テレビエコキャンペーンの不機嫌な真実

WiLL2008年9月号
テレビエコキャンペーンの不機嫌な真実
 水島 総(「日本文化チャンネル桜」社長)

-(略)-
テレビメディアは、時代を映す鏡としての要素があり、そこに登場する「敵」役のイメージ設定は、
確実に日本メディアの方向性(偏向性)を表していると言っていい。
今テレビメディア全体で推進されているエコキャンペーンも例外ではない。
エコの「敵」が誰であり、誰で無いかを分析することは、日本メディアの現在を分析することでもある。
エコキャンペーンの「地球愛」という中心的言葉は、聞くところによると民放連のお偉方が決めたそうである。
だが、この言葉は、廣島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」の碑文と同様、
「敵」を明らかにしない怪しさといかがわしさを伴っている。
エコキャンペーンも、真の「敵」を明示せず、
人類全体を罪とするような自虐的歴史意識に持ち込もうとしているからである。

敵を倒さないウルトラマン
実は、40年以上続いているテレビSFアクション「ウルトラマン」にも、このいかがわしい傾向があったのである。
地球内外の敵と戦い、地球と人類を護るヒーロー「ウルトラマン」が、なんと敵と戦って倒すのではなく、
抱きしめたり、説得したり、あるいは戦っても相手を破壊せず(殺さず)、
許して何処かへ送還するというシリーズがあったというのである。
インターネット等で色々調べてみると、確かにその事実が見つかった。
平成に入ってウルトラマンは『ティガ』『ダイナ』『コスモス』『メビウス』等の
シリーズが放送されたが、中でも注目すべきは『ガイア』と『コスモス』のシリーズで、
『ガイア』シリーズでは、これまでせん滅すべき敵でしかなかった怪獣との共存が謳われるようになり、
怪獣も同じ地球生物として、『根源的破滅招来体(ガイアの敵)』によりそそのかされたという設定にされ、
ウルトラマンガイアは怪獣をむやみに殺さない物語展開となった。

 +++++++++++

この「怪獣を殺さない」路線は2001年に製作された『コスモス』シリーズでさらに推進され、
ウルトラマン『コスモス』は怪獣と人間の共存を願い、むやみに殺傷せず、
登場する怪獣を「人間に害を及ぼす可能性はあるが、
基本的にコミュニケーションと共存が可能である存在」と考え、
「倒すべき相手」ではなく「捕獲して保護地域に隔離して守られるべきもの」として描いている。

 +++++++++++

何らかの原因で暴れだした怪獣とは戦うが、殺傷せずに怪獣を無害化して保護する。
怪獣が暴れる理由については、怪獣を敵視する人間側のいたずらな攻撃や、
怪獣に取り憑いて凶暴化させるカオスヘッダーという敵役が設定された
(広島の原爆碑文との類似性に注目!)登場した多くの怪獣は、
相手の感情を静めておとなしくさせる興奮抑制光線や怪獣に取り憑いた
カオスヘッダーを切り離す光線を受けて、殺されることなく保護されている。
ここまで来ると、読者はウルトラマンの敵である地球上の怪獣とは、
実は「北朝鮮」という国を想定したものではないかと気づかれる方もいるのではないか。
ちょうど六ヵ国協議が始まったのも2003年6月でこの放送時期とも一致する。
読者は+で囲まれた部分の怪獣という言葉を北朝鮮と置き換えて再読いただきたい。
ウルトラマンは米国、カオスヘッダーは共産主義一党独裁路線と置き換えられる。
日米経済摩擦が激化した1980年代、S・スピルバーグが制作した映画『グレムリン』に登場する変身怪獣は
「集団でアメリカ人に危害を加える日本人」をイメージした怪獣だと言われた。
この視点で見れば、ウルトラマンの怪獣は、まさに北朝鮮であり、
その戦いの方法は、北朝鮮に対する「圧力と対話」路線に近いものであったことは、単なる偶然とはいえないだろう。
このウルトラマンの平和路線は、2006年から始まった『ウルトラマン メビウス」シリーズから変化し、
怪獣を殺さない路線は否定され、暴れだした怪獣はすべてウルトラマンが実力で倒すようになる。
昭和のウルトラマンへの原点回帰であり、ウルトラマンだけは「正常」に戻った。
それが安倍内閣の誕生の年である。
子供向けのアクションドラマには、製作者のその時代に対する意識が反映されている。
ドラマの中の「敵」をどのように設定するかも、制作陣の時代意識から決められる。
六月号で、私はNHKの「みんなのうた」偏向を取り上げ、
「戦わなくっていいんだよ 好きになっちゃえばいいんだよ 顔も知らない同士 敵も味方もないでしょ?  
仕返しなんていらないよ 誰も嬉しくならないよ」(CRYSTAL CHILDRENより)の歌が、
NHK制作陣の政治的意図の反映だと指摘した。
拉致や核兵器、環境汚染等の問題について、真の敵の存在をあいまいにさせ、問題の本質をぼかして
地球や人類全体の問題であるかのように扱う日本メディアの無国籍性ヒューマニズムなるものは、
戦後日本のメディアがずっと続けてきた共産主義的リベラリズムの顕著な表れである。
ウルトラマンは改心して原点に戻ったが、この敵を作らない(現実の敵がいるのに見て見ぬふりをする)
お花畑無国籍ヒューマニズム路線をひた走るのが、我が国の首相福田康夫氏である。
いや、彼だけではない。この傾向は、今やメディアの世界だけでなく、
政界官界財界、全ての分野の浸透しつつある。

日の丸は敵!?
もうひとつの読者情報であるフジテレビ「スーパーニュース」のサミット警備訓練映像は、
その証拠の一端が示されている。
映像はテロリストの攻撃を想定した警備陣の実地訓練だが、何とテロリスト役の格好が日の丸の小旗を持ち、
車でテロを実行しようとする想定だったというのである。
以前、ヘルメットに火炎瓶姿の過激派学生を想定した警察の治安訓練映像を見たことがあったが、
日の丸小旗に日の丸鉢巻という姿は初めてである。
おそらく警察は過激な右翼のテロ行為を想定し、テロリスト役にそんな格好をさせたのだろうが、
日の丸は国旗である。鉢巻でも日の丸である。いくらなんでも軽率であり思慮不足であることは明らかだ。
しかし、それ以上に重要なのは、警備担当者が日の丸という極めて「ナショナル」な象徴を
今回の環境サミットに敵対するものとして選んだことである。
実は戦後日本の現状を示す「正常な」感覚だったとも言えるのだ。
今回のサミットは、「地球はひとつ」「地球愛」なる言葉に象徴されるごとく、
グローバリズムの大合唱で貫かれたサミットだった。
日の丸の国旗と鉢巻は、反グローバリズム側の対立の象徴であり、
地球規模の環境問題を話し合うインターナショナルなイベントとは相容れないものだと判断されたのである。

つくられたエコキャンペーン
その洞爺湖サミットに合わせたのだろうが、6月7月のテレビは、NHKも民放もエコ番組やエコCMが目白押しだった。
集中的に推進されたこのエコキャンペーンは、以前、この欄で問題にした「韓流ブーム」の作り方そっくりだった。
つまり、電通等の広告代理店とテレビメディアが主導して始めたのである。
私たちはこの作られたエコキャンペーンを警戒しなければならない。
日本政府の対中国環境対策援助で金もうけを企む企業は目白押しであり、
大気汚染や環境破壊の元凶の中国などを「敵」とせず、
人類みんなの問題にすり替えようとする環境グローバリズムのいかがわしさは、
中国の対日(日本解体)工作の成果とも言えないわけではない。
テレビメディアの罪は余りにも深く重い。