愛子天皇は是か非か

【”愛子天皇”は是か非か】
12月1日、愛子さまは18歳の誕生日を迎えられた。
成年皇族になられるまであと2年と迫ったいま、皇位継承をめぐる議論が本格化しようとしている。
最大の焦点は「女性天皇」「女系天皇」を認めるか否かだ。
最近の各メディアの世論調査では、「愛子天皇」を可能とする「女性」天皇について、
賛成意見が大勢を占めている。
一方、伝統を重視する保守派はこれまで通りの「男系男子」による皇位継承を主張し、
母方から天皇の血筋を引く前例のない「女系」天皇容認論に警戒感を強めている。
あくまで”応急処置”的だが、皇族数の減少を食い止める策として、
女性皇族が結婚後も皇族にとどまる「女性宮家」も検討課題に上がっている。
この皇位継承の問題をどのように捉えていけばよいのか。政府や与野党幹部からの発言も続く中、
「週刊文春デジタル」では、各界の識者に連続インタビューを行った。


「悠仁さまを”差し置く”ことで起こる順位逆転の危険性」
令和皇室、最大の”宿題”をどう考えるか
櫻井 よしこ
https://bunshun.jp/articles/-/15727

私の立場は、女系天皇と女性宮家の創設には反対、何らかの形での旧宮家の皇籍復帰は賛成、というものです。
10月22日に宮中で行なわれた、即位礼正殿の儀にお招きいただきました。
わが国の歴史の深さを感じさせる素晴らしい式典でした。天皇陛下もご立派なお姿でした。
2千人の招待客のうち、4百人ほどが外国の王族や元首でしたが、みなさん感じ入った様子でご覧になっていました。
皇室の伝統が長く保たれてきたことは、国民として本当に幸せですし、日本が誇るべき宝物だと実感しました。
ご即位に関する儀式の一部を拝見しただけですが、それでも深い感銘を受けました。
皇室や天皇陛下は、なぜ尊敬や憧憬の対象となっているのでしょうか。
見た目がよいからでもなく、スポーツなどの一芸に秀でているからでもなく、
ノーベル賞を取るような才能をおもちだからでもありません。
個人の個性や能力を超えた次元で、お血筋を継いでいらっしゃるためでしょう。
国民の幸せと、国家の安寧のために、さらに世界の平和のために祈り、
言葉だけでなく行動でもお示しになってきたのが、歴代の天皇です。
そのような価値観を、政治的権力とは無縁のお立場でずっと引き継いでこられた。
そうした歴代天皇が同じお血筋で連綿とつながっています。
第16代の仁徳天皇は、民のかまどから炊煙が上がらないのに気づいて、3年間の無税と労役免除をお命じになった。
お住まいの屋根が壊れても、修理をなさらなかった。
さらに3年待って、民のかまどから煙が立ち上るのを見て、
「民の豊かさは朕の豊かさ、民の貧しさは朕の貧しさ」とおっしゃったといいます。
国民と国家の安寧のために祈る純粋無垢な存在として、
126代も男系男子で続いてきた万世一系の天皇の歴史を、無条件で私たちはありがたいと感じ、
一度も断絶することなく受け継がれてきたお血筋だからこそ、皆が納得するのではないでしょうか。

なぜ女系天皇ではいけないのか
女性天皇は過去に10代8方の前例があります。
前例もありますから受け入れてもよいかしらと私は考えていましたが、よくよく状況を知ってみて考え直しました。
たとえば推古天皇はなぜ、女性でありながら天皇となられたのか。
男系男子がいなかったからではなく、逆に多すぎてどなたを天皇にすべきか
――当時は現在のような明確な決まりがありませんでしたから――
争いが起きそうになって誰も反対できなかった皇后が即位したのです。
男系男子が多くいらした当時と現在は正反対です。
男系男子が少ない現在、女性天皇を認めれば、あるいはそのままその方が天皇であり続け、
お子さまも天皇になられるということになりかねません。
すると、そこで女系天皇になり、天皇家が入れ替わることになります。
現在の状況下では、女性天皇は女系天皇につながる可能性がありますから、
これはやはり、慎重に避けるべきだと考えます。
もう少し具体的に考えてみましょうか。女性天皇を認めるとした場合、どうなるでしょうか。
たとえば愛子さまが即位され、「愛子天皇」に男のお子様がお生まれになるとします。
すると「直系の男子を差し置いて、次は悠仁さまでいいのか」という議論が起こるでしょう。
本来は、悠仁さまを差し置いて「愛子天皇」が誕生したのに、そちらの“差し置いて”は忘れられてしまい、
愛子さまのお子様を“差し置いて”になってしまう。順番が逆転してしまう危険性があります。
平安時代の藤原氏は、娘を盛んに皇后にし、生まれた天皇の外祖父として権勢を振るいました。
次に、平家にあらずんば人にあらずの時代が来て、平清盛も娘を皇后にして、外祖父となりました。
しかし驕る平家は、まもなく源氏に敗れて滅亡します。
あの時代に女系天皇が認められていたら、皇室は藤原氏の血筋に変わり、
次は平氏の血筋へと変わっていたかもしれません。
時代が下って、織田の血筋の天皇や豊臣の血筋の天皇も誕生していたかもしれません。
そうならなかったのは、男系の天皇にこだわったからです。
つまり女系を認めてしまえば、その時々の権力に振り回されることにもなります。
皇室に入る男性は皇室のお血筋を引いていなければならず、
民間から入れるのは女性だけと限ったのは、古代の人々の知恵だったと思います。
そのように私は考えていますから、女系天皇には強く反対します。
付言すれば、女系天皇を認めることは、秋篠宮殿下と悠仁親王殿下を廃嫡することになります。
次の天皇とその次の天皇になる方々を廃嫡せよという主張は、本当に恐ろしいことです。
女系天皇論者は、そこまできちんと認識しているのでしょうか、疑問です。

旧宮家の方は時間をかけて馴染む
女性宮家の創設にも、私は反対です。なぜなら、女性宮家から女系天皇につながる可能性が大いにあるからです。
先程も少し別の形で触れましたが、愛子さまが結婚なさっても降嫁せず、女性宮家をお作りになり、
やがてお子様が生まれます。玉のような賢い男の子だったとします。
するとやはり「次は、あの方でいいのではないか」という議論が起こるでしょう。
お顔を見たら可愛いとか、利発そうだとか国民の心も動かされると思います。
とはいえ、現在の皇位継承有資格者は、秋篠宮さまと悠仁さま、常陸宮さまの3人だけですから、
この先大丈夫なのかという心配はもっともです。
皇族の方々の数をふやし、悠仁さまをはじめ、現在の皇室を支えていく体勢作りが必要です。
日本には、GHQによって無理やり臣籍降下させられた11宮家の人たちがいらっしゃいます。
中には絶えてしまったお家もありますが、きちんとした生活を維持して、
男系男子をたくさんお産みになっていらっしゃるお家もあります。
日本が戦争に負けたという政治的な理由だけで、皇族であることをおやめなさいといわれた人たちですが、
お血筋はきちんとつながっています。皇族にお戻りいただくことに、何の問題もないはずです。
「戦後70年も俗世にまみれた人たちが、今さら皇籍に?」という反対意見も聞きます。
まず誤解があるのは、臣籍降下させられて今は民間にいらっしゃる元皇族の方々が皇籍に復帰するとしても、
この世代の方々は決して天皇にはならないことです。
なぜなら、悠仁さまが即位されて崩御なさるまで、少なく見ても今から70~80年はあるでしょう。
2世代半から3世代に匹敵する時間です。
悠仁さまのご成婚があり、男子がお生まれになれば、その方がお継ぎになるわけですから、
百年先までも現在の皇統が続く可能性が高いのです。
皇族に復帰なさった旧宮家の方たちがお役に立つときが来るとしたら、
悠仁さまに男のお子様が生まれない場合でしょう。
それはずっと先のことで、この方々はその間に皇族として国民である私たちに馴染んでいかれるはずです。
統計学的に見て、天皇家以外に4宮家があれば、男系男子でつないでいくことが可能だそうです。
4宮家に皇籍復帰していただければ、男系男子を保つことが可能になります。
お子様がいらっしゃらない宮家や断絶しそうな宮家の家族養子となって継ぐこともひとつの方法です。
あるいは生まれたばかりの赤ちゃんを宮家にお預けして皇族として育てるとか、いろいろな方法があるはずです。
絶対に男子を産まなければいけないというプレッシャーの中、
悠仁さまに嫁ぎたいと思う女性が現れるのかという危惧に対しても、
4宮家が後ろに控えていれば、安心は増すことでしょう。

堂々と王道をいけばいい
現在の天皇家をさかのぼると、第119代の光格天皇が即位するとき、皇統断絶の危機がありました。
急逝した後桃園天皇に、幼い内親王しかいらっしゃらなかったからです。
傍系の血筋を引いている方を探し、幾世代もさかのぼって探しましたので、手間取りました。
空位を避けるために崩御を伏せ、ようやく見つけたこの方を後桃園天皇の養子にして践祚させるという
段取りを経た後、初めて天皇崩御を公表したのです。
神武天皇以来、2千数百年の歴史を男系男子でつなぐためには、さまざまな危機がありました。
それでも、民族の知恵で私たちは乗り越えてきたわけです。
その結果が、国民皆が受け入れている、今の私たちの皇室です。
現在の皇室は、光格天皇のときよりずっと恵まれていると思います。悠仁さまがいらっしゃるからです。
このままご健康に成人なさって、結婚なされるのをあたたかくお見守りするのが、私たちの責任です。
皇統の問題に関しては打算も利害もなく、誰もが善意で意見を言います。
そのとき深く考えたいものです。そして気づきたいものです。女系を主張すれば廃嫡を意味するということに。
女性天皇を認めれば、女系も認めざるを得なくなるということに。
それは、今の日本国の天皇の在り方とは本質的に異なる天皇が誕生することを意味し、
これから何百年も皇室を存続させることは非常に難しくなると思います。
間違った方向へいかないためには、中途半端はやめて、すなおに男系男子の天皇に限るほうがいいのです。
日本の伝統を守るには、堂々と王道をいけばいいと思います。
皇籍復帰するかもしれない旧宮家の方々には、改めてお覚悟を持っていただく必要があります。
私たち国民も日本の長く深い伝統を踏まえて、日本国の在り方の基本を大切にする覚悟を持ち、
努力したいものですね。
大切なことは、ずっと昔からの伝統に基づいて、
また憲法にも皇室典範にも明記されている男系男子の方針を堅持するという最も大切なことを守り通すことです。
https://bunshun.jp/articles/-/15727




「小室圭さんの問題が、皇室の現状を映し出した」
河西秀哉
https://bunshun.jp/articles/-/15522

率直に言えば女性天皇も、女系天皇も認めるべきだと考えています。
さらに長子優先、つまり男子が後で生まれてきても先に生まれた子を優先すべきだと思います。
少子化の流れの中で、女性が何人も子供を産むことが難しい時代に、
男子だけで家系を紡いでいくのは非現実的だからです。
女性が天皇になれない制度となっているのは、家父長制が社会に色濃く残り、
天皇が軍隊の長であった明治時代の名残ではないでしょうか。
戦後までなんとなく続いてきてしまった制度が破綻したのが現在の状況なのです。
現代の社会にあった、より「民主的」な形にすべきかと思います。
平成の30年という時間の中で、天皇の役割も変質してきました。
昭和天皇まで「権威」というべき存在だったのが、
平成の天皇からは国民に寄り添い、触れ合うことが期待されるようになった。
先日の即位のパレードでも、観衆が躊躇することなく写真を撮ろうと両陛下にスマホを向けていましたが、
いまや皇室と国民は、そんな「近しい」関係になったのです。
さらに、天皇に「道徳性」が特に求められるようになった。
平成の天皇と皇后は、ご高齢にもかかわらず被災地を訪問されるなど、
一生懸命に活動しているお姿に高い支持があった。
国民の象徴としての内実を変化させて、いまの皇室があるのです。
おそらく、こうした活動がなければ、いまの空前とも言えるような、
人々からの尊敬や共感を集める皇室はなかったと思います。
現代の天皇をそう考えていくと、天皇という存在は「近しく」「道徳性」のあるということが重要なのであって、
天皇が必ずしも男性である、男性から血を継いでいなくてはならないという必要はないのではないか、と思います。
女性天皇、女系天皇を認めた方が良いと考えるもう一つの理由が、スムーズな皇位の移行が期待できることです。
いまの皇位継承順位のままでいくと、次の世代で秋篠宮家に天皇の立場が移ることになります。
これまでの天皇は、天皇陛下が息子である皇太子を育てる側面があった。
皇太子自身もその過程を通して、自分が天皇という立場に付く自覚を持った。
「愛子天皇」となれば、ある種の“帝王学”を直接親から受け継ぐことができる。
天皇から伝わる空気感を直接知った上でないとできない。
男女関係なく、長子優先で相続させることで、将来的にもスムーズな皇位の移行が期待できるはずです。
道徳性を期待されている現代の皇室では、「男系派」の一部が言うような、
旧宮家の男子を皇族に復帰させる案は非現実的ではないでしょうか。
また、「男系派」の中には、愛子さまや眞子さま、佳子さまと
旧皇族の男子を結婚させれば良いと本気で言っている人もいますが、
これも時代に合わないと思います。要は“政略結婚”。少なくとも、天皇2代にわたって恋愛結婚だったのに、
次世代になって旧宮家の方と政略結婚することになったら、時代に逆行するようで国民が引いてしまうと思います。
そもそも男系派の人たちは、伝統、伝統と言いますが、歴史を辿れば女性天皇は普通にいる。
また、「歴史上の女性天皇は『中継ぎ』だった」という説も、現在の歴史研究では否定され、
その時期の皇族の中で政治的に優れた年長の女性が天皇に即位しているとされています。つまり人物本位です。
「女系」の天皇については、例えば天智天皇やその弟の天武天皇は、
お父さんも天皇、お母さんも天皇の「双系」天皇ともいえる存在。
考え方によっては、「女系」天皇もいたといえなくもないのではないでしょうか。
いまや「近しい」存在となった開かれた皇室には当然、負の側面もある。近しいからこそ見えてしまう部分です。
いまの皇室がヨーロッパ型になって、国民との距離が近くなった結果、
イギリスでダイアナ妃の問題が起こったように、日本では、眞子さまと小室圭さんのご成婚問題が生じました。
この問題も、平成以降の皇室が道徳性を重視してきた一つの結果であるようにも思います。
私などはお二人を見ていると、今時の若者らしさもあって「ご結婚されればいいのに」と思ってしまいますが、
一方で皇族に道徳性を求める国民からすると、小室さんが“汚れて”見えてしまうのです。
小室さんの問題はもう一つ、皇室の現状を映し出したと思います。
それは、皇族そのものが少なくなっているという事実です。
眞子さまには皇族として同世代の話し相手も限られますし、
父である秋篠宮さまとの関係を調整する立場の方もいない。
もし皇族がもっと多かったら、いろんなアドバイスをする皇族が出てきたはずです。
昭和天皇の時代なら三笠宮さまをはじめとした皇族方がいた。
高円宮さまがご存命だったら、現代でもそのような役回りを引き受けられたはずです。
それがいまは皇族が先細ってしまい、“親戚のおじさん”のような役回りで、
皇族の間でのトラブルを調整出来る人が全くいないのです。
今後さらに皇族が減少することを考えると、女性宮家を作って、
女性皇族に皇室に残ってもらうことには大きな意味があると思います。
上記の様に、相談相手として、調整する立場としての存在意義を持つ皇族が増えることにもつながります。
これから皇位継承についての議論が本格化すると、男系にこだわる人々も一定数おり、
現実的に愛子さま、悠仁さまという存在が見えることもあって、
女性、女系天皇の容認派が国民に多いとはいえ、
無理に「愛子天皇」を強行すれば国論を二分することになりかねない。
天皇制自体を揺るがしかねない事態にならないとも限りません。
そういう意味では、現状の妥協点として、
具体的に「愛子さまか、悠仁さまか」と想定しないところから議論を始めるしかないかもしれません。
このまま議論を強行すれば、お二人のうちのどちらを次世代の天皇に選ぶのかという
“人気投票”にすらなりかねません。
現時点では、女性天皇、女系天皇の是非の判断までは踏み込まず、
まずは女性宮家をつくって、愛子さまをはじめとした女性皇族の方々に残ってもらう。
将来、悠仁さまにお子さまが生まれないような場合は、愛子さまを含めた女性宮家の皇族の力を借りる。
お互い傷つけない妥協点としては、このあたりが落としどころになるかもしれません。
本来は愛子さまが生まれた頃に議論が出来たら、もっと本質的な議論ができたはずです。
次世代にスムーズに移行できる「愛子天皇」という議論もしやすかったはずです。
先延ばししているうちに、ずいぶん解きほぐすのが難しくなってしまいました。


「女性天皇が僧を寵愛して大問題になった『道鏡事件』という宮中のトラウマ」
本郷 和人
https://bunshun.jp/articles/-/15733
天皇家は「男系男子」の血筋を意識して守ってきたのではなく、結果としてこうなったにすぎないと考えます。
長い歴史の流れで言えば、天皇家という家を繁栄させることが大切で、高貴な血をつなぐという考えは二の次でした。
そう考える理由のひとつは、古代貴族社会の婚姻が「招婿婚」だったことです。
女性が嫁に来るのではなく、女性の家へ男性が婿として通うのです。
子どもが生まれれば、女性の家で育てられます。
摂関政治の藤原氏が娘を皇室に嫁がせ、生まれた子が天皇になると外戚として権力を振るった背景には、
この婚姻の形があります。つまり、女系でつながっていたのです。
日本では江戸時代にようやく、男子禁制の大奥が作られます。
その前の時代の朝廷は、男性も女性も、天皇の奥向きに平気で入ることができました。
ガチガチに固めていた中国の後宮に較べると、実にゆるい制度です。
こうしたことから、歴代の天皇の中には、実は天皇の実子でない人が紛れ込んでいる可能性もある、と考えられます。
実際、朝廷の周辺に「御落胤だ」と噂される人がたくさんいました。
『平家物語』にも、平清盛が白河上皇の御落胤だという話が出てきます。
家だけでなく血も大切だと考えられるようになったのは、江戸時代に幕府が朱子学を重んじてからです。
中国から伝わってきた儒教は、ご先祖様を大切にするからです。
歴史的に見て、天皇には男性が望ましいと考えられてきたのは確かです。理由は、軍事の指揮官になるためです。
今でこそ天皇は雅やかな存在ですが、現在の皇室が国を治めるに至ったのは、戦いに勝ったからです。
古代には、政治よりも軍事指揮官としての役割が大事だったので、成人男性であることが望ましかったのです。
女性天皇は、継承候補の男性皇族が成人になるまで中継ぎとして時間を稼ぐというのが、本来のあり方でした。
その意味で言うと、史上8人いる女性天皇の中で、
聖武天皇の娘である孝謙天皇(重祚して称徳天皇)だけが、中継ぎではありません。
この孝謙天皇は僧の道鏡を寵愛し、太政大臣禅師、次いで法王にまで引き上げて問題になります。
宇佐八幡からは「道鏡を天皇にすれば、天下は泰平になる」という神託まで出て、道教が天皇になろうとした。
結局、天皇に仕えていた女官、和気広虫の弟、和気清麻呂が勅使として宇佐八幡へ派遣され、
「私の前に現れた神は、『わが国は開闢このかた、君臣のこと定まれり。
臣をもて君とする、いまだこれあらず』と、神託を否定した」と報告して、道鏡の即位を防ぎました。
これが貴族の総意だったでしょう。
僕の見方ですけれども、この「道鏡事件」は宮中のトラウマになったのではないでしょうか。
女性天皇を立てると、同じようなことが起きる。だからこのあと江戸時代まで、女性天皇は現れません。
天皇制が成熟して戦争の指揮を執らなくなると、成人男性である必要性が薄れます。
摂関政治になれば、むしろ子どもの天皇のほうが都合がいいので、中継ぎに女性天皇を置く必要もありません。
女性天皇8人のうち、推古天皇や持統天皇など6人が奈良時代までに集中しているのは、そういう理由もあると思います。
明治になると、天皇は軍の大元帥を兼ねましたから、男でなければ駄目だと決められました。
国家神道というものができたのも、明治です。
それ以前は即位に際して仏教の儀式もあったのに、明治になってやめたのです。
天皇は天照大神の子孫だというほうが迫力があるし、
大陸から伝来した仏さまに守られてもありがたみがないからでしょう。
天皇が神々の子孫であるという万世一系の物語は、明治になってから強調されるようになったのです。
このことからも、「男系を守ってきた」という説がフィクションだとわかります。
染色体とかDNAというのは、言うまでもなく現代になって出てきた話です。
宮中祭祀のために男性天皇が望ましかったという説も誤りです。
かつてたくさんいた子どもの天皇では、祭祀は務まりません。むしろ、シャーマンは女性のほうがいい。
卑弥呼や伊勢の斎宮や沖縄の聞得大君(きこえおおぎみ)など、神の言葉を伝えるのは主に女性の役目です。
女性天皇が少なかった理由には、「高貴な女性の神聖性」もあるでしょう。
「皇室の女性が一般の男性と交わるのは、神聖性が侵害されるからけしからん」という心理です。
江戸時代には、13歳以上まで成長した皇女が50人いましたが、結婚したのは14人だけ。
その大半が、皇族である従兄弟との結婚でした。ほかの皇女の多くは、尼になっています。
議論されている旧宮家の復活に関しては、平安時代の宇多天皇の例があります。
光孝天皇の第7皇子だった宇多天皇は、臣籍降下して源定省(みなもとのさだみ)となりましたが、
皇太子に指名されたため皇族に復帰し、即位しています。過去を調べれば、さまざまな先例があるものです。
「歴史」や「伝統」を重んじると主張する人たちの話も、明治維新から現代のことである例も多い。
明治以来150年といいますが、日本には、はるかに長い歴史があるのです。
その長い歴史を虚心坦懐に振り返っていえば、僕はむしろ、歴史にこだわる必要はないと考えます。
過去にがんじがらめにならず、これからの天皇家を作ればいいのではないでしょうか。


「皇族の女性はモノ的に扱われてはいないか」
三浦瑠麗
https://bunshun.jp/articles/-/15797

伝統、といいますが、いまの皇室は伝統よりも大衆的人気を中心として捉えられています。
戦後に始まった皇室の改革には、国民との距離を近づける大きな効果がありました。
けれども、大衆化が始まったこと自体は、皇室を政治化した明治以来のこと。
その当然の流れで、今があるわけです。
そんな中、女性皇族は注目され、黙って淑やかにしていることを期待されるなど、
振る舞いをとやかく言われるようになりました。週刊誌などは、皇室の嫁姑問題を口さがなく報じます。
つまり、伝統を重んじているようでいて、
実は大衆社会の方がその当時の「世間的道徳観」を皇室に押し付けているわけです。
ただ、各国の王室を見渡すと、王位継承については、長子相続が一般的になりつつあります。
戦後の日本では、男女差別は残っているとしても、男性同士の間では平等性が高まった。
身分制を守ることよりも、「男系男子」の皇位継承という原理原則が優先されてきたのではないでしょうか。
先進民主主義国の中で日本のように女性を前面に出さないという選択をし続けてきた国は、いまや珍しいと思います。
皇室は、茶道や歌舞伎の名跡と同じように、天皇という身分であり役職を、特定の家系の中だけで引き継ぐ制度です。
これは身分制度ですから、もともと差別や区別があるのは仕方がないと思いますし、
男系がよくないとまでは言いません。
しかし側室制度を廃止して、皇后のみにするという西洋式の婚姻関係にコミットした時点で、
男系男子の伝統を長期的に維持できる見込みは失われていたと思います。
将来的にいわゆる「男系男子」が悠仁さまお一人になってしまうことを考えれば、配偶者には重責がのしかかります。
苦労された雅子さまという前例がありながら、
男子の出産という大きな重圧を受け入れられる覚悟のある女性が、本当に現れるのでしょうか。
今後、日本の歴史のどこかでおそらく「女性天皇」という存在は出てくるだろうと思います。
女性天皇が即位すれば、いまのような天皇の後ろに控える皇后としての女性像とは異なる像が誕生します。
それは興味深いだろうと思います。
男性の元首は本人が関わっていなくても、過去の戦争などにおける加害者性を付与されやすい存在です。
もしも愛子さまが天皇となったとしたら、歴史問題の反発が向かうことは考えにくい。
そう考えると、皇室がそうした歴史問題のくびきから自由になる時代もそう遠くないのではないかとも思えます。
今後は、日本においても他国の王室と似たような皇室像になっていくと思うし、そのほうが健全だと思います。
最近、「悠仁さまでなく、愛子さまを天皇に」という意見を目にするようになりました。
こうした、廃嫡を伴いかねない制度変更には不穏さがともないます。現実の生々しい利害が絡むからです。
なぜ、ここへきて急にそうした意見が目立って表明されるようになったのか。
もちろん男女同権意識の高まりも指摘できますが、それだけでなく、
“本家が分家に乗っ取られる”ことを厭う大衆感情があるのではないか、と感じています。
一般庶民の道徳観念の投影として、代々受け継いだ田畑が分家のものになるのは嫌だ、というレベルの話です。
今回のご即位で、雅子さまのイメージがとてもよくなった中で、
両陛下が大切に育てられた愛子さまが皇位継承の候補から除外されるのはかわいそうだ、という判官贔屓的な感情も、
「愛子天皇待望論」の背景にあることでしょう。
ここ数年、秋篠宮家の紀子さまが週刊誌などに悪く書かれる理由も、同じ構図に見えます。
実態はどうだかわからないのに、雅子さまと競い合っている間柄にされ、
お家騒動的に王朝ドラマ化されて、大衆的な娯楽と化しています。
このような見られ方をするのは、皇室が開かれた存在になった結果です。
ただ、大衆の人気を博すということは、その人気が他と代替可能になることも意味します。
「熱狂する対象はポップスターでもよかったんだけど、たまたま皇室が話題になっているから」となれば、
国の精神的支柱うんぬんではなく、キラキラしたドレスを着ている人たちのゴシップにすぎなくなります。
その点も、私たちは注意深くならなくてはいけないのかも知れません。
現実的な対策として、おそらく最初に妥協されるのは女性宮家の創設でしょう。
現に適齢期の女性がいらっしゃるわけですから、
この人たちが結婚しても皇族であり続けることを取りあえず担保しておくことができます。
ただし、それだけでは皇位継承の問題は何の解決にもならない。男系男子での皇位継承をするとなれば、
旧皇族の血筋の男系男子の一般人を皇籍に入れるか、
そうした男系男子の血を引く一般人男性と内親王が結婚しなければいけないのです。
結婚相手を選ぶ自由は、皇族の女性にも最低限あるべきです。
とすれば、女性宮家を作ることは解決への一歩ではあるけれども、独立した解決策にはなりえないのです。
男系の女性天皇のみ容認して、愛子さまが天皇になるとしても、状況はさして変わりません。
やはり、愛子さまに「皇室の血を引く男系男子を婿に取れ」と迫るような状況が生まれかねないのは同じです。
天皇の役職という重荷を背負わせた上で、次世代への責任まで背負わせるというのは、非常な負担です。
男系男子主義者が声高に意見を言うほど、彼らに対する支持はなくなっていくでしょう。
なぜなら、皇族の女性やお妃候補の女性、さらには旧宮家の男性まで、このようにモノ的に扱うことになるからです。
ただ一方で、私からすると、「これからは男女同権の時代だから、眞子さまにはこうあってほしい」といった意見も、
「愛子さまには、男系男子と結婚していただかなければ」という意見も同列です。
どんな権利があって他人の人生に関与しようとしているのか、慎重に考えなくてはいけません。
世論調査では、女性天皇に賛成する声が多数ですが、女性天皇と女系天皇の区別がついていない人もたくさんいます。
それは、保守派のロジックに対して大衆的な支持が寄せられていないことの証左です。
「だからこの世論調査は間違っている」ではなく、
これだけメディアが啓蒙キャンペーンをやっても浸透しないということは、
「みんな、女性と女系どっちでもいいと思っているんじゃないか」という話なのです。
私には、女性天皇や女系天皇に反対する理由が思いつきません。
ただし考えておかなければいけないのは、皇位は特殊な家系の跡目相続の問題であると同時に、
憲法第1条に「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されている通り、
天皇の存在が民意に裏打ちされているという点です。
憲法は、変えようと思えば変えられます。皇室制度を維持したければ、民意の許容できる範囲内で、
時代に合った皇位継承を取り入れていくことが合理的でしょう。
一方で、日本は生身の人間を天皇や皇族としていただいていることも忘れてはなりません。
彼らが負う重責や心理的な圧迫感は、想像するだにすさまじいものだと思います。
伝統文化を維持し、明日への期待を抱けるような社会の雰囲気を作る努力を、皇室に任せきりではいけません。
自らのプライベートや、家庭や家族を犠牲にしすぎてはいけないということ。このバランスが大切だと思います。


「男系男子のY染色体を持ち出すなら生殖医療もOKなのですか?」
中野 信子
https://bunshun.jp/articles/-/16406

皇位を継承するにあたって、男系の男子として該当の方がいらっしゃらない場合、
皇籍を離脱された方に再び戻っていただくなどの方途を提案される方もおいでです。
たしかに、当面の課題を回避するに当たっては有効な方法であろうかと思います。
ただ、かつて存在した側室を持つ仕組みを取り入れることが、
現代の先進国における社会通念とはやや相容れない性質を持つことから事実上難しいとなると、
いずれ同じ問題に直面する可能性は完全には排除できないでしょう。
またその都度、同じ議論を繰り返すとなると、
国際的に見てやや奇異な印象を持たれてしまうのではないかという危惧を持ちます。
極論をいえば、皇統を維持するために、最新科学のバイオテクノロジーを使った生殖医療を
積極的に導入するという考え方もあり得なくはないのです。
「男系男子に限る」という秩序を忠実に守らなければならないという原則を重視するのであれば、
畏れ多いことながら、天皇家の男系の遺伝子を用いて代理母に出産してもらう、
という選択肢すら可能性としてはあり得るということになる。
しかし現実的には、側室を持つという一夫多妻の制度の導入にも、バイオテクノロジーを頼るという考え方にも、
かなり抵抗のある方が多いのではないでしょうか。
そんな話をするだけで「けしからん」とお怒りの方も、相当数いらっしゃるに違いありません。
脳科学の観点から、男性と女性の違いについて訊かれることもあります。
男と女で身体が違う程度の差は、脳においても違うといえます。
しかし、性差よりも個体差のほうがより大きいという考えのほうが研究者の間ではより一般的です。
「男性と女性のどちらが天皇になるか」より、「どんな方が天皇になられるか」のほうが、
脳科学的に見ればより重大な問題ではないかと捉えられます。
また、しばしば男系を守るべき根拠としてY染色体のお話を持ち出されることがあるのですが、
やや奇妙に聞こえます。
天皇家の長い歴史に比べれば、それが発見されてからの歴史はおよそ100年程度です。
Y染色体以外にも人間には形質を伝えるための遺伝的なキャリアは存在するのですが、
Y染色体に限らなければならない根拠が不明瞭です。
これならまだ、伝統的に男系男子に限るので現在はそれを変えるべきときではない、
としたほうがまだ説得力があるでしょう。
また、わざわざバイオサイエンスの話を持ち出す人なら積極的な生殖医療の利用についても言及しそうなものですが、
そうでもないというのも理解に苦しみます。
現在の状況を分析すれば、「女系はありか、なしか」という論争にはあまり意味がないのではないでしょうか。
現行の仕組みでは「男系男子」の維持は
いずれ構造的問題として不可能になるであろう懸念を取り除くことができないからです。
それでも「女系は受け入れるべきでない」ということなら、代わりのシステムを何か考える必要に迫られるでしょう。
ただ、そもそもジェンダーを男と女の2種類とする分け方が、世界的には古くなりつつある時代でもあります。
女系天皇というワーディング(言葉遣い)自体が、
世界に向けて「日本は女性の権利が制限された国です」というアピールになりかねないことに、
もう少し自覚的にならなくてはいけないかもしれません。
つまり、ただでさえ「日本で暮らす女性はかわいそうだ」と国際社会から見なされている現状があり、
その上で「天皇になれるのは男系男子のみ」という原則があるのを、どう説明していくのか。
なかなか困難なことではないのかなというのが率直な感想です。
男系男子の原則を守っていくとなると、
将来にわたって、皇室に嫁ぐことになられる女性への「皇統を維持しなければならない」という
国民の大きな期待からの重圧は計り知れないものになるだろうことは容易に想像ができます。
民間から皇室に入られる方は自らに向けられる視線から何から、
それまでの生活とは一変するわけですから、心のご負担も相当のものになるでしょう。
そんなプレッシャーに負けなさそうなイメージのある方ということで思いつくのは、
眞子さまのお相手として報じられてきた小室圭さんかもしれません。
ただ、一般的な国民目線からは、むしろプレッシャーを重すぎるほどに感じ、
真摯な姿勢で受け止めるくらいの方のほうが受け容れやすいだろうとは思いますが。
特に小室さんを擁護する気はありませんが、
もしもこの方の家柄がとても素晴らしいなど条件面での事情が異なっていたなら、
報道する方の姿勢はどう変わったのだろう、みなさんもどうお考えになったのだろう、という素朴な疑問は持ちました。
個人の意思とロイヤルファミリーとしての責務のどちらを優先するかという問題は、どの国にも生起し得る課題です。
イギリス王室では、アン王女の離婚、再婚問題、チャールズ皇太子の不倫とダイアナ妃との離婚、
そしてダイアナ妃が王室を離れてからの死など、報じられた当時は連日連夜世界中でニュースが流れ、
王室へのバッシングが起こりました。
それでも、イギリス国民の王室に対する敬愛の気持ちは消えてはいないように思います。
本当に大切なことは、日本国の象徴としての天皇がいつまでも国民に敬愛され、
天皇家が続いていくには、何を優先すべきかということを
もう一度しっかり一人一人が考えていくことなのではないかと思うのです。
この議論を進めていくには、より寛容な姿勢と柔軟な発想が求められるかもしれません。