両陛下熊本の被災地ご訪問 

2016.5.19 12:30更新
天皇、皇后両陛下、熊本地震の被災地へ 日帰りで 高齢の両陛下には負担の大きい強行日程
天皇、皇后両陛下は19日午前、熊本地震の被災地を見舞うため、羽田発の特別機で熊本県に入られた。
4月14日の発災直後から甚大な被害に心を痛め、「一日も早く赴きたい」との気持ちを示しており、
一カ月余りで、日帰りでの訪問を実現された。
午後に熊本空港で、蒲島郁夫知事から被災状況を聴いた後、自衛隊のヘリに乗り、
崩落した阿蘇大橋など地震の爪痕をご視察。続いて南阿蘇村の避難所で被災者を慰労される。
再びヘリで最大震度7を観測した益城(ましき)町、西原村を上空から見て回り、益城町の避難所にも立ち寄られる。
各避難所では20分程度、被災者にいたわりの言葉をかけられる。熊本市長、益城町長、南阿蘇村長、
西原村長と懇談し、救助活動に尽力した警察、消防、自衛隊の関係者、
復興支援にあたるボランティアらもねぎらわれるという。
同日夜に羽田着の特別機で帰京される予定。天皇陛下は今月10~18日、
春の叙勲関係の行事が続いたこともあり、この日のご訪問となった。
高齢の両陛下には負担の大きい強行日程だが、現地での警備の負担などに配慮し、日帰りとされた。
http://www.sankei.com/life/news/160519/lif1605190016-n1.html

両陛下 熊本地震の被災地を訪問
5月19日 19時14分
天皇皇后両陛下は19日、地震で大きな被害を受けた熊本県を訪れ、
南阿蘇村と益城町の避難所で被災した人たちを見舞われました。
両陛下は19日正午すぎ、特別機で熊本空港に到着し、
出迎えた熊本県の蒲島知事から県内の被災状況について説明を受けられました。
続いて自衛隊のヘリコプターに乗り換え、機内から被災状況を視察しながら南阿蘇村に向かわれました。
両陛下は、阿蘇大橋が崩落したりアパートが倒壊して大学生が犠牲になったりした現場の上空にさしかかると、
静かに黙とうをささげられたということです。
南阿蘇村に入った両陛下は、マイクロバスで避難所になっている南阿蘇中学校の体育館に向かわれました。
村では、熊本地震で15人が死亡し、1人が行方不明になっているほか、
今も500人以上の住民が避難生活を続けています。
南阿蘇中学校にも200人余りが避難していて、両陛下は、村長の先導で体育館に入ると二手に分かれ、
被災者一人一人の前で膝をついてことばをかけて回られました。
天皇陛下は、自宅が全壊し孫と一緒に避難所にいた69歳の男性に
「お体は無事ですか。ここでの生活はだいぶ長くなるんじゃないですか」と語りかけ、
9歳になる孫の男の子が「地震は怖かったです」と話すと、
「ずいぶん怖かったでしょうね」などと気遣われていました。
皇后さまも一人一人から被災の状況を聞き取り、「くれぐれもお大事になさってね」とか、
「余震が収まるとよいですね」などと話されていました。
両陛下は、このあと再びヘリコプターに乗り込んで、
2度にわたる震度7の地震で20人の死者が出た益城町に向かわれました。
益城町でも3000人を超える人たちが避難生活を余儀なくされていて、
両陛下は、200人余りが避難する益城中央小学校を訪ねて、被災した人たちにことばをかけて回られました。
天皇陛下は、85歳のお年寄りの女性が地震で28歳の孫娘を亡くしたと話すと
「本当に残念なことでね」などと語りかけられていました。
また、小学3年生の女の子から紙で作った花の飾りを贈られると
「どうもありがとう。地震で大変だったでしょう。無事でよかったですね」と話されていました。
皇后さまは、耳の不自由な女性に手話を交えながら「元気ですか?大丈夫?」などとことばをかけられていました。
両陛下は、避難所を後にする際、被災者たちに囲まれると、
「ありがとう」「元気でね」などとことばをかけながら笑顔で握手に応じられていました。
両陛下は、最後に熊本空港で災害対策にあたってきた関係者をねぎらったあと、東京への帰路につかれました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160519/k10010527071000.html

2016.5.20 00:14更新
【両陛下熊本ご慰問】
日帰りの強行日程、苦渋のご選択
天皇、皇后両陛下の熊本地震の被災地訪問が、
航空機とヘリコプターを乗り継がれての日帰りという強行日程で実現した。
地震発生直後から、「一日も早く現地に足を運び、被災者を見舞いたい」とお考えだった両陛下。
だが、被災者への対応に追われる地元自治体に負担をかけたくないとの思いから、
熊本入りのタイミングは被災地側の判断に委ね、発生から1カ月余りでのご訪問となった。
熊本に宿泊されれば、地元警察など警備に多くの人員が割かれてしまう上、宮内庁としては、
余震の危険性も無視できない。近県での宿泊は、被災者が避難所や車中、自宅で余震におびえる中、
両陛下の選択肢にはおありにならなかった。ご自身だけ安全地帯に身を置くような選択を、
両陛下はよしとされないからだ。その根底には、常に国民とともに、被災者とともにという両陛下のお考えがある。
東日本大震災も阪神大震災も、最初は日帰りでの被災地ご訪問だったが、熊本とは移動距離が全く異なる。
両陛下は熊本市や西原村など、困難に直面しているあらゆる被災地に足を運び、被災者を見舞い、
その声に耳を傾けたいと願われている。ともに80歳を超えた両陛下にとって、体力的にも困難な日程で、
かつ限られた時間での被災地訪問は苦渋のご選択だったといえるだろう。(大島真生)
http://www.sankei.com/life/news/160520/lif1605200004-n1.html