両陛下沖縄県ご訪問2012

両陛下 国立沖縄戦没者墓苑を訪問
11月17日 16時48分
天皇皇后両陛下は、17日、沖縄戦最後の激戦地となった沖縄県糸満市にある
国立沖縄戦没者墓苑を訪れ犠牲者の霊を慰められました。
両陛下は、18日に糸満市で開かれる「全国豊かな海づくり大会」などに出席するため、
17日午後、特別機で那覇空港に到着されました。
両陛下の沖縄訪問は、平成16年以来8年ぶりです。
両陛下は、雨が降るなか、太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった18万人以上の遺骨が納められている
糸満市の国立沖縄戦没者墓苑を訪れ、納骨堂の前に花を供えて犠牲者の霊を慰められました。
そして、墓苑をあとにする際、県の遺族連合会の会長の女性に
「遺族会の人たちも高齢化してくるでしょうから、どうかよろしくお願いします」と声をかけ、
集まった遺族たちにも「どうぞお元気で」などと、いたわりのことばをかけられました。
両陛下は、4日間沖縄県に滞在し、18日、海づくり大会の式典や稚魚の放流行事に臨むほか、
最終日の20日には初めて久米島を訪問される予定です。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121117/t10013568061000.html


両陛下、8年ぶり沖縄入り 戦没者慰霊施設を訪問
【北野隆一、島康彦】
天皇、皇后両陛下は17日、「全国豊かな海づくり大会」出席のため、8年ぶりに沖縄県入りした。
両陛下の訪沖は皇太子夫妻時代から通算して今回が9回目。到着後、まず沖縄戦の慰霊施設を訪れた。
沖縄訪問のたび欠かさず訪ねている。
糸満市の沖縄平和祈念堂では、県立第二高等女学校出身者でつくる
「白梅同窓会」の中山きく会長(84)ら3人が迎えた。
戦時中、白梅学徒隊として野戦病院で傷病兵を看護した犠牲者が、糸満市の「白梅之塔」にまつられている。
皇后さまは「塔はどちらですか」と尋ね、両陛下はその方向へ深く拝礼した。塔に供えるようにと
花束を両陛下から手渡された中山さんは「胸がいっぱいになりました」。
両陛下は続いて国立沖縄戦没者墓苑で、白菊の花束をささげた。
沖縄戦で父や祖母、きょうだいを亡くした県遺族連合会の照屋苗子会長(76)が、
墓苑前で両陛下を迎えるのは3回目。皇后さまは「草の苗の苗子さんね。覚えています」。
天皇陛下は「遺族も高齢化しているから、よろしくお願いします」と語ったという。
照屋さんは「肉親を亡くした悲しみは一生癒えない。
でも、両陛下が沖縄に心を寄せたお言葉は励みになります」と感慨深げだった。
墓苑前で迎えた「ひめゆり平和祈念資料館」の本村つる元館長(87)の前でも両陛下は足を止め、
「資料館はどうですか。子どもたちが勉強に来ていますか」と声をかけたという。
宿泊先のホテルでは、1944年8月に米軍に撃沈された学童疎開船・対馬丸の遺族らでつくる
「対馬丸記念会」の高良政勝会長(72)が迎えた。
対馬丸からの生還者で、家族9人を亡くした高良さんが「姉と私だけが助かりました」と話すと、
皇后さまは「大変だったでしょう」と応じた。
両陛下は対馬丸事件に深い関心を寄せてきた。
撃沈された8月22日には黙祷(もくとう)しているといい、
天皇陛下は97年の誕生日記者会見で「私と同じ年代の多くの人が含まれ、痛ましい」と発言。
皇后さまも05年の誕生日に際し「対馬丸撃沈で亡くなった児童たちも、
無事なら今は古希でしょう」と述べている。記念会は04年に「対馬丸記念館」を
那覇市に開設した。高良さんは「ぜひ両陛下においでいただきたい」と話している。
2012年11月17日21時42分
http://www.asahi.com/national/update/1117/TKY201211170584.html?ref=yahoo


天皇、皇后両陛下:「沖縄の痛み」に寄り添い…訪問終える
毎日新聞 2012年11月20日 21時40分(最終更新 11月20日 21時45分)
天皇、皇后両陛下は20日、沖縄県の離島・久米島を訪れた後、特別機で羽田空港に帰京し、
4日間の同県訪問を終えた。
8年ぶりとなる沖縄訪問は、全国豊かな海づくり大会出席のためだったが、
今回も到着初日に沖縄戦の戦跡を訪ね、慰霊の祈りをささげた。
戦争にまつわる「沖縄の痛み」に特別な思いを寄せていることを改めて示し、
両陛下を歓迎する「ちょうちん奉迎」も行われた。
両陛下の沖縄離島訪問は76年の伊江島、04年の宮古、石垣両島に続いて4島目。
県海洋深層水研究所を視察し、深層水を使って飼育・養殖されているクルマエビや海ぶどうなどの説明を受けた。
 今回、両陛下が17日の沖縄到着直後に訪れたのは、糸満(いとまん)市の沖縄平和祈念堂と
国立沖縄戦没者墓苑。9回目の沖縄訪問で両施設への訪問は共に7回目だった。
祈念堂では、沖縄戦で22人が死亡した「白梅(しらうめ)学徒看護隊」の元学生ら3人と初めて懇談。
墓苑では納骨堂に献花し、遺族らと面会した。
当初は言葉を交わす予定はなかったが、両陛下は時間の許す限り、遺族らに丁寧に声をかけた。
皇太子夫妻時代の75年の初訪問では、ひめゆりの塔で火炎瓶を投げつけられる事件が起きた。
これまで県民の中には「天皇訪問」に複雑な思いを抱く人も多く、
今回も一部で大会出席に反対するデモがあったが、大きな混乱には至らなかった。
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20121121k0000m040053000c.html


2012年11月22日20時34分
両陛下、外間守善さん死去で弔意伝える
20日に87歳で亡くなった「沖縄学」の第一人者、外間守善(ほかましゅぜん)さんについて、
宮内庁は22日、侍従を通じて妻の菊枝さんに天皇、皇后両陛下の弔意を伝えた。宮内庁が同日明らかにした。
外間さんは1968年から、皇太子夫妻だった両陛下に沖縄の文化や沖縄の短歌「琉歌」を進講。
75年には、初の沖縄訪問を控えた当時の皇太子さまから「戦没者鎮魂のため戦跡を訪ねたい」
と相談されたことを生前、明らかにしている。
宮内庁によると天皇陛下は外間さんについて「沖縄のことを教えていただいた方」と語り、
17~20日に両陛下が8年ぶり9回目の沖縄県訪問をした際も話題になったという。
http://www.asahi.com/national/update/1122/TKY201211220777.html