日本の教育と私

日本の教育と私(3) 李登輝

私は正式に日本教育を長期にわたって受けた他、家庭の事情や個人的要素が、
また強く私の以後の人生観や哲学的思考、日本人観に影響を及ぼしました。
一つは父の職業の関係で、公学校6年間に4回も転校し、その為、友達がなかなかできませんでした。
一人の兄も故郷の祖母と暮らしていて、家では私一人だけでした。
この経験が多感な私をして、いささか内向的で我の強い人間にしてしまったようです。
友達がいない代わりに本を読むことや、スケッチをすることによって時間を過ごすようになりました。
自我意識の目覚めが早い上に、この様な読書好きが、更に自我に固執することにより、
強情を張って、母を泣かせたり、学校でも学友との争いや矛盾が起こったりする様になりました。
激しい自我の目覚めに続いて、私の心の内に起こってきたのは
「人間とは何か」、「我は誰だ」、或いは「人生どうあるべきか」という自問自答でした。
これは母がある時、私に「お前は情熱的で頑固過ぎるところがある。
もう少し理性的になってみたら!」と諭してくれたことも関係していました。
自分の心の内に沸き起こるものに対して、もっと自ら理性的に対処しようと考えたのです。
そのような少年にとって、古今東西の先哲の書物や言葉にふんだんに接する機会を与えてくれた日本の教育、
教育システムほど素晴らしいものはありませんでした。
禅に魅せられ、座禅に明け暮れたのもこの頃のことですし、
岩波文庫などを通して東洋や西洋のあらゆる文学や哲学に接することができたのも、
当時の日本の、教養を重視した教育環境の中に、
そのような深い思索の場が用意されていたからであると信じています。
私は日本で最近何冊かの書物を出版しました。
それが政治評論であれ、文化的なものであれ、
殆どこの若き時代に得た考えを繰り返し強調し、述べたものに過ぎません。
この中で今、日本で一番に関心を持たれているのは
新渡戸稲造先生が1900年に英文で出版した「武士道」-日本人の精神―を解題して書き直したものです。
新渡戸先生との出会いの前にも、既に多くの先哲との出会いがあったわけです。
そのうち、日本だけの例を挙げれば、私が自我に悩み、苦行しようと、禅によって自己修練に励んだ時に、
鈴木大拙先生の「禅と日本文化」等の著作が非常に役に立ちました。
臨済禅師の流れを継ぐ鈴木先生は、この東洋哲学としての禅思想を一早く欧米に紹介すると共に、
日本文化に禅思想が深くかかわっていることを詳細に述べています。
懸命に鈴木先生の本を読み漁っているうちに、
明治時代における日本精神のもう一人の体現者である西田幾多郎先生に出会いました。
文学の方面では夏目漱石の偉大な思想的貢献を忘れてはなりません。
明治44年頃、ロンドンからの帰国後における「私の個人主義」を中心とした創作が
徐々に「則天去私」に移り変わる過程は本当に偉大な精神転換でした。
(産経新聞平成18年9月16日)


※2006年9月14日から8回にわたって連載