天皇家の宿題

天皇家の宿題 2006年10月発行 
岩井克己著 朝日新書

皇太子の「人格否定」発言は想定の範囲を超えるもの。
「キャリア」「人格否定」といった言葉は、
それまで親しんでいた彼の語り口からは考えられない類のぎらついた語彙であり、
真意をどう受け止めていいのか、しばらく悩んだ。
宮内庁のある幹部の感想。
「だれかに向かって『妻の人格を否定された』と言うことは、言われた方も人格を否定されることになる。
私が君の妻の人格を否定したというのなら証明してみせろとなる。
これはそういう類の、のっぴきならない、ケンカを売る時の言葉だ。
どのような意図で発言されたのか、世間がいぶかるのも無理はない」

皇太子の発言から三日後の五月一三日夜、湯浅長官、藤森昭一元長官、鎌倉節前長官らが御所に呼ばれた。
「皇位継承問題の大切さ、重さを、
どうしたらもう少し国民に分かってもらえるか」という話も出たと伝え聞いた。
両陛下はとても心配していたという。
五月一七日、陛下は帰国した皇太子に国民に説明するよう意向を伝えた。
しかし、皇太子の追加説明の文書は、参加国訪問から帰国後もなかなか出てこなかった。
追加説明の文書が皇太子から出されたのはそれから3週間後の六月八日。
文書が出てこなかった裏には、皇太子と雅子妃の間で意見の食い違いがあったのではないか、
と思われるふしがある。
皇太子は天皇から発言の説明を求められ、早々に応じる考えを示したのですが、
雅子妃は、説明する必要はないと考えていたというのです。
この頃、雅子妃が「皇太子妃をやめます」と言ったと、一部の週刊誌が最近書いています。
私も当時、その噂は聞きました。
「雅子妃が側近に、『説明文書を出すなら、皇太子妃をやめます』と激しい口調で言って、電話を切った。
その側近はこのため心労で体調を崩してしまったようだ」ということでした。
天皇、皇后の周辺は「宣戦布告か」と驚いた。
「そのことを公表すべきだ」との厳しい意見も出たと聞いて、私は「崖っぷちだ」と感じました。
さすがに公表は思いとどまられたようでした。
また、下書きの段階では皇太子は紀宮様にも相談し、両陛下にわびる趣旨が入っていたけれども、
発表された文書では「(両陛下に心配をかけてしまったことについて)心が痛みます」と変化。
紀宮様は驚かれたという。
両陛下の周辺は「恵まれない人々に対する気持ちの表明みたいだ」と困惑した。

後継者問題について
結婚後も夫妻は不妊治療に消極的であったため、高松宮妃が心配して
両陛下に「あなた方は親でしょう。なにをしているのですか」と問いかけたこともあった。

流産について
宮内庁は医師の意見を聞き、
「黄体ホルモンを注射したりして気をつければ大丈夫」と判断してベルギー行きを強行。
(知ったら止められるので)両陛下には報告せず。
帰国後に流産という結果になると、宮内庁は両陛下に報告していなかった気まずさもあり、
先手を打って朝日新聞を批判。


陛下が前立腺がんの時
天皇は前立腺がん腫瘍マーカーPSAの数値が上昇し、ホルモン治療に入ることになり、
皇太子と秋篠宮を呼びました。がんの再発を告げ、いろいろ相談したかったようです。
しかし、皇太子は「都合がつかないので」と来ませんでした。
がん再発が発表されると、驚いた皇太子から急いで訪問したいとの意向が伝えられましたが、
今度は天皇のほうが厳しい態度で難色を示したようです。
(中略)
しかし、なかなか皇太子の御所訪問が実現しない状態が続きました。
間を取り持ったのが皇后でした。七月十日、天皇、皇后が毎年恒例のテニス会のため
赤坂御用地を訪れ東宮御所に立ち寄った際に、久しぶりに雅子妃も愛子内親王とともに顔を出しました。
皇后が雅子妃を抱きしめる場面もあったと聞きました。
八月十七日には、皇后が突然、一人で東宮御所を訪れました。滅多にないことです。
じかに話し合い気持ちを確かめることで、
天皇と皇太子夫妻の間の溝を埋めたのではないかと私はみています。
皇太子夫妻が、ようやくそろって御所を訪問したのは九月四日でした。
そして雅子妃の私的な外出が再開され、美術館鑑賞や買い物、親族宅への訪問などが動き出しました。

お妃候補の頃
「小和田雅子さん」の名を初めて聞いたのは昭和62年(1987)5月でした。
4月25日に高円宮邸で午前1時まで浩宮と会った女性がいるという聞き込みからでした。
7月16日に外務省経済局国際機関第二課の部屋を訪ねました。入省3ヶ月の彼女は入り口近く、
末席の机から立ち上がって、課の応接室に案内して会ってくれました。
浩宮と会ったことがなぜわかったのか気にして、やや緊張していましたが、次第にほぐれて、
別れ際の屈託ない輝くような笑顔が美しかったのが印象に残っています。

宮中祭祀について
皇太子妃が宮中祭祀を徹底的に拒否している現状について
「皇室にとって自己否定に均しく、計り知れないほど深刻な状態」
「紀子様は公務に関する陛下のご意思をすばやく察知するのに対し、雅子様はいちいち論理的な説明を求める」