天皇陛下ご即位20年

記者会見
天皇陛下ご即位二十年に際し(平成21年)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h21-gosokui20.html

政府インターネットテレビ
天皇陛下 ご即位から20年
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2682.html

天皇皇后両陛下 国民と共に[桜H21/10/29]
http://www.youtube.com/watch?v=RbasM2vNoMU&feature=channel


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■産経 天皇陛下ご即位20年
2009年1月5日

平成の皇室 「国民に尽くす」貫かれ
元日、午前5時半。皇居では、まだ夜も明けきらぬころから、天皇陛下が1年最初のお仕事を始められた。
「四方拝(しほうはい)の儀」。
天皇陛下は、伊勢神宮をはじめとする四方の神々と山陵を遙拝(ようはい)、
今年の五穀豊穣(ほうじょう)と国民の安寧を祈られた。
四方拝の儀は毎年、陛下ご自身が拝まれている。
昨年末、胃や十二指腸に炎症が確認されたことから、ご負担を考慮して代拝も検討されたが、今年もご自身で臨まれた。
場所は、例年行われる神嘉殿(しんかでん)南庭ではなく御所前の庭に変更、ご装束もモーニング姿に簡略化された。
とはいえ、肌をさすような冷気のなかで執り行われることに変わりはない。
宮内庁幹部は「これだけはご自身でされるのがいい、というご判断では」と話す。
「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、
国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」
昭和天皇崩御に伴い、55歳で即位された天皇陛下は平成元年1月9日、
皇居・宮殿で行われた「即位後朝見の儀」でこう宣言された。
国民に対して「皆さん」と呼びかけられた天皇陛下。その言葉に、国民は新しい時代の皇室像を感じ取った。

即位後の天皇、皇后両陛下はお二人で力を合わせ、国民と直接接する機会を大切にされた。
この20年、日本は幾度となく大きな自然災害に見舞われた。
雲仙・普賢岳の大火砕流(平成3年)、北海道南西沖地震(5年)、
阪神・淡路大震災(7年)、新潟県中越地震(16年)…。
両陛下はそのたびにヘリコプターなどで現地入りし、被災者に直接お声をかけ、励まされた。
戦後50年の節目となった平成7年には、長崎、広島、沖縄、東京都慰霊堂への「慰霊の旅」にも赴き、
原爆犠牲者や戦没者の冥福を祈られた。
17年には先の大戦の激戦地、サイパン島も訪問、犠牲者を悼まれた。
両陛下はこの20年間で、47都道府県すべてを巡られた。
両陛下は、高齢者や障害者と向き合われると、腰をかがめたり手を握ったりされることがある。
昭和時代には考えられなかったことだ。皇室と国民との距離感は、確実に縮まった。
国民とともに歩む「平成の皇室」。20年の歩みに通底する陛下のご信念とは、何なのだろうか。

平成8年12月から約10年半の長きにわたり侍従長を務めた渡辺允(まこと)氏(72)は、
「陛下は、国と国民のために『尽くす』とおっしゃった」と指摘する。
陛下は平成10年12月18日、誕生日に先立つ宮内記者会との会見で次のように述べられている。
「…国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、
国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています」
今も宮内庁侍従職御用掛として両陛下に仕える渡辺氏は、
「そのお言葉通り、毎日の行事一つ一つ、会う人一人一人をおろそかにせず、
丁寧になさるその積み重ねが20年の皇室像を成している」と振り返る。
陛下は今年の新年のご感想でも、「国と国民のために尽くしていきたい」という言葉を使われている。
地方のご訪問では遠くにいる人にまで手を振られ、国民との懇談では一人一人ときちんと言葉を交わされる。
昭和天皇も戦後のご巡幸でそのようにされたが、さらに徹底されたように思われる。
陛下は国民との関係において新しい皇室像を築かれる一方、皇室の伝統も大切にされている。
陛下が、昭和天皇にならい、宮中祭祀を厳格に執り行われていることは、意外と知られていない。
宮内庁掌典職によると、陛下は昨年、恒例の祭祀のほか歴代天皇の式年祭などにもご自身で臨まれた。
毎月1日の「旬祭」にも地方ご訪問がない限りご自身で臨まれ、
昨年1年間に陛下が自ら臨まれた祭祀は約30件にも上る。
宮中祭祀の中でも、11月に行われる新嘗祭(にいなめさい)は特に大きな祭祀だ。

陛下は、夕方に行われる「夕の儀」と、午後11時~午前1時ごろまで行われる「暁の儀」に出席されるが、
それぞれ2時間ほど床に正座し、新穀などを供えられる。かなりの激務だ。
渡辺氏は「陛下は夏ごろになると、時折正座をして新嘗祭に向けた準備をなさいます」という。
陛下は国民の目に触れない祭祀の場で、国家の安寧と五穀豊穣を願われている。
それは、昭和天皇をはじめ歴代天皇とも共通する「無私」のご姿勢でもある。
常に国民のために心をお砕きになる天皇陛下。
学習院初等科時代からの陛下のご学友である、元共同通信社ジャパンビジネス広報センター総支配人、
橋本明氏(75)は、陛下が皇太子時代から折に触れて口にされた次のような趣旨のお言葉を思いだすという。
「天皇という存在は、普段は国民の心に潜在化しているのが理想。 
国民が個々の難題に直面したときに、その存在を思いだしてくれればいい」
古くから、天皇は民を「大御宝(おおみたから)」と呼び大切にし、国民は天皇を父のように慕ってきた。
幾歳(いくとせ)を経て日本の統治機構は大きく変革してきたが、
天皇陛下と国民は、今も昔も「見えない絆」で結ばれている。
そのことを、陛下は誰よりも強くお感じなのだろう。
今年は、天皇陛下のご即位20周年、天皇、皇后両陛下のご結婚50周年という節目の年に当たる。
両陛下がこの20年で築き上げられた平成皇室像に迫るとともに、
心配される陛下のご健康問題、皇位継承問題など、皇室が直面する課題についても考える。


ご負担軽減 議論の時
昨年12月2日、天皇、皇后両陛下は東京都北区の都障害者総合スポーツセンターを訪れ、
さまざまなスポーツに励む障害者を激励された。気温9度。
12月としては厳しい寒さのなか、常に笑顔で話しかけられる。
障害者スポーツの振興は皇太子・同妃時代から取り組まれたライフワークでもある。
「どうぞお元気で!」。お帰りの際、陛下が見送りの人々にかけられたお声はいつになく大きかった。
ご体調に異変があったのはその日の夜。血圧が普段より明らかに上昇し、翌3日から一時ご公務を控えられた。
5日の胃カメラ検査で胃や十二指腸にただれや出血跡が見られ、「急性胃粘膜病変」と診断された。
原因は精神的、肉体的なストレスが考えられるという。
「陛下は決して『疲れた』という言葉を口にされない」と側近の一人はいう。
だが国民に見せる笑顔の裏で、陛下は胃がただれるほどのストレスに耐えられていたことになる。
ストレスの原因をめぐってはさまざまな憶測を呼んでいるが、宮内庁関係者の話から確実にいえることは、
陛下の日々のご生活は質素で規則正しく、そしてご多忙だということだ。
側近によると、陛下は毎朝午前6時にはお目覚めになり、まず、テレビニュースをごらんになっているご様子だ。
日々のお食事も決して豪華なものではなく、普通の家庭のごくありふれたメニューをバランスよく召し上がる。
時には、皇后さまがお作りになった品が並ぶこともあるという。
食べ物の好き嫌いをいわれることはない。おそばで仕える侍従も「さん」付けで呼ばれる。
ご執務のある日は、御所から徒歩で宮殿に向かわれることが多い。
法律の公布など国事行為に関する書類に目を通し、ご署名と捺印(なついん)をされる。
昨年の誕生日までの1年間でその数は1074件に上った。
また、同じ期間に地方8府県を公式にご訪問、東京都内や近郊へのお出かけも49回に上った。
その他、国内外の要人との面会や宮中祭祀(さいし)などもあり、「毎日のスケジュールは分刻み」(元側近)だ。
お目覚めが早いので早くやすまれるのかとも思うが、
夜は午後10時半以降になっても文書作りなどお仕事の準備をされていることもあるという。
すでに75歳。一般国民なら“後期高齢者”に当たる世代だが、陛下はリタイアすることはできない。
多忙で禁欲的なご生活はこれからも続く。
陛下は平成15年初めに前立腺がんの摘出手術を受けられている。

しかも、その治療の一環で現在も腹部にホルモン注射を打つ治療を定期的に受けられている。
74歳になられた皇后さまも19年3月に腸壁からの出血が確認されるなど、ご健康面で心配な面もある。
両陛下のご負担をできるかぎり軽減することでは、だれにも異論はないだろう。
実は、陛下のご負担軽減は、宮内庁にとって以前からの懸案事項だった。
昨年3月、宮内庁は「両陛下のご負担を軽減する観点から、祭祀の態様について所要の調整を行う」として、
ご即位20年を超える今年から宮中祭祀のあり方を見直す方針を明らかにしている。
陛下はなるべくご自身でお仕事をなさりたいご姿勢だが、宮内庁が祭祀のご負担を考慮して陛下に軽減をお願いした形だ。
昨年末の体調不良を受けた今回のご負担軽減は、医師団から申し出て受け入れられた。
金沢一郎・皇室医務主管は「陛下が受けてくださったのはお珍しい。ありがたいこと」と述べている。

宮内庁は年末年始のご負担軽減について、
(1)今すぐやらなくていいものは延期する
(2)時限性があり先延ばしができないものは行う
(3)記者会見などご負担が相当あると判断されるものは個々に検討する
(4)宮中祭祀は原則として代拝-とのガイドラインを示している。
宮内庁の羽毛田信吾長官も昨年12月11日の記者会見で
「陛下は確かにご多忙だが、『陛下でなければ』というお務めでもある。
入念な準備の上、相手と心が通う形で大切にやっておられる。そういうプロセスを抜きにして、
ただ『ご多忙だから』ということでこの問題をとらえられるのは抵抗がある」と述べている。
当面、行事をバッサリ切ることはせず、時間短縮などの方法でご負担軽減を図ることになりそうだが、
今後の長期的なご負担軽減にあたっては、宮中祭祀をどうするかが大きな問題として残る。
祭祀は陛下にとって肉体的ご負担が大きく、国民の目にも触れにくい行事ではあるが、
国家・国民の安寧、五穀豊穣(ほうじょう)を陛下が自ら祈られる点で、極めて意義が大きい。

旧皇族の竹田家に生まれ、明治天皇の玄孫(やしゃご)に当たる作家、竹田恒泰氏は
「確かに昭和末期にも祭祀は簡略化されたが、陛下のご即位後は旧来のスタイルに戻されている。陛下は
国民の幸せを祈られているのであり、祭祀の簡略化をするなら、あくまで暫定的なものとすべきだ」と強調する。
「国と国民のために尽くす」という姿勢を貫かれている陛下のご負担の軽減に、国民も無関心ではいられない。
国民も参加して十分に議論する必要がある。


皇室守るは時の為政者
「ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、
皇室にかかわる諸問題をご憂慮の様子を拝しており…」
昨年12月11日、宮内庁の羽毛田信吾長官は、
胃腸にストレス性の炎症が見つかった天皇陛下のご心労についてこう語り、
原因の一つに皇位継承問題があることをうかがわせた。
この発言は、あくまで陛下のお気持ちをを忖度(そんたく)した長官の私的見解ではあるが、
宮内庁関係者によると、長官の発言内容はあらかじめ陛下に伝わっているという。
庁内では「陛下のご意向とはそう違わない内容」との見方が大勢だ。

皇統問題に関して陛下が記者会見などで踏み込んだ発言をされたことはなく、
陛下が実際のところどうお考えなのかはうかがい知れない。
しかし、われわれ一国民であっても、皇室の現状を考えれば将来の皇統維持に不安を覚えるのも事実だ。
「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」。
皇室典範第1条にはこう明記されている。
現在、皇位継承権を持つ男子の皇族は7人だけで、
未成年は秋篠宮ご夫妻の長男、2歳の悠仁(ひさひと)さましかいらっしゃらない。
安定的な皇位継承は、確かに現代の皇室の最重要課題である。
平成18年9月に悠仁さまがお生まれになるまでは、女性天皇・女系天皇を認めようという意見も強かった。
このまま皇室に男子がお生まれにならなければ、
現行の皇室典範では皇位の継承が極めて困難になるという危機感も反映した意見だった。

17年11月には政府の「皇室典範に関する有識者会議」で、女性・女系天皇を容認する報告書が出された。
政府もこの路線に沿った皇室典範改正案を国会に提出しようとしたが、
悠仁さまのご誕生を受けて見送られている。
女性・女系天皇をめぐる拙速な議論は沈静化したが、同時に皇位継承問題に関する議論も沈静化してしまった。
悠仁さまのご誕生で男系男子による皇位継承が当面は維持される見通しになったとはいえ、
それはあくまで当面の話だ。
悠仁さまの同世代の皇族がいらっしゃらない現実を考えれば、
皇統は極めて不安定な状態にあると言わざるを得ない。

歴代天皇はこれまで125代にわたって、すべて男系で継承されてきた。
皇室問題に詳しい八木秀次・高崎経済大学教授は「この原理を変えてしまえば、
天皇ではない別の存在になってしまう。
 天皇としての正統性は、生まれながらに備わった要件から得られる」と強調する。
歴史上、8人10代の女性天皇がいるが、いずれも男性天皇の血を引く男系の女性天皇だ。
「女性は皇位の継承者にはなりうるが、皇統の継承者にはなりえない」(八木教授)のだ。
過去にも皇統の危機に直面したことはあったが、
直系に男子がいなければ傍系の男子が天皇に即位し、皇統を維持してきた。
そもそも、現在の天皇陛下から6代さかのぼった直系のご先祖である光格天皇が、
傍系から即位した典型的なケースである。先代の後桃園天皇とは、7親等離れている。

共通の祖先は、光格天皇から3世代さかのぼった東山天皇だ=表。
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しかも、光格天皇は、世襲親王家の少なさから将来の皇統を案じた新井白石の進言で作られた閑院宮家の出身だ。
将来を見据えて対策を講じたことで、皇統は現代まで連綿と維持されている。
八木教授は「皇統を一本の幹に例えると、その脇に出たいくつもの枝が宮家。
直系の男子がいなければ傍系が肩代わりする形で、皇統は維持されてきたといえるだろう」と話す。
現代において男系男子の皇統を守るためになしうる方策は、
I旧宮家の復活、II皇族の養子を認め、旧宮家の男系男子を皇族とする-などがある。
IIの場合、「天皇及び皇族は、養子をすることができない」
とした皇室典範第9条の改正が必要であるが、この改正のみによって皇統を維持することができる。
旧皇族の竹田家に生まれた作家、竹田恒泰氏は「皇統の危機は去っていない。
今こそ議論しなければ、本当の危機を迎えてしまう。
ただ、まず女系天皇ありきでなく、男系男子という連綿と受け継がれた原則を
いかに貫徹するかという観点から議論すべきだ」と指摘する。
一度は下火になった皇位継承問題を、再び白紙から検討する必要があるのだ。
陛下の元側近の一人は「歴史上、時の権力者は皇室を守ってきた。
今の政治家は今後の皇室についてもっと真剣に考えなければならない。
江戸時代の幕府でさえ考えていたのに、悠仁さまのご誕生で安心してしまった」と、現在の政治状況を憂える。
竹田氏も「皇位継承問題は、政治家として歴史に名を残すことができるほど大きな課題だ」と話す。
麻生太郎首相は、実妹が寛仁親王妃信子さまという皇室と極めて近しい関係にある。
実体経済の悪化という緊急課題への対応を余儀なくされているが、
天皇、皇后両陛下のご即位20年・ご成婚50年という節目の今年こそ、
皇位継承問題を改めて考え直すチャンスといえるだろう。
(白浜正三、内藤慎二)

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