過剰適応?

週刊新潮2012年6月21日号
「百点のお妃」を演じる「紀子妃」の対「雅子妃」戦略
東宮御所玄関への出迎えに、当初は雅子妃も現れる予定だった。
雅子妃はフラッシュが負担なので、フラッシュ使用を遠慮するよう記者会に申し入れがあった。
だが、事前会見で小町東宮大夫が「出て来ない」と明言。ちぐはぐな対応。
雅子妃の公務は「外国要人案件」に限られている。
勤労奉仕団へのご会釈などが出来るようにならないと復帰とはいえない。
紀子妃は第二幕へ向け全方位のパーフェクトな布陣を整えつつある。
公私に渡り積極的な御活躍の紹介と有能ぶり。
お茶ノ水付属幼稚園では年少から行事に協力的で、バザーでは髪飾りやスモックを作ってくる。
今年はバザー委員も。
児童出版文化賞では、数十冊全てをあらかじめ読む。
結核に対する国民の意識調査を研究。秋篠宮に「肩書きだけでない研究を」と勧められている。
ご自身が民間出身ということを重々心得た行動。
非の打ちどころなき百点の妃を演じている様だ。

皇后様への過剰適応
帰国子女のため慣用句や諺が苦手。「情けは人のためならず」という諺を紀子妃が誤認していた。
「工業団地」に「どんな方がお住まいなのでしょう」と尋ねたことがある。
行事のスピーチは聞き取れないほど小さな声なのに、
宮邸ではトーンがぐんと上がり、矢継ぎ早に侍女たちに指示を出す。
民間出身であることを重々承知していて、秋篠宮殿下と同席の際は一切出しゃばらず、
お静かな印象を抱かせるべく努めている
奥を束ねる侍女庁が、男性事務職員にも「皇后陛下をお手本にしなくては」と呼びかけていた。
まるで秋篠宮家の標語のよう。直接言われたことはないが紀子妃のご意向であろう。

「できません」とは仰らない
結核の国民意識の調査を皇族のどなたか研究なさっていますか、の問いかけに対して、
誰も把握していなかったので職員が沈黙していたら、「では私が致しましょう」と紀子妃が自ら申し出た。
不得手分野と苦手箇所を払拭するべく努力して、皇室とりわけ皇后陛下への“過剰適応”を深めてしまった。
近い将来、雅子妃に取って代わる「お覚悟」すら伺える。
皇位継承権を持つ皇族はそれだけ強いプレッシャーを抱えている。
2人も皇位継承者がいる秋篠宮家の重圧は並大抵ではない。



週刊文春2012年7月5日号
紀子さま 秋篠宮家「過酷すぎる職場」
「皇居なら欲しいものがあったら、公用の車が出て職員が日本橋のデパートに買いにいけるが、
秋篠宮家だと女性職員が自転車で買い物にいくことになる。
赤坂御用地は買い物に不便。紀子さまのご要望があれば夜中でも買い物にいかねばばらない」
悠仁さまは6/21、幼稚園行事の親子ジャガイモ掘りに紀子さまと参加。
陛下が中旬に受けた心臓手術検査の結果は非常に良い。
先週末秋篠宮ご夫妻と悠仁さまは参内して昼食をご一緒。
「あれほど嫌だって言ったじゃないですか!!」
秋篠宮家に勤務経験のある人に再度秋篠宮家に異動するか内示したら庁内に響き渡る大声で拒絶した人がいた。
紀子さまは、会見ではあんなに優雅に微笑みを浮かべてゆったり振舞っているけど、
家の中ではニコニコしていない。紀子さまは一生懸命なさりすぎ・・と言ってはいけないだろうが、
妃殿下の熱意が職員には負担。(千代田関係者)
本庁の優秀な女性職員が秋篠宮家に引き抜かれた。周囲は「本当に良いのか?」と慎重に確認したが、
本人の「お可愛らしい眞子さま佳子さまのお近くで働きたい!」との強い意向で秋篠宮家の侍女候補に収まった。
が、飯島侍女長に相当厳しくやられたらしく、「精神的に限界」と辞めていった。
「出入りの業者で安い魚が無いなら、築地で仕入れれば良いじゃない」と紀子さまに言われ、
築地まで買出しに行ったこともある。
この料理人は中学生の子が居て、殿下の友人の紹介で勤めたが、定年まで何年もあるのに辞めていった。
取材しても、何も話してくれなかった。
同じ宮家でも、常陸宮家はお子様が居ないし、殿下の人柄もあって勤めるのが楽。秋篠宮家は「ご難場」
山下晋司氏「秋篠宮家は法律上は一宮家だが、“事実上の内廷皇族”と言える。
職員一人あたりの仕事量は膨大で、予算も厳しい」
秋篠宮家の料理人は宮内庁大膳課の職員ではなく、宮家の技官として雇われているスタッフである。
「大膳課は両陛下と皇太子ご夫妻のためのお料理を担当する部署ですが、
秋篠宮家の担当の大膳課職員というのはいません」(別の宮内庁関係者)
「秋篠宮家の場合、一人の料理人が和洋中に限らず、何でもできなければいけないのです」(同前)
こうして毎日、五人家族の三食分を用意するわけですから、
かなりのハードワークであったことは想像に難くありません」(同前)
小誌では、退職した料理人に取材を試みたが、頑なに口を閉ざすばかりだった。