人格否定発言 両陛下、秋篠宮殿下は…

天皇陛下
平成16年12月
天皇陛下お誕生日に際し
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
(※高松宮妃薨去により会見なし)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h16e.html

皇太子妃が1年にわたって静養を続けていることを深く案じています。
そのような状況の中で行われた5月の外国訪問前の皇太子の記者会見の発言を契機として
事実に基づかない言論も行われ,心の沈む日も多くありましたが,
皇太子,皇太子妃が様々な言論に耳を傾け,2人の希望を明確にした上で
自分たちのより良い在り方を求めていくことになれば幸いです。

一昨年のニュージーランド,オーストラリア訪問のころは,非常に元気で,喜ばしいことに思っていましたが,
その後公務と育児の両立に苦しんでいるということで心配していました。
疲れやすく,昨年の5月ごろからこちらへの訪問がほとんどなくなり,公務を少なくするようになった時も,
何よりも体の回復が大切だと考えていました。
このような状態の中で,今年5月皇太子の発言がありました。私としても初めて聞く内容で大変驚き,
「動き」という重い言葉を伴った発言であったため,国民への説明を求めましたが,
その説明により,皇太子妃が公務と育児の両立だけではない,様々な問題を抱えていたことが明らかにされました。
私も皇后も,相談を受ければいつでも力になりたいと思いつつ,
東宮職という独立した一つの職を持っている皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが,
これらの様々な問題に,気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念なことでした。
質問にある私の意思表示のもう1回は,皇太子の発言が,
私ども2人に向けられたものとして取り上げられた時でした。
事実に基づかない様々な言論に接するのは苦しいことでしたが,家族内のことがほとんどであり,
私ども2人への批判に関しては,一切の弁明をすることは,
皇室として避けるべきと判断し,その旨宮内庁に伝えました。
皇太子の発言の内容については,その後,何回か皇太子からも話を聞いたのですが,
まだ私に十分に理解しきれぬところがあり,こうした段階での細かい言及は控えたいと思います。
2人の公務についても,5月の発言以来,様々に論じられてきました。
秋篠宮の「公務は受け身のもの」という発言と皇太子の「時代に即した新しい公務」とは,
必ずしも対極的なものとは思いません。
新たな公務も,そこに個人の希望や関心がなくては本当の意義を持ち得ないし,
また,同時に,与えられた公務を真摯 (し)に果たしていく中から,
新たに生まれてくる公務もあることを,私どもは結婚後の長い年月の間に,経験してきたからです。
皇太子が希望する新しい公務がどのようなものであるか,まだわかりませんが,それを始めるに当たっては,
皇太子妃の体調も十分に考慮した上で,その継続性や従来の公務との関係もよく勘案していくよう願っています。
従来の公務を縮小する場合には,時期的な問題や要請した側への配慮を検討し,
無責任でない形で行わなければなりません。「時代に即した公務」が具体的にどのようなものを指すかを示し,
少なくともその方向性を指示して,周囲の協力を得ていくことが大切だと思います。
2人が今持つ希望を率直に伝えてくれることによって,それが実現に向かい,
2人の生活に安定と明るさがもたらされることを願っています。


皇后陛下
皇后陛下お誕生日に際し(平成16年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h16sk.html

東宮妃の長期の静養については,妃自身が一番に辛く感じていることと思い,
これからも大切に見守り続けていかなければと考えています。
家族の中に苦しんでいる人があることは,家族全員の悲しみであり,私だけではなく,
家族の皆が,東宮妃の回復を願い,助けになりたいと望んでいます。
宮内庁の人々にも心労をかけました。
庁内の人々,とりわけ東宮職の人々が,これからもどうか東宮妃の回復にむけ,
力となってくれることを望んでいます。
宮内庁にも様々な課題があり,常に努力が求められますが,
昨今のように,ただひたすらに誹(そし)られるべき所では決してないと思っています。


秋篠宮両殿下
文仁親王殿下お誕生日に際し(平成16年)
両殿下の記者会見 平成16年11月25日
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h16.html

問2 
殿下にお尋ねいたします。皇太子妃殿下が長期の静養を続けており,
5月の皇太子殿下の発言をきっかけに,皇室をめぐる様々な報道や論議がなされました。
皇位継承順序第二位にあるお立場として,弟として,一連のことをどのように受け止められましたか。
皇太子妃殿下について,皇太子殿下は「東宮御所での生活 の成り立ちに伴う様々な苦労があったと思います」
と述べられましたが,両殿下はご結婚後,そうした経験がおありだったでしょうか。

殿下  
皇太子妃殿下については,今,長期療養中ということですけれども,早い回復を私たち二人とも祈っております。
また,確か私は昨年の会見で皆さんから陛下をどのように支えていくかということを聞かれました。
それに対して私は,コミュニケーションの大切さということを申しました。
円滑な意思疎通が重要で あるということですね。それを受けて,皇太子殿下の2月の記者会見の時の,
皆さんから皇太子殿下への質問の中に,
秋篠宮が陛下との円滑な意思疎通が大切だということを話していたけれども,
という内容の質問があったと記憶しております。それに対しては,コミュニケーションをよく図るということは
当然のことで あるという答えであったと思います。
そのことから考えますと先ほど質問がありました5月の発言について,私も少なからず驚いたわけですけれども,
陛下も非常に驚かれたと聞いております。
私の感想としましては,先ほどお話しましたようなことがあるのでしたら,
少なくとも記者会見という場所において発言する前に,
せめて陛下とその内容について話をして,その上での話であるべきではなかったかと思っております。
そこのところは私としては残念に思います。

もう一つありましたね。東宮御所での生活の成り立ちに伴う苦労ですね,
これは私はどういう意味なのか理解できないところがありまして,
前に皇太子殿下本人 に尋ねたことがありました。東宮御所の成り立ちに伴う様々な苦労とは,
皇太子妃になって,つまり皇室に嫁ぐとふだんの生活においていろいろな人がその周り で働いている,
近くで生活している空間においてもいろいろな人が周りにいる,そういう人たちに対する気配りというか,
配慮ということであったり,なかなか 容易に外出することが難しい,そういうことだそうであります。
そういうことを前提として私たちにそのような苦労があったかというと,
主に私というよりも家 内に関係するのかなと思います。確かに東宮御所という大きい組織に比べれば,
私の所はかなり周りにいる人たちの数も少ないので比べるというのは非常に無理 があると思いますけれど,
それを踏まえた上でどうでしょうね。(妃殿下に尋ねられて)

妃殿下  
結婚してからの生活は,新しく出会う務めや初めて経験する慣習などが多くございました。
どのように務めを果たしたらよいか,至らない点をどのように改め たらよいかなど,
不安や戸惑いなどもございましたが,その都度人々に支えられ,
試行錯誤をしながら経験を積み,一つ一つを務めてまいりました。
両陛下は私たちの考えていることや感じていることを静かにお聞きくださり,
私たちの務めや娘たちの成長を温かく見守ってくださいましたことに大変ありがたく思っております。
また,宮様が私の考えや気持ち,おかれている状況を的確にとらえて
導いてくださったことは生活する上で大きな支えとなりました。

問3  
殿下にお尋ねいたします。昨年の殿下お誕生日会見の後,
湯浅宮内庁長官は,秋篠宮さまの3人目のお子さまについて
「天皇皇后両陛下のお孫さんはお三方ということですから,これからの皇室の繁栄を考えた場合には,
私は3人目のご出産を強く希望したい」と言及しました。
その後,発言は議論も呼びましたが,殿 下ご自身は,発言をどのように受け止め,
その内容についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。

殿下
昨年,湯浅長官が3人目の子供を強く希望したいということを発言いたしました。
その会見後しばらくして長官が私の所に来ました。それについての説明をしに来たわけなんですけれども,
その話を聞き,またその時の記録を見ますと,私が昨年の記者会見で3人目の子供について聞かれ,
一昨年の会見でそれについてはよく相談しながらと答え,
昨年はその前の年の状況と変わらないと答えたということがあって,
それを受けての記者から長官へその気持ち,
つまり秋篠宮の気持ちに変わりはないかという質問だったと私は解釈しております。
そのことに対して,長官が皇室の繁栄とそれから,
これは意外と報道されているところでは抜けているというか,
知られていないように思うのですけれども,
秋篠宮一家の繁栄を考えた上で3人目を強く希望したい,ということを話しております。
宮内庁長官の自分の立場としてということですね。
そのような質問があれば宮内庁長官という立場として,それについて話をするのであれば
そのように言わざるを得ないのではないかと,私はそのように感じております。

関連質問2  
2番目の質問で,皇太子様のご発言に関連してですね,
そのご発言のプロセスについて残念だというふうなおっしゃり方を殿下はされたわけなんですが,
実際,皇太子様にとって人生の最も大事なパートナーが
現に長い療養生活をされているというようなことに対して,
殿下はどのような思いを致されているかということが一つと,それから,皇太子様ご自身がですね,
今後宮内庁と共に公務の在り方,つまり時代とともに公務が変わってくるということを考えながら
今後の公務の在り方っていうことを考えていきたいというようなことをおっしゃっていらっしゃる,
そうすると東宮妃殿下のご病状の回復のために皇室全体としてどういうような方向性が望ましいのか,
また,東宮妃殿下が回復するために必要な要件と申しますかね,
そういったものをもしお考えございましたらお聞かせいただければと思っているのですが。

殿下  
それはやはり,例えば私がですね,同じようなことであれば,私がということじゃなくて,
だれでもそうだと思うんですけどもね,大変心配な状況だと私は思います。

殿下  
(略)公務とはどういうものかと言うことも,なかなか難しいことだと思います。
私たち皇族は,公的ないろいろな仕事をしていくのは当然なことであると思うのですけれども,
あくまでも私個人としては,自分のための公務は作らない。
つまり自分がしたいことはいろいろあるわけですけれども,それが公務かどうかはまた別ですね。
私は公務というものはかなり受け身的なものではないかなと。
こういう行事があるから出席してほしいという依頼を受けて,
それでこちらもそれが非常に意義のあることであればそれを受けてその務めをする。
私自身はそう いうふうに考えて今までずっと来ています。それでよろしいですか。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「建設的考え」宮内庁次長 秋篠宮さま発言に
宮内庁の羽毛田信吾次長は6日の定例記者会見で、秋篠宮さまが5月の皇太子さま発言を
「残念」とされたことについて「天皇陛下を支える皇族としてコミュニケーションの重要性を
お話しになった。建設的な考えを述べられたと思う」と語った。
皇太子さまは5月「(雅子さまの)人格を否定する動きがあった」と発言。
秋篠宮さまは11月30日の誕生日前記者会見で「(皇太子さまが)陛下と話した上での
話であるべきではなかったか」「円滑な意思疎通が重要」などと話した。
羽毛田次長は「(皇太子さまへの)批判とか(兄弟の)確執とかでとらえられたくない」とした。
英紙タイムズ紙(電子版)が「皇族の異例の確執が表面化」と報じたことに
「センセーショナルな報道で悪意を感じる」と不快感を示した。(共同通信)12月6日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041206-00000125-kyodo-soci

読売
陛下は、今年5月の「雅子のキャリアや人格を否定する動きがあった」との皇太子さまの発言について、
「初めて聞く内容で大変驚き、『動き』という重い言葉を伴った発言であったため、
国民への説明を求めた」と明かし、
「(皇太子さまが求める)『時代に即した公務』がどのようなものか示し、
少なくともその方向性を指示して、周囲の協力を得ていくことが大切」と、皇太子さまに注文を付けられた。
「発言を契機として事実に基づかない言論も行われ、心の沈む日も多くありました」と複雑な胸の内も明かされた。

朝日
「苦渋にじむ直截な表現」
とりわけ、皇太子さまの人格否定発言を契機とした言論に「心の沈む日も多くありました」と述べ、
発言が両陛下に向けられたものとして取り上げられ
「苦しいことでした」と吐露したことは、異例の直截な表現だ。
気になるのは、憶測が広がり、様々な人が傷つきつつあることに対して、
皇太子ご夫婦からブレーキをかける強い意志が感じられないことだ。
両陛下が胸を痛めていることや、自分たちが責務を果たしていないことについて
率直にわびる言葉も聞こえてこない。
今後、皇太子さまが自らの発言に責任を持って周囲、国民の理解を求め行動で示していくことを、
陛下の回答は暗に期待しているように思う。

読売
天皇陛下が皇太子ご夫妻の公務について踏み込んだ回答をされた背景には、
国民の心配に応えようとする陛下の責任感と、皇太子さまの発言で動揺が続く宮内庁への配慮がある。
側近によれば、両陛下の驚きは、皇太子さまの発言が記者会見という場で唐突になされ、
そこに「人格を否定する動き」という強い言葉が含まれていたこと、
さらには、公務についての苦悩が表れていたことなどに起因している。
陛下は皇太子さまの異例の発言後、国民への具体的な説明を促され、皇太子さまも文書で回答された。
しかし、「人格否定」についての明確な説明はなく、公務の将来像も明らかにされなかった。
宮内庁はご夫妻の意向を尊重することを誓い、「公務改革」を検討しているが、
半年たっても具体案は打ち出せない。同庁の能力にも問題があるが、
「ご協力したいが抽象的な希望の段階では難しい」(湯浅利夫長官)という面も否めない。
陛下はこれまで、何より国民と公務を大事にされてきた。
敢えて公になる文書で自身の考えを示したのは、自分たちが歩いてきた公務の道のりを国民の前に示し、
将来を担うご夫妻にも自分たちが描く未来像を示してほしいと考えられたからだろう。
回答を「異例」と受け止めるのではなく、国民に向けて真摯に説明されようとしたものと受け止めたい。
(小松夏樹)

神田氏(皇室記者)
秋篠宮殿下の会見の延長線上には陛下の会見がある。
雅子さまの「キャリア」は立案とかの仕事中心で、外交自体のキャリアはほとんどない。
陛下が理解できないのはその発言ではなく雅子さま
ガンの手術のため入院した時の陛下のお言葉「まだ死ねない」。
去年春から東宮御所と連絡が取れなくなっていたことを考えると、あまりに重いお言葉

工藤雪枝(TVで)
理解できないとは信じられない
今の雅子さまに必要なのは自己実現とか達成感。
施設訪問などの公務でなく、何か成果として目に見えるものを。

久能氏(TVで)
天皇陛下は、皇太子殿下は何か新しいことをしたいというだけで
具体的な考えがないことをお感じになられたのでは?

天皇誕生日当日の夜のANNニュース
静養中の皇太子妃雅子さまはこの日の一連の祝賀行事を欠席。
同日夜に御所で開かれた天皇ご一家の内輪の夕食会には出席予定だったが、
風邪のため急きょ参加をとりやめられた。
天皇皇后両陛下のお住まいの御所に皇太子さまと秋篠宮ご夫妻が訪れ、
天皇ご一家で夕食を取りながら、誕生日を祝われるということです。

平成皇室論
橋本明 朝日新聞出版2009年7月
十月二十日は美智子皇后の古希の誕生日に当たった。
宮内庁は雅子妃の体調について把握できず、
妃殿下が一連の行事に出席できるのかどうか予測できる側近はいなかった。
内閣総理大臣ら要人を迎えての公式行事に雅子妃は欠席。内輪の食事会に辛うじて出席なさった。
十一月、東宮家は五日から栃木県の御料牧場で静養し、両陛下は六日から中越地震の被災地をご訪問。
被災者を手厚く見舞われた。羊や馬とたわむれ、芋掘りやサイクリングを楽しむ皇太子ご一家と、
膝をかがめ被災者の目に瞳をあわせて激励する両陛下の姿を、国民はほぼ同時に目にすることになった。
文仁親王はの誕生日会見でこう述べた。
「五月の(皇太子の)発言について、私も少なからず驚いたわけですけれども、
陛下も非常に驚かれたと聞いております。私の感想としましては、
先ほどお話しましたようなことがあるのでしたら、少なくとも記者会見という場所において
発言する前に、せめて陛下とその内容について話をして、その上での話であるべきではなかったかと思っております。
そこのところは私としては残念に思います」
雅子妃が適応に苦しんでいるという東宮御所での生活には次のように慮りもした。
「これは私はどういう意味なのか理解できないところがありまして、前に皇太子殿下本人に尋ねたことがありました。
東宮御所の成り立ちに伴う様々な苦労とは、皇太子妃になって、つまり皇室に嫁ぐとふだんの生活において
いろいろな人がその周りで働いている。近くで生活している空間においてもいろいろな人が周りにいる、
そういう人たち対する気配りとか、配慮ということであったり、なかなか容易に外出することが難しい、
そういうことだそうであります。そういうことを前提として私たちにそのような苦労があったかというと、
主に私というよりも家内に関係するのかなと思います。確かに東宮御所という大きい組織に比べれば、
私の所はかなり周りにいる人たちの数も少ないので比べるというのは非常に無理があると思いますけれど、
それを踏まえた上でどうでしょうね」
その言葉の途中、紀子妃は、
「あちらとは規模が…」
と語尾を濁し、東宮妃への配慮をみせた。そのうえで文仁親王は皇太子が「見直し」を求めた公務について、
こんな言葉を残している。
「私たち皇族は、公的ないろいろな仕事をしていくことは当然なことであると思うのですけれども(中略)
それが公務かどうかはまた別ですね。私は公務というものはかなり受け身的なものではないかなと」

これに対し、陛下は十二月二十三日の天皇誕生日の文書回答でも真意を明らかにされず、
「公務を巡る皇太子と弟秋篠宮の発言は対極にあるものではない」とするにとどまった。

(紀宮清子内親王)は平成十七(2005)年四月十八日の誕生日会見では皇室について深い思いを吐露された。
その中から、印象に残る言葉を拾ってみる。
「雅子妃のご静養が長期に及んでいることを深く案じている」
「両陛下のご健康も守られることを願わざるを得ない」
「温かい家庭の中で、純粋に《子供》としてすごすことができたことは、前の時代からは想像もつかないほど
幸せなことだった。三十六年間両陛下のお側でそのお姿を拝見しながら育つことができたことが、
私にとって最も大きいことです」
「両陛下は皇族としての在り方を言い聞かせたり諭したりして教えることはなさらずに、
自然に皇族であることの意味を私に教えたように思う」
「どの公務も、さまざまな世界に触れ、そこに関わる人々の努力や願いを知る機会を得て喜びと学びの時であった」
「皇后さまの人に対する根本的な信頼感と、他者を理解しようと思うお心。口にはされないが、
いまだに癒されない痛みも持っておられると感じる。誰もが弱い自分というものを恥ずかしく思いながら、
それでも絶望しないで生きている。そうした姿を互いに認め合い、
懐かしみあい、励ましあっていくことができれば…と話されたお言葉がよく心に浮かぶ」
とくに側近く母を見つめ、綴った次の一文は胸をえぐる。
「東宮両殿下のご相談に一生懸命耳を傾けられ、新しい世代の行く末を見守り支えようとしてこられた
両陛下に対して、いわれのない批判がなされ、海外における皇室観にまで影響を与えたことについて悲しく思う」