開国によって失われたものは何か?

文藝春秋2009年2月
名著講義(5)渡辺京二『逝きし世の面影』
開国によって失われたものは何か?
それは誇るべき日本の面影
藤原正彦(お茶の水女子大学教授)


学生
…「当時日本を訪れた外国人が日本をどう見たか」を、
外国人の文献をふんだんに引用しながら書いていたので、
福沢の本とはだいぶ違った印象を受けました。
多くが日本を「素朴で絵のように美しい国」とか
「小さな社会の、一見してわかる人づき合いのよさと幸せな様子」などと
礼賛していたことが嬉しかったし、日本はそんなに素晴らしかったんだ、と驚きました。

藤原
…自分たちとはまったく違う価値観ながら整然とした社会を目にして、驚いてしまうわけですよね。
もちろんまだまだ日本も貧しい時代でしたから、ボロを着ていた人も多かった。
しかし、どんな貧しい農家でも、ひょっこり訪れた外国人に対して「まあちょっと上がれ」と言い、
縁側に腰をかけると奥さんがすぐにお茶を持ってきてくれる。
庭からきれいな花を手折ってきたり、お新香を出してくれたりもする。
ヨーロッパだけではなく世界中の多くの国で、こんなことをされたらお金を請求されるとだれもが思います。
ところが日本人は誰一人請求しない。
日本人には当然だけど、世界という視点から見たら不思議なんですね。
こういった、外国人の眼を通して書かれた本を読んではじめて、私たちは自分たちの異常さに気づくのです。
もちろん素晴らしい異常さですけどね。

この本にもあるように皆がそのような讃辞を喜んだ訳ではありません。
…当時の日本の知識階級は、日本的なものを捨てなるべく早く欧化し、
富国強兵を進めたいと思っていたからでしょう。

この時代に日本を訪れた外国人の間では、女性に対する評価が非常に高い。
それはヨーロッパの上流階級の婦人に似ているからだと思います。
例えばイギリスの中・下層階級の女性には、粗野な人も多い。
ところが中の上以上になると、とたんにおしとやかな人が増える。
服装も地味で、知性がありながら出しゃばったりせず静かに微笑んでいる。
こうした点が日本女性に共通して見えたので、よけい高い評価を受けたのでしょう。
…イギリス人の質素を尊ぶ心が、当時の日本人と共通していたんですね。

それに彼らは、女性の外見を褒めているわけではありませんからね。
「彼女たちはけっして美しくはない」とも書いています。
「陽気で、純朴にして淑やか、生まれつき気品にあふれている」点が魅力的だったと言えます。
西欧の中流、下流の女性とはまさに正反対で、外国人には印象深く映ったのでしょうね。
しかも日本の場合、上流階級の女性だけではなく、
全国津々浦々の女性がそうした美徳を兼ね備えていたわけですから。
下品な美人より、愛嬌と気品のある不美人の方が、どんな男性にとっても魅力的だと思います。

学校では「江戸時代は士農工商という身分制度に縛られた最低の社会だった」と習ってきたでしょう。
いまや世界中で身分社会は悪いものとされていますが、どうして悪いのかを証明した人は誰もいません。

たとえばインドの蛇使いのカーストに生まれた人たちは、おじいちゃんもお父さんも自分もその息子も、
みんなが生まれてから死ぬまで蛇使いとして生活し、死んでいきますね。
迷いや悩みを抱くこともなく、蛇使いとして一生懸命やっていこうとする中で
幸せに生きている。蛇使い以外のものになりたい、と思うことすらないわけです。
また、道義に反した行いをすればそのカーストの不名誉となりますし、
下手をすると追い出されてしまいますから、コミュニティでは道徳や平和が一定水準に保たれていました。
では同じ頃、自由・平等を謳ったフランス社会はどうだったか。
革命の頃から少なくとも数十年間は、社会や人心の荒廃はひどいものでした。
ニ十世紀にはいってからでさえ、ジョージ・オーウェルが『パリ・ロンドン放浪記』で
描いたように、文明のもっとも進んだ自由平等のパリやロンドンでさえ、
不潔で貧富の差は大きく犯罪も多発していました。

…日本に来た欧米人がその清潔さや人々の穏やかな表情にとことん驚いたのも不思議ではありません。
確かに江戸時代は、身分制度がはっきりしていました。
でも本の中に出てくる日本人はみんなにこにこしていて、幸せそうだと書かれていますね。
支配階級の武士だって農民だってみんな貧乏なのに、
陽気で、冗談を言っては笑い合っていると外国人は異口同音に言っています。
自由平等イコール幸福、封建社会イコール不幸、というのは欧米のまきちらした神話で、
よく考えればそれほど単純ではありません。
そもそも、日本の封建社会は西洋のものとは似ても似つかないのです。
アメリカのケネディ大統領やクリントン大統領が米沢藩の上杉鷹山を尊敬していたことはよく知られています。
戦前のすべてを否定するGHQや日教組による教育の呪縛から解放され、
改めて自分の頭で考え直さねばなりません。

学生
彼らも日本に来る前は、将軍による専制政治が行われていて
民衆はこき使われて個人の自由はないと思っていたとあります。
ところが現実は「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足に見え」て驚きます。
また幕末にイギリス駐日公使をしていたオールコックは「一般民衆が自由で民主的な制度をもっている国々以上に、
日本の町や田舎の労働者は多くの自由を持ち…」という意味のことを述べています。

藤原
自分達は、身分制度という劣悪な旧習を打破し、
自由平等という素晴らしいものを勝ち取ったと自負していたヨーロッパ人にとって、
下層までの人々がのびのびと暮らす日本人を見た時は、故国の現状を思い出して驚愕したでしょう。
それは自分たちの社会の優越を否定することにつながりますから。

学生
お辞儀は多くの外国人を驚かせたと書かれています。長崎を訪れたイギリス人のティリーは
「挨拶のふつうのやり方はからだをほとんど二重に曲げ、そのままの姿勢でお世辞をいうごとに頭を下げる。
…年とった女が二人、そういう風に頭をひょこひょこ下げながら、どちらがもう参ったと思うまで、
三十分ほど喋っているのを見ているのはとても面白い」と描写しましたが、こうした光景は今でもあります。

藤原
明治になって下級武士の息子たちが海外に留学したときにも、
彼らの礼儀正しい態度は、欧米人から尊敬の対象となっていました。

学生
私が通っていた中学、高校には礼法の授業があって、中学一年生の時からお辞儀について何度も習ったので、
今でもよく覚えています。たとえば立って行う礼には四種類あります。
会釈のような目下に対する礼、身分が同じ人に対する普通の礼、
身分が上の人に対する礼、そして神様に対する礼です。
正座して行う礼はさらに多く、六種類もあります。
このことからも、日本人がどれだけお辞儀を大切にしているかわかります。

学生
当時の日本では、ある程度の礼儀をわきまえ、礼節がしっかりしていれば、
年齢や性別に関係なく社会の中に居場所を作ることができたからではないでしょうか。
逆にいえば、それだけ礼儀が重んじられてきたということです。
最近よく、「社会に居場所がない」ということを聞きます。
信じられないような犯罪を起こしてしまったり、独居老人が孤独に死ぬことなどはその例だと思います。
他人とのつながりが薄くなってきたとも言われます。
それは、礼節を軸に築かれていた社会の横の結びつきが失われたからだと思うんです。
この本を読み、江戸や明治初期の社会では、小さな子供や身寄りのない老人もきちんと社会に溶け込んでいて、
回りの人々が彼らに気を配っている様子が伝わってきました。

藤原
エドウィン・アーノルドも「日本には、礼節によって生活をたのしいものにするという、
普遍的な社会契約が存在する」と言っています。
皆が皆を支えに生きているから、孤独からくるストレスというものがほとんどなかったのでしょうね。
最近の殺人に「誰でもいいから殺したかった」というかつてなかったタイプが多くなりましたね。
マスコミは格差のためなどと分析していますが、より本質的にはあなたのいう、
社会の横のつながりがなくなったことによるストレスではないかと思います。

学生
フランス人海軍士官として日本を訪れたデンマーク人のスエンソンは
「日本人は身分の高い人物の前に出た時でさえめったに物怖じすることのない国民」
「青少年に地位と年齢を尊ぶことが教えられる一方、
自己の尊厳を主張することも教えられているのである」と書いていました。
支配されているイメージはありません。
自信を持っていたので、封建社会の中でも自分たちを卑下することなく満足して暮らしていけたんでしょうね。

藤原
1820年代に出島にいたオランダ人のフィッセルも「日本人は完全な専制主義の下に生活しており、
したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像されている。
ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。
専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない」と看破しています。
専制イコール悪と欧米では考えるけれども日本を見るとそうではなかった、ということですね。
新渡戸稲造も内村鑑三も、それから福沢諭吉も、
日本人の道徳は欧米人と比べても劣っていないと感じていました。
「和魂洋才」という言葉がありますね。魂は日本のままで、文明はどんどん取り入れるという意味です。
足りない部分、遅れている部分だけを一所懸命補えば、世界に通用すると考えていたのです。
ところが今では、魂までアメリカやヨーロッパに売り払おうとしている。

藤原
過去の日本を称賛するような本は、右翼反動の本としてこれまであまり受け入れられてきませんでした。
第二次世界大戦後、GHQが日本の歴史、文化、伝統を否定する政策を取ったので、
当時は教育でも戦前日本の素晴らしい点に触れることは許されていなかった。
これが日教組に継承されましたから、今でもマスコミやインテリ階級の間には、
日本の良さに触れたものを軽蔑する風潮があります。特に欧米人による讃辞は、
彼らの単なるエクゾティシズム―異国趣味にすぎないというわけです。
あるいはまた、そうした本には裏に欧米人の優越意識があり、
日本に対する憐憫の情があるから取るに足らぬものだ、とひねくれて解釈したりもします。

学生
オリエンタリズムという言葉は、東洋人をまるで法廷で裁かれたり学校で訓練を施されるような
「下層の」存在として描出するものだと述べています。
そして作者は、本書に出てくる外国人の多くはそうしたオリエンタリズムに基づいて日本を称えたのではなく、
当時の日本社会ときちんと接し、大人や子供と触れ合いながら感じたことを
素直に文章にしたのだと論じていました。
ただ残念ながら、今の日本の知識層はむしろ西洋に自分を同一化して、
日本を遅れた国とみなすことがカッコいいと思っているように見えます。

藤原
日本を卑下する考え方は戦後だけのものではなく、実は明治時代にも存在していました。
東大の医学部の基礎を作ったドイツ人のベルツが日本の歴史について同僚の日本人に尋ねると、
日本のインテリたちはみんなうつむいて
「日本の歴史なんて野蛮なものです。これから歴史を作るのです」と答えたそうです。
過去を否定する点で、戦後と似た精神状態にあったわけです。
ただし状況は似ていても、内容はかなり異なっています。
明治初期は国の存続自体が風前の灯でしたから、『学問のすゝめ』で福沢が言っていたように、
植民地化を免れるためには富国強兵以外にとるべき道はありませんでした。
ですから過去を振り返らず未来だけを睨み、遮二無二西洋文化を吸収しようとしました。
大東亜戦争後はそうではありません。アメリカと日教組によるダブルの洗脳によって、
持つべき祖国への誇りを捨ててしまったのです。だから日本を褒められてもまともに受け取らず、
単なる異国趣味としかとろうとしない。インテリ階級が特にそうです。
褒め言葉をまともにとるのは無知の証と考えてさえいる。
自分たちが自分の祖国を評価していないのだから、そうなって当然ですね。
その結果何でもかんでも外国の真似をしようとなる。情けないことです。
評判が悪く見直しがきまったゆとり教育は、米英が1980年代までに大失敗したものでした。

日本人の基礎学力は、江戸初期の頃からつい20年ほど前まで、
ほぼ四世紀にわたって世界でダントツだったと考えています。
これは識字率の圧倒的高さとか江戸初期に出た『塵劫記(じんこうき)』という算数の本が
江戸時代を通して大ベストセラーだったことからもうかがえます。
道徳心も他国とは比較にならぬほど高かったし、独創性も文学や数学などに見られるように高かった。
他国の真似より自らの過去に学ぶことが多くあります。 

学生
この本で外国人が日本人に対してもったようなイメージを、
私は、以前マレーシアを旅行した時に現地の人に対して感じました。
おおらかでゆったりしているなあ、と。

藤原
現代社会では、文明化とはどれだけ資本主義が進んでいるかということですね。
そして資本主義は競争原理に基づいていますから、ゆったりすることとは相反しています。
資本主義とは利潤を上げるために効率を重要視します。効率は時間で量りますから、
みんな時計を身に着けるようになり、余裕を奪われ世知辛くなっていってしまう。

藤原
お金だけではありません。訪日したほとんどすべての外国人が、
日本では高貴な人に家にも下層労働者の家にも家具が何もないと言っています。
イギリス人のジャパノロジストであるチェンバレンは明治中期の日本人を
「金持は高ぶらず、貧乏人は卑下しない」と評しています。
日米修好通商条約を結んだタウンゼント・ハリスはこう言いました。
「一見したところ、富者も貧者もいない。…これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。
私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、
果してこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。
私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す」。
日本は金銭欲や物欲からもっとも遠く離れた国だったのです。

学生
この時代に自分も住んでみたかったと感じました。「妖精の国」と評した外国人がいましたが、
現代に生きる私にとっても「御伽の国」のように映るからです。

藤原
日本人が皆あなたのように外国人になってしまったのですね。
西欧化する中で失うものが少なかった国もありますが、日本はそうではなかった。
むしろ、日本ほど大きなものを失った民族は思い当たりません。
ハンチントンが世界の八大文明の一つにあげたほどの、
高度かつ固有の文明をこの小さな島国が築き上げていただけに、
西欧化ついでアメリカ化といいう大津波で一気に洗われ、かなりの部分が流されてしまったからです。
鎖国はよくなかったと教科書には書かれているかもしれません。
しかし鎖国したことによって他国とはまったく異なるひとつの文明を熟成することができたのですから、
鎖国は素晴らしかったと私は思っています。
この高度に熟成された文明に代表される、日本独自の文化文明があったからこそ、
我々は「日本人とは何か」を知ることができ、
また民族や祖国への深い自信や誇りを持つことができるのです。
世界有数の軍事力を有していても世界一の経済繁栄を何百年続けても、深い自信や誇りには決してつながりません。
この文明に初めて触れたヨーロッパ人が度胆を抜かれた様子が、本の中にも生き生きと描かれていますね。
欧米の大都市は不潔で乞食だらけだったのに、日本は清潔で乞食もほどんどいない。
井戸水を飲んでも安全だし、泥棒もいないので鍵をかけなくてもいい。
物質文明は遅れていても、こうした清潔さや治安のよさ、
人々のやさしさ、道徳や倫理においても欧米を圧倒していたのです。
世界一の国だったといってもいいでしょう。
このような国民性は当然ながら江戸時代に突然生まれたものではなさそうです。
七世紀初めの頃に隋で書かれた隋書『倭国伝』に
「日本人はすこぶる物静かで争い事は少なく盗みも少ない」と書いてあります。

藤原
例えば十七世紀のことを調べている学者は、
当時世界で一番進んだ市民社会をもっていたのはロンドンだと当然のように思っていた。
ところが江戸を研究してみたら、ほとんどの点において
江戸の方が比較にならないほど素晴らしいことがわかった。
エコロジーや清潔さもそうだし、市民の文化享受や識字率もそうです。

彼らも、自分たちのものが行き詰まっていると明言しなくとも、うすうす感じているのではないでしょうか。
欧米モデルだけでは人間は幸せになれないということです。
自由や平等がオールマイティだとここ二百年ほどは考えられてきました。
しかしそれを反省する時期にきたのです。自由競争により経済的利益を必死で追いかけるうちに、
人間にとって何が最終目標なのかが見失われてしまった。
…豊かになった国が富を独占し、石油を買い占め、食料を買い占め、貧しい人はますます貧しくなっていく。
自由だけではどうやらいい結果は生まれない、そもそも自由と平等は互いに衝突してしまう、
ということがようやく誰の目にも明らかになってきたのではないでしょうか。
人間が幸福になるどころか、現実はより悲惨な方向に向かっているとしか見えないからです。

学生
本の中で、「日本人はみな貧しいのにみな幸せそうだ」という印象記がいくつもあり、とても感銘を受けました。

藤原
例えば幕末日本の農村地帯を詳しく実見した英国公使オールコックは『大君の都』の中で、こう記述しています。
「突如として百軒ばかりの閑静な美しい村」に出会った彼は、
「封建領主の圧制的な支配や全労働者階級が苦労し呻吟させられている抑圧については、
かねてから多くのことを聞いている。
だが、これらのよく耕作された谷間を横切って、
非常なゆたかさのなかで所帯を営んでいる幸福で満ち足りた暮らし向きのよさそうな住民を見ていると、
これが圧制に苦しみ、苛酷な税金をとり立てられて窮乏している土地だとはとても信じがたい。
むしろ反対に、ヨーロッパにはこんなに幸福で暮らし向きのよい農民はいない」と述べています。
これではまるで楽園みたいです。無論、江戸や明治にも多くの欠点はあったはずです。
こういった描写が多いのは、本書の著者も見抜いているように、
そう見えるほど自然が美しく、極めて質素ながら勤勉で礼儀正しく実直な人々が幸せそうに暮らしていたからです。
一言で言うとお金と幸福とが無関係であることを示した、欧米人にとっては想像を絶した世界だったのです。
…これまでは教育の中で、日本のすぐれた部分、素晴らしい部分は無視され、教えられることがありませんでした。
海外の真似をするのではなく、日本人ならではの特性をいかに生かし
世界や人類に本質的な貢献をできるか、日本人は考えるべきです。
世界のどこともまったく異なったとてつもない文化文明を築き上げた国なんだという自信を、
すべての国民、とりわけ政治家は持ってほしいですね。



講義を終えて
私としては、この本の内容とともに、これだけの書物が名のある学者ではなく、
熊本に住む一介の塾講師により書かれたということも知って欲しいと思っていた。
一流の学者にひけをとらない実力の持主が
この日本の片隅にもいるということは知っていてよいと思ったのである。…
ボーダーレス時代とかグローバル社会と言われる現代にあって、
日本ばかりでなく各国、各民族、各地方はこの荒波に個性を洗い削り取られ、
一斉に等質化されようとしている。
歴史上の奇観と言えよう。
効率や能率の向上を飽くことなく求める現代が、この地球に咲いたもっとも美しい花、
すなわち地球の各地に生まれた文化や伝統を抹殺しようとしている。
これに強い危機感を覚える私は、十年以上前から、二十一世紀はグローバリズムではなく
ローカリズムでなければならないと言い続けてきた。
ローカリズムとはたとえ経済効率を犠牲にしてでも、
地球の各地に生まれ花開いた文化や伝統を、世界中の人々が尊重尊敬し、
それを暖かく見守っていくという世界のことである。
このためには何よりもまず各国、各民族、各地方の人々が自分達の文化や伝統を知り、
己れのよって立つ所を確かめ、それを育んできた先輩達への敬意を持つことである。
日本人の場合、江戸から明治中期にかけてを知ることがよい。
なぜならそれ以前に比べ文献がはるかに多いこと、
そして古代から遅々営々と築いてきた日本という極めて特異な文明が、
急激な欧化の直前というその時期に最高潮を迎えていたからである。
さらにはその頃に、外国人の眼という客観的な視座が新らしく加わったことである。
これら外国人の眼は現代に生きる我々日本人の眼と似通っているから、余計都合がよい。

…底深い混迷に陥った世界を救うためのヒントを、「みな貧しいながらもみな幸せ」という、
今から考えると不思議な文明を築き上げた日本人の中に見出してくれればよい、と私はひそかに思っていた。