大正十六年の神宮暦

今も官暦時代の伝統と格式を残して、刊行され続けている神宮暦という暦があります。
(神宮司庁が作っています。巷に溢れる「○○易断神宮暦」の類いでは有りません)
この神宮暦には「大正十六年」と印刷されたところをあとから筆で「昭和二年」と訂正したものがあります。

※「一世一元」
現在の元号は元号法によって、「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」となっています。

「元年の暦」は無い
明治への改元以降、一世一元の制度をとるようになり
(それ以前には、一人の天皇の在位に改元したこともたびたびありました)、
天皇が崩御するとその日、またはその翌日に改元が行われるようになりました。
改元の行われた日付を見ると、
明治→大正:明治45年 7月30日が改元して大正元年 7月30日に。
大正→昭和:大正15年12月25日が改元して昭和元年12月25日に。
昭和→平成:昭和64年 1月 7日の翌日が改元し平成元年 1月 8日に。
となっています。

崩御の日が大晦日にあたっていない限りは、年の途中で元号が変わりますから、
前の元号の年の最後の年と新しい元号の元年は同じ年となってしまいます。
その年の暦、カレンダー類は既に印刷され、使われ始めているので、
新たに刷り直さない限り、元年の暦というものは無いことになります。
平成の始まりは1月8日と、一年の始まりの辺りでしたので、
大急ぎで新しい元号のカレンダーを作れば、ほぼ一年、新しい元号のカレンダーが使えますから、
作り直すということも考えられるでしょうが、
年も半分を過ぎた 7月30日や、年の瀬の12月25日に改元があったら、作り直すことは、まずしないでしょう。
ということで、基本的に印刷された「元年の暦」というのは無いことになります。

「元年」どころか「二年」も無かった昭和の暦
大正から昭和への改元が行われたような12月25日などという、年の暮れだと「昭和元年」になったと思ったら
その元年もたった 7日で終わって、昭和二年となってしまいます。
つまり、昭和二年の暦を作るまでの期間は1週間。
この時期なら既に翌年の暦の作成、販売、配布が終わっている。

大正十六年の神宮暦
大正から昭和への改元の当時、官暦の地位にあった神宮暦も事情は同じ。
既に「大正十六年」の暦が作成され頒暦も進んでいましたから、
今さら昭和二年の暦を刷り直すことは出来ません。
しかたが無いので、既に完成している暦の「大正十六年」を「昭和二年」と訂正して配布しました。
このため、表紙に「大正十六年」というあるはずの無い年が書かれた神宮暦が存在しているのです。