皇太子への御忠言第2弾!

WiLL2008年6月号
西尾幹二 皇太子への御忠言第2弾!より

…四十代のある人が私に「天皇制度がなくなっても、ああなくなったかと
一瞬の溜息を漏らすだけで終わってしまうのが今の大部分の日本人ですよ」と
恐いことを言っていたが、あるいはそうかもしれない。
私はその言葉を笑いとばしてしまうことはできなかった。
身も蓋もない話だが、国民のかなりの広い層に広がる冷ややかな無関心の意識はたぶんそこまできている。
天皇制度を擁護している知識人の論文の中にこそ、
本当に信じていない人間に特有の利口な無関心が顔を覗かせている。
天皇の存在に対しては平生は無関心でいつづけていて、何かの機縁で強い関心が高まるというのが、
今までの日本社会での正常な反応であった。
天皇の存在に対して異常に関心が高まる時代は総じて不幸な時代である。
無関心には二種類あって、強い関心を潜在させている無関心は健全であるが、
根っからの無関心、関心がもう甦らない無関心は死の始めである。
小泉元首相の皇室典範改正の諮問会議で出された最も奇妙な結論の一つは、
女系天皇の配偶者となる民間人男性も皇族なるという選択であった。
例えば、会社社長長男○○氏や、衆議院議員次男△△氏が明日から皇族に列せられるようにするというのだ。
となると、それは時間が経てば、○○王朝とか△△王朝とかに化けてしまって、
天皇家はどこかへ行ってしまうことを意味する。
私はあのとき次のような説明をして女系天皇に反対した。
愛子天皇の配偶者が民間人である場合、そのお子様にとって祖父は二人、
祖母は二人いるとしても、父方の祖父母は未知の民間人である。
母方の祖父が現皇太子殿下であり、祖母が雅子妃殿下である。
そこでさらに進めてお子様のお子様になると、曾祖父母は八人いて、現皇太子殿下は母方の曾祖父にすぎない。
一般の家庭を考えてもわかるが、母方の祖父の氏姓は辛うじて知っていても、
母方の祖母の実家(母方の曾祖父)の氏姓は
知らない方が大多数ではあるまいか。男系男子の家系図が習慣的に誰の頭にもあるからである。
かくて現皇太子殿下、今上天皇、昭和天皇、大正天皇、明治天皇とさかのぼる、
今ならば誰もが知っている皇統の系図は、はるか遠くへ消えてしまうのである。
と同時に、明治の精神とか大正教養主義とか昭和の戦争といった国民の意識に刻みこまれた歴史区分も、
意味を失ってしまうだろう。
小泉内閣はこんな滅茶苦茶なことを持ち出していたのである。
「なるほど、系図を作ると皇室はどんどん遠くへ行っちまう。とんでもねえや」
このような民衆の危惧こそ、ほかでもない、日本人の信仰の姿でなくてなんであろう。
清らかで慎ましやかな天皇家がいつも中心にあって欲しいのである。
天皇の問題はすぐれて日本人にとって宗教の問題だと言ったのはこのことである。
信仰であればこそ、危機が来たときに民族的感情は高まる。
小泉元首相は女系天皇アイデアを自らよほど名案と考えたらしく、
どんどん推進しようとしていた。彼は本気だった。国民は息を呑んでいた。不気味だった。
このままいけば何かが起こりそうだと誰もが思った。
安倍官房長官(当時)が起ち上がって、首相に弓を引く勇気を持って欲しいと皆が思ったあのときのことである。
私はありありと思い出すのだが、日本人の心のどこかに火が点いた。
ゆっくり野火が燃え広がるように、ミニコミ紙やオピニオン誌から始まり、
テレビや新聞の討論を経て、国会を動かし、官邸を揺さぶる議論の大波が徐々にこの国を蔽い始めた。
女性天皇と女系天皇は違うのだよ、首相はそのレベルの知識さえ持っていないらしいよ、とひとびとは囁きだした。
少しずつ声の輪は広がり、その規模は大きくなった。誰しもがハラハラしていた。
「狂気の首相」を絵に描いたようなドラマが今にも起こりそうにさえ思った。
秋篠宮紀子妃殿下のご懐妊のニュースは、そのときさながら神来のように国中のひとびとの心を襲い、揺さぶった。
次の瞬間、あゝよかった、とホッとする安堵、救われた感情がゆっくり波紋のように広がっていった。
国中がこれでもう悩まないでいいのだと思った。
即座に事態を理解できない元首相が議会で無様に抵抗する姿に、八方から侮蔑と怒りの声が飛んだ。
この一連の出来事こそ、ほかでもない、皇室問題が日本国民にとってその危うさをも含め、
いよいよになると浮かび上がってくる
かけがえのない信仰問題であることの何よりの証拠を示した事件であったと言ってよいであろう。
信仰であるからこそ、普段はそれほど気にしないで忘れているのである。
信仰であるからこそ、その意義や必要を問われても即座には
答えられないのである。信仰であるからこそ、男でも女でもどっちでもいいという
便利な選択を憎むのである。信仰であるからこそ、
これをなくしてしまおうとする熱っぽい反対者や破壊者が出てくるのである。
そして、信仰であるからこそ、歴史や伝統の意識が時代の進展とともに少しずつ薄くなるにつれて、
無関心という最大の敵に直面することになるのである。
傷ついているのは皇太子ご夫妻だけでなく、天皇制度そのものである。
そう無限に時間の余裕はないと、誰しも思っている。

…主治医が妃殿下の妹のご夫君の友人とかで、すでに五年目に入る病いに責任ある診断を公開しないのは、
皇太子妃のご病気が国家の問題であることをないがしろにし、事柄を私物化していることを意味する。
またそれを黙認している宮内庁も甚だしく無責任である。
…雅子妃の病名とされる「適応障害」というのは三十歳台のエリート社員に多い、一種のわがまま病であって、
自分の権利だけはことこまかに主張するのが特徴であるという。
…忙しく働いている一般の社員が日ごろ忘れているような細則にこだわり、
自分に関係のある権利だけは漏らさずに主張する傾向が強いのだそうである。
そして権利に伴う義務、あるいは周囲への迷惑は顧みない。

平成十九年四月から二十年三月までの一年間のご皇族のご公務の日数は、
天皇陛下が251日、皇后陛下が188日、皇太子殿下が148日、雅子妃殿下が18日、
秋篠宮殿下が218日、紀子妃殿下が176日だそうである。
天皇陛下は働きすぎである。目立つのは雅子妃の私的外出が103日で、他の方々より群を抜いて多いことだ。
最近のネットの書き込みには、身近で情報を知る関係者の内部告発ではないかと思わせるものが目立つ。
曰く”ドタキャン、ドタ外出、遅刻、早退出。こんな皇族見たことないぞ。
普通の国民はここまでひどいなんて気づいていないけどね。”―
曰く”雅子妃殿下のお振る舞いはご病気では説明のつかないことや、
ご病気を差し引いてもなお許されないことが数多くあるのです。”―
ご病気はまだお治りではないのかどうかはともかく、
他になにか関心をもって活動されているご様子だが、問題はその中味である。
雅子妃は国連大学に足繁く出向いているらしい。国連大学というと何か立派な場所のように思えるかもしれないが、
反日左翼イデオローグの集会の場と聞いている。
北朝鮮の金日成のチュチェ思想研究所の理事であった武者小路公秀氏が長らくここで副学長をしていて、
影響をなお残している大学でもある。
妃殿下が熱をあげる対象としてふさわしい所かどうかは、宮内庁や警察庁がしっかり調査し、監視してもらいたい。
私が一番恐れているのは、皇室の内部に異種の思想が根づき、
増殖し、外から取り除くことができなくなる事態である。
妃殿下はご病気がすでに治っていて、宮中祭祀のようなご公務を拒否されるのは、
すでに何らかのイデオロギーによるのではないかという疑いすら囁かれている。
ちょうど日教組の教師が卒業式で君が代を歌うことを拒否するように、
高度に宗教的で古色豊かな宮中の密儀秘祭に反発し、
受けつけないのではないかという疑念である。
さもなければ平成十五年からいっさい祭場に立ち入らない義務の不履行はあまりにも目立ちすぎ、
なぜそこまで拒むのか簡単に説明できない。
この点については、私は国民に対する責任ある回答を、ほかでもない、皇太子殿下にまず求める。
日本人の信仰の中心であるご皇室に反日左翼の徒ががっしり居座るというようなことがあったら、目も当てられない。
この国とこの国も文化は中核から自壊する。
不思議なのは雅子妃の社会への対応が、近頃次第に地が出て来たというか、
ヴェールが剥がれてきたというか、自信ありげになってきて、
自分が地位を得てしまえばシメたものだ、後はこっちのものだと思っているように、
私の邪推かもしれないが、思えてならない。
願わくば杞憂であってほしい。
昭和天皇ご崩御の砌、めったなことではないこの出来事のゆえに、
宮城前に記帳に集まった群衆を見た日本の新聞記者が
「また日本は外国人から風変わりな国民と思われはしないか」と書いていたのを読んで、私は仰天した。
ローマ法王にしょっちゅう熱狂する欧米の群集の態度が奇習でも異風でもないのに、
なぜ日本の天皇を日本人自らがそう歪めて書きたがるのか。
世の中に、大学教育を受け一知半解な理解力で文章を書きまくるこの国の、
新聞、テレビ、出版に巣くう知性あると称する痴れ者の
群れほどに度し難い存在はそう多くはないだろう。
日本の神話は荒唐無稽なつくり話だとみんな思っている。
神話であって歴史ではないと学校でも必死に区別することを第一義としている。
しかしこれこそが天皇の存立の基盤を危うくしている根本問題である。
『続日本紀(しょくにほんき)』の劈頭をを飾る文武元年(697年)における
文武天皇の即位宣命に記されている通り、古代において
天皇の民に対する権力や正当性を根拠づけたもの、
すなわち王権の根拠は、『古事記』に記された天孫降臨神話に外ならない。
(水林彪『王権のコスモロギー』弘文堂参照)
日本の天皇は神話とつながり続けている。伊勢神宮をみるがいい。
われわれ日本人は中国や西洋のように人間と隔絶した
抽象的な神の世界を持ったことはないし、それをよく知らない。
日本におけるカミの観念は、中国の「天」の概念と異なり、
人間と神との連続を前提としている。王権はその正当化の根拠を神話の中に持つ。
中国史はめまぐるしい王朝交代の歴史であり、易姓革命(姓を易える)の繰り返しであったが、
日本の天皇には最初から現代まで「姓」がない。
天皇制度は一貫性、連続性を特色としている。
しかもその地位は天照大神の子孫によって受け継がれるもので、血統世襲が重んじられ、
必ずしも徳治主義によっていない。
天皇は徳が高いにこしたことはないが、道徳とか人格とかいった
人間尺度の問題から解放することがむしろ本来のあり方であるとされる。
なにしろ血統が神格の根拠なのである。
平成14年のご誕生日に際して、皇后陛下は宮内庁記者会の質問に答えて、
国の内外の出来事に触れて感想をお述べになられたが、
次のお言葉は強い共感を私たちに与えた。
「悲しい出来事についても触れなければなりません。
小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、
驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、
この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。
今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ、
今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、その一入の淋しさを思います。」
本来なら政治家が言わなければばらない言葉、かりに言っても政治家なら何の印象も与えることのできない場面で、
メッセージを発することのできる皇室の言葉は迫真の力を持ち、しかもしみじみと胸にひろがる。
とりわけ「何故私たち皆が・・・・・・この人々の不在を
もっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思い」は日本人を叱り、
しかも胸中に逆巻く嵐をよび起こす。私たちはいまなお同じ嵐を抱え、そして怺えている。
皇室の果たしてきた見事な役割の一つである。国民と共にあり、共に歩む。そこにすべてが尽きている。
天皇皇后両陛下はそれをしてくださってきた。
皇太子ご夫妻にも私たちは同じ期待を抱かざるを得ない。
皇后陛下がご苦労に多かった前半生を問われて、
「私はいつも自分の足りない点を周りの人々に許していただいてここまで来たのよ」
と仰せになられたこの姿勢こそ、クローデルが「恭敬」とか「尊崇」という語で表そうとした日本人の
「個我を小さくする」伝統的な徳のあり方の
よき見本であると言ってよいだろう。
ご皇室の方々は私たちの代わりに、いつも祈っていてくださる。それを私たちはじっと見ている。
私たちの模範としてのご皇室は先祖の墓と国家の歴史の前につねに謙虚に膝を屈し、
節度と品格ある生活態度を決して崩さない。
そのことにおいて私たちは皇室を崇敬し、礼拝することが可能となるのである。
私は皇太子ご夫妻がこのような意味での皇族としてのご自覚に
あまりにも欠ける処があることをはっきりと申し上げた。
国家ということ、公ということをお忘れになっていないか。
日本の国民と一緒に共感共苦するお心ざしがあまりにも乏しいのでは」あるまいか。
一口で言えば、「傲慢」の罪を犯しておられるのではないか。
最後に日本の言論界に申し上げたい。保守系雑誌も左翼系雑誌もともに、
皇室問題というとあまりに建前論になり、逃げ腰である。
座談会でごまかしたり、毒消しのへつらい役を登場させたりして、問題をはぐらかす。
もうそういうことをやっている時期ではあるまい。
日本人の信仰の中心であるご皇室に反日左翼の思想が芽生え、
根づき、葉を広げ、やがて時間が経つと取り除くことができなくなる「国難」について
私は語ってきたつもりだ。それは皇太子妃殿下の心に宿る「傲慢」の罪に由来すると見た。
ときすでに遅いのかもしれない。