悠仁親王殿下 信号機作る

悠仁さま“実物大”信号機のオブジェ出品
2015年12月10日 14:17
宮内庁の文化祭に、秋篠宮家の悠仁さまが巨大な交通信号機のオブジェを出品した。
10日から始まった宮内庁職員の文化祭には、
天皇皇后両陛下や皇族方の書や写真など17点が特別出品されている。
中でもひときわ目を引くのが、小学3年生の悠仁さまが作った巨大な信号機のオブジェ。
高さ3.3メートル、横2.4メートルとほぼ実物大(本体部分)で、
発泡スチロールの板や電球などが使われ、実際に点灯することができる。
悠仁さまは幼稚園の頃から信号機に興味を持ち、本物により近くしたいと都内の交差点に実際に見に行ったり、
関係者に話を聞いたりしながら今年春から作っていたという。
一方、中学2年生の愛子さまは、絵の具を紙に霧状に飛ばして描く「スパッタリング」という手法を用いた
「夢」をテーマにした絵画や、ステンドガラスを使った星形のストラップ、自らミシンで縫製し、
刺しゅうをほどこしたエプロンと三角巾の3点を出品された。
また、皇太子ご夫妻は、7月のトンガ訪問の際、お2人でプライベートで訪れた景勝地
「ホウマの潮吹き穴」の写真など4点を出品されている。
文化祭は12日まで開かれるが、一般には非公開となっている。
http://www.news24.jp/articles/2015/12/10/07317028.html


悠仁さまが信号機を出展
宮内庁職員による文化祭が皇居内で開かれ、
秋篠宮家の長男悠仁様は大人の身長の倍ほどもある信号機の模型を披露されました。
配電盤についているスイッチを押すと実際に信号が灯ります。
宮内庁によりますと悠仁さまは信号機が電球からLEDに変わり始めていることに興味を持ち、
信号の点灯時間などを調査されたということです。
また愛子様は学校の家庭科の授業で作ったエプロンと三角巾を展示されました。
三角巾にはヒヨコが風船を持った絵柄とともに「トシノミヤ」と刺しゅうされています。
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/mplus/news/post_102596


悠仁さま、ほぼ実物大の信号模型を出品 皇居内で美術展
島康彦
2015年12月11日17時13分
皇居内で12日まで開催中の「職員組合文化祭美術展」(一般には非公開)で、
天皇、皇后両陛下の直筆の歌や皇族方の作品が特別出品されている。
秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さま(9)の作品は「車両用電球信号灯の模型」。
発泡スチロールの板や電球を使った、ほぼ実物大の模型で、スイッチを押すと実際に信号が点灯する。
宮内庁によると、悠仁さまは幼稚園の時に信号機が電球からLEDに変わると聞いて興味を持ったという。
今春から作り始め、本物に似せようと実際の信号機を見たり、関連資料を読んだりした。
「赤坂表町」の標識は、お住まいの秋篠宮邸が旧秩父宮邸だった当時、
「赤坂表町」に面していたからだという。
皇太子ご夫妻の長女愛子さま(14)の作品は学習院女子中等科の授業で作った「袖付きエプロンと三角巾」。
可愛らしい小鳥と愛子さまの称号である「トシノミヤ」の字が刺繡(ししゅう)されている。(島康彦)
http://www.asahi.com/articles/ASHDC4590HDCUTIL010.html


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悠仁さまの「信号機」にメーカー驚き
2015年12月12日

昭和40年代の絶滅危惧モデル
長谷川健
withnews編集部
宮内庁の文化祭に秋篠宮家の長男悠仁さまが出品した、ほぼ実物大の信号機オブジェが
ツイッターなどで話題になっています。赤・黄・青と本物さながらに点灯できるオブジェは、
確かに小学生の作品とは思えない大作。果たしてモデルとなった信号機は実在するものなのでしょうか? 
大手メーカー2社に聞くと、今ではほとんど見られなくなった
貴重なタイプの信号機であることがわかりました。

徹底した本物へのこだわり
悠仁さまの作品「車両用電球信号灯の模型」は、
10日から宮内庁で始まった「宮内庁職員組合文化祭美術展」(非公開)に出品されました。
発泡スチロールの板や電球を使用。実際の信号機を見たり、関連資料を読んだりしながら制作しました。
実物大へのこだわりもさることながら、電球を光らせるスイッチを収納するための「電源箱」の制作や、
信号灯の点灯時間について赤は53秒、黄は3秒、青は51秒と調整するなど、
徹底した「本物志向」がうかがえます。

singou.jpeg

「かなり撤去されているタイプ」
さて、この信号機オブジェ、現存する信号を模造したものなのでしょうか。
大手信号機メーカー2社の担当者に尋ねてみました。
「これは…だいぶ古いものですね。かなり撤去されているタイプと思いますよ」。
そう話すのは「日本信号」(東京都千代田区)の担当者。注目したのは灯器が入っている箱の形。
「昔は今みたいな切り出し技術がなかったので、丸みを帯びていないのが特徴です。
おおむね昭和40年代後半から50年代くらいのものでしょう。
日本全国を探せば何カ所かはあるでしょうが、なかなか見つからないですよ、これは」
確かに現在の一般的な信号機は全体に丸みを帯びています。
担当者は「どこにこの信号があるのかはメーカーの私どもでも把握できていません。
悠仁さまは文献を読まれたのか、写真を見て制作されたのかと思います」と話していました。

「←」の形が決め手
次に尋ねたのは「京三製作所」(横浜市鶴見区)。
担当者は、信号機が角張っているからといって古いタイプだとは断定できないと説明。
「弊社の信号機もここまでではないですが、現在のラインナップではそれほど丸みを帯びていないです」。
代わって注目したのが矢印灯の矢印の形でした。
「実は現在のタイプでは『←』は『く』と『―』に分かれてしまってるんです。
悠仁さまの作られた信号機は『←』とちゃんとつながっていまして、これは確かに古いタイプの特徴です」
さらにこの矢印をよく見ると、「←」の頭の部分はきれいな三角形にはなっていません。
また、棒部分は先に進むに従って細くなっています。
この矢印の形こそが、悠仁さまがモデルにした信号機の制作年代を特定できる決め手となりました。
担当者が取り出した資料は、交通管制施設協会が1975年に刊行した「交通信号50年史」。
一般には販売・配布されなかった貴重な書籍です。
この資料に、悠仁さまが作った矢印灯が紹介されていました。
こには京三製として、昭和43~46(1968~71)年製との記述がありました。
「やはり何か文献をもとに制作されたと推測します」と担当者。
「当時の物を精巧に再現されていて驚きました」と話していました。

LEDへの切り替えきっかけに興味
そもそも、悠仁さまがこうした信号に興味を持つきっかけは何だったのでしょうか。
宮内庁は次のように説明しています。
「悠仁親王殿下は、幼稚園のときに、信号機が電球からLEDへ変わることをお聞きになって、
信号機に興味を持ち始めました。小学生になられてからも、信号機に関心を持ち続け、その種類や形のほか、
青色から黄色、黄色から赤色へと電気の色が変わる時間にも目を向けられるようになりました」
また、信号灯の脇に設置されている「赤坂表町」は現在はない地名。
宮内庁は「秋篠宮邸の場所にあった旧秩父宮邸(表町御殿)が当時の『赤坂表町』に面しており、
その場所でこの信号機の模型を作られたことから、標識に名称を入れられた」と解説しています。
電球式からLED式信号への切り替えを知り、むしろ電球式信号、
しかも今ではほとんど姿を消してしまった昭和40年代の信号に興味を示した悠仁さま。
9歳にして、失われゆく物への哀愁めいた思いを感じているのかもしれません。
http://withnews.jp/article/f0151212001qq000000000000000W02j0401qq000012840A



専門家の意見を参考に巨大「信号オブジェ」を製作
姉ふたりも触れない、悠仁さまのマニアックすぎる”本物志向”
2015年12月15日(火) 11時00分
〈週刊女性1月1日号〉
今年も皇居内で開かれた天皇・皇后両陛下をはじめ皇族方や、
宮内庁職員による『宮内庁職員組合文化祭美術展』。
その中で、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまの作品「車両用電球信号灯の模型」がひときわ注目を浴びていた─。
「悠仁さまは、全長3メートルを超えるほぼ実物大の信号機の模型を出品されたのです。
しかも、電池式のスイッチ箱があり、赤、黄、青と矢印を点灯させることができ、
街燈までついた“本物志向”の作品でした」(宮内庁担当記者)
そもそもは、悠仁さまが幼稚園時代に信号が白熱電球からLEDに変わったことがきっかけで興味を持ち、
この春ごろから製作を始めたという。
「実際の信号機を見学し、専門家から話を聞き資料にも目を通し、点灯が何秒で変わるかも研究されたそうです。
発泡スチロールや塩化ビニール製のパイプ、LEDを使い、お手伝いはいましたが、
実際に悠仁さまが組み立てられました」(秋篠宮家関係者)
家族に相談されることもあったそうだが
「マニアックな内容に、姉の眞子さまや佳子さまはタッチされていないようです」と関係者は笑う。
美術展が再来年60回目を迎えたときには、悠仁さまの作品はますます巨大化しているのだろうか─。
http://www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/21874