皇太子さま「会見の度に深まる懸念」の深層

皇太子殿下お誕生日に際し(平成26年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h26az.html

テーミス2014年4月号
憲法から皇室の将来まで
皇太子さま「会見の度に深まる懸念」の深層
雅子妃の症状について十年一日の如く答えられるだけではなく皇室外交でも勘違いが

「回復しているがまだ途上」
十年一日の如し、とはまさにこのことだ。皇太子殿下の誕生日(54歳、2月23日)に先立って
毎年行われる記者会見では、雅子妃殿下のご病気に関連した質問が必ず出る。そのご回答を見る限り、
雅子さまの適応障害が良くなっているのか悪くなっているのか、国民はさっぱりわからない。
今年の誕生日記者会見はさる2月21日。雅子さまは'03年12月から療養に入られて丸10年になる。
皇太子さまは、昨年4月末のオランダ訪問などを取り上げて、こう答えられた。
「このように、雅子は確かに快方に向かっておりますが、
これですぐに活動の幅が広がるわけではないと思います」
病名を公表して1年たった9年前の2月の記者会見では、こうだった。
「雅子の様子については、病状は回復傾向にあって、前向きの気持ちが出てきているように見受けられます。
また、私的な外出を少しずつ重ねることなど、心身のエネルギーを高めていこうと積極的に努力しています」
病状が快方に向かっているのかいないのか。
驚くべきことは、記者団ときこんな調子のやりとりが9年間も延々と続けられていることだ。
「お陰様で、雅子は順調に回復しておりますが、
まだ回復の途上にあることを皆さんにもご理解いただき…」('06年2月)
「オランダでの静養などもあり、徐々にではありますけれども、
1年前に比べますと、より快方に向かっていると思います」('07年2月)
「5年前の治療開始のころに比べて、着実に快復に向かっており…」('09年2月)

皇室ウオッチャーが語る。
「こんな問答が10年も続くと、マスコミや国民のほうも、自ずと疑心暗鬼になってくる。
いろいろ説明されても、結局は東宮職医師団を巻き込んで、
雅子さまへのストレスを少しでも減らすように周囲が気を使っているだけではないのか、という疑心だ。
皇太子さまも誰かにいわされているようで、
ご自分の言葉で語られる毅然としたところがまったく感じられない」
今後も同じような記者会見が開かれる度に、皇太子ご夫妻に対する国民の心はいよいよ離れ、
皇室の将来に対する懸念は深まるばかりである。
皇太子ご夫妻を取り巻くもう一つの国民の関心が、雅子さまが大好きな「皇室外交」である。

皇室外交は和解から国際親善
皇太子さまと小和田雅子さんが最初に出会ったのは、
雅子さんが外務省入りが決まっていた'86年の10月18日。
だが、その1年後の接触を最後に、4年8か月のブランクがあり、再会を果たしたのは'92年8月だった。
以降、皇太子さまだけでなく、柳谷謙介JICA(国際協力事業団)総裁(元外務次官)らが積極的に動いて
雅子さんを説得していくのである。そのとき、彼らの口説き文句は「皇室外交の担い手」であったといわれる。
当時、外務次官だった父親の小和田恒氏(現、国際司法裁判所判事)については、
最近では娘の皇室入りを絶好のチャンスとして捉え、
あらゆる機会をつくってバックアップしていたと信じられている。
外務省には、2代3代と続く外交官一族のキャリアがゴロゴロしており、
それが外務省の間では一つのステイタスになっている。小和田氏のように“ポッと出”のキャリアが
次官に上り詰めたところで、権限はあるとしてもそれだけで一目置かれるような存在になれるわけではない。
そんな小和田家にとって、雅子さんの皇室入りは、願ってもないチャンスだったようだ。
しかし、雅子さまの皇室外交に対する思いには、大きな勘違いがある。
皇室外交は「憲法違反では」という見方もあるが、そう堅苦しく考える必要はない。
その実態は表敬訪問。記念式典臨席などの国際親善が中心である。
皇室の事情に詳しい政治ジャーナリストが語る。
「ただ国際親善といっても、昭和天皇や今上天皇の皇室外交には、『戦後和解』の模索という側面が強かった。
昭和天皇と良子皇后の欧州7か国訪問('71年9月~10月)、その4年後の米国訪問('75年9月~10月)などは
その典型的ケースだ。今上天皇はこの昭和天皇の遺志を継がれて、より具体的な『謝罪の辞』を語っておられる。
ところが皇太子ご夫妻となると、皇室外交で何を目指していくのかがはっきりしない」
時代が移り、皇室外交は結局、国際親善のウエイトが圧倒的に高くなっているのだが、
こちらのほうはある意味では「戦後和解」より厄介だ。
当人の人柄、振る舞いなどが国際親善では最も大事な要素になってくるため、普段の全人格がモノをいうからだ。
雅子さまに、そんなことを期待できるものだろうか。

父・小和田恒氏の振り付け通り
「国際親善の方面でも、昭和時代の皇太子さまと美智子妃、
そして平成に入ってからのお二人の皇室外交は強烈だった。
皇太子時代に23回、美智子妃が22回、天皇、皇后に即位されてからは天皇陛下が17回、
皇后陛下が18回。'60年から'13年までの53年間で延べ106か国を訪問されている」(前出、政治ジャーナリスト)
'60年、当時の皇太子さまが美智子妃と日米修好100年を機に訪米されたときは、
「日米関係修復」という政治目的があったものの、
民間から皇室に初めて入った「シンデレラガール」美智子妃の人気が凄まじく、ご夫妻は熱狂的歓迎を受けた。
以降、皇室外交にとって美智子さまの存在く大きくなっていく。
逆に雅子さまの出番は少なく、ご結婚以降の外国訪問は7回、延べ15か国に過ぎない。
皇室外交にとって、キャリア外交官であることは何の関係もない。
雅子さまの勘違いというのはここだ。
雅子さまはいまだにご自分の「ライフワーク」を探し求めているというが、学生じゃあるまいし、
そんなことをなぜ会見などで訴えなければならないのかわからない。
この雅子さまの皇室外交に、最近、小和田氏がかつての外務省の部下を使って積極的に動き回っている事実は、
すっかり知られるようになった。
ただ今年の記者会見では、「皇室の活動と政治の関わり」について聞かれ、皇太子さまはこう答えられた。
「今の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は平和と繁栄を享受しております。
今後とも、憲法を遵守する立場に立って、必要な助言を得ながら事に当たっていくことが大切だと考えています」
これは年末の天皇誕生日に先立って記者会見された天皇陛下のご発言と平仄が合っている。
だが、押しつけられた憲法であるため改正を目指す安倍政権とは真っ向から衝突する。
平和時に国民の象徴である皇室の存在がこれほど揺れたことはない。


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