日韓2000年の真実

「日韓2000年の真実」名越二荒之助 著

(安重根の伊藤博文公の暗殺について)

衝撃が走ったのは、韓国の王室ばかりではありません。十一月四日の国葬(日比谷)には、
韓国の勅使はじめ政府代表者らが多数参列しました。
同じ日にソウルの奨忠壇では、李完用首相の主催で、
官民一万人が参列して追悼会がも催され、追悼会は全国各地に及びました。
一ヵ月後の十一月二十六日には漢城府民会、その翌日は大韓商務局総会、
十二月十三日には永道寺がそれぞれ主催して、追悼式が持たれました。
当時、旅順監獄に繋がれていた安重根の所に面会に行く者はなく、
伊藤博文に対しては「東洋の英雄」「朝鮮の大活仏」等 の賛辞が続きました。
そればかりではありません。朝鮮民族の罪科を謝罪するために、全国十三道に呼びかけ、
「渡日謝罪十三道人民代表臨時会議所」を設ける団体も現れました。
また一方では、伊藤公を閔帝廟のように、神として祀る運動やら銅像や頌徳碑を建立する運動も起こりました。


安重根は自著で
「日露の開戦は黄白両人種の競争というべきものであって、
前日までの日本に対する仇敵の心情がたちまちに消え、かえって、一大愛種党となるにいたった」
と日露戦争を評価している。
当時、韓国は自立近代化のモデルとして日本を手本にしていた。
現在は反日の象徴として安重根は韓国で英雄とされている。

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韓国学長の言葉「戦わざる者は自ら滅ぶ」

私は平素学生に対して、韓国人(朝鮮人)としての自覚を促している。
日本の韓国併合(世界が認めた合法的日韓併合条約に基づいた二国間の同意の条約)
に抗議する前に、韓国人(朝鮮人)自身が考えなければならないことがある。
日本の韓国併合(国際条約に基づく合法的条約)に対して
アメリカもイギリスも誰一人反対しなかった。世界は当然のような顔で受けとめていた。
それは何故か。清国軍がソウル(当時は京城)を占領しても韓国人(朝鮮人)は戦わなかった。
だから日本軍が戦って清国を追い払った。ロシアが入ってきたときも我々は戦わなかった。
日本軍が血を流して戦い、朝鮮(韓国)から ロシアを追い出した。
だから日本はこれ以上トラブルはいやだと、朝鮮を併合してしまった。
これに対して世界の列強は、日本がそうするのも無理はないとして、ひと言も文句を言わなかった。
このことを忘れてはならない。
韓国(朝鮮)は自ら滅んだのだ。日本の悪口を言い、責任を日本に押し付ける前に、
我々は戦わなかったから滅びたことを知らねばならない。

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韓国(朝鮮)農民の父・岩田平之助
(原始貧農・赤貧だった朝鮮の農業・農家を近代化したのはだれだったのか!)

日露戦争が終わって間もなくの明治三十九年春、岩田平之助は韓国(朝鮮)に渡り開墾事業に取り組んだ。
(慶尚北道金泉)二、三年後、彼は郷里和歌山からこの地方の水田の条件に適合した品種の
「早生神力」という種籾を持ってきて、自分の農場に植えたばかりでなく、
採種田を作り、その地方一帯の農場や農家に対してまで広く普及させ、米の品種改良と増産に尽くした。
農機具の改良や正条植(等間隔に整然と苗を植えること)を教え、二毛作による増収もはかった。
農民の生活の安定と向上のために率先乗範すること、実に三十数年に及んだ。
やがて「岩田公(アムジュンクォン)」と呼ばれ、「農民の父」敬慕されるようになった。
今でも金泉地方には「アムジュンノンメンダー(岩田さんが水田の草を取る)」という言葉が残っている。
木片を投げて競う子どもの遊びの中で、最高点になったときに喜びを表す時に使われる言葉で、
岩田公が田の草を取る時の姿が蒲鉾の背中に似ているところから来たものだそうである。
昭和五十年頃、長男の岩田健吾氏が彼地を訪ねたところ、「岩田公の御曹司来る」として大歓迎を受けたという。

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「強制連行」どころ韓国(朝鮮)人の不法来日に苦労した大日本帝国

ひと頃、韓国人(朝鮮人)労働者「強制連行」の問題が頻りに取りざたされたが、
この問題に対する一般の認識には多くの誤解が含まれている。
その第一は、終戦時約二百万を超えた韓国人(朝鮮人)労働者の大部分は
本人の自主的な意志によって渡航してきたもので、「強制的」に「連行」されたものではない、ということである。
所謂「強制連行」は、大東亜戦争勃発に伴う労働力不足を補完するため、
戦争中の昭和十七年に、それまで 自由募集であった韓国人(朝鮮人)労働者を「官斡旋」即ち、
朝鮮総督府が募集することにし、
間に立った韓国(朝鮮)人ブローカーが強引な徴用を行ったことを指して言う場合が多いようだが、
その実態は甚だ不明である。
そもそも日韓併合以降、貧しい韓国(朝鮮)から豊かな日本へ移住しようとする韓国(朝鮮)人は
引きも切らぬ有り様だったのであり、
朝鮮総督府や日本政府は法律の網の目を潜ってでも日本で働こうとする韓国(朝鮮)人の密航者には、
終始、頭を痛めていた。法律を犯してでも日本に入国しようとする韓国(朝鮮)人が一杯いたというのに、
何で「強制連行」の必要があるのだろうか。その必要はなかったしむしろ日本側は迷惑していた。