまして、
来年の2月からスタートし、そして文仁親王殿下の立皇嗣の礼まで、
この2年間にわたって続くこの式典、極めて重要な期間となるわけでございます。
国民と、そして皇室の長いこの歴史と伝統に思いをはせながら国民の皆様がこぞって寿(ことほ)ぐような、
そして、世界中の人々から祝福されるような式典としていきたいと思いますので、
皆様方におかれましては、正にこの歴史的な、国家的な行事に当たって準備万端、
全力を尽くしていただくように、お願い申し上げたいと思います。」
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201808/01kunji.html

2018.8.1 21:47
【天皇陛下譲位】皇位継承式典事務局が発足 安倍晋三首相「準備万端、全力尽くして」 来年に向けて準備加速
政府は1日、来年の天皇陛下の譲位と皇太子さまの即位に伴って行われる一連の式典の準備作業を担う
「皇位継承式典事務局」を設置した。外務省も新天皇の即位を国内外に示す
「即位礼正殿の儀」(即位の礼)などに出席する外国賓客の受け入れや接遇を行うため、
「即位の礼準備事務局」を立ち上げた。政府は準備を加速する。
安倍晋三首相と菅義偉官房長官は同日、内閣府内の事務局前に看板を取り付けた。
首相は職員に「国民がこぞって寿ぎ、世界中の人々から祝福されるような式典としたい。
歴史的、国家的な行事に当たり、準備万端、全力を尽くしてほしい」と訓示した。
事務局は26人の専従職員からなり、事務局長には山崎重孝元内閣総務官が就任した。
政府は今秋に首相を委員長とする「式典委員会(仮称)」と、
官房長官を本部長とする「式典実施連絡本部(仮称)」を立ち上げる。
事務局は両組織の発足準備のほか、式典の実務も担う。
政府は今年4月、式典などの在り方を定めた基本方針を閣議決定した。
来年2月24日の陛下ご在位30年記念式典を皮切りに、4月30日に「退位礼正殿の儀」(退位の礼)、
5月1日に新天皇の即位に伴う「剣璽等承継の儀」や「即位後朝見の儀」を開催する。
即位の礼は10月22日となる。再来年には秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となられたことを
広く明らかにする儀式「立皇嗣の礼」が行われる。
各式典については今後、式典委員会が大綱などを策定するが、初めての退位の礼や、
30年ぶりの即位の礼などの準備に残された時間は多くない。
とりわけ、外国賓客の受け入れと接遇をめぐる相手国との調整は容易でない。
外務省によると、平成2年11月の即位の礼には約160カ国・機関から外国賓客が出席した。
うち約120カ国が首相級以上で、人数は約250人(配偶者含む)に上った。
その後、日本と外交関係を持つ国は195カ国に膨れ上がっており、
外務省の担当者は「想像を絶する規模の集まりになる」と話している。
http://www.sankei.com/life/news/180801/lif1808010034-n1.html

懲戒免除「あり得ぬ」=菅官房長官
菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で、2019年4~5月に予定される天皇陛下の退位と
皇太子さまの天皇即位に合わせた国家公務員の懲戒免除は行わない方針を明らかにした。
政府が検討を始めたとする毎日新聞報道について「あり得ない。明快に否定する」と述べた。
政府は皇位継承に合わせ、減刑をはじめとする恩赦の実施を検討中。
昭和天皇逝去時には恩赦とともに懲戒免除が行われている。
(2018/08/07-12:14)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018080700527&g=ryl

2018.8.21 07:00更新
両陛下の「儀装馬車」30年ぶり活用へ、秋から修復、代替わり後の伊勢神宮参拝でご使用か
ご成婚パレードや即位の礼後の伊勢神宮ご参拝。
天皇、皇后両陛下が重要な皇室行事で使われた「儀装(ぎそう)馬車」の修復が今秋にも始まる。
来年の代替わりに伴い、皇太子ご夫妻が新天皇、皇后として伊勢神宮参拝時に使用されることを想定。
実現すれば皇室の方を乗せた運行は約30年ぶりとなる。
昭和3年の製造から90年の歴史を誇る皇室の馬車。
昭和、平成を経て次代へと走り続ける。
【走る工芸品】
漆塗りの車体はえび茶色。胴部に菊葉と唐草の模様をあしらい、金色の菊紋章が中央に輝く。
「馬車は西洋のものだが、随所に日本文化が取り入れられている。“走る伝統工芸品”といってもいい」。
馬車を扱う宮内庁職員は誇らしげに語った。
宮内庁が管理する儀装馬車には4種類あり、それぞれ1号、2号、3号、4号と呼ばれる。
屋根に金色の鳳凰(ほうおう)を頂く神輿(みこし)のようなデザインの1号は、
昭和3年、昭和天皇が即位の礼の際に使用した。現在は馬車庫で保管されている。
一方、日常的に運行しているのは4号だ。新任の外国大使が天皇陛下にあいさつする
「信任状捧呈式(しんにんじょうほうていしき)」の送迎に使われている。
昨年12月、改修工事を終えた東京駅から10年ぶりに発着するようになり、観光客の視線を集めている。
【90年の歴史】
今回修復されるのは昭和3年製造の2号と3号。それぞれ両陛下と縁の深い馬車でもある。
2号は昭和34年、結婚の儀式後に両陛下が都内をパレードした際に使われた。
平成2年11月、即位の礼と大嘗祭(だいじょうさい)を終えた両陛下が伊勢神宮を参拝した際には、
参道で陛下が2号、皇后さまが3号に乗車された。長年保管し、メンテナンスを重ねてきた。
来年の代替わりが決まり、新天皇、皇后が伊勢神宮の参拝時に使用されることを想定し、
今年度予算に修復費を計上。2号は馬に取り付ける革製のベルト類を、
3号は御者台(ぎょしゃだい)の飾り布や幌(ほろ)などを修復し、本番に備える。
【パレードも可能】
自動車が普及した現代でも、世界の王室では重要儀式で馬車を使っている。
日本の皇室では、2年の即位の礼と5年の皇太子ご夫妻のご成婚の際にパレードが行われたが、
いずれもオープンカーだった。
来年の即位の礼で政府は、国事行為「祝賀御列(おんれつ)の儀」としてパレードを実施するが、
宮内庁が管理していたオープンカーは一時抹消登録をしている。
再び修理して使うのか、新たに購入するのかなど方針は未定だ。
宮内庁内には馬車によるパレードの可能性を探る声もある。
警察関係者は「警備上の理由で馬車が全く使えないということはない」と指摘。
宮内庁車馬課幹部は「日頃から準備しており、仮にそうなっても問題はない」と話している。
https://www.sankei.com/life/news/180821/lif1808210002-n1.html

大嘗祭「公費支出避けるべきでは」秋篠宮さまが懸念
毎日新聞2018年8月25日 06時30分(最終更新 8月25日 06時30分)
来年5月に即位する新天皇が五穀豊穣(ほうじょう)を祈る皇室の行事
「大嘗祭(だいじょうさい)」について、秋篠宮さまが
「皇室祭祀(さいし)に公費を支出することは避けるべきではないか」との懸念を
宮内庁幹部に伝えられていることが関係者への取材で判明した。
大嘗祭は来年11月14日から15日にかけて皇居・東御苑での開催が想定されている。
政府は来年度予算案に費用を盛り込む。
宗教色が強い大嘗祭に公費を支出することには、憲法で定める政教分離原則に反するとの指摘がある。
政府は今年3月に決定した皇位継承の儀式に関する基本方針で、
「宗教的性格を有することは否定できない」としながらも、
「皇位が世襲であることに伴う重要儀式で公的性格がある」と位置付けた。
費用は平成の代替わりの際と同様、皇室行事として公費である皇室の宮廷費から支出する。
平成の大嘗祭では、中心的な行事「大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀」の祭場建設のための
約14億円を含めて費用は総額約22億5000万円に上った。
関係者によると、同程度の儀式を行った場合、物価の変動などを考慮すると、費用は大幅に増える可能性がある。
通常の皇室祭祀は、天皇、皇后両陛下と皇太子ご一家の私的生活費である内廷費で賄われる。
これに対して、皇室の公的活動は宮廷費から支出される。
政府は大嘗祭について宮廷費で予算措置を講じる方針だが、
秋篠宮さまは宮内庁幹部に対して多額の宮廷費が使われることへの懸念を示したうえで
「内廷費で挙行できる規模にできないだろうか」とも話しているという。
今年度の内廷費は3億2400万円だった。
秋篠宮さまは、新天皇が即位すると、皇位継承順位第1位の皇嗣となる。
同庁幹部は秋篠宮さまの懸念について、毎日新聞の取材に「承知していない」としている。
皇室祭祀などに詳しい宗教学者の島薗進・上智大学教授は
「皇嗣となる方の素直な意見として歓迎したい。大嘗祭に公的な費用が使われることは、
国の宗教的な活動を禁じる憲法20条に抵触する恐れがあり、本来好ましくない。
政府は多様な意見を踏まえて、慎重に皇位継承儀式を進めてほしい」と話している。
http://mainichi.jp/articles/20180825/k00/00m/040/169000c

即位関連で19億円計上=36人増員-宮内庁概算要求
宮内庁は30日、来年度予算の概算要求を発表し、即位関連費用として19億1600万円を計上した。
代替わりに伴う御所の工事や、上皇職や皇嗣職新設による人件費が中心。
ただ、大嘗祭など儀式関連の費用はまだ確定していないため、金額を明示しない「事項要求」とした。
関連費の主な内容は、御所の給排水機械交換費として7億9400万円、
老朽化し手狭となっている秋篠宮邸の増築改修工事費として2億3100万円。
秋篠宮邸は、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となることに伴い
公務スペースの拡充も必要なことから、3年間をかけ隣接する赤坂東邸と一体活用できるよう
整備する方針で、現在の計画では費用として33億円程度を見込んでいる。 
一方、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴う側近などの体制整備のため、
36人の増員を要求し、その人件費として2億9100万円を計上した。
新天皇即位後の側近などの体制は、上皇職65人、侍従職75人、皇嗣職51人とした。
(2018/08/31-05:42)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018083100192&g=ryl

「立皇嗣の礼」は再来年4月に
2018年10月10日 4時30分皇室
天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴って、
秋篠宮さまが、皇位継承順位1位を意味する「皇嗣」になられることを広く国民に明らかにする
「立皇嗣の礼」について、再来年4月に行われる方向で調整が進められていることがわかりました。
来年春の天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に向けて、政府は、ことし4月、
一連の退位や即位の儀式に加え、秋篠宮さまが皇位継承順位1位を意味する「皇嗣」になられることを
広く国民に明らかにする「立皇嗣の礼」を、憲法で定める国事行為として行うことを決めています。
関係者によりますと、「立皇嗣の礼」の時期などについて、
内閣官房や儀式の事務を担う宮内庁などで検討した結果、
来年10月に皇太子さまが即位を内外に宣明する「即位礼正殿の儀」に臨まれてから
およそ半年後の再来年4月、皇居・宮殿の「松の間」などで行う方向となり、
調整が進められているということです。
退位や即位に伴う式典を円滑に実施するため、政府は、12日にも総理大臣を委員長とする
「式典委員会」の初会合を開く見通しで、宮内庁も「大礼委員会」を設けて検討を進め、
「立皇嗣の礼」の期日や次第についても決められていくことになります。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181010/k10011665331000.html

「立皇嗣の礼」再来年4月で調整
2018.10.10 12:26
来年5月の皇太子さまの即位に伴い、皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」となられる
秋篠宮さまの立場を国内外に示す儀式「立皇嗣(りっこうし)の礼」について、
再来年4月に執り行う方向で調整が進められていることが10日、関係者への取材で分かった。
立皇嗣の礼は内閣の助言と承認が必要な国事行為とすることがすでに決まっており、
近く初会合が開かれる見通しの政府の「式典委員会」で期日や次第などを決定する。
政府は今年4月、陛下の譲位と皇太子さまの即位に伴う式典などの在り方を定めた
基本方針を閣議決定。来年4月30日に「退位礼正殿の儀」(退位の礼)、
5月1日に皇太子さまの即位に伴う「剣璽(けんじ)等承継の儀」や「即位後朝見(ちょうけん)の儀」を開催し、
皇太子さまの即位を国内外に示す「即位礼正殿の儀」(即位の礼)は10月22日に執り行うことが決まった。
「立皇嗣の礼」については平成32(2020)年としていたが、
関係者によると、即位関連の儀式が落ち着いた後のできるだけ早い時期として、
同4月に行う案が有力視されているという。
「立皇嗣の礼」は歴代皇太子が臨んできた「立太子の礼」に倣(なら)った儀式。
皇太子さまの立太子の礼は、陛下の即位から約2年後の3年2月23日に執り行われた。
https://www.sankei.com/life/news/181010/lif1810100014-n1.html

立皇嗣の礼、20年4月19日=来年4月下旬から10連休
政府は12日午前の閣議で、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴う一連の儀式を
統括する式典委員会を内閣に設置することを決めた。直ちに初会合が開かれ、
秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となったことを広く国民に示す儀式
「立皇嗣の礼」を2020年4月19日に行うことを決めた。
委員長を務める安倍晋三首相は19年に限り、皇太子さまが即位される5月1日と、
新天皇即位を公に示す「即位礼正殿の儀」が行われる10月22日を祝日とする方針を
明らかにした。祝日法が改正されれば、来年は4月27日から5月6日まで10連休が実現する。
(2018/10/12-11:07)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101200371&g=soc

饗宴の儀、「立食形式で」=回数削減へ宮内庁要望
2018年10月12日17時26分
天皇陛下の退位と皇太子さまの新天皇即位に伴う儀式を統括する内閣の式典委員会が
12日開いた初会合で、山本信一郎宮内庁長官が2019年10月22日以降行われる「饗宴の儀」について、
立食形式を検討するよう要望したことが分かった。
前回の着席形式に比べ、一度に多くの人が出席でき、回数削減につながる可能性があるという。
政府関係者が明らかにした。前回の饗宴の儀は1990年11月12日から4日間にわたり計7回実施。
約2900人が出席し、いずれも着席形式で行われた。
https://www.jiji.com/sp/article?k=2018101200947&g=ryl

「即位礼正殿の儀」招待者削減の方向で検討
2018年10月22日12:37
新天皇が即位を宣言する「即位礼正殿の儀」まであと1年。
政府が招待者の日本人に同伴する配偶者を削減する方向で検討していることがわかった。
来年の10月22日、皇太子さまは「即位礼正殿の儀」で即位を宣言され、
政府は現在、式典の経費を来年度予算案に反映させるため、招待者の検討を進めている。
前回は、外国元首や地方自治体関係者ら約2500人が招待された。
関係者によると、政府は一連の儀式を簡素化する方針のもと招待者を前回より減らしたい考えだが、
国交を結ぶ国が増加し、前回の基準で選ぶと2800人を超えるため、
日本人に同伴する配偶者の招待を削減する方向で検討しているという。
http://www.news24.jp/articles/2018/10/22/07407308.html

占い儀式のカメ甲羅確保…宮内庁、大嘗祭へ準備
11/01 09:27
来年5月1日の天皇の代替わりまであと半年。
宮内庁では皇位継承に伴う皇室の儀式「大嘗祭」の準備が進んでいる。
代替わり直後にカメの甲羅を使う占いの儀式を控えており、東京・小笠原で希少なアオウミガメの甲羅を確保した。
年度内に加工を終えるため、近く委託業者を選定する。
占いの儀式は来年5月にも行われる「斎田点定の儀」。カメの甲羅を焼き、
ひび割れの具合をみる古来の占い「亀卜」で、
同11月に皇居で行われる大嘗祭の中心儀式「大嘗宮の儀」に使う新穀を収穫する都道府県を東西から一つずつ選ぶ。
亀卜は大宝律令が制定された701年には行われていたという。
宮内庁は天皇陛下の退位日が決定した昨年12月にはウミガメ保護・研究の拠点がある東京都小笠原村に協力を依頼。
今年春に捕獲されたアオウミガメ8頭分の甲羅を確保した。
アオウミガメの甲羅は1987年にワシントン条約で輸入が禁止され、
各自治体では捕獲の規制が進むが、村の担当者は「長年の保護活動で産卵数が増加傾向にあり、
皇室行事への提供も理解が得られると判断した」と説明する。
62年ぶりとなった90年の大嘗祭では同庁職員らが甲羅探しに奔走。
小笠原村でようやく確保したが、元職員三木善明さん(70)は
「昭和天皇の崩御に伴う代替わりで表立った準備ができず、綱渡りだった」と振り返る。
同庁が「斎田点定の儀」の約1年半前から動き出したのは、このときの経験があったためだ。
今後は亀卜に使う甲羅を加工する段階に移る。同庁が業者を選定するが、熟練の技術が必要だ。
平成の大嘗祭で加工に携わった元べっ甲職人高橋秀治さん(56)は
「甲羅を極限まで薄くする必要があった」と明かす。
亀卜でヒビが入りやすいよう、厚さ1ミリ程度にまで削るよう求められた。
高橋さんは1928年の昭和の大嘗祭を経験した職人から古来の技を学び、
約1か月かけて将棋の駒の形(縦24センチ、横15センチ)の甲羅を完成させた。
職人は辞めて現在は会社員だが、「求められれば伝統技術の継承に協力したい」と話している。
◆大嘗祭=新天皇が五穀豊穣と国家の安寧を祈る儀式。天皇が一代一度だけ臨む。
初例は7世紀後半の天武天皇とされる。
宗教的性格が濃いため、国事行為の「即位の礼」とは別に、皇室の行事として行われる。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181101-OYT1T50017/

女性宮家、結論急がず=保守層に配慮、安倍首相「慎重」―政府
女性皇族が結婚後も皇室に残れるようにする「女性宮家」創設について、
政府は具体的な検討の着手を来年5月1日の新天皇即位後に先送りし、結論を急がない方針を固めた。
複数の政府関係者が4日までに明らかにした。創設に反対する保守層への配慮が背景にあり、
事実上たなざらしになる可能性がある。
安倍晋三首相は各党代表質問が行われた10月30日の衆院本会議で、
野田佳彦前首相(無所属の会)が女性宮家の検討を急ぐよう求めたのに対し、
「さまざまな考え方があり、国民のコンセンサスを得るには十分な分析、検討と慎重な手続きが必要だ」と答弁。
従来の安倍政権の立場を改めて示すにとどめた。
首相が慎重な姿勢を崩さないのは、自らを支持する保守派に
「将来の女性・女系天皇への布石になりかねない」との警戒感が強いためだ。
そもそも首相自身が過去、女性宮家に否定的な考えを周囲に漏らしている。
こうした状況に、政府内では「国民的な合意を形成するのは困難」との声が大勢だ。
ある首相官邸関係者は取材に「事務的にはいろいろ検討しているが、結論は急がない」と明言。
当面、代替わりに伴う式典準備に専念する方針も明かした。
ただ、女性宮家創設が議論されるきっかけとなった皇族の減少は対応が急務だ。
皇室典範は「皇族女子は、天皇および皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」と規定しており、
10月29日に結婚した高円宮家の三女絢子さんは皇籍を離れた。
今後も女性皇族の結婚が続けば、皇室の活動を縮小せざるを得なくなる。
昨年6月に成立した天皇陛下の退位特例法の付帯決議は、当時の民進党の主張を踏まえ、
「皇位の安定継承」とともに「女性宮家の創設等」を退位後に速やかに検討し、
国会に報告するよう政府に求める一文を盛り込んだ。
期限を区切っていないとはいえ、結論を急がないとする今回の方針に野党側から批判も出そうだ。
(2018/11/04-14:23)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018110400266&g=ryl

新天皇パレードは国産で…ロールスロイス走れず
2018年11月19日 09時46分
政府は、皇太子さまの即位を内外に示す来年秋の「即位礼正殿の儀」当日のパレードで使うオープンカーを、
国内自動車メーカーに新たに発注する方針を固めた。
新しい天皇、皇后両陛下が国民の祝福を受けるパレード「祝賀御列の儀」は、
来年10月22日に予定される正殿の儀終了後、皇居から東宮御所(東京・元赤坂)まで行われる。
平成の代替わりに伴う1990年のパレードでは、
政府が英国車ロールス・ロイスの黒いオープンカーを約4000万円で購入。
93年の皇太子ご夫妻の結婚パレードでも使われた。
だが、年式が古くなり、現在は走行不能の状態だ。
「車の登録を抹消して参考用として保存している」(宮内庁)という。
政府は英国車の修理も検討したが、費用がかさむことが分かり、新たに購入する方が望ましいと判断した。
発注先のメーカーは今後、検討する。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20181118-OYT1T50123.html

饗宴の儀、2600人招待…来年10月に4回
2018年11月20日
政府は20日、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に伴う儀式の詳細を検討する
「式典委員会」(委員長・安倍首相)の第2回会合を首相官邸で開いた。
来秋、参列者を招いて即位を祝う「饗宴きょうえんの儀」の参列者数や回数を決めた。
祝賀パレードで使う車は、国産のオープンカーを新たに購入する方向だ。
饗宴の儀は、即位を内外に示す「即位礼正殿そくいれいせいでんの儀」が行われる来年10月22日以降に開かれる。
平成への代替わりでは、1990年11月12日から4日間にわたり計7回開催した。
全て着席形式とし、招待者3400人のうち約2900人が出席した。
式典委はこの日、饗宴の儀の概要を決めた。即位礼正殿の儀が行われる来年10月22日をはじめ
25日、29日、31日の4日間で計4回行う。前回に比べ、3回減らしたうえで、招待者も2600人に削減する。
新しい天皇、皇后両陛下の負担を考慮し、4回のうち、着席形式を2回、立食形式を2回とする。
https://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181120-OYT1T50053.html

「大嘗宮の儀」に招待、700人
来年11月、平成より200人減
2018/11/20 18:12
©一般社団法人共同通信社
来年の天皇代替わりに伴って行われる儀式や祭祀の細部を詰める宮内庁の「大礼委員会」は20日、
第2回会合を開き、来年11月14~15日に実施される代替わりの重要祭祀「大嘗祭」の中心儀式である「大嘗宮の儀」に、
前回より約200人少ない700人程度を招待することを決めた。
大嘗宮の儀の後、皇居・宮殿で新天皇が参列者と酒食を共にする「大饗の儀」は、同月16日と18日の2回となった。
天皇陛下が来年3~4月、三重県伊勢市の伊勢神宮や奈良県橿原市の神武天皇陵、
東京都八王子市の昭和天皇陵に参拝、退位することを自ら報告することも決まった。
https://this.kiji.is/437539823432877153?c=39546741839462401

両陛下、4月に伊勢神宮へ=退位・即位の皇室行事決まる-宮内庁
宮内庁は20日、大礼委員会の第2回会合を開き、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位に関する皇室行事の日程を決めた。
江戸時代後期以来約200年ぶりとなる退位に関する皇室行事を新設。
来年4月末に退位を控えた天皇陛下は皇后さまと同3月に神武天皇陵(奈良県)を、
同4月に伊勢神宮(三重県)と昭和天皇陵(東京都)を参拝される。
新天皇即位後の来年11月14、15日に開かれる大嘗祭の招待者数は、936人だった前回から絞り約700人とする。
大嘗祭後の「大饗の儀」は新天皇、皇后の負担を考慮し、同16、18日と1日空けて実施する。
大嘗祭で使う大嘗宮は皇居・東御苑の本丸地区に造営するが、二の丸、三の丸地区の一般公開は続ける。
宮内庁は前回1990年の即位に関する皇室行事などを参考に、退位に関する皇室行事を新設した。
今回の日程には入らなかったが、両陛下は前四代天皇陵のうち、
昭和を除く孝明、明治、大正の各天皇陵を退位後に参拝する。(2018/11/20-18:36)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018112000998&g=ryl

「饗宴の儀」は「最少」の案に 新天皇、皇后のご負担軽減に最大限配慮
2018.11.20 18:31
来春の皇位継承儀式のあり方を検討する政府の式典委員会は20日、
国内外の賓客を招いて皇太子さまのご即位を祝う「饗宴(きょうえん)の儀」の形式を決めた。
儀式の開催を1日1回とした上で日程に余裕を持たせ、招待者も平成の代替わりから800人削減する。
宮内庁側の要望もあり、新天皇、皇后のご負担軽減に最大限配慮した形で決着した。
饗宴の儀については、式典委事務局が示した3つの案のうち、
回数、招待者ともに最少の4回(着席2回、立食2回)、2600人とすることが決定。
平成の代替わりの7回、3400人から大幅に縮減される。
立食形式の導入は前回会合で、宮内庁の山本信一郎長官が発案していた。
この日の会合では、山本氏が儀式の簡素化を求めるこれまでの議論を踏まえ
「招待者数は平成の代替わりから削減するべきだ」と決定案を支持。
新天皇、皇后が饗宴の儀に先立ち、即位礼正殿の儀、祝賀御列の儀などの
重要行事に臨まれるとした上で具体的な日程案を示し、了承された。
日程は平成の代替わりが4日間連続で、うち3日間が昼夜2回だったのに対し、
1日1回で1~3日間の間隔を空けるようにした。
宮内庁関係者は「特に療養中の皇太子妃雅子さまのご体調を考慮すれば、1日1回とし、
余裕を持った日程にすることは通したい部分だった」と明かした。
https://www.sankei.com/life/news/181120/lif1811200041-n1.html

公務を秋篠宮さまら分担、継承へ
新天皇も一部続ける方針
2018/11/21 18:40
皇太子さまが、毎年恒例で取り組んできた七つの重要地方公務のうち、代替わり後は、
高校総体を皇位継承順1位の「皇嗣」となる秋篠宮さまが、
全国農業担い手サミットを寛仁親王妃信子さまがそれぞれ分担して継承される方向で調整が進められていることが
21日、政府関係者への取材で分かった。残りの一部は新天皇となった皇太子さまが引き続き担う。
皇族が減少する中、天皇代替わり後、皇太子さまが臨んできた公務をどう分担するかが課題となっており、
その一端が初めて明らかになった。
皇太子さまは即位後、天皇陛下が皇后さまと共に毎年恒例で臨んできた活動を引き継ぐことが決まっている。
https://this.kiji.is/437890387488506977

新天皇即位の「祝日」全国民に求めず 政府が答弁書
2018.12.7 12:46
政府は7日の閣議で、皇太子さまが新天皇に即位される来年5月1日を一回限りの祝日とする特別法に関し、
4月27日からの10連休を全ての国民に求めたものではないとの答弁書を決定した。
自由党の山本太郎氏が質問主意書で祝日法の「こぞって祝う」との文言を踏まえ
「祝日法は、全国民に同じ行動を求めているとの理解で良いか」とただしたのに答えた。
答弁書で「祝日法の『こぞって』の文言を根拠として、休日とすることを全国民に求めているものではない。
当該期間を休日とすることを推奨するものではない」とした。
https://www.sankei.com/life/news/181207/lif1812070024-n1.html

大嘗祭の経費削減に苦心 宮内庁
2018.12.21 10:57
皇位継承に伴い、来年11月に行われる「大嘗祭(だいじょうさい)」について、
宮内庁は新天皇の一世一度の重要儀式であることを大前提に、経費削減の検討を綿密に重ねた。
人件費の高騰などで平成に比べ増額を避けられなかったが、国民の負担を抑えるための苦労がにじんだ。
大嘗祭の経費の約7割を占めるのが、中心儀式を行う「大嘗宮」の設営費。
この30年間で人件費が1・3~1・8倍、建築資材費が1・2倍に膨らみ、
平成と同規模の場合、25億円程度に達する試算が出たが、実際には19億円に抑えた。
具体的には、大嘗宮を構成する大小約30棟の建物の工法・資材などの見直しに着手。
皇族や一般の招待者が着席する建物を人数相応に縮小するほか、別の一部建物をプレハブに変更するなどで節約した。
削減対象は、宴席の「大饗(だいきょう)の儀」で使う食器にも及び、土器を紙製にするという。
一連の儀式で身につける装束は、新天皇、皇后、皇嗣(こうし)、皇嗣妃が大部分を新調する一方、
その他の皇族は可能な限り平成のものを再利用。
職員分も約8割を再利用するなど全体で1億6千万円抑制する。
儀式の終了後、前回以上に資材の再利用の道も模索する。
秋篠宮さまは11月の記者会見で大嘗祭の国費負担に異論を唱え、「身の丈にあった儀式」をご要望。
天皇陛下、皇太子さまも国民負担を極力抑えるよう望まれており、
宮内庁幹部は「皇室の伝統を尊重して行うことを第一に、徹底的に見直した」と理解を求めた。
https://www.sankei.com/life/news/181221/lif1812210027-n1.html

皇嗣職、「侍従」「女官」使わず=宮務官に統一-宮内庁
2018年12月21日10時33分
宮内庁は21日付で、来年5月の新天皇即位に伴い新設される上皇職と皇嗣職の職名を明らかにした。
皇位継承順位1位の秋篠宮さまを支える皇嗣職は、皇嗣職大夫をトップに、
東宮侍従長に相当する皇嗣職宮務官長、皇嗣職侍医長、
東宮侍従と東宮女官などに相当する皇嗣職宮務官、皇嗣職侍医の体制。
皇太子ご一家を支える東宮職で男性に使っていた「侍従」、女性の「女官」の職名を統一した。
東宮職では、東宮侍従が主に皇太子さま、東宮女官が雅子さまを担当している。
宮内庁は皇嗣職で侍従や女官の名称を使わない理由について、
「秋篠宮家では1990年の創設以来、ご夫妻の区別なく業務の性質に応じて役割を分担しており、
一つの官職とした方が効率的な事務が行える」と説明した。
退位後の天皇、皇后両陛下を支える上皇職の体制は、上皇侍従長をトップに、上皇侍従次長、上皇女官長、
上皇侍医長、上皇侍従、上皇女官、上皇侍医で、現在の職名に「上皇」が付く形となる。
皇位継承後の上皇職の人数は65人、侍従職は75人、皇嗣職は51人。
東宮職は皇太子さまの新天皇即位に伴い廃止される。
(2018/12/21-10:33)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018122105067&g=soc

即位パレードのオープンカーに8000万円
毎日新聞2018年12月21日 10時33分(最終更新 12月21日 10時41分)
政府は21日、来年の皇位継承儀式の一環として
来年10月22日に行うパレード「祝賀御列の儀」で使う車の調達経費について、総額8000万円に上る見通しを明らかにした。
国産メーカーから新たに購入する方針で、今年度第2次補正予算案に設計費などとして1400万円、
来年度予算案に製造・購入費などで6600万円をそれぞれ計上する。
車については、11月の式典委員会で、安全・環境性能に優れたオープンカーとすることを決めていた。
オープンカーではない車種を改造する可能性があるほか、
天皇旗や菊の紋章の取り付けなど通常とは異なる変更が必要なため、設計から製造も含めて計上する。
昭和から平成に代替わりした際の1990年11月の祝賀御列の儀の際は、
90年度予算に諸経費を含め4700万円を計上し、英ロールスロイス社製のオープンカーを購入した。
このオープンカーは93年6月の皇太子ご夫妻の結婚パレードでも使われたが、老朽化が進み、07年に廃車になっていた。
今回購入する車は、20年東京五輪・パラリンピック後のパレードで活用することも検討する。【野間口陽】
https://mainichi.jp/articles/20181221/k00/00m/010/046000c