2019年4月-10月雑誌記事

2019.04.09 07:00  週刊ポスト
雅子皇后シフトへ、外務省時代の直属上司が侍従長後任候補に
天皇、皇后の側で日常のお世話をする役目は「オク」と呼ばれ、そのトップが侍従長だ。
新天皇即位に伴い、現在東宮大夫として皇太子夫妻に仕えている小田野展丈氏が
新侍従長に昇格すると報じられているが、すでに71歳。
「11月の大嘗祭など、即位に伴う儀式が一段落したところで退任となる」
(宮内庁担当ベテラン記者)と見られている。
その後任候補としてその名がささやかれているのが佐々江賢一郎・元駐米大使だ。
雅子妃が外務省勤務(北米二課)時代の直属の上司だった人物である。
外交官のトップともいえる駐米大使経験者の侍従長就任となれば、
1926年の珍田捨巳(すてみ)氏以来、93年ぶりだ。皇室ジャーナリスト・神田秀一氏が指摘する。
「本来は天皇には侍従長、皇后には女官長がお側に付きます。
しかし、天皇、皇后のご公務には両陛下揃って出席するものが多い。
とくに海外ご訪問など皇室外交は両陛下揃って出席するのが礼儀です。
雅子さまのご病状を考えると、新侍従長は皇后の体調を把握して公務のスケジュールを組む大変なお役目になります」
その点、佐々江氏は雅子妃の外務省勤務時代だけでなく、
皇太子妃となってからも、東宮御所での茶会に招かれるなど交流がある。
◆「元駐米大使」の意味
侍従長候補に元駐米大使の名が挙がっている理由はそれだけではなさそうだ。
侍従長人事は「雅子新皇后」に皇室外交の主役を担ってもらうためのシフトという見方である。
雅子妃は東大在学中に外交官試験に合格、外務省に入省した。
上司だった前述の佐々江氏は、皇太子妃に内定した当時、祝福しながらも、
「重要な力が剥ぎ取られる思い」と惜しんだほどだ。
その雅子妃が、愛子内親王の誕生まではなかなか外国訪問が認められずに体調を崩していった経緯がある。
新天皇は即位すると、すぐに皇室外交が待ち受けている。
最初に迎える国賓は5月26日からの来日が予定される米国のトランプ大統領だ。
「トランプ大統領が新天皇・皇后の米国訪問を要請してくる可能性は十分ある」(前出・担当記者)とみられている。
そこで元駐米大使という外務省の大物OBを侍従長にして皇室外交をサポートする体制を組むことで、
「雅子妃の体調が改善し、新皇后としてのご公務に積極的になっていただければという
政府サイドの思いがあるのではないか」(同前)というのだ。
「令和」時代の皇室外交は、この新皇后シフトの成否にかかっている。
※週刊ポスト2019年4月19日号
https://www.news-postseven.com/archives/20190409_1348233.html

信子さま63歳に 新婚時代は半泣きでキジの羽をむしっていた
記事投稿日:2019/04/09 16:24 最終更新日:2019/04/09 16:28
寛仁親王妃信子さまが4月9日、63歳の誕生日を迎えられた。
麻生太郎副総理の妹としても知られる信子さまは、’80年に“ヒゲの殿下”と呼ばれ国民に親しまれた寛仁さまとご結婚。
『女性自身』の名物企画「シリーズ人間」にも、’92年9月1日号に登場なさっている。
信子さまはお料理の本を執筆されるほどの腕前になられたが、嫁がれた当時は失敗の連続だったという。
ひじきを戻そうと目分量でボウルに入れ、あふれんばかりの量になってしまったことも。
寛仁さまは「プロの料理人の味は一定だが、
ノンチ(信子さま)の味は微妙に毎回違うからいいね」と温かく見守った。
そんな信子さまを驚かせたのが、宮廷独特の正月料理“キジ酒”。 信子さまは当時、こう語っていた。
「キジの羽と皮を剥いで、胸の部分とももの部分をバラします。作り方はうかがっていたのですが、
新婚最初のお正月で、宮家に上がったばかり。最後は半泣きでむしったものです」
半泣きの信子さまを見かねた寛仁さまは、翌年からは知り合いの方にむしってもらうようお願いされたという。
https://jisin.jp/domestic/1727077/

雅子妃たたきから秋篠宮家攻撃へシフトの裏側
2019年04月11日 16:01
八幡 和郎
ここへ来てマスコミの秋篠宮家たたきが燃え上がっている。
週刊新潮 4月18日号 (4月11日発売)のトップ記事は、『「秋篠宮家」が「私」を優先して「愛子天皇」』と激しい。
さすがにこれはおかしいと思う。秋篠宮家に問題があるとしても、悠仁親王自身のことではないのだから、
その皇位継承権を論じる理由にはならない。
せいぜい、秋篠宮殿下の皇嗣としての立場とか、悠仁さまの教育についての議論にとどめるべきだ。
しかし、このあいだまで、雅子さまや東宮家へのバッシング一色だったのがどうして逆転したのか。
その背景について考えてみよう。
日本ではまだまだ皇室に対する批判はある種のタブーであって、それをするのは勇気がいることだ。
雅子さまへの批判にしても、眞子さまの問題にしても、基本的な場は週刊誌とネットであって、
テレビや新聞は沈黙したままだ。最近になって小室氏の問題については論じるようになったが、
これは皇族ではないし、婚約者としての立場も危うくなっているので踏み切ったといったところだ。
そして、週刊誌だが、これも、おそるおそるでへっぴり腰だ。常にカウンターをおそれている。
だから、書いてもたたかれないと自信がないと書かない。
ただ、困ったものなのは、大丈夫かどうかの判断は、あとからみんなついてくるかどうかであることが多い。
つまり、みんなで渡れば怖くないということだ。
だから、まず、弁解の余地がほとんどない小室氏については、安心してたたける。
しかし、いかにも内気そうに見える眞子さまには「目を覚まして」的な論調にとどまる
(私は26歳の大人の女性に対してかえって失礼だと思うが)。
一方、美人で勝ち気な佳子さまのほうは、たたきやすい。
一方、両派に分かれてと言うこともある。ライバル意識とか好き嫌いもあるが、
実のところ、皇族自身やそれに近い人が特定の記者をスポークスマン的に使っていることも多いし、
それに反発するライバル社はその皇族の批判にまわることになる。
それでは、書かれていることが本当かといえば、週刊誌記事の通常のレベルからしたら慎重だし、
そこにもられた感情や推測をべつにすれば事実の指摘はそんな事実無根でもないのが通例だ。
そして、また、皇族方も週刊誌で報じられた内容はよく把握されている。 
というよりは、皇族の方々でもほかに情報源がないのである。
外国なら情報機関が集めた情報を女王などにも報告しているが、
戦後の日本ではそういうことは聞かないから、情報不足に陥っておられるからだ。
そして、いまの状況をどう考えるかだが、マスコミは皇室報道については
一定の自制は必要である一方でアンタッチャブルであってはよくないということと、
上げたり下げたり極端なのはよくないと思う。
むしろ、敬意を持ちつつ、これは問題でないかとか議論すべきなら、もっと普通に報道すべきだ。
自制すべきだとというのは、やはり国の象徴なのであるから、
それなりの敬意をもって言及すべきだ(それは皇室以外の権威とか価値観に対しても同様だが)。
しかし、アンタッチャブルである必要はない。その理由は、批判が許されなければ腐るからだ。
いや、皇室の内部や政府がしっかり対応しているから大丈夫という人もいるだろうが、
そんな実態はないことは小室圭氏の騒動でよくわかったはずだ。
あれだけ、問題がある人物との婚約の約束に至るまでに、
皇族も宮内庁も政府も無為無策で止められなかったのである。
私が早くから問題点指摘をアゴラでしていたときにも、
「相手としてまずければ、宮内庁や警察で情報を殿下に上げて対処しておられるのだから
余計なことをいわないほうがいい」という人がいたが、
そんな対処などしていないことを私は知っているから放っておけなかったのだし、
週刊誌の記者たちもそうだった。
現状では、見るに見かねた週刊誌が報じない限りはどんな間違ったことでもそのまま進んでしまうのが現状だ。
ある意味において、皇族方がどこまでネットをごらんになっているかは未知数だが、
少なくとも週刊誌こそが皇族にとっても頼りなのである。
上げたり下げたりが極端だというのは、やはり、あまりにも批判することが難しいことの裏返しである。
あまりにもひどいと批判される側になるまでは、常によいしょ記事しか出ない。
そこで、ご本人たちも舞い上がってしまうし、国民も虚像をつくってちょっと考えればおかしい話を信じてしまう。
もっとも、逆に噂話として「実は誰それは…」という話がまことしやかに流れるそして、
みんなで渡ればこわくないとなれば、いっせいに襲いかかる。

秋篠宮家の問題は多分にスタッフや予算の不足に起因する。
将来の天皇となるべき悠仁さまを抱えているのにそれにふさわしい予算も人もいない。
その厳しい状況のなかでブラック職場といわれるような状況が生じたり、
眞子さま、佳子さまへ両殿下が必要なフォローをされることが手薄になっていたと見受けられる。
もうひとつは、秋篠宮家への批判には、実は両陛下への批判が隠されている一面もある。
それができないからかわりに秋篠宮家が標的にされているということだ。
平成の世の後半における両陛下へのよいしょぶりはある意味で危険である。
たとえば、皇統断絶の危機とか雅子さまや眞子さまをめぐって起きている様々な状況を考えれば、
手放しで賞賛できる状況であるはずがない。皇族の統制は両陛下の最も大事な仕事の一つである。
象徴天皇制のあり方という観点からも議論すべき問題も多々ある。
また、現在の両陛下のスタイルが普遍的な価値に基づく正しいものとすれば、
たちまち、それとは違う昭和の時代の批判になるし、皇太子ご夫妻にまねができるものでないから、
それへの批判の種になるだろう。それは不幸なことだ。
さらに、一時期は厳しかった東宮家への批判は瞬間風速としてはやわらいでいる。
ご祝儀ムードもあるし、さしあたって雅子妃の体調も以前よりは改善しているということもあるし、
秋篠宮家の問題が大きくなっていることとの相対評価の改善もある。
また、いささか皇太子妃の実家としての自覚に不足すると批判されていた小和田家が
高齢がゆえに目立たなくなったことも寄与している。
そして、新しい両陛下の時代に迎合しようという意図も感じられる。
しかし、雅子妃が皇后陛下としてのつとめを不満足な水準でしか果たせないことは間違いないし、
愛子さまが神童でしっかりしているとかいうなど虚像であって、ご本人にとって迷惑なことだろう。
願わくば、ヨーロッパでのように、十分な敬意を持って、しかし、アンタッチャブルにせず、
虚像もつくらずどうあるべきかは議論されるべきという方向をめざすべきであると私は信じる。

追伸:ロイターの記事によるとメーガン妃と英国マスコミの蜜月に暗雲だそうだ。
もともと、長続きするはずなし。ネタを提供してくれるからおだてていただけだ。
キャサリン妃にしてもケンブリッジ公爵夫人くらいだからもっているのであって
皇太子妃や王妃の重責をこなしていけるような人物とは見えない。
http://agora-web.jp/archives/2038339.html

雅子さま 警備費も光熱費も削減!令和の“職住一体”新生活
記事投稿日:2019/04/11 16:00 最終更新日:2019/04/11 16:00
4月10日にご成婚60周年を迎えられた天皇皇后両陛下。
「夜には、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、黒田清子さん夫妻と、食卓を囲まれましたが、
昭和・平成の思い出話をされるとともに、きたる令和の御代についても
語り合われたのではないでしょうか」(皇室担当記者)
平成が幕を閉じようとするなか、刻々と迫ってきている新天皇のご即位。
5月1日の「剣璽等承継の儀」の後に行われる「即位後朝見の儀」で、
雅子さまは新天皇とごいっしょに“新皇后”としてお出ましになるのだ。
皇太子さまと雅子さまが静かに温め続けられている“令和スタイル”。
その一端が、新元号が発表された日に明らかにされた。
「4月1日に産経新聞が、従来は皇居・宮殿で行っていたご公務の一部を、新天皇と新皇后は、
お住まい(現在の東宮御所、5月1日以降は赤坂御所と改称)で
実施する方向であることを報じています」(皇室担当記者)
皇居・宮殿が公的施設であるのに対し、天皇皇后両陛下の私邸といえるのが御所。
両陛下が高輪皇族邸に移られた後に、御所は改装され、皇太子ご夫妻が入られるのは’20年春を予定されているという。
皇太子ご夫妻は、それまで赤坂御所(現在の東宮御所)に住まわれることになるが、
いわば“自宅”で多くのご公務に励まれるというのだ。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんは言う。
「天皇皇后両陛下は、’93年に竣工した現在の御所に引っ越されるまでの5年間は、
公務のためにお住まいの赤坂御所から頻繁に皇居に通われていました。
様々な受章者や功労者などの拝謁や国公賓関係の行事は宮殿で行われますし、
執務も宮殿でされることが多かったからです」
両陛下のご公務といえば、地方への行幸啓や、式典などへのご出席という印象が強いが、
日本の大使夫妻、外国の駐日大使夫妻たちと会われることも、重要なお役目の1つだ。
ちなみに’18年10月、美智子さまのお誕生日に際して、宮内庁は次のように発表している。
《(この1年間で)今年お招きを受けた大使夫妻は62か国、2組織、110人に及びます。
日本から赴任する37か国と2組織の大使夫妻にも出発前にお会いになり、
同様に帰国した30か国、1組織の大使夫妻をお茶にお招きになって任地の様子をお聴きになりました》
平成初期の両陛下は、ときには1日に何度も、赤坂御所と皇居・宮殿を往復されたので、
そのご負担は想像を絶するものだったという。
「皇太子ご夫妻は現在も東宮御所の公室棟で、外国大使と面会されたり、
外国の賓客と食事会を催されたりしていますが、即位後もそのスタイルを続けられることになるそうです。 
御代替わり以降は、面会されるお客さまも格段に増えます。
そのたびに皇居・宮殿に移動されるのは合理的ではありませんし、
雅子さまにとってもご負担が大きすぎるというご判断なのでしょう」(宮内庁関係者)
数年前から“働き方改革”の必要性が叫ばれるようになっており、この4月1日から関連法案が順次施行されている。
前例主義の宮中にいながら、皇太子ご夫妻があえて決断された「公務は自宅で!」という構想は、
まさに革命的ともいえるだろう。
「赤坂御所と皇居の間は自動車で移動されますが、その都度、警視庁の車両が先導し、
短時間とはいえ道路は規制されます。宮殿は各部屋とも天井が高いため、
行事などで使用する時はかなり前から冷暖房を稼働させます。
天皇皇后両陛下は、東日本大震災後の節電を機に、御所でも可能な公務はできるだけ御所でされるようになりました。
そういった前例もありますし、新天皇皇后が赤坂御所で公務をされることは合理的だとは言えます」(前出・山下さん)
宮中晩さん会や大人数の拝謁など、宮殿でしかできない行事もあるが、
警備費や光熱費などの費用面、部屋の広さなどの物理面、行事の格式などのバランスに留意し、
決めていくことになるという。この“職住一体スタイル”には、
長期療養中の雅子さまにとって、当面は慣れた場所でご公務ができるというメリットもある。
「いずれ赤坂御所から、改装された御所に引っ越しをされるまでに、
皇后というお立場に少しでも慣れていただければと思います」(精神科医の香山リカさん)
令和の幕開けまであと3週間。雅子さまには、ゆっくりであっても着実に“皇后の道”を歩んでいただきたい。
https://jisin.jp/domestic/1727287/

2019.04.15 16:00  
女性セブン
酒豪と定評の皇太子殿下、元宮内庁職員が振り返る酒の思い出
「平成」も残すところあとわずか。父である天皇陛下から時代を受け継ぐ徳仁皇太子殿下の胸中はいかに…? 
今こそ、皇太子さまのお人柄に迫り、新たな時代へ思いを馳せてみよう。
皇太子さまは学習院大学卒業後、英オックスフォード大学マートンカレッジに留学する。
皇族で初めての海外での長期滞在であった。留学中は一学生として過ごすため、警備も最低限しかつけなかった。
学生寮で共同生活を送り、学業の合間には、ロンドンの街中を歩いてクレジットカードでショッピングや、
現地のパブでご学友とともに名物の黒ビールを嗜まれるなど、羽を伸ばされたようだ。
意外な話かもしれないが、皇太子さまのお酒好きは有名で、日本酒や洋酒を問わず、
かなりの量を飲まれても物静かなままで変わらないその酒豪っぷりには定評がある。
元宮内庁職員で、皇室ジャーナリストの山下晋司さんは、皇太子さまと酌み交わした日のことが忘れられないと語る。
1991年にモロッコ、英国外遊に同行し、帰国直後、たまたま東宮仮御所で居合わせた山下さんに、
皇太子さまが声をかけられた。
「『山下さん、お疲れ様でした。ちょっと飲みますか?』と皇太子殿下からお誘いを受けました。
事務所のいすに腰を掛けて、ウイスキーだったと思いますが、殿下と2人で飲みました。
本庁から同行したのは私だけだったので、ねぎらってくださったのでしょう。
殿下は相当お疲れだったはずですが、係長程度の私にまで優しいお心遣いをいただき、
ありがたいことでした」(山下さん)
お酒を好む一方で皇太子さまは体力づくりを欠かさず、テニスやランニングを趣味とされる。
皇太子さまのがっしりと筋肉質な体格は日頃の運動の賜だろう。
なかでも熱心に取り組まれているのは登山で、これまでに富士山や南アルプスの白峰三山など、
170を超える山を制覇された。
那須登山の際の案内役を約20年務めてきた大高登さんが、その思い出を語る。
「皇太子さまは疲れ知らずの健脚で、6時間歩き続けても『大丈夫です』と平然とされています。
侍従たちの足取りに、皇太子さまがペースを落として合わされるほどです。
3度目の茶臼岳の登山では、昔の“行人(ぎょうにん)道”を歩いてみたいとおっしゃられて、
深い霧の中、険しいコースを本当に楽しそうに、やすやすと登られました。
つねに笑顔を絶やさず、他の登山者から話しかけられると必ずご対応されていらっしゃいました」
日本山岳会常務理事の神長幹雄さんも、偶然、山の上で皇太子さまと出会われた。
「もう30年も前の話ですが、南アルプスの赤石岳を登山中にたまたま殿下とすれ違ったんです。
初のテント泊山行を体験されるということで、殿下はかなり大きなザックを背負っていらっしゃいました。
それから1年あまりして、殿下は日本山岳会の“会員”にもなっていただきました」(神長さん)
神長さんが最近、皇太子さまに会ったのは、女性で初めてエベレストを登頂した
登山家の田部井淳子さん(享年77、2016年逝去)が亡くなられた時だ。
「田部井さんの追悼小冊子を殿下にお届けしようと侍従のかたに連絡を取ると、
『殿下が田部井さんのご遺族に、お言葉をかけたいとおっしゃっています』と言うので、
ご主人と息子さんと一緒に御所にお伺いしたんです。対面時間は『30分』と言われていたのですが、
殿下は熱心にお話を聞いてくださり、大幅に時間をオーバーしてしまいました」(神長さん)
経験と出会いを繰り返し、皇太子さまの優しいお人柄は揺るぎないものへと構築されていったのだろう。
※女性セブン2019年4月25日号
https://www.news-postseven.com/archives/20190415_1351515.html

女性皇族はなぜ白いドレス? 実は細かな違いに現れる心遣いを徹底解説
めざましテレビ
2019年5月2日 木曜 午後0:15
女性皇族は白のローブデコルテ姿で
5月1日、沿道の人々ににこやかな表情で手を振り、皇后として初めて皇居に向かわれた雅子さま。
さらに秋篠宮家の長女・眞子さまに次女の佳子さま。 そして紀子さまも皇居に入られた。
天皇陛下が初めて国民にお言葉を 述べられた「即位後朝見の儀」。
気品あふれる白のドレスに華やかな ティアラやネックレスを着用した 女性皇族が勢揃いされた。
街で今回の衣装について聞いてみると
「清純とか新たな気持ちになるための白なのかな?とは思います」などと話していた。

同じように見える衣装にもそれぞれ違いが…
一見すると同じようにも見えるその衣装…しかしよく見てみるとそれぞれに違いが。
そこでめざましテレビでは、女性皇族の衣装へのこだわりに迫ってみた。
「即位後朝見の儀」で女性皇族たちが一様に身につけられている白のドレス。
その理由について皇室ファッション評論家の石原裕子さんは…
皇室ファッション評論家 石原裕子さん:
天皇陛下がホワイトタイをお召しになると、
それに準ずるものとしてはローブデコルテ(というドレス)なんですね。
格の上では。色も白もしくは白に準ずる色を基調にしていて、やはりこだわりがある
と天皇陛下の衣装の格に合わせたものだと説明する。

そこで皇居に到着された際の映像から、それぞれのこだわりを見ていく。
まず紀子さまの衣装やティアラには、皇后さまを立てる配慮が現れているという。

石原裕子さん:
(雅子さまは)日本の中に存在するいちばんゴージャスなティアラをお着けになるので、
それと同じ物をお着けになるのはやりすぎになってしまいますよね…
また眞子さまの半袖にはこんなこだわりが…

石原裕子さん:
眞子さまは20歳のときにお召しになったローブデコルテなんですけれども。
今回、雅子さまが半袖をお召しになるということで、わざわざ(半袖に)リフォームなさったみたいなんですね
一方、佳子さまのポイントは肌の露出にあるという。

石原裕子さん:
佳子さまは前回と全く同じでいらっしゃいます。
やはりローブデコルテって、肌を見せれば見せるほど、正式と言いますけども、
肩の先までお隠しになることで、露出を控えてらっしゃる。
もっと大人な印象を与えたいなという考えをお持ちになったのではないでしょうか

皇后を務める思いをファッションに込めた雅子さま
なかでも雅子さまのファッションには皇后を務める思いが込められているという。

26年前、当時の皇太子さまと雅子さまがご成婚された時も、ローブデコルテを着用したが、
胸元のカットが深いドレスを選ばれていた。
一方、1日雅子さまが着用されたのは胸元のカットが浅いドレスだった。

石原裕子さん:
スポーティーとはいわないけど非常にシンプルで厳かなもの、
清潔感のあるものが今回のドレス。それが前回との差だと思います。
また着用されたティアラもご婚礼の際とはデザインが異なっている。

石原裕子さん:
ティアラは(明治時代の)昭憲皇太后がまずお作りになって、
それから今回の皇后陛下まで五代の皇后さまに引き継がれている。
ネックレスも五代の皇后さまに受け継がれたものなんですね
皇后さまが皇居から赤坂御所に戻られる際には沿道の人たちにこんな気遣いも…
車内で側近の女性と談笑していた皇后さまは、
一度腰を浮かせ沿道の人たちからしっかりとお顔が見えるよう窓のそばに移動し手を振られていた。

そして午後、両陛下は初めて同じ車に乗られふたたび皇居へ。
皇后さまの服装は午前とは異なり、ローブモンタントに白い帽子という装いで、
沿道の人たちにもにこやかな表情で手を振られた。

石原裕子さん:
(ローブモンタントは)宮中の昼間の正装ですね。
今回、白をお召しになったのもやはりご自身が一番、皆さんのご挨拶を受けるときに自分になじんで、
着心地のいいモノで皆様とお会いしたかったんじゃないかと思います

1日午後3時半すぎ、宮殿「松の間」で行われた皇族方による祝賀。
秋篠宮さまから「このたびご即位なされたことを心よりお喜び申し上げます」と祝福された陛下は
「どうもありがとう」と応じられた。
そして秋篠宮ご夫妻に続き、眞子さまそして佳子さまらからもお祝いのあいさつを受けられた。
天皇陛下の即位にともない皇太子妃から皇后となられた雅子さま。街ゆく人たちからこんな声援も…
「ご負担も増えるからご心労もあると思うけど無理なさらずにがんばってほしい」
「国際交流とか日本のいろんな方の心の支えになるような方だと思うので、
ぜひそういう道を歩んでいただきたいと思います 」
(めざましテレビ5月2日放送より)
https://www.fnn.jp/posts/00045001HDK

雅子さま 小和田家との極秘対面!両親と妹2人が揃って皇居へ
WEB女性自身 / 2019年5月15日 11時0分
「おすべらかし」に結った髪に金色のかんざしを挿し、古式ゆかしい装束を身にまとわれて、
皇居・宮中三殿の回廊をゆっくりと歩まれるお姿は、歴史の世界から抜け出たような優雅なものだった。
5月8日、雅子さまは、天皇陛下に続いて宮中祭祀に臨まれた。宮内庁関係者は感慨深げだ。
「慣れない装束のため、歩を進めるときに多少お体が揺れていましたが、
そのほかの拝礼の所作は完璧なものでした。お帰りの車でも笑顔を見せられました。
ご自身も思い描かれていた理想に近いご参拝だったのではないでしょうか」
翌日の9日、雅子さまは陛下お一人の予定だった中国大使とのご面会に、
“サプライズ同伴”されて30分近く懇談された。
「雅子さまがご一緒だったからでしょうか、陛下は明るいご表情で、大使をねぎらわれていました。
雅子さまも前日のお疲れなどお見せになることもなく、自然な笑顔で歓談されていました」(前出・宮内庁関係者)
上皇陛下が退位された4月30日から、皇室は御代替わりの多忙を極める激動の10日間に直面した。
雅子さまは30日の祭祀こそ欠席されたのだが、陛下が即位された5月1日以降の行事には“フル出席”されたのだ。
雅子さまのご実家である小和田家は、報道各社の取材に答えることはなかったが、
実は雅子さまの晴れ舞台を静かに見守っていたという。小和田家の知人が明かす。
「ご即位当日は雅子さまの両親である小和田恒さん・優美子さん夫妻、妹の礼子さんと節子さんも皇居を訪れ、
儀式に出席しました。ニューヨーク在住の礼子さんは、この日に合わせ帰国したようです。
雅子さまと直接言葉を交わす場面はなかったようですが、久しぶりの“ご対面”となり、
元気なお姿にご家族も安心したそうです」
雅子さまもそばに家族がいるというだけで、心強く感じられたことだろう。皇室担当記者が言う。
「雅子さまは適応障害と診断された直後、軽井沢にある小和田家の別荘で静養されたことがありました。
その後も雅子さまにとって母や妹が療養の支えとなる一方、
『ご実家との距離が近すぎる』といった批判もあったのです。
しかしそれは、陛下とご実家の家族以外に頼れる方がいない状況ゆえのことでした。
雅子さまは今、あのころのようなサポートがなくても問題なく皇后の役目を果たされるほどに、
ご家族も驚く劇的なご回復ぶりをお見せになっています」
https://news.infoseek.co.jp/article/joseijishin_1735648/

選択2019年6月号
悠仁さま「包丁事件」で皇宮警察に見切り 皇嗣家警護は警視庁が主役に
6/1(土) 7:05
皇室を守護する皇宮警察は令和になってもあいかわらず呑気だ。
四月二十六日に秋篠宮家の悠仁さまが通うお茶の水女子大学附属中学校に不審者が侵入。
悠仁さまの机に着色した包丁を置くという事件があったが、
これについても「皇宮警察は『管轄外』という態度」(宮内庁関係者)に終始した。
また、秋篠宮さまが皇嗣になったことで、宮家自体も「内廷」扱いになり、
皇宮警察の側衛官も増員されるはずだった。
しかし秋篠宮さま本人が「警備体制はこれまでどおり」でという希望を漏らしており、
皇宮警察ではこれに唯々諾々と従う方針とみられる。
結果、悠仁さまの警備には今後「警視庁が積極的に関与する」(警視庁関係者)という。
同庁警備部には皇族担当のSPが所属する警衛課がある。
これまで秋篠宮家は内廷外のためほとんど人員を振り分けられなかったが、
「今後は以前の愛子さま以上の五人ほどのSPが配備される見込み」(同前)。
皇宮警察はお株を奪われそうだ。 
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190601-00010000-sentaku-soci
https://www.sentaku.co.jp/articles/view/19003

2019.06.10 07:00  女性セブン
雅子さま 将来的にはすべての祭祀に出席、現時点では困難か
皇后となられて約1週間が過ぎた5月8日、雅子さまは御代がわりに伴う宮中祭祀の1つである
「期日奉告の儀」に臨まれた。宮中三殿すべてに参拝されたのは、
病気療養に入る前の2002年以来、実に17年ぶりのことだった。
「雅子さまが無事に祭祀を終えられた姿に胸を打たれた職員も多かったようです。
ですが、“あまり無理をしてほしくない”という思いを抱く職員も少なからずいます」(宮内庁関係者)
雅子さまはトランプ大統領夫妻との宮中晩餐会や「全国植樹祭」などの公務に順調に出席されている。
ただ、今秋に予定される皇位継承に伴う儀式こそ、新皇后としての“本番”ともいえる行事であるという。
元宮内庁職員で、皇室ジャーナリストの山下晋司さんが言う。
「10月22日の『即位礼正殿の儀』当日の朝、両陛下は賢所、皇霊殿、神殿の宮中三殿にて、
即位礼を行うことを奉告する儀式に臨まれます。
また、11月14日から15日にかけて行われる『大嘗宮の儀』は皇位継承に伴う一世一度の最重要儀式です。
皇后陛下は両儀式ともに、白色帛御五衣、白色帛御唐衣、白色帛御裳という白装束で出席されます。
皇后陛下は皇太子妃時代から、“ここ一番”の儀式に合わせて体調を整えられ、出席されてきました。
秋の重要儀式にも出席され、皇后としてのお覚悟を示されると思っています」
そのためには、“本番”までに、さらに慎重に、無理のないようにご調整されることが必要になる。
「直近の宮中祭祀でいえば、6月16日、香淳皇后のご命日に皇霊殿で執り行われる『香淳皇后例祭』があります。
将来的にはすべての祭祀に出席したいというお気持ちはおありでしょうが、現時点では無理でしょう。
今後もその時々のご体調などを勘案して、その都度、判断されていくことになるでしょうが、
まずは今秋の即位関係の儀式・行事に向けて、無理をなさらず、
周囲の協力を得ながら、体調管理に努めていただきたいと思っています」(山下さん)
雅子さまは一歩一歩、名実ともに「日本の国母」への道を歩まれている。
※女性セブン2019年6月20日号
https://www.news-postseven.com/archives/20190610_1387141.html

2019.07.20 16:00
雅子さま 急遽の「お出まし中止」の背景にあるプレッシャー
『日本書紀』には、古代の雄略天皇が皇后に「養蚕(ようさん)」を奨励したという記述がある。
現在の皇室のご養蚕は、1871年、明治天皇の皇后である昭憲皇太后によって復興された。
それ以降、代々の皇后に受け継がれ、今も春から夏にかけて取り組まれている。
美智子さま(84才)もその歴史の重みを受け止め、皇居内の紅葉山にある御養蚕所へ足繁く通い、
伝統を紡いでこられた。
「御代がわりの行事が立てこむため、雅子さま(55才)が本格的に取り組まれるのは来年からです。
ですが、7月10日には天蚕(てんさん ※:注)の収繭(しゅうけん)作業のため、
御養蚕所を訪ねられる予定でした。美智子さまも毎年この時期に御養蚕所に通われたので、
それに倣われたのだと思います」(宮内庁関係者)
(※:注/日本、朝鮮半島、台湾などに分布する蚕の一種。山繭とも呼ばれる。
屋内飼育ができず、木に網をかけて放し飼いをする)
ところが皇居へ到着予定の30分ほど前、皇居・半蔵門に詰めかけていた報道陣に
「お出ましは取りやめ」の一報が入り、驚きが広がった。
「知らせが直前になったのは、ギリギリまでお出ましを模索されていたからでしょう。
実は翌11日には、東大教授から地球科学の講義を受けられる『ご進講』があり、
さらに12日には離任するベルギー大使夫妻とのご引見が控えていました。
連日の公務を考慮し、大事をとられたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
雅子さまの御代がわり以降の公務は、順調そのもの。
それだけに、養蚕へも予定通りに取り組まれると期待されていた最中の出来事だった。
「好調が続いているため忘れられてしまいがちですが、雅子さまは今も適応障害を患い、療養中の身です。
そんな状況で皇后という大役を引き継がれただけでなく、
美智子さまという偉大な存在の後継者となったわけですから、
そのプレッシャーは計り知れません」(皇室記者)
そうした状況下でも、雅子さまは十二分にその務めを果たされてきた。
御代がわりに伴う一連の儀式はもちろんのこと、5月にはトランプ米大統領夫妻を接遇され、
続く6月にはマクロン仏大統領夫妻、7月にはトルコのエルドアン大統領夫妻と会見されるなど、
数多くの国際親善をこなされてきた。
6月には愛知県で開催された「全国植樹祭」へ臨席されるなど、まさに八面六臂の活躍といえる。
「雅子さまは元外交官のキャリアウーマンということもあり外国語に堪能で、
英語はもちろんフランス語も通訳が必要ないほどの語学力をお持ちです。
また、各国の国際情勢や文化背景などを充分に理解されていて、その能力をいかんなく発揮されておられます。
しかし一方では、そうした周囲からの高い期待値の中で公務に臨むのは、重圧に違いありません。
相当に気を張った日々が続いています」(前出・宮内庁関係者)

◆ふとお疲れを感じさせる表情が浮かぶ
皇族方が公務などでお出ましになるにあたっては、事前に主催者や報道関係者に対し、連絡が入る。
御代がわり以降、両陛下お出ましの案内には、3つのパターンがあった。
「前もっての連絡は 『両陛下がお出まし』『天皇陛下がお出まし』
『天皇陛下がお出ましで皇后陛下はご体調次第でお出まし』の案内方法があります。
例えば、6月21日に麻布保育園(東京・港区)を両陛下で訪問されたのは、
『皇后陛下はご体調次第』という案内でした」(皇室ジャーナリスト)
実のところ、雅子さまのお出ましが直前の変更になっても、さほど大きな影響はないという。
「ほとんどの場合で、主催者側には天皇陛下をお迎えする準備ができています。
雅子さまがいらした場合でも、椅子を1つ追加するだけという程度の対応で済むので、特に手間はかかりません。
むしろ、直前の決定でもいらっしゃっていただけた方がありがたいという声は多い」(前出・皇室記者)
お迎えする行事やイベントには、雅子さまを一目見たいと心待ちにする参加者は多い。
そうした気持ちを、雅子さまがいちばんよくご存じだ。ある皇室関係者が言う。
「公務に出られ、衆目のあるところでは、決して笑顔を絶やされません。
もちろん賓客の前では、国の代表として気品と気遣いが溢れる応対をされていらっしゃいます。
しかし、裏に入ると、ふと重圧やお疲れを感じる表情を浮かべられることがあります。
フーッと大きく深呼吸をされている場面もありました。 
療養中でありながら、連日のお務めを果たされているのですから、無理はありません。
雅子さまはそうした苦悶の表情をひた隠しにされながら、日々の公務に向かわれているのです」
ただし、いくらそうした強いご覚悟をお持ちでも、15年続いているご病気は簡単には抑え込めるはずがない。
前述の御養蚕所ご訪問もそうだが、多くの人の目に触れない、
私的なお務めは、大事をとって休まれることも少なくない。
例えば、6月16日、香淳皇后のご命日に執り行われる宮中祭祀「香淳皇后例祭」に、雅子さまは出席されなかった。
「宮中祭祀は、伝統的な装いを特殊な方法で身につけるなど、女性皇族に多大な肉体的負担をかけます。
雅子さまにはこれから秋にかけて、ご自身が主役になられる行事や、
多くの人が出席を期待する公務が立て続けに待ち構えています。
限界に近い状態とは思われますが、側近と話し合われながら、薄氷を踏むような調整をされつつ、
“本番”に臨まれるはずです」(前出・皇室ジャーナリスト)
※女性セブン2019年8月1日号
https://www.news-postseven.com/archives/20190720_1413555.html

眞子さまが愛子さまに特別授業!異例の南米秘話歓談20分間
記事投稿日:2019/08/01 11:00 最終更新日:2019/08/01 11:00
愛子さまの通う学習院女子高等科が夏休みに入って間もない、7月23日。
ペルー、ボリビアご訪問から帰国されたばかりの眞子さまが、天皇皇后両陛下へのご挨拶のために赤坂御所を訪れた。
宮内庁関係者は語る。
「眞子さまは、両国の大統領から預かったメッセージを、両陛下にお伝えするために赤坂御所に来られました。
異例のことですが、実はその場には愛子さまもいらっしゃいました。
20分ほどかけて、眞子さまは南米での出来事をお話しになったそうです」
愛子さまはちょうど夏休み前の地理の授業で、南米について学んでいたという。
「眞子さまが語る現地でのエピソードに、愛子さまはたいへん興味を持たれていたと伺っています。
侍従職は宮内記者たちには、愛子さまがいらした理由を『時間が合ったから』と説明していましたが、
雅子さまが同席を提案されたのではないでしょうか。
愛子さまも近い将来、同じように公務で海外訪問をされることになります。
5回目の海外公式訪問を終えた眞子さまからの“特別レッスン”は、
貴重な勉強の機会になったことでしょう」(宮内庁関係者)
https://jisin.jp/domestic/1761472/

悠仁さま ブータン国王に「ベリーハンサム」と大絶賛される
記事投稿日:2019/08/28 11:00 最終更新日:2019/08/28 17:10
「すごく似ている感じがします。木とか草とか、そういうところが」
悠仁さまは「ブータンと日本の違いは?」と記者から質問され、はきはきとお答えになった。
さらに秋篠宮さまから「どう違う?」と質問を受けた悠仁さまは
「まだわかんない」と正直におっしゃるおちゃめな面もお見せに。
8月17日、ブータン王国に到着された秋篠宮ご夫妻と悠仁さま。
20日、首都・ティンプーでハイキングをされながら取材に応じられたのだ。
このブータン旅行は、悠仁さまにとって初めての海外ご訪問。
「今回はあくまで“私的訪問”となっていますが、秋篠宮家と親交の深いブータン国王一家からの
招待に応えてのご訪問です。悠仁さまにとっては“皇室外交デビュー”と言っていいでしょう」(皇室担当記者)
19日には、ブータン国王夫妻とご面会。ワンチュク国王は悠仁さまと固く握手を交わし
「ベリーハンサム。ベリーベリーハンサム」と大絶賛した。
20日には、5~16歳の子供たちが通う公立学校へ。悠仁さまは英語で自己紹介をされたという。
「悠仁さまは紀子さまのすすめで、NHKの番組を見る際には英語の副音声を聞かれているそうです。
そうした努力の賜物でしょう。ただ、17日に国立博物館を見学されたときには、
館長による英語の説明をお聞きになった紀子さまが悠仁さまに逐一補足説明をされていたので、
さすがにまだ“通訳なし”というわけにはいかないようですね」(宮内庁関係者)
悠仁さまの“帝王教育”はおもに紀子さまが担当されてきたといわれるが、
今回のブータン旅行は秋篠宮さまが主導されたという。
「秋篠宮さまはブータンに詳しい知人の学者に協力を仰ぎ、10日間にわたる旅をコーディネートされたそうです。
ただ、取材陣には出発当日まで旅程が知らされないなど、前代未聞の事態も生じています。
秋篠宮さまが張り切っていらっしゃる一方で、周囲からは不満の声も上がっていたのです」(前出・皇室担当記者)
しかし25日、紀子さまに付き添われご帰国された悠仁さまは穏やかな笑みを浮かべられていた。
そのご表情は、今回の旅がいかに充実していたかを物語っているようであった。
https://jisin.jp/domestic/1768729/

小室圭に便乗「秋篠宮批判バイト」の実態……掲示板を埋め尽くす「中傷工作員」説
秋篠宮家の長女眞子さまとの小室圭さんの結婚問題による世間の反感は、
秋篠宮家そのものへも飛んでいるのが現状だ。
小室さんの留学や、国民への説明をしないまま現在に至っている。
さらに小室家の借金問題など不安だらけの中、秋篠宮家が半ば「放置」しているように見える現状に、
国民のフラストレーションが溜まっているという状況だ。
さらに「小室さんへのお気持ちが変わらない眞子さま」「公務が少ないように見受けられる佳子さま」
「反抗期という情報もある悠仁さま」など、秋篠宮家それぞれに批判が集中している。
「自由な教育」を掲げておられた秋篠宮さまのお考えが、
ここへきて国民に多くの疑問を生み出してしまっているのだ。
「今回の問題の元凶が小室さんや佳代さんにあることは明白ですが、
どうしても『後手後手』のイメージが強い秋篠宮家への疑問も増えてしまっていますね。
国民としては『なんでここまで悪い情報が出ても、
保留のままなのか』という意見が出るのは仕方ない状況ではあります。
今後、どこまでこの問題が続くのか。続く限り、批判は消えそうにないですね」(記者)
来年の2月には決着がつく、という情報もあるが、小室さんはそのころはまだ留学中。
本当に決着がつくのかは微妙といえよう。秋篠宮家への批判は増幅しそうだが……。
ただ、ここまでの批判には「カラクリ」もあるとか。
「秋篠宮家への掲示板や大手ポータルサイトコメント欄での批判の一部は
『工作員』『バイト』と主張する意見がSNS上ではあります。
業務委託サイトで『秋篠宮家への誹謗中傷は金額は高い』という売り文句で募集をかけていた、という話も。
何の意図があるのかはわかりませんが、小室さん問題に際して、
ここぞとばかりに動く一派があるのは確かなようです」(同)
すべての批判が国民の意見、と思うのは危険のようだ。
https://biz-journal.jp/gj/2019/09/post_120414.html

“天皇皇后両陛下のお手振りなし”で騒ぎに 令和流の「お召し列車」事情
週刊新潮 2019年10月10日号掲載
国体開会式ご出席などのため、9月28日から1泊2日の行程で茨城県へ赴かれた天皇皇后両陛下。
現地までは「お召し列車」でのご移動で、特別仕様での運行は令和に入って初ということも手伝い、
鉄道ファンを中心に大きな注目をあつめた。
ところが“お姿が見えなかった”と、これが思わぬ波紋を呼んでしまい……。
東京駅を発ち、常磐線勝田駅までおよそ90分のご乗車となった今回の運行。
沿線の各所では多くの市民や鉄道ファンがカメラを構えていたのだが、
「両陛下の乗られている車両は一部カーテンも下げられ、
お姿が窺えない形になっていたのです」(皇室ジャーナリスト)
平成の時代には、上皇ご夫妻はお召し列車内でほぼ全行程にわたってお手振りをなさっていたゆえ、
ネット上では騒ぎに発展してしまった。
「鉄道ファンを中心に、思っていた写真が撮れなかったことへの不満などが、相次いで投稿されました。
その文言は『人生に一度と思ってお召し列車を撮影に。(中略)カーテン閉まっていて残念』
『今の上皇がしてきた対応と比べると、明らかにドライ過ぎて残念極まりないですよね……』
などといった内容だったのです」(同)
結論からいえば、両陛下がまったくお手振りをされなかったというのは、“誤報”あるいはデマである。
実際、水戸から勝田までの区間で、両陛下がお立ちになって手を振られている写真が、
ネットに投稿されてもいるのだ。
平成流を“標準”と勘違いしたゆえの混乱だが、なぜこのような事態が起きたのか。
同行していた宮内庁担当記者は「両陛下は車内でご昼食をとられる予定になっていました」と明かす。
「といっても、我々が出張で駅弁をかき込むのとはわけが違う。
周りの職員との打ち合わせも兼ね、時間をかけて召し上がるため、
その間は、もちろん立ち上がってお手振りなどはできません」
宮内庁関係者によれば、かつて上皇さまが在来線の車中で食事を召し上がったことは
「記憶にありません」というから、こちらも“令和流”といえるだろう。
背景にあるのは、皇后陛下のご体調事情だ。
上皇ご夫妻が2泊3日のご日程で三大行幸啓などに臨まれてきたのに対し、
御代替わり以降、天皇皇后両陛下は1泊2日のご日程で、宿泊を伴うご公務に臨まれてきた。
「極力、皇后陛下にご負担のかからないスケジュールを組んでいるのです。
ただしその分、一日ごとの行程はタイトになる。
到着後の昼食の時間も削らざるを得ず、今回はやむなくこのような形になったといえます」
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/10021700/?all=1

2019.10.07 16:00  週刊ポスト
皇室最大の式典「即位の礼」、その流れと平成との違い
令和元年が幕を開け、5か月が経った。10月22日午後1時、天皇陛下が即位を国内外に宣明する
「即位礼正殿の儀」が、皇居・宮殿で最も格式の高い「松の間」で執り行なわれる。
「即位礼正殿の儀が終わると、11月には即位後初めて国家国民の安寧と五穀豊穣などを感謝、
祈念される大嘗祭が行なわれます。これらは7世紀の天武・持統朝から、
御代替わりの際の重要な儀式として踏襲されてきたものです」(皇室ジャーナリスト・山下晋司氏)
当日は、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という束帯をまとった天皇陛下が、
玉座を意味する高御座(たかみくら)へ、十二単姿の皇后陛下が御帳台(みちょうだい)に上られる。
陛下による即位のおことばの後、安倍首相がお祝いの寿詞(よごと)を述べて万歳三唱し、参列者が唱和する。
令和の即位礼は、平成と異なる点も見られる。最も大きな違いは、両陛下お出ましの経路変更だ。
「平成のときは、参列者が直接お姿を拝見できるように、天皇皇后は中庭側廊下を通って松の間に入室されました。
今回は松の間の側扉から入室され、高御座と御帳台にお上りになります。
京都で行なわれた昭和天皇のときの形に戻した訳ですが、
帳が開いたときに初めて天皇皇后のお姿が現われるというのが、本来の形なのです」(山下氏)
190以上の国や国際機関の代表、約2500人が参列する予定だ。会場内には大小のモニターが複数設置され、
離れた位置からでも御姿を見られるという。
この日の両陛下は忙しい。午前9時(予定)に即位礼当日賢所大前の儀と即位礼当日皇霊殿奉告の儀があり、
午後1時の即位礼正殿の儀が終わると、午後3時半から祝賀パレード「祝賀御列の儀」が始まる。
夜7時20分からは参列者を招いて「饗宴の儀」を開催。祝宴はこの日を含めて、
10月25日、29日、31日の計4回開かれる。
※週刊ポスト2019年10月18・25日号
https://www.news-postseven.com/archives/20191007_1464840.html

2019.10.11 16:00  女性セブン
雅子さま、「馬アレルギー告白」は苦渋の決断と葛藤の末
「アレルギーのために馬車に乗れない」「お召し列車で立ってお手振りをされなかった」。
雅子さま(55才)にとって“逆風”となりかねない報道が相次いでいる。
しかし、その裏にある「皇后としての葛藤」を、私たちはまだ知らない──。
皇居・二重橋前の朝の静謐な空気の中を、銃を携えた隊列が進む。
自衛隊特別儀仗隊約100人の一糸乱れぬ行進に、皇居ランナーたちは立ち止まり、息をのんだ。
10月6日朝7時、天皇陛下の即位に伴う「祝賀御列の儀(パレード)」のリハーサルが始まった。
「整列の訓練後、天皇皇后両陛下のオープンカーを先導する警察車両の動きの確認が行われました。
当日と同じ皇居から赤坂御所までの5km近いコースを30分以上かけ、車両50台以上が並んで進む姿は圧巻です。
目の前を通り過ぎるまで5分以上かかりました」(皇室記者)
パレード当日は19万人を超える人出が見込まれるという。
その日を間近に控え、着々と準備が進む中、意外な情報が飛び出した。
10月2日、宮内庁は11月22、23日に両陛下が即位の奉告のため伊勢神宮を参拝(親謁の儀)される際、
雅子さまが儀装馬車ではなく御料車(自動車)を使われると発表した。
平成の時代、今の上皇上皇后両陛下は馬車を利用されたが、今回は天皇陛下だけが馬車を使われるという。
宮内庁はその理由を、雅子さまに「重度の馬アレルギーがあるため」と説明した。

◆御料牧場で馬に触られたことも
日本アレルギー学会専門医で、秋葉原駅クリニックの佐々木欧医師は次のように解説する。
「そもそも動物アレルギーは、動物の唾液や汗、糞やフケ、これらの付着した毛などが原因で起こります。
くしゃみや鼻水といった花粉症のような症状から、咳や息苦しさ、皮膚のかゆみなど症状はさまざまです。
犬や猫など身近な動物が原因になることが多く、馬アレルギーは滅多にない珍しいものです。
しかし発症すれば、稀にですがアナフィラキシーショックを起こし、命を落とす場合もあります」
雅子さまが馬アレルギーだった――。その報道に、首をかしげた国民が少なからずいたようだ。
「雅子さまの動物好きはよく知られています。
ご一家は犬や猫を飼われ、雅子さまが犬の散歩をされるお姿はよく目にします。
また、動物との触れ合いによってストレスを軽減し、
健康の質を向上させる『アニマルセラピー』に興味を持たれ、ご自身の適応障害への対応として
ホースセラピーを受けられたと報じられたこともありました」(皇室ジャーナリスト)
過去には、御料牧場(栃木県)でオマーン国王から贈られた子馬に触れられる様子も報じられているので、
ネット上には“本当にアレルギーなのか”という声も散見された。
「両陛下は9月28日、『国民体育大会』へ出席されるため茨城県へ向かう途中、
御代がわり後初の『お召し列車』に乗られました。
その際、平成の時代とは異なり、両陛下が椅子に腰を下ろした状態で、
沿線の見送りの人へお手振りをされていました。平成の頃の印象が強いためか、
雅子さまのお姿を残念がる声があったと報じられました。
伊勢神宮での参拝で、皇后陛下がおひとりで儀装馬車に乗られるのは、即位に際しての『親謁の儀』だけ。
もちろん美智子さまも30年前に乗られました。
貴重な機会だけに、今回の発表もまた、惜しむ声が上がっています」(別の皇室記者)
にわかに“逆風”が吹き始めたように思えるが、雅子さまにとっては苦渋の決断だったに違いない。
過去、たしかに雅子さまは、たびたび馬と触れ合う機会を持たれてきたが、
その都度、大変なご苦労があったという。
「雅子さまは、ご結婚前から馬アレルギーをお持ちだったそうです。
それでも動物好きの雅子さまは馬に対しても愛情をお持ちで、
特に幼少期の愛子さまには馬と触れ合う時間を持たせたかったのでしょう。
馬に近づく前にはアレルギー薬をのまれ、マスクを二重にしてつけられるなど、
万全の対策を取られていたそうです。それも、国民に心配をかけないように行われてきました」(宮内庁関係者)
実際に、美智子さまは皇后時代、公務で頻繁に馬車に乗られていた。
しかし、雅子さまが馬車に乗られたのは、確認できる範囲では一度も見当たらない。
馬アレルギーを公にされることはなかったが、常に周囲に相談され、体調管理を徹底されてきたのだろう。
「ご家族で那須どうぶつ王国(栃木県)へ出かけられた際も、馬に近づかれることはあっても、
乗馬はされませんでした。また、にんじんのエサやり体験でも、
馬と距離を保たれ、愛子さまやお友達に自然と場所を譲られていた。
アレルギーを周囲に悟られ、心配をかけることがないよう、
お考えになって動かれていたと感じました」(前出・皇室ジャーナリスト)
伊勢神宮参拝で馬車が使われなければ、異例の事態に大きな騒ぎが予想される。その前に公表したのだろう。
「雅子さまは公務や儀式の際はいつも入念な下調べをされ、
結果として欠席となる場合でも直前まで準備をされます。
それだけ公務に対する責任感は並々ならぬものがあります。
伊勢神宮の親謁の儀にあたっても、行かないという選択はない。
しかし、長い距離を馬車に乗り、マスク姿で心配もかけたくない。
ならば、アレルギーを告白して波紋が広がろうとも、無理なくご自身で務められる手段として、
自動車を選ばれたのだと思います」(前出・宮内庁関係者)

◆「時代に合わせて」美智子さまが変革
伝統にとらわれることなく、自らに適した最善策を選ばれる。
そうした柔軟な姿勢は、美智子さまから受け継いだスタイルだ。
宮中祭祀の伝統の1つを、美智子さまが変革されたことがあったという。
皇族方は、国家と国民の安寧を祈る「宮中祭祀」に日々取り組まれている。
その祭祀の前には体を清める「潔斎」が行われる。
特に女性皇族が臨むに当たっては、一切を身につけず、全身の清めなどすべてを女官に委ねるものとされてきた。
それが、闘病中の雅子さまにとって、祭祀に参加される「最大のハードル」ともいわれてきた。
しかし、美智子さまの発案もあり、「女官による潔斎」は廃止されたという。
元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんが説明する。
「上皇后陛下のご結婚当時は、たしかに御湯殿での潔斎に女官が介添えしていました。
しかし、昭和後期、上皇后陛下は浩宮殿下に嫁がれる将来の皇太子妃、皇后が
これに耐えられるだろうかと不安を抱かれ、宮中祭祀に奉仕する内掌典の責任者に相談されました。
内掌典は“慎みをもって身を清めることが重要であって、介添えは重要ではない”と答えました。
昔は『おすべらかし』は地毛のため髪が長く、その髪を持つ介添え女官が必要だったそうですが、
現在は地毛ではないためその必要がなくなっていたのです。
以降、介添えはなくなりましたので、皇后陛下はご結婚当時からおひとりで潔斎されています。
上皇后陛下が“将来の妃”のために、改革されたといっていいでしょう」
美智子さまは2009年、ご結婚満50年に際して次のように語られた。
《伝統の問題は引き継ぐとともに、次世代にゆだねていくものでしょう。
私どもの時代の次、またその次の人たちが、それぞれの立場から皇室の伝統にとどまらず、
伝統と社会との問題に対し、思いを深めていってくれるよう願っています》
緩急剛柔なスタイルは、平成から令和に、しっかりと受け継がれている。
※女性セブン2019年10月24日号
https://www.news-postseven.com/archives/20191011_1467470.html

2019.10.26
ジャーナリズム
秋篠宮家、不当なバッシング報道の全真相…一丸となり熱心にご公務に勤しまれていた
文=深笛義也/ライター
即位の礼をめぐる一連の儀式によって祝賀ムードが広がるなか、
秋篠宮家は依然として、眞子さまの結婚問題を抱えたままだ。
高いハードルとなっているのが、お相手の小室圭さんの母親の佳代さんと元婚約者との間の“借金トラブル”だ。
贈与であって返す必要がないという佳代さんと、借金であるという元婚約者の主張がぶつかり合っていたが、
8月上旬、佳代さんの代理人、元婚約者本人とその代理人の3人が話し合いを持った。
借金であるということは認めないまま、佳代さんが“解決金”などの名目で、
相応の額を元婚約者に支払うことでの決着を目差しているのではないかといわれている。
そうなった場合、結婚問題は進展するのだろうか。
「金銭トラブルが解決したとしても、それは第1段階にすぎません。
ここまでゴタゴタが続いてきていて、秋篠宮家としては、それだけでは納得できないでしょう。
小室さんは金銭問題の解決もしないまま突然、ニューヨークに行ってしまった。
資格を取るために勉強されているわけですけど、それが達成できていない状況。
一般の家庭の親であっても、結婚を認めにくいのではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト、以下同)
眞子さまの結婚問題に関して、佳子さまは今年3月の国際基督教大学(ICU)卒業時に
「結婚においては当人の気持ちが重要」「姉の一個人としての希望がかなう形に」と回答された。
この問題に関して、秋篠宮ご夫妻、眞子さま佳子さまご姉妹との間に断絶が生じており、
お食事も別々にとられているなどの報道も見受けられる。
「眞子さまは、小室さんと結婚することを考えて日々を送っていると思われます。
佳子さまはそれを擁護するお考えですから、
秋篠宮家の中で結婚問題について話しづらい空気になっていることは確かでしょう。
だけど、断絶ということはないと思います。
ご公務のこととか、日々の生活についてのお話はされていると思います。
お食事については、秋篠宮殿下と紀子さまはとてもお忙しく、ご不在のことも多いので、
別々になることもあるだろうとは思います。
悠仁さまがいらっしゃるわけですから、時間があればお食事は一緒にするんじゃないでしょうか」
秋篠宮ご夫妻と悠仁さまが8月17日から1週間、ブータンを私的に訪問されたが、
予定されていた宮務官(秋篠宮ご一家の身の回りのお世話などをする宮内庁職員)の随行が取り消された。
これは秋篠宮殿下が決定されたとのこと。秋篠宮家と宮内庁との不協和音を指摘する報道もある。
「ブータンの王族の方々とお会いするわけですから、
外交儀礼に詳しい宮務官が付いて行くほうが好ましいことは確かで、不自然であるとは感じます。
ただ、今回はプライベートなご旅行でした。
秋篠宮殿下の知人である国立民族学博物館教授の池谷和信氏が、現地での行動は取り仕切ったということですね。
そうしたブータンと親交があり文化にも通じている方に委ねようというのは、殿下独特のお考えなのかもしれません」

いつもお2人でご移動
秋篠宮殿下と紀子さまが言い争いをしている、公務で別行動をとっているなど、ご夫妻の間の不和も報道されている。
「別行動というのは、『高校総体』と『高校総合文化祭』のことだと思います。
鹿児島での『高校総体』と佐賀での『高校総合文化祭』の開催が、どちらも7月27日だったんですね。
『高校総合文化祭』の開会式への出席は、秋篠宮殿下がずっとなされているご公務です。
一方、『高校総体』は天皇陛下が皇太子として出席していたご公務を引き継いだものです。
同じ日に、県をまたいで2つの式典に出席されることはとても異例なことです。
午前中の『高校総体』にご夫妻揃って出席されて、午後の『高校総合文化祭』の開会式に遅れないように、
秋篠宮殿下は先に九州新幹線で佐賀に向かわれたわけです。
紀子さまはそのまま『高校総体』を観覧されてから佐賀に向かわれて、
結果的には『高校総合文化祭』の開会式にご夫妻揃って出席されています。
時間に追われながら、両式典でお揃いになっているのですから、
どれだけ熱心にご公務に取り組まれているかの表れです。
万が一にも開会式に遅れないようにという殿下の配慮が、
別行動で不和だというのは、あまりにも針小棒大な見方ではないでしょうか。
基本的にはいつもお2人で移動されています。
ご夫妻の間で意見の違いもあるでしょうけれども、それがあまりにも大げさに取り上げられている印象があります」

一連の報道は、秋篠宮家バッシングなのだろうか。
「眞子さまの結婚問題が、国民に不安を与えていることは確かです。
ですが、反論しにくい状況にある秋篠宮家に対して、小さなことを大きく言い立てて、
まるで皇嗣としてふさわしくないかのような物言いをされるのは、不当なことではないでしょうか。
お食事のことひとつ取っても、秋篠宮家のお食事すべてを把握して発信されているのでしょうか。
たまたまスケジュールの都合で、どなたかがおひとりでお食事されているのを知って、
おっしゃっているのではないでしょうか。
10月14日に佳子さまは、渋谷で開かれた『第1回コミュニティアクションチャレンジ100アワード表彰式』に出席され、
台風19号の犠牲者の方々を悼む言葉を述べられました。それはとても心のこもったものでした。
ネガティブなことばかりが目立って報じられていますが、秋篠宮家は皆、ご公務に熱心に取り組まれていると思います」
次々と繰り出される秋篠宮家に関する報道には、読者の読み解く力が試されているのかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)
https://biz-journal.jp/2019/10/post_125139.html