皇太子御夫妻伊勢大和路で賞された美酒佳肴

週刊新潮1993年7月8日号
皇太子御夫妻伊勢大和路で賞された美酒佳肴


6月25日の午後、時刻表にも載っていない臨時列車のひかりで東京を発ち
(ただし貸切りではなく、九、十号車以外には一般客も乗っていた)、
名古屋で近鉄のアーバンライナーの特別列車に乗り換え、宇治山田駅に到着したのが午後五時過ぎ。
「近鉄車中から外をみていると、立体交差になっている所には必ず警官がいたし、
田んぼの真ん中にも警官っが立っていました」(随行記者)
と厳戒態勢の警備陣は、「宇治山田駅と内宮の距離が約5.5キロ、
内宮と外宮が約6キロありますので、多くの警備が必要でした」(三重県警)
と、県内はもちろん、兵庫、大阪や中国管区からも応援を頼んで3800人を動員。
そして沿道には、「学校のクラブ活動も中止。
女子寮の方では、先輩から“来なかったら日直一週間”なんて言われたので、みんな来てますよ。
男子の寮も同じじゃないですか」と言う皇學館大学生の
“組織的動員”を含めて二万人が歓迎の人垣を築いた大熱狂―
とても新婚旅行のムードに浸るどころではない慌ただしい旅程だったのだ。

そして伊勢神宮に着けば、待っているのが厳粛な儀式。
「殿下が内宮にお着きになりますと、まず最初にお祓いをします。
『河原祓い』というもので、榊とお塩でお清めいたします。
その後、祭主の池田厚子さんらのご挨拶をお二人で受けられてから、
斎館に入られます」と伊勢神宮広報課が解説してくれる。
「そこですぐにしなければならないのが潔斎。
湯浴みをなさるわけですが、一応、温かいお湯で、水ではありません。
お二人が別々になさり、それぞれご自身で体を拭き、着衣されるということになります。
これは、外の世界から全くご自身を断ち切るためのものです」
それが済むと館内で食事をとり、「食事の後、お二人で行在所に行かれ、別々にお寝(やす)みになられます。
お二人がお寝みになられる場所は、他の場所よりも20センチ高くなっており、
いわば床の間のようになっています。
二十畳近くあり、大変広い部屋です。そして、この部屋には、ほとんど何も飾りがありません。
布団も白なら枕も白、そして白木戸で仕切られていますので、
すべて白いんですが、白といってもホワイト、西洋風の白ではありません。
檜の白、絹の白、つまり日本の伝統的な白なのです。
ふわっとして、柔らかな黄ばんだ白、これがとてもいい雰囲気をかもし出しているのです」
また、「皇太子さまと雅子さまは廊下で仕切られた別々の所にお寝みになりますが、
その廊下が畳敷きの廊下なんです。
斎館では、廊下を含めてすべてが畳敷き、しかも一般家庭にあるのよりも大きな畳です。
妃殿下も、この純和風式には驚かれたのではないでしょうか」
翌26日は、朝7時から神宮関係者が“これから殿下が参拝なさいますと神に私どもがご報告する”祭りを執り行い、
「一方、両殿下は内宮斎館で潔斎され、食事をされてから外宮斎館に向かわれ、
お祓いと清めの塩を受けてから、御本殿に幣帛の奉納を行い、玉串を捧げられました。
伊勢神宮では、天皇陛下の立つ位置、皇太子殿下の立つ位置というのが決っておりますが、
今回皇太子殿下はふだん立たれる所よりも御本殿に近い、
天皇陛下の立つ位置にお立ちになって参拝されました。
この位置にお二人で並んで立たれるのは一生に一度、このときだけです。
ここで、ご先祖であらせられる皇祖にお二人のご報告をなさったのです」
皇祖、つまり天照大神への報告である。
「この日は朝から雨が降っていたのに、このご参拝のときにだけ雨が上ったのには驚きました。
神わざです。やはり日嗣の御子ですね。すばらしいパワーですよ」
この参拝の後、内宮に戻って再び同じ参拝の儀式を執り行い、夕方には奈良に移動。
橿原市にある神武天皇陵に参拝されて、夕方にが帰京するという、本当に儀式づくめのご旅行だったのだ。

■伊勢では地酒を

二日目の奈良ホテルでは、「フランス料理を召し上っていただきましたが、細かくは申し上げられません。
なるべく季節のもの、そして奈良の材料を入れようといたしましたが、奈良には海がありませんので、
材料といっても野菜類か果物くらい。メインのものは奈良では難しいのです。
冬場なら吉野のアマゴなどがあるにはありますが、今は季節ではありませんし。
ですので、ごく平凡なフランス料理でした」

と言うが、デザートには凝った。厚さが10センチで30センチ×50センチの特大ババロアだったのだ。
白いババロアの上に青いゼリーを載せ、そこに、お二人の結婚の儀の装束にあった
それぞれの文様があしらわれていたのである。
「お食事は一時間ほどでお済みになり、両殿下はお部屋に戻られました。
いつもならお付きの方が出入りするらしいのですが、そういうことも全然ありませんでした。
伊勢を済まされ、大変お疲れだったのでしょう。
奈良では、安らぐ、ほっとしていただくということを第一に考えておりましたので、
皆さん、そっとしておかれたのです」
ただ、部屋には幾つかの工夫を凝らしておいた。
東京では見られないだろう蛍を十匹ほどビンに入れて置き、小箪笥の上には二人一組の立雛。
「これには子宝に恵まれるという由来があるので、
“両殿下、一日も早く可愛い赤ちゃんを”との願いを込めて飾っておきました」

そしてもう一つは、春日山、若草山、東大寺などが写っているパノラマ写真。
「皇太子殿下がこの写真を見ながら雅子さまにいろいろご説明なさるのではないかと思い、置いておいたのです」
料理に関しては、その薀蓄を披露してくれるのは、
初日、伊勢での料理を担当した地元の神宮司庁御用達・割烹『大喜』である。
「当日の十日くらい前に神宮からご注文があったのですが、
こちらが調理する献立はすべて予め神宮の方に提出することになっているので、
いつも試作の見本を作って写真に撮り、神宮に出しています。
今回は17日に神宮から許可がおりて献立が決定したのです」と、『大喜』の坂田巧代表取締役。
「献立については、まず肉を出してはいけないんです。
それは鶏についても同じで、鶏は伊勢神宮の神鶏なんです。
ですから、旬の地元産魚介類、具体的には伊勢海老、鮑、鯛なんかが御用達の献立になるのです。
こういった魚介類は神饌、つまり神様に供える食物でもありますからね」
もう一つ心掛けたのは、“お目出たいこと”を表現することだそうだ。
「例えば、お吸物は今が旬のキスです。これは魚偏に喜ぶと書きますからね。
結び鱚に葛叩きにして、三葉を添えて塩味にしました。
葛叩きというのは、鱚をカタクリ粉にまぶして湯通しし、表面にとろみが付いたところで吸物に入れるんです。
こうすると、とろけるような微妙な風味が出るんです」
先付けは、「茹でた車海老、小鮎の風干し、それと一寸豆、別名おたふく豆です。
鮎は季節のもので宮川で獲れたもの。
それを三十分塩水に漬けたあと風干しして焼いて出します。
おたふく豆を出すのも、これはお目出たいものだからです」
刺身は、「スズキの洗い、トロの造り、イカの造りの盛合せ、すべて伊勢湾か近海で獲れたものです。
煮物は鯛の甘露煮、それから皇太子殿下の好物でいらっしゃる鮑のバター焼き、それに生ウニを付けました。
これは普通は高くてうちでもあまり使わない、鳥羽で採れた(原文ママ))
ウニですが、これを器にいれてゼラチンを流し込み、冷蔵庫で冷やして造りました」
さて、これだけ佳肴がそろえば、次は美酒といきたいところ。
フランス料理の奈良ホテルでは赤ワインだったそうだが、こちらはどうか。
「お酒は、まずビールが中ビン、これをお二人で召し上がり、
その後、皇太子さまが日本酒を冷酒で召し上がりました。
皇太子殿下は日本酒がお好きで、いつもはお燗で召し上られるのですが、
当日は蒸し暑い日でしたから、冷酒となったのではないでしょうか。
ビールを頼まれたのは、雅子さまをお気遣ってのことでしょうか」
(略)
この夜の食卓を飾ったのも、ズバリ、その『若戎』の蔵・重藤酒造場が出した
『真秀(まほ)」と『義左衛門(ぎざえもん)』という二本だったのだ。
仲居によれば、「ご夕食のとき、『真秀』の方をお出ししたのですが、
殿下が“『義左衛門』がいいな”とおっしゃったので、そちらをお出ししたのです」とのこと。
さすが、日本酒には通じておられるようだ。
(略)