神道と塩

西野神社 社務日誌
神道と塩
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20080624

では、なぜ塩は“お祓い”や“お清め”に使われるのでしょうか?
なぜ、砂糖や小麦粉ではダメなのでしょうか?
それは、長期保存する食べ物の腐敗を防ぐために
日本では古代から塩が使われてきた事からも分かるように(塩漬けなど)、
塩には優れた浄化力や殺菌力があるからです。
昔の人達は、塩には特別な力がある事を日常の生活から知っていたのです。
また、そういった実際上の理由だけではなく、神話(古事記や日本書紀)には
「死者の国である黄泉の国から戻った伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は、
日向の阿波岐原の海で、自分の体に付いた黄泉の国のケガレを祓うため
海水に浸かって禊祓いを行った」と記されており、
この故事(神話的な起源)から、潮水である海水を浴びて身を清めたり、
その潮水を用いた塩湯がお祓いに使われるようにもなっていきました。
ところで、仏教の一部の宗派では、葬儀を終えた後に“お清め”として
自分の身に塩をかける古来からの伝統的な習慣を、
「それは死者を穢れたものとして見ている証であり、死者を冒涜している」
などと言って非難し、信者さんや檀家さん達に
「清め塩の習慣は差別に結び付くのでやめましょう」と呼びかけている所もありますが、
それは明らかな誤解であり、
そもそも神道では、死者や葬儀そのものを穢れたものとして見ている訳ではありません。
神道では、死に及ぶ病気・事故等の経過や、
それに起因する悲しみ、苦しみ、寂しさなどを禍事(まがごと)としてケガレと捉え、
また、人が亡くなって嘆き悲しみ「気」が「枯れてしまった」状態を
「気枯れ」と云って、その気が枯れた特別な状態から元の清浄な
日常に戻るための“お清め”として、清め塩を用いているのです。
清め塩の本質は、こういったケガレを祓うものであり、
死者や遺体を穢れたものとして見たり、
死者を差別したり冒涜したりしている訳では決してありません。