2011年4月-7月雑誌記事

週刊文春2011年4月14日号
春休みに予定されていた3月19日のスケート、下旬の奥志賀高原ご静養はキャンセルされた。
「代わりに、愛子さまは十人前後のお友達をたびたび御所に招いて、
おやつの時間から夕方までご一緒に過ごされています。
4月2日の昼には、皇太子さま、雅子さまと愛子さまの三殿下で、
両陛下に震災後おそらく初めてお会いになっています」(宮内庁関係者)

週刊女性2011年4月26日
昨年度の愛子さまは、始業式と終業式をすべて欠席されていましたが、
この日は震災で中止になり各クラスでやることになった修了式に出席された後、
全体で行われた始業式にも出席されました。

週刊女性2011年5月3日
雅子さまの前で担任の先生に 愛子さま「深々と2度お辞儀」の決心
4月13日下校時、仲良しの女子二人と出てきた愛子さま。雅子さまと主管が立ち話を始めると主管の前へ。
主管が腰をかがめて何かを話すと深くお辞儀。友人と話した後また主管のもとへ行きお辞儀。
この日の朝8時20分に正門前にSPの車。
車は愛子さま登校30分前に来るので、1時限(9時前)に間に合うよう登校かと思われたが、
結局9時27分の登校だった。

週刊文春2011年5月12日号
「黒田清子さん-ご兄弟よりいち早く御所にお子様の中で一番早く参内したのは黒田清子さん。
ビデオメッセージが収録・放映された3月16日。
野鳥の観察で赤坂御用地にも行っているので、
御所から何か言いつかったのではないか、とも。(宮内庁職員)
清子さんが訪れて3日後の19日には秋篠宮ご夫妻、6日後の22日には皇太子が訪れて昼食
清子さんは23日にも皇居に参内
4月17日に種籾まきが行われ、籾まきの後の恒例の夕食会に
皇太子、秋篠宮ご夫妻とともに黒田清子さんも参加した。
黒田さんは日舞や(内親王時代の)アイメイトからも身を引いている。
結婚直後は数人のSPに囲まれていたのですぐにわかったが、
今では女性SPが一人付くぐらいなのでわかりにくい。
開店直後くらいにスーパーを訪れ、じっくり見て回りながら買う。
割高に思える物や値下げ品は選ばず、真ん中ぐらいのを買う。一回に4~5千円くらい。
話し方や動作が上品でおっとりしている。
軽井沢で夏休みに過ごした幼稚園が今年廃園になった。記念誌をお送りしたところ皇后陛下からお電話。
黒田さんのことを尋ねたら「人様に差し上げた娘なのでなかなか(会えない)」(幼稚園元職員)

サンデー毎日2011年6月5日号
学習院関係者によると愛子さまは
「休み時間には大きな声を出しながら校庭でボール遊びに興じるなど、充実した学校生活を送られています。」
昨年まで教室の後ろで授業参観していた雅子さまは別室で待機するようになった。が、
給食の時間になると、給食室の前の廊下で愛子さまの様子を見守っていることが多いようだ。
糸川さんは都内随一の教育レベルである品川区で勤務していた。
ご夫妻と学習院の間に立って折衝をする役割が大きいと考えられる。
愛子さまには個人的な家庭教師がいて、遊びながら勉強をみる指導者が週に数回、東宮御所を訪れているし、
他に音楽や体操などで一流の講師がついている。
糸川さんは、学習面での指導というのは表向きの理由で、実際は学習院との「緩衝役」の意味合いが強い。
小山さんも福迫さんも幼児教育の専門家だったのに、
何故、これまで初等科教育の専門家がいなかったのか不思議だが、
宮内庁関係者によると「なかなか適任者がおらず、この時期になってしまった」

週刊文春2011年6月2日号
天皇の「心臓疾患」本当のご病状-美智子皇后が被災地訪問で憂慮
七週連続の被災地訪問という過密日程に周囲は心配し通し。
陛下の動作も非常にゆっくりになって、本当にお年を召されたと感慨深く感じるほど。
今はまだ気持ちが張っているが今後どっとお疲れが出るのでは、と案じている。(宮内庁幹部)
一連の被災地訪問には侍医が同行し、現地の医療機関との連携やドクターヘリの手配など、
いつでも緊急治療に当たれるよう備えている。これまでの地方行幸啓ではそういった準備はなかったが、
今年初めからは都内でのお出かけでも出来うる限り侍医が随行するようになった。
陛下のお顔のむくみが気になった。薬のせいではないかと心配(3/16のビデオレターを見た両陛下の知人)
陛下がふっくらされたのは「フェミナイズ」というホルモン療法の副作用。
2月11日、陛下の心臓検査で異状が発見される。検査後の会見で冠動脈全体にある程度の動脈硬化像を認めたが、
カテーテル治療やバイパス手術は行わず、服薬による経過観察と報告。
被災地では気を張られているが、震災前はご体調が優れないこともあったらしい。(皇室ジャーナリスト)
5月14・15日の両日、両陛下は卓球を楽しまれる。皇宮警察本部前の旧窓明館内ではないか。
陛下の卓球テニス同様スピンを掛けたりしない確実に打ち返すスタイル。(宮内庁職員)

女性セブン2011年6月30日号
愛子さま、大親友と別離の傷心埋める東宮御所内「女子会」
3年生修了時に大親友のA子さんが父親の赴任に伴って海外へ。
長野のスキー、夏の静養、スケートにも同行するなど学習院内外でとても仲の良かった。
愛子様は大変ショックで門前に到着した車からなかなか降りてこなかったり、ジグザグに歩いたりした。
4/9(始業式)午後、最初の女子会が東宮御所で開かれる。沈んでいる愛子様を励ますため。
4年生南組の女子がよく招かれている。
恋バナに花を咲かせることもある年頃になり、同年代の女子とつながっておくことが大切と雅子妃は考えたようだ。

週刊女性2011年7月5日号
6月14日 皇太子様は訪独に向けた参拝をしたが雅子妃は欠席。
この日の芸術鑑賞会出席に備えたのかもしれない。
1、2、3、6年生のみ保護者同伴が許可されていたが、雅子妃は付き添った。
愛子様はとても元気そう。
侍従や女官、皇宮警察、四谷署警官など20名あまりの集団。信号操作の警官も配置されている。
6月15日 皇太子様に付き添われ、朝練に参加。
8時20分、雅子妃、歩いて初等科へ。皇太子様と交代。
6月18日 授業参観。8時30分頃、両親と共に登校。12時頃下校。
招いた4、5人の女子と東宮御所へ駆けていく。

女性セブン2011年7月7日号
15日7時過ぎ、ワゴン車で愛子様登校、皇太子様付き添い。朝練は7時半から20分間。
音楽に造詣が深い皇太子は、愛子様が同じ管弦楽に興味を持ったことが嬉しかったのか、
食い入るように練習を見ていた(学習院関係者)
6月18日、授業参観にご夫妻そろって出席。徒歩で登校。(皇太子様は車で帰宅)
下校時の愛子様は皇太子さま出席が嬉しかったのか、
スキップしたり、バイクの運転をするような仕草で左右に走ってみせる。(皇室記者)
19日、父の日。午後、一家3人で楽器演奏。愛子様はチェロを。
ミニコンサート会場のように美しい音色が響き渡った。(東宮関係者)
ドイツのDVD鑑賞。愛子様から大好きなパパへ手紙。
これからもパパとママとの絆を大切にしていきたい、という内容に夫妻は目頭を熱くする。

週刊文春2011年7月14日号
平成皇室「ヘアスタイル」大研究-天皇、皇太子のこだわりは
皇族方の髪のお手入れ
皇后陛下は卵白シャンプー、天皇陛下は「ブラバス」ご愛用。雅子妃の髪質は見た目より柔らかい。
担当の美容室スタッフは、(妃は)ストレートパーマを掛ければ
ずいぶん手入れしやすくなるのに、と思いながらブローをかけている。
愛子様は20センチ切り前髪を作ったらかわいらしくなった。
秋篠宮家は一家で「URIZUN」美容師は一家5人をカットするために宮家に来る。
URIZUNの担当美容師は秋篠宮様オックスフォード留学中からの知り合い。店名は紀子様がつけた。
悠仁様もきちんと座ってカットしてもらう。美容師の名も覚えていてきちんと呼ぶ。
宮殿行事のときは紀子妃はホテルオークラの与儀美容室。美智子様の口添えで、結婚式以来の付き合い。
紀子妃は震災後一ヶ月、外出時のヘアセットを慎んだ。
華子妃殿下は6月の青森訪問の際、被災地へ行くのに髪の手入れをして良いのかお悩み。
皇太子さまは東宮御所改築中赤坂の店で理髪。
天皇陛下と皇太子さまを担当してるのは、祖父も父も昭和天皇の理髪師だった人。
陛下と皇太子さまのところに行く前、冷水を浴びて身を清める(代々)
皇太子さまはシャンプーのとき頭皮マッサージをすると、血行が良くなって顔色が良くなる。
皇太子さまは公務のとき、額に前髪がたれるのを気にする。
(専用個室の)シャンプー台は収納式なのが気に入って、東宮御所内の10畳ほどの理髪室もそのようにした。

女性セブン2011年7月28日号
東日本大震災による影響は、皇族方の食卓にも少なからず及んでいるようだ。
栃木県にある御料牧場は、宮内庁の施設として、
馬、乳牛、豚、鶏、きじなどの飼育や各種食材の生産を行なっている。
主な生産品は乳製品、肉加工品、そして24種類の野菜。
これらは皇族方が利用される食材として、週に2回、定期便で宮内庁に届けられてきた。
だが震災後、その生産が滞っているものもあるという。
「生産の諸施設に被害があり、中でも牛乳製生産工場のラインが全壊したそうで、
牛乳、乳製品の生産がストップしており、生産再開にはもうしばらく時間がかかるようです。
野菜、肉類などについては、放射能汚染の問題も懸念されますから、
栃木県の検査基準をクリアした上で出荷されています」(宮内庁関係者)
皇族方の食生活については一般にはあまり知られていないが、
両陛下や皇太子一家の日々の食事を賄っているのは宮内庁大膳課だ。
「ここには和食、洋食、お菓子と、それぞれ専門のプロがいて献立を決めています。
お食事は何より健康のバロメーターとなりますから、
何を召し上がられたかを、大膳課の職員が侍医に報告しています」(前出・宮内庁関係者)
日常の献立だが、両陛下も皇太子一家も、朝食は洋食(パン、オートミールなど)がほとんどで、
昼食はカレーライスや麺類等の軽食。
夕食も特別なものではなく、旬の食材を生かしたメニューが提供される。
ちなみに雅子さまは普段コーヒーは飲まれず、紅茶党だという。
「ご高齢だということもあり、両陛下は塩分控えめのお食事を心がけていらっしゃいます。
また安全面を考慮され、皇族方は基本的に刺身などの“生もの”はほとんど召し上がられません。
昭和天皇の時代は、献立に刺身はめったに上られなかったようで、その慣習が続いているようです」(皇室関係者)
スープ類は、両陛下や皇太子一家が食事をされる食堂に、大膳課の料理人が常時、準備してお出しする。
「この準備があると、急なお客様にも対応できるわけです。
あの震災の夜、雅子さまのお心遣いで、学習院初等科に東宮職からコンソメスープが届けられましたが、
そのときも迅速に対応することができました」(前出・宮内庁関係者)
昨年11月の学習院初等科の初等科祭では、
雅子さまは愛子さまのために心をこめてお弁当作りされていた。
「愛子さまは、黄色いひよこの模様がついたお弁当箱をお持ちでした。
小さく三角形に切ったサンドイッチが、正方形になるように入れられていて、
おかずは唐揚げとウインナ、それにミニトマトでした。
愛子さまはウインナが大好物のようで、とても嬉しそうでしたね。
愛子さまはお友達と一緒にお弁当を広げて、それは楽しそうに召し上がっていらっしゃいました」(学習院関係者)
かつて雅子さまも、周囲を驚かせるこんな場面があった。
愛子さまが学習院幼稚園の年長の頃、学習院大学構内にあるラウンジでママ友たちと
お茶を飲みながら、愛子さまも帰りを待たれていた日のことだ。
「そのラウンジでは10種類ほどの焼きたてパンを売っていました。
雅子さまは店員さんに、“これは中に何がはいっているんですか?”と質問したり、
その答えを聞いて“あらっ、おいしそう”と目を細められたりと、時間をかけて
パンを選ばれ、トレイに載せて自らレジに行かれ、お買いになったんです。びっくりしました」(別の学習院関係者)
雅子さまが選んだのは“メープルおさつ”という筒状のデニッシュ。
「パンを入れた袋を大事そうに持たれた雅子さまは、それはうれしそうにお帰りになられました。
きっと愛子さまとおやつに召し上がるのかなと思うと、こちらも胸が温かくなりました」(前出・学習院関係者)

女性自身2011年8月2日
雅子さま4年ぶりの大変身-覚悟の新夏ヘア姿!
7月13日、雅子妃は8時半頃、登校。愛子様の朝練に付き添った皇太子と入れ替わるように。
その時の髪型がうなじや耳を出して結い上げたシニヨンスタイル。
雅子妃の髪質は伸ばすとかなりのボリュームになる。頑ななまでに髪を垂らすその姿勢に
宮内庁では「雅子様はあまりにお髪(ぐし)に無頓着ではないか」の声が上がったことも。