半世紀も生きてきた…不思議な感慨

雅子さま50歳に 療養10年「回復へ努力」
皇太子妃雅子さまは9日、50歳の誕生日を迎えられた。宮内庁東宮職を通じて文書で感想を発表し、
12日で適応障害による療養生活に入って10年となる自らの体調について
「今年も公私にわたりできる限りの務めを果たそうとしてきました。
今後も回復に向けての努力を続けたい」と記した。
小町恭士東宮大夫によると、雅子さまはこれまでと同様、少量の投薬治療を続けながら、
必要に応じて医師に相談しているという。
今年は春にオランダ国王の即位式に参列。夏以降は2年ぶりに東日本大震災の被災3県を訪れた。
2013/12/09 05:00 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201312/CN2013120801001799.html

雅子さま50歳に「半世紀も生きてきた…不思議な感慨」
2013年12月9日09時00分
皇太子妃雅子さまは9日、50歳の誕生日を迎え、宮内庁を通じて感想を発表した。
「もう半世紀も生きてきたのかと思うと不思議な感慨に包まれます」と振り返り、
「私を育み支えていただいた多くの方々のお陰で今日の私があることを思い、
感謝の気持ちでいっぱいです」と語った。
http://www.asahi.com/articles/TKY201312090010.html


皇太子妃殿下お誕生日に際し(平成25年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h25hn.html

皇太子妃殿下のお誕生日に際しての東宮職医師団見解
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/d-kenkai-h251209.html

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週刊新潮2013年12月19日号
餡のない鯛焼みたいな雅子妃「50歳」ご感想。
<半世紀も生きてきたと思うと不思議な感慨に包まれます>
<この機会に天皇皇后両陛下そして皇太子殿下に心からのお礼を申し上げたいと存じます>
体調を崩されて10年、宮内庁記者会の会見に応じていない。
宮内庁詰めの記者は雅子妃の感想に不満。
「回復の具合がよくわからない」
医師団の見解にも「病状の説明が不十分。
医師団が情報を出せないなら,妃殿下がもっと自分の言葉で病状を説明されてもよかった。
両陛下への感謝もさることながら,次代の皇室を担う覚悟を聞きたかった。
それが半世紀の節目というものでしょう」(宮内庁詰記者)
「香ばしいけれど餡のない鯛焼のような味わい――」


雅子さま、体調上向き 長期療養10年、9日に50歳 オランダ訪問が契機
2013年12月5日05時00分
皇太子妃雅子さまは9日、50歳の誕生日を迎える。長期療養に入ってから12月で丸10年となったが、
最近は公務の数も増え、体調も良好だという。これまでの歩みとともに、復調の理由を探った。
「お元気でね」「お体を大事に」。11月2日、岩手県釜石市の仮設住宅。
雅子さまは集まった住民らに近づき、一人一人を励ました。
予定外に屋外でも声をかけ、母親に抱かれた女の子に「1歳?」と尋ねる表情は、柔らかかった。
「雅子さまは最近とても体調がいいようだ」と近しい関係者は口をそろえる。
それは公務への積極的な取り組みからもうかがえる。8月に宮城、9月に福島と東日本大震災の被災地を訪問。
11月には岩手へ。泊まりがけの地方訪問は3年9カ月ぶりだった。
復調のきっかけは何か。多くの関係者があげるのが今春のオランダ国王即位式への出席だ。
後押ししたのはマキシマ皇太子妃(当時)からの電話だった。体調への不安に思いを巡らす雅子さまに、
直接こう伝えたという。「式典にはぜひ参列して。祝福して欲しいの」
現地で温かく迎えられたことに安堵(あんど)し、
無事に訪問を達成したことで「大きな自信になった様子だ」(宮内庁幹部)という。
もう一つ、回復へのステップとなったのが、10年、
長女愛子さまが学習院初等科への通学に不安を訴えた出来事だ。
「母親の自分ががんばらなくては」。雅子さまは周囲にそう話し、愛子さまを連日送迎。
愛子さまが回復するにつれ、雅子さまの体調も上向いていくのを側近らは感じたという。
雅子さまは03年12月、帯状疱疹(たいじょうほうしん)で入院。長い療養生活に入った。
「適応障害」と診断されたが、担当する東宮職医師団は病気の原因を明かそうとしない。
ただ、体調を崩した背景には「皇位継承権のある男子を産まなくては」という皇太子妃としての
重圧があったとされる。また、日々の生活や皇室行事で
「自分は必要とされていない」と感じる出来事も重なり、自信を失っていったという。
「雅子さまを支えたのは何よりも皇太子さまとの強い絆だろう」。近しい関係者は口をそろえる。
結婚前、雅子さまは友人に皇太子さまとの交際を打ち明けている。
「昨日は皇太子さまからこんなことを言われたの」。
顔を赤らめながら語る様子に、友人女性は「恋愛結婚」だとうれしく思ったという。
雅子さまはなお体調に波があるが、つらい体験を自ら克服しつつあることは確かなようだ。
小町恭士東宮大夫は「今年に入り、活動の幅が広がってきている」と語る。
 (島康彦、中田絢子)
■結婚前、皇太子さまを気遣う
「ここが殿下のいらしたマートン・カレッジ」
1989年11月2日、英オックスフォード大学。私を案内してくれたのは、結婚前の雅子さまだった。
有力なお妃(きさき)候補として注目されていた時期だ。
当時、雅子さまは25歳。外務省職員として同大学大学院に留学中だった。
「私は関心があっちこっちにあって」「留学後の勤務は、このまま英国にいたい」。
現地での充実した生活や今後についてざっくばらんに語ってくれた。
妃候補と騒がれた苦労も明かした。英国でもどこでも日本のテレビカメラに追い回され、
大学が用意した住居に転居したこと。
姿を消すと皇太子さまと会ったと報じられかねないため旅行を我慢したこと。
「私ですらこうなのですから、殿下は女性とお会いになることもできないでしょうに」。
皇太子さまの境遇を思いやる姿が印象的だった。
(斎藤智子)
http://www.asahi.com/articles/TKY201312040537.html


名医が宮内庁見解に異論 雅子妃の「本当の病名」- 日刊ゲンダイ
(2013年12月11日10時26分)
雅子皇太子妃が9日、50歳の誕生日を迎え、
東宮職医師団は適応障害の回復ぶりについて、こんな談話を発表した。
「体調にはなお波がある。過剰な期待は逆効果となりうる」
今年は、11年ぶりに海外訪問し、オランダ国王の即位式に参列するなど、回復ぶりが注目されたが、
これまでと同じように少量の投薬治療を続ける方針だという。
そんな折、「本当に適応障害か? 違うのではないか」と疑問視するのは、
東京脳神経センター理事長の松井孝嘉氏だ。脳神経の名医である。
「雑誌のデータベース大宅壮一文庫で、
これまでの雅子さまの病状について掲載された記事1500件を分析したところ、
症状は目まいや微熱、目の痛み、頭痛、動悸などの身体症状から始まり、
後から精神症状を重ねたことが分かりました。この症状の表れ方が、
私が〈適応障害ではないのではないか〉と疑問を投げかける根拠です。
症状からみると、むしろ『頚性神経筋症候群』と思われます」
「頚性神経筋症候群」とは、首の筋肉の凝りによって、そこを通る自律神経が障害される病気だ。
松井氏は、世界で初めてその診断法を確立した医師としても知られる。
■適切な治療を受ければ3カ月でよくなる
「雅子さまの病気の本態は、自律神経の異常であって、精神の病ではないと見ます。
自律神経は、呼吸や心拍、腸の動き、瞳孔の調節、気持ちの変動など、体中のあらゆる活動に関与しますから、
症状も多種多様になるのです。この病気を良くするには、電気刺激や温熱療法などで首を治療するのが一番です。
そうすれば、遅れて生じた精神症状が2週間ほどで治り、身体症状は最長3カ月で改善していくのです」(松井氏)
適応障害と似た症状で苦しみ、数々の医療機関を受診した患者が、
頚性神経筋症候群の治療にめぐり合って劇的に良くなるケースがあるという。
雅子妃の主治医・大野裕氏は、国立精神・神経医療研究センター・認知行動療法センター長で、
適応障害の治療に行われる認知行動療法の第一人者といわれるが、10年も治らないのは不思議ではある。
http://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_000199265


雅子さま 快復囁かれるも「医師団見解」が変わらない理由は
2013.12.14 16:00
<50歳の誕生日をこうして無事に迎えることができますことを嬉しく思っております。
生まれてからこれまでの歩みを振り返り、もう半世紀も生きてきたのかと思うと不思議な感慨に包まれます>
──12月9日、50才の誕生日を迎えられた雅子さまは、こう喜びを文書で紡がれた。
春にはオランダをご訪問されるなど、順調に快復に向かっている雅子さま。
8月に宮城、9月に福島と、東日本大震災の被災地を、日帰りながら皇太子さまとご一緒に慰問され、
11月には岩手で3年9か月ぶりに宿泊を伴う地方ご公務も果たされた。
また、10月には『全国障害者スポーツ大会』の開会式にご出席になり、
また10年ぶりに文化勲章受章者らとの茶会に出席されるなど、
雅子さまにとって、精力的に公務にかかわられた一年だったといえる。
しかし、誕生日に同時に発表された、雅子さまの治療チームである『東宮職医師団の見解』は、
最近の雅子さまのご様子とは、裏腹といえるものだった。
《妃殿下には、懸命に努力を重ねられ、ゆっくりとではありますが、着実に快復してこられました》
わずかながらご体調が好転していることは認めたものの、<ご体調にはなお波がおありであり、
まだ快復の途上にいらっしゃいます。こうした中で、過剰な期待を持たれることは、
かえって逆効果となり得ることをご理解頂ければと思います。
今後とも、周囲の方々の理解と支援を受けながら、ご治療を続けられることが引き続き大切です>と、
その見解は、2012年までの見解と何ら変わらない内容で、
妃殿下のご病気は、まだまだ治っていないと示したのだった。 
この一年を振り返れば、誰が見ても見違えるように活動の幅を広げられた雅子さま。
それなのに、医師団がこういった内容の見解を発表するとは、いったいどんな事情があるのだろうか。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏は、こう説明する。
「『医師団の見解』は、まず雅子さまが目を通され、承諾されてから、初めて公にされるものなのです。
そのため、過去には、雅子さまがご了解の意を示されず、発表が2か月後にずれ込んだこともありました。
それほど慎重になられている背景には、医師団が“治った”と言ってしまうことを、
雅子さまが恐れられているからでしょう。
今は、ご体調が好転し公務を果たされていますが、またいつご体調が後戻りするか、不安な状態です。
しかし、一度、医師団が前向きなことを発表してしまうと、ご体調が後退したときに、
国民を失望させてしまう。そのことを雅子さまは、いたく危惧なさっているのです。
ですから、例年と変わらない見解が繰り返されることになるのです」
※女性セブン2013年12月26日・2014年1月1日号
http://www.news-postseven.com/archives/20131214_231636.html