雅子さまブータン無視 皇太子さまカメラ片手にお手ふり

週刊文春2011年12月1日号
ブータンのワンチュク国王とペマ王妃が国賓として来日。
11月18日、国王夫妻は福島県相馬市へ。
皇太子と皇后さまは午前中に迎賓館を訪れ、国王夫妻にお別れの挨拶をされた。
しかし、同じ頃雅子さまが訪れたのは迎賓館と目と鼻の先の学習院初等科。
「雅子さまは『ご体調の波』ということで、歓迎行事、会見、宮中晩餐会のいずれにもご欠席。
最後のお別れにも来られず、結局一度も国王夫妻に挨拶されませんでした」(皇室担当記者)
ブータン国王を迎えての宮中晩さん会は天皇皇后の体調を気遣い、例年より負担の少ない、
約1時間の短いものが計画されており、ハードルは低かったと思われる。
昼過ぎから愛子さまのお付き添いのため、初等科に滞在されていた雅子さまは13時40分、
ゴールドのアルファードに足早に乗り込み、東宮御所に戻られた。
顔はうつむきがちでマスクを着けられていた。
(中略)
10日は、予定の数時間前の“ご発熱”で(天皇陛下の)お見舞いをキャンセルされた雅子さま。
今後のお見舞いの予定については、宮内庁は「いずれ折を見て」と話すが現在も未定だ。
「初等科も迎賓館も、東宮御所から数百メートルの距離ですからね。
お付き添いも控えられた方がよかった。
妃殿下は昨年、カンボジア国王の歓迎行事を欠席して愛子さまに付き添われ、晩餐会もご欠席。
06年はインドネシア大統領の晩餐会の日に乗馬、翌日にジュエリー展を訪れて批判を浴びました。
国賓接遇の重要性は元外交官の妃殿下であればよくご存じのはずですが」(同前)
(中略)
宮中晩餐会。皇太子は冒頭、天皇のおことばを代読された。
「陛下はわりとゆっくり読まれるが、殿下は意外と速かった。緊張されている様子はありませんでしたが、
途中、噛んだように聞こえたところもありました」(前出・宮内庁担当記者)
歓迎行事は滞りなく進行した。だが、海外から見た印象は少し違うようだ。
「こちらの王室報道関係者も含め、雅子妃のご病状は国際的にはまったく理解されていません。
今回のような王室外交は夫婦で一組が基本ですから、皇太子一人での接遇は不自然な印象。
海外プレス向けにも、そろそろ医師団からの最新の説明が必要なのではないでしょうか。(在欧日本人記者)
一方、皇太子の一連の名代の様子にも、様々な“注文”がつくこととなった。
中でも千代田関係者の間で衝撃が走ったのは先週小誌が報じた「お召し列車事件」。
13日、天皇陛下のご名代として山梨県を訪れた際、「カメラを片手にお手振り」をされた件だ。
天皇皇后は、移動中も公務というご認識で、
車中ずっと立ったまま沿線の国民へ熱心にお手振りをされる“平成流”を貫いてこられた。

当日多摩川河川敷で撮影した鉄道ファンが語る。
「お召し列車の写真を撮りに来たのは約200人。
綺麗な景色を撮るなら分かりますが、こちら側には人しかいなくて。
お手振りを純粋に喜ぶ人もいましたが、『カメラ持ってるじゃん!』という声も挙がりました。
さらに、皇太子は山梨県行啓の後、長野県安曇野市のワサビ田を視察されたが、
そこでも宮内庁関係者が眉をひそめる一幕があった。
「殿下が外套のポケットに両手を入れたまま視察され、短い時間でしたが、
その様子がニュースで報道されてしまったのです」(別の宮内庁関係者)
(中略)

皇太子ご夫妻に様々な注文がつくなかで、18日夜8時になって金沢一郎皇室医務主管から
天皇のご病状について説明があった。その内容に一同は騒然となったという。
「天皇陛下は6日から『気管支炎』で入院されていますが、18日になって気管支炎を中心とした
『気管支肺炎』という発表があり、その詳細な説明を求めた記者たちの要望で、レクが開かれたのです。
医務主管の見解としては、『熱は低下傾向だが、しばらく入院が続く』ということなんですが、
驚いたのは、気管支肺炎の原因が『マイコプラズマの可能性が非常に高い』という発表。
記者はすぐに『愛子さまのがうつったのでは』と質問したのです」(別の宮内庁担当記者)
(中略)
「(天皇と愛子さまの)接触はある。両方とも発症されていない時の接触ですから、仕方ないことだが、
たぶんそういう事によるものではないか」
「皇后陛下の喜寿のお祝いに狭い部屋でしばらくご一緒にお過ごしになった。
(感染はあくまで)疑いだよ。何も言ってないんだよ。
“東の方々”には。ご自分たちが悪かったのかと心配される危険性があるから」

11月いっぱいのご静養を医師が進言し、
天皇は宮中祭祀の中でも最も重要と言われる新嘗祭(11月23日)も控えられることとなった。
天皇が新嘗祭を休まれるのは初めてのことだ。
「宮中三殿の隣の神嘉殿において、新穀を皇祖はじめ神々にお供えになり、
神々に感謝し、陛下自らもお召し上がりになる。
陛下自らお田植えされご栽培になった新穀もお供えになります」(元宮内庁関係者)
新嘗祭は夕方6時から8時までの「夕(よい)の儀」と、
夜11自から翌24日の午前1時までの「暁の儀」に分かれ、
儀式の間はずっと正座の姿勢だという。掌典長であっても
全ての儀式が終わるとフラフラになるほど精神的、肉体的に負担がある。
それに耐え、清らかな気持ちで拝礼できるよう天皇は例年11月初頭から直前まで、
御所でそっくりの道具を使って習礼(練習)されます。
かつて祭祀を簡略化することに反対された陛下のことですから、
当日のその時間は横になってお休みにならないのではと心配です」(同前)
この役は皇太子でも代わることは出来ず、掌典長が一部を代わることになる。