雅子さまはなぜ罵声を浴びるのか

雅子さまはなぜ罵声を浴びるのか
Flash 2013年11月19日号
ジャーナリスト橋本明
(略)
…まず橋本氏は雅子さまのご病状は国民が思っているより深刻ではないかと指摘する。
「’09年、末綱隆東宮侍従長はが現職のとき、当時の東宮大夫・野村一成氏と3人で会食しました。
その際、野村氏に『妃殿下はいったい何のご病気ですか』と尋ねたところ、
はっきりと『精神疾患』だと答えました。
さらに末綱氏は『よくないときの妃殿下のお姿を外に出したら、大変なことになる』とも言うんです。
皇太子妃の最も大切な仕事は男子をお産みになること。
現在の皇室典範では側室が禁じられているので、皇太子妃に皇統存続の全責任がかかっている。
まして弟夫婦は子宝に恵まれた。秋篠宮家の面々が皇后陛下と楽しく語らっていらっしゃるところへ、
東宮家の2人が現れるとみんな気を遣って黙っておしまいになる。そういったものの醸し出す空気は、
雅子さまにとって重圧であられたのでしょう。精神疾患の患者の治療は専門医師が向き合っておこなう。
大野裕医師が退場していない現象こそ、雅子妃の病気が治癒していない証拠となります。
もちろん私もご快癒なさってほしいと思っています」
そのうえで、橋本氏が問題視するのは、雅子さまがご公務を十分になされない期間が、
あまりに長く続いていることである。春と秋の園遊会を、雅子さまは今年も欠席された。
「皇太子殿下はご結婚されたとき、こんな事態は考えてもみなかったでしょう。
皇太子殿下は、雅子さまのご回復を待っておられます。ただ、雅子さまが皇后になられた場合、
国民はどのように認識するかに思いを馳せなくてはなりません」
たとえば、多くの人前にでる公務が苦手な雅子さまは、
年始におこなわれる歌会始を、ご病気を理由に欠席されている。
「妃殿下のお立場だと、ご欠席でも恰好がつくかもしれません。でも、皇后陛下には
「皇后宮御歌(きさいのみやのみうた)」を二度にわたって講ずるという重要な役割があり、
お出にならない、では伝統的な格式が守れないのです」
また天皇家は、国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的に、宮中祭祀をおこなっていらっしゃるが、
ご病気になられてからの雅子さまはほとんど出ておられない。
将来、皇太子殿下が即位することになったときのことを、橋本氏は大いに不安がる。
「そもそも雅子さまは、即位の礼にお出になれるのか。
新しい皇后陛下は五衣、唐衣、裳(十二単)の正装で、御帳台にお昇りにならなくてはならない。
雅子妃殿下は、その緊張感に耐えることが、おできになるのでしょうか」
雅子さまはいま以上の重責を担うことになる。それは雅子さまご自身にとっても大変なのではないだろうか。
ご体調以外にも、橋本氏が気にかけていることがある。’04年5月、海外訪問前の会見で皇太子さまは
「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と
ご発言され、物議を醸した。橋本氏はご発言の背景に、皇室の持つ独自の文化と、
雅子さまのご実家・小和田家の合理主義的な考え方の衝突があると考えている。

■皇室文化と衝突する小和田家の家風
「ご発言の背後には、雅子さまのご意向が隠されていると誰しもが感じました。
はたして雅子さまの職歴は、キャリアと呼ぶにふさわしいものなのでしょうか。
数多くの国を訪問し、全国各地を回って国民のために尽くしてこられた皇后陛下の仕事ぶりこそ、
キャリアと呼ばれるべきです。
皇太子妃というきわめて高い身分を、外務省の一外交官レベルに貶めて考えてはならないと思います」
ご発言以降、雅子さまは軽井沢にある小和田家の親族の別荘でご静養するなど、小和田家との交流が
目立つようになった。今年春のオランダご訪問の際も、オランダでわざわざご両親とお会いになっていた。
美智子皇后はご実家である正田家と一線を引いていただけに、雅子さまは批判を浴びることとなる。
「父親である小和田恆氏はマグナカルタからの基本的人権を大切になさる方だと思います。
彼が国連大使の時代に国際婦人年があり、国連総会で決まった男女共同参画を日本に持ち帰って
法律化しようと尽力したのが小和田氏です。それは1つの見識です。
しかし、皇室にはそういった一般人に与えられた平等の概念や、
人権といった近代的な考え方と相いれない部分がある」と橋本氏は力説する。
「長女が嫁いだ先は、日本最古の家族です。唯一連綿と男系で繋がってきた重みを受け入れ、
ひれ伏すような思いを抱くよう、雅子さまを諭すべきでした。
ところが逆に、家族をあげて雅子さまを応援するというような形になり、
皇太子さまさえ取り込んでしまった。雅子さまは皇族で、小和田家のご両親は民間人。
絆はスパッと断ち切らなくてはならないのです。皇族になれば、名字も戸籍もなくなる。
「皇太子妃の御位につくということは、民間で生きてきた生活の全否定のうえに成り立つ。
それを断ち切る精神力、ご覚悟をお持ちでなくてはなりません。皇太子さまは、雅子さまに対し、
外交官をいう仕事を捨てて皇室へ来てくれたというお気持ちがあるのでしょう。ただ、思いが強すぎるのか、
雅子さまに振り回され、皇族としての本分をお忘れになっておられるきらいがあります。皇太子さまご自身は
公務も祭祀もきっちりとなされ、次の天皇にふさわしい方だと思っているだけに、残念でなりません」
’04年7月、雅子妃のご病状は「適応障害」と発表された。
翌年の東宮職医師団見解では「慢性の適応障害」とされ、以降、細かくご病状が公表されることはない。
常にご病状は「よくなっている」と発表があるが、実際には波があるように思われる。

■隠される本当の病状 別居治療には先例が
「ご高齢の天皇皇后両陛下がご公務に励まれる一方、雅子さまはこの10年で2度しか祭祀に
出ておられません。ご病気なのですから仕方がないのでしょうが、国民を納得させるためにも、
ご病状は細かく発表すべきです。’06年1月には歌会始をご欠席なさりながら、同じ日に
宮内庁馬場で乗馬をされたと報じられ批判を浴びました。隠すから、マスコミはご病状を
想像を交えて報道するのです。次の皇后になられるお方のご病状であるのに、現状はどんな状態で、
今後の回復の道のりはどのようなものになるのか、治療方針が国民に知らされていない。
天皇皇后両陛下のご体調は細かく公表されるだけに、比べられてしまいます。公務に耐えうるお時間は
どれくらいなのかといった情報も開示すべきでしょう」
そして橋本氏が皇室の未来の反映と、東宮夫妻のお幸せのために、
あえて提言するのが冒頭の選択肢、なかでも別居だ。
「まずは『別居なさっての治療』。皇室でのご生活がストレスの原因ということですから、
一日も早くご回復していただくため、伸びやかな生活を保障するところに移り住んでいただきます」
これには先例もある。
「’04年ごろから、三笠宮信子妃がご病気で、軽井沢にこもられて久しいときがありました。その際、
なるべく人前に出なくてもすむようにとのご配慮から、
夫の故・三笠宮寛仁さまは東京で別居生活を保っておられた。
その後、都内に妃殿下を住まわせておられましたが、2人の女王はご自身の膝下から離さず、
信子さまはずっとお一人の状況でした。雅子さまも世間からお姿を隠すべし」
そして第2の選択肢は「離婚」。
「英国王室での、チャールズ皇太子と故・ダイアナ妃との離婚が思い起こされますね。
これはお二人の意思が重要となってきますが、国民より家庭なのか、家庭より国民なのかを天秤にかけたとき、
答えが導きだされるでしょう。正常なお姿に戻れば可能と思いますが、雅子妃側から身を引かれるのが最上です」
そして3つめは「廃太子」である。
「皇太子殿下の位を退き、天皇になることから降りられるという道を、選択肢に入れるべきです。
秋篠宮さまがいらっしゃるので、皇太子の座を譲ることは可能だと思います。皇太子殿下は
家族を最も大事にされるならば国務を降り、けじめをつけられるべきです。幸いにして
皇太子さま、秋篠宮さま、黒田清子さまのご兄弟は仲がいい。3人で皇位継承について、
どのような方法がいちばんいいのか話し合っていただき、
最終的には天皇陛下にご判断を仰ぐ。それが最もよい道だと考えます」