ご家族の絆、通い合うおこころ

家庭画報2009年1月号
P50-P59

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新年特別企画 秋篠宮妃紀子さま
 ご家族の絆、通い合うおこころ

妃殿下として――「おこころを寄せる」
感謝と経験を重ねられながら
民間から嫁がれて、人々との新たな出会いに喜びを感じられつつ、
ときには初めて出会うお務めや習慣に、不安や戸惑いを感じられることもおありでしたが、
多くのかたがたの支えに感謝されながら、一つ一つ経験を積んでこられた紀子さま。
今では財団法人結核予防会の総裁や、日本赤十字社名誉副総裁を務められるなど、
数多くの公的なご活動に携わっておられます。
数々のお務めの中でも目を引くのは、たおやかな手の動きでお気持ちを表現される「手話」です。
紀子さまが手話に関心をおもちになったのは高校時代。
その後、大学一年生のときにご覧になった手話劇で、その表現の豊かさに感動されたこと、
そして聴覚障害をもつ人と「もっと話をしたい」と思われたことから、本格的に手話を学ばれました。
幼い頃、海外で過ごし、いくつもの言語に触れてこられた紀子さまは、
手話も言語の一つとして素直に受け入れられたのです。
日本の手話に加えて、米国の聴覚障害者をもつ人たちとお会いになったときには、
あらかじめASL(アメリカ手話)を学ばれました。
生活や文化に根ざして生まれることの多い手話は、国や地域ごとに異なるからです。
また平成二十年一月に、両殿下でインドネシアを公式訪問されたときには、
聴覚障害者の学校を訪れる前に、秋篠宮さまとお二人でインドネシアの簡単な手話を学ばれました。
紀子さまはさまざまな機会に手話を使われることで、少しでも多くの人が手話に関心をもち、
聴覚障害をもつ人々の生活に、より理解を深める機会になればと、願われています。
また紀子さまが、日頃から関心を寄せられていることの一つに、保健・医療の分野があります。
心理学の修士論文で、人の健康に対する意識と行動をテーマとして選ばれた紀子さまは、
その後もさまざまな活動を通じて、人々の健康、
近年はことに妊産婦や小さな子どもたちに、思いを寄せてこられました。
紀子さまご自身も二年前、前置胎盤という、リスクの高い妊娠出産を経験されました。
その折、医療関係者から話をお聞きになったり、手厚い医療や看護の恩恵を受けられたことで、
困難な状況に置かれている妊産婦や乳幼児の医療・看護などの重要性を、改めて強く感じられたそうです。
紀子さまは、それらに携わる人々への感謝の気持ちとともに、世界の妊産婦や乳幼児の命と健康が守られ、
子どもたちが健やかに成長することを願われています。


妻として――「語り合うことを大切に」
宮さまに背中をそっと押していただいて
絵がお好きな紀子さまは平成六年に出版された、秋篠宮さまの著作『欧州家禽図鑑』(平凡社・絶版)に、
宮さまの御希望で、「パートリッジ・コーチン」という鶏をお描きになり、挿絵にされました。
この絵は、秋篠宮さまが総裁をされている「山階鳥類研究所」にお出かけになって、
その姿や羽の色合いなどを濃やかに観察され、こころを込めて、丹念に描かれたものです。
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また紀子さまは、平成十九年から出版されている『ちきゅうのなかまたち』(新樹社)シリーズで、
構成と翻訳を手がけておられます。
「費やすことができる時間が限られており、そのお務めが果たせるか心配で、ずいぶん迷いました。
そういう気持ちを宮さまにお話し申し上げましたところ、
本の仕事に躊躇する私の背中を、そっと押してくださいました」というお言葉のように、
秋篠宮さまに相談されたり、物語の感想をお二人のお子さまにお聞きになったりしながら、
より正確で、わかりやすい絵本になるように努められています。
このように、ご夫婦の絆の深さを物語るエピソードが、絶えない秋篠宮ご一家ですが、
ここ数年、両殿下の日課に加わったのが、赤坂御用地でのお散歩です。
お車での移動が多いことから、運動不足解消のために始められたものですが、貴重な会話のひとときになっています。
秋篠宮さまは以前会見で、考えることが同じ場合もありますけれども、違うこともありますので、
お互いに思っていることとか、意見を伝えるようにしています、とご発言になっていらっしゃいましたが、
紀子さまはそのお言葉とおこころを一つにして、日々のお務めで経験したことから生活の小さな出来事まで、
濃やかに語り合うことを、大切にしてこられました。
紀子さまは、お散歩の中でも語らいについて
「子どもたちの様子ですとか、月次(つきなみ)の和歌のことを話したりするなど、
こころ和むひとときを過ごしております」と話されています。
また悠仁さまご誕生後は、悠仁さまもご一緒のお散歩が多くなりました。
元気に走られる悠仁さまを、お二人で温かく見守っておられます。
悠仁さまが、虫や鳥などの生き物を見つけて、興味深そうにご覧になりますと、
秋篠宮さまがその名前をお教えになったり、昔お遊びになった思い出をお話しになることもあり、
そこには穏やかな時間が流れています。


母として――「ご成長を見守りながら」
担う役割への理解を深めてほしい
お子さまがたがご幼少の頃は、外国訪問など長い留守の間に、寂しい思いをされないように、
ご訪問先についてわかりやすく説明された手作りの本やお菓子を用意なさったり、
手紙をしたためたりして、お出かけになった紀子さま。
そんなおこころづかいをお察しになられてのことでしょうか。
紀子さまが、まだお慣れでない頃、月次の和歌を詠むため、
いくたびも指を折りながら考えていらしたところ、お母さまをお助けしようと、
お子さまがたが、五・七・五・七・七のリズムを楽しみながら一緒に指を折られ、
紀子さまより先にお歌を詠んでしまわれたことも、
ご一家の懐かしい思い出になっています。今では眞子さまは高校二年生に、佳子さまは中学二年生になられ、
ご両親殿下が温かく見守られる中で、それぞれに関心や興味を深められています。
「だんだん私のよき話し相手となり、ときには私が相談しているような場合もあり、
そのような成長をうれしく思います」とのお言葉に、お母さまとしての喜びが感じられます。
眞子さまは、平成二十年春に上野動物園からの依頼で、初めてお一人で行事に臨まれました。
出席されたのは園内にある子ども動物園開園六十周年記念行事の「野間馬贈呈式」です。
野間馬は日本最小の在来品種でおとなしい馬ですが、
当日は慣れない環境で興奮気味でした。関係者全員、息をこらして見つめていたところ、
眞子さまはすっとそばにお寄りになり、たちまち仲よしになられました。
宮邸にお帰りになった眞子さまは、少し案じながらお待ちになっていたお母さまに、
「とても可愛い馬でした」と報告されたそうです。
平成十九年、中学生になられた佳子さまも、全国の中学生が思いや考えなどを
自分の言葉で発表する「少年の主張全国大会」に、紀子さまとご一緒に出席されました。
「娘たちは、内親王としての紀宮さまがご結婚されるまでのお姿をお近くで見ておりました。
紀宮さまが一つ一つのお仕事を大切に丁寧にされていたことを学びながら、娘たちが少しずつ、
担う役割に対して理解を深めてくれればと思っております」と紀子さまは語られています。


世代を超えて――「ご家族の絆を深めつつ」
次世代へと受け渡すことを大切に
秋篠宮ご一家が、世代を超えて伝えていかなくてはならないものとして、
大切にしておられることの一つが、平和への思いです。
天皇陛下は、皇太子殿下当時の記者会見において、わが国が忘れてはならない四つの日として、
沖縄慰霊の日、広島と長崎の原爆の日、そして終戦記念日を挙げておられます。
こういった陛下の思いを受けられ、眞子さまが幼稚園、佳子さまが二歳のときに
初めてご家族で沖縄を訪問された折りには、国立沖縄戦没者墓苑を参拝され、平和の礎を訪ねられました。
日々の暮らしの中でも、戦争や疎開経験をもつ人からお聞きになった話をお聞かせになったり、
絵本などを通して、ご家族で考える機会を大切にしてこられました。
また眞子さまと佳子さまは、おじいさまであり、おばあさまであられる、
天皇皇后両陛下から、歴史や文化、自然のことや、時代時代の人々が経験してきた苦労、困難、喜びなど、
折に触れて貴重なお話を伺い、多くのことを学んでこられました。
お二方が学校での行事のことや、それぞれに関心をおもちのことなどを両陛下にお話しになりますと、
両陛下は微笑みながらお聞きになって、関係のある資料や本を見せてくださるそうです。
「娘たちが幼いときからご一緒に庭を散策したり、お部屋にご用意くださいました絵本やおもちゃで、
楽しく遊ばせていただきましたように、悠仁もお日さまが照らすようなあたたかさの中で、
楽しく過ごさせていただいております」と紀子さまがお話しになられるように、
天皇皇后両陛下から内親王さまの世代へ。
世代を超えたご交流は、心温まるひとときであるとともに、私たち日本人が経験してきたことを、
後世に受け渡していくこと、また受け継いでいくことの大切さを実感させてくださいます。
そこに深いおこころを感じずにはいられません。

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