眞子内親王殿下ペルー、ボリビア御訪問

眞子さま、南米2カ国へ
2019年07月09日12時15分
秋篠宮家の長女眞子さまは9日午前、南米のペルーとボリビアを公式訪問するため、
成田空港から民間機で出発された。
両国で日本人移住120周年記念式典に出席するほか、大統領を表敬訪問し、
ペルーでは世界遺産のマチュピチュ遺跡も訪れる。
眞子さまが南米を訪問するのは、2016年のパラグアイ、18年のブラジルに次いで3回目。
米ヒューストン経由で9日にリマに入り、ボリビアへは15日に入国。22日に帰国する。
成田空港に到着した眞子さまは、白のワンピースにブルーのジャケット姿。
見送りに来た宮内庁関係者らに対し「行ってまいります」と話した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019070900146&g=soc

眞子さま南米へ出発 ペルー、ボリビア公式訪問
2019/7/9 11:37
秋篠宮家の長女眞子さまは9日、成田発の民間機で南米のペルー、ボリビア両国の公式訪問に出発された。
22日までの日程で、日本人の移住120周年記念式典への出席や大統領の表敬訪問を行う。
米国を経由して現地時間9日夜(日本時間10日午後)にペルーの首都リマに到着する。
現地では移住120周年の記念式典であいさつし、日系人らとも懇談。ビスカラ大統領を表敬し、
世界遺産のマチュピチュ遺跡視察も予定している。
15日にボリビアの主要都市ラパスに移動。
翌16日には空路でサンタクルス入りし、記念式典に参列する。
日系人の移住地などを訪問し、20日に帰国の途に就く。
皇室は、海外移民で苦難の歴史をたどった日系人への訪問を重ねており、1999年の移住100周年に黒田清子さんが、
2009年の110周年には常陸宮ご夫妻が、それぞれ両国に足を運んでいる。〔共同〕
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47121010Z00C19A7CR0000/

眞子さまがペルー到着
移住120周年式典出席へ
2019/7/10 17:26 (JST)
【リマ共同】秋篠宮家の長女眞子さまは9日夜(日本時間10日午後)、
日本人移住120周年式典などに出席するため、最初の公式訪問国ペルーの首都リマに到着された。
9日午前に成田を出発後、米国ヒューストンを経由し、24時間を超える長旅だった。
ペルー滞在中は式典への参加のほか、大統領表敬や世界遺産のマチュピチュ遺跡視察などが予定されている。
15日には次の公式訪問国ボリビアに移動、日本人移住地などに足を運び、日系人らと懇談。22日に帰国する。
https://this.kiji.is/521603865118278753

眞子さま ペルーで日本人移住120年の記念式典に出席
2019年7月11日 8時12分
ペルーを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、
日本人の移住120周年を記念する式典に出席されました。
現地時間の9日に首都リマに到着した眞子さまは、
翌10日午後、現地の日系人協会を訪れ、移住120周年の記念式典に臨まれました。
ペルーでは、1899年に790人の日本人男性が最初に移住してからことしで120周年を迎え、
現在、世界で3番目に多いおよそ10万人の日系人社会があるとされています。
着物姿の眞子さまが会場に入られると、出席した500人余りの日系人らが立ち上がって拍手で迎えました。
眞子さまはあいさつの中で、移住者やその子孫が努力を積み重ね
両国の懸け橋となってきたことに敬意を表したうえで、
「日系の皆様によって築かれてきた歴史が、未来を担う世代にも
大切に引き継がれていきますことを願っております」と述べられました。
式典に先立って眞子さまは、日系1世の女性4人と懇談されました。
女性たちはいずれも100歳前後で、太平洋戦争の前にペルーに渡り困難を乗り越えながら現地で暮らしてきました。
眞子さまは、身をかがめて一人ひとりの手を取りながら、「こちらに来られて何年になられますか」、
「お目にかかれて本当にうれしいです」などとことばをかけられていました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190711/k10011989631000.html

眞子さま、ペルー移住120年式典にご臨席 「歴史を未来に」
2019.7.11 19:15
ペルーを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは10日(日本時間11日未明)、
首都のリマで、日本人移住120周年記念式典に臨席し「日系の皆さまによって築かれてきた歴史が、
未来を担う世代にも大切に引き継がれていきますことを願っています」とあいさつされた。
着物姿の眞子さまは、日本とペルーの国旗を持った日本人学校などの児童に出迎えられ、
笑顔で手を振られていた。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190711/lif1907110047-n1.html

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ペルー日本人移住120周年祝う=眞子さまが式典にご臨席=フクモト会長「感動的なもの」
2019年7月12日
【ペルー新報11日付より要約抜粋】
ペルーが日本人移住120周年を迎えたことを祝うため、
日本の皇室から眞子さまが9日に首都リマ市へご到着された。
翌10日の午後には、日秘劇場で開催された日本人ペルー移住120周年記念式典にご臨席された。
現存するペルー唯一の邦字新聞『ペルー新報』の協力を得て、同11日付から要約抜粋した。
同記事によれば、眞子さまは日系人学校の児童・生徒に迎えられて、日秘文化会館にご到着した。
まずペルー日系社会において最高齢者のマツエ・アメミヤさん(104)、モトメ・オクヤマさん(104)、
カマド・アラカキさん(101)、サダ・マキカドさん(101)とご歓談。
その様子をペルー日系人協会のアベル・フクモト会長は「子孫である我々にとって、内親王殿下が、
努力と謙虚さ、そして辛抱強さをもってペルーに日系社会を築き上げてきた我々の両親や祖父母と
対話しているようで、感動的なものだった」と語った。
日本人ペルー移住120周年記念式典に出席された眞子さまは、
「1899年に日本人790名が佐倉丸でペルーに到着してから、120年が経ち、
ペルー日本人移住120周年という記念すべき年を迎えられましたことを、お慶び申し上げます」と祝辞を述べた。
また、日本人ペルー移住100周年記念碑への献花、ラ・ウニオン運動場協会及びラ・ウニオン校へのご訪問に言及し、
文化的、社会的活動の継続を賛美した。さらに、両国の懸け橋である日系人に敬意を表し、
「日系の皆さまによって築かれてきた歴史が、未来を担う世代にも大切に引き継がれていきますことを願っております。
ムチャス・グラシアス」と締めくくった。
フクモト会長は「120年を迎えても、日本人移住者の子孫であることに誇りを感じ続けている。
内親王殿下ご訪問の機会は、日本、そして我々の祖先に対する思いを一層強める。
移住者に敬意を表し、日本の文化と価値観を次世代に受け継いでいく」と
眞子さまのペルーご訪問に感謝を述べるとともに、ペルー日系社会としての今後の抱負を語った。
式典では、フクモト会長夫妻より眞子さまに花束と記念品が贈呈された。
また、ペルー日系リトゥモス・イ・コローレスと菊の会APJ日本の踊りにより、
日ペルー文化を融合した踊りが披露された。
https://www.nikkeyshimbun.jp/2019/190712-71colonia.html

眞子さま ペルー大統領を表敬訪問 歓迎昼食会に出席
2019年7月12日 8時33分
ペルーを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、大統領を表敬訪問し、
歓迎の昼食会に出席されました。
眞子さまは、現地時間の11日昼すぎ、首都リマの大統領府に到着し、外務大臣の出迎えを受けられました。
大統領府の建物の前で歓迎行事が行われ、着物姿の眞子さまは、
ペルー軍の儀じょう隊の栄誉礼を受け、一礼してこたえられました。
このあと眞子さまは大統領府に入り、ビスカラ大統領と握手を交わして懇談に臨まれました。
大統領が歓迎のことばを述べると、眞子さまは感謝の気持ちを述べたうえで、
前の日に日本人の移住120周年の記念式典に出席したことなどに触れ
「日系の方々がペルーで大事にされていると感じました。
日本とペルーが一緒に発展していくことを願っています」などと話されたということです。
また、眞子さまは、天皇皇后両陛下からのメッセージとして「120周年という記念の年を契機にして、
二国間関係がさらに進みますように」などと伝えられ、
ビスカラ大統領は「ペルー政府と国民は両国関係をさらに強めたいという
強い意志をもっています」とこたえたということです。
このあと、大統領主催の歓迎の昼食会が開かれ、眞子さまは1時間半余りにわたり、
大統領夫妻などと親しくことばを交わされたということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190712/k10011990931000.html

眞子さま、ペルー大統領を表敬訪問=移住者受け入れに謝意
2019年07月12日09時52分
【リマ時事】ペルーを公式訪問中の秋篠宮家の長女眞子さまは11日、
首都リマの大統領府にビスカラ大統領を表敬訪問し、
「日系の方々がペルーで大事にされていることを感じました。
日本からの移住者をペルーが受け入れてくださったことに感謝します」と述べられた。
ビスカラ氏は「日系の方々がいろんな分野で活躍されていることをうれしく思う」と話した上で、
技術・経済協力や考古学分野での日本の貢献に謝意を示した。
続いて行われた大統領主催の昼食会で、眞子さまは
「長年にわたり、多くの人々によって培われてきた友好関係が、
これからも末永く続いていきますことを願っております」とあいさつ。
スカッシュに似た競技「パレタフロントン」でペルー王者だったというビスカラ氏は、
日本テニス協会の名誉総裁を務める眞子さまに「次に来られる時はテニスを一緒にしましょう」と話し掛けた。
眞子さまはこの後、市内のホテルで在留邦人の代表や国際協力機構(JICA)のボランティアらと懇談。
日本から遠く離れた地での労をねぎらった。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019071200294&g=soc

眞子さま、ペルー大統領とご懇談「両国発展願う」
2019.7.12 12:04
ペルーを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは11日午後(日本時間12日未明)、
リマ市内の大統領府を訪れ、ビスカラ大統領を表敬訪問された。
大統領との懇談では「日本とペルーの両国が一緒に発展していくことを願っています」などと述べられた。
車で大統領府に到着した眞子さまは、中庭でペルー軍の儀仗(ぎじょう)隊による栄誉礼を受けられた。
大統領府内ではビスカラ大統領に出迎えられ、「大使の間」に移って大統領らと25分にわたり懇談された。
その後、大統領夫妻らとの昼食会があり、
眞子さまは「改めて、日本からの移住者を迎え入れてくださったペルー政府と
国民の皆さまに深く感謝申し上げます」とあいさつをされた。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190712/lif1907120022-n1.html

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ペルーのビスカラ大統領(右)を表敬訪問された秋篠宮家の長女眞子さま=11日、リマ(AFP時事)
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国際協力機構(JICA)のボランティアとの懇談に臨まれる秋篠宮家の長女眞子さま=11日、リマ
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日系人老人ホームを視察 ペルー訪問中の眞子さま
2019.7.13 09:19
ペルーを公式訪問中の秋篠宮家の長女、眞子さまは12日(日本時間13日未明)、
日系人が中心となって運営している老人ホームや、中南米各地で事業を営んだ日本人が
1964年に設立した古代アンデス文明の織物博物館を視察された。
日系2世の神父が中心となり設立された医療福祉施設「エンマヌエル協会」が運営する老人ホームでは、
入居する日系人ら約30人が唱歌「故郷」を歌うと、眞子さまも一緒に口ずさむ場面があった。
眞子さまは入居者に「日本語がお上手ですね」などと声を掛けた。
続いて、古代アンデス文明の織物などが展示されている天野プレコロンビアン織物博物館へ。
千年以上前の織物を見て「大胆な構図ですね」と驚いていた。
両施設は秋篠宮ご夫妻も2014年に訪れている。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190713/lif1907130008-n1.html

眞子さま、マチュピチュ遺跡をご視察 村長子孫とご懇談
2019.7.14 18:20
ペルーを公式訪問中の秋篠宮家の長女眞子さまは13日午後(日本時間14日未明)、
「空中都市」として知られる世界遺産のマチュピチュ遺跡を視察された。
日本人が村長を務めていたマチュピチュ村も訪れ、村長の子孫らと交流を深めた。
マチュピチュ遺跡は15世紀初めに建設されたとされるインカ帝国時代の遺跡で、
クスコから北西約110キロの断崖絶壁の山頂(標高約2400メートル)にある。
眞子さまはガイドの説明に熱心に耳を傾けながら約2時間、遺跡を見て回った。
高台から遺跡を眺めた眞子さまは「言葉にできない何かがありますね」と笑顔。
遺跡内の神殿や水路なども視察し「石の組み方が、とてもきれいですね」と感心した様子だった。
その後、麓のマチュピチュ村へ。戦後すぐに村長を務め、
村の発展に貢献した野内与吉の孫で日系人の野内セサル良郎さん(43)や、
現在の村長らと懇談した。(クスコ 共同)
https://www.sankei.com/life/news/190714/lif1907140028-n1.html

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眞子さま 世界遺産マチュピチュに
2019年7月14日 11時14分皇室
ペルーを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、世界遺産のマチュピチュや、
かつて日本人移住者が村長を務めたふもとの村を訪ねられました。
眞子さまは現地時間の13日、インカ帝国時代の遺跡で世界遺産のマチュピチュに足を運ばれました。
眞子さまは標高およそ2400メートルの山の上に広がる遺跡の中を2時間余りにわたって散策し、
初めに遺跡の全体を見渡すことができる高台に立つと、「言葉にできない何かがありますね」と話されました。
また、大きな石を隙間なく組み合わせて造られた神殿の跡などを見て、
眞子さまは「この石の組み方はすごくきれいですね」などと感想を述べられていました。
このあと眞子さまは、ふもとにあるマチュピチュ村の役場を訪問し、村長らのあいさつを受けられました。
マチュピチュ村は、102年前に日本からペルーに移住した野内与吉さんが1
948年に村長に就任するなどして村の発展に貢献しました。
役場には野内さんの写真が飾られていて、眞子さまは野内さんの孫で日系3世の野内セサル良郎さんから説明を受けて、
大きくうなずかれていました。
眞子さまは現地時間の翌14日でペルーでの日程を終え、続いて隣のボリビアを公式訪問されます。
マチュピチュ村 日本人移住者が発展に尽力
眞子さまが訪問されたマチュピチュ村は、102年前にペルーに移住した日本人、野内与吉さんが発展に力を尽くしました。
野内さんは現在の福島県大玉村で生まれ、大正6年(1917年)、21歳の時に集団移住に加わってペルーに渡りました。
農園で働くなどしたあとペルーの国鉄に勤務し、マチュピチュのふもとに続く
鉄道の建設工事に携わったことをきっかけに、ふもとの集落で暮らすようになりました。
現地で家庭を築いた野内さんは水力発電の施設を整備して集落に電気をもたらしたほか、
ホテルを建て、一部の部屋を郵便局や交番などとして無償で貸し出していたということです。
野内さんが見つけたと伝えられる温泉もあり、住人や観光客の憩いの場となりました。
数々の功績から、野内さんは集落の最高責任者の行政官に任命され、
さらに集落が村になったあとの1948年には村長に就任しました。
そして、1969年、73歳で亡くなるまで、マチュピチュ村の発展に尽くしました。
マチュピチュ村と野内さんの故郷、福島県大玉村は2015年に友好都市協定を締結。
マチュピチュ村が友好都市協定を結ぶのは初めてでした。
その後も村長が互いの村を訪問し合うなど、日本人移住者がきっかけで交流が生まれました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190714/k10011992921000.html

ペルー=眞子さま、診療所をご訪問=エンマヌエル協会の老人ホーム
2019年7月16日
【ペルー新報13日付より抜粋=都丸大輔日本語編集長】今月12日の朝、
ペルーに滞在中の眞子さまが、リマ市の中心から約50キロ離れたカオヤ市ベンタニヤ区にある、
エンマヌエル協会の日系老人ホーム及びエンマヌエル診療所を訪問された。
同協会に到着された眞子さまを、日系人学校のヒデヨ・ノグチ校の生徒らが
日ペルー両国の国旗を振りながら歓迎した。
カオヤ市ベンタニヤ区はリマ首都圏の中でも貧困層が多い地域。
そのため同診療所は、地域住民にとって極めて重要な存在となっている。
眞子さまが同診療所をご訪問する際にも、朝早くから大勢の患者が訪れていた。
診療所のホールでは、同協会の役員らが眞子さまを迎えた。
ルイス・サコダ会長は、眞子さまのご訪問に感謝を述べ「エンマヌエル協会は1981年に
日系人初のカトリック神父である加藤マヌエル神父が
孤児院エンマヌエルホームを設立し始まった」と同診療所の歴史に言及。
さらに「その後、日系人の支援グループ、日本やスペイン、カナダにいる加藤神父の友人や団体からの寄付、
ベンタニヤ区役所からの土地の寄付などを受け、敷地内に黙想の家、診療所、保育所、
子どもたちの技術取得を目的とした畑、コンピュータ室、レストラン、パン製造工場などが建設された。
孤児院エンマヌエルホームは120人を預かるまでになったが、
その後事業はカヤオ司教区に譲られた」と同協会の成り立ちを説明した。
同診療所のルイス・ウエムラ所長は「この診療所は今から29年前、
ペルーが政治的・経済的にも危機的な状況にあった1990年、
孤児院エンマヌエルホームに入居する子どもたちの診察から始まった。
その後、経済的に貧しい同地域の一般住民の診察も行うようになった」と説明。
また「最初は各1人の医師と歯科医、3人の事務員だったが、患者の増加に伴い診療所を拡大。
現在では30の診療所に70人の医師、看護師、その他医療スタッフで、
一日に400~500人の患者を受け入れるまでに。全ては創立者である加藤マヌエル神父、
日系人の支援グループ、エンマヌエル協会の役員らの尽力がなくては実現できなかった」と語った。
ウエムラ所長は「診療所の拡張に際し、1992年から在ペルー日本大使館を通して
日本政府の草の根・人間の安全保障無償資金協力及びペルー・日本見返り資金(FGCPJ)による
多大な援助をいただいた。深く感謝している」と強調した。
その後、眞子さまは同診療所の各診療科を視察された。
続いて、眞子さまはエンマヌエル協会の老人ホームに移動され、
入居する日系人高齢者の方々が日ペルー両国の国旗を振りながら迎えた。
眞子さまは一人ひとりの高齢者の話に注意深く耳を傾けられ、握手を交わされた。
そして、日系人高齢者の方々とともに「故郷」を斉唱。
最後に、高齢者代表としてクズマさんが眞子さまに感謝の言葉を伝えた。
https://www.nikkeyshimbun.jp/2019/190716-72colonia.html

ボリビア大統領を表敬訪問 眞子さま、南米2カ国目
2019.7.16 09:12
秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは15日未明(日本時間同日午後)、
ペルーから2カ国目の公式訪問先となるボリビアに到着し、
同日、主要都市ラパスの大統領府を訪れ、モラレス大統領を表敬訪問された。
眞子さまは、天皇、皇后両陛下から「日本人の移住120周年という機会を契機に、
今後さらに両国の関係が深まりますように」とのメッセージを預かってきたとご紹介。
大統領は「両陛下によろしくお伝えください」と応じた。
眞子さまは大統領と、市街地などを一望できる29階建ての大統領府の屋上にご移動。
すり鉢状に広がる地形に、赤茶色の建物などがびっしりと立ち並ぶ景色を楽しまれた。
続いて開催された昼食会で眞子さまは「(滞在中)ボリビアの魅力の一端に触れられることを
期待しております」とあいさつをされた。
その後、標高約3700メートルにあるラパスで、市民の足として利用されるロープウエーをご視察。
眞子さまも乗り込み、窓から市内やアンデス山脈の山々を見渡されていた。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190716/lif1907160003-n1.html

モラレス大統領を表敬訪問された秋篠宮家の長女、眞子さま=15日、ボリビア・ラパス(共同)
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眞子さま、ボリビア大統領を表敬訪問 屋上からの景色楽しむ
2019年7月16日 11:13 発信地:ラパス/ボリビア [ ボリビア 中南米 ]
ボリビア・ラパスの大統領府屋上で、エボ・モラレス大統領と
市内の景色を眺められる秋篠宮家の長女眞子さま。
ボリビア大統領府提供(2019年7月15日撮影)。(c)AFP PHOTO / BOLIVIAN PRESIDENCY
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【7月16日 AFP】ボリビアを訪問中の秋篠宮(Prince Akishino)家の
長女眞子さま(Princess Mako)は15日、同国の事実上の首都ラパスにある大統領府を訪れ、
屋上のヘリポートからエボ・モラレス(Evo Morales)大統領とともに市内の景色を眺められた。
眞子さまは、日本人のボリビア移住120周年を記念した式典などに出席するため同国に5日間滞在される。(c)AFP
https://www.afpbb.com/articles/-/3235278?pid=21468728

日本人移住の資料館視察 眞子さま、日系人と懇談も
2019.7.17 10:21
ボリビアを訪問中の秋篠宮家の長女眞子さまは16日(日本時間16日夜)、
ラパス市内で日本人移住資料館などを視察された。
資料館では、ボリビアに移住した日系人の歴史を紹介するパネルなどが展示されており、
眞子さまはガイドの説明に耳を傾けられた。
続いて行われた日系人らとの懇談では、体調について「高地にもだんだん慣れてきました」と応じられた。
その後、日本人のボリビア移住120周年記念式典が開かれるサンタクルスに移動。
日本語学校に通う日系人生徒との交流では、生徒が日本語で作文を読み上げると、眞子さまは笑顔で拍手されていた。
https://www.sankei.com/life/news/190717/lif1907170023-n1.html

眞子さま ボリビアを公式訪問 移住120周年式典に出席
2019年7月18日 8時15分
南米のボリビアを公式訪問している秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは、
日本人の移住120周年を記念する式典に出席されました。
眞子さまは現地時間の17日、ボリビア最大の都市サンタクルスで式典に臨み、
会場に入られると、日系人などおよそ150人が立ち上がって拍手で迎えました。
ことしは1899年に93人の日本人がボリビアのゴム園で働くため、最初に移住を始めてから120周年にあたり、
ボリビアには現在1万人以上の日系人が暮らしているとされています。
式典では苦労を重ねた先人たちに黙とうをささげたあと、
眞子さまが「数多くの困難を勤勉に誠実に乗り越えながら、各地での生活を築き、
ボリビア社会にしっかりと根を下ろしてこられたことを、
これからも心にとどめて参りたいと思います」と述べられました。
このあと眞子さまは、虐待や育児放棄などによって親と暮らすことができない就学前の子どもたち、
50人余りが生活している養護施設を訪ねられました。
施設では日本人の女性3人がボリビア人とともに子どもたちの養育に当たっていて、
眞子さまは塗り絵をしたりパズルで遊んだりしている子どもたちと触れ合い、
日本人の女性に「子どもたちのお世話は大変ですね」、
「どうぞお元気で頑張ってください」などとことばをかけられたということです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190718/k10011996621000.html

眞子さま、ボリビア移住120周年式典ご臨席
2019.7.18 09:03
ボリビアを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは17日(日本時間18日未明)、
同国東部サンタクルスで開催された日本人の移住120周年記念式典に臨席された。
式典には、ボリビア政府関係者や各地の日系人など約150人が出席。
眞子さまは「数多くの困難を勤勉に誠実に乗り越えながら、各地での生活を築き、
ボリビア社会に根を下ろしてこられたことを、これからも心にとどめてまいりたいと思います」とあいさつをされた。
ボリビアへの日本人移住は1899年、ペルーへの移民のうち約90人が
ゴム農園労働者として入ったのが初めて。現在、約1万3千人の日系人が暮らしている。
式典後、眞子さまは、捨て子や虐待を受けた子供など約50人が入所している
サンタクルスの乳幼児養護施設を見学された。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190718/lif1907180011-n1.html

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眞子さま、子供を抱きしめられる ボリビア養護施設見学
2019.7.18 17:09
ボリビアを公式訪問中の秋篠宮家の長女、眞子さまは17日(日本時間18日未明)、
同国東部サンタクルスで開催された日本人の移住120周年記念式典に出席された。
式典には、ボリビア政府関係者や各地の日系人、移住者が多い福岡県の小川洋知事など約150人が出席。
眞子さまは「数多くの困難を勤勉に誠実に乗り越えながら、各地での生活を築き、
ボリビア社会に根を下ろしてこられたことを、これからも心にとどめてまいりたいと思います」とあいさつされた。
ボリビアへの日本人移住は1899年、ペルーへの移民のうち約90人が
ゴム農園の労働者として入ったのが初めて。現在、約1万3千人の日系人が暮らしている。
式典後、眞子さまは、捨て子や虐待を受けた子どもなど
約50人が入所しているサンタクルスの乳幼児養護施設をご見学。
「オラ(こんにちは)」「元気ですね」などと声を掛けられた。
帰り際には、駆け寄ってきた子供を抱きしめられる場面もあった。(共同)
https://www.sankei.com/life/news/190718/lif1907180021-n1.html

眞子さま、戦後移住地を訪問=日系人ら激励、歓声も-ボリビア
2019年07月19日09時12分
【サンフアン(ボリビア)時事】ボリビアを公式訪問中の秋 篠 宮家の長女眞子さまは18日、
第2次世界大戦後の1955年に日本人入植が始まった東部サンタクルス県のサンフアン移住地を訪問し、
移住者や日系人を激励された。
歓迎昼食会で、眞子さまは「初期に移住された方々は大変な苦労の中で原生林を開拓し、
生活を築いてこられたと伺いました」と入植者の苦闘に思いをはせた。
沢元静雄サンフアン日本ボリビア協会会長は「祖国の指導、支援に加え、
ボリビア側の理解と寛大さにより今日の発展を得た。関係者に万感の敬意を表します」とあいさつした。
眞子さまはその後、入植者らが創設した幼稚部から中等部まである「サンフアン学園」も訪問。
移住地史に関する生徒の発表に拍手を送った。学園を去る際には、
子どもらの歓声に応えて胸の前に両手でハートマークをつくる場面もあった。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019071900305&g=soc

眞子内親王殿下のご訪問を受けて
7月17日、秋篠宮家の長女眞子様が、ボリビアを訪問されました。
それは、日本人ボリビア移住120周年記念行事に参加されるためでしたが、
その機会を利用されて、現地のために働く日本人を激励されたいとの意向で、
オガールファティマ乳幼児を訪問されました。
当日は晴天に恵まれ、15時、正門にきれいに並んだ子供たちの前に、素敵な笑顔でお越しくださいました。
「いらっしゃいませ」と代表の子供たちからの挨拶と花束を受けられた眞子様は、
子供の目線までしゃがまれ、一人一人と握手しながら挨拶され、
日本の皇室家らしい優雅さにあふれた振る舞いで接してくださいました。
赤ちゃんたちは笑顔で歓迎し、2歳児はA,E,I,O,U,という愛らしいダンスをして、
最後に「ありがとう」と日本語で挨拶し、眞子様から拍手とハグを受けました。
4~5歳児は、日本政府の「草の根」基金により設けられた一つの部屋で行なっているモンテッソーリ教育を見て頂き、
ここでも、一人一人の子供にお声をかけられました。
基督教大学を出られた眞子様は、最後には修道院聖堂を訪れ、記帳をされました。
その後、そこに集まっていたシスターたちと少し談話され、
一人一人と握手をしてねぎらいのお言葉をくださいました。
最後に、記念写真にも入ってくださるという光栄に与かりました。
30分だけの短い訪問でしたが、相当の期間をかけての準備の苦労も
この時すべて消え去ったように思えるほど、素晴らしいひと時でした。
http://www.caritadigesu.com/ja/notizie-ja/

わだかまり解く皇族訪問=「犬も通わぬ」サンフアン移住地-ボリビア
2019年07月21日07時47分
【サンフアン(ボリビア)時事】秋.篠.宮家の長女眞子さまがこのほど訪問された南米ボリビアの
奥アマゾンにあるサンフアン日本人移住地は、1955年に入植が始まったころ、
同国では「犬も通わぬ」と称されるほど環境が厳しいことで知られていた。
入植者には、移住政策を進めた日本政府に「だまされた」という思いがいまだに残る。
同移住地では、最初の入植から2年後に政府間協定に基づく計画移住が始まった。
当時の日本政府の誘い文句は「土地50ヘクタールを無償提供」。
しかし、到着してみると現地は分け入る隙もないジャングル。
第1期移住者の養鶏業浅野みゆきさん(69)=長崎県出身=は
「初めはヤシでできた収容所で暮らした」と述懐する。
ボリビア側が用意しているはずの道路や学校も見当たらなかった。
同時期に入植したボリビア日系協会連合会の日比野正靱会長(80)=岐阜県出身=は
「日本の外務省に抗議したが、『あなたたちは望んで入植したんでしょう』と言われた。
今でも忘れられない」と振り返った。
退路を断たれた入植者は、日本的なやり方に活路を見いだした。
森林の伐採などの重労働を分担、資金を出し合って学校や病院を建て、農協を組織して地道に開拓を進めた。
いつしか移住地は米や小麦、大豆、鶏卵の同国随一の生産地に。
平均農地面積は東京ドームの64倍に当たる300ヘクタール以上。
今や「サンフアン」は同国のモデル農村として有名になった。
それでも、日本政府へのわだかまりは残る。
日比野さんは「今は日本政府にも感謝しているが、
最初にだまされたという感情はわれわれの中でなかなか消えない。
そうした気持ちを癒やしてくれているのが皇族の訪問だ」と指摘する。
これまでに眞子さまを含め4人の皇族が現地を訪れた。
「移住者を思い、忘れていないということを示していただいている」。
若い世代がアイデンティティーに目覚める機会にもなっているという。
眞子さまと固い握手を交わした浅野さんは「かわいくて、知識あふれるすてきな女性でした。
移住してもわれわれを忘れずにいらしてくれる。ありがたいです」と満面の笑みを浮かべた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019072000395

眞子さま南米からご帰国
2019.7.22 09:51
日本人の移住120周年記念式典臨席などのため、南米のペルー、ボリビアを
公式訪問していた秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまは22日午前、羽田空港着の民間機で帰国された。
眞子さまは9日に成田をご出発。ペルーとボリビアで移住120周年の記念式典に臨席し、
日系人らと交流したほか、両国の大統領を表敬された。ペルーでは世界遺産のマチュピチュ遺跡も訪問された。
https://www.sankei.com/life/news/190722/lif1907220004-n1.html

眞子さま ペルーとボリビア公式訪問を終え帰国
[2019/07/22 10:38]
秋篠宮ご夫妻の長女・まこさまが南米ペルーとボリビアへの公式訪問を終え、帰国されました。
眞子さまは11泊14日間にわたったペルーとボリビアへの公式訪問を終え、
22日午前4時すぎに羽田空港に到着されました。
空港では出迎えの宮内庁職員らのあいさつに笑顔で応じられました。
午前10時ごろには帰国の報告のため、皇居の賢所を参拝されました。
ペルーとボリビアではそれぞれ、日本人移住120周年の記念式典に出席されました。
多くの日系人らと交流を重ねたほか、現地の歴史や文化にも触れられました。
https:// news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000160150.html

眞子さま、南米訪問で移民に敬意
2019年08月02日16時09分
秋篠宮家の長女眞子さまは2日、先月のペルーとボリビア公式訪問について、
宮内庁を通じて文書で感想を発表された。
「いずれの国でも、日系社会の中で日本の文化が継承されていることを感じ、喜ばしく思いました」と言及。
その上で「日本からの移住者とそのご子孫が、大変な苦労と困難を勤勉さと誠実さをもって乗り越えて、
(両国との)懸け橋となってこられたことに、改めて心より敬意を表します」とした。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019080200962&g=soc


眞子内親王殿下 ペルー及びボリビアご訪問を終えられてのご印象
令和元年8月2日(金)
ペルー及びボリビアご訪問を終えて
この度は,「日本人ペルー移住120周年」及び「日本ペルー交流年」に当た
りペルー共和国政府のお招きでペルーを,「日本人ボリビア移住120周年」に当たり
ボリビア多民族国政府のお招きでボリビアを,公式訪問いたしました。
このような年にそれぞれの国を訪問出来ましたことを,大変嬉しく思います。
そして,今回の訪問に際しご尽力くださり様々なご配慮をくださいました方々へ,
心より感謝の気持ちを表したく思います。

ペルーでは,ビスカラ大統領閣下を表敬いたしました後,閣下主催の午餐会にお招き頂きました。
ボリビアでは,第六代サンタクルス大統領の霊廟へ献花の後,
モラレス大統領閣下を表敬し,閣下主催の午餐会にお招き頂きました。
また,両国各地の知事,市長,村長をはじめとする方々が,
夕食会や歓迎式典,市の鍵や賓客宣言文の贈呈等を通して歓迎してくださいましたことも,誠に有り難く存じました。
いずれの国でも,日系社会にとって重要な場所,施設や移住地をご案内いただき,訪問先以外から来られた方も含め,
あらゆる世代の日系の皆様とお会いし,移住当時を始め,現在のご生活やいろいろな分野におけるご活動などについて
様々なお話を伺えましたことは,強く心に残っております。それぞれの国の歴史や多様な文化に触れる機会や,
在留邦人やJICAの方々より現地でのご活動について伺う機会をいただきましたのも,嬉しいことでした。
多くの方々があたたかく迎えてくださいましたことに,深く感謝しております。

ペルーのリマでは,「日本人ペルー移住百周年記念碑」への献花の後,
「日本人移住120周年記念式典」に各地より集まられた日系社会の皆様と共に出席し,
120周年をお祝いいたしました。
記念式典ではペルーと日本の舞踊が披露され,いきいきとした空気が会場を包んでいました。
日秘文化会館の日本人ペルー移住史料館では,展示を拝見し,
ペルーの日系社会が歩んで来られた長い道のりに思いを馳せました。
また,ラ・ウニオン校とラ・ウニオン運動場協会,エンマヌエル協会の診療所と憩いの家を訪問し,
ペルーの日系社会のご活動と各施設での皆様のご様子に接したほか,ペルーと日本のフュージョン料理を味わうなど,
両国の文化の融合を体験いたしました。リマの新市街ミラフローレス地区を散策する時間もありました。
リマの天野博物館では,故天野芳太郎氏が収集されたアンデス文明チャンカイ文化の
織物をはじめとした美しく素晴らしい展示物を拝見し,
クスコでは,マチュピチュ遺跡の麓にあるマチュピチュ村を訪れて
初代村長であった故野内与吉氏についてのお話を伺うなど,
日本からペルーに渡り活躍された方々のご功績に触れ,感銘を受けました。
クスコのインカ帝国の遺跡であるマチュピチュやサクサイワマンでは,
壮大な遺跡を眺め,当時の人々の石を積み上げる技術や,
太陽の動きの正確な理解に驚きを覚えました。サントドミンゴ教会の土台の一部として残っている
インカ帝国時代の太陽神殿であるコリカンチャ,インカ帝国時代のビラコチャ神殿の跡に建設された
クスコ大聖堂を訪れましたことも,ペルーの歴史や文化をより深く知ることができる特別な機会でした。

ボリビアのラパスでは,ラパス日本人会館や日本庭園を訪れ,ラパス日本人会館のボリビア日本人移住資料館では,
120年の歴史の中に,おひとりおひとりの物語があることを改めて感じました。
ボリビアにおける「日本人移住120周年記念式典」は,次の訪問地であるサンタクルスにて行われました。
式典でガルシア・リネラ大統領代行が政府代表としてあたたかいお言葉をくださり,
その後に行われた祝賀会にサルバティエラ副大統領代行がご出席くださいましたことは,大変ありがたいことでした。
祝賀会では,歌,日本舞踊,琉球太鼓なども楽しませて頂きました。サンタクルス中央日本人会館の日本語普及校や
ビルへン・デ・ファティマ乳幼児養護施設では,普段の学習や生活のご様子を垣間見ることができたように思います。
サンタクルスのサンファン移住地とオキナワ移住地では歓迎昼食会を開いてくださり,
移住地の産物を使った手作りのお料理やボリビアの民族舞踊,三線や歌で,心のこもった歓迎をしてくださいました。
慰霊碑に献花し,移民史料館,歴史資料館にて移住地の歴史の展示を拝見いたしました際,
保存された移住当初の原生林を目の当たりにした時には,開拓当初の厳しい環境と,
その中で行われた開拓がどれほど大変なことであったのかに思いをいたしました。
サンファン学園やコロニア沖縄農牧総合協同組合(CAICO)を訪問し,
どのような教育や農業が行われているのかを知ることもできました。
公共交通機関であるロープウェイからラパス市を眺め,国立民族博物館で民族文化の多様性を学び,
グエンべ自然公園で豊かな動植物を観察できたことも,貴重な経験でした。

いずれの国でも,様々な場面で,日系社会の中で日本の文化が継承されていることを感じると同時に,
日系の方々をはじめとする多くの人々の協力のもと,
日本の文化や日本語に接し学ぶ機会が作られ開かれていることを実感し,喜ばしく思いました。
日本語を流暢に話される若い世代の日系の方々にもお目にかりました。

日本からの移住者とそのご子孫が,大変な苦労と困難を勤勉さと誠実さを持って
乗り越えてペルーとボリビアにしっかりと根をおろし,
その発展に貢献され,人々の厚い信頼を得てこられたこと,日本・ペルー,
日本・ボリビアの架け橋となってこられたことに,
改めて,心より敬意を表します。そして,日系の皆様が築き上げて来られた歴史が
未来を担う若い世代にも大切に引き継がれていくことを願い,
私もその歴史を心にとどめてまいりたいと思います。

これからも,日系社会の皆様がお元気で末永く活躍され,日系社会が一層発展しますよう,
また今後とも日本とペルー,日本とボリビアの友好関係がますます深まりますよう,願っております。
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/show/43#176


眞子内親王殿下のペルー国及びボリビア国御訪問について
7月9日御出発,同月22日御帰国
http://www.kunaicho.go.jp/page/gaikoku/show/24