愛子さま不登校関連 雑誌等

学習院院長が胸中を吐露
「ご家庭で直していただかないと…」
(週刊朝日 2010年03月19日号配信掲載) 2010年3月12日(金)配信
国内のみならず、海外メディアまでが、重要ニュースとして追った愛子さまの欠席騒動。
発端は愛子さまが数日学校を休んだ“原因” を、皇太子ご一家を支える
宮内庁の東宮大夫が会見で発表したことだった。学習院の波多野敬雄院長(78)が、
東宮大夫とのやり取り、愛子さまの教育や東宮サイドへの思いまで、胸中を吐露した。
「困った、困った。愛子さまが、怖いと言っている」
野村一成東宮大夫(69)から、そう電話があったのは3月に入ってからでした。
野村も僕も外務省出身で、彼は後輩。だから野村とは昔からよく話す仲です。
野村が、この件を発表したのは5日の金曜日ですが、その前に野村は2度、この件で僕に電話をくれていたんです。
愛子さまは、2月の最後の週は微熱が続き、お休みされていました。
翌週も3月2日の火曜日以外の4日間はやはり休まれた。
火曜日は、4時限目の国語のみ授業を受け、給食の前に下校したのです。
ところが、愛子さまが学校から戻ってきて、やはり「怖い」と口にする。そして次の日から行かなくなったという。
野村東宮大夫や学習院側の説明によると状況はこうだ。
愛子さまが昇降口の靴箱に差し掛かった際に、隣の組の男子生徒が教室から飛び出してきてすれ違い、
以前の「暴力行為」を思い出したので、学校に行けない状態である、と。
子どもたちが急いでいたのは事実らしい。でも、僕は疑問を感じて、野村にこう投げかけた。
「靴箱ですれ違って、怖くなるのは変じゃないか」
それでも野村は、「学校から帰ってきて、ご本人が怖いと言われるんだからしょうがないじゃないか」と言う。
東宮サイドでも、甘やかすのはよくないと行かせることにしたんでしょうね。
でも愛子さまが、「学校に乱暴な子がいて、怖いからいやだ」と首を縦にふらない。
愛子さまがご両親へ理由を話したのか、お供へ話したのかは、わかりません。
確かなのは、東宮職の人間が7、8人のお友達に電話で確認したということです。
「問い合わせたところ、他の子どもも、乱暴な子がいて危険だと思っている」そう東宮職は言うんです。
「サンデー毎日」(09年10月4日号)で記事になったように、
昨年6月に初等科で、騒ぎが起こったのは事実です。
隣の組で男の子が女の子の顔を鉛筆で突き、芯が彼女の顔に入ってしまったというものでした。
だが、この事件は愛子さまの不安にはつながっていないようです。
騒ぐ児童がいるというので昨年、学習院常務理事の東園基政が初等科を見に行きました。
東園から受けた報告によれば、確かに暴れん坊が2、3人おり、それに追従して騒ぐ子どもが数人います。
しかし、その男の子らが愛子さまや他の子どもをターゲットにしていないことは確認済みですし、
野村も認めています。
それに愛子さまが思い出して不安を感じた「暴力行為」といっても、誰かを殴ったり、泥棒をしたわけではない。
「廊下を走る、大声でしゃべる、かばんを投げる、という子どもは、世間ではどこにでもいるんだよ」
そう、野村にも話したし、他の子は休んでいません。野村も苦しい立場なのでしょう。
しょうがないじゃないか、と繰り返すばかりでした。
「他の子はそういう状況に接しているかもしれないが、愛子さまは接していない。
愛子さまは、怖いと思う度合いが強いのだから」
たとえそうであっても、いろんな経験をなさるのは愛子さまにとって悪いことではないと彼には伝えました。
愛子さまを学習院にお預かりする際、皇太子さまは、はっきりこうおっしゃいました。
「愛子に対して特別扱いはしないでほしい」同時に僕も同じ考えだとお話ししました。
愛子さまに対する乱暴な行為が現実に存在するのならば問題ですが、違うようです。
静かな子ばかりを集めて囲まれているのはかえってよくない、と思うのです。
3年次にあがる4月にクラス替えがあります。愛子さまは乱暴な子と同じクラスになるのではないか。
お友達と離れたらどうしよう」と、不安に思ったかもしれません。
他の子の場合ならば──クラス替えの配慮は普通はしません。
特別扱い、と言われればそうかもしれない。
初等科に指示するつもりはありません。しかし、愛子さまは、あれだけ不安を抱えている。
個人的な思いで言えば、クラスを別にという配慮はあってもいいのではないかと思うのです。
今回の騒動は東宮大夫の発表で始まった。なぜ数日間の欠席が発表されたのか。
毎週金曜日の東宮大夫の定例会見では、「愛子さま、○曜日は風邪で欠席」などと
皇太子ご一家の動静が必ず記者に伝えられる。
愛子さまは前の週は風邪で休んだ。今週は火曜日は登校していて風邪では無理があるし、嘘になる。
野村の立場では説明せざるを得なかったのでしょう。
野村東宮大夫は会見の場で、対象の児童を特定し非難するような表現を用いた。
〈同じ学年の別の組に、乱暴なことをする児童たちがおりまして、宮さまを含め、
ほかの児童に乱暴していることが原因であるということが判明しました〉
この表現には波多野氏も違和感を抱いたという。
この文言で発表しますという内容の文書が、東宮の侍従職から僕の自宅にファクスで送られてきました。
僕がそれを目にしたのは、野村の会見当日、5日の朝でした。
僕らは文章を直すという立場にはなく、一方的に受け取るだけ。
ですが、僕も初等科も、それを見て、少なからず東宮職に失望を覚えた。
なぜなら、あの文章の印象では、愛子さまを含め他の児童が乱暴を受けている、と受け取られてしまうからです。
「あの表現はちょっと変じゃないか」と異を唱えましたが、野村は、困ったように話すばかりでした。
「愛子さまがそう言っている話なんだから、しょうがないじゃないか」
「乱暴な児童」と言われた子どもも、心に負担を感じているに違いないと思います。
会見での発表に至る経緯について、どこまでが野村の発意で、どこまでが違うのか。真実はわかりません。
ただ、野村が勝手にやっているだけではないでしょう。野村は、こうも話していました。
「波多野さんが言うみたいに、普通の子と同じようにしてくれ、とは確かに皇太子さまも言った。
しかし、普通の子なら危険と思わないことを、愛子さまは危険と思ってしまうんだよ。
そういうふうに育っているんだから」
愛子さまは、本当にいい子ですよ。頭も運動神経もいい。礼儀も正しいし。
まあ、ちょっと、人にすぐに頭を下げないとか、ニコッと笑わないなんてことを
口さがなくいろいろ言う人はいるのでしょうね。 
そういうのも、野村はすごく意識している。
だから、「ありがとうございました」はすぐに言うといい、など愛子さまを気にかけている。
波多野氏は、「野村東宮大夫には何度もこう伝えている」と慎重に言葉を選ぶ様子を見せながら、続けた。
愛子さまが、怖がるとか怖がらないという問題は、これは東宮サイドで是正してもらわなければ……。
わんぱく坊主を見て怖がっちゃうような環境で育てられているわけですから、
それは学校が直すというよりも、ご家庭で直していただかないといけない。
それに合わせて、愛子さまが登校できるようにこちらも協力していきます。
僕もずっと学習院で、今の陛下の二つ上の学年です。陛下もいろいろな環境になじんでいったんですよ。
高等科のとき、全校生徒が野球の試合の応援に駆り出された。
そのときに上級生が、陛下をあだ名でもって、「チャブ、ちゃんとやれよ」 としかり飛ばしていた。
愛子さまは直系の皇族だけに、他の内親王方より不自由な面は多いでしょう。
しかし、異なる環境で違う体験をするのは、彼女にとってもよい人生経験になると思うのです。 
構成 本誌・永井貴子
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20100312-02/4.htm

「不登校問題」を世界中に広めた野村東宮大夫って何者なのか
2010年03月12日10時00分 / 提供:ゲンダイネット
■宮内庁長官といいまともな常識人はいないの?
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(8)の「不登校騒動」は収まる気配がない。
案の定、日本だけでなく、ニュースは世界を駆け巡っている。
「バイオレント・ボーイズの影響で、日本のプリンセスが学校を休む」(英国デーリー・メール紙)、
「日本の皇女が小学校で男子児童にいじめられる」(米国ABCニュース)、
「日本の王女が学校に行けない」(タイのバンコク・ポスト紙)……。
ささいなことを公表したがために、皇族の母校・学習院をさらし者にした格好だ。
騒動の原因をつくったのは5日に会見を開いた宮内庁の野村一成東宮大夫(69)だが、何者なのか。
「外務省の『ロシアン・スクール』出身で、欧亜局長や駐ロシア大使などを務めた。
旧ソ連大使館勤務時、雅子さまの実父・小和田恒氏の部下だったこともあり、
一時体調を崩していた雅子さまをよく知る人物ということで
東宮大夫に起用されたといわれています。会見で公表したのは、不登校の原因が
学校側にあると示すことで、雅子さまらの立場を支えようと考えたのではないか」(皇室ジャーナリスト)

だが皇太子一家を守ろうとして、結果として心労を強めてしまったのだから、神経を疑う。
元共同通信記者で、皇室研究家の高橋紘氏(静岡福祉大教授)はこう言う。
「東宮大夫は本来、こうした問題が公表に至らないように(調整)するのが役目。
今回の件は教育問題でもあり、関係者に与える影響が大きい。
騒動は予測できたはずで、野村東宮大夫がなぜ公表したのか分かりません」
その公表内容にしても、野村東宮大夫が愛子さまの欠席理由を「乱暴」と説明したことに対し、
学習院側は「暴力行為があったとは聞いていない」と反論する異例の展開だ。
事前調整もなかったようである。
教育問題に詳しい放送ジャーナリストの小田桐誠氏はこう言う。
「報道されている内容を見る限り、今回の騒動はどこの学校現場でもある話です。
本来は学校と当事者間で善後策を話し合い、解決を図るのが筋。子どももそうした困難を
乗り越えて育っていくのです。しかし今回のケースでは、大騒ぎしたことで
当事者間で決着点を見いだす状況をなくしてしまった。
マスコミの目が連日注がれることで、愛子さまはさらに登校しにくくなるだろうし、
仮に相手側が特定されたら脅迫事件も起きかねません」
野村東宮大夫の“上司”といえば、天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見について
「政治利用」と大騒ぎした羽毛田信吾長官(67)だ。
「皇室のため」と言いながら、実は引っかき回しているだけの羽毛田長官と野村東宮大夫。
この際、そろって辞めたらどうか。
(日刊ゲンダイ2010年3月9日掲載)
http://news.livedoor.com/article/detail/4654141/

【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】(251)
2010.3.13 08:21
こういう結果は当然、予想されていた。なのに、なぜ敢(あ)えて公表に踏み切ったのか。
3月5日、野村一成東宮大夫は定例の会見で愛子さまが、今週ほとんど通学していない、
原因は同学年の別の組に乱暴なことをする児童がおり云々(うんぬん)と発表した。
当然、ワイドショーや週刊誌、ネット論壇は大騒ぎ。
『週刊文春』(3月18日号)がグラビアとも11ページで
「愛子さまいじめ 学習院の『崩壊』 小誌が掴んだ全情報」。
『週刊新潮』(3月18日号)もグラビアとも14ページ。 
「『愛子さま』不登校の全真相」。
『文春』はジャーナリスト、友納尚子さんの署名記事が中心で全体的には雅子妃寄り。
乱暴したといわれているA君のことを〈小4もド突いた小2で140センチの乱暴者〉と
タイトルにまでしているが、これは行き過ぎ。
今回は『新潮』の方がバランスが取れている。
〈「私が校長を務めていたときも、他校と同様にイジメやケンカがあり、
先生の指示に従わない子供も大勢いました。
学習院で45年間教育に携わりましたが、昔から品行方正な子供ばかりが在籍していたわけではなく、
今回、問題児童とされているような子も珍しくはありませんでした」〉
宮内庁関係者の話。
〈「(天皇)陛下は“(今回の愛子さまのようなトラブルは)よくある話なんじゃないか”と冷静なご様子で、“
昔も皇族へのイジメはあったよ(以下略)”」
「“子供同士のことなのだから、子供同士で解決するべきではなかったか”と話されていました」〉
で、『新潮』の結論。
〈「個人間のトラブルは当事者同士で解決すべき。
今回の発表はまったく不必要だったと思います」(学習院、東園基政常務理事)
『新潮』はやはり大人だ。(『WiLL』編集長)
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/100313/bks1003130822003-n1.htm

愛子さまクラス替え特別配慮 「問題児童と同じにしない」
2010/3/17 20:23
愛子さまが新学年から所属するクラスについて、
学習院初等科が、迷惑行為をしたという男子児童らと同じにしない特別配慮をすることが分かった。
今後は、この問題を明かした
宮内庁の東宮職と緊密に連携していくともいう。
ただ、社会的な騒ぎにもなったため、正常化にはもう少し時間がかかりそうだ。
「迷惑行為をした男の子については、その親が学習院側に転校を申し入れたようですが、
学習院側は転校を認めないことにしたということですよ。
『犠牲者を出さないように』との天皇陛下のお言葉があったそうです」
この問題を取材している皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんは、こう明かす。
■愛子さま、まだ恐怖心と不安も
J-CASTニュースの取材でも、学習院側は、男子児童らを退学処分にはせず、
注意に留めたことを明らかにしている。
それは、教育機関としての役割を考えてとのことだった。
とはいえ、皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さま(8)にとっては、話は別かもしれない。
松崎さんも、「愛子さまは、まだ恐怖心も残っていて、ご不安もあるようです」と言う。
不登校から6日ぶりに登校した2010年3月8日、愛子さまは、4時限目の国語の時間だけに顔を見せた。
それも、母親の雅子さまが付き添ってのことだ。雅子さまは、不安に思われたのか、一人で授業参観もされた。
この状態は4日連続で続き、16日の終業式も、式後に雅子さまと登校されたというのだ。
4月から3年生になられる愛子さまは、同9日の始業式から登校される予定だが、本当に大丈夫なのか。
これに対し、学習院の広報課長は、次のような対応を取ることを明らかにした。
「クラス替えについては、通常は特別配慮はしていませんが、
今回は、愛子さまが男子児童と同じクラスにしないよう配慮するつもりです。
学校運営上の詳細はお答えできませんが、東宮職とも緊密に連絡を取り合って、
愛子さまが安心して楽しい学校生活を送られるよう工夫していきます」
■今泣いたカラスがもう笑う?
愛子さまへの迷惑行為については、宮内庁の野村一成東宮大夫が
男子児童らの乱暴があったと主張したのに対し、学習院側がそれを否定している。
そんな状態のまま、本当に緊密な連携ができるのだろうか。
野村大夫について、学習院の広報課長は、2010年3月12日の定例会見で述べたことを評価する。
それは、騒ぎの発端となった発表について、「心苦しく思っている」と明かしたことだ。
広報課長は、「会見を聞いて納得しました。今後は緊密にやっていけると思っています」と話す。
もっとも、乱暴についての言い分は、現在も平行線のまま。
すぐに緊密な関係を結べるのかは不透明だ。
さらに、騒ぎが広がって、愛子さまとクラスメートの関係がぎくしゃくして、
愛子さまが孤立してしまわないか、との指摘も報じられている。
また、3週間ほどの春休みで学校から離れてしまい、登校のストレスが一層たまる可能性も言われている。
これらのことについて、ある学習塾関係者は、心配し過ぎることはないと言う。
「たかが小学校低学年ですから、そこまでいかないのでは。
中学生なら話は別ですが、『今泣いたカラスがもう笑った』となるでしょう。
後を引くとしたら親たちであって、子どもたちはそう思えませんね。
冷却期間もできますし、いい休みになると思いますよ」
皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんも、ほぼ同意見だ。
「愛子さまは今孤立しているようですが、休みの期間を置けば、元通りになると思います。
学校に通えるようになるのが大事ですので、初めは雅子さまが1時限目から付き添われるのも必要でしょう。
学習院と東宮職の関係も少しは改善されるでしょうから、いい方向に向かうと思います」

アエラ2010年3月15日号
3月4日(木)の午前中、東宮職から初等科にファクス送信。
内容は「お風邪気味は回復されたが、ご通学に際しまして、腹痛などのご体調の不調とともに、
強い不安感を表明されることがございましたので…」
初等科はそのファクスで初めて愛子さま欠席の原因が風邪ではなく学校に対する「不安」と知った。

週刊女性2010年3月23日
愛子さま前代未聞の不登校-「イジメ」の真相・東宮、学校だけが知っていてひた隠す学級崩壊の現実
「乱暴」な二人の子がいるのは愛子さまの在籍する隣の組。
授業中にDSをしたり、椅子を持ち上げて「お神輿」をしたりする。
この二人の子は「目立つから」「気に入らないから」とその時の気分で叩いたりし、
対象にされる児童もその時々で変わるため、愛子さまが対象にならなければいいのに、と心配されていた。
そのクラスの児童の一人は入学間もなく自主退学している。
学習院も頻繁に臨時父母総会を開いたり、乱暴な子の両親を呼んで話し合うなどしていた。
皇太子ご夫妻は愛子さまを普通の子のように育てたいと言ってきた。
子ども達どうし多少のぶつかり合いはあるかも知れない。騒ぎすぎではないか。
紀宮さまも在学中、担任が「宮様、おわかりなられますか?」と敬語を使うことを面白く思わない
同級生に暴言を吐かれたり、ドッジボールで狙われるなどしたこともあったが、担任はきちんと納めた。
また、皇后さまは来校した時には(紀宮さまのクラスメイトに)気さくに話しかけてくれたので
自分の母親と何も変わらないのだと親しみを持てた。
東宮職は電話とファックスで学習院とやりとりをしただけで、打ち合わせが出来ていない印象。
「監視」という言葉を使った学習院はこの児童の教育に失敗したのではないか。

フラッシュ2010年3月23日
前代未聞!愛子さま「不登校」学習院イジメの裏-名門小学校の「劣化」
東宮職が発表を急いだのは、皇太子さまがアフリカ訪問中に公表されることを避けたためではないのか。
受験面接中に母親の真珠のネックレスを引きちぎって暴れたような子も「家柄」で合格している。
愛子さまと同学年なら、特に慎重に考慮されるものだが…。
また雅子さまが運動会に見学に来たとき携帯の写メで撮影するなど、
学習院開学の精神を忘れているような保護者も見られる。(保護者)
秋篠宮家が悠仁親王のお茶の水入園を決めたのは、ちょうど一部メディアで「学級崩壊?」と騒がれているころ。
殿下は学習院と繋がりが深いのでいろいろ情報を得られたのかも知れない。

週刊文春2010年3月25日号
二月下旬、愛子様が風邪による熱で休んでいた時のこと
それまで愛子さまは自身が受けた「乱暴」について皇太子夫妻に打ち明けていなかった。
お子様なりにご心配をかけたくなかったのだろう。
それが、侍医にみてもらっているときのことだった。
「学校に行くと食欲がなくて給食が食べられないから今日はお休みするの」と、ポツリと話されたという。
その日のうちに愛子様の異変は皇太子夫妻に伝えられ、二人は大変驚いた。
愛子さまは、学校で受けた乱暴を徐々に両殿下に涙ながらに話されたといわれている。
雅子妃はそっと愛子さまを抱きしめられ、皇太子殿下も優しい言葉を掛けられた。
これを受けて東宮職も初等科の保護者たちに話を聞くなどの調査を行った。
昨年夏の隣クラスの「乱暴行為」が11月には沈静化した、とした後。
だが実は、自動の乱暴行為は沈静化したどころか、今年になって再燃していたのだ。
保護者談として、愛子さまもターゲットにされるようになり、「お前」呼ばわりされたり、
(その児童が)数々の暴言を吐いたり、耳元で「わっ」「ギャア」と声を出して脅かしていた
決定的だったのは、ある日の休み時間に起きたこと。
「愛子さまがお友達と廊下を歩いていたら、いきなり前から首を絞められそうに
なったそうです。あまりのショックに愛子さまは硬直されていたといいます」(同学年の母親)

サンデー毎日2010年3月21日号
男児と仲良し愛子さまに何が起きた「皇太子家の不満が渦巻いている?」
発表は皇太子家が初等科に圧力をかけたのではという見方も出ている。
元学習院校長
昔から皇族に対するいじわるはあったが、子供同士で解決してきた。
宮内庁が発表したため子供の喧嘩を大人同士の争いにした。腹立たしい。
皇室ジャーナリスト久能氏
愛子さまを他の一般児童と同じに扱おうとする学習院に
「特別な配慮を求める東宮の不満が噴出したのでは」
全体的に東宮側が常々不満をもっていたと思える内容。
乱暴をはたらいたとされる男児は愛子さまとは別のクラスだが、
これまで愛子さまと一緒に遊んだり、騒いだりすることもあったという。

フライデー2010年3月26日
愛子さまは文系の勉強や習字、図工は得意だという。
休みがちになっても国語の授業だけは出ていた理由はそこにあると推し量れるが、
その一方で苦手なのは体育で、特に水泳。
走るのはともかく、例えば夏場のプールの授業では見学も嫌がるほどで
「このままでは出席日数が足りなくなるのではと、学校側も焦っていた」(宮内庁担当記者)
「今回の問題は、果たして東宮大夫が発表すべき事柄だったのか、私は疑問に思えてなりません。
宮内庁は二言目には『皇室のため』と言いますが、本当に熟慮したうえで動いているのか、
理解に苦しむことがあまりにも多すぎます」
こう批判するのは、元皇族で皇室評論家の竹田恒泰氏である。
松崎氏談
「愛子さまが学校に馴染めていないという話は去年から流れていたのですが
雅子さまのご病気のこともあり、何事にせよ『悪い話はお耳に入れない』といった空気が作られてしまった。
私が聞いている範囲では、東宮大夫も最近になって初めて実情を知り、驚愕したといいます」

週刊女性2010年3月30日号
雅子さまによる現場検証
東宮職関係者
「実はそのおりに、雅子さまはご自身で、学習院初等科の『昇降口』と『食堂』も
ご覧になったそうです。愛子さまが2日に、以前の恐怖を思い出したのではないかと
学校側が指摘した場所が昇降口付近でした。どうもあの場所で、昨年に何かがあったようなのです。
それと食堂ですね。その2か所は先生方から目が届きにくい”死角”だそうです。
雅子さまも納得された表情だった」
男子児童の親も学習院出身。
テレビ局報道記者「報道をチェックして事実と違うと
報道機関にみずからクレームを入れてくる学習院幹部がいる。
その幹部は外務時代の雅子さまも知っているし、父親の小和田さんとも一緒に仕事をしている(当時)」

週刊朝日2010年4月2日号
愛子さま通学問題 待望の皇太子さまのお言葉を読む
東宮サイドが火をつけた愛子さまの欠席騒動は、
「乱暴行為を行った男児」が犯罪者のように扱われるという悲劇を生んだ
19日のお言葉に児童らに対する直接の配慮がなかったことに、失望する声は少なくない
皇族が謝罪する訳にも行かなかったのでしょう。
しかしほかの表現はなかったのかと思う」宮内庁関係者
「愛子内親王はあくまで被害者である、という強いメッセージ。
普通の親としても疑問の残る対応」八幡和郎
「児童への配慮などに言及すれば、火元が東宮だと認めることに
男児の父兄は恐縮しきって転校を言い出したと聞く」松崎敏弥
17日・18日と皇太子は両陛下と対面
18日は皇太子は両陛下と一緒に応神天皇ご事績のご進講を受けた
その後雅子妃と合流して昼食の予定が愛子さまも加わった
「祭祀に関するご進講後の昼食に未成年の愛子さまが加わるのは過去例がない
愛子さまがいらっしゃる場では両陛下も学習院の話をしづらかったのでは」宮内庁関係者
「皇太子夫妻は愛子さまを一般の子供と同じように扱ってほしいと希望しながら、
特別扱いしないという状況を受け入れきれないという矛盾がある」八幡和郎

女性自身2010年4月6日号
前例のない緊張状態に初等科保護者の中にはこんな複雑な心境を語る者達も。
初等科の"学級崩壊"を宮内庁が発表したことには失望した。
初等科内では子どもは主管に任せるが不文律だったはず。
なぜ雅子さまは連日付き添い、監視するように授業参観するのか。ちょっと過保護では。
初等科に不満を持っているのか。まるで何かに対して抗議しているよう。
そもそも愛子さまが不登校になったのは家庭教育に問題があったせいで、
学習院のせいにするのは筋違いと憤りを隠さない。(常磐会のあるメンバー)
宮内庁関係者が院関係者に聞いた情報として。3/3~4日にかけて
初等科に小山女官から愛子さまへのいじめの有無を確かめる電話があった。
その口調はかなり厳しかった
雅子さまの訴えが通じず、結果的に学習院がそれを"握りつぶす形になってしまった。
異例の発表は雅子さまにとって苦渋の選択だったのでは(松崎敏哉氏)

WiLL2010年4月号
「愛子様不登校問題の核心」 大島真生
雅子妃の「このように言って欲しい」と言うご意向があり東宮職はそれに従っただけのこと
東宮職は「思考停止」状態:皇太子ご夫妻とのコミュニケーションなし
野村東宮大夫は、残念ながらあまり鋭敏なタイプではない。
大変いい人物だが、あまりこうしたことに細かく気が回る性格ではない。
宮内庁・東宮職 HP上での反論:一貫性のないのは当たり前
学習院の心配する母親の感情に対して鈍感な対応かもしれないが、
ある意味学校としてはプロの対応。子供社会では良くある話
それよりも雅子妃に欠ける社会性
民間の出身、外務省勤務の経験を持つのに社会性が発揮されていない。
もともと普通の子として扱えと言ったのは東宮側
雅子妃はブレない人と高円宮妃は言うが、体調によって予定が変わり迎える側も東宮職も右往左往するだけ
体調も悪いだろうけど、結果として「自分勝手」と評されれば体調もいっそう悪くなるだろう。
宮内庁にも心から皇室の未来を思い、身を挺して「殿下、妃殿下、そうおっしゃいますが」と言える人材が必要

皇太子ご夫妻の"正念場"
(週刊朝日 2010年03月26日号配信掲載)2010年3月19日(金)配信
子どもの問題に親が出るどころか、国が出ていった──。
8歳の愛子さまの学校欠席は、そんな大騒動になった。宮内庁の東宮大夫の会見を機に、
乱暴者」と言及された小学2年の男児へのバッシングが始まり、
天皇、皇后両陛下が憂慮を示す事態にも発展。
小学2年の男児がまるで犯罪者であるかのように、身長や家庭事情までが報道された。
学習院付近では右翼の街宣車が、「愛子さまをいじめたやつを許すな」などとがなりたてた。
天皇、皇后両陛下に経緯を説明した。その場で両陛下は、「(愛子さま、児童、学校などの)
いずれかが犠牲になる形で解決がはかられることのないよう、
十分に配慮を払うことが必要ではないかと思う」
と憂慮を示した。これは宮内庁関係者によれば、極めて異例な事態だ。
12日の会見で、野村東宮大夫は、「乱暴」がきちんと裏付けされていないことを認めた。
それなのに騒動が激しさを増すなかで、東宮サイドからは、「乱暴」をしたと攻撃される児童を気遣う言葉もない。
「皇太子殿下は出発前日にあたる5日、それも大夫会見の数時間前に、
外国訪問前のご挨拶で両陛下を御所に訪ねています。
両陛下が東宮大夫に経緯を聞く前に、なぜその場で直接、ご自分でお話しにならなかったのでしょうか」
(野村東宮大夫は)5日の発表は皇太子ご夫妻と相談したうえでのことだと認めた。
両陛下をよく知る人物は、憮然とした表情で、こう語気を荒らげた。
「たとえ愛子内親王殿下に対する暴力行為が実際にあったとしても、
他の子どもに批判が向くような行為は、皇室が絶対にやってはいけなかったことです」

選択2010年4月号
野村大夫と学習院側の会見内容に続き、その後も、波多野院長や元学習院科長らが
積極的に取材に応じ、愛子内親王自身や家庭の養育にも課題があると示唆している。
筆者がある同級生男児の家族の話を聞くと、
「うちの子も大声を出したり走り回ったりカバンを投げたりする。
一瞬うちの子では、と青くなった」と語っている。
くだんの男子や家族、教育現場に深いダメージを与えたことは間違いない。
むしろ問題は、十重二十重に護られ特権を享受している皇室の側が
誰かを告発するような発信をすると、相手を窮地に立たせ、
ひいては皇室側も傷ついて国民の敬愛を蝕むことだ。
まして今回は、わずか八歳の同級生らと、歴代天皇・皇族が世話になってきた母校が対象となった。
天皇、皇后は九日、報告に出た東宮大夫に「いずれかが犠牲となることのないよう配慮を」と伝えたという。
「犠牲」という深刻な言葉を使ったことに憂慮の深さがうかがえる。
3月29日、野村大夫は一連の騒動について「批判があるのは承知している。心苦しく思っている」と表明。
天皇、皇后から相手方に配慮した発信があったにもかかわらず、
皇太子夫妻の沈黙が続くことを問われ、「殿下は考えておられると思う」と繰り返した。
(19日皇太子夫妻のコメントは)相手方児童や母校関係者を慮る言葉はなかった。
東宮の発表が混乱の原因と認めることになるからだろうか。
それにしても見事なまでの紋切り型で、木で鼻をくくったような印象は否めない。
今回の一連の東宮の動きには既視感がある。
懐妊報道への激しい非難、雅子妃の外国訪問が難しかったことへの不満表明、「人格否定」発言・・・・・。
いずれも東宮側が「私たちはひどいことをされた」と告発し、メディアが「犯人探し」に走る構図だ。
憶測が広がり、傷つく人が増えても、皇太子夫妻からフォローする発信がなく、
歴代の東宮大夫がきりきり舞いさせられるのも同じパターンだ。
東宮大夫の責任は重いが、夫妻の意を体して動いたためであろうから、むしろ同情を禁じ得ない。

週刊文春2010年4月22日号
▼愛子さま同級生「暴力」で前代未聞の退学-皇族の「新学期」が始まった
愛子さまを強引に通学させ再び"登校拒否"になることを恐れて、徐々に慣れさせる方針。
2年西組にいた児童が3/31に退学していた。他クラスの子が教室に入ってきて暴力を振るう、と訴え。
この児童の両親は信頼を覆した学習院に対してより強い怒り。
暴力を振るった子が「暴れん坊」かどうかは不明。
「暴れん坊」は北組から東組へ。愛子さまは南組のままなので、もっとも離れたクラスに。
4/7、皇太子一家が学習院を訪問したが、背景には学習院の焦り。理事ほか2名が出迎え、
皇太子夫妻への説明には波多野院長らの(マスコミで語るような)居丈高な調子ではなく、ひたすら低姿勢。
学習院は皇族と言えども特別扱いしないが伝統だが、
春休み期間中に一部の父兄にだけ説明なんて特別扱いもいいところ。
雅子さまの参観も続いている。昔の院の伝統を取り戻して欲しい。(学習院OB)

女性自身2010年4月27日号
雅子さま・愛子さま<傷心ケア>へ学習院と「決意の直談判」120分!
愛子さまはボーゲンから足をそろえて滑れるようになったようだ。
4/9、遅れて登校した愛子さまは式には出ず、雅子さまと教室で待機。まだ不安を感じるらしい。
翌10日、一家は千葉県へ出かけ、友達と一緒に(午前中貸し切った)スケートを楽しむ。
雅子さまは2日間に渡って愛子さまと仲の良かった子(クラスが別れた子も)を
東宮御所に呼び、「これからも友達でいてね」と心を砕く。
7日、一家で学習院を訪れるが、「ちょっと行くから」と連絡があった。(波多野院長)

サンデー毎日2010年4月25日号
ついに出た退学者
4月9日8時20分、学習院初等科 2階の正堂で始業式が始まる
それから30分後の8時50分、雅子さまと一緒にワンボックスカーで乗り付けた愛子さまは小走りで教室に。
始業式には出席しなかったが、雅子さまとともに「3年生の新しい生活に備えての授業の時間」に出席。
学習院側としては、「看護当番」といって教員が休み時間の生活指導を従来から行ってきたが、
今年度から教員の数を増やし、徹底するように務める とのこと。
しかし、最も危惧された事態が起こってしまった。愛子さまの学年の一人の児童が退学した。
3月5日の騒動以前から、男児による乱暴な振る舞いや学級の乱れに巻き込まれていた児童がいたが、
そこに例の件での報道合戦が加わり、
親御さんが「うちの子に何かあってからでは遅い」と修了式の日に退学届けを提出。
この児童はごく普通の子だったが、男児のイジメの対象になり困惑していた。
また、その問題児童と通学路がほぼ同じことも、両親の悩みの遠因だったようす。
学校側は届けを保留にし、慰留に努めたが、決心は変わらず、4月からは公立小に転校。
愛子さまは休み時間などは、友達と仲良く談笑しているそうで
漫才師みたいに「なにゆうてんねん」で話して笑いあっている。
学習院広報課でも、その事実は認めながらも、今回の一連の件とはまったく関係ないと説明。

女性セブン2010年4月29日号
皇太子妃雅子さま・愛子さま始業式欠席に込めた<ふたつの>「不信」
愛子さまが始業式を欠席したのは雅子さまの意向が影響。
4/7に一家は学習院を訪れたが、応対したのが教頭と女性教諭。
皇族である二人が訪問したのだから、科長(校長)が出てきても良いはず。
今まで皇族が在籍する6年間は主管(教師)は変更無しが慣例だったが、
新年度は(4人中)2人が変更になっており、学習院としては最大限の努力をしているつもりらしいが。
夫妻が訪問するまで学習院からの(主管変更などの)報告はなかった。
学習院を出た雅子さまは落胆の色が濃かった。
東宮職の対応。要望などがほとんど学習院に伝わっていない。波多野院長が認めている。

週刊現代2010年5月1日号
遅刻に早退 愛子内親王「新学期」課題
愛子さまは「お辞儀」と「挨拶」があまりうまくできない。
感情のコントロールも上手ではなく、押し黙ってしまうことも(初等科関係者)
不登校発覚後、徒歩から車登校へ。
皇太子は「ゆっくり見守りましょう」
愛子さまは学業成績は優秀。対人関係の形成が不得意で、時折、悔しそうな表情をあらわにされる。
「学校に行きたくない」が始まったのは、実は昨年秋頃から。

サンデー毎日2010年5月2日号
父母会
雅子さまは一度愛子さまを東宮御所に見送った後戻って出席。
雅子さまも男児の母親も父母会に欠席すると思われていたのに出て来て、
「勇気があるというか、KYというか...」(初等科父兄)
二人が出席していたために、初等科長の話も抽象的で判りにくいものになった。
科長は、良いことは良い、悪いことは悪い、報道は必ずしも事実を伝えてない、
低学年では勉強は家庭でも教えられるが、対人関係は学校でないと学べない等々の話をした。
初等科長の話の途中メモをとる手が止まり不快そうな表情が露に。内容に不満だったのだろう。

FACTA5月号 VOL.49
嘆かわしき皇太子夫妻
娘の不登校で世の中を騒がせて何とする。危機管理なき野村東宮大夫には資格なし。
またもや騒ぎの発信源は、皇太子一家である。天皇家の家庭問題は、
2004年の皇太子「人格否定発言」以来、絶えずマスコミの俎上に載せられ通しだ。
そこへ今回の愛子さま不登校事件。こんな私的なことがなぜ表沙汰になるのか。
「修身斉(ととの)える)」あってこその「治国平天下」である。
次代の象徴天皇には、この言葉の意味を十分理解してほしい。
「学校生活にもすっかり慣れて、毎日楽しんで通学しています」。
学習院初等科2年(当時)の愛子さまについて、皇太子は2月、満50歳の誕生日を前にこう述べた。
ところが会見直後の2月22日から、愛子さまは微熱を訴え授業を欠席していた。
腹痛などを理由に、学校へ行くのを嫌がった。典型的な不登校の症状である。
■残念な天皇の「お出まし」
3月5日午後、野村一成東宮大夫は定例会見で、「複数の男児の乱暴な行動があるので欠席している」と公表した。
理由は「公の立場の方が1週間学校に行っていないから」だという。
そして「同学年の違うクラスの複数の男児が、愛子さまらに乱暴をした」と、独自の調査結果を公表した。
学習院側は「愛子さまをターゲットにした暴言・暴力行為は、一切ない」と見解を異にしている。
その後は雅子妃が付き添って、一限だけ登校するなどし、16日の修了式、4月9日の始業式にも出席しなかった。
いじめや校内暴力はどこにでもある。学習院だって同じだ。
東宮職には学習院幼稚園長を務めた女官がおり、愛子さまはお付きと皇宮護衛官と一緒に登下校する。
彼女が被害者になったのは昨年夏ごろからのようで、
「いじめ情報」は早くから東宮職幹部や両親に上がっていた。
こうしたケースは内部処理で済ませるのが常識だが、なぜ東宮大夫がメディアに好餌を提供したのか。
同級生に悪影響を及ぼすことは必至で、既に週刊誌は「犯人」を割り出し、
「小2で体格のよい乱暴者」などと書いている。騒ぎの発端は野村大夫にある。
翌週の会見で、「皇太子夫妻が本当に公表しろと言ったのか」と質すと、
「私の口からは控えたい。しかし、両殿下の了解なしに発表することは想定できない」と答えている。
しかし、それを抑えるのが危機管理であろう。
波多野敬雄学習院院長には、野村大夫から事前連絡があり、
会見内容のファクスも入っていた。野村は波多野の外務省の後輩にあたる。内容に異議を挟むと、
「愛子さまがそう言っている話なんだから、しょうがないじゃないか」と言ったという。
「野村も苦しい立場なのでしょう。しょうがないじゃないか、
と繰り返すばかりでした」(「週刊朝日」3月19日号)。
さらに「どこまでが野村の発意で、どこまでが違うのか。
ただ、野村が勝手にやっているわけではないでしょう」と発意者を暗示している。
今回の件は、6年前の「人格否定発言」と構図が似ている。
皇太子は「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実」と述べ、
妻の気持ちを縷々代弁した。
そして、してはならない「臣下の批難」を口にした。
天皇は驚き、「“動き”という重い言葉を伴った発言であったため」、
皇太子に説明するよう求めた。私的なことを公の席上で述べたことは大きな反響を招き、
天皇家のコミュニケーション、嫁姑の仲、天皇、皇太子、秋篠宮の発言など
家庭内部の問題が毎週のようにメディアで取り上げられた。
今回も天皇皇后は憂慮し、9日には野村を呼んで事情を聞いている。
「学校や複数の児童が関係する問題であり、
いずれかが犠牲になる形で解決が図られることのないよう」と言ったという。
またもや残念なことに、天皇の「お出まし」である。

テーミス2010年5月号
愛子さま不登校問題の波紋
「皇太子ご夫妻『皇位継承』へ疑念が噴出!」
皇太子ご一家の"異例訪問"(始業式2日前の初等科突然訪問)について、
TBSが夕方のニュース「Nスタ」で報じた。ところが、翌朝、その項目が番組のHPから
削除されたことも波紋を広げた。「実は2日の定例記者会見で、東宮大夫と記者会の間に一悶着あった。
4月2週目のご夫妻の公務予定が非常に少なかったので
『両陛下が須崎でご静養中に、また家族で出かけるのか』と、記者会が突っ込んだ。
大夫はしどろもどろだった。放送後、東宮職側がかなり強く抗議したようだ」(皇室担当記者)
雅子さまと東宮職側のコミュニケーションは、依然、成立していない状態だ。
雅子さまは国連関係の公務に"急遽"お出かけになることがよくある。
「なぜ東宮職はとめないのか」との疑問があるが、
「雅子さまに怒鳴られないようにするだけで精一杯の状態が、ご発病以来続いている」(宮内庁関係者)
「雅子さまは気分が上向きになると『何かしなくちゃ』と張り切られる。会見の直前も
"ハイ状態"で、野村大夫は雅子さまから『発表するように』と、かなり詰め寄られたという。」(皇室関係者)
■ご夫妻のコメントに違和感も
昨年4月の末綱侍従長突然辞任や、2ポストの新設。
元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司氏
両陛下の東宮時代には日頃の交流があったので、係員にいたるまで両殿下のお考えを
理解しているという自信を持って仕事が出来たが、そのような環境作りのない状況で、
ポストだけを増やしても無意味
3月19日、皇太子ご夫妻は「愛子の欠席で国民の皆さまにと心配をかけ、私たちも心を痛めております」
というコメントを発表した。これに違和感を持った関係者も多い。

週刊文春2010年6月10日号
「東宮御所には、学習院と、愛子に暴力を振るった子どもの保護者に謝罪を求める声があります。
でも私は、それをすべきではないと思っています」御所を訪れた皇太子が天皇皇后にそう漏らされた。
皇太子はさらに続けられた。「あのような会見をすべきではなかったのではないかと思っていました」
会見は基本的に雅子さまの要望に沿ったもの。皇太子も迷っていたが結局止めなかった。
「皇太子もご意志を明確にされなかった」。皇太子は、お一人で決断される事に慣れておられない。
東宮御所幹部は「あの方(皇太子)はああいう方ですから」
「殿下がはっきりと中止を明言しないために、会見が開かれたのだと言いたいようでした」(皇室関係者)
不登校会見の直前に皇太子は携帯電話で「皇太子に近い人物」に
会見の是非を相談しようとしたが行き違いになった。
5月半ば、皇太子の頭皮にはストレス性の発疹
先日の迎賓館におそろいのお出ましは、「妃殿下と愛子さまは当初、
出席される予定はなかったのですが、途中から参加されました」
その後、全員で秋篠宮邸でお食事をされましたが、通常なら東宮御所に集まるものです。
妃殿下と愛子さまの状態に配慮されたのでしょう。(皇室ジャーナリスト)

週刊新潮2010年6月10日号
愛子さまの4時間目登校は雅子さまが決めた。(そういうアドバイスがあった)
1時間目よりも昼前後の出席のほうが「クラスにいた」という印象が同級生に残り、
愛子さまがクラスに戻りやすいとの配慮から。
「乱暴少年」の両親は今回の報道を受けて、自主退学を申し出たが、学習院が認めなかった。
その理由は、これを機に退学となると、野村東宮大夫は少年を退学に追い込んだ張本人となり、
雅子さまは怖い存在、愛子さまは近寄ると面倒だと思われかねないから。
神田秀一氏「今回、東宮大夫が発表するに当たり十分な対応がなされたとはいえない。
これまでの東宮大夫は現場に足を運び、教諭に直に会うなど解決の努力をしてきた。
だが今回は電話とファックスで学習院の了解をとったという程度の手続きで発表しており、
認識の欠落があるのではないか」
「雅子妃の気持ちはわかるが、ご夫妻は『普通の子と同様に教育してほしいといっている』のだから
単身の参観を認める学習院もおかしい」
東宮大夫の会見前に、皇太子殿下から両陛下には会見の内容について報告はあったはず。
しかし、殿下からの説明が不十分で、両陛下にはあれほど踏み込んだ内容になることについては伝わっておらず、
そのために9日、東宮大夫が陛下にご説明にあがることになった。

サンデー毎日2010年6月20日号
結婚記念日の会食は、9日の予定を、雅子様の体調を考慮され
11日(翌日学校休みの金曜日)に変更(ある皇室ジャーナリスト)
日程変更に両陛下困惑 両陛下は翌12日早朝ご出発予定、他にも超御多忙
以前は両陛下のご予定が何よりも優先されていたが、
今度のご予定はどういうこと?といいたくなる(宮内庁関係者)
だが両陛下は「仕方ない、いいよ、いいよ」とおっしゃっている(別の宮内庁関係者)
皇太子様は雅子様に引きずられている、相談できる相手も少ない(皇室関係者)
5/7父母会総会が開かれ、その際の東園常務理事による「箝口令」の他に
「個人を特定するような報道がなされているが、そのお子様がそうであることは一切ない」
父母会総会開催前に疑われた保護者に別の4名の名前が伝えられ、関与を疑われた児童の保護者には謝罪
雅子様の「謝罪をさせる」に、両陛下は驚愕「学校を相手に…」と困惑。

女性セブン2010年7月8日号
皇太子妃雅子さま-「続く宮内庁異例の発表」の裏を読む
6/19、学習院では翌日の父の日に向けた全校授業参観が開かれる。
去年は皇太子夫妻が出席したが、今年は皇太子はスウェーデン、雅子さまは欠席。
「毎日授業参観しているのに、欠席するとはそんなに体調が悪いのか」。
17日、東宮職から食事会に対する雑誌の記事に対して訂正の申し入れがあった。
両陛下は愛子さまと会うのを楽しみしているのに、雅子さまの体調が原因で取りやめた、
と発表されたことで逆に雅子さまにはプレッシャーになってしまうのではないか。
翌18日には侍従名で訂正を求める書類が掲示板に張り出された。
この日は宮内庁次長による定例会見の日で、通常は口頭での説明後ペーパー、という形だが、
最初から書類という形での公表に驚き。
内容は同記事内での、皇后さまが愛子さま転校のため、5月中旬に母校を訪問したという部分について、
皇后さまは今年に入ってから聖心を訪問したことはないので訂正を求める、という内容。
皇后さまは(いじめ会見を)「本当に発表したのですか」と驚き、
侍従などに「誰もが傷つかないように」とお任せになっているので、みずから動かれることはまず無い。

週刊現代2010年7月10日号
愛子さまは11時(4時限)ごろ登校するが、登校前は雅子さま・侍従・女官が家庭教師役。
特に算数が好きで主要科目は非常に良くできる。
登校し、授業が終わるとすぐさま雅子さまに駆け寄り帰り支度を始めてしまう。
下校後は担任から渡されるレポートを元に補習や宿題。
6/22、10時56分頃、二人の女官を従えて母子がワゴン車から降りる。
門に向かって歩く間雅子さまがしきりと話しかけるが愛子さまは真正面を向いたまま。
今回の男の子も私たちの目からはそれほどひどいとは思えない。
愛子さまに何か問題があると、とたんにあたふたする学習院には辟易している。(同母親)
学習院は皇族を特別視しない伝統を持っている。この程度のことで弱くなっている原因を
家庭教育で発見し、耐えていく力を家庭で与えることが先決という姿勢。
家庭で鍛え直してから学校に戻して欲しい、
そうすれば学校としてきちんと取り組むという意味。(橋本明氏)
学習院で他に不登校の子が続出しているわけではなさそうなので、
愛子さま本人に集団生活を苦手としていて、そちらに要因があると捉えるべきでは。
そう考えると現状は無理矢理「登校している」という事実だけを
示そうとしているのではないか。(矢幡洋氏)
小和田家では今回の一連の学習院の対応に不満を持っていて、学校に抗議も行った。

サンデー毎日2010年7月18日号
7月2日 この日愛子さまが雅子さまと一緒に登校したのは午前11時30分過ぎ
4時間目の音楽の時間にリコーダーを練習
昼食をはさんで5時間目の道徳、6時間目終了まで学校に滞在(午後3時30分まで)
ただしこの日の6時間目は「放課後遊び」で自由に校庭で遊ぶ。
「愛子さまは他の児童といくつかの球技を楽しまれていた」(学習院の保護者)
この日の昼食は貴賓室で雅子さまと一緒に食べた様子
6月3日 この日は月1度のお弁当の日。給食の日は3階にある食堂で他のクラスの児童と
一緒に食べるが、お弁当の日は各教室でとる。
4時間目の授業を終え、いつものように帰り支度を始めた愛子さまにクラスメートの一人が 
「愛子ちゃんも一緒に食べようよ。お弁当分けてあげるから」と声を掛ける。
愛子さまも表情が明るくなり、にっこりうなずく。
「今日は先生、あまりおなかがすいていないから」と話す担任や、
他の児童からも少しづつ弁当のおすそ分けがあり、やがて一人分のお弁当になった。
「ありがとう。みんなと食べると楽しいね」愛子さまは笑顔で言って、にこやかな表情を浮かべ、
その間雅子さまはやはり教室の後ろで見守っていた。雅子さまもお召し上がりになった。

女性自身2010年7月27日号
雅子さまは愛子さまと親しい同級生の保護者に、夏休みにはぜひ東宮御所に遊びに来て欲しい、と電話。
学習院の夏休みが7/23なのにその誘いは6月からあったため、
ずいぶん早くから夏休みの予定を考えているようだ。
夏休みに那須御用邸に愛さま学友を招く計画もある。
羽毛田長官は雅子さまが付き添うことに肯定的ではない。

東奥日報2010年7月23日
愛子さま不登校問題/「良い兆候」も展望見えず
皇太子家の長女愛子さまは、雅子さまに付き添われて一部授業だけに出席する時限登校を続け、
学習院初等科3年の1学期を終えた。宮内庁が「複数の乱暴な振る舞いの男児がいて通学に不安を覚えている」
と公表してから4カ月。最近は愛子さまが同級生と楽しく過ごす「良い兆候」(宮内庁)が増えた。
だが天皇、皇后両陛下が憂慮を示した“不登校”は解決への展望が見えず夏休みに。
雅子さまの療養も続き、宮内庁は二重苦に頭を抱えている。
▽安堵
学期末を控えた20日。東京都新宿区の学習院初等科の体育館では、愛子さまが笑顔で、
クラス対抗のドッジボールに興じた。この日は皇太子さまも雅子さまとともに参観。
2人は穏やかな表情で見守ったという。
「以前に比べたら格段に良い状況になっている」。3年生になってからほかの3クラスの
児童と交流する機会がほとんどなかっただけに、皇太子家のお世話をする宮内庁東宮職幹部も
学習院側も安堵(あんど)の表情を浮かべた。
ただ通常の通学には程遠い。午前10時すぎに雅子さまとともに登校し、教室の後ろで
雅子さまが控える中、午前中の2時限の授業を受け給食を食べずに下校する。写生大会や
泊まりがけの校外学習は欠席し「不登校に近い状態」(東宮職幹部)に変わりはない。
「一日も早く普通に通ってほしい」「どうして最初からいないのかな」。
同級生の同情の声はやまないという。
▽義務
2003年末から療養が続く雅子さまは
「授業をずっと見るのは大変で疲れがたまっている」(東宮職関係者)。
なぜ、同行を続けるのか。「一緒でないと登校できない」と訴える愛子さま。雅子さまは
付き添いについて「学校が大好きな娘を守るために母としての義務と考えている」(同)からだ。
こうした状況が雅子さまの公務への本格復帰に影を落としている。宿泊を伴う公務での
地方訪問は今年1月の阪神大震災15年の追悼式典に足を運んで以降、途絶えたまま。
一昨年、昨年と出席した皇居での国賓歓迎行事も今年5月のカンボジア国王の際は欠席した。
▽平行線
東宮職と学習院は定期的に意見交換を継続中だ。雅子さまの主治医も大半は出席。
1学期末には皇太子ご夫妻も加わり、東宮御所での自習や夏休みの過ごし方などが話し合われた。
「多くの人と触れ合えば、通学にも良い影響が出るはず」(東宮職)と、
夏休みは外出や友人を呼ぶ機会を増やす予定だ。
ただ、東宮職と学習院との擦れ違いは続く。東宮職側は「怖い思いをして不登校になった事実がある以上、
学校としてもっと真剣に努力してほしい」と要請。学習院側は「いまさら犯人捜しのようなことはできない。
集団の中での人間教育は大切。事情はあるにせよ、
普通のパターンで登校してほしい」と主張し、平行線のままだ。
「いずれかが犠牲になる形で解決が図られることのないよう十分に配慮することが必要」と
異例の談話を3月に出した天皇、皇后両陛下。側近によると、心痛は今も続いているという。

テーミス2010年8月号
「いまや、愛子さまはお友だちの間でも『お姫さま』扱いらしい。」
7月8日12時半頃、他の母娘と一緒に早退。
校門でバイバイと手を振り合っていたが、動き出したワンボックスカーに
この母娘は「深々とお辞儀をして見送ったのだった。」
この日は10分遅刻しての登校だったが「お二人は慌てず急がず、悠然と校舎に向かわれた。」
「学習院初等科関係者はこう語る。『愛子さまは環境を変えなければ普通に登校されることは
出来ないと思います。でも、いくら東宮家のお子さまであっても、学校が一人の児童のために
教育方針を変えることはあり得ない。愛子さまはとても活発で積極的なお嬢さまだから、
3月の会見は誰かが作り上げたこととしか思えない。
学校を信頼できないのならば、転校とか海外留学もやむを得ないと思います』」
愛子内親王の級友でのあだ名は「トシちゃん」
「雅子さまは学校と男児の親に謝ってほしいという思いは変わらないようだ。
皇太子さまを含めて何も進言できない雰囲気があるのでしょう。」(皇室関係者)

週刊文春2010年8月12日・19日号
いじめられた時愛子さまは?
三月のいじめ騒動後、学習院では愛子さまと同じクラスの全生徒と父兄にヒアリングを行い、
その結果新たに判明したことがあった。
「愛子さまは主管(担任)を“少し怖い”と感じていた。そのきっかけとなったのが保健室」
(学習院関係者)
騒動の前から愛子さまは「お腹が痛い」などと言ってよく保健室に。
「しかし愛子さまの主管が『大したことはない』と認めないことも。
彼女は国語を担当するベテランの女性教師で、どの生徒にも公平に接する評判の良い人ですが…」(同前)
いじめ発覚直後、主管を替えることが検討されることもあった。

―・・―・・―・・―・・―・・―・・―・・―・・―・・―・・―・・―

一年生の頃から不登校気味

週刊現代2008年8月16日号  
新聞・テレビが報じない「3カ月の学校生活」 愛子さま学習院初等科「3度の長期欠席」で囁かれる「不適応」
担任に名前を呼ばれてもモジモジして返事ができなかったり
給食の器の受け取りもできない、引っ込み思案と人見知りが強い
友達の輪に入っていけない。運動面もテンポがずれている。
保護者はカメラ禁止、生徒は学校内で見たことを話さないようにという箝口令が出ている。