2018年7月-12月雑誌記事

雅子妃「ぎっくり腰」で茶会欠席が当日まで決まらなかった事情
2018.07.03 16:00
「雅子さまが座るはずだった席だけがぽっかり空いたままで、
不在が強く印象に残る会になりました」(皇室記者)
6月25日、優れた業績を上げた研究者に贈られる日本学士院賞の授賞式が開かれた。
その夜、皇居宮殿の晩餐会場「連翠(れんすい)」で、受賞者を招き、
天皇・皇后主催の茶会が開催されたのだが、皇太子の隣は空席のままだった。
出席予定だった雅子妃が、急遽欠席することとなったからだ。
「1週間ほど前に患ったぎっくり腰が理由ですが、
宮内庁の記者クラブに欠席が伝えられたのは、当日の昼すぎでした。
その直前までご出席が検討されていたようです」(同前)
茶会は3~4人の受賞者が丸テーブルに座り、それぞれのテーブルに用意された2脚の椅子に
天皇・皇后、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻らが順々に入れ替わって座り、
受賞者と歓談しながら食事する段取りとなっていた。
雅子妃が立ったり座ったりを繰り返すのは難しいという判断だったようだが、
もっと早く欠席の発表はできなかったのだろうか。
「雅子さまは昨年8月に『フローレンス・ナイチンゲール記章授与式』に14年ぶりに出席され、
今年5月の『全国赤十字大会』にも15年ぶりに列席されました。
今回の茶会にご出席されていれば15年ぶりのこと。宮内庁としては、
皇后陛下がとりわけ大事にされてきた3つの行事に雅子さまがお出ましになれば、快復されていることを国民に示し、
来年の代替わりへの期待感が高まるという思惑があったのでしょう。
だからギリギリまでご出席の可能性を模索していたのではないか」(皇室ジャーナリスト)
「皇太子妃」としての公務は残り少なくなってきた雅子妃。10か月後に控える皇后即位まで立場の重みは増していく。
※週刊ポスト2018年7月13日号
https:// ww.news-postseven.com/archives/20180703_711691.html

ぎっくり腰を患われた雅子妃、いまだ改善されない“昼夜逆転”のお暮らし 来年の公務激増に懸念
社会週刊新潮 2018年7月5日号掲載
このまま10カ月で「新皇后」――。先ごろ宮内庁は、雅子妃が「ぎっくり腰」を患われたと発表した。
一方、かねて指摘されていた「昼夜逆転」生活は、いまだ改善されていないという。
6月9日にご結婚25周年を迎えた皇太子ご夫妻。17日には、両陛下をはじめ元皇族の方々まで招き、
東宮御所で盛大な内宴が催されたという。
アクシデントは、その直後に起きていた。さる宮内庁担当記者が言う。
「6月22日に行われた小田野展丈・東宮大夫の定例会見で、雅子さまが数日前から腰に痛みがあり
『腰椎ねんざ』と診断されたことが明かされたのです」
すなわち、ぎっくり腰のことである。
「大夫によれば、痛みを感じられたのは内宴のあった17日以降だといい、日常生活に差し障りはないものの、
車での移動や立ったり座ったりの動作には痛みが伴い、不自由を感じておられるとのこと。
その原因として、5月の滋賀県でのご公務や、ご結婚25周年の行事でのお疲れを挙げていましたが、
結論としては『それが直結しているかは分からない』と言うばかりでした」(同)
ご存知のようにぎっくり腰は、誰もが日常生活のふとした拍子に襲われる危険をはらんでおり、
巷ではさほど深刻な症状とは見なされていない。が、新皇后になられるお立場とあっては、決して等閑視できまい。
現に雅子妃におかれては、25日に皇居・宮殿で催された日本学士院賞受賞者を招いた茶会へのご出席が
叶わなくなるという「実害」も生じているのだ。

「昼夜逆転」の暮らし
あいちせぼね病院の伊藤全哉院長が言う。
「ぎっくり腰は、くしゃみや掃除機の操作など、ささいなことで腰に力がかかって誘発される場合があります。
腰回りの筋肉に無理な力がかかり、筋肉や筋膜がちぎれる肉離れを起こし、痛みに繋がる。
加齢で筋力が衰えた40~50代、中でも力の弱い女性の方が、かかりやすい傾向にあります」
主な要因としては、
「まずストレスです。緊張状態になって血管が収縮すると血液循環が悪くなり、腰に疲労が溜まります。
さらに、生活リズムが不規則な方も要注意。睡眠時には腰の筋肉が緩んで休息できますが、
リズムがまちまちだと、どうしてもその休息が不十分になりがちです。そして、太っている方も危ない。
同じようなサイズの背骨ならば当然、体重が重い方が、支えるための負担が大きくなるからです」(同)
ここで思い起こされるのは、かねてより雅子妃の“習わし”となってきたライフスタイルである。
お住まいの東宮御所では、数年前から生活サイクルが著しく崩壊し、
いわば「昼夜逆転」の暮らしを送られていると報じられてきたのだが、
「実は、その生活は現在でも変わっておりません」
そう明かすのは、さる宮内庁関係者である。
「そもそもこの問題は、愛子さまが学習院初等科に通われていた時期に遡ります。2年生の終わり頃、
いわゆる『不登校騒動』が持ち上がり、皇太子殿下や雅子妃殿下はおよそ1年半にわたり、
愛子さまのご登校にお付添いなさってきました。ですが、その問題も4年生の中頃にはほぼ解消され、
妃殿下のお付添いも終了。つまりは愛子さまに合わせて早朝に起床なさる必要がなくなったのです」
毎朝のお役目から解放された結果、リズムを崩してしまわれたのだという。
「以前から妃殿下は、殿下や愛子さまとは朝食をご一緒なさらず、お一人だけ遅れて召し上がるのが日常でした。
現在でもお出ましのない日は、まずお昼前に起床、午前11時頃に最初のお食事を摂られ、
2度目となる『ご昼食』は夕刻を過ぎてからとなる。その時間帯は、
ともすれば殿下や愛子さまのご夕食時間と重なることもあるのです」(同)

「アジャスト」は数日前から
そのスタイルは、今なお続いているといい、
「数年前に比べ、妃殿下のお出ましは目に見えて増えていますが、基本的にこのサイクルは変わっていません。
現在は、ご公務の日に照準を合わせ、ご体調をアジャストさせるよう数日前から生活時間を修正なさるなど、
準備に入られます。そして、1つのご公務が終わると大きな疲れが残り、次のお出ましまで、
また元のパターンに戻ってしまう。これが『ご体調の波』と表される状態なのです」(同)
いきおい、就寝時間もずれ込んでしまうのだが、
「日付が変わって深夜1時頃から食事をお召しになることもしばしばです。
つまりは、その日の『ご夕食』となるのですが、
こうしたサイクルはすっかり妃殿下のお体に沁み込んでしまっています」(同)
先の伊藤院長の話に当てはめれば、ストレスや不規則な生活、それにともなう深夜の過食――。
ぎっくり腰の要因を十分に満たしているではないか。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏が言う。
「ぎっくり腰になられたことで、雅子さまのご公務が再び滞ってしまうのではないかと懸念しています。
来年、皇后陛下となられてからは、さらにご公務をなさっていかねばならないのに、
その妨げとなってしまうかもしれません」
現在、皇后さまのご公務の数は年間でざっと340件。対して雅子妃は約60件と、差は歴然。その上で、
「昼夜逆転が続いているのは、適応障害が全快しないことが大きな原因だと思います。
皇后になられるまでの時間は限られており、いかに病気と向き合われるのか決断なさらないといけません。
それには、ご病状やご公務について自らの言葉でお話しし、世間の理解を求めるのがよろしいかと思います。
また、14年間かけても治療に成果がみられないのですから、皇后になられる前に主治医を替えるなど、
治療体制を見直すべきではないでしょうか」(同)
お立場は、より重くなる一方なのだ。
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/07070800/?all=1

雅子妃、朝まで寝つけず「真夜中のご散策」… ご欠席がちになった「愛子さま」とのシンクロ
社会週刊新潮 2018年7月5日号掲載
腰椎ねんざ、つまり「ぎっくり腰」を患われ、雅子妃は6月25日に皇居・宮殿の催しをご欠席された。
あいちせぼね病院の伊藤全哉院長は、主な要因のひとつに“不規則な生活リズム”があると解説する。
「睡眠時には腰の筋肉が緩んで休息できますが、リズムがまちまちだと、
どうしてもその休息が不十分になりがちです」
かねてより雅子妃の生活リズムが崩壊していることは報じられているが、
「昼夜逆転」のお暮らしは今も変わらないという。
お昼前に起床され、午前11時に最初のお食事、夕刻に“ご昼食”となるというリズムにあっては、
「日付が変わって深夜1時頃から食事をお召しになることもしばしばです。
つまりは、その日の『ご夕食』となるのですが、こうしたサイクルは
すっかり妃殿下のお体に沁み込んでしまっています」(宮内庁関係者)
宵っ張りのお暮らしは、やはり安らかな眠りとは縁遠いようで、これまで皇太子ご夫妻のご動静として
“ジョギングやご散策”は知られてきたのだが、
「実は妃殿下は、深夜によく赤坂御用地を散策されています。朝が遅い分、
なかなかお休みになれないのでしょうが、決して好ましい状態とは言えません」(同)

愛子さまご欠席の懸念
合わせて気がかりなのは、愛子さまのご体調である。中等科3年生だった2016年秋には激しくお痩せになり、
長らく学校を休まれていたのは記憶に新しい。その後いったん回復されたものの、
昨年、高等科に進学した直後のGW前後には再び長期欠席なさるなど、危うげなご様子が続いてきた。
さる宮内庁担当記者は、
「今年5月下旬の中間テストは、無事、全科目お受けになっています」
というのだが、ほどなく予期せぬ事態が。
「6月2日、女子高等科は他校と運動部定期戦を行ないました。愛子さまも参加なさったのですが、
日曜を挟んで4日の月曜、愛子さまは午前中の授業を欠席され、午後からのご登校となったのです。
続けて翌日の5日は、まる一日ご欠席。宮内庁に尋ねても
『(定期戦当日は)暑かったのでお疲れになった』と、要領を得ないままでした」(同)
さらには、
「東宮大夫によれば、6月21、22日の2日間も『お咳や37度台前半の熱があったため、
大事を取ってお休みした』という。実際の程度はわかりませんが、お体だけでなく、
お気持ちの面でも不安定な部分が残っているのが窺えます」(同)
愛子さまは今夏、学校のプログラムを利用して英国の名門・イートン校へ短期留学されるご予定。
が、これでは、不安が募るばかりである。

シンクロする母娘のご体調
精神科医の片田珠美氏に聞くと、
「社会的に望ましい時間に入眠できず、午前中に起床しても眠気や疲労を感じて仕事が困難な症状を
『睡眠相後退症候群』と言います。ご公務が終わるとまた元に戻ってしまうというのは、
雅子さまご自身に症状を治そうというご意思があるのか疑問です。
人間は朝日を浴びて16時間で眠くなります。
生活リズムを整えるためには、ご散策は朝方になさればよいかと思います」
また愛子さまについても、
「ご自分が登校する時間になってもまだ寝ておられるお母さまの姿をご覧になって、
『私だって少し休んでもいいのでは』と思われるようになったのではないでしょうか」
これまでたびたび指摘されてきた通り、母娘のご体調は見事に「シンクロ」しているというわけだ。
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/07080800/?all=1&page=1

ボブスタイルになった愛子さま 英国留学はエコノミーでご出発
2018.07.27 16:00
夏休みが始まった羽田空港の国際線ロビーは、
蒸し暑い日本を脱出しようとする家族連れで、早朝から混み合っていた。
7月22日午前中、そんな雑踏の中に、学習院女子高等科の同級生たちと並んで、
ワインレッドの大きなトランクケースを引く愛子さまの姿があった。
エメラルドグリーンのトップスに黒のパンツ、グレーのスニーカー。
ひときわ目を引いたのは、きれいに櫛を入れられたボブスタイルだった。
「2日前の終業式のときは、ポニーテールで結んでも肩甲骨まで届くほど長かった髪を、
毛先がようやく肩につく短さにカットされ、前髪もパツンと切り揃えられていました。
出発の前日にカットされたようです」(皇室記者)
愛子さまは学校の留学プログラムとして、イギリスの名門イートン校で約3週間、夏期研修を受けられる。
おひとりで海外に滞在されるのは初めてのことだ。
「愛子さまの訪英は、現地メディアでも報じられ、注目されています。
イギリス王室としても、来年5月に“天皇の娘”となられる愛子さまに歓迎ムードが高まっているようです。
研修プログラムに支障のない範囲で、エリザベス女王の孫に当たるウイリアム王子・キャサリン妃夫妻、
ヘンリー王子・メーガン妃夫妻から、お茶やお食事のお招きがあるかもしれません。
イートン校はそもそも2人の王子の出身校でもありますから。
愛子さまが髪を整えられたのも、そうした“孫外交”に備えてのお心遣いだったのかもしれません」
(皇室ジャーナリスト)
愛子さまの今回の留学は、公務ではなく、あくまで学校行事という位置づけだ。
「飛行機はエコノミークラス。男性の侍従はお供せず、
60代の東宮女官と20代の出仕の2人だけが付いていきました。
とはいえ、2人は皇太子ご夫妻との連絡係というスタンスで、留学中、愛子さまにぴったり張り付くことはなく、
宿泊する建物も別になるそうです。ほかの生徒と助け合いながら生活する愛子さまを、
適度な距離を置いて見守りながら過ごす予定です」(宮内庁関係者)
愛子さまは、この留学を心待ちにしてこられたようだ。
「英語の勉強に熱心に取り組まれ、家庭教師とだけでなく、
皇太子ご夫妻とも英語で日常会話をされることもあったそうです。
海外からの賓客とも直接、積極的にコミュニケーションを取ってこられて、準備は万端でしょう」(学習院関係者)
雅子さまも、新しいチャレンジをする愛娘を、ほどよい距離感で見守られている。
「3週間もの長い期間を離れて過ごされるのは初めてのことのようですが、
雅子さまは愛子さまを空港まで送ることはせず、お住まいの東宮御所で見送られました。
皇后となるべく準備を進められる雅子さまとしては、子育ては一段落とお考えかもしれません」
(前出・皇室ジャーナリスト)
愛子さまの留学先であるイギリスは、皇太子ご夫妻にとってもゆかりのある土地だ。
「皇太子さまも雅子さまも、英オックスフォード大学に留学経験があります。
皇太子さまはその折、イートン校を訪問されて、校長先生とお話しされたそうです。
おふたりはそうしたことも愛子さまに話して聞かせているそうです。
海外で学ぶことの重要性を身をもって理解されているご両親ですから、
今回の夏期研修をきっかけに愛子さまには海外の名門大学への進学も考えられるかもしれません」(宮内庁担当記者)
平成最後の夏は、愛子さまにとって、新たなチャレンジの夏になりそうだ。
※女性セブン2018年8月9日号
https://www.news-postseven.com/archives/20180727_727600.html?PAGE=1#container

安倍首相、皇太子の背後に「反安倍派」が見え隠れで懸念
2018.08.16 07:00
自民党総裁選3選後に本格的に「憲法改正」に乗り出すとみられている安倍晋三・首相だが、
内心気を揉んでいるのが、「次の天皇である皇太子の憲法観」だという。
今上天皇は「平和への強い思い」を語り、憲法を守る姿勢を見せてきた。
そのため、「代替わりによって改正論議に弾みがつく」(安倍側近)と見る向きもあるが、
皇太子も今上天皇のそうした「平和への思い」を受け継いでいるだけに
状況は変わらないとみる宮内庁関係者は多い。
安倍首相は天皇には「内奏」と呼ばれる国政報告を行ない不定期に面会しているのに対し、
皇太子とはほとんど接点がない。
「ご進講など、安倍首相が皇太子と会われた記録はない」(宮内庁広報課)という。
加えて、皇太子の“ある人脈”を首相は警戒しているようだ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が話す。
「皇太子妃・雅子さまの父で元国際司法裁判所所長の小和田恆氏は、
安倍政権を痛烈に批判している元首相・福田康夫氏と一緒にスキーに行くほど仲がいい。
安倍首相にすれば、“反安倍派”の存在が皇太子の後ろに見え隠れすることに懸念を覚えているようです」
※週刊ポスト2018年8月17・24日号
https://www.news-postseven.com/archives/20180816_735277.html

雅子さま笑顔のハプニング 愛子さま拾われたのは…納豆タレ袋
記事投稿日:2018/08/24 16:00 最終更新日:2018/08/24 16:00
お盆の最後の日となった8月16日、静岡県にある伊豆急下田駅は活気にあふれていた。
須崎御用邸でのご静養のために、駅に到着された皇太子ご一家をお出迎えしようと
集まった地元住民や観光客は230人ほどもいたという。
皇太子ご夫妻そして愛子さまは、例年以上に一人ひとりと時間をかけ、お話しをされていた。
そのなかの1人が高校2年生の女子生徒だった。田園調布雙葉高校に通う彼女は、雅子さまの“後輩”にあたる。
「現在の校長先生は雅子さまの先輩にあたります。雅子さまはそのお話をされていました。
愛子さまは私がデンフタの2年生であることをお聞きになると、
『○○ちゃんはご存じですか?』と話しかけてこられました。
私が知っていますと答えると、『幼馴染なんです』と、おっしゃっていました。
ニュースでも、これまで愛子さまがお話しされている姿は見たことがなかったのですが、
とても優しくてお話ししやすかったです」
駅構内での語らいは、雅子さまと愛子さまが交互に話しかけられることで、
いつも以上に盛り上がり、微笑みに満ちたひとときとなった。
「例年では下田駅のおふれあいは10分ほどなのですが、この日は25分にも及びました。
皇后になられるまで、8カ月あまり。雅子さまも“これまで以上に国民と親しんでいきたい”と、
お考えになったのでしょうか。そんなお気持ちを、愛子さまも察せられ、
さりげなくフォローされていたようにも見えました」(皇室ジャーナリスト)
笑いに満ちた“母娘トーク”は、駅構内ばかりではなかった。
この日、須崎御用邸近くの三井浜では16年ぶりに取材が設定された。
愛子さまが海辺で拾われた貝について語り合われるご一家のお姿も報じられたが、
愛子さまは意外なものも拾われていたのだ。宮内庁関係者は言う。
「ゴミでした。納豆のパックに入っているタレの小袋もひそかに浜で拾っていらしたのです。
それを取材陣にすっとお見せになったのですが、愛子さまの思わぬ行動に、現場で大きな笑いが起きたのです」
雅子さまと愛子さまは、タレの袋について、こんな会話を交わされたという。
雅子さま (袋の中身が)固まってますね。
愛子さま ちょっと待ってください。これ(袋が)開いてます。
雅子さま (中身は)砂なんですね。賞味期限切れでしたね(笑)。
前出の関係者が続ける。
「取材会は10分ほどでしたが、ゴミを巡っての雅子さまと愛子さまのユーモラスな会話に、
居合わせた人々は、ほのぼのとした気持ちになったそうです」
雅子さまと愛子さまの公開“母娘トーク”、ぜひ今後も続けていただきたい。
https://jisin.jp/domestic/1658419/

皇太子さまのフランス訪問 雅子さまがご同行断念された理由
最終更新日:2018/09/13 16:00
髪をアップにされ、白いスーツをお召しになった雅子さまがお見送りの言葉をかけられると、
皇太子さまも晴れやかなご表情をお見せになった。
9月7日の朝に出発された皇太子さまは、15日までの日程でフランスを訪問されている。
「フランス政府から皇太子ご夫妻に招待があった公式訪問です。
4月には、雅子さまも同行されるという報道があり周囲の期待も高まったのですが、実際にはまだ検討段階でした。
9日間にわたる長丁場であり、ご滞在中も行事や交流会が目白押しの過密スケジュールということで、
最終的に雅子さまのご同行は断念せざるをえなくなりました」(宮内庁関係者)
外交官として活躍されていた雅子さまにとって、皇室外交に携わることはご結婚当初からの悲願。
それゆえに渡仏断念はつらい決断と思われる。
しかし、皇太子さまを見送られる雅子さまのご表情はとても明るかった。
「外国への公式訪問ですから、国内の行啓のように行事ごとに出席するか否かを選択するのは難しいのです。
すべての行事に出席されるか、ご訪問自体を取りやめるか、二者択一だったわけです。
残念ながらすべてをこなすのは難しいと、雅子さまご自身が判断されたと聞いています。
9月末には九州北部豪雨の被災地を訪問されるご予定もあり、
そちらを優先したいというお気持ちもあったのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
立教大学教授で精神科医の香山リカさんは、こう話す。
「主治医の判断に依存せず、ご自身でご公務への出席を判断されるようになっていらっしゃるならば、
かなり回復されているとみてよいと思います」
雅子さまの「劇的ご回復」があったからこそ、渡仏断念も前向きに受け止められたはずだと語るのは、
皇室ジャーナリスト。
「この夏のご静養先では、皇太子ご一家は駅頭の取材だけではなく、
須崎御用邸、那須御用邸の中で記者に対応されました。
雅子さまは今年6月の銀婚式では会見を見送られるなど、
これまでは報道陣の取材に苦手意識を持っていらっしゃいました。
それでも2度も積極的に取材対応をされたのは、雅子さまのご体調がよいことの証であると同時に、
新皇后への決意の現れにも感じられます」
皇太子さまはフランスへのご出発を前にした記者会見で、
雅子さまの国際親善への関わり方についてこう述べられた。
《外国への訪問だけではなく、賓客の受入れや日本で開催される
国際的な行事への出席など、いろいろな形があります》
《外国で暮らした経験、あるいは仕事で外交に携わってきたことは、必ず役に立つものと思います》
前出の皇室ジャーナリストは、皇太子さまの発言に“新皇后”へのビジョンが垣間見えると語る。
「皇太子さまが、雅子さまの外交官の経歴をこれほど強調されたことは、今までにありませんでした。
このお言葉には、順調に回復されている雅子さまへの大きな期待がこめられていると思います。
雅子さまの海外ご訪問が実現するには、まだ時間がかかるかもしれません。
だからこそ皇太子さまは、まずは国内のご公務で外交官の経験を生かすことを提案されたのでしょう。
雅子さまとおふたりで『新しい皇室外交』を築くことを切望されているのです」
皇太子さまの後押しで、雅子さまは焦ることなく、“新皇后外交”への第一歩を踏み出される――。
https://jisin.jp/domestic/1663906/

佳子さまのティアラ、眞子さまの航空運賃など皇室の財布事情
2018.09.15 16:00
憲政史上初となる天皇の譲位によって、皇室には前例のない数々の変化が訪れる。
そのなかでも、とりわけ大きく変わると考えられるのが、天皇家の「お金」である。
膨大な量の開示資料から、その一端が垣間見えてきた。
皇室には「4つの財布」がある。天皇と内廷皇族(皇后、皇太子、雅子妃、愛子内親王)の
プライベートな費用の「内廷費」(3億2400万円)。
それ以外の皇族に支出されるこちらもプライベート用の「皇族費」(3億6400万円)。
公務を始めとした公的な活動に使われる「宮廷費」(91億7100万円)。
そして、宮内庁職員の人件費や物品費などの「宮内庁費」(114億6600万円)だ。
特に先の3つを合わせて「皇室費」と呼ぶ。
内廷費と皇族費は、一度支出されると「御手元金」となり、具体的な使い道は明かされない。
一方、皇室費のなかで予算額が91億7100万円と、突出して規模が大きい宮廷費は公的な意味合いを帯びる。
佳子内親王が成年皇族になった2014年に2892万円で調製(皇室が所有する宝石を利用して製作)された
ティアラの費用も、「儀礼に必要なため」との理由で宮廷費から支払われた。
このティアラは貸与扱いで、結婚して臣籍降下すれば皇室に返却しなければならない。
今回、本誌が宮内庁から開示された資料のほとんどがこの宮廷費で、2015~2016年度のもの。その使途は幅広い。
天皇皇后、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻の海外訪問費用を比べると、お金の使い方に違いがあることがわかる。
2016年1月26~30日、天皇皇后はフィリピンを訪問した。
政府専用機が使われたため、航空運賃の記載はないが、
天皇皇后と随員を含めた宿泊料は1泊約114万~145万円。
また、消耗品費として、4000円の日焼け止めが8個、130円のウェットティッシュ10箱に加えて、
フィリピンの環境を考慮してか虫除けのアースノーマット1220円が33個計上されていた。
次に皇太子夫妻のトンガ国王の戴冠式出席(2015年7月2~6日)には、政府専用機ではなく、
全日空のチャーター便が使われた。「航空機借上代」は7000万円。
割引が適用されたのか、そこから約760万円が引かれていた。
療養期間中の訪問だった雅子妃は、皇太子と別行動でホテルで休んでいる時間もあったが、
宿泊費の明細はなかった。
かわりに「御贈進品梱包代」として百貨店に3万2400円の支払いがあった。
トンガ側への贈答品の梱包代と思われるが、どんな品物をいくらで購入したかは、資料が黒塗りされていた。
「贈答品の内容や金額が公になると、“皇室御用達”と宣伝に利用されかねない。
民間に対しては公平でいたいという皇室側の配慮でしょう」(宮内庁関係者)
一方、秋篠宮夫妻のブラジル訪問(2015年10月27日~11月10日)は、
一般客も搭乗する定期便のファーストクラスを利用した。往復の航空運賃は夫妻で約723万円。
随行員を含めた航空費の総額は約2817万円だ。
2016年9月6~16日にパラグアイを訪問した眞子内親王の航空運賃は、
こちらもファーストクラスで往復約495万円だった。
※週刊ポスト2018年9月21・28日号
https://www.news-postseven.com/archives/20180915_758155.html

皇太子さま、お忍びでパラ選手の伴走 動画サイトで準備
緒方雄大2018年10月31日17時50分
皇太子さまが今夏、お忍びでパラリンピック銀メダリストの伴走をしていたことがわかった。
来年5月1日の新天皇即位まであと半年。
「国民の中に入っていく皇室」を目指す新しい天皇像の一端が見えてきた。
6月26日夕。木々に囲まれた東京・赤坂御用地。
「走りやすいですか」。皇太子さまが隣のランナーに声をかけた。
リオデジャネイロパラリンピックの視覚障害者女子マラソン銀メダリスト、
道下美里さん(41)=三井住友海上=だ。
皇太子さまは「伴走」と書かれたビブス(ゼッケン)を身につけ、
蛍光の黄色の伴走用ロープを右手でにぎり、
左手にロープをつかむ道下さんに声をかけながら約1・5キロの道を走った。
道下さんによると、皇太子さまは最初のでこぼこの道で「これは何とお伝えしたらいいのでしょうか」と
戸惑いを見せていたが、数分走ると息が合い始めた。カーブの手前で「右に曲がっていきます」、
足場の悪い道の手前で「でこぼこがあります」。
1キロ7分のペースが6分のペースに変わり、リズムがよくなった。
皇太子さまは、伴走者の声のかけ方や道下さんの走りの特徴を動画サイトで調べたという。
伴走用のロープは自身で用意。走る直前には専用のゴーグルをかけて御用地内を歩き、
視覚障害者の感覚も体験した。
ジョギング後は右腕を道下さんにつかませてアテンド。「飲み物は何にされますか」と気遣いもみせた。
2人が出会ったのは昨年11月の園遊会。
道下さんが「機会があれば一緒に走りたいです」と伝えたところ、皇太子さま側から返答があり、伴走が実現した。
https://www.asahi.com/articles/ASLBV0VG1LBTUTIL070.html

週刊女性2018年12月4日号
「11月3日と4日に、学習院女子中・高等科で『八重桜祭』が開かれました。
3日には、高等科2年生の有志で作られたダンスチームで、
愛子さまがポンポンを持ってキレキレのチアダンスを披露されていました。
ご自分の出番の合間には、司会者としてダンスに出るメンバー紹介をされて
会場を盛り上げていましたよ」(目撃した保護者)
ご両親もそのお姿を見て、たいへん喜ばれていた。
「園遊会直前の11月7日~8日には、『全国農業担い手サミット』が山形県で開かれました。
しかし、最近は2年連続で出席していた雅子さまは来県されませんでした。
というのも、5日にはお茶会、9日には園遊会があったため、
前後の予定を鑑みて欠席をお決めになったそうです」(前出・東宮職関係者)
さらに育樹祭でも、
「雅子さまは、17日のお手入れと関係者へのお声かけをしたあと
都内のホテルで行われた懇親会には参加されませんでした。しかし、体調を崩したというわけではなく、
翌日の式典にはきちんと参加されたので、自分ができる範囲を見極められたのだと思います」(前出・宮内庁関係者)
『適応障害』の療養中である雅子さまだが、工夫と努力を重ね、以前よりも多くの公務に取り組まれている。
雅子さまの“メリハリ”をつけた公務のスタイルは、病状の回復に効果的だという。
「回復されるには、雅子さまにとってのストレス因から脱却することが大切です。そういった意味では、
雅子さまの主観もありますが、反応してしまうほどのストレス因がある公務にはお出ましにならず
今では反応しない公務には出席されるのは診断上、問題ないのだと思います。」(立川院長)

眞子さまの結婚 「問題」は借金ではない 秋篠宮家が「納采の儀は行えない」と明言した理由
斎藤智子2018.12.1 12:58
秋篠宮さまの誕生日を前にした記者会見で、眞子さまの結婚問題の行方について問われたご夫妻。
現状では「納采の儀」は行えないことを明らかにし、娘を思う親心を率直に吐露した。
*  *  *
「家族として非常に難しい状況の中にありますが、私は、長女の眞子がいとおしく、
かけがえのない存在として感じます」
11月22日。「いい夫婦の日」を選んで開かれた秋篠宮ご夫妻の誕生日会見で、紀子さま(52)は、こう話した。
隣には30日で53歳になる秋篠宮さま。
誕生日の前に年1度、記者たちのさまざまな質問にご夫妻で率直に答える場だ。
例年、紀子さまは、子どもたちの日常の様子や成長ぶりを丁寧に描写してきた。
だが、今年は少し違った。娘に寄せる「母」の思いを、切々と訴えた。
記者会から事前に寄せられていた質問は一言でいえば
、眞子さま(27)と小室圭さん(27)の「結婚問題の行方」だ。
眞子さまと婚約が内定していた小室さんをめぐり、
スキャンダラスな報道が週刊誌をにぎわせ始めたのは、昨年後半ごろからだった。
亡くなった家族の話。さらには「カネの話」が小室さんの母の婚約者だった男性から提起された。
小室さんの学費や留学の費用を「貸した」とする訴えだ。
当時のメールや写真、通帳といった「証拠」が繰り返し週刊誌に登場した。
秋篠宮ご夫妻にとっては、寝耳に水だった。眞子さまですら、何も知らされていなかったようだ。
ご夫妻の小室さんへの信頼が揺らぎ始めた。
秋篠宮さまと紀子さまは学習院大学で知り合い、約5年にわたる「恋」を実らせてゴールインした。
早い段階で秋篠宮さまが紀子さまにプロポーズ。
紀子さまは時間をかけて気持ちを整理し、交際を重ねて二人の愛情を深めた。
メールも携帯電話も普及していない時代だから、秋篠宮さまが留学した時期には国際電話で気持ちを確かめ合った。
「私たちの間では、何ひとつ隠し事はなかった」
ご夫妻はそのころ、そう話していた。
そのご夫妻が眞子さまの紹介で初めて小室さんに会ったのは2013年頃。「非常にまじめな青年」という印象だった。
以来、約5年間。両親と同じように長い時間をかけ、丁寧に恋を成就させようとする二人に、
ご夫妻は当初「祝福」の気持ちでいっぱいだった。それだけに、
「スカイプなどで外国にいても頻繁に連絡をとりあっているのだから、
そのくらいのお話は出ていると思っておりました」
と秋篠宮さまは知人に漏らしている。紀子さまは娘を案じる思いを友人に打ち明けた。
「たぶん眞子のほうはすべてを小室さんに話していたと思います。
だから、なぜ、という思いが、眞子のなかで、抑えても抑えてもわき上がったろうと思います」
眞子さまはそのせいか、昨年から今年にかけて体調をひどく崩した。
咳がとまらず、しばしば熱が出た。宮内庁病院でも何度か診察を受けた。
仕事の時はそんなそぶりも見せなかったから、マスコミも、接した人も、ほとんど気付かなかった。
小室さんにすら、体調の悪化を隠して笑顔を向け続けていたようにみえる。
紀子さまは自分自身が体調が悪くてもほとんど表に出さず仕事を務めてきただけに、
「私がもっと、疲れた時には休む姿を娘たちに見せていれば、眞子もこんな無理を重ねなかったのでは」
と当時、自分を責めている。
誕生日会見では、そんな思いを振り返った。
「昨年の暮れから、だんだん寒くなっていく中で、長女の体調が優れないことが多くなりました。
そうした状況が長く続き、長女は大丈夫だろうか、
どのような思いで過ごしているだろうかと、私は、大変心配でした。
しかしこのような中でも、長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。(中略)
私は、本当によく頑張っているなと長女のことを思っております」
秋篠宮家が「問題」と感じたのは、借金の有無ではない。
まして、母子家庭であることや、パラリーガルで収入が少ないことは、問題などと考えていない。
子どもの結婚に際し「身上調査」をする家庭は今もあるだろうが、
そもそもご夫妻はそうしたことを一切しなかった。
長年、秋篠宮ご夫妻を知る人が強調する。
「最初は心から若い二人を信頼し、祝福していたのです。
結婚に向け、小室家側の準備も大変だろうから、どうやってお手伝いするか、
いろいろとご夫妻で相談しておられたようです」
ただ、皇族の一員として「国民から広く祝福を受ける」ことは、譲れない一線だった。
結婚後に眞子さまは皇籍を離れるが、行事で招かれることも多い。
1億円を超える一時金が拠出されるのも、皇族であった者としての品位を保つためだ。
「もし、小室家側に一点の曇りもないのであれば、それを公に明らかにしてほしい」
報道が激化するにつれ、ご夫妻は、小室さん側に繰り返しそう求めた。
ご夫妻が大切だと考えたのは、何か「こと」が起きた時に、どういう誠実な対応をとるか、だった。
だが、小室家側では、必要ないと考えたのだろう。
取材に応じていないため真意はわからないが、
「お金はもらったものでありトラブルも問題も存在しない」とのスタンスという。
これについて、紀子さまの友人はこう指摘する。
「百歩譲って、もしお金はもらったものだとしても、
お金を出してくれた人に感謝の気持ちすら伝わっていない状況というのは、
誠実さを何より大切に考える紀子さまにはとても重かったと思います」
会見で秋篠宮さまは、今でも結婚したいのであれば「問題をクリア」にし
「多くの人が納得し喜んでくれる状況」にするため、(小室家側は)「それ相応の対応をするべきだ」と話した。
「そういう状況にならなければ、私たちは、婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません」と踏み込んだ。
納采の儀ができないということは、正式な婚約が整わないということだ。
婚約が整わないということは、結婚できないということを意味する。
秋篠宮さまご夫妻は、小室家側にも若い二人にも、こうしたことを繰り返し伝えたという。
信頼に一度「疑問符」が付いてしまうと、他の行為にも疑問を感じるようになるものだ。
小室さんが勤め先の上司との会食に眞子さまを呼び出し同席させたことも、
留学先の米国の大学で「プリンセスの婚約者」と紹介されるままにしていたことも、
ご夫妻には、眞子さまを利用しているように感じられた。
「立場」を利用することは、ご夫妻が最も嫌う行為だ。
眞子さまはいま、どう考えているのだろう。
体調を崩しつつも、眞子さまはこの半年、精いっぱい仕事に向き合ってきた。
ブラジル移住110周年の行事に出るためブラジルも訪問。14の都市を巡り大勢の人々の期待に応えた。
紀子さまは会見でそんな仕事ぶりについて「心をこめて大切に、全力で務めてきた」と、敬意を表した。
眞子さまは、親子の間で異なる意見をたたかわせた時期でも、
展覧会や音楽会には紀子さまを誘って一緒に出かけている。
母と娘の間で長年大切にしてきたひとときだからだ。
「今以前にも増して、このように長女と過ごす時間をとても大切に感じています」と、紀子さま。
秋篠宮さまは「結婚は両性の合意によって決まる」とした憲法を引用し、
本人の意見を無視して親が結婚の可否を押しつけることはできない、との姿勢を周囲に言明してきた。
紀子さまも、母としての考えは既に十分眞子さまに伝わっているとして、それ以上踏み込んではいない。
ただ、親しい友人には、こう話している。
「船の舵をいきなり90度、切りかえられるものではありません」
「でも、どんな小さな船でも自分で進んでいく力を持っていることを信じています」
(朝日新聞社会部・斎藤智子)
※AERA 2018年12月10日号
https://dot.asahi.com/aera/2018120100008.html

愛子さま“連続欠席”には触れず 宮内庁「誕生日文書」の違和感
社会週刊新潮 2018年12月13日号掲載
5カ月後の御代替わりで“天皇陛下の娘”となられる愛子さま。
17回目の誕生日を機に伝えられたご様子は、まさに才気煥発そのものである。
しかし、そのニュースの“元”となった宮内庁作成の文書には、どうしても違和感を覚えるのだ。
記者会に配布された文書のタイトルは、〈愛子内親王殿下の御様子〉。
今年2月から11月まで、学校生活などを振り返っている。
「これは愛子さまの誕生日、12月1日にあわせて宮内庁が作ったものです。前日に報道陣に配られました」
と、社会部デスクが語る。
「発表文ではなくあくまでも参考、との注釈つきです。4枚の文書のほかに、
愛子さまの主な行啓先などの一覧が整理されたペーパーも一緒でした。
こういった概要は毎年の誕生日に宮内庁からもらうのですが、今年はものすごく丁寧なんですよ。
実際、この文書で愛子さまの誕生日関連の記事が十分まかなえましたから」
誕生日にあわせて各社が報じた内容といえば、
「今年4月、学習院女子高等科2年生になった愛子さまはこれまで以上に勉学に励み、
忙しい日々を過ごされていること。夏はイギリスの名門イートン校のサマースクールで英語の授業を受け、
英国文化を吸収されたこと。11月は、文化祭でダンスを披露し、出番の合間に司会をされた。
修学旅行では、奈良と京都で文化遺産を見学し、日本の歴史や文化に触れられた。
文書には、こうしたことが事細かに書かれています」
このほか、皇太子ご夫妻と皇居の養蚕施設を訪れて、皇后さまの説明を聞かれたことや、
御用邸でのご静養なども。とにかく、あますところなくご様子が記されているのだ。そして文書は、
〈このように様々な経験をお積みになりながら、お健やかに成長していらっしゃいます〉
そう結ばれているが……。

9連休
違和感を覚えるのは、10月の箇所である。ダンスや競技の詳細とともに、
お元気に運動会をお楽しみになりました〉ということと、映画「旅猫リポート」をご鑑賞されたとある。
「でも、大事なことが省かれています。愛子さまは、運動会のあと、長く学校を休まれていたのです」
と明かすのは、宮内庁の担当記者。
「10月2日の運動会翌日から11日まで、9日も出られていません。休祝日を除けば7日です。
症状を訊かれた東宮大夫は、“運動会でのお疲れや、天候不順で体調を崩され、
喉の痛みや咳、頭痛もあったので、大事をとって休まれていた”と説明していました」
東宮大夫が会見ではっきり語っているというのに、
「誕生日の文書には一切、記述がないのです。ほかの出来事がやけに詳しかったのは、
欠席に触れられたくなかったのだと思います。文書配布時、この点を東宮大夫に訊いても、
“10月に一時期、休まれて以降は、元気に通学されている”と言うだけ。
初等科時代の“不登校騒動”のようなことが起きていたのではと勘繰りたくなります」
愛子さまの欠席について、精神科医の片田珠美氏はこんな見方をする。
「宮内庁は体調不良で片づけようとしているみたいですが、体調不良には意欲が湧かないという要素もあります。
愛子さまは負けず嫌いで完璧主義者。運動会で思うような結果が出ず、落ち込まれたのではないでしょうか。
それを癒すには時間が必要ですから、いわば、自分を守るための9連休だったのだろうと思います」
もし、“天皇陛下の娘”として同じ振舞をされたら、宮内庁はどう取り繕うのか。
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/12120558/?all=1