対談 田母神俊雄・中條高德

歴史通2009年7月号
対談 田母神俊雄・中條高德
軍人は戦争をしたくない!

田母神
自衛隊は新しい軍に生まれ変わったんだから、旧日本軍とは違うんだとわれわれも教えられました。
旧軍が悪かったという前提なわけですね。そんなことはない。
旧日本軍は国際的にいっても非常に正しい軍だったんです。
それをおとしめるために、そういう言い方をするわけです。
自衛隊も旧軍も一緒ですよ。いわば日本的な武士道の精神とか自己犠牲の精神とか、基本的には同じなんです。
ところが、自衛隊に入ってくる人たちはみんな戦後の反日教育を受けて入ってくるから、
なんとかしなければいかんと思って、
自衛隊員に歴史教育を始めた結果、クビになった(笑)。

中條
いい例が1900年の義和団事件だ。清の義和団が反乱を起こして北京の大使館や公使館が襲われ、
その鎮圧のために八ヵ国の連合軍が派遣された。リーダー国まイギリスの要請で、地理的に中国に近い日本が
大量の軍隊を派遣した。その時北京にいて籠城戦を行った連合国の実質的な指揮官が柴五郎だった。
会津の出身だ。柴大佐の活躍は各国の絶賛を浴びた。しかも、軍律きびしく礼儀正しい日本軍は、
中国の市民たちからの評価も高かったから、イギリスは、これから手を結ぶべきは日本国だと感じ入った。
その二年後な日英同盟が結ばれたのは、これが大きな理由ですよ。

田母神
しかも、いちばん活躍した日本が、一番少ない賠償金で引き揚げた。
翌年、義和団事件の最終議定書が十一ヵ国で結ばれて、そこで日本は正式に北京に軍を置くことを承認された。
それから36年後の1937年7月7日に盧溝橋事件が起こるわけです。
中国が正式に承認した軍だから、日米安保条約にもとづいて
日本にいるアメリカ軍と同じ扱いなんですね、日本軍は。
ところが、夜間演習をやっているところに実弾が飛んできた。それで周囲の中国軍に善処を申し入れたけれども、
繰り返し繰り返し実弾が飛んでくる。ずっとがまんしていた日本も、7月8日の朝になってようやく発砲した。
で、4日後に現地停戦協定が一度書面で結ばれる。
これで大丈夫かなと思ったら、そのあとも日本軍に対するテロ行為が続き、
7月29日になって通州事件というのが起こるんです。
この通州事件で、日本人二百十数名が中国人に非常に残虐な殺され方をした。
目玉をくりぬかれるとか、日本人には考えられないような残虐さです。
それでも日本政府は中国との戦争を避けようとして停戦協議を続ける。
ところが、8月13日になって上海に飛び火して第二次上海事変。蒋介石国民党が地上から空中から
日本人居留区に対して大規模攻撃を行う。それで人が大勢死んで、日本政府はやっと戦争の決心をするんです。
一ヵ月半、一所懸命抑えていたのが、どんどん引きずりこまれていくんですね。
そこに毛沢東共産党のゲリラが加わる。
蒋介石国民党と日本軍を戦わせる、それが共産党の背後にいるコミンテルンの狙いだから、
日本がなんぼやめようとしても向こうがどんどん仕掛けて来て戦争に引きずりこまれた。
これのどこが侵略ですか。

田母神
シベリア出兵のあとにニコライエフスク事件が起こりましたね。
あれもロシア人、中国人、朝鮮人の共産パルチザンの手によって
日本人七千人が無差別虐殺された。これも学校では教えていない。

中條
そうそう、尼港事件ともいう。犠牲者の半分は民間人だった。
だから戦後の歴史教育の欠陥は、その時代に起きたことを正しく教えていないことだ。
事実を明らかにしなければ自分の考えも出てこない。そもそも「歴史を教えるな」と言ったのは占領軍だ。
私はこの目で見、この耳で聞いたんだから間違いない。

田母神
敗戦の年、昭和20年の12月8日から、アメリカがすべての新聞に「太平洋戦争史」という歴史記事を
一週間にわたって連載させたんですよ。
これが、正義の民主主義国家アメリカ、極悪非道な独裁国家日本という構図の、
アメリカから見た一方的な歴史なんです。
これを『太平洋戦争史』という一冊の本にして、十万部刷って日本全国に配った。
「これで歴史教育をやれ」というわけです。日本が侵略国家だという教育の始まりですよ。
「いや、俺はこんな教育はできない」というような先生は、みんな公職追放されていたわけです。

中條
全国紙はもちろん、たとえば長野だったら八割のシェアを誇る信濃毎日新聞はじめ、全国の主要地方紙に載せた。
NHKまで動員して、どんな山の奥にいても、
「おまえの国のほうが悪かった、俺の国が正しかった」と日本国民の頭に浸みこませた。

田母神
昭和20年の9月から、徹底的な検閲も行われた。
新聞・雑誌社、ラジオ放送局に原稿を二部持って来させて徹底的に直すわけですよ。
そして検閲の痕跡が残らないように直して再提出させてからOKが出た。
しかも、検閲を受けたことをしゃべったら発行・放送禁止処分にさせられるから、国民にはわかりません。
検閲をやるのは誰かといったら、GHQの下につくられた6500名の民間検閲組織のアルバイト、
うち5100名の日本人です。
英語がしゃべれる、書けるこの人たちが、大変な給料でやとわれた。
東条英機総理大臣の全資産が15万円だった敗戦直後の時代に、
この人たちは年収3万円でやとわれた。その給料は誰が払っているか。日本国民の税金です。
アメリカも悪いことをした、日本はいいこともしたというような記事を見逃したらクビ。まさに言論弾圧ですよ。
これらの人たちも、生活のためにやむをえず、自分の国を売るような仕事に携わってしまったわけだから、
そういううしろめたさもあって、その後もほとんどしゃべっていない。
(中略)

中條
京都大学の滝川幸辰とか、左翼の人たちをわが教育界に戻した。彼らは弟子も一緒に連れてくるわけだ。
だからその後の東大や京大という、要するに国家リーダーの養成学校はほとんど左翼がかった人たちに占領された。
(中略)

田母神
焚書もありましたね。かつて白人国家が300年、400年にわたって
有色人種の国家を侵略しつくしたことを書いた本がいっぱいあった。
それが占領時代に全部焼かれてしまった。一方、日本が朝鮮半島、台湾、満州で
どういうことをしたかを書いた本もたくさんありました。
日本が何をしたかといえば、まず学校をたくさん作っていますよね。
それから道路を作り、橋を作って鉄道を敷いて、工場、発電所を作って、
社会のインフラをどんどん整備しているんですね。日本が支配していた地域の住民がどんな生活をしているか、
それを普通に読めば、侵略なんかではないということが、白人国家がやったことと比べて読めばすぐわかる。
これは占領軍にとっては都合が悪いということで、そういう本が、7900種類くらい、
いま一年に出版されるくらいの本がみな焼かれたというんですね。
これは歴史の抹殺です。

中條
それはまちがいのない事実だ。しかし、それは日本民族がいかにすぐれていたかという証明でもあるよ。
恐ろしくてしようがないわけだ、この民族が頭をまたげてくるのが。
占領政策は徹底破壊活動であったことはまちがいないんですよ。

田母神
人間というのは、特別な教育とか思想を注入されない限りは
自然に自分の生まれたところはいいところだと思うわけですよ。
ところが学校で「この国は悪い国だ」と教えるから、子供たちがおかしくなってしまう。
愛国心うんぬんというよりも、まずそれを改めればいい。

中條
そのとおり。まともに教えていないから、軍人が勝手に戦争を起こし、
靖国神社に祀られて褒め称えられて―と、そう思っているんだよ。
バカこけって言うんだ。北の独裁者や共産圏を除いては、
法治国家では国にとって最も大事な戦争マターは国会が決めるんだ。

田母神
だからね、関東軍の策謀によってどんどん戦争に引きずり込まれたなんてことはありえないんですよ。
中央政府がやると決めなければ、末端の軍隊が戦争を続けられるわけがない。これも戦後教えた嘘なんですよ。
軍人にしゃべらせて行動させると戦争になるなんて、よく言いますよ。南京が陥落したあと、1937年12月、
あのあと陸軍参謀本部も海軍軍令部もね、近衛首相にこれでシナとの戦争はやめてくれと頼んだんですね。
中国の言い分はぜんぶのんでやめようと。
ところがここで戦争をやめたらシナにバカにされるとか、
内閣がつぶれるからぜひやらせてくれと主張したのは近衛首相です。
軍人じゃない。
(中略)
軍人というのは意外と戦争に慎重なんですよ。だって命がかかっているんだから。
本音を言えば、軍人は戦争をしたくないんです。

中條
昭和16年12月8日、この国家の政治体制はどうであったか。立憲君主国ですよ。憲法のもとに立法して運営する
法治国家なんだから。したがって、まぎれもなく国会が開戦を決定した。
軍人は、その決定にしたがって戦争せざるをえない。悲しい戦争引受人なんですよ。
だから、お国のために死んだ軍人にはね栄光の座を与えなければいけない。

田母神
「戦前の日本はろくでもない国で、民主主義は戦後アメリカに教えてもらった」と教えているわけですよね。
じつは米海軍の厚木基地の入り口に、日本人が寄贈したマッカーサーの銅像が建っているんです。そこに
「日本民主主義の親、マッカーサー」と書いてある。徹底的な言論弾圧をして、歴史の抹殺をしたアメリカが、
本当に民主主義なのか。アメリカで黒人が選挙権を得たのは1964年ですよ。
東京オリンピックが終わってからなんです。
私が昭和40年代後半に初めてアメリカへ行ったときには、
田舎ではトイレが「ホワイト」と「アザーズ」にまだ分かれていた。
日本が戦ったのは、そういう人種差別が徹底していて、
白人以外は人間じゃないと思われていた時代だったということを
理解しないと、なんのために戦ったのかがわからない。
日本はとにかくアメリカの言うとおりにしていれば戦争もせず、あんなに人が死なずに、いまの平和な世がきたと、
石破元防衛大臣なんか言うわけですよ。そんなうまくいくわけがない。戦わなかったらどうなったか。
植民地になっていましたよ。強い者が弱いものに譲るなんてことは歴史的に見てありえないんです。
まして人種差別が徹底しているときに白人国家が有色人種国家に交渉で譲るなんてことは絶対にありません。
戦ったからこそ人種平等の時代がきたんです。

中條
1904年、5年の日露戦争ね、あれは普通の戦争じゃないんだよ。
白色人種と有色人種の最終章の戦だという歴史的意義を伝えなければ。
日露戦争で日本が負けていたら、ほぼ500年かけた白色人種たちの植民地化は100%完成するはずたった。
それなのに、ああそれなのに、黄色いサルと揶揄されていた極東の日本が勝った。この意義は実に大きい。
戦争があってはなりません、これは何回でも言う。
しかし、日本が立ち上がって、勝ったという意義を忘れてはならない。

田母神
日本はもともと侵略される側にいたんですね。
その日本がずっと首をしめられて、これ以上しめられたら死んでしまうというときに
ボンと一発殴って立ち上がった。これが真珠湾攻撃でね、それで日米戦争になった。緒戦では日本がフィリピンで
アメリカをやっつけ、ビルマとかインドでイギリスをやっつけ、インドネシアでオランダをやっつけて白人国家を
次々に降していったわけですよね。これを見ていた東南アジアの人たちが
「おれたちもやれる」と目覚めたことが戦後の独立や人権平等実現を早めた。
1955年(昭和30年)に、インドネシアのスカルノ大統領の呼びかけで
29ヵ国が参加して戦後の第一回アジア・アフリカ会議が開かれた。
中国も参加して、周恩来とかネールとかナセルとかが出た、国家レベルの国際会議です。
日本は鳩山首相が参加せず、代理として高碕達之助経済企画庁長官(東洋製罐創業者)が出席した。
日本の戦争責任を問われるのかなと、おそるおそる行ってみたら、まったく違っていた。
われわれがいま白人国家と対等な口がきけるのは日本のおかげである、
日本があれだけの犠牲を払って戦ってくれたからこそ、
いまイギリスやオランダの植民地から脱して独立ができたんだ、
人種平等の世界が実現したのは日本のおかけだと。そういうことを彼らが異口同音に言ったというんです。
しかも1943年11月の大東亜共同宣言が大変よかった、あれで戦う目的がよくわかったと。
白人のアジア支配を脱するために
われわれアジア人が団結して戦うんだということがよく認識できたと言われたわけでね。

中條
ロシアは中東にも行って、トルコを侵略した露土戦争でトルコは敗れた。
だから、トルコには「東郷通り」や「乃木通り」がある。
それほどロシアを倒した日本をトルコは尊敬しているんですよ。

田母神
戦後の間違いは、朝鮮半島でも台湾でも満洲でも、豊かに平和に暮らしていたところへ日本が出て行って、
それを全部ぶちこわしたというふうに教えていることです。これはまったく逆なんですね。
馬賊とか匪賊とか盗賊の頭領みたいなのが群雄割拠して、いつ命が奪われるかわからない、
生活水準も非常に低い状態で暮らしていたのを、日本が開発してあげたおかげで生活が安定して
治安も非常によくなったというのが事実なんです。それをまったく逆に教えられている。

中條
そうそう。これは重大なポイント。五百年間、白人の国々が有色人種の国々を植民地化してきた。
原住民を人間扱いせず奴隷化した。そしてその国の産品をおれのものだと自国に運んだ。
そういうやり方を歴史は「植民地政策」と名づけている。ところが、遅れて近代国家になった日本は、
日露戦争の結果、下関条約で中国人が化外の地と言っていた台湾を手にした。
朝鮮の自主独立を認めさせて大韓帝国ができた。それから日韓併合となった。
そのときの台湾と韓国に対する日本統治を「植民地化政策」と呼ぶならば、中身をよく見比べるべきだ。
現地におけるひとりあたまのインフラの投資に、内地より余計かけているんだから。
それを白人人種の植民地政策と同じように言うなんてのは大間違いだ。

田母神
日韓併合だって、植民地にしたわけじゃないんですね。
朝鮮人にも基本的に日本人と同じ権利を与えようとしたんですから。
朝鮮人も日本の陸軍士官学校を出て、帝国陸軍の中将にだってなれた。これがたとえばインド人が
イギリスの士官学校を出てイギリス軍の将校になれたか。とんでもないという話ですよ。

中條
王室だって残したわけじゃないか。皇后様候補であったお姫様の方子(まさこ)様を差し上げている。
そんな植民地政策がありますかっていうんだ。
(中略)

田母神
最後は韓国の障害児の養護教育に力を尽くされたから、韓国では尊敬される女性のベストファイブに
つねに入っているらしいですよ。方子様は。それに満洲国皇帝、溥儀殿下の弟の溥傑殿下に嫁いだのは
日本の嵯峨侯爵家のご令嬢、浩様。愛新覚羅浩殿下です。こういうことからも、日本人は朝鮮人も満州人も
差別意識なく扱ったことがわかります。五族協和を実現したんですよ。
(中略)

田母神
軍は悪いものだから、できるだけ目立たせず、押さえつけておこうというのが今の日本ですよ。
だから自衛隊が動けるようにならない。拉致被害者だって救えない。

中條
田母神さんの問題てせもわかるように、リーダーたちが文民統制というのをまったく理解していない。
制服組を背広組が抑えるのが文民統制だと思っている(笑)。
(中略)

中條
リーダーは国家にとっての軍の価値を勉強しなおすべきだ。
国民が選ぶ立法府と、行政府のメカニズムこそ文民統制だ。
いまみたいなことをやっていたら軍人はどんどん戦う気をなくしていく。
(中略)

田母神
そういう意味では、戦前の教育がよかったのは、リーダーをつくる教育が徹底していたこと。
自分のためではない、国家、国民、あるいは会社のために頑張る心構えを教えた。次に道徳を教えたこと。
戦後、教育勅語が廃止されたり修身の教科書がなくなったりして道徳教育がなくなってしまった。
そのせいで―日本の道徳教育の根幹には先祖崇拝があったと思うんですが―
こんなことをしたらご先祖様に顔向けが出来ないと思う気持ち、これがもう根こそぎなくなった。

中條
またそういうふうに64年前の占領政策が仕向けた。人権の尊さ、個の尊厳と言われればも表看板は立派だし、
なんら攻撃すべき理由はない。その美辞麗句の裏でそれまで日本が生きてきた文化を弱体化し、破壊したんだ。
ボヤッとしていたらみんな引っかかるわけだよ。個の尊厳なんて立派な価値概念だからね。
(中略)

中條
日本は基本的に恥の文化ですが、そうでないヨーロッパの人たちは、法律をつくって人間の欲望に歯止めを
かけたわけですよ。日本人は法律がなくても秩序を保てる民族だから、占領軍はそれを崩しにかかったわけだ。
自由と言えばとっつきやすいけれど、自由の裏ではそれにともなう同等の義務が要求されるべきなのに、
その心で日本国憲法を読んでごらん、全部自分たちの心地よい主張だけをメインテーマにして、
なすべき義務の項目を薄味にしていった。巧妙きわまりない。
(中略)

中條
ハーグ陸戦法規四十三条、
「占領軍が被占領地に到達した時はよほどの事情なき限りその国の法律を変えてはならない」
という定めはいまも生きているんだよ。それなのに占領軍は憲法まで変えた。国民はそれすら知らないでしょう。

田母神
完璧な国際法違反ですよ。占領政策で公共の法を変えてはいけない、強制してはいけない。だから日本は
独立した時点で占領政策は無効だと言えば戦前の世界に戻ることができたのに、
国の仕組みが変えられて戻れなくなってしまった。

中條
彼らはいかに巧妙だったか。マッカーサーが幣原喜重郎総理大臣を呼びつけて、
ケーディス大佐が6日間で作った憲法の草案を議会にかけろと言った。
そうすれば、おまえたち国民が一番心配している国体の護持を保障するよと、と。
ぼくはこの目で見ていたよ、この耳で聞いていたよ。
ニュージーランドやオーストラリアが天皇の戦争責任を声高に叫んでいたから、
「見てごらん、ああいうのがいるだろう。おれは総司令官ではあるが、
彼らを100パーセント抑えられるものではないよ。
だが、この憲法を議会にかけさえすればおれがギャラントしてやるよ」と脅した。
もうひとつ、これさえ通せば占領期間を短くしてあげるよとも言った。
それで6年8ヵ月で引き揚げたか、それはわからない。こういうことすべて国会図書館に資料が残っているんだぜ。

田母神
日本が独立したあとも決められた戦犯の刑期を守ること、とサンフランシスコ講和条約の十一条に書いてある。
これも国際法違反です。講和条約締結後に被占領国を拘束してはいけないということになってるんですから。
その十一条のせいで、独立したのに戦犯がなかなか釈放されない。それで署名運動が起きた。
この署名運動をリードしたのが日本弁護士連合会だ。日弁連が二ヵ月くらいで四千万人の署名を集めて提出した。
当時日本の人口は八千万人足らずだったらしいから、大人はほとんど署名したことになります。つまり、
当時の日本人で「戦犯はけしからん」なんて思っていた人はほとんどいなかったということですよ。
だから国会議員も動き出した。

中條
国会が戦争を始めたんだから当然のことだ。

田母神
国会決議に奔走したのは堤ツルヨという女性議員でした。あの党は昔から女が強かった(笑)。
社会党も、だから当時はまともだったんです。参議院と衆議院で戦犯釈放の国会決議が行われた。
翌年、恩給法と戦傷病者戦没者遺族等援護法という二つの法律が変えられた。
犯罪人には恩給は出ないんだけれども、戦争犯罪人は犯罪人ではありませんということになったんですよ。
すでに処刑されたり死んだりしてしまった人の遺族にも弔慰金を出すことにしたんです。
法律を変え、国の意思としてそうしたんですよ。大橋武夫法務総裁が「戦犯と言われる人たちは
国内法では犯罪人じゃないんです」と国会で答弁している。そういう経緯をまったく無視して、
A級戦犯が祀られている靖国を参拝するのはいかがなものかとかいまの政治家は言っているわけです。

中條
近隣諸国の声に怯えているだけの話だと思うんだよ。それと、マスコミにたたかれて支持率が落ちるのを恐れている。
(後略)