西尾幹二氏 ブログ・雑誌等

西尾幹二氏のブログより
http://www.nishiokanji.jp/blog/?m=20100423
THEMIS 2月号の次の記事をご紹介しておきます。
雅子妃が父の小和田恒氏を尊敬し、完全にその精神的影響下にあるという関係者の言葉を紹介したあとで、
≪そんな状況におかれた皇太子ご夫妻と小和田家の内情に目をつけたのが、
中国共産党を中心とする対日工作部隊である。
前述したように中国政府は、「日中国交正常化40周年‘12年」に向けて
皇太子ご夫妻の訪中を水面下で働きかけているのだ。
亡くなった中川昭一氏が生前、こんなことをいっていた。
モスクワ時代、小和田家のアパートにはレーニンの写真が飾られていたという。
中国政府がこの情報をどう使うか考えると怖い・・・」
裏情報にも長けていた中川氏の予測が、杞憂に終わればいいのだが。≫

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週刊新潮2012年2月23日号
「雅子妃」をスポイルした「小和田恒」国際司法裁判所判事
雅子妃が療養を始められてすでに8年が過ぎた。なぜ、このような事態が続いているのか。
その謎を解く1つのカギは、父親の小和田恒氏(79)にあるという。
評論家の西尾幹二氏(76)は、小和田氏を「皇室とは余りにそりが合わない人格」と分析するのだ。(中略)
小和田氏が、日本は過去の自分の行動のゆえに国際社会の中で
「ハンディギャップ国家」だと言い立てていることはよく知られている。
中韓両国に永久に謝罪しつづけなければならない国という意味であろう。
1985年11月8日の衆議院外務委員会で土井たか子氏の質問に答えて、
小和田氏は東京裁判においてわが国は中国に対する侵略戦争を行った、これが「平和に対する罪」である、
サンフランシスコ平和条約第十一条において日本は「裁判を受諾する」と言っている以上、
「裁判の内容をそういうものとして受けとめる、
承認するということでございます」と答弁しているが、これは百パーセント解釈の間違いである。
平和条約第十一条は巣鴨に拘禁されている戦犯を赦免、減刑、仮出獄させる権限は講話が成立した以後、
日本国にのみあることを明示している内容でしかない。(中略)
要するに小和田氏はその師・横田喜三郎氏と同様に、
何が何でもあの戦争で日本を一方的に、永久に、悪者にしたい歴史観の持ち主なのだ。

傲慢で権威主義者
1990年に湾岸戦争が起こり、翌年、小和田氏は外務事務次官になった。
審議官時代から、氏は自衛隊の派遣に反対の立場をとっていた。
彼の非武装平和主義は湾岸戦争で破産したはずだった。
櫻井よしこ氏から対談で、日本人は人も出さない、
汗もかかないという国際世論からの批判があるが、と問い詰められても彼は何も答えられない。
ドイツがNATO地域外に派兵できるように基本法を改正する件に触れて、
「日本の場合は、まだそういう状況まではきていない」と彼はしきりに客観情勢を語ることで弁解する。
だが、「そういう状況」をつくらないできたのは小和田氏たちではなかったか。
櫻井氏に追い詰められ、「日本という非常に調和的な社会の中で、できるだけ事を荒だてないで処理したい」と
思わず三流官僚のホンネを口に出して、私は笑った。(中略)
用心深く周囲を見渡して生き、世渡りだけを考える。
ドイツ語にStreber(立身出世主義者、がっつき屋)という蔑視語があるが、
小和田氏のことを考えると私はいつもこの言葉を思い出す。
自分の国を悪者にしてこうべを垂れて平和とか言っている方が、胸を張り外国と戦って生きるより楽なのである。
そういう人は本質的に謙虚ではなく、身近な人に対しては傲慢で、国内的にはとかく権威主義者である。
運が悪いことに、皇室とは余りにもそれが合わない人格だ。なぜなら皇室は「無私」の象徴であるからだ。
天皇皇后両陛下が現に国民の前でお示し下さっているたたずまいは、
清潔、慎ましさ、控え目、ありのまま、飾りのなさ、正直、作為のなさ、
無理をしないこと、利口ぶらないこと――等々の日本人が最も好む美徳の数々、
あえて一語でいえば「清明心」ということであろう。
1937年に出た『國體の本義』では「明き浄き直き心」ということばで表現された。
皇后陛下のご実家の正田家は、自家とのへだたりを良く理解し、皇室に対し身を慎み、
美智子様のご父君は実業世界の禍いが皇室に及んではいけないと身を退き、
ご両親もご兄弟も私的に交わることをできるだけ抑制した。
一方、小和田恒氏はさっそく国際司法裁判所の判事になった。私はそのとき雑誌で違和感を表明した。
小和田氏は領土問題などの国際紛争のトラブルが皇室に及ぶことを恐れないのだろうか。
雅子妃の妹さんたちがまるで皇族の一員のような顔で振舞い、妃殿下が皇族としての必要な席には欠席なさるのに、
妹たち一家と頻繁に会っているさまは外交官小和田氏の人格と無関係だといえるだろうか。

確信犯的無信心の徒
雅子妃は2003年9月以来、宮中祭祀にほとんど出席されていない。
ご父君は娘に注意しないのだろうか、これが巷の声である。
娘が皇室に入ったのは、ある意味で、「修道女」になるようなことである。覚悟していたはずだ。
個人の問題ではなく国家の問題である。勤労奉仕団に一寸した挨拶もなさらない。
スキーやスケートなどの遊びは決して休まず、その直前に必ず小さな公務をこなしてみせるので、
パフォーマンスは見抜かれている。皇后になれば病気は治り、評価も変わる。
今の失態を人はすぐ忘れると、ある人が書いていた。あるいはそうかもしれない。
私もかつてそう言ったことがある。しかしそれは妃殿下にウラオモテがあり、
畏れ多くも天皇のご崩御を待っているということであろう。
天皇皇后に会いたくないとは、今までに前例のない皇太子妃であり、
日本国民は代が替わってもこのことは決して忘れはしない。
皇太子殿下は温順で、幼少の頃からご両親にも周囲にも素直だったといわれる。
私が恐れているのは皇室がなくなるのではないかという危機感である。
小和田氏は代替わりした皇室に対し外戚として何をするか分からない。
昔、天皇の顔を正面から見ると目が潰れると言っていた時代がある。
今はそんなことを言う人はいないが、皇室に対する畏れと信心の基本はここにある。
小和田氏にはどう見てもそういう信仰心はない。
彼の師・横田喜三郎氏には皇室否定論の書『天皇制』(1949年)があるが、
横田氏にせよ小和田氏にせよ、左翼がかった法律家は日本の神道の神々に対しては確信犯的な無信心の徒である。
日本の民のために無私の祈りを捧げる「祭祀王」としての天皇が、天皇たりうる所以である。
祭祀を離れた天皇はもはや天皇ではない。一説では、皇太子ご夫妻が唱えていた新しい時代の「公務」
――天皇陛下から何かと問われ答えなかった――は、国連に関係する仕事であるらしい。
何か勘違いなさっている。私が恐れるのは雅子妃が皇太子殿下に天皇としてあるまじき考えを持たせ、
行動するように誘いはしないかという点である。まさか皇室廃止宣言をするような露骨なことはできまいが、
皇室から宗教的意味合いを排除してしまうような方向へ持っていくことは不可能ではない。
「祭祀王」ではない天皇は、もう天皇ではなくただの「王」にすぎないが、
権力のない今の天皇は王ですらなくなってしまうだろう。
ただの日本国国連特別代表などということになれば、日本人の心の中からは消えてなくなる。
女性宮家の問題がここに深く関わっている。
1月24日発信の竹田恒泰氏のツィッターに、旧皇族の一部の協議が23日に行われ、
いざとなったら男系を守るために一族から皇族復帰者を用意する必要があると意見が一致した由である。
重大ニュースである。
私は小泉内閣の皇室典範改正の有識者会議を憂慮して、
2005年12月3日朝日新聞に次のように書いたが、これを今改めて提出して本編を閉じる。
「もし愛子内親王とその子孫が皇位を継承するなら、血筋が女系でたどる原則になるため、
天皇家の系図の中心を占めるのは小和田家になる。
これは困るといって男系でたどる原則を適用すれば、
一般民間人の〇〇家、△△家が天皇家本家の位置を占めることになる。
どちらにしても男系で作られてきた皇統の系譜図は行き詰って、天皇の制度はここで終止符を打たれる。
今から30~50年後にこうなったとき、『万世一系の天皇』を希求する声は今より一段と激しく高まり、
保守伝統派の中から、旧宮家の末裔の一人を擁立して『男系の正統の天皇』を
新たに別個打ちたてようという声が湧き起こってくるだろう。
他方、左派は混乱に乗じて天皇の制度の廃止を一気に推し進める。
今の天皇家は左右から挟撃される。南北動乱ほどではないにせよ、歴史は必ず復讐するものだ。
有識者会議に必要なのは政治歴史的想像力であり、この悪夢を防ぐ布石を打つ知恵だったはずだ」

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歴史通2012年5月号
「雅子妃問題」の核心-西尾幹二
皇太子殿下がマイホームパパを演じれば国民が喜ぶと一方的思い込んでおられるご様子。
例えば愛子さまとぴょんぴょん兎跳びする姿や指でVサインをこしらえてTVに映させたりなさったが
微笑ましくもないしユーモラスでもない。「空気が読めない」の典型。
国民は今、むしろ妻子に対して毅然とした振舞いを求める時代に入っていることがまったく読めていない。
愛子さまのご入学時における皇太子殿下の「一般の子供と同じように育てたい」ご発言あった。
愛子さまが一般の子供と同じであるなら、ディズニーランドに行ったときに長蛇の列に並ばなければ。
なぜそれをしないですむのかを教え、その代償に、周りに迷惑をかけないこと、
他の子供と同じに振る舞い、決して偉ぶらないことを教えるべきではなかったか。
スケート施設貸切も、愛子さまも一般の子も一緒では人垣ができる等、互い練習の妨げとなるため合理的ではある。
だが、「貸切レッスン」ができるのは東宮家のお姫さまならではの特権。
「普通の子ども」はどう逆立ちしても真似できない。テレビは何でも映し出す。
国民は黙ってすべてを見ているのである。

皇室ジャーナリストの神田秀一氏
皇太子殿下の会見に「雅子妃をほめる内容が多いのは雅子さまが
今回の会見録を読むことを意識しているためでしょう。」(「週間朝日」3/7号)。
神田氏はこれは妃殿下を「一生お守りする」といった殿下の責任感からだと書いているが、
責任感ならもっと余裕があり、おおらかに語るはずだ。
心理的にこわばりがあり、どう見ても妻を恐れている言葉である。
「裸の王様」という言葉があるが、ご自分ではまったく気がついていないものの
外交官のライフスタイルを失ったというぼやきが思うに唯一の生きがいとなり、夫への恨みや脅迫となり、
与えられた花園の中を好き勝手に踏み歩く権利意識になっているものと思われる。
医師はライフワークにつながる活躍をしなさいと勧めているが
学歴も高く才能もあるといわれて久しいのにほとんど目ぼしい活躍もなく
子供の付き添い登校にひどくこだわって顰蹙を買ったのも理由は非常にはっきりしている。
「生活」のないところに、どんなライフワークも生まれようがないからである。

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皇太子さまへの御忠言 2008年9月 WAC
あとがきより

ご成婚時に雅子さんが殿下のお言葉として挙げられたあの有名な「一生全力で雅子さんをお守りします」
皇太子殿下はいわば言質を取られた形ですが、「お守りする」という言葉をお使いになったことは
恐らく間違いなく、そこに当時批判がありました。たしか櫻井よし子氏が、殿下は国民を守る立場であって
なにか勘違いをしておられる、と指摘したと記憶しております。私も成程そうだと思いましたが、
そのときはそれ以上深く考えませんでした。
ですが今思うに殿下は何から雅子さんを守ろうとしていたのでしょうか。うっかりその点を見落としていました。
国民から妃殿下を守ろうというのでしょうか。あるいは宮中の仕来りや伝統行事から守ろうというのでしょうか。
宮中の仕来りや伝統行事を大切にして欲しいと思っている国民は多いので、
そういう国民から守ろうとしたのでしょうか。
それとも逆に、皇室を否定する動機を持つ特定の国民から守ろうという意味でしょうか。
いずれにしてもご自分と何かを対立関係に置いておられるので「守る」という言葉が使われたのです。
その何かが伝統であったり、国民であったりすると、むしろそれらは櫻井氏が言うとおり、
殿下が守らねばならない相手のはずです。
戦後日本の教育は殿下に、殿下の位置について間違った認識を与えてきたのではないでしょうか。
殿下はご自身が無疑問に高い位置にあられることを教えられず、お気の毒に一般民衆と同じように、
早くから国内の「敵」の存在を意識してお育ちになったのではないでしょうか。
さもなければ「守る」という言葉は出てきません。
天皇や皇太子は国内に「敵」のいないお立場です。
それなのに伝統保守とか革新左翼といった国内の対立軸が
やはり頭の中におありなのではないかと思われてなりません。
天皇や皇太子は自らが伝統なのであり、国家なのです。
そのあたりがお若い頃から意識的にきちんとご教育されていないという戦後の皇室制度の欠陥が、
今回の問題の発端だということに気がつきました。
雅子妃の「人格否定」発言が出るよりもはるか前に、ご成婚前に、問題は発生しているのです。
昭和天皇の帝王教育を十とすると、今上陛下のそれは五、そして皇太子殿下に至っては一もなかった、
とある皇室関係者から聞きました。帝王としてのご自覚をお育てする養育のことです。
御一人者に「敵」はなく、国民を守る立場であらせられ、国民からご自身を守るとか、
宮中の仕来りや伝統行事からご家族を守るとか、そんなことは本来あってはならないということを
知っていただくご教育のことです。

皇太子殿下は妃殿下にコントロールされているのではないかという疑念が私には最初からずっとあります。
コントロールする側の背後にもしも何らかの外からの力が働いていたらどうなるでしょうか。
妃殿下と外務省に緊密な結びつきがあることは私には不気味です。外務省は特殊な官庁で、
国益よりも相手国の利益を先に考えるという不可解な本能で行動する日本人の集団です。
妃殿下は元外務官僚であったとはいえ短期間の勤務にすぎませんが、父親の外交官小和田恆氏が介在し、
天皇の外戚として、やがて権力を揮い、特定の外国の皇室への影響力の行使に力を尽くすというような
事態の到来は当然考えられます。私が恐れる特定の外国とは中国と韓国です。
小和田氏の著作『外交とは何か』や『国際関係論』や『参画から創造へ』等から導き出される
一つの必然の帰結です。
『週刊朝日』8月1日号(2008年)の「聖教新聞1面で報じられたブラジル訪問皇太子と同席した
創価学会の“御曹司”」は、衝撃的な内容の記事でした。ブラジルで創価学会やその青年部が関係した
大きな式典、組体操や鼓笛演奏の行われた会場の壇上に、皇太子殿下と池田大作氏の長男の
池田博正創価学会副会長とが並んで立ったという、それだけの記事ですが、宮内庁は青天の霹靂だったそうです。
外務省関与は書かれていないものの、関与がなかったとは考えられません。


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西尾幹二氏 御忠言シリーズ
皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます
皇太子への御忠言第2弾!
これが最後の皇太子さまへの御忠言
もう一度だけ皇太子さまへの御忠言