教育勅語と修身

田母神塾
これが誇りある日本の教科書だ
田母神俊雄 双葉社 2009年3月1日

教育勅語と修身を現代に復活するべし
1880年、小学校の教科に「修身」という道徳教育が加えられました。
1890年に教育勅語が発布されると、小学校に限らず各学校で修身が教えられていきます。
しかし1945年に戦争に負けてからは、GHQによって修身も教育勅語も廃止されてしまいました。
「修身や教育勅語が、日本の国家主義を助長した。これらを復活すると、軍国主義が再来する」と
脅かす左翼がいます。いったいぜんたい、修身や教育勅語のどこに悪いことが書いてあるというのでしょうか。
そもそも彼らは、教育勅語を読んだことがあるのか。
あそこに書かれているのは、今日も通用するごく当たり前の道徳です。
例えば教育勅語には、次のような意味のことが書いてあります。
「子は親孝行をし、兄弟は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじくし、友人はお互いに信じ合う。
自分の言動は慎んで人々に博愛をさしのべ、学問を怠らず職業に専念し、
知識を養って人格を磨き、さらに進んで公益のために貢献していくべきである」
どれも当たり前で大事な徳目ではないですか。
修身の教科書には、教育勅語の精神に則って孝行や勤勉の大切さなどが書かれています。
人間そのものは、時代が変わっても変わるものではありません。
うれしければ喜び、悲しければ涙を流す。日本人がわきまえるべき道徳には、昔も今もありません。
教育勅語と修身は、日本人が半永久的に使える内容です。
それが戦後、アメリカと日本の左翼によってぶち壊されてしまいました。
日本は無宗教の国だと言われていますが、戦前は教育勅語と修身の教科書があった。
キリスト教世界やイスラム教世界では、聖書やコーランに則った宗教教育が行われています。
日本人には聖書やコーランは馴染みがありません。
日本では教育勅語と修身を使い、西洋人が行なっているような宗教教育を進めていたわけです。
その大切な教育を、敗戦に伴って破壊してしまった。
宗教教育が壊されて空白を作ってしまった結果、戦後の日本人のモラルは低下していく一方です。
教育勅語や修身の教科書に書かれていることは、今の日教組の教育ではあまり教えられていません。
(中略)
常識として当たり前のことを、敢えてイチから教育しなければいけない。
そんな時代になってしまったのは、修身と教育勅語をこの国から消し去ってしまったことが一番の原因です。
マスコミも教育界も左翼に乗っ取られてしまった結果、本当の情報が国民には伝えられなくなってしまった。
一度でも教育勅語や修身の原文を読んでみれば、
左翼のプロパガンダが説得力に乏しいことがおわかりいただけるはずです。
「左のメガネ」を通した情報だけを浴びていては、国民に伝えられるべき真実が隠されてしまいます。
左翼が当たり前のように主張していることに対して、
「おかしいな。彼らの言っていることは本当は違うのではないか」と
国民が疑いの目を向けてみることが大切です。
「モラル・ハザード」(倫理観の崩壊)が起きていると言われる今日こそ、
教育勅語と修身の精神を再び日本に復活するべきだと主張します。