古事記 より

今から約1300年前元明天皇の御世に
語りべの稗田阿礼(ひえだのあれ)から太屋巣萬呂(おおのやすまろ)が文字で書き取った。

目に見える天地が生まれる前に目にみえない高天原になりひびいておられたのが
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。
天之御中主神は限りなく大きく、お姿は誰も見る事ができない。
どんなところにも生きて働いておられる。
無限大であり無限小であり、はるかな昔から果てしない未来へととぎれることなくありとあらゆるところにいる。

自分の中にも天之御中主神は生きて働いてくださっている。

天之御中主神がすがたを変えて高御産巣日神(たかむすびのかみ)-空となり
神産巣日神(かみむすぶのかみ)-海となり
二神はとけあい結ばれた。

どんな暗い冷たいところにでも天之御中主神の慈愛を現すために天之常立神(あめのとこたちのかみ)が生まれ、
陸地を現そうと国之常立神(くにのとこたちのかみ)も働いた。

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)
国生みと万物の神誕生。
天の浮橋(あめのうきはし)から降りる、天沼矛(あめのぬほこ)島。
おのごろ島ー塩水がこり固まってできた島、ころころ転がる島。

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)天之御柱をたてた。

二神のみ子の名は淡ぢの穂のさわけの島(淡路島)、伊よのふた名の島(四国)、
隠岐島、筑紫島(九州)、壱岐、対馬、佐渡。
最後に大倭豊秋津嶋(おおやまととよあきつしま)-本州。
まず八つの島をお生みになったので日本の国のことを大八島の国とも呼ぶ。
吉備児島(きびのこしま)、小豆島(あずきしま)、大島、女島(ひめしま)、
ちかの島、ふたごの島も生まれたちかの島は天之忍男(あめのおしお)ともいう。

大きな男の子が生まれ、大事忍男神(おおことのおしおのかみ)と名づけた。
次々とみ子は生まれた。
土の神、砂の女神、風の神、海の神(大綿津見神おおわたつみのかみ)、
山の神(大山津見神)、野の神、谷の神、木の神。

天之狭土神(あめのさづちのかみ) 山や川、坂で仕切りをする。
天之狭霧(あまのさぎり)、国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)が生まれ、
もやもやと霧が立ち込めて、天之闇戸(あまのくらど)、
国之闇戸神(くにのくらどのかみ)が現れ世の中は暗闇になってしまった。
どうしたらよいのだろうかと、皆迷った。
すると大戸惑子神(おおとまどいこいのかみ)、大戸惑女神(おおとまどいめのかみ)が現れた。
鳥之石橘船神(とりのいわくすぶねのかみ)という不思議な船の神も生まれた。
次に稲や粟など食物を大量い生み出す大宜都比売神も生まれた。
伊邪那美神は火の神火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)を生み、
大やけどをして弱りきって黄泉の国へ旅立った。
伊邪那美神がお生みになったのは、おのごろ島を含まない島が14、
神は35神(40神のうち2神を一対と数える)

出雲とはきの国の境にある比婆山(ひばやま)から黄泉の国へとお見送りした。
伊邪那美神の死を嘆いた伊邪那岐神は剣をぬいて火之迦具土神(=火之夜芸速男神)の頸を切った。
たけり怒った火の山は石をさき、木の根をさき、大地を揺るがした。
火砕流はすさまじい速さで山を下り、火山灰はあたりを闇にした。

伊邪那岐神は伊邪那美神に会いたいと黄泉の国へ向かった。
伊邪那美神に会えたが、黄泉の国の食べ物を食べてしまったのでもう帰れないと言う。
伊邪那美神は、黄泉の国の神たちによく話して納得させるからここで待つようにと伊邪那岐神に言う。
どんなことがあっても、決して部屋に来ないようにと念を押す。
待ちきれなくなった伊邪那岐神は石室の中に入った。中は真っ暗だった。
左の髪に挿していた櫛の一番長く太い歯を一本折ると、その歯で石の壁をこすった。
ぽっとともった灯があたりを照らした。

伊邪那美神の亡骸がそこにはあった。体はくさってウジがわいていた。
雷神がうずくまり、女鬼たちが目をぎょろつかせていた。
おもわず声をあげたとたんに灯は消えた。
「あれほどお願いをしたのに、あなたは約束を破って、
こんなはずかしい私の姿をごらんになってしまいました」
雷があばれだし、伊邪那岐神は無我夢中で逃げた。
女鬼たちが追いかけてきた。
伊邪那岐神はぶどうのつるで編んだ髪飾りを頭からはずし「実になれっ!」とうしろに投げつけた。
みるみるぶどうのつるは伸びて、野ぶどうのふさがゆさゆさとさがった。
女鬼たちは我先に食べ始めた。
また追いかけてきた。
今度は右の髪のたばにさしていた櫛をとり、歯をみんな折り、うしろに投げつけた。
「竹になれっ!」
みるまにたけのこが伸び、女鬼たちは食べるのに夢中だった。
走って、走って、もう大丈夫と振り返ると雷神が黄泉の死神の兵をつれて追ってきた。
剣を抜き、うしろに振り回しながら走り、黄泉の国とこの世との境の
黄泉比良坂(よもつひらさか)までやっとたどりついた。

桃の木があった。
「桃さんお助けください」
伊邪那岐神は桃の木に手をあわせ、桃を3つとって死神の兵めがけて投げつけた。
桃は次々と兵にあたり、兵たちは逃げていった。
伊邪那岐神は桃の木にお礼を言い、意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)と名をつけ
これからも地上のすべての人々が苦しみ悩み困っているときには、
生命の力のすばらしさを知らせて助けてくれるようにと願った。
伊邪那岐神は、千人で動かさなければ動かないほどの千引岩(ちびきいわ)をころがし、黄泉の国の出口を塞いだ。

伊邪那美神が走ってきた。
大石に遮られ、ふたりはお別れの言葉をのべた。
黄泉比良坂(よもつひさらさか)で伊邪那美神と別れた伊邪那岐神は
黄泉の国にくるりと背を向けて大八島へと帰られた(甦り)。

伊邪那岐神はつくしの日向の橘というところに立った。
清らかな川の流れのほとりにおり、今までついてきた杖を
「道中を助けてくれた。ありがとう」と川の脇に突き立てた。
すると杖から神が生まれた。
道を守り、道に迷うわぬように案内してくれる衝立船戸神(つきたてふなとのかみ)後の道祖神。
伊邪那岐神は着ているものを脱いで川に流すと、次々と神が生まれた。
伊邪那岐神は川上から川下の水の流れを見て「上の瀬は流れが速すぎ、下の瀬は流れが弱すぎる」と
流れの中心に立ち、水で体を清めた。
片寄らない真ん中に立つ心が正しい姿をとりもどす。

今度は海の底にもぐったりして体を洗い、禊をした。
海からあがり、ぐっすりと休んだ翌朝、朝日をうけて水面がきらきらとかがやいている流れに入っていった。
透き通った水を両手ですくい、左のみ目を洗われた。
まばゆい光があたりにみちわたり、光につつまれて玉のようなみ子がお生まれになった。 天照大神
右のみ目を洗うと、月読命(つくよみのみこと)が生まれ、鼻をすすぐと、
須佐ノ男命(すさのおのみこと)が生まれた。
天之御中主神の化身として天照大神はあらわれられた。
日の化身。太陽そのもの。
須佐之男命に伊邪那岐神は海原をおさめよといいつけた。
海原=地球
須佐之男命はいいつけを守らず、母恋しさになき続けていた。
すると国の中は荒れ、悪い神々が暴れだし、災いが起こった。
追い出された須佐之男命は、姉の天照大神に会いに、高天原へ向かった。
元気に駆け上がったので地上は揺れ動いた。
天照大神と須佐之男命は天の安の河をはさんで両岸にわかれて立ち誓いの儀式をした。…天の真名井の誓い
天照大神は弟から剣を渡された。
剣は須佐之男命の魂のしるし。
剣から姫神が三神生まれた。
須佐之男命は姉から八尺(やさか)の勾玉の五百(いほ)つのみすまるの玉をもらった。
この玉はすべてを調和させる愛の魂のシンボル。
玉から正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかあかつかちはやひあめのおしほみのみこと)という男神が生まれた。
他に5人の神が生まれた。
3人の姫神は須佐之男命の子、5人の男の神は天照大神の子と天照大神はわけた。

須佐之男命は図にのって大暴れした。
天地の正しい動きまでも破壊してしまうところまできてしまった。
天照大神はとがめだてせず、自身のお心をきよめ、高天原を祓い清めようと
天の岩屋(あめのいわや)に入り岩戸をしめて、閉じこもってしまわれた。
高天原はまっくらになり、地上の葦原の中つ国(日本)も真っ暗闇になった。
悪い神々が騒ぎ出し、あらゆる災いがわきあがるようにおこった。

いっこくも早く岩屋からお出ましいただこうと
八百万(やおよろず)…かぞえきれないほど多くの神々が、天の安の河原に続々と集まってきた。
思金神(おもいのかねのかみ)は神々にいろんな知恵をさずけた。
神たちは、そのいいつけどおり、火をたいて明るくし、にわとりを集めた。にわとりは盛んに鳴きだした。
天香具山の榊の木を根っこから引き抜いてきた。
榊=常に緑にしげっている栄木=栄える気
榊のいちばん高い枝に八尺の勾玉の五百つのみまするの玉をかけた。
この玉は世の一人ひとりの魂は八尺=弥栄(いやさか)=の玉のように円満で、
玉の緒=創り主の命によってつながっているという人の和、おしるし。
中枝には鏡。この鏡は、まず自分の心をうつして私心なく澄んでいるか顧みる鏡。
下枝には、和の心は持っていても顔やしぐさにもあらわさなければ
なにもならないというしるしの白和幣(しろにぎて)を飾った。
布刀玉命(ふとたまのみこと)が、この榊をうやうやしく捧げもって岩屋の前に進み
天児屋命(あめのこやねのみこと)は心をこめて祝詞を読み上げ、
力持ちの天手力男神(あめのたちからおのかみ)は、岩戸のわきにそっとかくれ立った。
太鼓や笛の音に合わせ、天宇受売命が伏せた桶の上で踊った。
神々は歌った。
天宇受売り命は無念無想で一身に踊り狂った。
神々はどっと笑った。

あまりのにぎやかさに、天照大神はとうとう岩戸を細くあけてたずねた。
天宇受売命は「あなた様より尊い神が現れられましたので、皆よろこび歌い踊っております。」
ここぞとばかり、天児屋命と布刀玉命は捧げ物の榊を差し出した。
榊の中枝につけた八咫鏡(やたのかがみ)は、
まぶしい金色の光につつまれたこうごうしい女神のお顔をうつしだした。
天照大神は不思議に思って思わず岩屋から少し身をのりだされた。
さっと、日の光が戸のすきまからさした。
岩戸のわきにかくれ立っていた天手力男神はすかさず岩戸に手をかけ引きあけると、
天照大神のお手をとって岩戸の外にお出しした。
布刀玉命はすぐさま岩屋の入り口にしめなわをはりめぐらし
「もう決してこれより内にはお戻りになりませぬように」

須佐之男命は高天原から追い出された。
須佐之男命は出雲の国の肥の川(斐伊川)の川上にある鳥髪山(とりかみやま)におりてこられた。
大山津見神(おおやまつみのかみ)の子、足名椎(あしなづち)、
その妻の手名椎(てなづち)の娘、櫛名田比売(くしなだひめ)を八岐の大蛇(やまたのおろち)から救う。
大蛇の八つの尾の一つの付け根を切ったところ、剣がでてきた。
のちに天照大神に献上した。
この剣ははじめ、天のむらくもの剣と呼ばれたがのちに、草薙剣と呼ばれるようになった。
(のちの世で日本武尊が火攻めにされたとき、この剣で草を薙ぎ払い、火打石で向かい火をつけ難を逃れた)
草薙の剣は、皇位のみしるしとして、代々受け継がれる三種の神器のひとつ。

八岐の大蛇を退治した須佐之男命は、櫛名田比売と結婚することになり出雲の国の須賀に御殿を建てた。
「八雲たつ、出雲八重垣つまごみに、八重垣つくるその八重垣を」
(幾重にも重なり空にわき立つ雲は、私と新妻との愛の日々を、
八重の垣根をめぐらせて守ってくれている。これこそ、天の神からの祝福であることよ)
須佐之男命は櫛名田比売と幸せに暮らし、たくさんの子どもも生まれ、子孫も増えていった。
そのひとりが、大国主命(おおくにぬしのみこと)。

ワニザメをだまして皮を剥がれた白ウサギのそばを大国主命の兄たちが通りかかった。
美しい八上比売りを妻にしようと稲羽の国に向かっていた。
一行はウサギに海の水を浴びて、小高い丘で風に吹かれれば治るといい去っていった。
その通りにすると、よけいにひりひりと痛み、ウサギは泣きころがっていた。
そこへ兄神たちの荷物をいれた、大きな袋を肩にかけた大国主神が通りかかり、やさしくたずねた。
ウサギは大国主神に教えられたとおり川の水で体を洗い、
がまの花粉を散らしてその上を転がると元通り、白い毛がふさふさ生えた。
大国主命より先についた兄神たちや、一族の神たちは、八上比売に次々に結婚を申し込み、みんな断られていた。
そこへ、大きな袋をかついだ大国主命が来ると、八上比売は大国主命を選んだ。
兄神たちは、これを妬み、相談して悪巧みをした。
いのししだから捕まえろと言って焼き石の大石を山の上からころがし、大国主命に抱きとめさせた。
大国主命は焼け死んだ。
大国主命の母神は、たいそう、悲しまれ、高天原へ舞い登り、神産巣日神(かみむすびのかみ)にお願いした。
貝のくすりで息を吹き返したが兄神たちは、また悪巧みをし、今度は熊とりのしかけにはさんで殺した。
母神は天の神に助けをこい、一心に手当てをし、慈愛が天に通じて、また生き返られた。
そして、紀の国のおおやびこ(須佐之男命のみ子で植林の神)のところに逃がし、それでも安心できず、
根堅洲国(ねのかたすのくに)(黄泉の国)の須佐之男命のところに行くように勧めた。

根堅洲国の須佐之男命の御殿をたずねた、大国主命を須佐之男命の娘、須勢理姫が出迎えた。
目を合わせたとたんに二人の心は通いあった。
おもしろくない須佐之男命は、大国主命を鍛えようと蛇の室(むろ)に通した。
須勢理姫が手渡してくれた蛇よけの領巾(ひれ)を打ち振って、おとなしくさせた。
つぎの夜はムカデと蜂の室に寝かされたがまた、魔法の領巾を須勢理姫が渡してくれた。
須佐之男命は、今度は、はるかかなたへと広がる野の中にかぶら矢を放ち、拾ってくるように命じた。
草をかきわけて一心に探していると、火の手があがった。
須佐之男命が草に火をつけたのだった。
見る間に火が燃え広がり、逃げ場がなくなった。
大国主命は天をあおぎ、お助けくださいと叫んだ。
そのとき、ネズミが足元に駆け寄り、「うちは富良富良(ほらほら)、そとはすぶすぶ」とささやいた。
大国主命はすぐに意味がわかった。
精一杯足に力をこめて、とんとんと足踏みした。
足の下はほら穴になっていて、大国主命はすとんと落ちて、身をひそめた。
すんでのことで、大国主命はネズミに助けられた。
焼け跡で、大国主命は矢を探しあぐねていた。
さっきのネズミがかぶら矢をくわえてきた。
大国主命はネズミにお礼を言って、須佐之男命のもとに帰った。
須佐之男命は今度は、頭のシラミをとるように命じた。
よく見ると、それはムカデの巣だった。
大国主命が困っていると、須勢理姫が、ムクの木の実と赤土を渡してくれた。
それを口に入れ、ぱちぱちとかみ、ぺっぺっと吐き出してムカデをとった。
須佐之男命は、ごうごうといびきをかいて眠り込んだ。
大国主命は、今逃げ出そうと考えた。須勢理姫も同じ考えだった。
ふたりは須佐之男命の髪の毛を幾束にもわけ、
大室の屋根を支えている垂木に結びつけ、室の入り口には大岩を置いた。
須佐之男命の太刀と弓矢をいただいていくことにした。
(生太刀、生弓矢…いくたち、いくゆみや…よいことをおしすすめる)
須勢理姫は天の沼琴(あまのぬごと)を持った。
ところがあわてて、天の沼琴を門の木にぶちあててしまい、大きな音が鳴り響いた。
須佐之男命は目を覚まし、追いかけてきた。
須佐之男命は黄泉比良坂(よもつひらさか)で立ち止まり
「おまえはよく試練に耐えた。その太刀と弓矢はほうびに授ける」
大国主命はお礼を言った。
須佐之男命は「おまえはうつし国玉神と名乗り、地上の神となれ」と言った。

大国主命は五つの名前があった。
大穴牟遲神(おおあなむぢのかみ)…大穴に落ちて、野火から逃れたことによる。
八十矛神(やちほこのかみ)…生太刀、生弓矢で、よこしまな考えのものを追い詰めた。
うつし国玉神(うつしくにたまのかみ)…須佐之男命の神に教えられた。
うつし=現世。現世の国魂神
葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)…葦原中つ国=日本の醜い男という説と、女神達の憧れの神という説がある。

大国主命は出雲の美保の岬で、小さな小さな舟に乗った小さな神と出会った。
その神は神産巣日神のみ子、少名び(田比)古那神(すくなびこのかみ)
ふたりは神産巣日神の言いつけどおり、心をひとつにして葦原の中つ国の国造りに励んだ。
少名び古那神は知恵が深かった。
山に木を植え、川に土手をつくり、橋をかけ、家畜を飼い、温泉をひいた。
粟の取り入れをしていると、弓なりに撓んだ粟は少名び古那神を跳ね飛ばした。
少名び古那神は天高く消えていった。
伊邪那岐神、伊邪那美神二神の国生みで誕生した豊葦原の中つ国を、天神(あまつかみ)のおおせで
天照大神の弟である須佐之男命が国造りをした。
そのあとを、須佐之男命の子孫である大国主命が国造りをした。
このとき天之御中主神のお仕事の、地のほうを受け持たれる神産巣日神のみ子、すくなびこのかみが大国主命を助けた。

ものは豊かになった。
しかし、よくないことをするものいたし、自分のことばかり言い立てて欲張りになり、争いをおこすものもいた。
天照大神は高天原からこの様子をごらんになっていた。
暮らしや食べ物が豊かになるだけでは本当の幸せは訪れない。
地の上に生きるすべてのものが天之御中主神の正しい法則の中で生かされていることを知らなければ
自分だけの力で生きているものなどひとつもいないことを知らせなければと考えた。
そして正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかあかつかちはやびあめのおしほみみのみこと)に
豊葦原の千秋の長五百秋(ながいほあき)の水穂国にくだり、おさめなさい)と命じた。
豊葦原はいついつまでも毎年秋になると、稲穂が波打つ豊かなよい国だということをあらわした名

天忍穂耳命は天の浮橋から下界をながめ、ひどく騒々しいことに驚き、天照大神に申した。
天照大神は高御産巣日神(たかむすびのかみ)と相談した。
八百万の神とともに考えましょうと。天の安の河原に神々を集めた。
高御産巣日神のみ子で知恵の神である思金神(おもいかねのかみ)たちが話し合った。
天照大神の使者として天苔比神(あめのほひのかみ)がいくことになった。
ところが、天苔比神は大国主命に大切にされて遊びほうけ、3年間も何の報告もしてこなかった。
つぎに、天若日子(あめわかひこ)を天降らせた。
ところが、天若日子は自分がどんな役目でやってきたのかもすっかり忘れ、
妻をめとり、8年すぎても何の報告もしてこなかった。
なぜ天若日子が、何の音沙汰もないのかを聞くために雉の鳴女(きじのなきめ)が遣わされた。
鳴女は飛んでゆき、天照大神のお言葉を告げた。
ところが、鳴女の言葉を聞いたのは性悪の天のさぐ女(あめのさぐめ)だった。
そそのかされた天若日子は、鳴女を射た。
矢は鳴女を突き抜けてぐんぐん飛んでゆき、高天原の高木神(たかぎのかみ)と天照大神の前い落ちた。
高木神は「若日子が天命にそむき邪悪な心で使ったのであれば、
わざわいは若日子にかえるのだ」と叫び矢をつき返した。
矢は天若日子に命中し、天若日子は死んだ。
行ったきりで帰らない使いを雉の頓使い(ひたづかい)という。

天照大神は建御雷神(たけみかづちのかみ)に天鳥船神(あめのとりふねのかみ)をつけて、くだらさせた。
大国主神に天照大神と高木神の使いできたこと、すべてが調和した神の世界を地上にもつくらせるべきであること、
そのために大国主神がまず、天の理法にのっとって国を治めようということに賛成してほしいと話した。
大国主神は、息子である八重事代主神に相談した。(事代主神は言葉を知り、お告げをする神)
八重事代主神は父、大国主神に申した。
「高天原の使者のおおせ、つつしんで受けましょう。
天の和が地にも実現して、住む者すべてが仲良く栄える国にする。
それには高天原の天照大神のみ子を中心にお迎えするのが一番です。そしてこの国が、ますます栄えますように」
と言うと、事代主神はぱんぱんとかしわ手を打った。
そして乗っている舟を踏み傾けると、たちまち舟は青々とした生垣になった。
次に、建御雷神は建御名方神(たけみなかたのかみ)と話した。
建御名方神は力持ちだったが、敵わないと観念し「葦原の中つ国は天照大神のみ子にさすあげる」と申した。
大国主神も異存はないと申した。
そして、自分の社を天照大神の子孫が住まわれる宮殿同様に壮大にして
大切に祀ってくださるなら、遠い国からずっとお仕えしますと申した。
高木神は天上から、出雲の多芸志の浜に広壮な神殿をたて大国主神をまつった。

天照大神と高木神は正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に、くだって治めるように申された。
天忍穂耳命は、み子 天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。
(天に技師国にぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)の方がふさわしいと申した。
この名は、この命が天くだると天上も地上もにぎにぎしく栄え、日は高く輝き恵みを行きわたらせ、
稲穂は豊かににぎにぎしく実るということをたたえた名前。
邇邇芸命は高木神の娘、
萬幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)からお生まれになった。
「天照大神の子孫を中心にする国は、天地の筋道にかなっていますから、永遠につづいていくでしょう」
邇邇芸命が旅立とうとしたとき、猿田彦神(さるたひこのかみ)という巨大な神が、道案内に一行を迎えに来た。

天の岩戸開のとき力を尽くした天児屋命(あめのこやのみこと)、
布刀玉命(ふとたまのみこと)、天宇受売命(あめのうずめのみこと)、
伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)、玉祖命(やまのやのみこと)の五神を
それぞれお供のものの頭として遣わされた。
天照大神は八尺(やさか)の勾玉と八咫鏡、草薙剣の3つの宝を邇邇芸命にさずけた。
天照大神が御孫、邇邇芸命に授けられた時に、大神の魂がこめられ、大神の魂がやどっている。
勾玉には、私心のない限りない慈愛の魂がやどり
鏡には私心のない澄み切った神の叡智の魂がやどり
剣には私心のない天神(あまつかみ)のまことの勇気の魂がやどっている。
思金神(おもいかねのかみ)と手力男神も供に加えられ、天孫邇邇芸命が天くだるときがやってきた。
天照大神は斎庭(ゆにわ)の稲穂も邇邇芸命に持たせた。

筑紫の日向(ひむか)の高千穂の久十布流嶽(くじるふたけ)についた。
あたりは闇だった。
邇邇芸命は稲の穂をもんで、四方に撒き散らすと明るくなった。
一向は遠くに海を見渡せる広々とした丘につき、壮大な宮殿を建てた。
邇邇芸命は天宇受売命に、道案内をしてくれた猿田彦神を郷里の伊勢に送るように、
そして猿田彦の名をもらい、二人分私に仕えるようにと申し付けた。
天宇受売命は猿女(さるめ)の君と名乗るようになった。
ある日、天津高日子番能邇邇芸命は笠沙(かささ)の岬で見目すがしい少女に出会った。
その姫は木花之佐久夜姫。
邇邇芸命はその姫の父大山津見神に、木花之佐久夜姫をいただきたいと申し込んだ。
大山津見神はたいそう喜び、姉の石長姫(いわながひめ)もつきそわせてお嫁入りさせた。
石長姫はみにくく、邇邇芸命はすぐに返した。
大山津見神は、石長姫をおそばにおかれれば命(みこと)のおいのちは永遠に続くはずだったが
石長姫を返した今では、ご寿命は限られ、地上に生き通しとはいかなくなりました。と恐れ入って申した。

木花之佐久夜姫は子を授かった。
木花之佐久夜姫は天神(あまつかみ)のみ子であることをしめすため土で塞いだ御殿に火をつけ、
燃え盛る中で無事に三神を生んだ。
火照命(ほでりのみこと)、火須勢理命(ほすせりのみこと)、火遠理命(ほおりのみこと)
またの名を日子穂穂手見命(ひこほほでみのみこと)。

火照命は海で魚をとることが上手で海幸彦と呼ばれていた。
火遠理命は、山のけものをとるのが得意で山幸彦と呼ばれていた。
ある日、山幸彦が海幸彦に、弓矢と釣り針を交換しようと言った。
海幸彦は断ったが、山幸彦は何度も頼み、しぶしぶ釣り針1本だけを取り替えてくれた。
魚は釣れず、釣り針をなくしてしまった山幸彦はわびたが、海幸彦は許してくれなかった。
山幸彦が海辺で泣いていると、塩椎神(しおつちのかみ)に導かれ海神(わたのかみ)の御殿についた。
山幸彦はもてなされ海神の姫、豊玉姫と結婚し、三年が過ぎた。
火遠理命は、釣り針のことを海神に話した。
赤ダイの口から釣り針は見つかり、海神は「この釣り針は、おこり虫のあわて者、心貧しく、おろか者」と
呪文を唱えて、背を向け、うしろ手で返すように教えた。
そしえ、満潮の玉と干潮(ひしお)の玉もさしあげた。
大きなワニが火遠理命を送り届けてくれた。
命は持っていた小刀をワニの首につけて返した。
釣り針を返したが、海幸彦は許してはくれなかった。
海神に教えられたとおりに、山幸彦は海幸彦が高いところに田を作れば低いところに作り、
低いところに作れば、高いところに作り、いつも豊かに実っていた。
海幸彦は山幸彦をうらんで攻めてきたが、満潮の玉をかざすと水があふれ海幸彦たちはおぼれそうになり
干潮の玉をかざすと水が引いた、何度かこれを繰り返すと海幸彦も心を入れ替えた。

豊玉姫が子を産む為、火遠理命のもとにきた。
鵜の羽で屋根を葺き終えぬ間にみ子は生まれそうになった。
豊玉姫は決してごらんにならないようにと申したが、不思議に思った火遠理命はのぞいてしまった。
姫はワニの姿で苦しんでいた。
豊玉姫は見られたことを恥じて、海と陸の境をふさいで海へ帰ってしまった。
生まれたみ子は天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(天津彦彦なぎさたけうがやふきあえずのみこと)
豊玉姫はみ子を案じて、妹の玉依姫(たまよりひめ)に育ててもらうことにした。
火遠理命へ歌を託した
赤玉は緒さへ光れど白玉の君が装し(よしひし)貴くありけり
(赤い玉は玉飾りにすると玉を通しているひもさえ光り華やかです。
しかし白玉のような命のお姿がその赤玉よりも気高く、したわしくおもいます)
火遠理命も歌を返した。
沖つ島鴨どく島に我がい寝し妹は忘れじ世のことごとに
火遠理命は高千穂の宮で長い間住まわれ、国を治めた。
その御子鵜葺草葺不合命は玉依姫と結婚して生まれたみ子は五瀬命(いつせのみこと)、
稲冰命(いなひのみこと)、御毛沼命(みけぬのみこと)
次に若御毛沼命(わかみけぬのみこと)またの名は豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)、
またの名は神倭伊波礼(田比)古命(かむやまといはれひこのみこと)で、
のちの第一代神武天皇。