福沢諭吉の皇室論を読み解く

月刊正論平成21年1月号
福沢諭吉の皇室論を読み解く
―混迷の今こそ賢哲の洞察の深さに学ぶ
平沼赳夫

■皇族に対する不当な差別待遇
平成17年11月な政府の諮問機関である「皇室典範に関する有識者会議」が、
それまでの皇室の伝統を無視して、女系天皇を認める報告書を出しました。
百二十五代にわたって守られてきた皇室の伝統を僅か十名程度の
「有識者たち」の議論によって変えることはおかしいと考えて、
「報告書」に対する反対運動を行いました。
平成18年3月7日には、日本武道館で「皇室の伝統を守る一万人大会」を開催しましたが、
このような私たちの活動を「右翼だ」とみなす人が多かったことは残念でした。
官僚たちも、国家公務員の上級試験を通ってきていますが、皇室のことをまともに学んできていません。
ですから、天皇陛下が国家の安泰と国民の幸福を祈られる皇居・宮中三殿の補修費用なども、
財政難を理由に極力削ろうとする。
宮中三殿の塀などがぼろぼろになってしまっていても、少しも気にしていない。
あまり知られてはいませんが、皇族に対する処遇もおかしいことばかりです。
ひげの殿下とよばれている寛仁親王殿下は九回も癌の手術をされていますが、
皇族は国民健康保険に入ることもできないため、医療費の負担が大変なのです。
宮様の場合、一般の人々との相部屋というわけにもいきませんから、入院費が一カ月に何百万とかかるわけです。
その費用を決して多くない皇族費から捻出しなければならない。
皇族は国民健康保険に入れないだけでなく、選挙権もありません。ところが税金だけはしっかりと取られる。
昭和天皇の弟宮にあたられる高松宮殿下は港区高輪にお屋敷があって、八千坪もありました。
その内、半分の四千坪はご自身の所有地でした。その四千坪の敷地をすべて国に寄付されたんです。
昭和62年の時ですから、バブルの時代で坪一億として時価四千億ですよ。
それでも高松宮様が薨去されたとき、税務署の役人たちが高松宮邸に来て、
相続税を算定するためにお蔵の財産に査定額の札を貼って莫大な相続税を課した。
やむをえず妃殿下は相続税を支払うために、葉山の別邸を売却されたわけです。
四千億も寄付された高松宮家から相続税を取り立てたんですよ。
選挙権もなく、国民健康保険もないのに、相続税などの税金は一般と同じく取られる。
現行憲法でも「国民統合の象徴」と規定されている皇室に対しては、
それにふさわしい処遇が整えられてしかるべきではないかと思います。
そもそもこんなおかしな法体系となっているのは、占領政策が原因です。
日本の敗戦後、アメリカの占領軍が皇室を「日本最大の財閥だ」と誤解して
財産を没収しただけでなく、最小限の経費しか使えないようにしたからです。
国民統合の象徴でありながら天皇陛下も皇族も不当な扱いを強いられてきた。
そうした「占領遺制」は戦後半世紀、ほとんど是正されずに今日に至っているわけで、
政治家として誠に申し訳なく思っています。

■「自由な政治論争がもたらす軋轢」を緩和する力
皇室に対して不当な扱いをしている戦後体制を是正するためにはまず何よりも、
政治家の見識と世論の支持が必要ですが、
現状でははなはだ心もとない。
私は若いときに谷口雅春先生の皇室論を読む機会に恵まれて皇室の尊さを理解することができましたが、
戦後教育しか受けていなければ皇室の尊さがわからないのも無理はない。
そこで現代の人々にも皇室のことを理解してもらうためにどうしたらいいのか、調べておりましたら、
私の母校の慶應義塾大学の創設者である福沢諭吉先生が皇室のことについて
立派な論文を残されていることに気付きました。
福沢先生と言えば、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という言葉でも有名なように、
どちらかというと進歩的な開明思想の持ち主だというのが大方の印象でしょう。
その福沢先生が明治時代に「なぜ皇室は尊いのか」
「日本の将来にとって皇室がいかに重要なのか」を丁寧に論じていらっしゃるのです。
現代の評論家や政治家が主張するよりも、
福沢先生が皇室の尊さを力説されていたという事実に非常に価値があると思って、
このほど『福沢諭吉の日本皇室論』(島津書房)という本を出した次第です。
この本には、国会設立が決まったことを受けて明治15年(1882)に発表された「帝室論」と、
明治21年に発表された「尊王論」の、それぞれの原文とその現代語訳を収めていますが、
日本人なら必ず読んでおくべき近代皇室論の古典だと思います。
天皇陛下も中等科時代に、東宮職参与となった小泉信三博士とともに、
福沢先生の『帝室論』を輪読されておられます。
福沢先生はいわば西欧近代化、自由民権運動のオピニオンリーダーだったわけですが、
単純な自由民権論者ではありませんでした。
(中略)

≪政治の党派が生じて相互に敵視し、積年の恨みがだんだん深くなり、解決できないという状況の最中に、
外からの攻撃が生じて国の存亡にかかわる事態が到来したら、どうするのか。
自由民権が非常に大切であるとはいっても、その自由民権を享受させてくれた国が、あげて侵略され、
不自由で無権力ま有り様に陥ったなら、どうするのか。
…小さい者どうしがお互い争って勝敗が容易に決着せず、全身の力をすでに使い果たして残る力もない。
こんな状態で他国のことを考えて、それに対処する余裕があるだろうか≫

福沢先生がこの論文を執筆されたのは今から百二十年前のことですが、現代の政治の姿を彷彿とさせます。
驚くべき先見性だと思います。
続けて、このような「国会における自由な政治論争がもたらす軋轢」を緩和させるためにも
「一種特別な大勢力」が必要だとして、次のように述べていらっしゃいます。

≪民心軋轢の惨状を呈するときにあたって、その党派論にはいささかも関係するところのない
一種特別な大勢力があり、その力をもって、相争う双方を緩和し、無偏無党の立場から両者を安んじいたわって、
各々が度を過ぎないよう導くことは、天下無常の美事であり、人民には無上の幸福といえるだろう≫

そして、我が国において「相争う双方を緩和し、無偏無党の立場から両者を安んじ、いたわって、各々が
度を過ぎないよう導く」力をもっているのは、党派をこえて国家・国民のために祈られる皇室しかないと、
福沢先生はいわば西欧近代化、自由民権運動のオピニオンリーダーだったわけですが、指摘されているのです。

■マッカーサーとのご会見に見る「皇室の本質」
確かに福沢先生の指摘している通り、有史以来我が国は幾度しなく国難に出合っていますが、
そのときは必ず皇室が中心となって、しっかりまとまって危機に対応してきました。
元寇のときの亀山上皇、幕末・明治維新のときの孝明天皇と明治天皇、
そして占領軍が乗り込んできた昭和二十年のときの昭和天皇と、
いずれも皇室を中心にまとまってきました。
まさに皇室があるかに、国家は分裂せずに守られてきたと言えると思います。
日本の敗戦後の武装解除ひとつをとっても、天皇のご存在がなければ、絶対に失敗していたと思いますね。
皇室は常に国家・国民のことをお考えになっていらっしゃる。
その皇室に対する敬愛の念において国民がまとまっていなければ、
武装解除もあれほど平和裡に進まなかったでしょうし、
ゲリラ闘争が各地で頻発して現在の日本の繁栄もなかったと思いますね。
国家が分裂せずにまとまることの重要性は、イラク戦争後のイラクの復興の様子をみればよくわかります。
国民を統合する存在がなければ、イラクのように内乱が続いていたかも知れないのです。
では、なぜ皇室に国民を統合する力があるのか。
日本の歴史を見れば、源氏にしても平家にしても織田信長にしても、
その軍事力と権力によって皇室を無にすることはできた。
しかし、そうしなかったのは、神話の世界につながる日本最古の宗家としての重みを持ち、
国家の安泰と国民の幸福を日々祈られる皇室の権威を誰もおかすことができなかったからです。
しかも、いざとなれば国民のために捨て身の行動をとられてきた。
思い出すのは、日本敗戦後の昭和二十年九月のマッカーサー元帥とのご会見のことです。
(中略)

陛下は命乞いをされずに「自分はどうなってもいいから日本国民を救ってほしい」と
切々とおっしゃられて、マッカーサーは大変感動したわけですね。
ですから、最初はぞんざいな扱いであったのが、お帰りになるときは玄関まで見送りにでた。
国民のためならば命を投げ出される無私の行動をとられた昭和天皇だからこそ、
日本国民も戦争には負けたけれども、皇室に対する敬愛の念をいささかも変えなかったわけです。

■行政の限界と皇室の役割
福沢先生が皇室に期待した役割は、政治論争に伴う軋轢を緩和することだけではありませんでした。
(中略)
明治23年(1890)、政府は第一回帝国議会に、第一号法律案として「窮民救助法案」を提出しました。
障害者・傷病者・老衰者等で自活の力なく飢餓にせまる者と養育者のない孤児を対象に、
衣食住給与と医療、埋葬まで行うというものですが、
衆議院は法案をなんと否決してしまったのです。
「なぜ一部の困窮者を助けるために国民の税金を使うのか」という批判が多数を占めたというのです。
しかし、貧富の格差を放置し、飢え死に寸前の人々ょ見捨てるような風潮が蔓延すれば、社会は荒みます。
助け合い支え合うよき社会としていくためにも、親に孝行を尽くし、
困った人に手を差し伸べるような善行を讃える世論を高めていくことが重要ですが、
法令に基づいて行政を行う政府官僚がその役割を担うことは
なかなか難しい。では、どうしたらいいのか。皇室ならば、社会が荒むことを防ぎ、
助け合い支え合うよき社会の美風を高めることができると訴えているのです。

≪国会議員の政府は、道理の府であるために、情を尽くすことができない。
理を通そうとすれば情を尽くすことができず、情を尽くそうとすれば理を通すことができない。
この二者は両立できないものと知らねばならない。では、このような状況で、日本国中を見渡してみて、
こうした人情の世界を支配して徳義の風俗を維持することのできる人がいるだろうか。
ただ帝室(皇室)があるのみである≫

国家・社会の現実を見据えた福沢先生の「皇室論」は当時の指導者層にも支持され、
皇室は、貧民救済など福祉に尽力されるようになります。
例えば、明治44年、明治天皇は困窮者に対する無料の医療事業を起こすべく「施療済生の勅語」を出され、
御内帑金(ごないどきん ポケットマネー)をもとに恩賜財団済生会が設立され、
全国各地に貧しい人向けの病院や診療所が建てられました。
大正14年には、関東大震災を被災した老人を救済収容する目的で、
皇室の御内帑金と大震災に対する一般義捐金をもって財団法人浴風会を創設し、
病院を併設し五百人を収容する大養老院浴風園を設立しています。
この浴風園のおかげで全国の養老院の水準が大いに上がったと言われています。
明治新政府は、欧米諸国の軍事的脅威から独立を守るために富国強兵を最優先にせざるを得ませんでした。
いわば、能率を優先させ、採算重視の資本主義のもとで経済発展をしていかなければなりませんので、
資力が乏しい当時の政府は、福祉を後回しにせざるを得なかったわけです。
しかし、能率的採算本位の資本主義は、拝金主義を招き、格差を生み、国民精神を退廃させていくことになります。
そこで、富国強兵では切り捨てられる部分、つまり学術・文化の高貴さを保ち、
福祉を重視して格差を是正する役割を、皇室に担っていたたくべきであると福沢先生は考えられ、
実際に皇室はそのような役割を担ってこられたわけです。
もちろん、皇室が福祉や伝統文化の顕彰を行おうと思えば一定の財産が必要です。
ですから福沢先生の「帝室論」の結論も、福祉や伝統文化擁護のため、
皇室には一定の財産をお持ちいただきたいということでした。
幸いなことに明治の時代は、政権担当者たちも精神的分野で皇室が大きな役割を果たされるべきだと考えて、
ヨーロッパの王室とは比較になりませんが、一定の皇室財産をお持ちいただくことになりました。
行政ができることには限界があるからこそ、それ以外の精神的分野における皇室の役割は大きい。
この福沢先生のご指摘は平成の今でも立派に通用すると思いますね。

■ハンセン病と高松宮殿下
現行憲法となって皇室に対する法制度は確かに変わりました。
しかし、福沢先生が指摘されたような、行政とは異なった立場から福祉や文化・芸術など精神的分野において
皇室が大きな役割を果たされるという点については、ほとんど変わっていないのではないでしょうか。
私がまだ若い代議士の頃、私の選挙区である岡山にハンセン病の療養施設がありまして、
高松宮同妃両殿下がお見えになりました。
私も随行させていただきましたが、ハンセン病の重い患者などは手も爛れているんですが、
高松宮殿下と妃殿下はしっかりと手を握られて激励されたんです。
当時はまだハンセン病に対する誤解も残っていて感染するのではないかと、
随行の知事や政治家は患者のそばに近寄らなかった時代ですよ。
そんな患者さんの手をしっかりと握られる殿下のお姿を間近に拝見していて、
やはり皇族というのは違うなと思いましたよ。
目が見えないその患者さんに看護師さんが
「いま手を握ってくださっているのは高松宮殿下ですよ」と話しかけると、涙が流れたんです。
何しろ爛れて手の形をしていない状態です。宮様はいやいやではなくて、本当に心をこめて手を握られる。
恐らく誰も手を握ってくれなかったんだと思うのです。
ハンセン病に対する社会の偏見を取り除く上で皇族が果たされた役割は本当に大きかったと思いますし、
青年時代に「帝室論」をお読みになっていらっしゃるためなのでしょうか、
現在の天皇皇后両殿下も障害者福祉など、時の行政の手が及ばない国民の重要事に
精神的な支援をなさっていらっしゃいますよね。
御即位十年のときに皇后陛下も、行政との関係を念頭に、次のようにおっしゃられています。
「この十年間、陛下は常に御自身まお立場の象徴性に留意をなさりつつ、
その上で、人々の喜びや悲しみを少しでも身近で分け持とうと、
お心を砕いていらっしゃいました。社会に生きる人々には、それぞれの立場に応じて役割が求められており、
皇室の私どもには、行政に求められるものに比べ、より精神的な支援としての献身が求められるように感じます」
実際、皇室の「より精神的な支援としての献身」によって救われた国民は多いと思いますが、
そうした「現実」を国民の側がどれほど知っているのでしょうか。
現在の皇室に戦前のように多くの財産があれば、もっと福祉や伝統文化振興のために
大きな役割を果たしていただけるでしょうに、いまはお気の毒で、乏しい予算ですので、
皇族の関係者が結婚される際に宮家が出されるお祝いは申し上げるのも憚られる金額だと伺っています。
もちろん、お祝いをいただく側は宮家からいただいたということで有難く思っていると思いますが、
一般の会社員並みのお祝いさえお包みになれない状況にあることは本当に申し訳ない次第です。
皇室が「福祉などのために基金を出されたい」とお考えの際に、
ある程度自由に使える財産をお持ちいただくことができるように、
せめて国民の側から皇室に寄付できるような制度があればいいのですが、
占領軍から強制された現行憲法では、国民からの寄付もほとんど認められていません。
ですから、一日も早く憲法改正を成し遂げ、国民からの寄付の道を開くとともに、
皇室には、自由な政治論争に伴う軋轢を和らげ、
行政ではできない精神的な側面でもっともっと大きな役割を果たしていただくようにしていくべきだと思います。
その際、現行憲法では、総理大臣も元首的な機能を持っているし、
天皇陛下も国事行為を始めとして元首的な役割を果たされている。
このため学界では厳密にはどちらが元首なのかという論争が行われていると聞いていますから、
「党派を超えた尊いご存在である天皇陛下こそ日本国を代表される元首である」
ということを明記すべきだと思います。
私の知り合いには慶応出身者が多いのですが、
ほとんどの人は福沢先生が皇室論を書いていらっしゃることを知りませんでした。
『学問のすすめ』だとか『福翁自伝』は知っていますが、『帝室論』と『尊王論』はほとんど知りませんでした。
慶応大学の塾長室を訪ねて安西塾長にも差し上げましたが、安西塾長も出版のことを大変喜んで下さったのです。
天皇陛下は御在位二十年を迎えられます。皇室と国民の絆をめぐり様々な議論が交わされてもいます。
なかには合点のいかぬ問題提起や心ないと思えるものもあります。
我が国にとって天皇、皇室がいかなる存在であるのか。
それを今を生きる国民としてしっかり見つめ直さねばならない。
しかしそのためには先哲の残された古典を繙き、その叡知に向き合うなかで
私たちの先人がどのように考えたのかを学び、自らを省みる営みはとても大切で忘れてはならないように思う。
福沢先生の『帝室論』と『尊王論』はこれまで長い間忘れ去られた論文だったわけですが、
「自由民主主義」を推進する立場から皇室の尊さを説く福沢先生の「皇室論」は
百二十年の歳月を経た今日でも、将来の日本を構想していく上で、大きな示唆と誇りを与えてくれると思います。

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平成24年
平沼赳夫メール通信 2月10日
明日は「建国記念の日」です。
各地で奉祝式典が開催されます。
ご家庭や職場等で国旗を掲揚し、国民こぞって日本の建国をお祝い致しましょう。
■「皇室典範」拙速な改変論議に反対する
世界に現在約200国ある独立国のうち、45の国が君主制をとっています。
日本は、「万世一系」の皇室をいただいている世界でも類を見ない歴史と伝統を有する立憲君主国です。
125代、ニ千年以上、男系の血統を護持し続けている君主国は、日本以外にはどこにも存在しません。
祖先が守り続けてきた日本の万世一系の歴史こそまさに『世界の至宝』です。
どこの王家・王室においても、女王の夫君が女王の父方の直系男子でない限り、
お二人の間に生まれた王子が即位すると、女王の父方の血統から、夫君の血統へと王統の交代が
行なわれたと認定されます。例えば大英帝国においてチャールズ皇太子が即位されれば、
エリザベス女王まで続いているウィンザー朝(1901~1917まではサクス=コバーグ=ゴータ朝、
1917に改称)が途絶え、女王の夫君のエディンバラ公爵フィリップ・マウントバッテン殿下の血統へと

王統が交替して、マウントバッテン朝が始まることになります。
現在安定した皇位継承が論議され、女性宮家創設や女系天皇容認なども検討されているようですが、
まず大前提としてわが国の歴史と伝統を踏まえ、男系を維持し続ける方法を検討すべきです。
幸いにも秋篠宮悠仁親王殿下が御即位されるまでには、まだ時間があります。女性宮家創設、
女系天皇容認を急がなくとも、男系を残す方法がないわけではないのです。例えば戦後にGHQ
(連合国司令部)によって皇籍離脱させられた11宮家があって、男系が続いているお家がまだ
いくつかあります。これらの旧宮家の皇籍復帰もひとつの方法です。
平成17年に小泉首相の私的な諮問機関でしかない有識者会議の吉川弘之座長は、皇族や政治家の関与を
一切否定し、『歴史は我々が作っていく立場で検討する』と述べています。

このとき三笠宮寛仁殿下が示された『世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも
簡単に変更して良いのかどうかです。万世一系、125代の天子様の皇統が貴重な理由は、
神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、「男系」で今上陛下迄続いて来ているという
厳然たる事実です』というご指摘とご懸念についても、『それでどういうことはない』と発言していますが、
実に不遜なことである存じます。安易な女系天皇容認・長子相続優先などは、我が国の歴史の連続した
流れを断ち切ることに繋がります。
我々の祖先の守り続けてきた伝統を、現在だけの価値観で否定し破壊することは、断じて許されることではありません。
後世の日本と日本人ためにも決して認めるわけには参りません。

また皇室の問題を、一部の報道機関などが浅薄な世論調査などのパーセンテージによって論ずる姿勢も
不見識極まりないことだと思います。文化や伝統は、守り受け継ぐものであり、多数決の論理で安直に、
否定し改変すべきものではないと存じます。
当たり前のことですが皇室にかかわることを、決して政争の具にしてはなりません。
しかし現在の価値観だけに基づいた皇室典範に係わる結論ありきの議論や特定の意見以外を、
封殺しようとする可能性があることこそが懸念されます。
安易で拙速に過ぎる女性宮家創設論議や皇位継承論議に強く反対すするとともに、
神代から今日まで繋がる皇室の長い歴史と伝統に基づいた見識ある十分な論議が尽されることを強く求めます。
たちあがれ日本 代表 平沼 赳夫