訪欧前の記者会見全文とご訪問を終えての感想

皇嗣両殿下ポーランド、フィンランドご訪問

一つ一つの訪問を大切に…秋篠宮ご夫妻、訪欧前の記者会見全文
21:20
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【質問】天皇陛下が即位され、殿下が皇位継承順位1位の皇嗣、
妃殿下が皇嗣妃となられてから初めての外国公式訪問となります。
訪問されるポーランドとフィンランドの印象と新しいお立場で臨まれる抱負をお聞かせください。
また、令和の時代を迎え、皇室が担われる国際親善の意義や役割についてのお考えも合わせてお聞かせください。

【秋篠宮さま】この月末からポーランドとフィンランドに参ります。
この両国は私にとっては初めて訪問する国ですので、なかなか印象というのはお話しするのは難しいのですけど、
まず、ポーランドについて話すと、子どもの頃の印象ですが、私が小さい頃、伝記を読むのが好きでした。
それで、ショパンであったりとかキュリー夫人の伝記を何冊か読んだ記憶があるんですね。
それで、おそらくポーランドという国について、もちろん伝記なのでそのときの国の事情も書かれていたりします。
最初かどうかは分かりませんが、印象に残ったことです。それで、その後、だんだん大きくなるにつれて、
たとえばポーランドが第2次世界大戦のときにたいへん大きな被害を受けて、それこそ街が甚大な被害を受けて、
その後、その街をポーランド社会が一体となって復元し、それが世界遺産となって登録された。
これはおそらく1980年だったと思いますが、そのようなことを知るようになりました。
次にフィンランドについてですが、これも子どもの頃のことから申しますと、
ちょうど私ぐらいの年代はトーベ・ヤンソン作のムーミンがアニメで流れた頃に当たるわけですね。
そこでまず、フィンランドのムーミンというのがもちろんあります。
それから、もうひとつ子どもの頃に印象に残っているのは我が家にカンテレという楽器がありました。
これはフィンランドで有名な楽器ですが、向こうのカレワラの叙事詩のなかにも出てくるんだと思うんですけど、
カンテレの音色がとても素晴らしいというのが強く印象に残っております。
うんと前のことなので定かではありませんが、カレワラの叙事詩の朗読とカンテレの演奏を
フィンランドの人がしてくれたということなどもあったと思います。
そしてまた、これも年を経るにつれて知るようになったのはフィンランドという国が
福祉であったり教育の非常に先進国であり、それからもう一つありますね、
子どもの頃の印象は多くの人が抱いているように、森と湖が多い国、そういうあれです。
そしてまた今、福祉、それから教育と話をしましたが、それとともに近年では情報通信関連、
非常に大きな成果を上げている印象があります。次に何でしたでしょうか。

【質問】新しいお立場で臨まれる抱負を。

【秋篠宮さま】また、この5月、令和という時代が始まりましたが、それに伴って私の立場、
それから妻の立場もそれぞれ変わったわけであります。ただ、私個人、これは一人の人間で、
ずっと続いているわけですね。そのようなことから、私としては今までもしてきたように、
一つ一つの訪問を大切に考え、そして訪れる国の人たちとの交流を深めることができればと思っております。
ただ、やはり人間も進歩をしないといけないと思います。その国からどのようにしたらいい方法ができるか、
国際親善ができるのかということを常に考えながら行っていきたいと思っております。次は。

【質問】令和の時代を迎えての皇室が担われる国際親善の意義や役割についてもお願いいたします。

【秋篠宮さま】皇室が担う国際親善というのは、なかなかこう漠然としたところがあって難しい、
一言で答えるのが難しいような感じがいたします。私たちの場合ですと、外交は基本的にできない。
そうすると親善になります。その親善をするというときに、なんと言ったらよいでしょう。
もちろん私たちが訪れて、向こうのその国の文化とか社会、歴史を知ることにもなりましょう。
また、その行った国の人たちの日本の文化であったり歴史であったり、
そういうことを知ってもらう機会になるかと思います。
また、これはなんと言ったらよいでしょうかね。私たちが行くことによって、
その国のことが日本で報道されたりした場合に、日本の人たちもそこの地域のことを知る機会ができるかもしれません。
そういうところが一つあって、そして、もう一つが、これはまあ、わずかかもしれませんが、
訪れる国と日本の友好親善関係の促進に役立つことができれば幸いに思います。

【紀子さま】私はポーランドとフィンランドを以前、訪れたことがあり、子どもの頃から思い出があります。
ポーランドは中学生のとき、ショパンのワルツを友人とよく練習しておりました。
そして、大学生のとき、夏休みを4日利用してポーランドを旅行しましたが、
そのときにショパンの生家を訪れ、また、ワルシャワの歴史地区や古都クラクフの街を歩きました。
そこでお聞きしたお話などから、様々な厳しい歴史の中で、人々がポーランドへの熱い思いと誇りを持ち、
自国の文化を大切にしてきた気持ちが深く印象に残りました。
このほかに、ポーランドの南部にあるタトラ山地の峰を登りまして、
そこでのさわやかな風や見晴らしを忘れることができません。
フィンランドには私が、小学校6年生の夏休み、当時、私がオーストリアに住んでおりましたので、
そこから家族旅行で行きました。滞在先は針葉樹林のなか、父の友人が自ら建てたログハウス、
電気も水道も通じていませんでしたが、薪をくべてたくサウナがありました。
湖で泳いだり、森の中で野生のブルーベリーを摘んでいただいたことや、
斜めに沈んでいく太陽を眺めたことなどが思い出されます。
このようなフィンランドでの自然の中での生活は今も心に残っております。
また、シベリウスの家を訪ねたり、その後には、先ほどもお話がございましたが、
私も民族楽器カンテレの美しい音色に出会いました。
このような国々を再び訪れることができますことはとてもうれしいことでありますとともに、
新しい立場での責任の重さを感じております。
現在、日本とこの2か国の間では、文化を学び合い、様々な交流を行っている関係が築かれています。
ポーランドでは、人々が熱心に日本語を学び、日本研究が盛んに行われ、
それから茶道や武道の稽古に励んでいる人も多いと伺っております。
日本では、ポーランドの文学が翻訳されて、読まれています。
また、ポーランドの織物やレース、木工や陶器など伝統的な手工芸に興味を持つ方も増えているように、
私もその一人です。
フィンランドについてですが少し重なりますがトーベ・ヤンソンのムーミンシリーズ、
トペリウスの星のひとみという作品が日本語に翻訳され、私も含め読んでいる人も多いと思います。
このようなフィンランドの文学を始め、子育て支援や教育システムについて関係者が集い、
両国の交流が行われていると伺っております。
日本を訪れる国の人々がお互いの理解や交流を深め、友好関係を進めるために役立つことが
皇室の国際親善の一つの役割であることと考えております。
このたび、訪問先での行事など心を込めて務めてまいりたいと思います。

【質問】長女の眞子さまと次女の佳子さまもそれぞれ外国公式訪問を控えられていますが、
眞子さまは結婚されれば皇室を離れ、国際親善の担い手が減ることになります。
眞子さまの結婚の見通しとともに、皇族が減少する中での活動の在り方について、お考えをお聞かせください。

【秋篠宮さま】皇族が減少する、これはもちろん高齢になる場合もあれば、
結婚をして皇族でなくなる場合も両方があります。一方で、国際親善の担い手が少なくなる、
しかしこれはある意味、しかたのないところがあります。
私はそれはその可能な人数でできる範囲のことをすればよいのではと考えております。
娘の結婚の見通しについてですけど、それについては、私は娘から話を聞いておりませんので、
どのように今、なっているのか、考えているのか、私は分かりません。

【紀子さま】国際親善は大事な仕事の一つであると思いますし、
現状において、自分たちが可能な範囲で行っていくことになると思います。
今までと同様に訪問するそれぞれの国への理解を深められるように努めながら、
一つ一つの活動を大切に務めてまいりたいと思います。

【質問】妃殿下は眞子さまの結婚の見通しについて聞かれていますでしょうか。

【紀子さま】(秋篠宮さまと)同じでございます。

【質問】今回、両殿下が訪問されますフィンランドは男女平等ランキングにおきましては昨年は4位、
ポーランドはもう少し下にいましたが、女性の社会進出と活躍は大変進んでおります。
一方、日本ではさらに努力が求められる中、多くの国民に尊敬され、支持されておられます皇室においては、
女性皇族方にはどのような役割が今後期待されるでしょうか。
ご公務の在り方、また安定的な皇位継承の在り方も含めて、どのようにお考えになりますでしょうか。

【秋篠宮さま】今お話があったように、フィンランドになりますか、
女性の社会進出というのは非常に高い推移になっているということは私も聞いております。
日本の女性の皇族に求められる役割についてですが、私は基本的に女性の皇族、男性の皇族、
求められる役割というのは基本的に同じだと考えています。
というか、特に女性に求められることというところが今、思いつかないといったところであります。
それから、公務の在り方でしたでしょうか。これは、公務つまり国事行為ということになりましょう。
そういたしますと、いわゆる国事行為の臨時代行に関する法律でしたか、というのができて、
それが出来た後に、天皇が外国訪問をすることができるようになったわけですね。
そういう時には、その間、臨時代行としてその仕事を皇太子が代行する。
そして、さらに皇太子もその時に、例えば外国に行っているであるとか、何かの時に不在にしている。
そういう時にはその次、これは順番も皇室典範で決まっていると思います。そ
うすると、もちろん女性の皇族が代行するということもあり得ます。
ただ、これは国事行為ですので、非常に、もう行うことは決まっています。
ですので、在り方というのはなかなか私が何かをそこで言うということではないというふうに思っております。
それと、皇位の継承についてですが、こちらも政府に関係することでありますので、
私からの答えは控えさせていただきます。

【関連質問】皇嗣殿下にお尋ねいたします。近代皇室において、天皇の弟宮が次期皇位継承者となるのが、
昭和初期のごく一期間を除くと事実上初めてのことになります。
殿下は天皇陛下の5歳年下なわけですが、お二方が今後、ご年齢を重ねられるにつれて、
ご活動の範囲あるいは量というのがだんだん狭まったり、減っていったりすることも考えられます。
皇嗣殿下は、将来の皇室のありようについて、そういったことも踏まえて、どのようにお考えかお聞かせください。

【秋篠宮さま】これは実質的に、齢よわいを重ねるというのは必然であって、
年を重ねれば当然のことながら活動の範囲は狭まってくると思います。というか、狭まってきます。
ということはやはり、将来を考える時に、まずどこまでの範囲、これは先ほどの国事行為ではありませんけれども、
公務は別として、皇室が担っていく、もしくは行っていく範囲をどういうふうにするかにもなってくると思います。
当然、その次の世代の人がいれば、活動もまた広がることもあり得ますけれども、
実際上、今の現状をみますと、今後どういうふうになっていくのかというのは、
これはやはり私たちだけじゃなくて、様々なところで考えていく必要があるのではないかというふうに思います。

【関連質問】殿下にお聞きします。今回の訪問では移動に政府専用機ではなく、民間機をお使いになられます。
皇嗣になられてから、ご一家に対する護衛や警備の態勢というのが変わったと思いますが、
その中でも悠仁さまが通う学校でも事件がありました。
今後の警備の在り方について、どのようなお考えをお持ちかお聞かせください。

【秋篠宮さま】なかなか、警備がこうあるべきだということは、お話ししにくいところがあります。
というのは、その時の社会の状況によっても変わっていくんだと思います。
ただ、私の気持ちとしては、警備は確かに大事かもしれませんけれども、
それによって市民生活に何か不都合なことが起こる、それは避けたいなというふうに思っております。
それぐらいでよろしいですか。

【関連質問】先ほど2問目のご回答の中で、眞子さまの方からは特に考えを聞いていない、
私の方ではわかりませんとお答えになったのですが、昨年11月の記者会見で、
それ相応の対応があるべきというふうに殿下がおっしゃっておられました。
その件については、この半年近い期間の間に、小室さんあるいは眞子さまの方から
何かお話ですとかご連絡はあったのでしょうか。

【秋篠宮さま】それ相応の対応をしたかどうかということについては、
おそらく何かをしているのではないかというふうに思いますけれど、
そのことについて、どのようなことを、具体的なこと等については私は存じません。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20190621-OYT1T50313/

宮内庁HP
ポーランド及びフィンランドご訪問に際し(令和元年)
秋篠宮皇嗣同妃両殿下の記者会見
ご訪問国:ポーランド及びフィンランド
ご訪問期間:令和元年6月27日~7月6日
会見年月日:令和元年6月21日
会見場所:赤坂東邸
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/29

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秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご感想
令和元年7月10日(水)
ポーランド及びフィンランドご訪問を終えて

日本とポーランドとの国交樹立100周年ならびにフィンランドとの外交関係樹立100周年にあたり,
ポーランド,フィンランド両国政府のお招きを受け,それぞれの国を訪問できましたことを誠に嬉しく思います。

【ポーランド】
ポーランドの訪問においては,ドゥダ大統領閣下を表敬し,
大統領閣下ならびに令夫人と親しくお話をさせていただく機会を得ました。
また,ご夫妻は,私たちのために午餐会を催して下さり,さらにポーランドを発つ前日には,
宿舎へとお別れにもお越し下さり,大変有り難いことでした。
この節目の年に関連する行事としては,お能の公演,ショパンコンサート,サクラの植樹式,
そして記念のレセプションに出席いたしました。
とくにお能の公演には,大統領ご夫妻のご出席もいただき,
両国の100周年を記念する大きな行事として記憶に残るものになると感じました。
コンサートでは,ショパンの名曲とともに,同じくポーランドの作曲家であり
かつて首相も務めたパデレフスキの音楽が演奏されました。
植樹式においては,私たちは日本とポーランドの交流の一角を担ってきた
ポフシン植物園でサクラ(Autumnalis Rosea)を植樹しました。
このサクラがポーランドの地にこれから美しい花を咲かせていくことを楽しみにしております。
記念のレセプションにおいては,裏千家のポーランド支部の方々によるお点前や
日本人学校の児童・生徒たちによる太鼓の演奏が披露され,
出席者は日本の文化の一端にふれるよい機会になったと思います。
記念行事のほか,首都ワルシャワ,そして二つの地方都市(クラクフとウォヴィチ)で,
ポーランドの歴史と文化に接するとともに,日本と関わりの深い場所を訪れることができました。
最初に参拝をしたワルシャワの無名戦士の墓所と同日午後に訪れた旧市街では,
第二次世界大戦によって完全に破壊された街とその後に復元された街の様子の説明を受けましたが,
実際の場所において,戦後直後の写真と対比させながら復元された現在の街を見るにつけ,
改めてワルシャワが受けた被害と,これらの困難を乗り越えて,自国の伝統と文化を保ちつつ,
今日の繁栄を築いてきたことへ,思いを馳せました。
キュリー夫人の生家であった同夫人の博物館は,機会があれば訪れたいと思っていた場所です。
今回,キュリー夫人の業績のみならず,夫人の家族や当時の実験室の様子なども知る機会となりました。
足を延ばした古都クラクフでは,コペルニクスやヨハネパウロ2世が学んだヤギェロン大学を訪れ,
コペルニクスが在籍した当時の学籍簿や北米大陸が最初に記された地球儀,
また,ショパンが弾いたピアノなどを見学することができました。
私たちは二人ともショパンの曲には親しんでおりましたので,1曲でも奏でることができればよかったのですが,
生憎忘却の彼方になっており,残念ながら音を確かめるだけとなりました。
その後に訪ねたヴァヴェル城は,歴代の王の居城となっていた場所です。
今回は隣接する大聖堂を中心に見学をいたしましたが,
この大聖堂は,戴冠式や結婚式,葬儀など大切な儀式が行われた場所だと聞きました。
聖堂内の一部が赤い大理石で作られ,今までに見てきた聖堂とは何処か異なる装飾が印象的でした。
これに続いて訪れた科学アカデミー生物体系進化研究所博物館では,
ケブカサイの全身個体を見ることができましたが,これは,私たちにとっては初めての経験となりました。
もう一つの地方都市ウォヴィチは,切り絵細工で有名なところです。
今回,民族博物館を訪れた際に切り絵の実演をしてもらいましたが,
羊毛を刈るための鋏を巧みに使って紙を切り重ねていく様子はまさに匠の技と言えましょう。
また,同博物館で見学をしたかつての農具や彩り鮮やかな衣装,
さらにその綺麗な衣装を着て子どもたちが踊る姿を見て,少しばかりではありますが,
この地域の豊かな文化や暮らしにふれることができました。
今回の訪問において,日本とポーランド両国の交流で印象に残ったこととして,ポーランドの人たちが,
今まで聞いていた以上に,そして私たちが想像していた以上に日本に関心を抱いているということがあります。
ワルシャワ大学日本語学科の学生たちの日本語の水準が非常に高いことに感銘を受けるとともに,
日本への関心事が多岐にわたっており,話を聞いている私たち日本人の側にとっても参考になることがありました。
また,クラクフで訪問をした日本美術技術博物館(通称マンガ館)では,
日本に関係すること全てを対象に様々な催しをしているとの話を聞きました。
今回は「子どもの着物」や「コンコン!日本の絵本作家」の企画展示を興味深く鑑賞し,
とくに,水石についての展示がなされていたことには驚きました。
また,ポーランドを代表する映画監督で創設者のアンジェイ・ワイダ氏の意向を汲んで,
日本語の教室や茶室もあり,ややもすれば限られた範囲に集中してしまう可能性のある博物館が,
本来の意味での博物館を体現しているように感じました。
もうひとつ,日本の協力で作られたポーランド日本情報工科大学においても新しくできた日本文化学の学生とともに,
先端技術において両国で協力する姿を垣間見ることができたことは有意義なひとときとなりました。
そして,日本文化学以外の専攻の学生もそれぞれ日本についての関心を抱いてくれていることを嬉しく思いました。

なお,私たちが別々に訪れたものとしては,
(文仁)ワルシャワ生命科学大学及びヴィラヌフ・オボールィ付属実習農場を訪れ,
現在の農業教育・研究や畜産の現状について説明を受け,有意義な意見交換をすることができました。
(紀子)青少年マルチメデイア図書館を訪ね,ポーランドで活躍する児童図書に関わる方々と実り豊かなお話をし,
イラストワークショップ参加の子どもたちと交流することができました。

【フィンランド】
次の訪問国であるフィンランドでは,ナーンタリにある大統領夏の官邸において,
ニーニスト大統領閣下へ表敬,大統領閣下ならびに令夫人から温かくお迎えいただきました。
そしてご夫妻は,私たちのために午餐会を催して下さいました。
さらに,午餐会の後は,宮殿の庭園をご夫妻と一緒に散策をしながら,
植栽されている樹木などについてのお話を伺いました。
100周年に関連する行事としては,記念レセプションと国立公文書館における特別展示,
そしてアイノラ・シベリウスの家で催された舘野泉氏の演奏による記念コンサートに出席いたしました。
記念レセプションにおいては,両国の友好親善に寄与している方々とお話をしましたが,
その中にはヘルシンキ大学において日本について学んでいる学生・院生も来てくれていました。
日本への留学経験のある人たちもおり,ここでも日本への関心を強く持ってくれていることを有り難く思いました。
国立公文書館での展示では,外交関係樹立に関する当時の文書等を見せていただきましたが,
これらが100年を経た今日でもよい状態で保存されていることを喜ばしく思いました。
また,コイヴィスト大統領へ贈られた大勲位菊花大綬章も展示されておりました。
同大統領は,1986年に国賓として来日されましたが,その折りの宮中晩餐会には,
文仁も出席し,大統領が勲章を付けておられたことをよく覚えております。
シベリウスの家で開催された舘野泉氏による100周年記念コンサートも素晴らしいものでした。
シベリウスの楽曲は,母親をフィンランド人に持ち,
日本フィルハーモニーの創設者の一人である渡辺暁雄氏によって日本に紹介されましたが,
その日本フィルハーモニーが今年の4月に初めてフィンランドで公演を行ったことは,
大変喜ばしい出来事であったと思います。
この度は,シベリウスが50年以上にわたり暮らした,緑豊かな木々と草花に囲まれた家で,
「フィンランディア」をはじめ,同じくフィンランド出身のパルムグレンの曲や
日本の童謡に静かに耳を傾けることができました。
さらに,シベリウスの家の2階では,フィンランドの民族楽器「カンテレ」の演奏がありました。
二人の少女が奏でる柔らかく繊細なカンテレの音色を聞きながら,心和むひとときを過ごしました。
今回,最初に訪れた国立博物館では,「カレワラ」をテーマとした天井画やフィンランドの歴史をたどりつつ,
日本の初代臨時代理公使だったラムステッドの展示,二国間の100周年にあたって日本から寄贈され,
記念行事で使用した「御神輿」を見ることができました。
引き続き訪れたアテネウム美術館では,フィンランドの代表的な絵画を鑑賞し,
また日本と北欧が相互に影響を与えあった作品の企画展示を見学しました。
西欧の画家が浮世絵を参考にしたことは知られていますが,
民藝も北欧の芸術と関係したことは興味深いことでした。
その後に訪れたヘルシンキ大聖堂では,約6000本のパイプのオルガンから流れる音楽で出迎えられ,
ミサや洗礼などの行事について今まで知らなかった話を聞きました。
首都のヘルシンキ以外には,大統領の夏の宮殿をはじめ,古都のトゥルク,エスポー,
フィスカルス,トゥースラを訪れました。
トゥルク城の中世からルネサンス期を経て,幾度となく作り替えられていったお城に,歴史的な物語を感じました。
トゥルクの大聖堂が元は木造の小さな教会であったことにも驚きました。
また,大聖堂を出たところには,当地の柴犬愛好家の人たちが大勢送迎に来てくれており,
思わぬところで日本と繋がりのある人たちと出会うことができました。
近年,日本でも関心が高い出産育児支援の拠点である「ネウヴォラ」のあるエスポー市のイソオメナ・ネウヴォラを訪れ,
どのような支援が行われているのかを職員そして利用者から話を聞く機会に恵まれました。
ネウヴォラは,母親の妊娠期から生まれた子どもが就学するまでを無料で支援をするシステムですが,
基本的に出産前から就学まで同じ助産師が相談にのるとの説明があり,
利用者もこのシステムのお陰で安心して出産できるとのことで,
子育て支援の一つのモデルになるように思いました。
ラーセポリ市にあるフィスカルス村は,17世紀に製鉄で始まった村ですが,
現在では多様な芸術家たちがここに住み,活動を行っております。
私たちも,アーティストたちと話をし,その一端にふれることができましたが,
特に木製品の製造過程の一部や加工法などは,見ていて大変面白いものでした。
最終日には,国立博物館の野外展示場であるセウラサーリを訪れ,ラップランドのサーミの家や昔の農家,
そして木造の教会などの展示を見学いたしました。短期間で多くの地方を廻ることはできませんが,
このような場所で,少しでもフィンランドにふれることができ,よい想い出となりました。
フィンランドにおいても,私たちが別々に訪れた施設がありました。

(文仁)ファルクッラ牧場を訪れ,牧場関係者ならびに畜産学の研究者から
生ける文化財である在来家畜についての現状の説明を受けるとともに,
これらの保存と継承について有意義な意見交換をすることができました。

(紀子)新子供病院を訪ね,ムーミンのイラストが描かれるなど子どもたちが緊張しないように様々な工夫がされ,
家族と一緒に過ごすことができるとの説明を受けました。
また,フィンランドの児童図書の関係者や結核対策の専門家にお会いし,
相互の理解を深める時間を持つことができました。

今回,ポーランドとフィンランドにおいて,大統領閣下ご夫妻,
そして政府関係者から大変ご丁寧にお迎えいただくとともに,
行く先々で多くの人たちに温かく迎えていただいたことは,大変有り難いことでした。
私たちの訪問に際し,力を尽くしてくださり,心を寄せてくださった多くの方々に感謝の意を表します。
この100周年を一つの契機として,日本とポーランド,日本とフィンランドとの友好親善関係が
さらに深まることを心から祈念しております。

http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/show/42#174


皇嗣両殿下ポーランド、フィンランドご訪問