皇太子さまの「重責」「ご学友」に見せた後ろ姿

同い年57歳記者が思う、皇太子さまの「重責」「ご学友」に見せた後ろ姿
毎日新聞2017年2月14日 東京夕刊

天皇陛下の退位をめぐる報道をながめながら、ふと、皇太子さまのことを思った。
この23日、57歳になられる。同い年の私はといえば、目はしょぼつき、体もあちこち故障しがち。
そろそろ第二の人生を考え、ゆっくりするどころか、これからより重責を担う皇太子さまである。
どんな思いでおられるのだろう。【鈴木琢磨】

かつて東京の路地裏にあるおでん屋に皇太子さまがお忍びでやってくる、と耳にしたことがあった。
日本酒がお好きらしいし、なにより同い年のよしみ、
うまくいけばほろ酔いインタビューができるかもしれない、と近くのバーに通い、
それとなく気配をうかがっていたが、残念ながら夢かなわず、ただバーの酒代だけがかさんだ。
その皇太子さまがつい先日、幼い頃の記憶の断片を少し吐露した。

1月19日、皇太子さまは学習院女子大で「歴史の山旅を楽しむ」と題した講義をした。
小学生のとき、お住まいがある赤坂御用地(東京都港区)を散策していて、
たまたま鎌倉時代の古道の名を記した木札を見つけたとのエピソードを紹介しながら、こう語られた。
「当時、御用地の外に出たいと思っても、そう自由に出られなかった私は、道を通ることにより、
まったく知らなかった世界に旅立つことができることを知ったわけです」
夕方暗くなるまで原っぱで走り回っていたわがはなタレ小僧時代を振り返れば、
外出の自由すら制限される生活など想像もつかない。
ちょっと切なくなってしまった。

ひとりの「ご学友」に会った。NPO法人「子ども環境文化研究所」理事長の小山泰生さん。
学習院幼稚園から皇太子さまと同級で、家族ぐるみの交流が続いている。
この1月3日も赤坂の東宮御所で新年会があり、皇太子妃雅子さま、長女の愛子さまも終始ご一緒だった。
「ご学友って言葉は使いません。あくまで同級生です。小さい時分はカルタもしました。
このごろは2時間ほど楽しくおしゃべりをして過ごします」。
見せてもらった写真には品よく器に盛られたおせち料理、そのなかに黒豆があった。
へえ、われわれと同じですな、と思わず口にしたら、小山さん、笑った。
「日本酒もいただきますよ。お茶が出てきたら、そろそろお開きの時間でね」
この小山さん、皇太子さまにとって一同級生以上の存在なのだろう。
実に博識で、面白く、かつ語り口がなんとも軽妙。
それもそのはず、父は歌舞伎のイヤホンガイド創設者として知られる古典芸能評論家の故小山観翁さん。
幼い頃から歌舞伎に親しみ、疎開中、米軍機の機銃掃射を避けながら京都の南座で芝居を見ていたつわもの。
寄席通でもある。そんな父に仕込まれれば、仕立てのいいスーツに身を包んでいても、
江戸のご隠居ふうの粋がにじむ。
小山さんは皇太子さまにとって、いまなお知らない世界へ旅立つ「道」の役割を担っているに違いない。
思えば、私など皇室についての知識も乏しく、とことん皇室について考えたこともない。
だから昨年、陛下が「退位」の意向を示唆されたのには正直、不意打ちをくらった感じだった。
居酒屋でニュース速報を見ながら、隣にいた戦中派の客が
「ああ、第二の人間宣言だね」とつぶやいたのが印象的だった。
むろん、皇太子さまにもお考えはあるだろう。
小山さんには打ち明けているのではと尋ねたが、話題にならなかったらしい。代わりにこんな話をした。
「うちは祖父から私まで3代続く美食家なんて言われてましてね。
ウナギだと、祖父と私は天然ものしか扱わない老舗がひいきなんです。
ところが、父はウナギはとことん泥を吐き出させた養殖ものに限る、と別の老舗にしか通わない。頑固です。
まあ、ことほどさように親子でも意見の相違があるものなんです」
戦後、新憲法下で初めて即位された陛下は、自ら「象徴天皇」のありようを模索しつつ歩んでこられた。
モデルはなかった。それは第二次世界大戦の慰霊の旅だったり、大きな災害の被災地へのお見舞いの旅だったり。
その背中をじっとご覧になってきた皇太子さまは、そうした歩みに敬意を払いながらも、
さらに新しい時代の「象徴天皇」像を思い描いておられるのだろう。
小山さんのたとえ話は、そういうあたりの意味ではないか。

「政治家は皇室を押し入れの中に…」
政府は「一代限りの特別立法」でしのごうとしているフシがある。
陛下の高齢を考慮すれば急がねばならぬのもわかるが、
皇太子さまも世間でいえば、定年後を見据える年齢である。
私などとてもとても体力がもちませんわ、と小山さんに冗談めかして言うと、また笑った。
「東宮さま(皇太子さま)は丈夫ですよ。山登りで体を鍛えていらっしゃいますから」。
ただこの国に皇室の将来を議論する空気が希薄なことに顔を曇らせた。
「政治家たちは、できれば皇室を押し入れにでもしまっておきたいんじゃないですかね」
そう語るや小山さん、オバマ前米大統領の「新たな始まり」と題されたスピーチの一節をそらんじた。
2009年にカイロ大で行ったものだ。
<私はすべての人々が切望しているものがある、と固く信じています。それは自分の考えを述べ、
自国の統治方法に関して意見を述べる権利、法の支配と平等な司法行政への信頼、
国民から搾取しない透明な政府、自分の選んだ生き方をする自由です>
「こうした自由があのファミリーにありますか? ただ国の政治や経済の安定の道具でいいんでしょうか? 
宮中の行事にしたって、ほとんどが明治以降に創作されたものです。
ドレスで西洋風パーティーをやるなど明治維新をなし遂げた薩摩や長州の下級武士たちの
江戸文明へのコンプレックスですよ。
東宮さまにも24時間しかない。ある式典に出れば、別の式典にも出てくれとなる。
際限がなくなり、土日も休めません」
遅ればせながら、働き方改革へ動こうとするこのご時世に皇室の働きもまた人間らしくあるべきだろう。
小山さんはぽつんと言った。「結局は人間がやることなんですからね」。
そして1枚のスナップ写真をテーブルに置いた。夜景である。
目をこらすと皇太子さまの後ろ姿、遠くには窓という窓から明かりのもれる高層ビル、空には月が浮かんでいる。
1992年の夏に東宮御所の庭で撮影されたらしい。
「私たちとバーベキューをした後のひとコマです。
偶然かもしれませんが、ひたすら国民の幸せを願っておられるように見えました。
天皇とはそういうものであっていただければうれしいのです」
とっつきにくい歌舞伎を身近にしてくれた父の観翁さんよろしく、
ここはひとつ小山さんに皇室という知らない世界への<道>となっていただくしかないと思った。
より深く国民が皇室を考えるために--。
http://mainichi.jp/articles/20170214/dde/012/040/003000c